プロローグ
その部屋は一風変わっていた。いや、部屋自体は普通のオフィスビルの一室だ。ただ、中の様子が違う。
窓には厚い遮光カーテン、部屋の明かりはついてはいるが、外の光は入らない。
中央の丸いテーブルに置かれた切り出したままの水晶は、赤いテーブルクロスの上に置かれている。
光の動きもないのに、キラキラ輝く透明な石。
それを囲むように円状に、木製の椅子がいくつか並んでいる。
「やっぱり私は、この恋愛小説がいいと思うわ。会社をいくつも経営する素敵な彼が、私を迎えに来てくれるのよ」
「俺はこの冒険小説がいいな。人が訪れたことない神秘の山の洞窟を、探検するんだ。最後に見つけるのは宝の山か、それとも意味のないガラクタか、それは行ってみないとわからない」
「僕はこの推理小説がいいと思う。湖に面した古い別荘で、人が次々と消えて行くんだ。犯人は大学教授の線が濃厚だけど、猟師の可能性も捨てがたい」
「わたしはこのファンタジー小説がいいです。ユニコーンに乗った剣士と冒険をするんですよ。私は魔法使いなんです」
四人の主張をうなずきながら聞いていた男が立ちあがる。
「どれも素敵な本ですね、みなさん」
「ええ」
「ああ」
「うん」
「はい」
四人がそれぞれ返事をする。
「それで、私たちはどうしたらこの本に入れるの?」
「簡単ですよ」
男は言った。
「あなた方は体を楽にして、目を閉じるだけです。あとは私が導きましょう。あなたの夢の世界へ――」
※
ストレス解消のための催眠療法がはやり出したのは、ごく最近のことだった。
日常では叶えられない愛の世界、冒険の旅等々。
題材は、各々が希望する本の世界だ。
夢の中で何がおこっても、日常生活には何ら影響がない。
心配もなく、危険もないその世界に身を投じ、物語を感じることで、心の疲れをいやすことができると言われている。
椅子に座ったまま脱力し、うっとり目を閉じた参加者を見、男は満足げに微笑んだ。
「現実には厳しいこともありますからね。一時でも、逃れられたら、幸せだと思うのですよ。逃れることも、休憩をとりたいと思うことも、悪いことではありませんからね」
解説
男の催眠の力で、あなたは本の世界を夢見ることができます。
催眠療法の参加費は、ウィンクルムペアで700ジュール。
二人で一冊の本を選んでください。
リザルトノベルでは、小説のワンシーンを体験することができます。
恋愛小説、冒険小説など好きな小説のジャンルと『こんな感じのシーン』とお書きください。
たとえば、恋愛小説で、二人で乗馬をしている。
冒険小説で滝壺にかかる綱の橋を、二人で渡る などというような感じです。
希望に応じて服装や台詞などもご記入ください。
要は劇中劇のようなものです。
夢見ている間の記憶はばっちり残りますので、あとからパートナーと気まずくならないようなシーンを選んでくださいね。
ゲームマスターより
本が好きなプレイヤーさん、神人さん、精霊さん。
本の世界に入ってみませんか?
シリアス、コメディ、ハートフル、なんでもありです。
あなたがあなたの神人さんと精霊さんに演じて欲しいシーンを書いてください。
夢を見るのは二人だけです。
各ウィンクルムはNPC(催眠術をかける男)以外とは、基本的には絡みません。
あ、四人で一つの夢をなども可能です。その場合はみなさんで検討し、話を合わせてプランの執筆をお願いします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
◆もっとも危ないウィンクルム ◆設定 2人共特命刑事 今まさに麻薬取引現場を押えた所 首謀者とその側近を追跡して逮捕しようとするシーン 舞台は廃棄遊園地 セ:なんてベタで安直な舞台設定なんだ 愛用のマグナムを片手で連射し追跡劇 セ:片手で打ったら肩が壊れるだろ…どこのなんちゃってマグナムだよorz 突っ込む前に楽しもうぜと言われたら吹っ切るよ(汗 セ:さあ、観念するんだな と、建物の影に何かが光る ボスの逃亡を幇助するための狙撃だと一瞬早く気付いた俺は… ランスを庇って押し倒しつつ狙撃者へ一発 ほぼ同時にランスの弾がボスの脚を打ち抜く 仲間が到着し犯罪者を逮捕 ランスは俺の怪我を心配 セ:掠り傷だ。問題無い そしたらランスが…! |
セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
話題らしいよ。好きな本はたくさんあるけれど 旅行記は実際行きたいし、サスペンスは本まで血をみたくないし、恋愛は素敵だけど体験となると別物だし お勧めない? あれ、意外 セラ■魔法使い タイガ■長身の魔法剣士(願望 光をバックに、別人のタイガに一瞬戸惑い 手をひかれ脱出 ああ、終ったんだ。帰ろう 竜!?目覚めたんだね。いいのって…!(手を引くのに苦笑 タイガの背にしがみ付き飛び 反動に目をつぶり、朝日に輝く世界に息をのむ っすごい…凍った大地がとけて、世界はこんなにも綺麗だったんだ 家からは煙があがって手をふって この主人公達が取り戻した世界だけれど……僕らの世界にもこんな素敵が、待っているのかな うん。きてよかった…(ぎゅ |
俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
熱心に読書してたと思ったらそういうことか! 設定: 戦記物ロマンスのクライマックス手前 悪の帝国との決戦前夜 姫とテラスで語り合う 騎士風の鎧マント姿 ネカ…じゃねえ、姫さん 明日の戦いが終わったらお前に言いたいことが…ってオイ!? お前お姫様だろ!?物騒な上に攻めすぎ… いやいいけど、それがお前だもんな じゃあ姫さん今日はゆっくり休めよ、おやすみの抱擁 …ってあれ、なんで俺の方が抱きしめられて… その後ネカット姫の超絶すげえ魔法で帝国を薙ぎ払い 騎士は花婿として姫に奪われました メデタシメデタシ(超ダイジェスト 俺の知ってる戦記物と違う それにお前の好意が冗談か本気か分からねえ こっちとしても応えようが…振り回されてんな、俺 |
城 紅月(レオン・ラーセレナ)
「ねぇ、本の中に入ってみる?」 俺の事知ってもらえたらなって… すごく嬉しそうなレオンの笑顔が見れない。恥ずかしい。 どうしよう、怖い。俺…どうにかなりそうだよ。 童話集の夢の中で、俺はランタンに映る幻の人物になってる。 誰かが来るのを待って、スープを作るんだ。 食器も用意して、テーブルクロスに刺繍もして。 ランタンが燈される度、愛しい人を待つ姿が映る。 何回も繰り返したら、レオンが来た。 走って行って抱きしめるんだ。もう離れないって。 夢が醒めたら、涙が止まらない。 花火を見ながら二胡を俺が弾いたあの日の、俺たちの姿がフラッシュバックして。 この気持ちの何なのか。怖くて…まだ夢の中ならいいのに。醒めなければいいのに |
●輝く世界に、君を連れて
「催眠療法で体験か~」
なるほどねえ、と火山 タイガは感嘆の声を上げた。
「話題らしいよ。僕、好きな本はたくさんあるけれど……」
セラフィム・ロイスはふむと腕を組む。
「旅行記は実際行きたいし、サスペンスは本でまで血を見たくないし、恋愛は素敵だけど、体験となると別物だし……」
熟考し、見やるは、相棒タイガである。
「お勧めない?」
タイガはにやりと笑うと、自分の荷物の中から一冊の分厚い本を取り出した。
「オレらはこれ! 冒険小説、お気に入りなんだ!」
※
タイガの剣から放たれた魔法は、一条の光となって氷の城を突き抜けた。
魔王が消滅する。周囲に満ちる冷気がほどけ、氷の城が瓦解する。
「セラ、オレたちやったんだ!」
振り返ったタイガに、セラは動揺を隠せない。今目の前にいるタイガは、いつもとはまるで別人だったからだ。幼さが消えた精悍な顔。たくましい長身が、崩れる壁から差し込む光をバックに、セラを見下ろしている。
「……タイガ?」
「そうだ、セラ、俺だよ!」
タイガは微笑み、セラに手を差し出した。迷いつつも、セラはそっと手を伸ばす。
「城が崩れるぞ、走れ!」
玉座の間から城門を目指し、二人は手をつないだままひた走った。
倒れ掛かる氷の巨像の間をすり抜けて、崩れる柱をぎりぎりのところで避ける。一本、二本、三本……走る二人を追うように、背後から柱が倒れてくる。
「待って、タイガ……!」
「だめだ、巻き込まれる!」
遅れがちなセラの手を、タイガが強く引く。セラの後ろで、四本目の柱が崩れた。その轟音にセラは振り返り……ミシリ、と何かがきしむ音を聞いた。
「この音って……」
「やばいっ!」
タイガは叫んだ。これだけの数の柱が倒れれば、支えを失った天井が落ちるのは道理だ。どうしてそれに気付かなかった。間に合わない。セラを守れるか……!
セラを半ば抱えるようにして、なんとか前へと走り出す。止まっていれば、巻き込まれる。進むしかない。でも、ああ、行けるだろうか。
その時だった。二人の目の前に、かつても出会った金色の竜が現れたのは。
「竜!? 目覚めたんだね!」
今にも落ちそうな天井の下で、セラが破顔する。
「乗りなさい」
竜は言った。森の奥の湖水を思わせる思慮深いまなざしが、二人を見下ろしていた。
固い竜の背中の上で、セラはタイガの背にしがみ付いていた。ごおごおと鳴る風に、全身が包まれている。
「セラ、目を開けて」
タイガに言われ、セラは閉じたままだったまぶたを持ち上げた。瞳に飛び込んできたのは、朝日に輝く世界だ。魔王の死と同時に、生まれかわった世界。その美しさに、セラは息を飲む。
空中庭園や近代都市、そしてなにもない辺境の地。すべてが光に満ちていた。さっきまでの氷に覆われた、陰うつとした闇はもうない。今セラたちの傍らには鳥が飛び、海では魚が泳いでいる。
「すごい……凍った大地が溶けて、世界はこんなにも綺麗だったんだ」
町では家々の煙突から、煙が上がっていた。人々が空を見上げ、竜に、タイガに、セラに手を振っている。
「これはこの本の主人公たちが取り戻した世界だけれど……僕らの世界にもこんな素敵が、待っているのかな」
セラの言葉にタイガが振り返る。
「ああ! 今見てる世界だけじゃない。本物の世界でもきっとある! 俺、セラに『見せてやる』って言ったろ? 二人で一緒に、また違う世界を見ような!」
タイガの金色の髪が、風になびいて揺れている。容姿の変わった彼に最初は戸惑ったけれど、今はもう大切な相棒以外には見えない。
「来てよかった……」
タイガの手に、今度は自分から触れる。あたたかい。
「さ、じゃ、急降下いっくぞ~! 竜、一気に下降っ!」
「うわっ、タイガ、待って待って、ちょっとすごいスピードだよっ」
セラはタイガに、ぎゅうっと思いきり抱きついた。タイガが大きな声で笑いだす。竜は彼らを送る地の、ぎりぎりまで下降を続けた。
●赤いドレスのお転婆姫
「私、どうしても体験してみたい本があるんです。シュン、付き合ってくださいね」
ネカット・グラキエスの笑顔に、俊・ブルックスははたと手を打った。
今日は相棒が、ばかにおとなしいと思っていたのだが。
「さっきから熱心に読書してたと思ったら、そういうことか!」
※
屋敷のテラスから見上げる空には、満天の星が輝いている。星と眼前の美姫だけを見るのならば、ここは平和そのものだ。しかし明日の朝には、決戦が待ち受けている。シュンは行かねばならない。
騎士の鎧を着、マントをまとったシュンは、姫の手をとった。
「ネカ……じゃねえ、姫さん。明日の戦いが終わったらお前に言いたいことが……ってオイ!?」
シュンは目を見開いた。赤いドレスに身を包み、楚々とうつむいていた姫が、突如シュンの肩をがしりとつかんだからだ。
「シュン、いつも守ってくれてありがとう。明日は私が、あなたを守ります。だから『終わったら』なんて言わないで。そんな死亡フラグは、私が敵ごとせん滅しますから」
穏やかな笑顔で、ネカもとい姫は、とんでもないことを口にした。
「せん滅って……お前お姫様だろ!? 物騒なうえに攻めすぎ……」
「いいじゃないですか、肉食系なお姫様がいても」
ネカは、小首を傾げた。彼の若草を思わせる瞳は、じっとシュンを見つめている。柔らかな光をともした目だ。せん滅なんて言葉は到底似合わない――。
シュンはふっと笑みをこぼした。
「いやいいけど。それがお前だもんな」
言葉にしたことで、より納得できる。そうだ、これがネカだ。優しくてちょっとばかり戦いが好きな……今は、お姫様。
「……じゃあ姫さん、今日はゆっくり休めよ。お休みの抱擁……」
伸ばした手が抱きしめるより先に、伸ばされた腕に抱き込まれる。
「ってあれ? なんで俺の方が抱きしめられて……」
「シュンが可愛いからいけないんですよ? ……なんてね。そんな驚いた顔しないで。ふふっ、冗談です。今日はこれで許してあげますから」
鼻先が触れるほどの距離での微笑の後、ネカは、シュンを一度だけきつく抱きしめた。騎士のはずなのにマントの上から背中をポンポンと叩かれる。
――そうだ、これがネカだ。シュンはさっきと同じセリフを頭の中で呟き、ネカには聞こえないように、小さく息を吐く。それは騎士になりきれない自分への嘆息か、いつもと変わらないことへの安堵か。それとも、ごく近い距離への……?
さっき感じたのは安堵だったが、今は、シュンにもわからなかった。
そして翌日の戦いに、ネカは昨夜と同じ赤のドレス姿で現れた。しかしもちろん、悲しみにくれることもなければ、恐怖に怯えることもない。
「シュンを傷つけようとする奴は、私が許しません!」
普段も持っている魔法の杖からは、凄まじい光とともに、氷の魔法が飛び出した。遠慮も容赦もまるでない。そう、昨日の言葉通りのせん滅だ。敵を一掃、そこには誰ひとり、チリひとつ残さない。
「さて、これでいいですね」
ネカは爽やかに微笑み、呆然と立ちすくむばかりのシュンの手をとる。
「これで素敵な騎士を花婿にする準備ができました。ね、お城に帰りましょう、騎士様」
※
「あー、楽しかった! とくにラストの魔法は爽快でした。早く実際の任務でもぶっぱなしたいですね。あ、もちろん、シュンとのラブシーンも面白かったですよ」
夢から覚めたネカットは、至極満悦、満足の笑み。俊はその隣で、あからさまに不満の顔だ。
「これ、俺の知ってる戦記物と違う……。それにお前の好意が冗談か本気かわからねえ」
「さあ、どうでしょうね? ただ私はいつでも嘘は言いませんよ」
夢の中と同様に穏やかに笑むネカットに、俊はこの現世界でも息をつく。ちなみに今回はため息である。
「……ったく、これじゃこっちとしても答えようがないだろ」
夢の中、抱きしめられたときの吐息の答えは見えないまま。
もう、考えるのも嫌になってくる。
「どうしました?」
黙り込んでしまった俊にネカットは尋ねてきたが、俊はそれを無視することに決めた。そのまま一人、部屋の外へと歩きだす。
「あー……振り回されてんな、俺」
――けどそれが、嫌じゃないから、困っている。
●もっとも危ないウィンクルム
アキ・セイジとヴェルトール・ランスは、麻薬組織のボスを追って、廃棄された遊園地の中を走っていた。錆びつき、かつての明るさを失ったエンターテイメントの残骸は、不気味な静けさを保っている。そこにボスと、ランスと、セイジ。三人の足音が響く。
「いわゆるバディってやつだな。俺が肉体担当で、セイジが頭脳担当なのかな」
普段は着ないスーツ姿。右手には、慣れないマグナム銃を握っている。自身の衣装と装備を見、ランスは納得する様子だ。しかし、同じ服装、同じ装備の隣のセイジは、走りながら頭を抱えている。
「なんてベタで安直な舞台設定なんだ」
「セイジ、今そういうこと言ってる場合じゃないから!」
銃弾がランスの前をかすめ、二人は慌てて物陰へと身を隠した。
息をひそめ、動かぬ数分。沈黙。足音は聞こえない。男は先へ進んだと判断し、ランスは通路へと飛び出した。
「セイジ、あっちだ!」
示されるまま、セイジは逃げる男の背中にマグナムを連射する。
「……ってこれ、片手で撃ったら肩が壊れるだろ。どこのなんちゃってマグナムだよ」
セイジは銃を覗き込むが、走るランスがセイジを呼んだ。
「突っ込む前に楽しもうぜ、セイジ! ほらほら、敵が逃げる! もっと撃てよ!」
「ああもう、しかたないな!」
セイジはまたも、マグナム銃を構える。流石に夢の中、衝撃もなければ弾切れもない。便利なものだ。
引き金を引く。弾はまるで吸い寄せられるように、敵へと向かって行く。
敵を追い詰めたのは、ジェットコースターの前だった。
「さあ、観念するんだな」
セイジはボスへと銃口を向けた。男も銃を持ってはいるが、既に狙いをつけているセイジの方が、優位である。
「なあ、とりあえず武器奪えばいいよな?」
自分の銃はホルスターの中で、ランスは飛び掛かる気満々だ。確かにいくら犯罪人とはいえ、無駄に血を流すことはあるまい。
そのとき、セイジの視界の片隅にきらりと光るものがあった。
「……なんだ?」
目を凝らす。と、落下型の施設の途中に、人がいるのが見えた。ライフルだ! ボスを助けるためだろう。敵がこちらを狙っている!
「くそっ」
セイジはとっさにランスを押し倒した。ランスの背が地面につくより早く、銃声。ライフルの弾が、セイジの腕をかする。
「セイジ!」
「浅手だ!」
叫びながら体をひねり、セイジが狙うはライフルの男。こんなマグナム銃で届くわけがない。いや、ここは夢だ。届く……できる!
発砲は、二人同時。セイジのほかに、ランスもまた、銃を抜いたのだ。
狙撃成功。男が倒れ、セイジは振り返る。そこには、逃げようとしたところをランスに撃たれたのだろう。足を押さえ、うずくまるボスの姿があった。
「セイジ、腕を見せろ。止血する」
ランスは自身の背広の裏布を裂いた。
「かすり傷だ、問題ない」
「問題ないわけないだろ!」
ランスはセイジを押さえると、問答無用で、セイジの上着を脱がそうとした。しかし途中であることに気付く。セイジは確かに撃たれたはず、しかし血痕がどこにもないのだ。
「……あれ?」
「ほら、平気だろうが! 離せよ」
セイジがランスの腕の中で身もだえする。普段通りの勢いに、ランスは安堵の息をついた。しかし、この密着度である。安心すれば、セイジの体温を意識してしまうのは、ランスにとって仕方がないことで。
抱きしめ首筋に顔を埋めようとして……セイジに頭をはたかれる。
「犯罪者の武装を解除して、逮捕するのが先だろ!」
「ちぇっ」
「後でちゃんとしてやるから……」
そこで二人は、覚醒した。
※
「追跡は緊迫した『静』で、銃撃は『動』。物語の緩急だな」
セイジは満足そうに言ったが、ランスには少々不満が残っている。だから答えず、セイジに背を向けている。
――ったく、なんであそこで目が醒めるんだよ。セイジもセイジだ、あんな爽やかに笑いやがって。
子供じみているとは思う。でも。
「後でって言ったくせに」
期待させやがって、セイジのばか!
そのときランスの背に、ふわりとかぶさってくる人があった。振り返るまでもない。セイジだ。セイジの腕が、ランスの胸に回っている。
「……約束、したからな」
耳元で、セイジの声が聞こえる。
きっとセイジの頬は赤いはず。それが見えないのが残念だけど。
頬に感じる呼気も、背中に触れる布越しの熱も、一言の後の沈黙も。
どれもこれも、セイジが自分にくれたもの。
いつものようにからかうのはやめて、ランスはひっそり微笑んだ。
●ランタンの幻影
「ねえ、本の中に入ってみる?」
城 紅月はレオン・ラーセレナにそう誘いをかけた。
「童話集ですか……」
本当に可愛らしいですねえ、とレオンは微笑する。
その顔を見ていることができなくて、紅月は目をそらした。
まだ付き合いの浅い自分のことを、少しでも知ってもらえたらと思って、声をかけてみた。しかし、嬉しそうなレオンの笑顔を直視することができない。恥ずかしい。
「おや、視線をそらしてどうしましたか? 見つめると、惚れさせますよ?」
視界の隅で、レオンの唇が、ゆっくり動く。
――どうしよう、俺、レオンが怖い。
レオンはただ喋っているだけなのに。俺、どうにかなりそうだよ。
「あぁ、紅月、拗ねないで」
レオンの手が、紅月の頬を撫ぜる。
※
夢の中で、俺はランタンに映る幻の人物になっている。
誰かが来るのを待って、スープを作るんだ。
俺のと、誰かのと。二人分の食器を用意して、テーブルクロスに刺繍もして。
毎日毎日、誰かを待っている。
毎夜、誰かが、俺の姿を見ているはずだ。
だってランタンは、毎日燈されているのだから。
俺からは、ランタンを燈す人は見えない。
でも、誰かがいる。誰かが、ランタンを、見つめている。
俺は毎日スープを作る。
二人分の食器を用意して、テーブルクロスに刺繍をして。
ねえ、誰か。早く。
俺は数えきれないほどの回数スープを作り、たくさんの刺繍をしたよ。
毎日、毎日。訪れない誰かのために。
ランタンを覗き込む、あなたのために。
何回も何回も、俺は俺の日常を繰り返し、そのうちにレオンが来てくれた。
毎夜ランタンをつけて、俺を見つめてくれていたのは君だったんだね。
俺は走っていって、抱きしめるんだ。もう離れないって。
※※
夢の中で、私は旅人から買った、ランタンの幻影の虜になっていました。
火を燈し、ランタンの幻……小さな愛らしい人を見つめる日々。
スープを作る姿。
テーブルに食器を並べる姿。
テーブルクロスに刺繍をする姿。
時々、微笑んだり……悲しんだり。
毎夜、彼は誰かを待っていて、毎夜、誰かは訪れないのです。
私は毎日毎晩、ランタンを燈しては、彼を見つめていました。
そのうちに、私はこの子を知っている気がしてきました。
スープを作り、食器を並べ、テーブルクロスに刺繍をする彼。
飲まれることがなかったスープ。使われなかった食器。真っ白なテーブルクロスは、いつしか刺繍でいっぱいになって。
彼はいつまで待つのでしょう。
彼はなぜ待つのでしょう。
私はどうして、彼を訪ねないのでしょう。こんなに彼を、見つめているのに。
魔法使いに金と海龍の鱗をやり、私はこの姿を捨てようと思いました。
何もいらない、ただ、あの子の隣に座りたいのです。
風のように野をかけて。一番聞きたかったその声を聞くのです。
彼の姿を見ることはできても、声だけは、一度たりとも耳にしたことはありませんでしたから。
※
――夢の中では、ランタンに映る幻の人物だったのに。
紅月は目を覚ました。なぜか涙が止まらない。
……なぜか? 違う。理由はわかっている。あの、ランタンにとらわれた人の心を知ってしまったからだ。
花火を見ながら、二胡を弾いた夜。迎えに来てくれたレオンの姿がフラッシュバックしていた。紅月とレオンの間に、ランタンはない。でもきっと、とらわれているのだ。紅月も、レオンも、互いが、互いに。
――この気持ちが何なのか、わからないのが怖い。……まだ夢の中ならいいのに。醒めなければいいのに。
紅月の瞳から、ボロボロと涙がこぼれる。
「綺麗な涙なんて、罪な人ですね」
レオンの手は紅月の頬を覆い、流れる涙をそっとぬぐった。
「こんなに泣いて……あなたはまだ夢を見ているんですか?」
レオンの唇は、ひどく優しく音を紡ぐ。まるで歌声のように、流れるように。
あなたはランタンの幻のように、囚われの身ではないけれど、私はあなたの虜なのです、と。
「夢を見たままでも構いません。どうか……どうかあなたを、恋人と呼ばせてくれませんか」
紅月は答えずに、泣き続けている。
その涙が、あまりにも静かで、綺麗で。
レオンは紅月に、これ以上手を伸ばせない。
「ねえ、答えて。紅月、あなたの声を聞かせてください」
――ランタンの幻のように、あなたにとらわれている私に、あなたの声を。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月02日 |
出発日 | 07月09日 00:00 |
予定納品日 | 07月19日 |
参加者
会議室
-
2014/07/08-16:18
アキ・セイジだ。
物凄くベタでB級な刑事物のワンシーンの予定。 -
2014/07/07-21:58
こんばんは、城紅月だよ。精霊はレオンね。
俺は童話にしようと思ってる。静かなお話だよ。
俺の方も絡めるところはないみたいだね。
良い夢が見えるといいね(にこっ -
2014/07/07-06:58
ネカット:
はじめまして、シュン…俊・ブルックスの精霊のネカットです。
私、どうしても体験してみたい本があったので、今回のイベントはとても楽しみです。
ちなみに戦記物のワンシーンの予定です。
残念ながら、絡めるような設定はないですかね…
では、お互い良い夢を(微笑) -
2014/07/06-02:32
どうも。セラフィムとタイガだ。
催眠療法で本の中を体験できるときいて、こんな息抜きもいいかなって
タイガの薦めで冒険小説のラストにするつもりだよ
氷の城の魔物を倒して、竜にのって世界を回るらしいけど…どれぐらい再現できるのかな
柄でもないけど楽しみにしている
4人で一つの本に…とかしたい人はいるのだろうか
あ、こちらは特に一緒でも構わない(こちらの本なら)