【夏の思い出】夜に紡ぐ物語(こーや マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●百物語
 夏らしい行事に参加したいと考えた君は、ミラクル・トラベル・カンパニーからのツアー紹介を眺めていた。
海水浴、ビーチバレー、カキ氷の早食い大会、真夏のビーチエンジェルコンクール、唸れ筋肉!男のマッスルボディコンクールなど、いかにもなツアーから何だこれと言いたくなるものまで選り取り見取り。
 その中の一つ、『怖くないけど怖い百物語ツアー』に君は目を留めた。
ゴールドビーチの片隅にある小さなコテージにて行う百物語……ただし詳細は職員まで。
 百物語といえば一つ怪談話を披露する毎に蝋燭の火を消していくという夏の風物詩だ。
しかし「怖くないけど怖い」とは一体どういうことだ。
 君とパートナーである精霊は首を傾げはするものの、少し興味が湧いたのも事実。
とりあえず話を聞いてみようということで二人の意見は一致した。


「ああ、そのツアーですか」
 A.R.O.A.の受付娘は君たちが示したツアーにすぐさま反応した。
一瞬、やけにイイ笑顔が見えた気がしたが一体なんだというのだろう。
「百物語は百物語なんですけど、怪談話をする訳じゃないんです。
自分が経験した怖い話をするんですよ」
 自分が経験した怖い話というのは怪談話に繋がるのでは?
君たちの戸惑いを前に、これはこのプランを持ってきたツアーコンダクターから聞いた話ですがと、受付娘は前置きをした。
「彼女は先日、アクセサリーショップで指輪に一目惚れをして、迷わずに購入したんです。
大きくて綺麗な琥珀が嵌った指輪でね、お値段はしましたが彼女には後悔なんて一つもなかったんです。
けれど……」
 一拍置いて、受付娘はふっと笑った。
「買ったその日に傷を付けたそうです」
 怖い、それは怖い。
君は頬が引きつるのを感じた。
「しかも、かなり大きな傷を」
 背筋にぞっと寒気が走る。
もし、それを味わったのが自分だったなら……しばらくは立ち直れない。
 君達の表情が変わったことを確認し、受付娘は満足気。
「こんな感じの話をしていく企画ですね。
本物の怪談話はまあ……後であまり良くないことが起こることもありますけど、これなら安心でしょう」
 どうです、参加されますか?
少し悩んだ君は、精霊の様子を窺う。
いいんじゃないかと彼が言ってくれたので、君は参加を決めた。


「え?さっき嬉しそうだったって?うふふ、気のせいですよ。
呪った甲斐があったなって、成果が出たなーなんて喜んでませんよ、本当ですよ」

解説

●参加費
ペアで400jr

飲み物が出ます
オレンジジュース・珈琲・紅茶・麦茶からお選びください
珈琲と紅茶はホット、アイスのどちらも出せます
紅茶はミルク、ストレート、レモンをご指定ください

●趣旨
百物語です
怖い話を一つするたびに火を消していき、百ある蝋燭全ての火を消せば終わり
……ですが本当の『怪談話』はNGです
例)
去年買った服が妙にきつくなった……怖い!
お小遣いが100jr減らされた……世紀末だ!

夜のコテージが舞台です
座り心地の良いクッションや座椅子などは用意されてますが居眠り厳禁


●プラン
神人さんと精霊さんはそれぞれ一つ、二つ用意してください。
二人あわせて三つか四つあればいいです
そのうち、この話はとっておき!というのがありましたら詳細を記述頂ければ
そちらをメインの話として披露するように致します

なお、大雑把にこういう話をすると示し合わせておくと
その話をされたときのリアクションなども用意できるのでいいのではないでしょうか

ゲームマスターより

ツアーコンダクターを襲った悲劇は私の体験がベースです

リザルトノベル

◆アクション・プラン

篠宮潤(ヒュリアス)

  何年ぶりだろう…
講義や任務じゃなく、こんなに沢山の人たちと話する、の…(ど緊張)

●話概要
「近道で登ってた塀。ある日子犬みたいな鳴声。
しかして飛び降りた正面にいたのは…涎を垂らした巨体ドーベルマンだった」

え!?こ、こういう怖い話、じゃ、ないのっ?

「ベンチで夕涼みしてた時、立ち上がった瞬間まさに座ってた所へ上から鳥の…」

こ、こう…?;

●他の人の話
声は上げないが戦慄・固まる・麦茶むせる
表情筋絶好調
「…大人で格好いいなぁ…あ。可愛いとこ、も」
他の人の反応に、段々人間観察が楽しく

自精霊の話に
「…ヒューリ…少し、デリカシーを…;」←自分棚上げ

「ぅ…努力、する…;」
「ヒューリ…最近何か…」
…冗談増えた…?


エリザベータ(ヴィルヘルム)
  飲み物はミルクティ茶葉濃いめでな?

心情:
怪談じゃないんだよな?…別に怖くねーし

怖い話:
・朝起きたら家の鍵が開けっ放し。ビビるわー!

行動:
雰囲気重視で浴衣着てみたけどどうかな
座椅子に行儀よく座るぜ

自分の怖い話かぁ
あたしの話は大して怖くないし、ウィルに任せとこ

他の連中もなんか…人それぞれだよな、怖いの定義は。
怖いポイントがよく解んねぇぜ…痛い話は想像しちまいそうだわ

え、虫の話?
昆虫の話とかマジ無理なんだけど…エグい描写になる前に止めるかんな!
「だーっ!気色悪いからやめろ!?」

ウィルの話は確認ミスじゃ…
…しょうがねぇな、今度美味しいお菓子作ってやるか
だけど、熱中しすぎるなよな?
…一応、心配してんだぞ



日向 悠夜(降矢 弓弦)
  昼寝好きの降矢さんが寝そうになったら起こすからね
…寝ない?本当かな~?

●10年前の話
とある国の自然公園に行ったんだ
そこは様々な植物や自然が見られる貴重な場所でね
少し奥に入ると苔生した幻想的な岩場が広がっているの
雨上がりのその岩場は初々しい苔の香りに包まれていたよ
そう、雨上がりだったの…

濡れた岩場に足を取られ
倒れる時無意識に傍の岩へ手を伸ばしたんだ

ずりっ…

…手を、恐る恐る見てみると
貴重な、苔が…どっさりと…

呆然と掌を見つめるしかなかった
ふと視線を感じ、後ろを振り返るとそこには…
募金箱を持った管理人の姿が!

…1000Jは辛かったなぁ

●反応
虫や動物系は大丈夫
人がやらかしちゃう系は苦笑い
日常系は反応良


八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  飲み物:アイスミルクティー

まずは軽くジャブを
…今年の夏も、まだまだ暑くなるそうです(蝋燭ふっ)

そしてこちらがとっておき
父から聞いた話です
父は骨董が趣味でよく古い食器を買ってくるんです
でも一番のお気に入りが、後で調べたら実は偽物だったらしくて…
私が小さいころ誤って割ってしまったものですけどね

他のお話もそれぞれリアルで怖いですね…
普通の怪談はその怖さを楽しむもので、私はそれも好きなんですけど
これは何と言うか身につまされます…

あ、あああアスカ君!?
何を言ってるのですか!?
これは怖いんじゃなく恥ずかしいんです
もう、知りません!
アスカ君のバカバカッ!
真っ赤になりぷるぷるしながらクッションでぽふぽふ殴る



ロア・ディヒラー(クレドリック)
  幽霊とかでなさそうだし、面白そうかも。他の人はどんな話を持ってきたのかな?
アイスミルクティ

夕食も終わり、のんびりしていたら香ばしい匂いが・・・台所に行ってみたら、スープの鍋に火がつきっぱなし!水分が蒸発した無残な残骸が。温め直して忘れたんだけど気をつけないとですよね。

学校帰りに歩いてたら後ろから視線を感じて怖かったの。慌てて家に帰って次の日、家のポストを見てみたら手紙と私のハンカチが入ってたの。拾ったのだけど声をかけられなくてついて来てしまったって書いてあって。悪い事しちゃった。
え!?確かに丸文字だったけど・・・声かけてよ!

虫系の話苦手、白衣の裾をつかむかも。

クレちゃん?・・・大丈夫だよ。



●起
 満ちたルーメンと濃紺に輝くテネブラが中天で輝きだした頃、ウィンクルム達がコテージに集い始めた。
十の顔からは緊張、怯え、好奇心、様々な感情が窺える。
 今宵これより始まるは百物語。
百の恐怖を話し終えるまでは眠る事も帰る事も許されない。
―覚悟は宜しいか?


 エリザベータは座椅子に行儀よく正座で座る。
百物語の雰囲気に合わせ浴衣を着てきた為、足を伸ばすよりも正座の方が楽なのだ。
 ぴしりと伸ばした背筋は浴衣を着たその姿をより美しく見せる。
けれどエリザベータの顔には若干の緊張が。
『怪談じゃないんだよな?……別に怖くねーし』
 コテージに入る前のエリザベータの言葉を思い出し、ヴィルヘルムはふっと笑った。
「なんだよ」
 怪訝な表情のエリザベータ。
ヴィルヘルムの笑みが、自分に関わることだと分かったのは契約を交わした仲だからこそ。
なんでもないのよと返す。
「浴衣のエルザちゃん、新鮮ね」
「そうか?」
「ええ」
 普段は洋装で、しかもヴィルヘルムがエリザベータに着せるものはドレスばかり。
ゆえに涼しげな柄の浴衣姿は暗いコテージにありながら眩しく感じられた。
 エリザベータは居心地悪そうに目を泳がせ、他のウィンクルム達に聞こえぬよう呟く。
「あたしが動揺したり怖がってたら……こっそりと手、握ってくれねぇか?」
 やっぱり怖いんじゃない、そうは思っても言葉には出さない。
それも紳士の嗜みだ。
ヴィルヘルムは頷き一つで了承した。


 篠宮潤は、エリザベータと別の意味で緊張していた。
講義や任務以外で大勢と話すということが久しぶりだから。
膝の上に置いた手は緊張の為に握り拳。
 そんな潤の背中をぼふっ、柔らかな何かが叩く。
気を張っていた潤は半ば飛び上がるようにびくりと震え、慌てて自分の背中を叩いたものを探す、いや、探すまでも無い。
 隣に座るヒュリアスの尻尾が大きく揺れている。
彼がその様に尻尾を振ることは珍しく、少し考えれば自ずと見えてくるその理由。
 固く握っていた拳が緩む。
「潤。これを機にもう少し人と交流を持ちたまえ」
「ぅ……努力、する……」
 少し頼りない返事、けれど今はそれで充分だろう。
ヒュリアスの尻尾が再び潤の背を叩いた。


「降矢さんが寝そうになったら起こすからね」
 昼寝好きの弓弦だから途中で寝てしまうかもしれない、そう日向 悠夜が思うのも無理は無い。
現に降矢 弓弦の返事も―
「昼寝をしたから寝ない、はず」
 言い切れず、『はず』と付けてしまっている。
 悠夜はいつも浮かべている優しげな笑みを深くする。
「……寝ない?本当かな~?」
 悪戯っぽくもあるその声音は楽しげに響いた。

 それではと、ツアー・コンダクターの言葉と共に灯りが落とされる。
窓は分厚いカーテンで閉ざされており、月明かりが差し込まれることは無い。
残されたのは百の行灯と十対の瞳の輝き。
「では、私から」
 まずは軽くジャブを。
一番手を買って出た八神 伊万里が手近な行灯を引き寄せた。
「…今年の夏も、まだまだ暑くなるそうです」
 ふっとごく自然な様子で行灯に息を吹き込む伊万里。
これでジャブってとっておきはどれだけ重いんだ、伊万里さん怖いです。
 それはともかく皆、熱中症には気をつけようね、本気で危ないからね!
水分はちゃんと摂るんだぞ!

 そんな声が聞こえた訳では無いだろうが、ロア・ディヒラーはミルクを落とした冷たい紅茶をストローで吸い上げる。
幽霊が出る訳でもなさそうだし面白そうだと思って来たが、これよりもっと暑くなるのかと思うと気が重くなる。
 それでも少し身を乗り出し、行灯を引き寄せた。
すっと行灯に貼られた和紙に触れれば、日ごろよく触れるノートなどの紙とはまた違う滑らかな感触に胸が沸き立つ。
「夕食も終わり、のんびりしていたら香ばしい匂いがしてね。気になって台所に行ってみたら、なんと……」
 己の経験を話しながらも、指先は和紙に触れたまま。
一度、二度、三度……幾度と無く和紙をなぞる。
 八人の眼差しは話の行方を求め、クレドリックの眼差しは自身の欲望の為にロアへ向けられている。
「スープの鍋に火がつきっぱなし!水分が蒸発した無残な残骸が。温め直して忘れたんだけど気をつけないとですよね」
 具体的に鍋の結末を語っていないことが恐怖を煽る。
焦げた鍋の面倒臭さは料理をする者ならば一度は通る道。
だからこそ、怖い。
 ロアは行灯に息を吹き込んだ。

「じゃあ、次は僕が」
 満月のような金の瞳が名乗りを挙げる。
優しげな顔の弓弦は、一体どんな恐怖を繰り出すつもりなのか。
「僕の家には、野良猫がよく住み着くんだよね。いやあ、猫は増える増える!」
 ほう、なんとも羨ましい話。
猫好きにはたまらない。
 野良猫と聞いて、ちらと伊万里は隣のアスカ・ベルウィレッジを見た。
「なんだよ」
「なんでもないです」
 抗議をさらりと受け流し、視線は再び弓弦へ。
二人のやり取りに悠夜が小さな笑いを零す。
 弓弦も笑みを浮かべ―
「……餌代は、幾らになっているんだろうね」
 おかしい。
弓弦はプレストガンナーのはずだ。
それにも関わらず、今、彼はグラビティブレイク(威力92、防御力-5)をぶちかました気がする。
 弓弦は『餌代は』と言った。
もし、彼が玩具などを貢いでいるとしたら。
「つ、次!次に行きましょう!」
 とりなすようにロアが次の話を促す。
じゃあ僕が……おずおずと潤が立候補したのを確認してから弓弦は灯りを吹き消した。
変わらぬ、優しい顔のままで。

「僕も動物の話になるんだけど……」
 前置きをしながら潤は行灯を己の正面へ。
「近道で登ってた塀。ある日、子犬みたいな鳴声」
 集まった複数の視線は、今の潤にとっては居心地悪く。
けれど話を続ける為にも自身の視線は行灯へ。
「しかして飛び降りた正面にいたのは……涎を垂らした、巨体のドーベルマンだった」
 そろりと皆の様子を窺えば皆、なんともいえない表情。
「え!?こ、こういう怖い話、じゃ、ないのっ?」
「違わねぇけど、それって怖い話って言うよりさ……」
 危機一髪体験というか、いや、間違ってはいないのだが……うまく説明出来そうも無い。
エリザベータは僅かに腰を浮かし、行灯を自分の側へ招き寄せる。
 あたしの話は大して怖くないしとエリザベータが呟いてから、潤は消し忘れていた行灯に慌てて息を吹き込んだ。

「朝起きたら家の鍵が開けっ放し。ビビるわー!」
 エリザベータがあまりにもさらりと言ってのけそのまま行灯を消してしまうから、全員がすぐには反応できず。
「それは……怖いね」
 苦笑い交じりの悠夜の感想は端的でありながら的確。
「さらっと言っていい内容じゃない気が……」
 潤が思わず言ってしまうのも仕方無い。
ヴィルヘルムも苦笑いを零す。
「エルザちゃん、本当に次は無いようにね?」
「分かってるよ」
 エリザベータとてその危険はしっかり認識している。
だから少々面倒そうではあるものも、素直に忠告を受け入れた。


●承
 エリザベータは濃くしてもらったミルクティを口元へ運ぶ。
倣うようにヴィルヘルムもレモンティを。
「前にね、モデルのスカウトをしたのよ。」
 ワタシ、本職はデザイナーだから。
ヴィルヘルムは抱えるように灯篭を持ち上げる。
黒い髪に小さな炎の輝きが、ゆら、ゆらり。
「でもその子、女装男子だったの」
 これでも女装男子と男装女子の見分けにはちょっと自信あったんだけどねと、ヴィルヘルムは補足する。
言い換えれば、非常にクォリティの高い女装だったわけで。
「……ちょっと見てみたいかも?」
「うん、見てみたい気もするよね」
 伊万里の呟きに悠夜が同調する。
悠夜が行灯を引き寄せながら弓弦を見れば、満月の瞳は僅かに欠けて見える。
 少し眠いようだが意識ははっきりしているようだ。
「眠気覚ましには丁度いいかもしれない。私のとっておきだよ」

「とある国の自然公園に行ったんだ。
 そこは様々な植物や自然が見られる貴重な場所でね、少し奥に入ると苔生した幻想的な岩場が広がっているの」
 悠夜の丁寧な情景説明は、その光景を簡単に思い浮かべさせる。
コテージの中にいながら濃い緑の香りまで漂う……そんな気すらする。
「雨上がりのその岩場は初々しい苔の香りに包まれていたよ。そう、雨上がりだったの……」
 ふいに憂いを帯び始めた声音は惨劇を予感させるには充分。
行灯の中の蝋燭が揺れる様は、皆の心境を表しているようですらある。
 濡れた岩場に足を取られ倒れる時、無意識に傍の岩へ手を伸ばしたんだ。
話を続けながらも悠夜は自身の手を見つめ「あの感触は忘れられない」小さく零す。
「ずりっ……手を、恐る恐る見てみると貴重な、苔が…どっさりと……。呆然と掌を見つめるしかなかった。
それなのにふと視線を感じ、後ろを振り返るとそこには……募金箱を持った管理人の姿が!」
 優しげな笑みには諦念の色。
失ったものは二度と帰らない、そしてそれがとても大きなものだったと知っている者の顔。
「……1000ジュールは辛かったなぁ」
 怖い、怖すぎる……とっておきというだけのことはある。
一発入魂の大技、ワイルドショット(威力155)並の威力。
学生である伊万里、ロアにいたっては弱点属性で貫かれたかのような威力。
 二人は揃って気付け代わりに飲み物へと手を伸ばす。
からり、崩れ落ちた氷は今の彼女たちの精神状態とよく似ている。
 次に自身のとっておきをと思っていた伊万里には威力が大きすぎて今は話せそうも無く、ヒュリアスに順を譲る。
「本当に、辛かったなぁ……」
 話した本人にもダメージがあったようです。
悠夜の瞳が潤んでいるように見えたのは、恐らくは……。

 アイス珈琲をひとすすり。
冷静なヒュリアスとて悠夜の話によるダメージは皆無ではないが、学生組と本人に比べれば遥かに軽い。
 グラスをコースターの上に戻し、そのまま手近な行灯を引き寄せる。
「出先で入った宿屋の夕食。サラダに手を伸ばしたらやたらふっくら新鮮な青緑豆。動いた。
うむ。青虫だっ
「だーっ!気色悪いからやめろ!?」
「そ、それはダメなやつ……!」
 虫が駄目なエリザベータとロアが皆まで言わせるかと声を上げる。
「……ヒューリ……少し、デリカシーを……」
 運悪く麦茶を飲もうとして咽た潤からも抗議の声。
「ん?俺でなく、虫の立場からするとさぞや怖かったであろう話、だが?」
 不思議そうに首を傾げるヒュリアス。
おやおやと聞いていた弓弦もこれには苦笑い。
「悠夜さんは大丈夫だけど、虫が駄目な女の人は多いからね」
「そうなのよ。ごめんなさいねぇ、エルザちゃん虫ダメなのよ」
 神人のフォローをする弓弦とヴィルヘルムに反して、クレドリックはこの状況を大いに楽しんでいた。
力なく項垂れ、白衣を掴んでくるロアの姿など滅多にない。
 ヒュリアスに感謝すべきかとすら思ったものの、言葉にすればロアがその手を離すかもしれないので言葉にはしない。
 虫の話をどうにか中断(実はほぼ全てを話していたのだが)させたものの、苦手だからこそ印象に残ってしまうというもの。
 未だ動揺したままのエリザベータの手を、ヴィルヘルムはこっそりと繋いでやる。
約束通りに。
 その温もりは自然とエリザベータの波立った心を穏やかなものへと導く。
重なった手は、やはりヴィルヘルムの方が大きい。
女みてぇな口調でもやっぱ男だわ……エリザベータはそれを改めて実感した。

「じゃあ、今度こそ私のとっておきを」
 1000ジュールの悪夢から立ち直った伊万里は姿勢を正す。
皆の視線が自分に集まっていることを確認し、これは父から聞いた話ですがと、口火を切る。
所長からの話と聞いてアスカは身を乗り出す。
「父は骨董が趣味でよく古い食器を買ってくるんです。でも……」
 伊万里はミルクティのグラスを手に取る。
つぅと、ガラスを伝う水滴。
「一番のお気に入りが、後で調べたら実は偽物だったらしくて。私が小さいころ誤って割ってしまったものですけどね」
 確かに伊万里の父にとっては非常に怖い話だ。
伊万里が割った時よりも偽物だと分かった方が早かったなら、奥方と揉めてもおかしくない。
逆であれば、お気に入りが最愛の娘に割られて怒りのやり場も無く……。
 とくに前者であったときの奥方との修羅場の可能性を思うと、背筋が冷たくなる。
けれど伊万里はそれ以上を語らず、灯りをまた一つ消すだけだった。

 ロアはすでに火が消えた行灯から、一度溶けてから固まった蝋を取り出す。
ぱきり、音を立てて割れるその感触を手触り諸共堪能する。
 あの時はと切り出して、さらにぱきり。
「学校帰りに歩いてたら後ろから視線を感じて怖かったの」
 悠夜は気遣わしげな表情を浮かべた。
大丈夫だったのと尋ねようとするも、ロアの話は未だ終わっていないと踏み止まる。
 ぱきり。
「慌てて家に帰って次の日、家のポストを見てみたら手紙と私のハンカチが入ってたの。
拾ったのだけど声をかけられなくてついて来てしまったって書いてあって。悪い事しちゃった」
 女性陣はほっと胸を撫で下ろした。
後ろから感じる正体不明の視線は恐怖そのもの。
だからこそ善意の行動によるものだったなら良かった、そう思ったが―
「ああ、別に気にしないでくれたまえ」
「え、何が?」
 クレドリックの言葉の意味が分からない。
何やら雲行きが怪しくなってきたような……。
「気づいていなかったのかね、名前を書き忘れたとはいえ、私の筆跡だっただろう?」
「え!?確かに丸文字だったけど……声かけてよ!」
 ロアは改めてほっとした。
他のウィンクルム達は苦い顔をしているが、それには気付いていないようだ。
 うん、ロアの学校とクレドリックの行動範囲が分からない以上、断言できないんだけどね。
その、待ち伏せというかそういうことをクレドリックがしていた可能性がある訳で……。
 百物語の帰路でエリザベータはロアについて一言、パートナーに語った。
『アイツ、感覚が麻痺してきてんじゃねぇか……?』


●転
 窓際に控えていたツアー・コンダクターが立ち上がり、消えた行灯と未だ明かりの灯る行灯を入れ替えていく。
それを見届けてから最初に口を開いたのはヴィルヘルム。
「ドレスのデザインを描いててね。途中で止めれなくて、気づけば完徹」
 ヴィルヘルムが手中のグラスを回せば、溶けて縮んだ氷がグラスとぶつかり小さな音を立てる。
飴色だったレモンティも随分と薄くなってしまった。
「それでね、そのまま甘い物が食べたくってケーキを作ったのよ。甘いのを。
だから生クリームを塗って、苺ソースもかけようと冷蔵庫から小瓶を出して、たっぷりかけたわ」
 これで一息つける、そう思ったのにね。
くるり、再びグラスを回せば氷と共に揺れるレモン。
「食べてみたら、苺ソースじゃなくてタバスコだったのよ……」
 ふぅと溜め息を吐くようにヴィルヘルムは行灯の火を消す。
立ち上る煙が刹那、ヴィルヘルムの顔を覆い隠す。
 甘味を好むものであれば絶対に避けたい経験。
その時のヴィルヘルムの衝撃たるや……。

「俺にも一つ、とっておきの話があるぜ」
 アスカは残りのアイス珈琲を一息に飲み干し、そのグラスをたんっとコースターの上に置いた。
自然と集まる注目。
「あ、ありのまま起こった事を話すぜ……!俺は神人と契約しに行ったと思ったら、見合いをさせられていた」
 大丈夫、何を言ってるかはちゃんと分かる。
「確かにそれはちょっと……」
「いや、そこまではまだいいんだ。そこから所長(伊万里の父)に外堀埋められて、もう完全に家族扱いだしそれも悪くないとか思うようになって。これって絶対流されてるよな」
 ごめん、何を言ってるか分からなくなった。
「どこが怖いのか分からんのだが」
「いや怖いだろ!しかも最近、伊万里がやけにかわい……」
 急にアスカが硬直した。
かと思えば、そのまま顔を真っ赤にして慌てた様子で行灯に息を吹き込む。
「アスカ君?」
「うわああああ、なんでもない、なんでもないんだって!」
 どうも途中で自分が何を口走ろうとしたか気付いたらしい。
アスカは顔を隠すようにして頭を抱え込んでしまった。
 アスカの隣で首を傾げる伊万里に対して、弓弦は微笑ましいと笑う。
それは年長者だからか、第三者だからか、あるいはその両方か。
 立ち直れなくなりそうな彼の為に、弓弦は自分の最後のカードを切ることにした。

「これは本の話なんだけどね」
 前置けば、図書館勤務のヒュリアスと研究職のクレドリックが反応を見せる。
この二人に関して言えば本日一番の食いつきっぷり。
「馴染みの古書店で長年欲しくて堪らなかった稀覯本を手に入れた帰り……浮かれた僕は、早く、じっくりと、誰にも邪魔されず本を読みたい一心で家路を急いでいたんだ……」
 弓弦の心理をクレドリックは手に取るように理解できた。
同じように喉から手が出るほどに求めている魔法の研究書を手に入れたなら、すぐに本へ没頭できる場所を求めただろう。
「……ふふ、精霊とはいえ僕も歳だったね。なんでもない段差に躓いてしまったんだ……」
「まさか……」
 弓弦の話口に、ヒュリアスは嫌な予感を覚えた。
 そう、まさかだよ。
「打ち付ける身体。虚空を舞う稀覯本。美しい軌跡を描き、水入りバケツに吸い込まれる稀覯本……!」
 弓弦の表情は優しげなまま、けれど浮かべた笑みに力はなく、代わりに声からは強い感情が読み取れる。
悔恨、憎悪、後悔、そして絶望。
 今日、初めてヒュリアスとクレドリックが固まった。
あまりにも残酷過ぎる結末が二人を絡め取ってしまったのだ。
「心も、身体も痛かったよ……」

 成人男性四人のうち三人が瀕死状態。
潤が今度こそはと行灯を引き寄せる。
「ベンチで夕涼みしてた時、立ち上がった瞬間まさに座ってた所へ上から鳥の……」
「……それ、無事だったのかよ?」
 エリザベータからの問いかけに、潤の目はあっちへ行き、こっちへ行き。
聞かないでやるべきだったか……エリザベータはそれ以上の追求は止めた。

「最後は私か」
 残った最後の行灯をクレドリックが己の下へ引き寄せる。
「私の書く文字は丸文字らしいのだよ。それに関連する怖いかどうかはわからない話をひとつ」
 丸文字と聞けば先のロアの怖い話を思い出すが、今はその話ではない。
「大学時代私の提出した手書きのレポートを字もだが挿絵も可愛すぎるなどと、意味不明な難癖で本当に書いたか疑われてな」
 話がどこに落下するのかがさっぱり読めず、伊万里とアスカは怪訝な表情。
「書いて見せて証明して事なきを得たが、その時の教授の形相がある意味怖かったな」
 ……。
「それはむしろ、教授の方が怖い体験をしたと思う」
 何故だと不思議がるクレドリックに、理由は言わないけどとロア。
全員が心中でロアに同意した。
 腑に落ちない表情でクレドリックは最後の灯りを吹き消した。


●決
「お疲れ様でした」
 見守っていたツアー・コンダクターがカーテンを開けばコテージに朝日が差し込まれる。
夜を徹した目には眩しすぎる。

「ウィルの話は確認ミスじゃ……」
「そうなんだけどね。徹夜した頭じゃどうしても、ね」
「しょうがねぇな、今度美味しいお菓子作ってやるか」
 あら、嬉しいわね。
ヴィルヘルムの唇が弧を描く。
「だけど、熱中しすぎるなよな?……一応、心配してんだぞ」
「ありがとね」
 礼の言葉を一つ、そして耳を貸すように促せば―
「……虫が出ても、今度からワタシが退治してあげるわよ?」

 ヒュリアスは潤のことを誤解していたのかもしれない。
感情が乏しいと思っていた彼女は、今日だけでさまざまな表情を見せた。
 今はいない友人が可愛がっていた理由、少しだが分かった気がする。
「顔、筋肉痛にならんといいな」
 今のは冗談だろうか。
「ヒューリ……最近、何か……」
 潤は変わっていく『何か』を感じ取った……そんな気がした。

 クレドリックは言わなかった。
本当の恐怖……ロアが眠る姿を見る度に、確かめなくては怖いのだということを。
 言ってどうなる、胸のうちで自嘲する。
その想いが、契約の絆に乗ってロアに雪崩れ込む。
詳しくは分からない、けれど。
「……大丈夫だよ」

 百物語と語られなかった一つの恐怖。
それら全てを、朝焼けの空が包んでいった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:エリザベータ
呼び名:エルザ、エルザちゃん
  名前:ヴィルヘルム
呼び名:ウィル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月28日
出発日 08月05日 00:00
予定納品日 08月15日

参加者

会議室

  • [5]日向 悠夜

    2014/07/31-23:27 

    こんばんは!
    日向悠夜って言うよ。パートナーは降矢弓弦さん。
    よろしくお願いするね。

    話す内容は…そうだなぁ。
    ひとつは、旅をしていた頃の実体験を話そうかなって思っているよ。
    他の話はまだまだ考え中かな。

    皆のお話、楽しみにさせてもらうね。

  • [4]ロア・ディヒラー

    2014/07/31-22:40 

    こんばんはー!ロア・ディヒラーと申します。
    パートナーはディアボロのクレドリックです。
    初めましての方は初めまして、そうでない方もどうぞよろしくお願いいたします!

    怪談話でなくて怖い話・・・逆に難しいかもですがなんとか・・・!
    日常生活ネタでいくつか用意できればいいなあなんて。
    クレドリックも何か考えてくれているみたいだけれど、ちょっとずれてたりしないかな・・・素でボケだすからなぁ・・・
    皆さんのお話楽しみにしていますね!

  • [3]篠宮潤

    2014/07/31-07:44 

    こ、こんにちは、だ。
    篠宮 潤(しのみや うる)というよ。こっち、は、テイルスのヒュリアスだよ。
    みんな、どうぞよろしく、ね。

    僕……こんなに沢山の人たちと、話したり聞いたりする、の……ぅ、緊張してる、かも、
    だけど……っ、が、頑張って話考える、から、ねッ

    ……ヒューリ、は、……なんか虫系の話する、みたい……?
    ごめん。苦手な方、いたら……ホントごめん……!;
    ・・・・・・・他の精霊さん、たち、虫苦手なパートナーさんが悲鳴あげた、ら、
    ヒューリの話途中でも、張り倒したりして、止めても、いい、から……ね?
    (後ろで精霊が「おい……」と突っ込んでいる)

  • [2]エリザベータ

    2014/07/31-02:25 

    うぃーっす、エリザベータだぜ。こっちはディアボロのヴィルヘルムだ。
    ま、まぁ怪談話じゃなきゃいいんだよな、うん……別にビビってねーし!

    あたしはまだ考え中だけどウィルはネタがあるみたいだなぁ、
    なんか徹夜明けでの話らしいけど……怖いのか、その話?

  • [1]八神 伊万里

    2014/07/31-00:21 

    こんばんは、八神伊万里とパートナーのアスカ君です。
    怪談は駄目なんですね…それなら、まずは軽いジャブと
    父から聞いたとっておきをお話ししたいと思います。

    ……え?アスカ君もとっておきがあるのですか?
    楽しみですね(微笑)


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