夢愛でる妖精の森(巴めろ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●森に巣食うは
「村の子が、森へ入ったまま帰ってこないのです」
タブロス近隣の小村・タンダ村の村長を名乗る壮年の男は、A.R.O.A.本部の受付でそう切り出した。
「恐らく、『夢喰い』にたぶらかされたのではないかと。人間は森に入ってはいけないと、きつく言い聞かせてあったのですが……。常ならばうちの村の精霊を捜索に出すのですが、近くの森にオーガが出たという噂を耳にしまして。ですから、我が村の管理する森は今、念のために精霊も近づかぬようにしてあるのです。なのでどうか、A.R.O.A.にその子を助け出していただきたく」
男の物言いは丁寧でしっかりとしているが、その台詞の中にはパズルのピースのように謎が散らばる。『夢喰い』とは何か? 人間が入ってはいけない森に精霊は入れるようなのはどういうことか?
受付の職員が説明を求めれば、男はこれは失礼いたしましたと頭を下げ、タンダ村の森の特殊な事情について話し始めた。
「『夢喰い』は、タンダの森に住む厄介な妖精です。愛らしい姿をしておりますが、あれは人間の夢を食らいます。人間を魔法で眠らせて幸せな夢の中へと誘い、その夢を食べるのです。但しその術は、一切精霊には効きません」
『夢喰い』に眠らされた者は、放っておけば年を取ることも飢えることもなく昏々と眠り続けるのだという。そして、その代わりのようにじわじわと心のエネルギーを吸い取られていくのだとか。
「眠らされた者を起こすには村に伝わる特殊な薬が必要なのですが、これはこちらで用意させていただきます。子どもを見つけたら、どうぞ眠ったまま村へと連れ帰っていただければと。森で起こして、村に戻るまでにまた『夢喰い』にやられてしまっては面倒ですので」
職員は、必要と思われる事項を漏らさぬよう、着々と書類を作り上げていく。が、気がかりなことが一つ。
「万一にでもオーガが出るかもしれないということでしたら、ウィンクルムを派遣することになります。……神人に、『夢喰い』の術は効くのでしょうか?」
だとしたらかなり厄介だ。だがしかし、男はこくと頷いた。
「もう長いことうちの村には神人はいませんが、文献によれば、人と同じように『夢喰い』の影響を受けると」
けれど、普通の人間と違うところもまたあるのだという。
「眠らされた神人の頬にパートナー精霊が口づけを零せば、その精霊も神人の夢の中へ入り込めるというのです。そうして幸せな夢に呑まれた神人を我に返し、その口から『これは夢だ』と言わせることができれば――二人共に目を覚まし、もう二度と『夢喰い』に惑わされることはありません」
まるでおとぎ話のような話だが、それらは全て真実だという。
「ご迷惑をお掛けしますが……どうか、よろしくお願いいたします」
そう言って、男は頭を深く深く下げるのだった。

解説

●目的
村の子(少年)の救出と森にオーガがいないことの確認。
後者は事件を解決すればそれに付随して自然と達成されます。
つまり、オーガは出ません。デミ・オーガもネイチャーも出ません。
そんなに広い森ではなく、特別工夫しなくとも少年はすぐに見つかります。

●『夢喰い』について
人形サイズの愛らしい子どもに透き通った羽が生えたような姿の妖精。
彼らがいかに厄介かは、プロローグをご参照願えれば幸いです。
『夢喰い』の魔法を防ぐ術はありませんし、また、『夢喰い』には一切の攻撃が効きません。
ですので今回のエピソードは、『夢喰い』に眠らされた神人を、パートナー精霊がいかにして夢の中で説得し助けるかがメインになるかと思います。
神人が呑み込まれる幸せな夢がどんなものか、パートナーがどう夢に呑まれた神人を説得するのか、及び神人とパートナーとのやり取り等をメインにプランを書いていただけますと、その部分の描写が多くなりおすすめです。
但し、親密度等次第で、パートナーの言動を採用いたしかねる場合がございますことをご了承願えればと思います。
その場合も、プランを参考にして可能な限りニュアンスを組み取れればと思いますので、よろしくお願いいたします。
(神人を救うためですので、夢の中での出来事につきましては普段より多少大胆な言動もある程度は採用させていただくつもりではいます……!)
また、夢の細部(プランにない部分)等をこちらで適宜補完させていただく場合がございます。
夢の中での出来事ということで、ご容赦願えますと幸いです。
今回はエピソードの特性上、夢の指定がない場合等描写が薄くなる可能性がございますので、その点もご注意いただければと思います。

●その他
A.R.O.A.がタンダ村までバスを出しますので、移動手段の心配はいりません。
少年は度胸試しで森へ入ったようで、特段深い事情等はありません。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださりありがとうございます!!

幸せな悪夢に呑み込まれた神人を、パートナーに愛の力で助けてもらっちゃおう! 的なノリのちょっと変則的なアドベンチャーエピソードです。
少年の捜索はあくまでさくっとさらっと。プランに記載がほぼなくてもOKです。
リザルトでも、皆様のプラン次第ではありますがその辺りの描写はとても薄くなる予定でおります。
その分、プランでは夢の詳細と神人救出に字数を割いていただければと。
どんな夢の世界が見られるのか、皆さまのどんな素敵な絆が見られるのか今から楽しみにしております……!
皆様に楽しんでいただけるよう全力を尽くしますので、ご縁がありましたらどうぞよろしくお願いいたします!!

また、余談ではありますがGMページちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)

  今日も農家の朝がやってきましたよー
お父さんお母さん、いってきまーす!

今日はあっちの畑の様子を見に行かないと…
あ、グレン、おはようございまーす。
え、重たいもの全部持ってくれるんですか?
心配…?
どうしたんですか急に、ありがとうございます!

畑で朝御飯一緒に食べませんか?
お母さんが多めにサンドイッチ作ってくれたんです。
今日は一緒に何します?私は森に行って…

…はい、本当は気付いてるんです。
グレンが最初に声かけてくれた時から何となく。
流石の私でもあれは気付きます!
両親やグレンのいるここから離れたくなくて…

あの、差し支えなければ
行く前に泣いてもいいですか?
『帰ってから』だと、目赤くなっちゃいますし。


手屋 笹(カガヤ・アクショア)
  夢の中→神人に顕現せず実家の神社で巫女になる。
背が高くなり顔立ちも大人びた笹
(姉とほぼ同じ姿)。
神人である事、カガヤを忘れてしまっている。
厳かな神楽舞を舞い人々の注目を集めています。
舞を終えて幸せそうに微笑む。

「どなたですか…?」
「嫌…何のことですか、聞きたくない!!」
手で耳を塞いで話を聞けないようにします。

「わたくしが神人?そんなはず…ありません…!」

「そう…これは夢…ですのね
…わたくしがこんなに…
お姉様のような姿しているわけがありませんわ…」

(覚醒後)
目覚めたのはよいのですが
何故でしょう…わたくし…とても悲しいのです…。

※オーガの襲撃を懸念し
神社から遠く離れたタブロス市に在住しています。


ロア・ディヒラー(クレドリック)
  (どうなってもクレドリックが起こしてくれるから大丈夫。・・・言わないけどね)

眠った後見る夢は可愛い服やお菓子に囲まれている夢。
最初は服やお菓子に目を輝かせて喜んでたけど、一人じゃ楽しくない。
クレドリックのことを思い出す。
思い出したらクレドリックの後姿。(偽者)
声をかけようとしたら、何故か後ろからクレちゃんが。
あれ、さっきの人違い・・・?
クレちゃんが取り乱してる所初めて見た。ど、どうしたの?私ちゃんといるじゃん。起きろって何言ってるの?

くくクレドリックがこんなことするわけないいっ!これは夢だー!

(起きた後)そういえば夢に入るためには頬に口づけ・・・ゆ、夢じゃなかった・・・
クレちゃん大げさ喜びすぎ


フィオナ・ローワン(クルセイド)
  神人として覚醒する前の夢を見ています
旅芸人の一座「オラクル座」の一員として
色々な街を訪れ、或は舞い、或は歌を披露する日々
時折楽団に混じってリュートを弾いたりもしています

常に旅の空にあり
然程、贅沢をできるわけではないけれど
時折、ちょっとした諍いがあったり
その末に仲直りしたり
お客様たちの反応で一喜一憂したり
そういった、平凡と言えば平凡な日常

町に住んでいる人からすれば、
旅から旅を重ねている、私たちなどは
浮ついている、と言われるかもしれないけれど…

けれど。夢の中に、異質なもの―?
ソレ、が、なにか、判った時
夢が、崩れて――

私はまた、一人に、なってしまうのでしょうか?


エリナ=スペトリク(アルヴィス)
  <バス>
男の子…無事だったら良いんですけど…

<森>
 想像以上に狭いですねっ
へっ? トランスですか? 覚えてますよ? 「ハーミットの迷い」
 男の子…ですね
妖精ってあの子ですか?
…ふわぁあ…(あくび)

<夢>
「誰?」
あなたは…?(アルヴィスに酷似。ディアボロの子供)
「アルヴィス」
え…
「おれの名前」
エリナ、です
「えりな、こっち来て。話ししたい」

アル、くん?
夢…?(首を傾げる)
 …そうだ、これは…!
アルヴィスくん。行かないと…のんびりしてる暇無いんです
はいっ…!



目が覚めた子供に「一人で森に入っちゃダメ。危ないですから、ね?」と一声


帰り
…どんなに夢が幸せでも、現実が幸せじゃないと意味ないんですね…


●幸せな悪夢への招待状
「男の子……無事だったら良いんですけど……」
「くふぁあ……」
森を行きながら心配顔で零したエリナ=スペトリクの隣で、アルヴィスは大きな欠伸を漏らす。もう! とエリナは唇を尖らせた。
「アルくんったら……。それにしてもこの森、想像以上に狭いですねっ」
「どんな想像……つか、狭いってなんだよ」
テメーはどんな大森林を冒険するつもりだったんだと呆れ顔でエリナを見やったアルヴィスは、ふと、
「……スペル、覚えてるか」
思い出したように、相棒へと問うた。きょとんとするエリナ。
「へっ? 」
「念の為にトランスしとくぞ」
「トランスですか?  大丈夫です、スペル、覚えてますよ」
応えて、エリナは『ハーミットの迷い』と言葉を零し、アルヴィスの頬に口づけひとつ。風が吹き、2人の足元が淡く凍って、さあと溶けた。と。
「あ!」
誰ともなく声が上がる。一行の視線の先には、木にもたれかかるようにして眠る少年の姿。
「見つけたならさっさと行くぞ」
『夢喰い』の登場を懸念してかアルヴィスが急かすも。一同の頭上に、透き通った羽の煌めきがちらつく。その姿を、アルヴィスの赤の瞳が捉えた。
「コイツが……?」
「わ、妖精ってあの子ですか? ……ふわぁあ」
欠伸を零したエリナの足元が、ふらつく。『夢喰い』がくすくすきゃらきゃらと笑った。
「エリナ?!」
意識を失う相棒を抱き留めて、アルヴィスは呼ぶもエリナは目を開かない。見れば、他の神人たちも同様の状態のようだった。目線を、腕の中の相棒へと戻すアルヴィス。
「頬にキスすれば、良いんだったよな……」
迷いなく、アルヴィスはエリナの夢の中へととび込んだ。

気づけばエリナは、知らない場所に立っていた。見回すも、不思議なことに辺りの風景はぼんやりと滲んでいて、自分がどんなところにいるのかさえ判然としない。
(ここは……どこでしょうか?)
エリナは深く首を傾げた。と。
「――誰?」
背後から響いた、幼い声。振り向けば、そこにはいつの間にか男の子の姿。
「あなたは……」
思わず、問う。男の子は、彼女のパートナーであるアルヴィスによく似ていた。面差しも、頭に生えたディアボロの角も。
「アルヴィス」
その口からとび出した言葉に、エリナは僅か目を見開いた。
「え……」
「おれの名前」
「えと、私はエリナ、です」
「えりな、こっち来て。話ししたい」
エリナがその後に続こうとしたその時。
「エリナッ!」
別の声が、エリナを呼んだ。振り返る。
「アル、くん?」
そこに立っていたのは、エリナを追ってきたアルヴィスだった。思わず彼の元へ駆け寄ろうとするエリナの服の裾を、男の子がぎゅっと掴む。
「えりな、行かないで」
小さな男の子に縋りつかれ、戸惑うエリナ。アルヴィスは自分によく似た少年の姿に驚いたようだったが――すぐに調子を取り戻してエリナの腕をぐいと掴んだ。
「……ガキ、コイツは俺の契約者だ」
鋭く言うも、男の子はエリナのことを放さない。エリナも、男の子を、夢の化身を振り払えない。アルヴィスは、エリナの肩に手を置き、やや乱暴に揺さぶった。
「エリナ、これは夢だ。目ェ覚ませ!」
「夢……?」
エリナが首を傾げる。
「契約する前言ったよな? 『困ってる人間を助けたい』って。だったらのろのろしてる暇ねェだろ!」
「! ……そうだ、これは……!」
エリナの瞳に、輝きが灯った。そしてエリナは、男の子へと視線を遣る。
「アルヴィスくん。私、行かないと……のんびりしてる暇、無いんです」
「……行くぞ」
「はいっ……!」
そしてエリナは、妖精の夢から覚める魔法の呪文を口にした。
「これは、夢!」
瞬間、世界が解けるようにして消えていく。離れ離れになってしまわないよう、2人は自然手を繋いだ。揺らいでいく世界の中、謎の男の子はただじぃっとエリナのことを見つめていた。

●旅の空貴方の温もり
「さあさあどうぞ、一時の夢の世界へ!」
口上が終われば、旅の一座『オラクル座』の公演の始まりだ。『オラクル座』の一員として一座の仲間と共に色々の町を旅するフィオナ・ローワンは、今日はとある町で人々の耳を目を楽しませていた。くるりと舞えば歓声が起こり、歌を零せば人々の顔が輝く。楽団に混じってリュートを爪弾くその手の甲には、神人の印はない。
(――フィオナは顕現する前の夢を見ているようだ)
フィオナを追って夢の世界へとやってきたクルセイドは、客のひとりとしてその公演を眺めていた。フィオナが顕現した際には一座の斥候を務めていたクルセイドだが、夢の世界には彼の居場所はなかった。
(恐らくは、彼女の幸福な夢の中で私の存在が異質なモノだからだろう)
自分の存在を自覚すれば、彼女の夢は崩れてしまうだろうとクルセイドは思う。けれど。
(フィオナを、このまま夢の中に閉じ込めてはおけない)
それが例え、彼女を悲しませる答えだとしても。複雑な思いで、クルセイドは華やかな公演が終わるのを待った。

本日の興行も無事終了。贅沢とは言えないけれど温かで美味しい夕食を一座の仲間たちと囲みながら、フィオナは空を見上げた。夕日の赤がたなびく雲を朱に染めている。旅をしながら見る空は、フィオナに色んな姿を見せてくれる。そのうちに一行の話題は今日の公演のこととなり、今日はお客様の反応が良かったと皆で笑い合った。時には一座の者同士で諍いが起こることもあるけれど、最後はいつも仲直りだ。平凡だけれど、幸せな日常。と。
(あれ……?)
食事を囲むフィオナたちを、遠くから見つめる人影がある。瑠璃色の長い髪に、同じ色の瞳。ばちりと合ってしまった目を、フィオナは思わず逸らした。
(あの人は……誰? 知っている気がするけれど……)
――思い出してしまったら、もう戻れなくなるような。
「フィオナ!」
一座の子どもが、フィオナのことを呼んで。フィオナはまた、幸せな輪の中に戻った。

(目が合ったが……私のことを、思い出さなかったな……)
クルセイドは近くの木に背を預け、ため息を零した。神人として顕現し、オーガの標的となって一座に居られなくなったフィオナ。最初こそ、「戻る場所なんてどこにもない」だとか「もう、ひとりきり」だなんて、塞ぎ込んでいたけれど。
(――私との契約後には、覚悟が出来たと思ったのだが……)
「あの……」
思考の世界に沈んでいたクルセイドを、耳慣れた声が引き戻す。声の方を振り向き、クルセイドは目を見開いた。
「フィオナ……?」
「……やっぱり、私のことを知っているんですね……」
何故だかあなたのことが気になって、とフィオナは戸惑いがちに微笑んでみせて。そんなフィオナに、クルセイドは伝えるべき言葉を伝える。
「フィオナ。ここはお前の居場所じゃない」
「どういう意味、ですか……? それは……町に住んでいる人からすれば、旅から旅を重ねている私たちなどは、浮ついて見えるのかもしれないけれど……」
「そうじゃない。フィオナ、ここにあったものを思い出せ」
強張るフィオナの左手を、クルセイドは取った。そこにあるべきものは、神人の文様。フィオナの『今』の象徴。それが、クルセイドの声に呼応したかのようにその手の甲に浮かび上がる。
「あ……」
それは、夢の中に突如現れた、異質。その意味を悟り目の前の男の存在を思い出した時、夢の世界は、フィオナとクルセイドだけを残して瓦解する。闇が、世界を覆った。
「……私はまた、ひとりに、なってしまうのでしょうか?」
フィオナの声が、暗い暗い闇に響く。クルセイドは、その両腕でそっと彼女を掻き抱いた。
「ひとりではない、私が傍にいる」
静かなその声に包まれて、フィオナは小さく魔法の言葉を口にする。
「これは、夢」
世界に、光が差した。

●幸せな魔法が解けるまで
「お父さんお母さん、いってきまーす!」
父と母に元気よく挨拶をして、ニーナ・ルアルディは家の外へと一歩踏み出した。朝の日差しと涼やかな風が心地良い。今日も、農家の朝がやってきた。
「今日はあっちの畑の様子を見にいかないと……」
大きな荷物を手に道を行くニーナの姿を見留めて、現実世界のニーナに口づけひとつ、彼女の夢の世界へとやってきたグレン・カーヴェルは顎に手をやる。
「ふぅん……なるほどね」
ニーナの夢はとてもわかりやすいものだった。死んでしまったはずの両親が生きている世界、いつまでも続く平和な日常。ニーナの幸せそうな表情を見やり、グレンは髪をぐしゃりとかき上げた。
「……眠っていられるのも面倒だ、とっとと連れ戻すか」
優しい言葉の1つか2つでもかければすぐに気付くだろ、とグレンはニーナの前へと姿を現わす。グレンに気付いたニーナが、にっこりとした。
「あ、グレン、おはようございまーす」
「……おい。それ、重いだろ。貸せ。持ってやる」
言って、グレンはニーナの手から荷物を受け取る。ニーナが目を丸くした。
「え、あ、あの……?」
「あー、まあ、その……心配、だからな」
「心配……?」
ニーナが、小首を傾げる。
(これできっと、『夢です! でなきゃ明日きっと大雪です!』とか何とか騒ぐだろ)
彼女にこれは夢だと気づかせるための思いつきを実践してみたグレンだが、自分で自分の言動の気持ち悪さに僅か身震いがした。けれど、これでニーナも我に返るだろう。と。
「どうしたんですか急に。でも、ありがとうございます!」
ふふりと笑み零すニーナ。能天気なその反応に、グレンは痛む頭を抑えた。
(しまった、こいつの天然を甘く見ていた……!)
ぐったりとするグレンの横をすり抜けて、ニーナは軽やかな足取りでまた道を歩き始める。
「あ、おいこら先行くな馬鹿!」
後を追う、その道はどこまでも続いているように思えて。どこまで行く気だ? とグレンが思い始めた頃、辿り着いたのは――。
(ここはこいつの実家の畑……か?)
思案するグレンに、視線は畑へと遣ったままでニーナが明るく話しかける。
「畑で朝御飯一緒に食べませんか? お母さんが多めにサンドイッチ作ってくれたんです。あ、そうだ。今日は一緒に何します? 私は森に行って……」
つらつらと話し続けるニーナ。今日はこいつ妙によく喋るな、と呆れかけて、けれどグレンは、ニーナが何かを誤魔化す時の癖に思い当たった。
「――おい、ニーナ」
「……何ですか、グレン?」
ニーナはグレンの方を振り返らない。
「今日は苺狩りにも釣りにも野菜の競りにも行かねぇ。もう、気付いてるんだろ?」
言えば、ようやっとニーナはグレンの方へと顔を向け、ふにゃりと笑った。
「……はい、本当は気付いてるんです。グレンが最初に声かけてくれた時から、何となく」
「ったく……あの時は脱力したぞ。ここまで鈍いのか、ってな」
「流石の私でもあれは気付きます!」
唇を尖らせて言い返し、「でも」とニーナは目を伏せる。
「両親やグレンのいるここから、離れたくなくて……」
「……それでも、ずっとここにはいられない」
帰るぞ、とグレンは言った。こくりとニーナが頷く。
「……あの」
遠慮がちな、ニーナの声。
「差し支えなければ、行く前に泣いてもいいですか?」
『帰ってから』だと、目赤くなっちゃいますし、と冗談めかして笑ってみせる相棒に、グレンは「5分だけ待つ」と短く答えた。背を向ければ、耳に届くのは押し殺したような嗚咽。
「……終わったら、いつまでも寝てないでさっさと帰るぞ」
自分たちの在るべき場所へ。思いつつ、グレンは幸福な、消えるのを待つだけの夢の世界に、改めて視線を遣った。

●貴方のことが必要なのです
「ロア……?」
妖精の羽が煌めくや否や、半ば倒れるようにして意識を失ったパートナーの名を、震える声でクレドリックは呼ぶ。返事はない。死んだように眠るロア・ディヒラーの姿は、彼に両親が死んだ時の姿を思い起こさせた。
「……いや、だ……」
その顔に恐怖の色を張り付けて、クレドリックは引き攣る声で零す。
「そんなのは嫌だ、嫌だ、嫌だ……」
うわ言のように繰り返しながら、クレドリックは力の抜けたロアの身体を抱き締めた。仄か温もりが伝わってくる。その温度が、クレドリックに僅か判断力を取り戻させた。
「……ロアはまだ生きている」
口にした言葉が、彼に一筋の希望を与える。
「そうだ、眠っているだけだ。ロアを起こさねば……」
そしてクレドリックは、昏々と眠るロアの頬へと口づけを落とした。

「わぁ……!」
気づくと、ロアはとても素敵な場所にいた。辺り一面のとびきり可愛い洋服は、全部ロアの物。目を輝かせて一歩足を踏み出せば、靴が鳴らしたのはチョコレートでできた床だった。ロアがいるのは、とんでもなく大きなお菓子のお屋敷の中。目に留まったドレスにそっと触れれば、光の波がロアを包み、次の瞬間にはロアはふんわり愛らしいドレス姿に。
「すごい! 素敵!」
笑み零してくるりと舞えば、ドレスの裾がひらりと揺れる。お気に入りのドレスを身に纏い、ロアは屋敷の中を散策して回った。摘まみ食いしたお菓子はどれも頬が落ちそうなほど美味しくて。でも。
(何だろ。ひとりじゃ、楽しくない)
自然脳裏に浮かんだのは、パートナーの姿だった。瞬間、クッキーでできた扉の近くに、クレドリックの後姿がふわりと現れる。
(クレドリック!)
扉の向こうに消えようとするその背中をロアは追おうとした。と。
「それは私ではないっ」
耳慣れた声が、背後から響いた。驚き振り返れば、そこにはクレドリックその人が立っていて。
「あれ、さっきのは人違い……?」
扉の方に目を遣るも、もうそこには誰もいなかった。
「ロア、行かないで私を見てくれ」
後から現れた方のクレドリックが、強い力でロアの両肩を掴む。その手が震えていた。銀の瞳に映るのは、狼狽の色と不思議そうに彼を見つめる自分の顔。
「君が永遠に目覚めなかったら、私はどうすればいい? ……置いていかないでくれたまえ。どうか、目を覚まして」
「ど、どうしたの? 私ちゃんといるじゃん。起きろって何言ってるの?」
縋るようなその声の響きに、少なからずロアも混乱する。クレドリックが取り乱すところを、ロアは初めて見たのだった。けれど、ロアはこれが夢だとはまだ気づかない。
「そう、だ……夢の中に入る込む方法を夢で試せば、あるいは……」
「クレちゃん? 何言って……」
ロアの言葉が、最後まで紡がれることはなかった。クレドリックの唇が、そっとロアの頬に触れた、そのために。
「く……く……」
「……ロア?」
「クレドリックがこんなことするわけないいっ! これは夢だー!」
真っ赤になってロアが叫べば、夢の世界は呆気なくその形を失った。

次に気づいた時には、ロアはクレドリックの腕の中。
「あれ? 私……」
「……ロア。ロアが、目を覚ました……!」
クレドリックにぎゅうと抱き締められながら、ロアはやっと現状を把握する。
(って、そういえば夢に入るためには頬に口づけ……ゆ、夢じゃなかった……!)
夢の中での出来事を思い出せば、頬が火照るのを感じた。しかし、それにしても。
「クレちゃん大袈裟。喜びすぎ」
苦笑して、ロアは自分に抱きついたまま離れないクレドリックの背をぽんぽんと優しく叩いてやった。
(……怖くは、なかったな。どうなってもクレドリックが起こしてくれるから大丈夫って思ってたし)
言わないけどねと目元を柔らかくするロアを未だ抱きしめたままで、クレドリックはふと思う。
(そういえば……夢に私がいたということは、ロアの幸せに私も必要とされているということかね)
そのことを思うと、恐怖に縮んでいた胸がふんわりと温かくなるような心地がするのだった。

●繋いだ手の温もりは
「幸せな悪夢って何なんだろう……」
僅か微笑んでいるようにさえ見える安からな表情をして、手屋 笹は小さく寝息を立てている。そんな彼女を腕に抱いて、カガヤ・アクショアはふと思った。けれど、思案に耽ってばかりもいられない。
「緊張するな……でも、思い切って!」
えいっ! とカガヤは笹の頬へと口づけを落とす。目眩がして、そのままカガヤも、笹の夢の世界へと吸い込まれていく――。

次に気が付くと、カガヤは神社の境内に立っていた。見れば、少し離れたところ、神社の中心と思しき場所に人だかりができている。耳に届くのは、どこまでも優雅で清浄な神楽歌。その旋律に惹かれるようにして、カガヤは人だかりに近づきその向こうをそっと覗いた。1人の女性が、神楽舞を舞っている。重厚でいて軽やかな。矛盾さえ孕んだ優美な舞いは、どこまでも厳かだ。周りの人々と同じようにカガヤも暫しその舞いに見惚れ――ついと面を上げた巫女の顔を見た途端、目を見開いた。
(! 笹ちゃん居た! って、え、小さくない!?)
目の前にいるのが笹だとカガヤには確かにわかったけれど、夢の中の笹は、現実の笹よりも背が高く、顔立ちも大人びている。やがて舞いを終えた笹は、幸せそうに微笑んだ。零されるのは、蕩けるような極上の笑み。けれど。
「……なんか、違う気がする」
カガヤは人波をかき分け、舞台上へとひょいと上がった。笹が、驚きに目を丸くする。
「笹ちゃん!」
名を呼べば、笹の顔に戸惑いが過ぎった。
「どなた、ですか……?」
「俺のこと忘れてるのか……」
カガヤは、笹の手を取った。びくりと震える笹の手。
「聞いて。巫女になりたかったのかもしれないけど、今の笹ちゃんは……ウィンクルムで俺の神人なんだよ……」
「嫌……何のことですか、聞きたくない!!」
言うや、笹はカガヤの手を振り払った。そうして自らの手で自身の耳を塞ぐ。何も聞こえないように。この夢の中では、『現実』は幸せを蝕む猛毒だ。
「わたくしが神人? そんなはず……ありません……! わたくしはこの神社の巫女、ここがわたくしの家……」
自分に言い聞かせるように呟かれた声も、痛いほどに耳を抑える手も痛々しいほどに震えていた。顔からは血の気が引いている。そんな笹をカガヤはぎゅうと抱き締めた。
(伝わるかわからないけど、俺の存在が夢じゃないって気づいてもらえれば……)
それに、こんな痛々しい様子の笹を放ってはおけるはずがない。笹は目を大きく見開き、自らの耳からその両手を静かに離した。
「帰ってきて笹ちゃん。俺の我侭だけど折角出会って一緒に思い出作って……なのに忘れられちゃうのは、ちょっと寂しいから……」
零すのは、心底からの想い。笹が、口を開いた。未だ不安定に震える声で、言う。
「そう……これは夢……ですのね。……わたくしがこんなに……お姉様のような姿しているわけがありませんわ……」
夢から覚める直前、笹はカガヤの緑の瞳に映る己を見た。姉のものを模したような、その顔を。

目覚めれば、そこは森の中だ。神社はない。平穏な生活もない。けれどそこには、カガヤがいた。
「笹ちゃん! よかった、俺たち戻ってきたんだな」
大丈夫? と自分を助け起こすカガヤに、笹は小さく零した。
「目覚めたのはよいのですが……何故でしょう、わたくし……とても悲しいのです……」
「悲しい……か……」
俯く笹の言葉を、カガヤが繰り返す。そしてカガヤは、笹の手をそっと握った。繋がる手、伝わる温もり。
(こうしていよう。笹ちゃんが落ち着くまで、ずっと)
そうして手を繋いだまま、2人はしばらくの間互いの温度だけをその手のひらに感じていた。

●幸せな悪夢からの帰還
「ひとりで森に入っちゃダメ。危ないですから、ね?」
全員が夢の世界から帰還し落ち着いて後、エリナは未だ眠っている少年の頭をそっと撫でた。その姿を見て、アルヴィスはこれがエリナの優しさかとぼんやりと思う。
「……どんなに夢が幸せでも、現実が幸せじゃないと意味ないんですね……」
次いで零されたエリナの言葉にアルヴィスは少し思案し、「そうかもな」と短く返した。森が、さわさわと揺れる。
「帰ろうか」
と零されたのは誰の言葉だったか。一同は眠ったままの少年を連れ、森を後にするのだった。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 冒険
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 07月07日
出発日 07月18日 00:00
予定納品日 07月28日

参加者

会議室

  • [5]ロア・ディヒラー

    2014/07/12-01:38 

    クレドリック:

    ・・・遅くなった、クレドリックだ宜しく。
    神人はロア・ディヒラーという。

    子供の救出はさほど問題なさそうだが・・・ロアが目を覚まさなくなるとしたら耐えられない、救出方法を熟考せねばな・・・。

  • [4]フィオナ・ローワン

    2014/07/11-11:25 

    クルセイド:

    クルセイドだ。よしなに。
    そして、此方はフィオナ。契約者だな。

    ――まぁ、こういうこともあるだろう。
    先ずは子供の確保をしてから。
    眠り姫を起こしに行くとしよう。

  • [3]ニーナ・ルアルディ

    2014/07/11-10:44 

    グレン:

    グレンだ、あとこっちのはニーナ。
    テキトによろしく頼むわ。

    それにしてももっとマシな入り方はなかったのかよ…
    まあずっと寝てられても困るのはこっちだ、
    さっさと叩き起こしに行くとするか。

  • [2]エリナ=スペトリク

    2014/07/11-08:50 

    アルヴィス:

    アルヴィス。
    エリー…エリナは契約者。……宜しく。

    契約早々こんな目に遭うか? フツー。
    子供の救出はともかく、アイツも助けねェといけねェんだよな…。
    お騒がせお嬢サマかアイツ。

  • [1]手屋 笹

    2014/07/10-01:18 

    カガヤ
    「手屋 笹ちゃんの契約精霊、カガヤ・アクショアだよ。
    一緒の人はよろしくな!

    子供らの救出はさくっと入れておくとして…
    さて笹ちゃんをどう助けたものか…」


PAGE TOP