プロローグ
紅月ノ神社の夏祭りの夜店には、珍しいものが多く並ぶ。さすが狐が売ってるだけあるな、と俺は並ぶ店をひとつひとつ覗き込んでいた。
リンゴ飴やわたあめ、焼きトウモロコシ、このあたりは普通だ。
あの狐の飴は……怪しい。売っている奴がまず怪しい。人に変化しているのに狐耳、狐尻尾を付けている意味がまずわからない。よし、スルーしよう。
金魚すくいは、うん、家に猫いるし却下だな。
「なあ、俺腹すいたんだけど。そこの焼きそば、買ってきていい?」
傍らの相棒がそんなことを言うので、ついでにフランクフルトとじゃがバターも頼んで追いやる。
頼まれたものの方が多いってどういうことだよなどと文句を言いながら去っていく背中を見送った。待ち合わせは鳥居の下という約束だ。
さて、面白いもの面白いもの……。
俺は真っ赤な椅子に座っている小さな狐を見つけた。
狐耳をつけたままの子供の姿だ。長い髪を背中で一つにまとめており、水干(平安時代の服装のひとつ)を着ている。多くのやつらが浴衣の中で、それはよく目立った。それなのにたった今まで気付かなかったのが謎だけどな。
「お兄さん、素敵なものを探しているの? 僕の宝物、分けてあげようか」
少年は、子供特有の高い声で言った。しかしそう言う割に、何も持っていない。
俺が不思議そうな顔をしていることに気付いたんだろう。子供はたもとから、数枚の白い紙を取り出した。
「これだよ、僕の宝物」
「……これって、ただの紙じゃないか」
俺が言うと、子供は「違うよ!」と大きな声を出す。
「ほら、よく見て。これは人の形になっているでしょう? この胸のところに息をかけると、この紙はお兄さんが大切に思っている人の形になるんだ。喋ることはできないけど、なんでも言うことを聞いてくれるよ。ただ、時間は五分だけ。そのあとはまた紙に戻っちゃう」
狐の子供は得意げに説明すると、その紙に向かってふうっと息を吹きかけた。するとその手のひら大の白紙はぐんぐんと大きくなって、あっという間に青年妖狐の姿を形どる。
「これ、僕の兄さん! 兄さんがこの紙を作ってくれるんだ。僕が一人で留守番するときに、寂しくないようにって。ね、兄さん、握手して」
兄さん狐は手を伸ばし、俺に握手を求めてくる。俺はおずおずと手を伸ばしてそれに触れた。ふうん、体温はないんだな。にしても。
「すっごいな! なにそれ、売ってくれるの?」
「うん。僕おまつりの屋台のものが食べたいんだけど、お金を持っていなくて……そうだな、一枚200ジュールでどうかな? ああでも全部で十枚しかないから、二枚までにしてもらえる? いろんな人に楽しんでほしいし」
子供狐はそう言って、俺に小さな手を差し出した。
解説
人の形をした白紙……要は式神ですね。五分間だけ人の姿をとることができます。
ただ、自分から行動をすることはなく、喋ることもできません。
しかしお願いや命令をすれば、どんなこともしてくれます。
五分たつと紙に戻り、その後はただの紙です。
一枚200ジュールで、一人二枚まで購入可能です。
普段は口うるさい相棒の代わりに一緒にお祭りをするもよし、格闘技の練習をするもよし。
あなただけの式神です。お好きに使ってください。
ゲームマスターより
喋らないけれど忠実な相棒はいかがですか?
いろいろしてほしいことはあるかもしれませんが、良識の範囲内でお願いしますね。
それでは、素敵な時間をお楽しみください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
叶(桐華)
二枚くーださい 文句の多い桐華さんめ、たまには僕に従順になってくれればいいんだ! 一枚は桐華にあげようか。え、要らないの?じゃあ僕が二枚とも使うー 桐華とは別行動で、式神を使うのに良さそうな場所見繕い 人のいない場所が良いなぁ 一枚目はお祭で買ったご飯を一緒に食べて貰おうっと。満喫満喫♪ 二枚目は、どうしようかな。触ってみたい。握手しよ そんでね、ぎゅってしてよ。違う違う前からじゃなくて、後ろから あは、つめたくて気持ちいいかも、これ …ねぇ、桐華 これからも、僕の為に怪我なんてしないでよね お願いだから、僕に、出逢わなきゃ良かったなんて後悔、させないでよね なーんて。ふふ、本人に言ったら怒られそうだ。内緒ね、内緒 |
高原 晃司(アイン=ストレイフ)
俺は…そうだな…2枚式紙を買うぜ 呼びたい人は…俺のオヤジとお袋 目の前でオーガに殺されてしまった俺の両親… これが自分への慰めだって事も知ってるし 喋ってくれない事も親の意思なんてこれっぽっちもない事を知っている それでも俺は…二人とお祭りを楽しみてぇんだよ 「……一緒に…お祭りを回ってもらってもいいか?」 5分間。たった5分間だけど それでも家族3人で回るお祭りは楽しかった むしろ俺はこの奇跡に感謝をしてもいいぐらいだ こんな奇跡…本来ならば起こりえないのだから そして運命の5分間が終わる時 「オヤジ…お袋…守ってやれなくて…ごめんな」 「でも、きっと俺立ち直るから…絶対いつか立ち直るから見ててくれよ」 |
スウィン(イルド)
(イルドに色々な食べ物を買ってくるよう頼み その間に式神を一枚購入し 一足先に人気の少ない待ち合わせ場所に) 凄い買い物しちゃったわね~、面白そう じゃ、早速…(息をかけると紙はイルドの姿に) わ、ほんとに変わった!ほんと、イルドそっくり… (式神に顔を寄せてじっと見ていると 何かが落ちた音がして振り向きイルドを見付け) あ~、フランクフルト!もったいないじゃない! …あ、これ?小さな狐君から 人の姿に変わる不思議な紙を買ったのよ~ 面白いでしょ?イルドそっくり! (イルドと式神を並べてみて)双子~、なんちゃって! あっ、時間がきたのね…。楽しませてくれてありがと (紙に戻った式紙を撫で、何となく おみくじを結ぶ木に結ぶ) |
シルヴァ・アルネヴ(マギウス・マグス)
美味そうな匂い、珍品や妖狐の耳や尻尾のふさふさに目を惹かれ 境内の中を歩いてたらいつの間にかマギとはぐれた 「うーん。困った」 リンゴ飴を齧りながら歩いていたら水干姿の子どもに気付き あれも迷子かなーと思っていたら目が合ったぞ 質問をされたら 「確かに素敵なものだけど、オレの場合は相棒を探……」 トホホ顔で情けない事を口にしかけるが『宝物』に興味をひかれ説明にふむふむ その間もふさふさの柔毛が生際で揺れる耳が気になる 「じゃあ2枚売ってくれるか?ちなみにその耳触らせて下さい(真顔)」 もし触らせてくれたらお礼にヨーヨーを渡す 「おおー……ふわふわで、先はちょっと冷たい」 急に後ろから耳を抓られ 「マギいたっ!痛いって」 |
柊崎 直香(ゼク=ファル)
お狐さんお狐さん、宝物分けて頂戴な。 僕達は一枚でいいよ お兄さん戻ってくるまでの予備で残しておこう ゼクの姿を取らせてアレやコレやあーんなコトまで! ……させるのも楽しそうだけど反応ないと物足りないからね 目の前で自分が恥ずかしいことさせられてるのを見物ってのも それはそれでゼク本体にダメージ与えられそうだけど。 受け取った白紙はゼクに渡す 子狐くんは言いました。大切に思っている人の形になると。 さてゼクさん、キミの大切な相手って誰だろう? とからかいつつ、内心ウィンクルムなんだから 特別な意味もなく僕になるだろうと。 ……おお、僕2号だ。触ってつついてゼクにパス。 我ながら黙ってれば女の子に見える。よかったねゼク。 |
●当然僕だよね?
「僕達は一枚でいいよ。お兄さん戻ってくるまでの予備で残しておこう?」
柊崎 直香はそう言って、子狐に笑顔を向けた。バイバイと手を振って場所を移動する。
一枚きりの白紙を買ってしたいことと言えばと、見やるのはもちろん、相棒ゼク=ファルだ。
「ゼクの姿をとらせて、アレやコレやあーんなことまで!」
そう言いかけて、ふと言葉を止めた。
……させるのも楽しそうだけど、反応ないと物足りないからね。
目の前で式神のゼクが恥ずかしいことをさせられてるのを見物ってのも、ゼク本体にダメージを与えられそうだけど。
……ここはやっぱり。
「はい!」
直香は小さな手を伸ばし、白紙をゼクに渡した。
「さてゼクさん、キミの大切な相手って誰だろう?」
ゼクは紙を受け取りながら「てっきり俺もどきを作って遊ぶのかと思ったぞ」などと口にする。
「それもいいって思ったんだけどね、やっぱり本物のリアクションが見たくて」
素直に言えば、ゼクはため息だ。
「俺は芸人か」
「そこまで面白くはないよ?」
ゼクが複雑な顔をする。
あれ、返答失敗? でもゼク、そんな芸人みたいな面白さはないし。
考える直香の横で、ゼクは白紙を手にしたまま何もしようとしない。直香はそんなゼクを促すべく声をかけた。
「さあ、紙に想いを込めた熱い吐息を吹きかけるんだ!」
「……結果はわかっているだろうに」
ゼクはちらと直香に視線を向け、式神に息を吹きかける。
ぺらぺらだった紙が、成した形は――。
「……おお、僕二号だ」
直香はたった今生まれたばかりの直香二号をつついた。
白いほっぺはつるつるふわふわ、マシュマロのよう。まつげもくるんとカールしているし、これは黙っていれば、十分可愛い女の子だ。
「よかったね、ゼク」
直香はゼクに笑いかける。ピンクの唇が弧を描くと、本物の方も女の子然としている。しかしゼクは、微笑む直香に興味はなしで、無表情の直香二号を凝視したまま呟いた。
「直香が二人……」
「こっちはゼク好みの大人しい良い子ちゃんだよ? ゼクの欲望ぶつけ放題だ」
「お前に欲を抱いている前提で話を進めるな」
「え? 抱いてるでしょ? 僕に黙っててほしいって思ってるでしょ?」
直香はことんと首を傾げた。ゼクはまだまだ渋い顔。
せっかく大人しい僕がいるのに……と思うが、そうか。この式神が僕の形をとった時点で、ゼクの願いは叶ってるのかと納得した。でも形を変えるだけでは面白くない。
「せっかくだし命令でもしたら?」
そう言ってみた。ゼクは一瞬直香二号に目を向けたが、すぐに視線を戻し、直香を見る。
「お前は一人で十分だ」
無表情の唇から生まれた言葉に、直香はかすかに身じろいだ。そうじゃなくって!
なんとかして楽しくしたい。ゼクを動揺させたい。そのためには。
「じゃあ僕が命令する。僕二号、ゼクをぎゅうっと抱きしめたまえ!」
直香二号は直香の命令に従って忠実に、ゼクの筋肉質な体にくっついた。
「どう? 大人しい僕からの抱擁は」
「……どうもこうも別に……お前はどうだ?」
「え?」
「これってあれだろう。お前の姿をとらせてアレコレ……」
そこまで言われて、直香は気づく。そういえば最初に、ゼクの姿でアレコレと言ったことを。
うわあ、ゼクの馬鹿! そんなこと言われたらこんな命令した僕が馬鹿みたいじゃないかっ!
直香は慌てて直香二号をゼクから引き離して、自分の背中の後ろに隠した。
「ゼク、今のことは忘れたまえ、忘れるのだ!」
「……はいはい」
ゼクは小さくため息をついて……そのうちに、式神は紙に戻ってしまった。
●だって近くで見てみたかったんだもの
子狐の話はスウィンとイルド、二人で聞いた。しかしそのときはごめんなさいね、と場を辞した。
「なんかお腹すかない? ね、イルド。食べ物買って来て頂戴」
「……何で俺が」
「おっさん疲れてるのよ。ほらほら、あんたも好きなもの買っていいから。お好み焼きとフランクフルトとポテトと、お絵かきせんべい! よろしく~」
有無を言わせぬ勢いで言い、スウィンはひらひらと手を振った。イルドの眉間にしわが寄る。
「なんだよ、お絵かきせんべいって」
「なによ、最近の子は知らないの? 大きなおせんべいにかき氷シロップで絵を描いて、その後色付きのお砂糖をかけるのよ。絵は好きなもの描いていいから、じゃ、お願いね」
イルドはぶつぶつ文句を言いながらも、素直に屋台に向かって行く。それを見送ると、スウィンはくるりと踵を返し、先程の子狐のところへ向かった。もちろん、式神を買うためである。
待ち合わせ場所は、人ごみから少し離れた神社の境内奥を指定した。白い紙を手に、スウィンは一人その場に向かう。
「すごい買い物しちゃったわね~。じゃ、さっそく……」
ふうっと白紙に息を吹きかける。それはみるみる大きくなり――。
「わ、ほんとに変わった! ほんと、イルドそっくり……」
式神イルドの顔に自分の顔を寄せ、鼻と鼻が触れそうな距離でじっと見つめる。
「見事ねえ……」
そのとき、がさりと背後で何かが落ちる音がした。
「おい……、お前、誰とそんなことっ」
声だけでわかる、イルドだ。
振り返ると、色黒のイルドの顔は心もち青ざめているように見えた。足元にはケチャップのたっぷりかけられたフランクフルトが落ちている。それに目をつけ、スウィンは声を上げた。
「あ~、もったいないじゃない!」
近寄って、拾うために膝を折る。その隙にイルドはやっと、式神の姿がはっきり見えたようだった。
「おっさ……何……ッ?! え、俺?」
スウィンは先ほどのイルドの不機嫌の理由を察した。まったく、誰と見間違えてたのよ。浮気なんかしないわよ、と頭の中で呟いて、式神を指さす。
「小さな狐ちゃんから、人の姿に変わる不思議な紙を買ったのよ。面白いでしょう? イルドそっくり!」
そう言って式神イルドの腕を引き、イルドの横に並ばせる。
「ほら、双子~、なんちゃって!」
「ったく、何で俺の姿なんだ……」
大切な人に変わるなんて、言えるわけがないと、スウィンは口をつぐんだまま。
そして意味も分からぬイルドが式神の頬をつつこうとした瞬間、式神のイルドの姿は消えた。ひらひらと、白紙が石畳に落ちる。
「あっ、時間が来たのね……。楽しませてくれてありがとう」
スウィンは白紙を拾うと、それを細く折り、おみくじを結ぶ木の枝に結んだ。すぐ近くに本物がいるというのに、うっすらさみしい気持ちになるのはどうしてだろう。そんなことを考えていると背中に、イルドが買い物をしてきた袋を押し付けてきた。
「ほら、頼まれてたもの! 俺に買って来させたんだ。ちゃんと食えよ!」
二人して、境内のベンチに座る。
「まずはあったかいものからよね。お好み焼きがいいかしら、ポテトがいいかしら」
どこかの屋台が、一袋にまとめてくれたのだろう。大きな袋の中を覗くと、一番上にお絵かきせんべいが見えた。
「あら」
手に取るスウィンに、隣からは慌てた声が聞こえてくる。
「あ、そ、それはあれだ。俺がなにも描かずにいたら、店の主人が適当に描いたんだ。俺は砂糖をかけただけだ」
「ふふ、上手に描けてる。ありがとう、イルド」
イルドが焦るのも無理はない。せんべいに書かれていたのは、大きなピンク色のハートだったのだ。時間稼ぎのために頼んだものが、思いがけないことになった。
端をパリンと噛んで、スウィンは「美味しい」と言う。
「そんなもんから食っていいのかよ。あったかいものからじゃなかったのか」
「だってこれ手に持っちゃったんだもの。大丈夫、他のも全部食べるから」
「ま……お前がいいならいいんだけどよ」
少しばかり呆れたように言って……イルドは自分の食べるものを選ぶべく、袋の中を覗き込んだ。
●過去を引っ張り出すのはやめて!
「うーん、困った」
シルヴァ・アルネヴは左手に持っていたりんご飴をかじった。甘い。右手ではお祭りヨーヨーを揺らしている。しかし見ているのはそのどちらでもなく、周囲の人ごみだ。食べ物のおいしそうな香り。狐の魔法がかかった不思議な品物や、売り子狐のふわふわな耳と尻尾に見とれていたら、いつの間にか相棒とはぐれてしまっていたのだ。
「ま、そのうち見つかるか」
きっと相手も探してくれているだろうと、のんきに構えて石畳を歩く。――と。
「あれ? あの子供……」
道の傍らに、何やら不思議な着物を着た狐の子供が、一人で椅子に座っているのを見つけた。迷子だろうか。見つめると、その子と目があった。
誘われるように寄っていく。少年狐はにこりと笑った。
「お兄さん、一人なの? ね、僕ここでお店をしてるんだ。話を聞いてくれない?」
「うーん……聞きたいのはやまやまだけど、オレの場合は相棒を探してて……」
シルヴァの目に、少年の小さな狐耳が映る。近くで見てもふさふさのふわふわのもっふもふだな。触ったら気持ちよさそうだな。そんなことを考えていると、少年はつらつらと売り物の説明を始めた。
「……っていうものなんだ」
「へえ……ずいぶん不思議なものだな」
そう言う間も、シルヴァはやはり狐耳が気になってしかたがない。なんとかして触らせてもらえないかと、さっきから頭の中はそのことばかりだ。頼めばいいのか? でもただ頼むのも……ああ、そうか。
「じゃあそれ、二枚売ってくれるか? で、その耳、触らせてください!」
シルヴァはがばりと頭を下げた。
「……耳? いいけど……」
「うわっ、やった!」
体を起こすなり、狐耳に手を伸ばす。
「わっ、想像通りだ! あったかいしすっげふわっふわ! ……ん? 先はちょっと冷たいんだな」
「耳なんてそんな珍しいものじゃ……ふふ、くすぐったいよ」
子狐が目を細める。怒号が聞こえたのは、そんなときだった。
「シルヴァ! 心配して探していれば……何をしてるんですか!」
すかさず伸びてきた指に、耳をつねられる。
「マギいたっ! 痛いって!」
シルヴァは声を上げた。しかしマギウス・マグスは問答無用。子狐に会釈をすると、シルヴァを引っ張っていこうとする。
「待って、マギ! ね、これ」
シルヴァは持っていたヨーヨーを狐に差し出した。しかし子狐は首を振る。
「いいよ! お兄さんが撫ぜてくれるの、気持ちよかったし。式神、楽しんでね」
人が途切れた欄干にもたれ、シルヴァは耳をさすっていた。マギウスに「で、何を?」と経緯を問いかけられる。
「で、てさ……」
説明とともに白紙を受け取ったマギウスは、黙ってそれを見つめている。
マギが息を吹きかけたら誰になるんだろう。顔を覗き込むと目があった。
マギウスが白紙に息を吹きかける。それはみるみる大きくなって――。
「あ、オレの姿になった」
ふと笑みが漏れてしまう。
マギウスは式神シルヴァを驚いた顔で見ていたが、すぐに気をとり直し、命令する。
「……はぐれた罰です。昔のシルヴァっぽく行動してください」
「昔のオレなんてこいつ知らな……」
へらりと言いかけたシルヴァの予想に反して、式神シルヴァはマギウスの背後に隠れ、その服をぎゅっと握りしめる。
おおい、なんで知ってるんだ!
「やめて、オレの黒歴史を目の前で再現するの!」
羞恥に染まった顔で、悶えている間に式神は消えた。
「たしかに勝手にはぐれたオレが悪いけどさー」
シルヴァはもう一枚の白紙に息を吹きかけた。式神マギウスに頭を撫でてもらう。手は冷たいけどなんかいい気分だな。しかし目の前の本体マギウスはなぜか不満顔だ。その上シルヴァの腕を引いて式神から離すと、シルヴァの頭に手をのせてくる。
「代理を使用するとは、失礼な話です」
「……やっぱ本物の方があったかいな」
シルヴァはマギウスを見、赤い頬のまま微笑んだ。
●本物には言えないから……
「二枚くーださい」
歌うようなリズムを付けて子狐に言い、叶は二枚の白紙を購入した。
文句の多い桐華さんめ、たまには僕に従順になってくれればいいんだ! と思いながらも、それじゃフェアじゃないなあなんて考えたりもした。だからこう提案したのだ。
「一枚は桐華にあげようか? 従順な僕との五分間を満喫するがいい」
しかし桐華は簡潔に一言「要らない」ときた。
「え、なにそのつまんない返事。良いもんね。じゃあ僕は従順な桐華を満喫するから、邪魔しないでよね」
二人別行動で、叶は人の姿のない場所を探した。だって人がいたら恥ずかしいし、変な人だと思われても嫌だしっていうのが、主な理由。そして神社の奥の、木の茂る中に場所を見つけた。ちょっと暗いけど、ここでもいいか。
「よし、一枚目はお祭りで買ったご飯を一緒に食べてもらおっと」
ふっと白紙に息をふきかける。するとそれは本物桐華と寸分違わぬ桐華になった。
「おお、すごい! 本物そっくりだ」
叶は驚きつつも、先程屋台で買ったたこやきのパックを開く。
「ほんとは桐華と食べようと思ってたけど……いいよね、これも桐華だし」
店主が二人連れの自分たちのために気を使ってくれたのか。二本入っていたつまようじの一本を式神桐華に渡し、一本は自分で持つ。いただきます、と一人で言って、少し冷えたたこ焼きをパクリ。式神桐華もパクリ。
しかし五分は思ったよりも短いものだ。無言桐華と食事を共にしているうちに、あっさり過ぎてしまう。それでも。
「満喫満喫♪ 二枚目はどうしようかな」
またも息を吹きかけて、式神桐華二号を作り出す。動かないそれを見て考えること数秒。
「触ってみたい。……握手しよ? そんでね、ぎゅってしてよ。違う違う、前からじゃなくて、後ろから」
背中にゆっくり重みがかかる。たしかにぎゅっと包まれているけれど。
「あは、冷たくて気持ちいいかも」
とは思うけれど。
しんみりした気分にもなるのは、ここが喧騒から離れた場所だからだろうか。
周囲の木々が風に鳴る。ここにいるのは、式神桐華と自分の二人きり。
叶はゆっくりと口を開いた。
「……ねえ、桐華。これからも、僕のために怪我なんてしないでよね。お願いだから僕に、君に出会わなきゃよかったなんて後悔、させないでよね」
呟く。
直後、叶は笑った。
「なーんて、ふふ、本人に言ったら怒られそうだ。内緒ね、内緒」
喋ることができない式神の桐華は答えない。ただ叶が言ったままに、五分の間叶を抱きしめ続け――消える。
「あ……」
本物ではないとわかっているのに、それでもさみしいと感じてしまう。思わず下げかけた視線を、背後からふさがれた。
三枚目の白紙は持っていない……と思った直後、それにぬくもりがあると気付いた。手だ。そして、声が聞こえる。
「大丈夫だから」
……聞き慣れた声に、叶はびくりと肩を揺らした。
「桐華!? な、なんでここにいるの」
「……俺に隠れて何するのか気になったから、こっそりついてきたんだ。わざわざ人のいないところを選んで、こんなことか……くだらないな」
「くだらないなんて!」
「誰がお前のためになんて傷ついてやるもんか。俺の心配するくらいなら、お前は自分の心配をしろ」
細く長い息を、叶は吐いた。
失う怖さを、桐華は埋めてくれる。それでも。
「桐華はずるい」
そんな言い方。
「お前ほどじゃない」
「僕の気も知らないで」
「そんなん知るか」
目元がじんわり熱くなる。
「……泣くなよ、子供じゃあるまいに」
「泣いてないもん」
叶は目元を隠す、桐華の手を押さえた。
桐華の手が涙に濡れて、泣いていることはバレバレだろう。案の定。
「見られたくないからって手を押さえるな。濡れる」
「……デリカシーないよね、桐華って」
それでも、離したくないのだけれど。
●どうぞ、素敵な奇跡の時間を
「……アイン、いいか? 俺が二枚使っても」
そう言われたときにアイン=ストレイフは、高原 晃司が誰を呼び出したいのかを、既に察していた。
晃司は告げる。
「呼びたい人は……俺のオヤジとお袋。俺の目の前でオーガに殺されてしまった、両親だ」
昔、晃司を助けたときのことを思いだす。身寄りのない子供は、今はこんなにまっすぐに大きく育ったが。
……それまで普通に家族に甘えてた子が、いきなり一人になり、かつ、全く知らないおっさんと暮らす羽目になったんです。気にかけているのはあたりまえですよね。
即座に答えぬアインの無言をなんととったのか。晃司は言葉を続ける。
「ア、アイン。俺はこれが自分への慰めだって事も知ってるし、喋ってくれない事も親の意思なんてこれっぽっちもない事も知ってるけど、でも俺は……」
いつもとは違う、吐き出すような口調の晃司の肩を、アインは叩く。
この台詞を最後まで言わせてはいけない。そんな気がしたからだ。
「私のことは気にせずに、晃司の好きに使ってください。年に一度の、せっかくのお祭りですからね」
家族水入らずを邪魔するのはどうかと思ったが、目に届かないところに置いておくのも不安である。アインは少し離れたところから、晃司を見守ることにした。
晃司が二枚の紙に息を吹きかけると、それは男女の姿となった。晃司の両親にしては若いと思い、すぐにその理由を思いつく。彼らは晃司が両親と別れた当時の両親なのだ。なぜなら晃司の中で、二人の時は止まっているのだから。
「……一緒に……お祭りを回ってもらってもいいか?」
普段の晃司よりはよほど静かな声で、少しだけはにかみながら、晃司は言った。そして一瞬ためらい、二人が立つ間に並ぶと、両の手を伸ばした。右手は母に。左手は父に。
提灯の光が、ぼんやりと周囲の闇を照らしている。狐耳の青年が、にぎやかに呼び込みをする夜店。漂う食べ物の香り。
石畳の道を、三人は並んで歩いている。人でいっぱいの道だから、本当ならば並ぶのは厳しい状況だ。それでも晃司たちは一列に並んでいる。晃司が両親の手を、きっちり握っているのだろう。
しかし笑顔の人間の中にいても、式神の両親は無表情のまま話すことはない。晃司も硬い顔をしている。両親と会話はできないと知っているから、話しかけることもない。
彼らの列は崩れない。式神の父の肩に誰かの肩が当たっても、けっして。
そして五分が終わるとき。
「オヤジ……お袋……守ってやれなくて……ごめんな。でも、きっと俺立ち直るから……絶対いつか立ち直るから、見ててくれよ」
晃司たちが進むことができたのは、ほんの五十メートルほどだろうか。晃司の言葉の後、両親は、突然姿を消した。
「あっ」
晃司は両手を胸の前まで持ち上げ、ぎゅっと強く握った。
しゃがみこみ、二枚の紙を拾う。もう両親に変わることはない、まじないのかかった紙に「ありがとうな」と言った。普段と同じ声音で。
アインは晃司から視線をそらし、夜店へと足を向けた。少しの間は一人にしておくのが良いだろうと思ったのだ。
ゆっくりと周囲の店を回り、狐の面を後頭部につけた妖狐の店で、焼きトウモロコシを買い求めた。雑踏の中に目を向ければ、見慣れた後ろ姿が見えた。
「晃司!」
晃司が振り返る。いつもの笑顔だ。
「アイン! ああよかった、探してたんだよ。別行動したのはいいけど、待ち合わせ場所決めてなかったと思って」
「私も探していました。ついでにいい香りに惹かれて買ってしまったんですが、トウモロコシ、食べますか?」
「食う食う! なんか腹減ったよな! あ、あっちに焼きそばある! 行ってもいいか?」
「ええ」
ひょいひょいと人ごみを抜けていく晃司の横顔は、もう本当にいつもの顔だ。
……きっと彼にとって、このお祭りは一生忘れられない思い出になるでしょうね。
笑顔の下に隠された、素直な悲しみの欠片。それがいつか本当になくなることを、アインはただ祈った。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:高原 晃司 呼び名:晃司 |
名前:アイン=ストレイフ 呼び名:アイン |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月12日 |
出発日 | 08月19日 00:00 |
予定納品日 | 08月29日 |
参加者
会議室
-
2014/08/18-00:06
……と。いつも通り、精霊で?
こんばんは。クキザキ・タダカです、よろしくどうぞ。
兄さん狐に怒られない程度にもふもふすればよろしかろー。
うちはたぶん一枚だけ購入して楽しんでるかな。 -
2014/08/18-00:05
-
2014/08/17-23:25
こんちは、スウィンとイルドよ~。よろしく!
狐君の耳や尻尾触ってみたいって気持ち、分かるわぁ。
おっさんは字数足りなくて入れられないけど、
プランで触るの挑戦してみてもいいんじゃない?ふふ
楽しみましょうね♪ -
2014/08/16-19:05
紅月ノ神社の夏祭りって、色んなものがあって楽しそうだな
シルヴァ・アルネヴと精霊のマギだ
皆で一緒に行動にはならないみたいだけど、不思議な式神(式紙?)
買った同士、よろしくなー。
それにしても……妖狐のあの耳とふさふさのシッポ触ってみたい。(うずうず)