プロローグ
●未来を覗いてみませんか?
妖怪たちによる屋台への被害が続く中、その屋台はひっそりこっそり営業を続けていた。
立ち並ぶ屋台の群れから少し外れたところにあるその小さな屋台には、張り紙が1枚。『貴方の未来ご覧にいれます』と達筆な字でしたためられている。
●未来を映す水鏡
「ちょいと、そこのお二方」
紅月ノ神社の夏祭り会場にて。ふと薄暗がりから声を掛けられて、あなたたち2人はそちらへと目を向ける。そうして初めて、そこにこじんまりとした屋台があることに気がついた。
「ご自身の未来に興味はございませんか?」
目を細めて問う屋台の主は、細い面の美丈夫だ。悪戯っぽくひょいと覗かせたのは狐の耳と尻尾。ウィンクルムたちの味方である、妖狐一族の者なのだろう。だとしたら。
――未来に興味はございませんか? という文句も、胡散臭い占い師のそれとは違うのかもしれない。
興味を持って屋台を覗けば、そこには澄み切った水を湛えた白磁の瓶(かめ)。狐の店主がくすりと笑む。
「その瓶にはね、貴方の未来が映るんですよ」
店主がそう零せば、瓶の水が風もないのにさわりと揺れた。見惚れるような神々しい金色に、水面が輝く。
「未来が見たい。そう願ってこの瓶を覗き込めば、そこに貴方の未来が見える。ああけれど、水面に映る未来を誰かと共有することはできません。自分の未来に触れられるのは、自分だけ」
歌うように言葉を紡ぐ狐の店主。どうやら、パートナーと一緒に瓶を覗き込んでも、それぞれに見えるものは違うということらしい。ただ、未来の端っこに触れたその後に、見たものの内容を共有するのは特に問題ない。勿論、見えた未来はそっと胸にしまっておいても。
「ああ、それから。未来は、日々変わっていくものですからね。覗けるのは、あくまで数え切れないほどある未来の可能性の一つだけ。そのことは、どうか心の隅っこに留めておいてもらえたら」
言って、店主はふんわりと笑み零す。
「今年の祭りは何かと慌ただしいですが……どうぞごゆるりと楽しんでいってくださいね。お祭りの熱気と幸福なエネルギーが、ムスビヨミ様の力になるのですから」
どうぞどうぞ良い一時をと、狐の店主はにっこりと目を細めた。
解説
●『未来覗きの水鏡』について
瓶の中は澄み切った水に満ちていますが、「未来を見たい!」という願いを込めて覗き込めば、水面が金色に輝き、その後、覗いた人の未来を映します。
お値段はカップル価格で2人で300ジェールとなります。
未来を覗くのには妖狐の店主が彼の持つ僅かな妖力を全力で注ぎ込む必要がありますので、ちょっとお高いのはご勘弁を。
見える未来はプランにてご指定くださいませ。
神人とパートナー、双方が未来を覗くことができます。
お値段は変わりませんが、どちらか片方だけが覗くというプランもOKです。
見える未来は、プロローグにある通り『自分の未来』のみとなります。
その他詳細はプロローグをご参照くださいませ。
●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなりますので、気をつけていただければと思います。
それから、今回のエピソードに関しましては、プランに未来の指定がない場合描写が薄くなる場合がございますのでお気をつけください。
また、未来の細部(指定のない部分)はお任せとなりますこと、数多ある未来の一つということでご了承願えますと幸いです。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
未来が覗ける不思議な水瓶。
皆さまの目には、どんな未来が映るでしょうか?
らぶらぶなプランもシリアスなプランもその他色んな素敵プランを楽しみにお待ちしております……!
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
へえ…自分で見れる未来か タイガがいいなら (家族に言えなかったけど、家を継ぐか、夢を追うか知りたい) ◆ (「あなたのつくる本の世界」でみた長身)タイガと 双眼鏡を片手に森深く滝がある秘境を旅 (格好…考古学か研究者かな。あ。あの時の。かっこよくなってもタイガの面影あるんだ) いいな。こんな未来がきたら本当 あれ…?普段のスキンシップにしては… !あ、うん 世界を旅する夢、実現できるかもしれない タイガと一緒だった、から みえた顔や「ジューンブライド】巨大ケーキと撮影会」のキスのまねが過り、すぐに見れず (どうかしてる。急に意識するなんて) こら!人前で目立つだろ …未来でもよろしく頼むよ タイガの方は? そっか… 待ってるよ |
アイオライト・セプテンバー(白露)
あたしの未来はねー 色っぽくってねーおっぱいどーんウェストぎゅっでねー髪はツヤツヤでねーメイクもばっちりでねー男を惑わす悪女でねー なんて、ぜんぶ希望だけど むー。でも、未来を見るのちょっと怖いなあ パパ、いっせーのせっで一緒に覗こうよ 10年後ぐらい? 後ろ向きだから…おっぱいよく分かんない ちゃんと女の子になれてるかなあ 誰かのお嫁さんになってたりするのかな 悪い未来が見えそうなら、怖くなって、水をぐるぐるしちゃうかも ルール違反かな そしたらちゃんと謝らないと 本当はパパと一緒にいられたら、それでいいの あたしが幸せそうなら、それってきっと、パパと一緒だからだもん ずっと一緒にいてくれるって約束したし ねっ、パパ? |
アレクサンドル・リシャール(クレメンス・ヴァイス)
未来が見られるってドキドキするな 水鏡の中 少し大人になった自分が 依頼相談の為本部会議室に向かっている クレミーは他の人達と穏やかな表情で話をしていたが こちらに気が付いて手を上げる 意外性は全くない光景なのに ショックを受けている事を自覚 穏やかな声に視線を上げ いつも通りフードを深く被る姿に理由を悟る 塞ぎ込んだまま移動 クレミー、もうフードはいらないと思うぞ もう、誰も怖がらない ごめんな、本当は少し前から思ってた クレミーは普段あまり顔を見せないし 笑顔を見るのは俺だけで だからって優越感とか独占欲とか 本当、身勝手だよな 嫌じゃないなら良かった いや、なんかそう解説されると照れるんだけど…… でもありがと、気が楽になった |
瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
水鏡か、綺麗だな 未来は自分の手で切り開くものだってわかっているけど、どうも気になる 折角見られるんだ、自分がこうありたいと願う未来を覗こう ※ 心理カウンセラーとして勤務する瑠璃の元に、瑠璃の彼女らしき女性が相談に訪れる その正体は、どこかの民族服に身を包んだ珊瑚だった 珊瑚は淡々とした声で「瑠璃。私はもう、あの頃の瑪瑙珊瑚に戻れなくなりました」「私は本当の私を思い出したのです」と呟く どういう事かと尋ねると珊瑚は答えたが、覗いた瑠璃にそこから先は聞こえないままフェードアウトする ※ なりたい自分には、なれていた だが・・・・・ 珊瑚、どうした? (真っ青な珊瑚を見て平然と近づき、自らの額を付ける) 熱でもあったか? |
エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
未来の一端を覗き見る水鏡ですか。面白そうですねぇ カップル価格があるのでしたら、二人でそれぞれ見るのも楽しそうです 後で感想などを言い合うことも出来るのでしょうか。それは楽しみですねぇ 念じて、水鏡の中を覗き込めば…… ……なる程、まさかの日常光景の中で、林檎を喉に詰まらせての窒息死ですか。今はウィンクルム等と呼ばれていますが、業の深さが祓われる訳ではなさそうです この結果は、ディナスには黙っておきましょう 適当に、オーガを倒し続けての老衰と言っておきましょうか 戦闘中ならばまだしも日常時の死因では…… おや「何故嘘をつくのか?」ですか。 いやはや、これは参りましたねぇ……では正直にお話しておきましょう |
●夢と君との傍らで
「占いか~。運試しや縁起担ぎしかしねぇな」
と透明の水鏡を覗く火山 タイガの傍らで、
「へえ……自分で見れる未来か」
とセラフィム・ロイスはぽつりと零す。その短い言葉の中に真摯な関心の色を見た気がして、タイガは虎の耳をぴくと動かした。明るい笑顔をセラフィムに向けて、「やってみっか!」と声をかければ、セラフィムは寸の間目を瞠った後目元をふわり柔らかくして。
「タイガがいいなら」
応えるセラフィムの胸の内には、確かめたい『この先』があった。
(家族に言えなかったけど、家を継ぐか、夢を追うか知りたい)
そんな想いを胸に抱えつつ水鏡を覗けば、寸の間金色に輝いた水面に森深い、滝のある秘境が映った。滝に程近い崖の上に立つは、双眼鏡を片手に握る自分と、以前夢の世界で見た姿を彷彿とさせる、精悍な印象を与える長身のタイガ。
(格好……考古学か研究者かな。あ。あの時の。かっこよくなってもタイガの面影あるんだ)
自然、『こちら側』のセラフィムの口元に笑みが浮かぶ。
(いいな。こんな未来がきたら本当……あれ?)
水鏡の中、セラフィムの耳元でタイガが何か囁く。未来の自分が、少し頬に朱を差してくすぐったそうに笑った。
(何だろう、普段のスキンシップにしては……)
いぶかしむセラフィムを余所に、成長したタイガの逞しい手がセラフィムの顎をくいと優しく持ち上げる。セラフィムは目を閉じ、2人の距離が近く、近く――そこで、映像は途切れた。さて、一方のタイガが見たものは。
(身長伸びるな! な? よし! あ! 一緒にいれるんだ未来も!)
水鏡に映るは、森深くに立つ、木製のいかにも手作りらしいログハウス。そこに帰ってきたのは、逞しく成長した自分と猟犬、そしてセラフィムだった。いつかの未来でも隣にはセラがいる。その幸福に思わずタイガは頬を緩ませ――けれど、次の瞬間水鏡を揺らした映像に目を瞠った。そこに映ったのは、ごく自然に口づけを交わす2人の姿。
(……なれるのか? こんなふうに?)
ちらと傍らの相棒を盗み見れば、ぱちりと冗談みたいに目が合って。思わずタイガの口からとび出したのは、「どうだ?」なんて陳腐な言葉。
「! あ、うん。世界を旅する夢、実現できるかもしれない」
何故だか決まりの悪いような様子で、けれどもその声には明るい色を滲ませてセラフィムがそう答えれば、タイガもぱあと顔を輝かせ自分のことのように喜びを現わす。
「おおっ、やったじゃん! セラひとりで冒険に繰り出せるか心配だったけど、そんなことなかったか」
この台詞に、セラフィムはふっと、少し照れたように微笑んだ。
「ひとりじゃないよ。タイガと一緒だった、から」
「マジ!! オレもセラが見えた! やっぱ一緒にいれるんだ!」
嬉しさのあまり尻尾をぴん! と立てて、タイガはセラフィムの手を取ってくるくると踊り出す。対するセラフィムは、先に水鏡に映った未来や雑誌の撮影会の折にキスの真似事をしたことが何故か頭を過ぎり、タイガの眩しい笑顔を直視できずにいた。
(どうかしてる。急に意識するなんて)
何とか自分にそう言い聞かせて、「こら! 人前で目立つだろ」と何でもないように言葉を紡ぐセラフィム。だって嬉しくってとタイガが笑った。
「……未来でもよろしく頼むよ」
「おう! もちのろん!」
柔らかに微笑んでセラフィムが言えば、満面の笑みでタイガが応じて。と、思い出したようにセラフィムが問いを零した。
「そうだ、タイガの方は?」
「! オレはそりゃ……内緒だよ」
先ほど見た映像が頭を過ぎり、照れ臭さにふいと目を逸らすタイガ。
「……でも、実現したら真っ先にセラに言うから! 絶対!」
タイガの真っ直ぐな物言いに、セラフィムはふわり笑み零す。
「そっか……待ってるよ」
「おうっ」
にっと笑って応じながら、タイガは思う。
(今もいいけど……期待していいんなら頑張りたい)
願いを抱えて、けれど今は大切な人の手を取って踊るのだ。
●君とフードと独占欲
「未来が見られるってドキドキするな」
「せやね。珍かな物があったもんや」
明るく笑み零したアレクサンドル・リシャールに、クレメンス・ヴァイスがしっとりと応じる。その声を耳に心地よく聞きながら、アレクサンドルは願いを込めて瓶の中を覗き込んだ。金色に水面が輝き、次いで映し出されるは少し大人になった自分の姿。依頼の相談のためだろうか、A.R.O.A.本部の会議室に向かっているところだ。会議室の扉を開ければ、そこに待っていたのはクレメンスとウィンクルムの仲間たち。穏やかに仲間たちと言葉交わしていたクレメンスが、アレクサンドルの姿に気づいて手を上げる――。『こちら側』のアレクサンドルは、思わずくしゃりと胸元を握り締めた。水鏡に映ったのは、ウィンクルムの日常としてはごくありふれた、特別意外性のない光景だ。
(なら、何で――)
何故こんなにも落ち着かない気持ちになるのだろうかと、アレクサンドルは自分が今しがた垣間見た未来の姿に、ショックを受けていることを自覚する。そんなアレクサンドルの隣、クレメンスが水鏡に見たものは。
(ああ。何や、幸せそうな未来やねぇ)
場所は、森の奥に密やかに佇む一軒家。小さなテーブルを挟んでクレメンスの前に座っているのは、アレクサンドルだ。声は聞こえずとも楽しげな空気が伝わってくる。そこまでを映して、水面は元の色を取り戻した。
(アレクスには何が見えたんやろか?)
顔を上げ視線を神人へと遣れば――彼は常からは想像もつかないような、沈んだ色をその顔に湛えていた。
「――アレクス?」
穏やかな声が、アレクサンドルをふと我に返す。相棒の方へと視線を向ければ、目に映るはいつも通りにフードを被ったクレメンスの姿。その出で立ちにもやもやの原因を悟ったアレクサンドルは、罪悪感から思わずふいと視線を足元へと逃がした。そんなアレクサンドルに、クレメンスが柔らかく声を掛ける。
「……少し話そか。移動しよ、アレクス」
促されて、アレクサンドルは未だ塞ぎ込んだままクレメンスと2人屋台を離れた。屋台通りから少し外れれば、そこは別世界のようにしんとしていて。
「あたしが見たのは2人で食事してるところやったけど、あんさんは何を見はったん?」
問いにようやっと顔を上げて、アレクサンドルはぽつと言葉零した。
「クレミー、もうフードはいらないと思うぞ」
「へ……?」
「もう、誰も怖がらない。ごめんな、本当は少し前から思ってた」
アレクサンドルが伸ばした指が、クレメンスのフードをそっと外す。露わになったかんばせに浮かぶのは、戸惑いと心配の色だ。それでも、クレメンスはアレクサンドルの紡ぎ出す言葉を最後まで聞き届ける心積もりらしい。
「……クレミーは普段あまり顔を見せないし、笑顔を見るのは俺だけで。だからって優越感とか独占欲とか、本当、身勝手だよな」
いつの間にか心に滑り込んでいた、『特別』への想い。僅か俯き胸の内をさらけ出すアレクサンドルの前で、クレメンスはフードを静かに被り直した。その耳が、仄か朱に染まっている。ぼそぼそと零される、言葉は。
「……『好き』と違って『独占欲』は単なる好悪以上の想いがあるということや思うから……それを嫌やとは、あたしは思わへんよ」
はたと顔を上げるアレクサンドルに、「それよりも」とクレメンスは言う。
「そんな顔されるとこっちまで辛なるわ。……あんさんには、笑顔でいてほしい」
この言葉に、アレクサンドルはほっと息をついた。
「……嫌じゃないなら良かった。いや、何かそんな解説とかされると照れるんだけど……でもありがと、気が楽になった」
ふにゃりと笑ったアレクサンドルの肩を、クレメンスがぽんと優しく叩く。
「あたしは、誰も怖がらせなければそれで十分。それ以上の人付き合いは、望んでへんよ」
だから好きなだけ独占したらええと、フードの向こうでクレメンスは口元を和らげるのだった。
●不可解への誘い
「水鏡か、綺麗だな」
覗き込んだ水瓶には、今は自分自身の――瑪瑙 瑠璃の顔が鮮やかに映っている。未来は自分の手で切り開くものだとわかっているけれどどうも気になると、瑠璃は『先』を垣間見ることに決めた。こくと小さく頷いた水鏡の中の瑠璃の隣に、悪戯っぽい笑みをそのかんばせに乗せた瑪瑙 珊瑚がひょいと映り込む。
「うむっさんさー、わんも覗こう!」
珊瑚にぎゅうと押されつつも文句の言葉は飲み込んで、瑠璃は願いを込め瓶の水に金色を纏わせる。
(折角見られるんだ、自分がこうありたいと願う未来を覗こう)
水面に映るのは、心理カウンセラーとして勤務する大人になった自分の姿。相談に訪れたのはどこかの民族衣装を身に纏った女性で――水鏡の中の瑠璃の様子から、どうやら未来の恋人であるらしいことが見て取れた。
(あれ……?)
僅か違和を感じ、もっとよく覗き見ようと瑠璃は白磁の瓶に触れた。すると、頭に直接響くようにして、水鏡の世界の『音』が頭に流れ込んでくる。
『瑠璃。私はもう、あの頃の瑪瑙珊瑚に戻れなくなりました』
やはりだ、と瑠璃は思う。淡々とした声で告げるあれは珊瑚だ。
『私は本当の私を思い出したのです』
俯き呟いた珊瑚に、どういうことかと『あちら側』の瑠璃が尋ねる。珊瑚が答えようと口を開くが――そこで、音声が途切れ水面が揺れた。
(なりたい自分さは、なれていた。だが……)
今はただ澄み切った水を湛える瓶に、怪訝な顔をした自分の顔が映っている。さて、一方の珊瑚が見たものは。
「へへっ、うじらーさんいなぐん囲まれたかふーな未来をんちゅん!」
水鏡に映ったのは、恋人らしき女性と仲睦まじく過ごしている自分の姿。
(おおっ!)
と勢い余って瓶に触れれば、女性が『サンちゃん』と甘やかな声で未来の自分を呼ぶのが頭に響いた。場面が映り変わる。珊瑚のちんすこうを誤ってぱくりとした彼女が、ふてくされた珊瑚に気づき、顔を寄せそっとそれを口移した。しかし、『こちら側』の珊瑚には見えた。おぞましい蟲に似た異物までもが、『あちら側』の自分の口にするり滑り込むのを。水鏡の中の珊瑚が悶絶する。
『サンちゃん、思い出して……本当の貴方を』
女性の声を耳に聞きながら水鏡の向こう珊瑚は意識を手放し――それと同時に、現実世界の珊瑚の頭も、鈍く痛み出す。朦朧とする意識。夢と現が、濁流に飲まれたようにぐちゃぐちゃに混ざり合う。名を強く呼ばれて目を覚ましたのは、どちらの自分か。目に映るのは、瑠璃の泣き顔。
『瑠璃ー!』
叫べば、瑠璃の涙が珊瑚の頬に落ちた。水面が揺れ、世界が一つに戻る。『今』の珊瑚は、2本の足で地面にしかと立っていた。呼吸が乱れ、体中に暑さのせいではない汗をかいているけれど、瑠璃と2人、瓶を覗く前と変わらず紅月祭りの不思議な屋台の前にちゃんといる。ただ、祭りの喧騒がどこか遠くから聞こえるような、心許ない感じがした。
「珊瑚? 珊瑚、どうした?」
珊瑚の常ならぬ様子に気づいて、瑠璃が問う。
「え? ああ……だぁや……」
見えやしが、と呟く珊瑚の声は力なく、その顔は今にも倒れてしまうのではないかと瑠璃に思わせるほど真っ青だった。何でもないように珊瑚へと近づき、瑠璃は自らの額を珊瑚の額に当てる。
「熱でもあったか?」
「!? ちょっ、やめろよ! ぬーしてんやっさー!」
叫び、身をよじって瑠璃から逃れる珊瑚。
「わ、わんや平気やしよ! 平気やっさー!」
それならいいがと、瑠璃がまだ納得のいっていない様子で呟いた。瑠璃の疑っている通り、まだ瓶の見せた不可思議に足を取られているような心地がしている珊瑚である。けれど、額に残る瑠璃の温度が自分を『今ここ』に繋ぎ止めているように思えて、密かふっと息を漏らすのだった。
●しあわせな未来の作り方
「あたしの未来はねー」
歌うように言葉零しながら、アイオライト・セプテンバーは透明な水鏡を覗き込む。
「色っぽくってねー、おっぱいどーん! ウェストぎゅっ! でねー、髪はツヤツヤでねー、メイクもばっちりでねー、男を惑わす悪女でねー」
指折り数えるアイオライトの姿に、『パパ』こと白露が、「はいはい」と苦笑を漏らした。5本の指を全部折った手を、アイオライトは密かきゅっと握り締める。
(……なんて、ぜんぶ希望だけど)
水面に映るのは、どこか浮かない様子の自分の顔。水瓶の中の水と睨めっこをしたままで、アイオライトは白露に尋ねる。
「ね、パパはどんな未来が見えたらいいなって思う?」
白露が、僅か首を傾げた。
「うーん、この年で未来と言われても、却ってぴんと来ませんが……特に『こうなれば』というのはありません。生きていられたら十分です」
「えー、それだけ?」
「ああ、悲観しているわけじゃありませんよ? 生きていれば何かができますからね。たぶん」
「そっか……うん、そうだね」
白露の言葉を、アイオライトは胸の内で咀嚼する。が。
(むー。でも、未来を見るのやっぱりちょっと怖いなあ……あ!)
そうだ! とアイオライトは思いつきに顔を輝かせた。
「パパ、いっせーのせっで一緒に覗こうよ」
そう言ったアイオライトはもう明るい顔をしていたけれど、その小さな手がきゅうと自分の服の裾を握っていたので、白露はアイオライトの胸中を察した。
「そうですね、そうしましょうか」
「じゃ、いくよ? いっせーのせっ!」
アイオライトの掛け声を耳に、白露は水面を覗き込む。願い込めれば、映るのは未来の自分の姿。
(――ああ、確実に皺は増えているようです。元々髪が白いので、白髪が増えたかどうかは分かりませんけど)
でも、今とさして変わらない気はすると白露は思う。さて、アイオライトの方はどうだろうか。
(10年後ぐらい? 後ろ向きだから……おっぱいよく分かんない)
映ったのは、すらりと背の伸びた自分の後姿。胸元を何とか覗き見ようとするが、水鏡は存外意地悪で、上手くいかない。
(ちゃんと女の子になれてるかなあ。誰かのお嫁さんになってたりするのかな)
と、水鏡の中の自分が誰かに呼ばれてこちらに振り返ろうとする。いざ確認できるとなると何だか恐ろしいような、怖いものが見えてしまうような心地もして、アイオライトは思わず手を白磁の水瓶に突っ込んだ。ぐるぐると水をかき混ぜれば、未来の映像は底に沈んだように見えなくなる。
「アイ?! す、すみません……!」
アイオライトの大胆な行動に、白露の方が慌てた。その声を聞いて、アイオライトもルール違反だったかな? と思い当たる。けれど店主は、「大丈夫ですよ」と穏やかに微笑んだ。礼を言って屋台を離れ、2人は物陰に涼む。
「ねー、パパ。あたし可愛い?」
ねだるような声でアイオライトが言う。白露は目元を柔らかくした。アイオライトがこんなことを言う時は甘えたい時なのだと、白露はよく知っている。
「はいはい、かわいいかわいい」
「ぶー。もっとちゃんとしてー」
唇を尖らせるアイオライトの頭を、白露は優しくぽんぽんとした。
「何を見たか知りませんが、アイは10年後もきっとかわいいですよ」
掌と言葉の温もりに、アイオライトは「えへへ」とくすぐったいような笑みを漏らす。そして、思い出したように、
「パパには何が見えたの?」
と問いを零した。さあどうでしょうねと白露が笑顔でかわす。そんな白露に、アイオライトはそっと寄り掛かって。
「あたしね、本当はパパと一緒にいられたら、それでいいの。あたしが幸せそうなら、それってきっと、パパと一緒だからだもん」
ずっと一緒にいてくれるって約束したしと、アイオライトは宝物のような言葉を口にする。
「ねっ、パパ?」
無邪気に笑みかけられて、白露はアイオライトへと穏やかに微笑みを返した。
●いつかの未来の約束を
「未来の一端を覗き見る水鏡ですか。面白そうですねぇ」
しみじみと呟いて、エルド・Y・ルークは微塵の曇りもない水鏡を覗き込んだ。映るのは、柔和な笑みを湛えた自分の顔。
「カップル価格があるのでしたら、2人でそれぞれ見るのも楽しそうです」
後で感想などを言い合うことのも一興かもしれない等と思いつつエルドがそう零せば、興味津々の様子で瓶を覗いていたディナス・フォーシスがついと顔を上げた。エルドに向けられた整ったかんばせが悪戯っぽい色を纏っている。
「それでしたらミスター、お互いに見た未来を話すと約束するのはどうでしょうか?」
「おや、それは楽しみですねぇ」
「それでは、早速覗いてみましょうか」
ディナスの声に促されて、エルドは再び水鏡を覗き込む。想い込めれば、水面はさやと金色に輝き、無声映画のようにあるシーンを映し出した。そこに映ったのは、誰しもに平等に訪れる『死』という未来。
(……成る程、まさかの日常光景の中で、林檎を喉に詰まらせての窒息死ですか)
今でこそウィンクルムと呼ばれる身ではあるものの、裏の世界に生きてきた業の深さが祓われる訳ではなさそうだと、エルドはごく冷静に思う。問題は、ディナスとの先の約束だ。
(この結果は、ディナスには黙っておきましょう。戦闘中ならばまだしも日常時の死因では……)
適当な言葉で取り繕おうと思いつつ顎を撫でたエルドの隣で、ディナスが水鏡に見たものは。
(……普通にオーガとの戦いで死ぬ未来を見てしまいました)
こちらもかなりヘビーな未来を垣間見てしまったものの、取り乱す様子はない。
(まあ、元から全うに生きられるとは思ってはいませんでしたが)
等と軽く息をつくばかりである。そんな彼にとっての問題もまた、エルドとの約束にどう応えるかということだった。
(ミスターには……これは適当に死因は老衰だったとでも言って……)
と、そこまで考えちらとエルドの横顔を見やったところで――ディナスはふと違和を感じる。それは、そうではないかとディナスが思った通り、ある意味では厄介なウィンクルムとしての絆が呼ぶ力。と、エルドがディナスの方へと視線を向けた。顔を見合わせて、2人が零した言葉は。
「どうやら私は、オーガを倒し続けての老衰で命を落とすようですね」
「僕は老衰で死ぬと、水鏡に映りました」
互いの口からとび出した『老衰』という揃いのキーワードに、違和感は確信へと変わる。
(……ああ、これはもうお互いが嘘ついてますね)
ディナスは思わずくすと笑みを漏らし、そして問うた。
「ミスター、何故嘘をつくのですか?」
「おや、そうきますか」
「……まあ、かくいう僕もあなたと同じ嘘をついたわけですが」
苦笑して、「まずは僕から正直に話しましょう」とディナスは今しがた水鏡に映った未来をありのままに話した。エルドが眉を下げる。
「いやはや、これは参りましたねぇ……では私も、正直にお話しておきましょう」
言って、エルドもまた自分の垣間見た未来をディナスに打ち明けた。お互いの、決して明るくはない未来の話。しかしそれらを分かち合った2人は、顔を見合わせてどちらからともなくふっと笑みを零した。
「安心してください。あなたの癖は承知です。そうならないように最善を尽くすのが私の仕事ですよ」
とエルドがにこやかに言えば、
「でしたら、ミスター。隠居したら僕が押し掛けをしてあげますよ。決して林檎等を喉に詰まらせないように」
とディナスが笑みと共に応じる。エルドが、眼鏡の奥の穏やかな目を僅か見開いた。
「おや。それは私が隠居しても、相手をしてくれるということですか?」
嬉しいですね、とエルドが目を細めれば、
「ああ、本当ですね。どうやらそういうことになってしまったみたいです」
とディナスも口元を柔らかに緩めて。さわり、瓶に湛えられた水が優しく揺れた。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:セラフィム・ロイス 呼び名:セラ |
名前:火山 タイガ 呼び名:タイガ |
名前:エルド・Y・ルーク 呼び名:ミスター/エルド |
名前:ディナス・フォーシス 呼び名:ディナス |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月14日 |
出発日 | 08月21日 00:00 |
予定納品日 | 08月31日 |
参加者
- セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
- アイオライト・セプテンバー(白露)
- アレクサンドル・リシャール(クレメンス・ヴァイス)
- 瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
- エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
会議室
-
2014/08/20-00:47
遅ればせながら改めまして。
瑪瑙瑠璃です、アレクサンドルさんとエルドさんは初めまして。
他の方は今回もどうぞよろしくお願いします。
出来ることなら、自分達が本当に見たいと思う未来が覗けたらいいと思っています。
あくまでも数多ある未来のうちの一つですから。 -
2014/08/18-21:40
御挨拶遅れまして、ごめんなさい。
アレクサンドルさんは初めまして、その他の方はいつもお世話になってまーすっ。
アイオライト・セプテンバーですっ。
なにかのときはよろしくおねがいしますっ。
未来かあ。
あたしの未来は、色っぽくておっぱいどーんで背も高くなってて(面倒なので以下略 -
2014/08/18-19:41
見知った顔が揃ったな。どうも、僕、セラフィムと相棒のタイガだ
水鏡、しかも自分でみることができるなんて興味深いね
共有できないのは残念だけど・・・
何か今後の糧になる未来がみえるといいと思う。夢・・・どうなるかな
では見かけた際はよろしくしてやってくれ -
2014/08/17-00:26
アレックスだ、よろしくな。
自分の未来か……意外性とかありそうな気はしないな。
まあ、どちらにしても普通は見る事が出来ないものだし
いろいろ考えるきっかけにはなる、か?
楽しい祭りになるといいな。