プロローグ
「ブローチはいかがかね?」
タブロス市内の奥通り。突然聞こえた言葉に、男は足を止めた。
「ブローチ?」
周囲を見回すが、人の姿は見えない。それなのに声がする。
「ブローチがどうしかしたの?」
一緒に歩いていた女性が男の袖を引いた。
「いや、今声が聞こえなかった?」
「……声? 私は聞こえないけど?」
昼間である。なんとも不気味なこともあるものだと、男が女の手をとって再び歩き始めたとき、また声が聞こえた。
「ブローチはいかがかね?」
右手のショーウィンドーにはぬいぐるみが並び、左手の店には古めかしい書物が置かれている。可能性があるとしたらぬいぐるみの店のほうだろうか。
「ごめん、この店入っていいかな?」
「……いいけど」
男は店内へと足を踏み入れた。けしてブローチが欲しかったわけではないが、気になったのだ。
――カラン。
ドアにかかったベルが鳴り、ぬいぐるみと人形でいっぱいの店の奥から店主が姿を現した。
「あの……この店、ブローチなんて置いてないですよね?」
男が尋ねると、店主はたいそう驚いた顔をした。
「ありますよ、ブローチ。声、聞こえました?」
「……え?」
「いや、時々『声が聞こえたから』ってブローチをお求めの方がいらっしゃるんですよ」
そこで店主は言葉を切ると、男の耳に、秘密ごとをささやいた。
「うちに置いてあるブローチ、レンタル品なんですけどね、魔法のブローチなんです」
「……もしかして、呪いとか幽霊の類ですか?」
馬鹿げたことだと思いながらも、男は尋ねてみた。しかし店主は首を振る。
「実は祖母が以前ここでブローチ屋をしていましてね。ブローチを作ったのは祖母なんです。倉庫にいくつか残っているんですけど、どうやら祖母の念が染みついているようで」
「念! やっぱり怖いものじゃないですか」
男が声を上げるが、店主はいたって平静だ。
「いやいや、大丈夫ですよ。実は祖母は若い頃想い人がいたそうなんです。長い間彼と交際する日を夢見て、上等なブローチを作っていたみたいなんですが、どんな因果か、結局告白すら叶わなかったようで……。祖母は告白したかったというのに……」
「それはお気の毒なことです」
男が頭を下げる。店主は「いえいえ、問題はこの後でして」と話を続けた。
「まあ、そんな祖母の情念が染みついているものですからね、ブローチをつけた人は、告白してしまうそうです」
「……愛の告白、ですか?」
「今まで聞いた話によると、そういう方ももちろんいましたけど、過去の浮気とか、へそくりの隠し場所とか、思わしくないものを言ってしまった人もいましたねえ。でもね、言った人は言ったこと、忘れちゃうんですけどね。
ああ、うちのお店人形店なんですが、愛好家が集まるもので、奥にちょっとした喫茶室があるんですよ。よろしかったらそこでくつろぎながら、ブローチを身につけてみてください」
解説
ひとつだけ大事なことを告白してしまう、魔法のブローチのお話です。
ブローチをつけることができるのは、声が聞こえた人だけです。
神人さん、精霊さん、相手に隠していることはありませんか?
真面目なことからくだらないことまで。ここで告白してみれば、二人の関係が近づく……かもしれません。
告白できるのは、神人か精霊一人のみ。一回きりです。
(ただし言ったことはそのあと忘れてしまいます。聞いたほうは覚えています)
■ブローチレンタル料100ジュール
ここは喫茶室を併設していますので、お茶を飲みながらブローチの告白を体験してみてください。
メニューは下記の通りです。
■定番 ケーキセット 200ジュール
ケーキ(ショートケーキ、ベイクドチーズケーキ、アップルパイから選択)と飲み物(アイスティーかアイスコーヒー)のセットです。
■ふわふわ パンケーキセット 300ジュール
甘いはちみつのかかったハート型パンケーキ(二枚重ね)と、飲み物(アイスティーかアイスコーヒー)になります。
■渋めに おせんべいとお茶セット 200ジュール
甘いものが苦手な方へ。しょうゆせんべいとアイスグリーンティーのセットです。普通っぽいですが、おせんべいは人の顔の大きさです。
ゲームマスターより
告白はひとつだけ、しかも言った本人は、自分が告白したことは忘れてしまいます。
告白の内容によってはその後喧嘩が勃発、なんてこともあるかも。気を付けてくださいね。
それではみなさん、素敵な時間をお過ごしください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
ジャスティが不思議な声を聞き、お店に着いた。 ブローチのことを聞き、切なく感じる。 彼がブローチをつけ、喫茶室で効果を待つ。 …はぁ!?気 告白内容ってよりにもよってそれ!? 愛の告白は絶対にないってのはわかっていたけど、さすがに少しへこむわよ…。 …ん?なんか、今、すっごく気になる発言があったような…。 目が追ってしまう? 9年前? 9年前。 何かひっかかるわね…。 確か、父さんと一緒に旅をしていた時期ね…。 うーん。よく思い出せないわ…。 初対面の印象最悪で色々嫌だったのに、目が追っているとか、爆弾発言だわ…。 忘れちゃうくせに、こんな爆弾残さないでよ…。 メニュー:ケーキセット (チーズケーキとアイスティー) |
リヴィエラ(ロジェ)
リヴィエラ: ・ブローチレンタル100jrとふわふわパンケーキセット(アイスティー)300jr 私には秘め事があります。だからこそ、ブローチの声に導かれたのかも知れません。 だからブローチを着け、告白しようと思います。例え告白をした事を自分が覚えていなくとも。 ロジェ様…私は貴方と契約する前から貴方に恋をしていました。 そう、お屋敷で『神人』である私をAROAに連れて行こうとする貴方をひと目見た時から… そしていくつもの任務を一緒に歩んできた今でも、人の為に尽くす貴方を。 私はもう隠さない…貴方が好きです。 えっ、ロジェ様…? どうして泣いているのですか…? …!? ま、待って下さい、ロジェ様! |
Elly Schwarz(Curt)
■声が聞こえた。 心情】 1つだけ大事な事を告白してしまう……ですか。 でもクルトさんに秘密にしている事、あまり無いような……。 行動】 ・ブローチをレンタル とりあえず付けてみますね。僕の告白はどんなものでしょうか? ・ケーキの選択 どれを選ぶか迷いますね。……え?良いんですか?嬉しいです! ・告白 今までは家族、村人の無念を晴らす為に戦っていました。今でもそれは変わりません。 ですがクルトさんと任務をこなすうち ウィンクルムとして強くありたい、あなたを支えたいと思い始めたんです。 やはり覚えてないです。悪くない、だけじゃ解りませんよ! ……クルトさんの秘密。何だか初めてクルトさんに近づけたような気がしますね。(微笑) |
市原 陽奈(日暮 宵)
宵がブローチの声を聞いたという事で。 せっかくですブローチをお借りしましょう。 私も貴方の「告白」聞いてみたいですし…いつも従者として仕えてくれている貴方のぐちでもいいんです。本音を聞いてみたい。 宵はおせんべい好きでしたね。私も好きですよおせんべい。さ、一緒に食べましょう? …まさか貴方にそんな風に思われているなんてしりませんでした。私は鈍いんでしょうか?わ、私はどうすれば。 私にとっても宵は大事な人です。 けれど…私はそんな風に思ったことがあったでしょうか?言われなければ意識さえしなかったでしょう。 あれ宵の本心だとするのなら…ブローチには感謝をしないと…きっと宵は絶対言わなかったでしょうから。 |
クラリス(ソルティ)
☆ ブローチの声、ソルティには聞こえるの?へぇ…別に悪巧みなんてしてないわよ。失礼ね。 皆はどんな告白をするのかしら。盗聴器は…ふふ、冗談よ。 注文はショートケーキ。 苺は最後に食べる派よ。最後に幸せな気分になれるのよね。 御祖母さん、何か告白出来ない理由でもあったのかしら。想い人が亡くなった、とか? 店主に聞いてみる? ま、まぁ一応…これでも感謝してるのよ。(小声) もう一回って…聞いてたんじゃない! もう子供じゃないんだから面倒見なくたっていいのに。契約だって渋々だったし無理に付合わなくても… ■告白後 まさかブローチの… み、水…お水貰って来て!今すぐ!早く! こ、これは違うわ…認めないわよ!(突っ伏し苺を咀嚼) |
ブローチの店の入口である。
そこはふわふわのぬいぐるみと、精巧な人形に埋もれた部屋だった。
「喫茶室はこちらですよ」
どうぞどうぞと、店主がウィンクルムを案内する。奥では店主の女房が人の好さそうな穏やかな笑みを浮かべ、客人を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ブローチはもうテーブルの上にありますので。ええ、どれでも効果は変わりませんよ。どうぞ、素敵な時間をお楽しみくださいね」
「ブローチの声、ソルティには聞こえるの? へえ……」
嬉々とした顔を見せるクラリスに、ソルティはため息をついた。どうせまた「弱みが握れる♪」とか考えてるんだろうな、と思う。
テーブルを選んだのはクラリスだ。その上に載っているブローチを見て、ソルティは彼女がなぜそこを選んだのかすぐにわかった。置かれた花のブローチはシアン色。それは彼女の母譲りの髪と同じ色だ。
「いつ効果が表れるのかしらね」
ソルティが胸につけたブローチを、クラリスは興味津々に見つめている。注文したショートケーキのセットが二つ届いたついでに夫人に聞くと「人それぞれですよ。つけてすぐの方もいれば、三十分もおしゃべりを楽しまれてからの方もいます」とのことだった。
それを聞き、クラリスは周囲のウィンクルムで埋まった席に視線を向ける。
「皆はどんな告白をするのかしら? 盗聴器は……」
「ちょっと、クラリス!」
「ふふ、冗談よ。流石にそんなことしないわ。秘密の告白だもの」
クラリスは楽しそうにフォークを持って、ケーキの白いクリームをすくった。
「甘くて美味しい! 苺はやっぱり最後よね。最後に幸せな気分になれるもの」
その笑顔に、ソルティはブローチの話を聞いてからずっと思っていたことを口にする。
「店主のおばあさんは、ブローチに宿るほど強く想ってたのになぜ言えなかったんだろうね」
「おばあさん、何か告白できない理由でもあったのかしら? 想い人が亡くなった、とか?」
……そうだろうか。
それにしても自分が語る内容はなんだろうと、ソルティは自分につけたブローチに目を落とした。
「クラリスの暴挙の壮絶な事後処理の数々は、思い出すのも恐ろしくて、口に出せないでいることもあるけど」
責めるつもりではなく思い返すつもりで言えば、クラリスはゆるゆると視線をそらす。
「ま、まあ一応……これでも感謝してるのよ」
「反省してるなら、そんな寂しそうな顔しないで。クラリスはそんなものだって思ってるし」
でも、と。普段は強気なクラリスが、なぜか珍しくの弱り声。
「仕方ないな」
ソルティは自分のケーキの苺をフォークで刺すと、それをクラリスの口へと押し込んだ。
「ちょっと……!」
文句を言いかけながらも、クラリスはもごもごと口を動かした。ごくりと呑み込み、
「もう子供じゃないんだから面倒見なくたっていいのに。契約だって渋々だったし、無理に付き合わなくても……」
また目をそらす。まったく、今日はどうしたというのか。彼女らしくない。
「そんなに不安がらないで。俺は絶対にお前を置いて死んだりしないよ。正直、昔みたいにまたお前が傍にいて……まだお前には俺が必要なんだって思うと嬉しいんだ」
ソルティは優しく笑んで、クラリスの頭に手を伸ばした。クラリスは目を見開く。ぽんと叩かれるのは、まるで小さな子供の時のようで。
「……いつまでも妹扱い……普段こんなこと言わないくせに」
ケーキをつついたところで気付き、はっと顔を上げる。
「まさか、今のブローチの……!」
大きな声を上げると、げほげほとむせてしまった。ソルティに向かって手を伸ばす。
「み、水……お水貰ってきて! 今すぐ!」
「あれ? 俺今ぼーっとしてた……顔真っ赤だぞ? 水? 了解、すぐ持ってくるから」
ソルティが席を立つ。クラリスはテーブルに突っ伏せた姿勢のまま、上目づかいでその背中を睨み付けた。
「こ、これは違うわ。……認めないわよ!」
「何言ったんだろ俺……クラリスがむせるようなことって……」
ソルティはとんだ記憶を思い出すのを諦めて、急いで水を取りに向かった。
※
「宵、ブローチの声が聞こえたんですよね? せっかくです、ブローチをお借りしましょう」
市原 陽奈はそう言って、日暮 宵と喫茶室に入っていった。席に座り、まだためらっているらしい宵を、真正面から見据える。真摯に告げれば、彼は決して嫌とは言わない。
「いつも従者として仕えてくれている貴方の、愚痴でもいいんです。本音を聞いてみたい」
陽奈の言葉に、宵は案の定頷いてくれる。
「……わかりました。お嬢がそう言うのなら」
宵がテーブルの上の赤い花のブローチを手に取る。それを胸につける間に陽奈が二人分の注文をした。陽奈の分も、宵の分も、せんべいと抹茶のセットだ。
「私が甘いものが苦手なのを知っているから……ですか。お嬢の気遣いは嬉しいですが、お嬢の好きなものを食べていいんですよ。私はただの従者なんですから」
「そんな……私もおせんべい好きなんですよ。さ、一緒に食べましょう?」
二人向かい合って、自分の顔ほどもあるせんべいを手に取った。陽奈は口に入るサイズに割ろうとしたが、少々固めのそれをきれいに割るのは、なかなかに難しい。
「お嬢、私がやりましょう」
宵は陽奈の皿を受け取ると、紙ナプキンではさんでせんべいを持ち、パキンパキンと割っていく。
「これくらいでいいですか?」
「ありがとう、宵」
陽奈は、一口サイズとなった一枚をとって、口に入れた。
かりん、とこぎみよい音が鳴る。
「美味しいですよ。宵も一緒に食べましょう」
二人してぱりぱりと咀嚼する間は無言。
しかし不意に、宵が手のひらを自分の足の上に置いた。
「お嬢は本当に……私の『告白』を聞きたいと思ってくれているんですか?」
「どうしたんです? 私は嘘は言いませんよ」
「いや、そうですよね。すみません、失礼しました」
宵はブローチを自らの手で包み込んだ。
「……私がこのブローチに頼ってしまったら」
お嬢が困るかもしれない。とは宵には言えなかった。
秘密がある。だからこそ、言ってしまいそうなことがわかる。そしてそれは、自分たちの今の関係にはふさわしくない感情だということも。
もしそれでも告白してよいかと問えば、陽奈はかまわないと言ってくれるだろう。自分が仕える相手は、優しく強い人だ。
だからこそ寄り添いたいと、宵は思っている。人一倍努力していることを知っているからこそ、彼女を近くで見守りたいと……。そのためには。
――やはりこの気持ちは、まだ私の中に持っていることにしましょう。
宵は胸に付けたままのブローチを一度ぎゅっと握ると、それをはずしてしまった。
「宵?」
怪訝に名を呼ぶ陽奈に、わずかばかり目を細めて微笑みかける。
「私にとって、お嬢は誰よりも大切な人です。……これが私の告白です」
陽奈は驚き、そっと目を伏せ……再び、上げた。
そのときには彼女の表情は、いつもの平静なものへと戻っていた。
「……私にとっても宵は大事な人ですよ」
形のいい唇が、申し訳程度に弧を描く。
おそらく、と。陽奈は推察する。
宵はきっと、自分が言うことを察しているのだ。共に幼いころから一緒にいる。彼が、彼の思う全てを自分に伝えていないことくらい、わかっている。
……宵が言わないと決めているのならば、私のわがままで暴くべきではありませんね。宵の判断に任せましょう。
「……お嬢、このおせんべい、香ばしくて美味しいですね」
「ええ。あなたが割ってくれたから、食べやすくなりました」
二人でせんべいを食べる。同じテーブルの上でブローチは、鈍く光を放っていた。
※
「……切ない話よね」
リーリア=エスペリットはアイスティーをかきまぜながら、祖母と想い人の悲恋を聞いた。
「まあ不思議な話ではありますよね」
正面で冷静に呟くのは、ジャスティ=カレック。知らぬ人の恋愛話、そして魔法のブローチも。普段ならばくだらないと一笑にふすところだが、今日はなぜか興味が湧いた。
ジャスティはテーブルの上に置かれているピンク色の花のブローチを、胸ではなく腕につける。
「ちょっと、どうして腕なのよ」
「どこにつけろと指定はされていませんから、構わないでしょう」
「……そりゃそうだけど」
つかみどころがない人ねと、リーリアは思う。普通、ブローチをつけるのなら胸じゃないの。
ジャスティはしばらく黙ってお茶を飲み、せんべいを食べていたが、突然、その手を止めた。
「……どうしたの?」
フォークに刺したチーズケーキを片手に、リーリアは相棒を観察する。つかみどころがないジャスティは、行動だって読めやしない。
何をするんだろう、はたまた、なにを言うんだろう。じっと見つめること数分。ジャスティは重々しく口を開いた。
「僕は、キミとの契約が嫌でした」
「はっ!?」
なによいきなり……ってもしかして、これがブローチの告白? よりによってこれ? ……愛の告白は絶対にないってのはわかっていたけど、さすがに少しへこむわよ……。
リーリアはフォークを皿の上に置いた。あまりのショックにテーブルの上に突っ伏せそうになる。いくらなんでもこの場でその姿勢はないだろうと、なんとかぎりぎり我慢をしたが、そんなリーリアに、ジャスティが追い打ちをかける。
「四年前に出会った時の印象は最悪だったし、二年前はまだ神人として顕現してなかったのに、オーガに立ち向かおうとするし……」
ジャスティはぼんやり前を見つめたまま、淡々と語っている。案外恐ろしいわね、ブローチの力。違う、ジャスティの言う内容の破壊力が半端じゃないのよ。こんなことを秘密にしてたって言うの?
ウィンクルムの関係を清算したほうがいいのかもしれない。リーリアはそんなことすら考えた。しかし続くジャスティの台詞に、ぱっと顔を上げた。
「色々嫌だったのに、最近なぜかキミを目が追ってしまい、しかも、どこか懐かしさを感じます。キミは九年前に僕の心を救ってくれたあの子に似ているような気がします……」
なによ、目が追ってしまうって。九年前って……。
「九年前?」
気になる数字だ。何か引っかかる。九年前と言えば――。
「確か、父さんと一緒に旅をしていた時期ね……よく思いだせないけれど」
ジャスティは相変わらずぼんやりとしたまま、リーリアを見るともなく見ていた。それをちらちらと見やりつつ、考えつつ、リーリアはチーズケーキを食べる。
……それにしても、初対面の印象最悪で色々嫌だったのに、目が追っているとか、爆弾発言だわ。それってもしかして……いやいや、そんなことないわよね。時々寂しい顔をしていたのは『あの子』を思い出しているからなのかしら。
チーズケーキの最後の一口を食べたとき、不意にジャスティが瞬きを繰り返した。
「あれ、僕は……何か言いました?」
その表情で、リーリアは彼がブローチの世界から、現実へと戻ってきたことを知った。あまりに邪気のない様子に、思わず文句が口をつく。
「忘れちゃうくせに、爆弾残さないでよ……」
「は? 爆弾?」
なんのことかわからないというようにジャスティは首を傾げ、リーリアはテーブルを一発叩いた。
「もういいわよ、おせんべい食べなさいよっ」
※
「ひとつだけ大事なことを告白してしまう……ですか。でもクルトさんに秘密にしていることってあまりないような……」
Elly Schwarzは、相棒への秘密事が本当に思い当らないようで、なにかあるかと考え込んでいる。そんなエリーを見ながら、彼女にわからないように、Curtは安堵の息をついた。もし自分にブローチの声が聞こえていたら、言ってしまうことなど察しがついている。しかし、記憶がないまま伝えるのは、自分らしくはないとも思っている。
喫茶室に入ると、エリーはテーブルの上にあったブローチを身につけた。鮮やかな黄色の花の形が、エリーの胸できらりと輝く。
「とりあえずつけてみますけど……僕の告白ってどんなものなんでしょう?」
言いながら、エリーの目はケーキのメニューをさまよっている。
「なんだ、迷ってるのか?」
「はい……アップルパイもいいけれど、ベイクドチーズケーキも捨てがたくて」
「なら俺の方で頼もう。どっちも食べたいんだろ?」
クルトの言葉に、エリーはぱっと顔を上げた。
「……え? 良いんですか? 嬉しいです!」
まるで胸につけた花のように明るい声だ。それは清々しいほど正直で。
「俺はアイスコーヒーで十分だからな」
クルトはそう言って、オーダーをするべく手を上げた。
アップルパイの皿と、ベイクドチーズの皿。二枚がエリーの前に置かれている。
「なんかすごく贅沢している気分です」
パイを食べ、チーズケーキを食べて「美味しいです~」と左手で頬を包み込む。
「ほっぺたが落ちそうです」
「それはよかったな」
まったくエリーはわかりやすい。これでどんな秘密を抱えているというのか。
しかし、アップルパイを食べ終わる頃に変化があった。
「僕はね、クルトさん」
そう言いだしたとき、エリーの表情はひどくかたいものになっていた。
フォークをテーブルの上に置き、食べかけのチーズケーキに見向きもせずに、話し始める。
「今までは家族や、村人の無念を晴らすために為に戦っていました。今でもそれは変わりません。ですが、クルトさんと任務をこなすうち、ウィンクルムとして強くありたい、あなたを支えたいと思い始めたんです」
エリーのクルトを見つめる目は真剣だった。そのブルーの瞳には、今は自分しか映っていないのだとクルトは唐突に思った。
……これはグッとくるな。恋情に持ち込むのにはまだまだのようだが、上等だ。
クルトの口の端が上がる。
エリーは表情のない顔でそれを見ていたが、不意に大きく肩を揺らした。
「僕、今何か言いました?」
その台詞にクルトは、エリーが今語ったことが、ブローチの力によるものと知る。
「ああ。悪くない、と思ったな」
口癖となっている単語で返せば、エリーは頬を膨らませんばかりの勢いだ。
「悪くない、だけじゃわかりませんよ!」
本当にわかりやすく、御しやすい。
そうだ、秘密には秘密を返そうか。
「そう怒るな。代わりに俺の秘密もひとつ明かそう。Curt Volker(クルト・フォルカー)……俺のフルネーム。エリーには知っててほしいんだ」
声を潜め、クルトが告げる。エリーは一瞬息を飲み、静かな微笑みを見せた。
「……クルトさんの秘密。なんだか初めてクルトさんに近づけたような気がしますね」
……初めてって……本当にまだまだだな。
クルトは内心でため息をつきつつも、チーズケーキを食べるエリーを見、黙ってアイスコーヒーをすするのだった。
※
胸の内にある秘め事を、リヴィエラはもうずっと前から自覚していた。だからこそブローチの声が聞こえたのかもしれないと思っている。
隠しているのは苦しくて、かといって伝える勇気はなくて、ずっと抱えていた秘密。
それはリヴィエラ自身の想いなのにもかかわらず、じわじわと彼女の胸を締め付けていた。理由はわかっている。ロジェが傍にいるからだ。
いてくれて嬉しい。でも、いてくれるからこそ、隠さなくてはならない。
たとえば互いに一般人として出会っていたら。互いにとって重責となっている過去を共有していなかったら。
過去の仮定はきりがない。
でも、とリヴィエラは顔を上げた。
目の前には、ふわふわのパンケーキが甘い香りをはなっている。
「リヴィー、食べないのか?」
ロジェに聞かれても、フォークを手に取ることすらできない。それどころかと、ちらりと目を向けたテーブルの端。そこに置いたままの花のブローチは純白。
ロジェは最初に、つけないのかと問うたきりだ。つけろと無理強いはしない。そんな彼にこの秘密を告げたら、自分の気持ちを押し付けることにはならないだろうか。ああ、でも。
リヴィエラは、ブローチに手を伸ばした。
これはチャンスだ。言葉にできない想いをロジェに伝えるための。
ブローチの後ろのピンを外して、自分の胸につける。リヴィエラが手をつけないから、ロジェのパンケーキも最初の形を崩していない。
真面目で、誠実な人。
だから私は……。
リヴィエラは口を開いた。
「ロジェ様……私は貴方と契約する前から、貴方に恋をしていました。そう、お屋敷で『神人』である私をA.R.O.A.に連れて行こうとする貴方を、一目見たときから……。そしていくつのも任務を一緒に歩んできた今でも、人のために尽くす貴方を。私はもう隠さない……貴方が好きです」
リヴィーが、俺のことを?
ロジェの唇からは、渇いた笑みが漏れた。
「フッ……はは……君は……バカじゃないのか? なんで俺の事なんか……俺は君の両親を救えなかった、君の両親の『仇』だぞ……? 俺は重症で意識のないお前の手に無理矢理キスをして契約をした『卑怯者』だぞ!? お前を戦場に連れて行きたくないから突き放した! 俺を嫌うように冷たく当たった! なのに、何で……何で何で何で……!」
言葉は止まらず、最後はもはや悲鳴のようだった。ロジェの瞳から、涙がこぼれる。それをみっともないと思う余裕はなかった。頭を巡るのは「何故」という単語ばかり。どうして、バカな。俺は君に好意を抱かれるようなことなどしていない。そんなたいそうな人間ではない。……ああ、それでも好いてくれるというのならば。
ロジェは両手でどん、とテーブルを叩いた。顔を上げ、リヴィエラの深く青い瞳を見つめる。この瞳は空だと思う。すべてを包む青い空。純粋な彼女の心の光を映す、鮮やかな光――。
「もうお前は、後戻りできないぞ」
ブローチの告白の影響か。ぼんやりしているリヴィエラに、ロジェは言い放った。立ち上がり、彼女の細い手首をとる。
「行くぞ」
本当はこの場で宣言したいくらいだ。もうお前を、他の男には渡さないと。抱き寄せて口づけをしたい。この腕に、彼女を閉じ込めてしまいたい。
しかしそれを、ロジェの理性が許さなかった。彼女のまっすぐな想いに応える場として、多くの人がいるここはふさわしくないのだ。
リヴィエラは、ゆっくりと立ち上がった。その動作でブローチの魔法から目が醒めたのか「えっ!?」と驚いた声を上げる。ロジェの頬に残る涙の跡に気が付いたのだ。
「ロジェ様、どうして泣いているのですか? パンケーキ、何も食べていませんが、どこに行くのですか? ロジェ様?」
彼女は、自分の告白を覚えていない。しかしそれならば、思い出させればいいだけのこと。心に隠していた秘密は、どうせ暴かれてしまったのだ。隠す必要などないと伝えてやればいい。そして自分の想いを伝えるのだ。
「店主と夫人には申し訳ないが、パンケーキは次回だ。それより大事な用ができた」
ロジェはリヴィエラの手を引いて、店の外へと歩き出した。
依頼結果:成功
MVP:
名前:Elly Schwarz 呼び名:エリー、良い子ちゃん |
名前:Curt 呼び名:クルトさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月27日 |
出発日 | 08月04日 00:00 |
予定納品日 | 08月14日 |
参加者
- リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
- リヴィエラ(ロジェ)
- Elly Schwarz(Curt)
- 市原 陽奈(日暮 宵)
- クラリス(ソルティ)
会議室
-
2014/07/31-18:25
こんばんは、初めまして。
市原陽奈といいますパートナーは日暮宵。
よろしくお願いします。
どうやら宵がブレスレットの声を聞いたようです。
主従として過ごすことが多かったので宵の素直な気持ちが聴けると嬉しいのですが。 -
2014/07/30-19:35
こんばんは。はじめましての人もいるわね。
私はリーリア。パートナーはディアボロのジャスティ。
よろしくね。
ジャスティが不思議な声を聞いたらしくって…。
ブローチの力は凄そうね。
ジャスティは特に言うことはないって言っていたけど、どうなるかしら…。 -
2014/07/30-08:39
皆さん初めまして、私はクラリスよ。
相棒の精霊はポブルスのソルティ。何かの縁があって一緒になったんだもの
宜しくしてくれると嬉しいわ。
ブローチの声、ね。そっか、二人とも聞こえたんだね。
ソルティが聞こえたって言ってたんだけど…マジで本当だったんだ。
何考えてんのか全く読めない奴だし、からかうには良い機会かも。
まぁ、そう簡単に大事な告白とやらをしてくれるとは思わないけど
ずっと連敗続きだし、…絶対にアイツの弱みを握ってやるわ!
-
2014/07/30-07:56
こんにちは、私はリヴィエラと申します。
パートナーはポブルスのロジェ様です。
リーリア様とエリー様はお久しぶりです、陽奈様とクラリス様は初めまして(お辞儀)
私には隠し事があります。
あ、あの…ブローチの声が聞こえたので、それをロジェ様に告げるつもりです。
き、緊張しますが…頑張ります! -
2014/07/30-07:17
初めましてな方も、お久しぶりの方もいらっしゃいますね。
改めて、僕はElly Schwarzと言います。精霊はディアボロのCurtさんです。
今回よろしくお願いします。
声は僕が聞こえたのですが
本当に大事な事を告白してしまうんでしょうか?
……と言っても何の事なのか、僕には検討もつかないんですけどね。
もしCurtさんが聞いてたら、あとで聞けたらと思います。