プロローグ
できた。と。額の汗を拭って、甚兵衛姿の妖狐の青年が嬉しげに手の中の物を掲げた。
それは眼鏡。どこからどう見ても眼鏡だが、どうやら視力を矯正するものではないらしく。
薄灰色のレンズ越しに見える世界に満足げに頷いて、青年は表に飛び出した。
さぁ、祭りの準備だ。
紅月ノ神社で夏祭りが行われる事は周知の事だろう。
A.R.O.A.の職員が切り出したのは、祭で出店される、とある店の話。
職員曰く、ゲームの類だそうだ。
「金魚掬いとか、したことありません? 私は苦手なので見ているばかりなんですが、水の中で泳ぐ沢山の金魚、可愛らしいですよね」
うんうん、と一人で頷いて、それから。と続ける。
「音ゲーとかって、したことありません?」
突飛すぎる。
金魚掬いの話どこ行ったんですかと怪訝な顔をする者に、にっこりとほほ笑みかけて。
「そのお店の金魚掬い、いわゆる音ゲーみたいなものなんです」
アーケードにある筐体をイメージして貰えばわかるだろう。水中を泳ぐ金魚を、音楽に合わせてタイミングよく掬えば高得点、みたいなものだ。
そこまで聞いて、夏祭りに来てまで音ゲーって……と言った台詞がありありと浮かんでいる顔を幾つも見つける職員。
しかしその顔は得意げだ。
「ふっふっふ。紅月ノ神社の出店がただの音ゲーで終わると思ったら甘いですよ」
言いながら取り出したのは、金魚を連想させる、赤い色の羽織りと、扇子。
羽織は、袖の部分がひらひらとした鰭に似た形をしているし、扇子の方は、極薄い和紙に細かい花柄が描かれている。
それと、眼鏡。
「プレイの際はこれらを見に付けて頂きます」
百聞は一見に如かず。まぁとりあえず着てごらんよとぐいぐい押し付けられたものを大人しく身に纏えば、眼鏡越しの視界が、一面真っ青の水中になった。
その中を、すぃと横切る、幾つもの赤。
試しに金魚を扇子で『掬って』みろと言われ、従えば、周囲から「おぉ」と上がる歓声。
「いかがです? 実際には音楽に合わせて、マーキングのされた金魚の後を追って扇子を動かすんです。まるで踊ってるみたいに見えるでしょう?」
なるほど、音ゲーというよりは、ダンスゲームのようだ。
プレイヤーは『金魚掬い』を楽しみ、周囲もそれを見て優雅に袖の翻る踊りを楽しむ。曲目はいろいろ選べるようだが、あまりアップテンポの物は無いらしい。
「それでも上級者向けもちゃんとありますから、得意な方はそちらを選んでも良いんですよ」
ちなみに私は初級者向けが一番楽しかったです。と、得意ではないらしい職員がにこにこと告げる。
そうしてから、少しだけ表情を曇らせた。
「……実はですね、今回この金魚掬いを開く場所というのが、本当は別の店が出るはずだったんです」
ところが妖怪の襲撃に合い、屋台が壊されてしまったため、急遽、場所を広く使って楽しむことのできるこの店を用意したとのこと。
「だから、ぜひ楽しんでください」
そうして、訪れ眺めた人にも、楽しんでもらえればいい。
特典に応じた景品として、元々出すはずだった店の商品が貰えるらしい。
「とにかく満喫して貰えれば幸いだと、お店の人たちは言ってましたから」
楽しむことが一番。楽しませることが出来ればなお良い。
祭は、楽しいものなのだから。
解説
●ゲーム内容
沢山居る金魚の中から、『掬う』対象の金魚にマーキングがされています
音楽に合わせ、金魚の後を追って扇子を泳がせ『掬え』れば得点が入ります
音楽はメガネのフレームからも聞こえてきますが、周りにも聞こえてます
周りの声は聞こえますが、周りの景色は見えません
●費用
ワンプレイ150jr(一人分)
衣装道具貸出し、得点に応じた景品代込みです
(景品は屋台で出そうな飲み物や食べ物50~100jr相当。本物の金魚はありません)
何度プレイして頂いても構いません
○回目の挑戦、等プランに記載あれば、回数分のjrを消費します
●プレイスタイル
一人ずつでも構いませんし、二人一緒にプレイする事も出来ます
二人プレイの場合、動きが鏡合わせになる仕様のようです
難易度は初級・中級・上級・特殊から選べます
(難易度+得意不得意を明記して頂ければ、スパイスとしての成否判定が行われます。
得られる経験値等に変化は無く、上手く出来なかったー!と言った感想を言い合うような感じです)
初級:金魚の数が少なく、扇子の動きのガイドラインも出ます
中級:金魚の数が少し増えます。ガイドラインはありません
上級:金魚の数は中級と同じ。掬う数が増えます。ガイドラインはありません
特殊:金魚の数は中級程度。その中から好きな金魚を選んで掬えます
掬う数だけ指定されており、超過・不足数に伴い減点
同じ動きを繰り返すと減点
好きなように踊ってください
ゲームマスターより
パートナーの鮮やかな踊りに見惚れてみたり
高得点狙って躍起になってみたり
二人モードで息の合ったプレイを見せてみたり
思いつくままの自由なプランをお待ちしております
へたっぴでも暖かく応援して貰えるので安心して下さいね
なお、錘里のイメージ的には、某ぷりてぃできゅあきゅあな彼女たちのおーるすたーずが近い感じです。
イメージの付かない場合は検索してみるのも手!
リザルトノベル
◆アクション・プラン
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
屋台巡り中、立ち止まった相手の視線の先を見据え 金魚を掬うダンスゲーム…俺も初めて見るよ ラセルタさん行って来たら、って俺も踊るの?!ちょっと待って…! 難易度は初級にして貰ったけれど、やっぱり緊張しちゃうな 姿の見えない声援に意識取られ萎縮気味に小さく扇子を振り (う……ラセルタさん、怒ってる?) 視界の端に映った羽織の赤い鰭に俯いた顔を上げ 堂々と踊る相手の姿につられ大きく扇子翳し そっか、二人で踊ると鏡合わせになるんだったね 上手く踊れなくても、今はラセルタさんと一緒に踊っている事を楽しもう 随分真剣に譜面を見てたね、足を引っ張ってごめん 目的?それって…や、やっぱり言わなくて良いです…(顔背け掌で制止 |
信城いつき(レーゲン)
※中級 2回分 みんなの踊り見てると楽しくなってきた、俺も行ってくる! ……見るのとやるのって大違いだね(しょぼん) でもせっかくだからこれクリアしたいな わっ、いきなり何?……あぁタイミングか。 (両手に触れられて少し驚いたけど、真面目に教えてくれてるんだからちゃんと集中しようっと) レーゲンにタイミングを教えてもらって、再度挑戦。 始まると水の景色になって、周りもレーゲンも見えなくなるけど、さっき教えてくた合図を思い出しつつ、 そして優しくすくってあげて……ちゃんと踊れてるかな 景品、喉かわいたからラムネがいい。 ちゃんと踊れてた? 出来てたら、ご褒美にもう一度さっきの歌うたってくれる? |
俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
…正気か ま、まあその音ゲーってのをやればいいんだよ…な…? やったことねえけど、音ゲー 浴衣 紺地の格子柄 二人で挑戦 一回だけでいいのか?じゃあワンゲーム、っと 俺達素人だし、初級でいいよな …あれ?やべっ、間違えて上級にしちまった ネカ、すまん!……何やってんだ? 必死にやるがミス連発でぎこちない動きに 途中からネカにつられ始める おいやめろ!無茶苦茶すんな!ちゃんと金魚をすくえ! いきなり手を取られて困惑&羞恥 もちろん社交ダンスもフィギュアも未経験なのでリードされっぱなし は?くっつかないとうまく回れない? もうどうにでもなれ… あー恥ずかしかった… ちょっと待てネカ、浴衣がはだけてる…ほら、これでよし えっ、俺も…? |
エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
「初心者向けでパーフェクトが取れれば、完全な鏡合わせです。それって美しい事だと思いませんか?」 ……しばらく会場を眺めていたディナスが言いました 目が好奇心と野心に輝いています 若いっていいですねぇ ここは老体に鞭打って頑張りましょうか 1回目 試しに、一人で舞ってみましょうか そこでゲームの遊び方等の動きを把握します 2回目 「せっかくです。この様な趣向では如何でしょう?」 せっかくの羽織です ここでゲームに支障が無い程度に少し個性でもつけましょう 私の方はきちんと着させて頂きますよ ディナスと共に始めます 扇子のガイドラインまで出ているのですから、沿えば完璧な鏡合わせです これは確かに、成功すれば一興となるでしょうねぇ |
ティート(梟)
夏祭りも浴衣も何もかも初めて そわそわしながら歩いて目的地を通り過ぎ引き戻される 場所間違えただけだよにやにやすんな! 腕を振って羽織りの袖をひらひら おっさんそれどうやって開いたんだよ(扇子ぐぐぐ 初級二人プレイ 眼鏡景色に内心感動 最初はぎこちないがすぐ慣れてフルコンボ もの凄く楽しかったが素直にいえない 梟が挑戦するのを眺め 綺麗なおっさん。と浮かんだ言葉に自己突っ込み おっさんは俺に色んな事を教えてくれるけど、 それはきっと昔の相棒への罪滅ぼしとかなんだろうな、って …ん、あぁぼーっとしてた… そうだな、初級は簡単すぎたから中級やりたい 最初と違って余裕が出来て目の前にいるだろう梟をなんとなく意識して居心地が悪い |
●尾を引きて
うず、うず。
うず、うず。
『金魚掬い』の光景を見つめながら、信城いつきがうずうずしているのを、レーゲンはちらり、横目で見てくすりと笑った。
(相当気に入ったんだなぁ)
踊りに見入りながら、指先で動きを真似ているのを見ていると、やがて曲が終わり、場が開いて……。
「俺も行ってくる!」
ぱっ、と笑顔満面で飛び出して行ったいつきは、暫くして、しょんぼりとした顔で戻ってきた。
「……見るのとやるのって大違いだね」
「まぁ、いきなり中級は難しいかも」
上手く踊れなかった、と眉をハの字にしているいつきをよしよしと撫でて、レーゲンはまた、微笑ましげに笑う。
夏祭りは毎年恒例とはいえ、この金魚掬いは、こんな場所に出てくる代物ではないのだろう。多くの人が、ガイドラインの描かれる初級を選択していた。
初めての挑戦で中級を選択するのは、少々、難易度の面でハードルが高い。
(でも、クリアしたいんだよね……)
聞かなくても、ちらちらと何度も振り返り見るいつきの態度が、それを物語っていた。
だから。
「ちょっと両手貸して」
「わっ、いきなり何?」
すぃ、と。いつきの両手を掬い上げたレーゲンは、先ほどいつきが舞っていた曲を思い起こしながら、とん、といつきの右手を指先で小突く。
「一度舞って、曲が判ってるんだから、次はタイミングも掴みやすいと思うよ」
曲の、どの部分で手を動かすか。それを把握しているだけでも、結果は違うだろう。
同じ曲を舞っていた他の客の踊りも見ていたレーゲンは、右へ左へ、上へ下へ、口ずさみながらいつきの手を動かした。
両手を繋いだ状態だと、何だか一緒に踊っているみたい。
――なんて、そんな思いよりは、教えて貰っている事をこなそうと集中する気持ちの方が、強かったけれど。
曲の最後を結んで。わかった? と首を傾げて尋ねてくるレーゲンに、いつきはこくこくと頷いた。
「今度は、もうちょっと頑張れそう」
「うん、頑張ってきてね。何回でも行ってきていいよ」
ふわりと笑みを湛えて激励したレーゲンは、送りだす直前、「あ」と思い出したように付け加える。
「いつきは金魚を追いかけるのに精一杯で、動きが直線的だから、優しく掬ってあげると、ゆっくり舞ってるように見えるよ」
こんな風にね。と、緩やかな波を描くように、右から左へ。流れていく自分の手を追いかけてから、繋がれたレーゲンの腕を遡れば。
「再挑戦がんばって。楽しく踊っておいでね」
にこり、優しく微笑んでくれる、レーゲンと目が合った。
「うん、がんばってくる!」
再び備えた扇に羽織。始まれば広がる、一面の水景色。その中で、いつきは独り、無数の金魚と対峙していたけれど。
先ほどのレーゲンの笑顔が、彼の紡いだ曲を、思い起こさせてくれる。
(ここで、大きく右に……)
とん。小突かれた指先の感覚に、優しく掬ってごらんという彼の言葉が重なって。金魚を追いかけたいつきの扇子は、ふんわりと柔らかな弧を描き、羽織を優美にたなびかせた。
わっ、と、一際大きく上がる歓声。聞こえてくる曲を口ずさみながらその光景を見つめていたレーゲンは、楽しげに舞ういつきの姿に、愛おしげに瞳を細めていた。
景品には、ラムネを貰って。沢山の歓声を浴びながら戻ってきたいつきは、迎えたレーゲンにも一本差し出しながら、尋ねる。
「ちゃんと踊れてた?」
「うん。とっても綺麗で、何より楽しそうだったよ」
「すっごく楽しかった!」
レーゲンのおかげ。満面の笑みを浮かべたいつきのラムネ瓶に、良かったね、と貰った自分の瓶を当てて、乾杯して。
「なぁ、ご褒美に、もう一度さっきの歌うたってくれる?」
ねだるいつきと並んだ足音に、レーゲンの紡ぐ緩やかな旋律が重なり尾を引いた。
●『すくわれ』たるは
熱気に満ちた賑わい。からころと時折聞こえる音は、下駄の鳴る音。
日常とは違った雰囲気に、ティートはそわり、着慣れない浴衣の袖を、もぞりと握りしめて、離した。
「おーい、坊や、そっちじゃないぞー」
あちらへこちらへ。興味の対象に次々と視線を移しては歩いていたティートが、目的地であった『金魚掬い』を通り過ぎたところで、梟は腕を引いて止めた。
「場所間違えただけだよにやにやすんな!」
「いやー、坊やが楽しそうだから、つい、な」
からかいと微笑ましさが混ざったような梟の笑みから、ぷいと顔を背け、ティートは受け取った羽織の袖をひらひらと振ってみる。
赤がひらり、宙を泳ぐ。
「似合ってるじゃないか坊や」
金魚みたい、とは飲み込んだ梟が、ぱたぱたと和紙の扇子を仰いでいるのをはたと見つけて、ティートは自分の手の中にある閉じられたままの扇子と格闘し始めた。
「おっさんそれどうやって開いたんだよ」
「待て待て壊れる!」
力任せに開こうとしたティートから扇子を取り上げて、横に滑らせるように開くのだと実演して見せて。
ふぅん、と興味深げに眺めて、ぎこちないながらも閉じたり開いたりを繰り返したティートがよしと満足したように立ち位置に付いたのを見届けて、初級モードで二人プレイのスタートだ。
「おぉ」
眼鏡を通した視界は、水面と金魚と、傍らのパートナーのみ。その光景に思わず感嘆の声を漏らした梟に、何も言わないが眼鏡の向こうできらきらと感動したように瞳を輝かせているティート。
ガイドラインにそって、そろそろと扇子を振ったのは、最初の数回のみ。すぐに慣れた二人は、あっという間にフルコンボを達成してしまった。
「いやー、楽しかったが、簡単すぎたな」
「まぁ、でも、そんなもんだろ」
綿あめにモフモフと口元をうずめながら、素っ気なく言うティートだが、内心はとてもとても楽しかったようで。彼が例えば梟と同じテイルスだったなら、耳か尻尾がぱたぱたしていそうな気配だ。
そんなティートとは対照的に、43歳にもなった梟はうきうきしながら再び財布からジェールを取り出した。
「上級やってみたいんだが良いか?」
「好きにすれば」
素っ気ない了承に、タッと駆け出した背中を、子供みたい。と思いながら見送ったティート。
だけれど、いざゲームが始まって、優美な音楽に包まれながら袖と扇子を泳がせる梟の姿を眺めていると、思わず、「綺麗なおっさん」という感想が浮かんできた。
(……なんだそれ)
不思議な単語に、思わず真顔になった。
でも、ただ純粋に、綺麗だと思ったのだ。
もっとも、綺麗でも何でも、「おっさんはおっさん」だ。
自分が与えられなかったものを与えようとしてくれるし、自分が知らない事を沢山教えてくれる。
だけれど、それは。
きっと、梟が亡くした昔の相棒への、罪滅ぼしで――。
「ふう、楽しかったけどちょいと難しかったな」
ティートの思案は、いい汗かいた、と風船に入ったジュースを咥えながら戻ってきた梟の声に、止められる。
「坊や?」
ぼんやりとしているティートに、不思議そうにかけられた声で、ティートはようやく思考から戻る。
「……ん、あぁ、ぼーっとしてた」
「見惚れたかい? なんてな。で、坊やどうする。まだやるか?」
冗談を混ぜてけらりと笑った梟の促しに、思案に暮れて忘れていたうずうずが、蘇って。
「そうだな、初球は簡単すぎたから中級やりたい」
「中級やるなら俺もやるかな」
やっぱりはしゃぐ43歳だけど、18歳も、年相応にはしゃいでいた。
『初めて』の多いティートには、これからも色々と必要な知識や経験があるだろう。
出来るなら楽しい事を沢山、教えてやりたい。
(……あいつに教えられなかった分も)
その成長を見守りたいと願う、微笑ましさを伴った視線は、初見プレイと違って余裕の出来たティートの視界に、留まって。
するり、視線を逸らしたのは金魚が視線を横切ったからで。
決して、決して、何かを重ねられたような居心地の悪さを感じたせいでは、ない――。
●対金魚
じっ、と。『金魚掬い』を見つめていたディナス・フォーシスは、不意にパートナーであるエルド・Y・ルークを振り返り、こう告げた。
「初心者向けでパーフェクトが取れれば、完全な鏡合わせです。それって美しい事だと思いませんか?」
その瞳は好奇心に輝き、野心にぎらついている。
爛々とした目は、エルドがうんと言ってくれるのを、期待しているように見えた。
(若いっていいですねぇ)
何かを成したいという、強い欲求。老いを自覚したエルドにとって、それはついぞ忘れていた感覚で。
日頃、特にウィンクルムとしての仕事面で何かと我慢の多いディナスの願いを聞き入れて、老体に鞭を打つ事にした。
さて、そうと決まればまずは練習。各々に一人用で初級者モードを選択し、感覚を掴むべく幻影金魚と戯れる。
多少の音感は要求されるものの、ガイドラインのある金魚を追いかけるのは、そう難しいものではなかった。エルドが少しだけ心配をした激しい動きも少なく、感覚としては、程よい体操程度の運動量だ。
金魚の数の少ない初級モードは、その分ゆるりとした曲調に映え、一つ一つの動きが際立つ。
いわば『舞手』のための、モードだと。二人が気付いたのは、曲が盛り上がる瞬間だった。
(なるほど、これは……)
(魅せる為の、ゲーム)
終盤ですっかりコツを掴んだディナスが、意識して袖を翻す。
水面を泳ぐ金魚と同じように揺れる袖を見て、ディナスは満足気に、プレイを終えた。
「ミスター」
「はい?」
「私は、魅せる側に回りますよ」
二度目のプレイの準備をしながらの宣言は、最初の好奇心と野心に、自信が加わり、めらりと燃えるようだった。
そんなディナスに、エルドは暫し、思案して。
「そうですか、それなら、せっかくです。この様な趣向は如何でしょう?」
言いつつ、エルドはディナスの羽織を少し崩して着させる。指先が隠れそうなほどに肩の落ちた袖を確かめて、視線で意図を尋ねれば。
「若さをアピールする仕様です。あなたは私より大きく扇子を振るえるでしょう? そちらの方が、靡かせやすい」
「なるほど。ミスターは、普通に?」
「ええ、差分のある方が、際立つでしょう?」
自分の羽織をきちんと直しつつ、同意を求めるようなエルドの所作に、ディナスはもう一度、なるほど。と頷いて。
「ではミスター。存分に、魅せましょう」
対の立ち位置。水平に掲げた扇が空を裂いて、開かれる。
ガイドに沿いながらも、大きく、堂々と振るわれるディナスの舞は華やかに場を彩り、対を成すエルドの踊りは繊細に忠実に、彩に華を添える。
一人の時は見えなかったパートナーが目に留まり。その瞬間、ディナスは微笑まれたような気がした。
けれどそれは一瞬。するりと水平に交差した扇子と共にくるりと回れば、袖の尾鰭は戯れるように擦れ合っては、離れ広がり。
縦に大きく弧を描いた対の扇子は、二つで一つの円を描く。
計算されつくされた鏡合わせの『演目』は、二匹の『金魚』を優美に泳がせた。
歓声は、演目の終幕と共に喝采に変わる。賑わった場を後にすれば、誰かがまたゲームを始める音がした。
「いやはや、盛り上げに貢献できたようで、何よりですねぇ」
狙ったパーフェクトも、無事に達成した。ハイスコアを叩き出した二人は、たこ焼きを受け取って落ち着いて食べられる場所を捜し歩く。
そうして、色々な屋台を横目に見ながら、エルドはなんの気なく、尋ねた。
「楽しめましたかねぇ」
「ええ、とても」
素直に頷いたディナスの、盗み見た横顔は満足気で。
「良い思い出になりましたよ、ミスター」
孫守りをしているような心地に、エルドはひっそりと、微笑ましげに口元を緩めていた。
●悠々自適に
祭というのはこういうものか。思案めいた視線が巡り、耳が、ふと、風靡な音楽を聞き留める。
ラセルタ=ブラドッツの瞳が興味深げに光るのを見つけて、羽瀬川 千代もまた、音のする方へと視線を向けた。
金魚を掬うダンスゲーム。要約するとそんな感じの物だと聞いて、ふむふむ、千代は頷いた。
「俺も初めて見るよ。ラセルタさん行って来た、ら……」
ぐい。見送るつもりで振りかけた手を、引かれた。
「って俺も踊るの?! ちょっと待って……!」
「問答無用、俺様は千代が舞い踊る珍しい姿を見たい」
ぐいぐいと屋台の方へと引きずると、ラセルタは受け取った金魚の羽織と扇子を差し出し、にやり、笑みを浮かべた。
「しょ、初級、なら……」
半ば無理やりではあるが、楽しげな顔に、押されて。
かけた眼鏡が見せる水の一面を見渡して、ちらり、傍らのパートナーを見やる。
「二人プレイモードならば、相手は見えるのだな」
周囲の映像がすべて遮断され、もしやと思って振り返ったが、見たい姿はちゃんとある。ラセルタは満足げに頷いて、聞こえてくる音と目の前を横切る金魚を、するりと扇子で結び、掬い上げた。
音感のある方であるラセルタは、ガイドラインの有る事も相まってか、順調に金魚を掬っていく。
一方の千代はと言えば、姿の見えない声援に意識を取られ、音楽があまり耳に届いていないよう。
(やっぱり緊張しちゃうな……)
萎縮した扇子は、そろりと控えめに袖を揺らすばかり。
右から左へ大きく画面を横切った金魚を追いかけてくるりと半回転したところで、むすり、と不満げな顔をしているラセルタと、向かい合ってしまった。
(う……ラセルタさん、怒ってる?)
不甲斐ない、と言いたげな目線。一瞬逸らすが、かつん、と伸ばした扇子同士を当てられて、千代は俯きかけた顔を再び上げる。
向かい合い、しっかりと目線があったことに満足げな顔をしたラセルタは、扇子を重ねたままくるりと円を描く。
一週したところで、ぱ、と離れた扇子。促す目線に、千代は大きく扇子を翳し、ふうわり、羽織の尾鰭をたなびかせた。
一際大きく上がる歓声は、もう、ほとんど聞こえなかった。
ラセルタの堂々とした舞に合わせれば、綺麗に鏡合わせになる事を、思い出して。
(上手く踊れなくても……)
今は、共に舞っていることを、楽しもう。
一曲を無事に踊り切って、改めて湧いた緊張が緩やかに解けるのを感じた千代は、はぁ、と控えめな溜息をついた。
やり切れてよかった、と、景品として渡された林檎飴を見つつ、ちらり、傍らで同じものを食べているラセルタを見やった。
「随分真剣に画面を見てたね。足を引っ張ってごめん」
ラセルタ一人だったなら、もっと高得点を狙うこともできただろうに。
だが、当のラセルタは気にした風でもない。
「目的は達成した。点数が低かろうと些細な事だ」
「目的?」
さらりと言ってから、首を傾げた千代の顔を覗き込んで。
「画面を見ていたわけではない。言ったはずだ、俺様は千代の踊りが見」
「や、やっぱり言わなくていいです……」
もご。言い切る前に、制された。顔を背け、ラセルタの口元を抑えて赤くなっている千代を見て、ラセルタは手のひらの下で緩やかに唇に弧を描いた。
(もっと……)
色々な顔を見てみたいと、思う。
言葉一つで翻弄される彼は、どんな表情を、見せてくれるだろうと期待してしまう。
(初めてできたパートナー、だからだろうか)
悪戯な感情を覚える理由を、ラセルタはまだ知らない。
●『金魚』は踊る
白地に笹柄の浴衣姿でふむと呟き、件の『金魚掬い』を目に留めたネカット・グラキエスは、きらり、瞳の奥を光らせて、告げた。
「ふぅ……どうやらネカザイルを再結成する日がやって来たようですね」
「……正気か」
「といっても今回は私とシュンの二人ユニットですが……寂しいですか?」
「そこじゃねえよ」
素ボケなのか意図的なのか。恐らくは前者だろう相方を、俊・ブルックスは溜息交じりにいなして、会場を見やった。
「ま、まあその音ゲーってのをやればいいんだよ…な…? やったことねえけど、音ゲー」
渋々と言った体で羽織に扇子を装備して、俊は難易度を選ぶ。
ぽちぽち、くるくる。
「一発勝負ですからね、難易度はどれでもいいですよ」
「あー、じゃあ俺達素人だし、初級でいいよな……」
聞いたことがあるような、無いような。一つ一つ流れてくる曲を二人で確かめながらどんどん回していると、やがてネカットが一つ、気に入った曲を選択した。
……までは、良かったのだけれど
「……あれ? やべっ、間違えて上級にしちまった、ネカ、すまん!」
画面一杯に表示された曲名と、難易度を示す五つ星。
気付いた時にはすでに遅し。始まってしまった物は仕方がないと、俊は扇子を開いて必死にマーキングされた金魚を追いかけた。
当然、初見の二人にいきなりの上級モードが上手く出来るはずもなく。
次々と横切っていく金魚を目では追えながらも、手が回らず、ぎこちない動きを繰り返していた。
「……思ったより難しいです」
むぅ。と、少しだけ眉を寄せたネカットだったが、すぐさまけろりとした顔をして、うん、仕方がない、と一つ頷いた。
「分からない所は自己流で行くしかありませんね」
そうしてネカットは、指定の金魚とは全く違った方向へ、流れるようにそよそよと扇子をそよがせてみる。
幸いにも、失敗しても加点がされないだけで、減点はされないようだし。ひらりひらりと、ついてきてくれる忠実な金魚が、両の袖に居るのだから、何も問題はない。
そうと、決まれば。
「……は?」
片手は扇子を握っているネカットは、開いたもう一方が手持無沙汰と言わんばかりに、俊の手を取った。
そうして、そのまま緩やかに引き寄せつつ、袖と共に扇子を旋回させた。
社交ダンスのように手を回されたことに俊が気が付いたのは、たなびいた袖が、ゆっくりと元の位置に落ち着いてから。
同時に、突然の事態に慌て始める俊。
「おいやめろ! 無茶苦茶すんな! ちゃんと金魚をすくえ!」
「追えない金魚は掬えませんから、放っておいて踊りましょう!」
「掬ってやれよ!」
「ほら、シュン、くっつかないと上手く回れませんよ」
ぴったりと頬を寄せて、軽やかにステップを踏み始めたネカットに、俊はそれ以上の言葉が見つからなかった。
思い切り楽しみ始めたネカットに、止める言葉は聞こえまい。
「もうどうにでもなれ……」
諦めの境地に至りながら、リードされるままに広くはない舞台を踊り回る。
周りから聞こえてくる楽しげな笑い声に、羞恥を覚えない事もなかったが、繋いだ手を追いかけるようにたなびく袖は、綺麗だと思った。
最後に、くるりくるりと二人揃って華麗にターンを決めて、堂々のフィニッシュ!
「……点数、低いですね」
「そりゃ、そうだろ……」
だけれど、観衆からの拍手は、とてもとても、大きかった。
「あー恥ずかしかった……」
袋入りの綿あめを手に下げた俊は、逃げるように会場を後にしながら、げっそりとした様子で呟く。
「でも、楽しかったですよ」
つやつやてかてかのネカットに、呆れたように肩を竦めて、先ほどの突発ダンスで着崩れた彼の浴衣に気が付いた。
「ちょっと待て、ネカ。……ほら、これでよし」
「おや、ふふ、ありがとうございます。シュンも浴衣肌蹴てます。直してあげますね」
襟を正して、帯を整えて。綺麗に直った互いの浴衣姿を確かめるように眺め合って。
それから、また、並び歩いて祭廻りへ。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:俊・ブルックス 呼び名:シュン |
名前:ネカット・グラキエス 呼び名:ネカ |
名前:エルド・Y・ルーク 呼び名:ミスター/エルド |
名前:ディナス・フォーシス 呼び名:ディナス |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月06日 |
出発日 | 08月13日 00:00 |
予定納品日 | 08月23日 |
参加者
会議室
-
2014/08/11-01:49
ティートだ、こっちのはフクロウ。
千代さんは久しぶり、エルドさんはよく会うな。
ん…祭りもこういうのも初めてなんだよな
会場であったらまぁ、よろしく。 -
2014/08/10-21:21
こんばんわ、信城いつきと相棒のレーゲンだよ
水の中にいるみたいで、なんか楽しそう
みんなの踊り見るのも楽しみなんだ、どうぞよろしく。
俺の踊りは……あんまりうまくないけど、笑わないでね。 -
2014/08/10-21:07
俊・ブルックスとパートナーのネカだ。
初めましてもそうじゃない奴もよろしくな。
しかし踊りか…なんかアレな記憶が蘇るな……
ネカット:
みなさん、こんばんは。シュンのパートナーのネカット・グラキエスです。
ダンスはボッカ戦以来なので楽しみです。
ふっ…これはアレをやるしかないですね……
俊:
い、いやな予感がする…… -
2014/08/10-06:28
初めまして。エルド・Y・ルークと申します。
連れはファータのディナス・フォーシスとなります。
金魚を追うことで舞うように見せる……ふむ、興味深いですねぇ。
お二人とも会場でお会いした際にはどうぞ宜しくお願いしますよ。
若かりし頃は様々なダンスを学ばせて頂きましたが、こちらは少し趣が違う様子。
これは楽しそうですねぇ。改めて、どうか宜しくお願いしますよ。
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2014/08/10-01:18
お二人とも初めましてですね。
羽瀬川千代と申します、こちらはパートナーのラセルタさんです。
会場でお会いした際には、宜しくお願い致します。
俺自身は音ゲー…の経験は無いのですが、
お祭りの賑やかしに貢献出来たらなと思っています。