プロローグ
●触れて花開く蕾
「『幻燈花、という花をご存知でしょうか?』」
尋ねて、「知っている」という声がないのを確認すると、ミラクル・トラベル・カンパニーの青年ツアーコンダクターは、ぱああと顔を明るくした。何だか見るからに嬉しそうだ。
「そっかそっか、知らないか。うん、普通は知らないよな。なんせ、幻の花らしいから」
どうやら、皆にその花のことを話せるのがよっぽど嬉しいらしい。すっかり地を出して喋る青年曰く、幻燈花とは、首都タブロスからほど近いとある森にのみ群生する、不思議な花。ほとんどのものは蕾のままその生を終えるが、人がそっと蕾に触れると、何故かふわりと花開くという。
「それでさ、蕾の時は地味ーな見つけにくい姿なんだけど、触れて咲くとさ、こう、ぼうっと淡く光を放つらしいんだ。夜の闇の中で見ると、それはそれは綺麗なんだって」
それでついた名が、幻燈花。なるほど、その花にふさわしい名前だ。
森は付近の村人たちの管理が行き届いているらしく、魔物などに遭遇する危険はない。夜の森を親しい人と巡り、幻の花にそっと触れてみる。そういうツアーを、ミラクル・トラベル・カンパニーは企画しているらしい。
「おまけに、近くの村に伝わる伝承によると、幻燈花は、蕾の自分を見つけて触れてくれた人の願いを、一つ叶えてくれるんだってさ。自分を花開かせてくれた人に、お礼をするんだとか。だから、幻燈花に触れる時には、願い事を忘れずに」
どうか皆にとって素敵な旅になりますように、と青年は言葉を紡ぎ、ふと、ツアーコンダクターとしての自分の役割を思い出して、
「ええっと、それで、こちらのツアーのお値段はウィンクルムさまお一組につき300ジェールとなっております。不思議な花とその伝え語りに心惹かれたお客さまは、ぜひ」
丁寧な口調で、そう付け加えた。
解説
●今回のツアーについて
パートナーと幻燈花探しを楽しんでいただければと思います。
ツアーのお値段はウィンクルムさまお一組につき300ジェール。
ツアーバスで夕方首都タブロスを出発し、夜の森を目指します。
2時間ほどの自由時間の後、夜行バスでタブロスまで送迎いたします。
●幻燈花について
プロローグに説明のある通りです。
蕾は見つけにくいですが、数が多いので探せば必ず見つかりますのでご安心ください。
願い事をプランにご記入いただきますと、可能な限りリザルトノベルに描写させていただきます。
●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなります。お気をつけくださいませ。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
神人や精霊の皆様の願い事を、不思議な幻の花に願いを乗せていただければと。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せ始めました。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)
触れると咲くなんて不思議な花ですわね どんな花なのかしら…楽しみですわっ サフランはどんな願い事をします? ●植物学使用 森についたら幻燈花を探しに行きましょう 蕾は地味な雰囲気らしいので しっかり見て見落とさないようにしませんと お、お化けなんて出ませんわ! うーサフラン意地悪ですわ…! べ、別に、平気ですけれど サフランが迷子になっては困りますから離れずに歩きます 花を見つけたら願い事をするのを忘れずに、ですわよね 『またサフランと一緒に幻燈花を見られますように』 と願いながら蕾に触れましょう サフランはたまにふっと自然な顔で笑いますわね 自覚はないのでしょうけれど ……うふふ。何だか嬉しいですわ 幻燈花の光のせいかしら |
テレーズ(山吹)
幻の花!素敵ですね、私そういうの大好きです 夜の森って何だかわくわくしますね この暗い先には何があるんだろうって そういえば前もこうして夜の森を歩いた事がありましたね やっぱり山吹さんは頼りになります! 歩きながら蕾を探してみますね それらしきものを見つけたら近寄ってみます これに触ると花開くんですよね 一体どんな花を咲かせるんでしょう あ、願いは一つだけでしたっけ じゃあ一緒に触ってみましょう 勿論2人とも願い事を考えながらですよ ふふ、どちらの願い事が叶っても恨みっこなしですよ あっ、同時に触ることに気をとられて願い事するの忘れてました という事は山吹さんのお願いが叶うんでしょうか? 何を願ったんでしょう 叶うといいなぁ |
ロア・ディヒラー(クレドリック)
心境 願い事をかなえてくれる不思議な花、触れて咲かせたら綺麗なんだろうな。夜の森を散歩っていうのもなんかわくわくする。 クレドリックと一緒に散歩を楽しみながら探す。出来れば2つみつけたい 見つけたら触ろうとするけど、願い事を考えてなかった。なんとなくクレドリックの方を見たら思いついた (・・・クレドリックに笑って欲しいな。いつもみたいな悪人笑いじゃなくて心から。) クレドリックも見つけて花が咲いたらその光景を2人で見つめよう。 あのさ、私研究対象とかそういうんじゃなくてクレドリック・・・クレちゃんと普通にもっと仲良くなりたい。私はもう勝手に友達だと思ってたけど。改めて、友達になってよクレちゃん。 |
ひろの(ルシエロ=ザガン)
幻燈花。触ったら咲く……? 触らないと、咲かないのかな。 夜の森って静かで良いな。 見覚えの無い植物で、それでいて蕾があるものを探す。(植物学) すぐに見つけたら、手を伸ばしかけて止める。森の浅いところのは、見つけるのが苦手な人用だと思うんだよね。 森の奥で見つけたら、願い事も無いのに触るのは……と蕾を観察する。 「……ルシェ、あのさ」 ふと戦闘で荷物になってることを謝ろうかなと思ったけど。何か違う気がして黙る。 「願い事が、浮かばないんだ。ルシェが……、触る?」 促されて、蕾に触れる前に神楽殿のときを思い出す。そして、握られた手の暖かさも。 『また、手を握れたら良いな』と、なんとなく思いながら蕾に触れた。 |
シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
幻燈花のお話。 素敵ですね。綺麗なお花なんだろうというのもあるのですが…私叶えたい願い事があるんです。 だから絶対見つけたいなって。 『ノグリエさんが幸せでありますように』 自分のことで願うことなんて一つもないけれど。これだけは叶えたいお願いです。 ノグリエさんが私のことを見つけてくれて一緒にいてくれてとても幸せだから。だからそんな風にノグリエさんも幸せだったらいいなって思うんです。 蕾がどんなに見つけにくくても私は見つけて見せますよ。ノグリエさんが私に辿りついたように。 私も蕾を見つけてみせます。 幸せを願いたい…祈りたいから。 |
●夜の森の冒険
「幻の花! 素敵ですね、私そういうの大好きです」
ぱああと顔を輝かせるテレーズに、山吹は目元を柔らかくして。
「蕾に触れると花開くとは不思議な花もあるんですね。どんな花を咲かすのか私も興味があります」
「それじゃあ、頑張って探しましょう!」
穏やかに零された言葉に、テレーズはますます顔を明るくし、元気よく宣言した。夜の森の冒険の始まりだ。
「夜の森って何だかわくわくしますね。この暗い先には何があるんだろうって」
森を行くテレーズの足取りは弾んでいるが、どうにも危なっかしい。山吹は彼女を支えようと、そっと手を差し出した。その手に縋りながら、テレーズは笑みを零す。
「そういえば前もこうして夜の森を歩いたことがありましたね」
やっぱり山吹さんは頼りになります! と向けられる満面の笑み。笑み返しながら、山吹も、幻の蝶を探しに夜の森へと足を踏み入れたあの日のことを懐かしく思い出す。時の流れの早さに、しみじみと思いをはせたりもしつつ。
「蕾、見つかるといいですね」
「大丈夫です、きっと見つかります! どんな花が咲くのか確かめないと、気になって今晩眠れません」
「……テレーズさんならぐっすりと眠れそうな気が……」
「? 山吹さん何か言いました?」
「いえ、何でもありませんよ」
「えー、絶対何か言いましたよ! 気になります!」
子どものように口を尖らせるテレーズ。そんなやり取りをしているうちに、山吹の視界の端に、見慣れない形の蕾が映った。ともすれば見落としてしまいそうなほど森の景色に馴染むその慎ましやかな蕾は、それでもよくよく見れば、うっとりするような優美さを秘めている。
「あっ、あれそうじゃないですか? わああ、山吹さんすごいです!」
山吹の視線の先にある物に気づいて、テレーズがはしゃぐ。そのまま、ててて! と蕾へと近寄るテレーズを、山吹は追いかけた。
「これに触ると花開くんですよね。一体どんな花を咲かせるんでしょう」
蕾の前にしゃがみ込んで、テレーズは既に蕾に触りたそうにそわそわしている。山吹は、その様子を見てくすりとした。
「テレーズさん、どうぞ触ってください」
「えっ? だ、駄目ですよ! 山吹さんが見つけたのにそれじゃあ不公平です!」
優しく促すも、テレーズは頑なだ。そして、彼女が提案することには。
「じゃあ一緒に触ってみましょう! 勿論2人とも願いごとを考えながらですよ!」
叶う願いは1つだけですから、どちらの願いごとが叶っても恨みっこなしですよ、とテレーズは笑う。そんなテレーズに、山吹はふわりと笑み零して。
「はい。それじゃあ、一緒に」
そして、2人はそっと幻燈花の蕾に手を伸ばした。本当に同時は大人げないなと、山吹は密か、ほんの少しだけ遅れてその蕾に触れたのだけれど、そのことはテレーズには秘密だ。
指先が触れれば、蕾は柔らかな光を帯びた。ゆっくりと、花が開く。ふわりと光が舞った。淡い黄金を纏った、それは敢えて言うならば薔薇に似た花で。
「あ!」
2人して暫し幻の花の開花に見惚れた後、テレーズが声をあげた。
「同時に触ることに気をとられて、願いごとするの忘れてました……」
これを聞いて、いかにもテレーズらしいと山吹は笑みを漏らす。
「ということは、山吹さんのお願いが叶うんでしょうか?」
問いに、山吹は曖昧な笑みで返してみせて。だって、最初に蕾に触れたのはテレーズなのだから。けれど、そんなことは知らないテレーズは思う。
(山吹さんは何を願ったんでしょう? 叶うといいなぁ)
互いに優しい思いを抱えた2人は、しばらくの間、静かに幻の花を見つめていた。光の揺らめきは、2人の心を柔らかくする。
「テレーズさん、もう1つ蕾を探しにいきませんか?」
しばらくの後、山吹が口を開いた。次はテレーズさんの願いを叶えてもらえるように、と。
●わたしのおともだち
ロア・ディヒラーとクレドリックも、2人ゆるりと森を行く。
「願いごとを叶えてくれる不思議な花、かぁ」
「触れると咲く、そして光を放つと。願いごとについては信憑性が無いが、非常に興味深い」
ロアの呟きに応えて、クレドリックは顎に手をやった。クレドリックらしいその物言いに、ロアは呆れつつも密か笑みを零す。
「綺麗なんだろうな。それに、夜の森を散歩っていうのもなんかわくわくする」
「そういうものか?」
「うん、そういうもの」
僅か首を傾げる相棒に、ふふりと笑って。ロアは、軽やかに歩を進める。と。
「あ!」
木の根元に見つけたのは、森の景色に溶け込んだ控えめな印象の蕾。けれどそれは、よくよく見ればアンティークのランプのような美しさだ。
「クレドリック、これ、幻燈花じゃないかな?」
「ふむ……確かに初めて見る植物だな」
触れてみるといいと促されて、ロアは膝を折り蕾に手を伸ばしかけ――そこで初めて、願いごとを何も考えていなかったことに気づく。
(私の願いごと……)
思案の世界にロアはそっと沈み込んだ。ロアはすぐに蕾に触れるだろうと思っていたクレドリック。けれど、相棒が何やら考えごとに耽っていることに気づきその傍を離れようとして――すぐ近くに、彼女が見つけたのと同じごく密やかな蕾を見留めた。そしてちょうどその瞬間、ロアはふとクレドリックを見やって、願いごとを思いつく。
(……クレドリックに笑って欲しいな。いつもの悪人みたいな笑い方じゃなくて、心から)
ロアが優しい手つきで蕾に触れるのを、視線を感じ振り返ったクレドリックは見た。蕾が温かな光を纏い、ふわりと花開く。ぽうと光の粒が幾つも舞い上がり、ロアを包んだ。静けき世界を満たす、一時の幻想。その美しさに、クレドリックは寸の間見惚れた。
「……すごい。綺麗だった、ね」
今はただ柔らかに光る幻燈花をそっと撫でながら、ロアは口元を緩める。「ああ」とか「そうだな」というようなことを、クレドリックは小さく呟いた。先ほどの光景がまだ、脳裏にしっかりと焼き付いている。
「あ! 何だ、クレドリックも見つけたんじゃない。ほら、触ってみなよ」
ロアの明るい声に、クレドリックははっと我に返った。
「あ、ああ、そうだな。ひとつ私も試してみるとしよう」
「願いごとは決めた?」
「願いごと? ……何がいいだろうか、ロア」
問いを零すクレドリックに、ロアはふんわりと笑んでみせて。
「例えば……クレドリックが欲しいもの、とか」
「私が、欲しいもの……」
その場に屈みこんで、今度はクレドリックが思考に沈む。
(何だろうな。……ああ、友人に相当するものが欲しかったな。しかし、どういうものなんだろうな……)
思いつつ、蕾に触れれば。蕾はやはり光を帯び、ふわりと咲いた。
「うん、やっぱり綺麗」
ロアが言う。しばらくの間、2人はじっと、自分たちが開かせた花を見つめていた。
「あのさ」
暫しの後、ロアがぽつり言葉を零す。
「私、研究対象とかそういうんじゃなくてクレドリック――クレちゃんと普通にもっと仲良くなりたい。私はもう、勝手に友だちだと思ってたけど」
改めて、とロアは真っ直ぐにクレドリックを見て。
「友だちになってよ、クレちゃん」
「友だち? ……ロアが、そう望むなら。……いや、私も望んでいたか」
最後の方は、独り言じみた呟きとなって夜の闇に消えた。クレドリックの口元に、自然柔らかな笑みが浮かぶ。胸に込み上げる、この想いは。
(ああ、これが嬉しいという気持ちだったか……)
その想いを丸ごと抱き締めるクレドリックの優しい表情に、ロアは目を見開く。
「? どうしたロア、驚いた顔をして」
「……ううん。何でもない」
願いごと早速叶っちゃったなと、ロアは胸の内に思う。そんな2人のことを、幻燈花が優しく見守っていた。
●しあわせのひかり
「幻燈花か、見たことないな」
夜の森を歩きながら、サフラン=アンファングはぽつり呟いた。サバイバルの知識を持つサフランの足取りは危なげない。その後ろに、マリーゴールド=エンデも何とか遅れることなく続く。その表情は明るかった。
「触れると咲くなんて不思議な花ですわね。どんな花なのかしら……楽しみですわっ」
「俺もまあ、どんな花なのか興味はあるね」
「サフランはどんな願いごとをします?」
「俺の願いごと? まーその時になったら考えるよ」
適当な返事に、マリーゴールドは「もうっ」と唇を尖らせて。そんなふうに言葉を交わしながら、2人は幻燈花の蕾を探す。
「蕾は地味な雰囲気らしいので、しっかり見て見落とさないようにしませんと」
真剣に蕾探しに取り組むマリーゴールドの方を、「そういえば」とサフランが振り返る。
「? 何ですの、サフラン?」
「ヨルノモリニハオバケガデルンダッテー」
にやり、と口の端をあげるサフラン。風が、森の木々をざわざわと揺らした。マリーゴールドの背を冷たいものが這う。幽霊の類は苦手なマリーゴールドなのである。
「うー、サフランの意地悪……! お、お化けなんて出ませんわ!」
言うも、マリーゴールドの声は完全に裏返ってしまっている。からかい甲斐のある反応に、サフランはけらけらと笑った。そんなサフランに、マリーゴールドは足早に近寄って。
「……何? 怖い?」
「ち、違いますわ! 別に平気ですけれど、サフランが迷子になっては困りますから」
だから離れずに歩くのだとマリーゴールドは主張する。サフランは笑みひとつ、それ以上の追及はしなかった。その時。
「あ、あの蕾!」
見慣れない形の蕾が2つ並ぶのを目に留めたのは、植物に詳しいマリーゴールドだった。アンティークのランプを模したような珍しい形の蕾は、聞いていた通りに地味ではあるがどこか優雅な佇まいだ。蕾の前にしゃがみ込み、マリーゴールドはゆるりと微笑んだ。サフランも彼女に続き腰を落とす。
「花を見つけたら願いごとをするのを忘れずに、ですわよね」
「花への願いごと、か……」
呟き、サフランはそっと蕾に見入るマリーゴールドの横顔に視線をやる。
(相変わらず楽しそうだな)
花が咲く前から嬉しそうなマリーゴールドを見て、サフランは思う。パートナーとして共にあるけれども、マリーゴールドは見ていて飽きるということがない。表情がくるくる変わるのが、サフランには面白かった。
(今の俺の感情は『こうじゃないか』と想像して顔に貼り付けているだけだから)
マリーゴールドの指が、蕾へと伸びる。サフランもそれに倣った。
(――俺は多分、マリーゴールドみたいになりたいんだ)
2人の指が、ほとんど同時に2つの蕾に触れる。僅かな熱を渡せば、蕾は淡く輝いて。そうしてふわり開いたのは、光り包む、薔薇に似た花。花が開いた瞬間、蛍のような淡い光が幾らも宙に舞って寸の間森の一角に煌めきが灯った。
「……綺麗だな」
しばらくの間の後、夜闇に溶け消えそうな声でサフランが言った。ちらとマリーゴールドが見たその横顔はごく自然な感じに微笑みを湛えていて。
(サフランはたまに、ふっと自然な顔で笑いますわね。自覚はないのでしょうけれど)
ふふ、とマリーゴールドは密か笑みを零した。相棒の優しい表情が何だかとても嬉しくて、心がふわり温かくなる。
(幻燈花の光のせいかしら?)
幻の花は、相変わらず柔らかな光を纏っている。
「マリーゴールドは何を願ったんだ?」
サフランが問うた。
「さあ、何でしょうか。サフランが教えてくれたら、答えてあげなくもないですわ」
「駄目。俺のは内緒」
2人は顔を見合わせて、どちらからともなくくすりと笑んだ。どうか願いごとが叶いますようにと、マリーゴールドは胸の内に思う。
『またサフランと一緒に幻燈花を見られますように』と、彼女は幻燈花に願ったのだった。
●貴方の幸せを祈って
「幻燈花のお話、素敵ですね」
夜の森を行きながら、シャルル・アンデルセンはパートナーのノグリエ・オルトへとふわり笑いかけた。こういう話はいかにもシャルルが好きそうだと思っていたノグリエは、「ええ、とても」としっとりと笑み零す。けれど。
(どうやら……今回は、少し様子が違うようです)
常ならば無邪気に外の世界での様々な経験を楽しんでいるのに対して、今日のシャルルはどこか必死なように思えて。懸命に幻燈花の蕾を探すシャルルを柔らかく細めた目で追いながら、ノグリエは思案を重ねる。
(幻燈花を見つけると願いが叶う。そのことにずいぶん興味を持っていましたし、原因はそれでしょうか……?)
シャルルをこんなふうに突き動かす願いとは、一体どんなものなのだろう。
(シャルルの願いなんて、ボクが全部叶えてあげられればいいんですがね。……シャルルはもっと、わがままを言っていい)
自身ではなくシャルルのために自分も蕾を探し彼女の後を追いながら、ノグリエは強く思う。シャルルの願うことは、ボクが全部叶えよう。叶えられない願いがあるとすれば、それはシャルルを不幸にする願いだけ。
(『自分のことを知りたい』とかね)
思えば、心に黒く重たい塊が落ちる。シャルルがそう望んだらその時は今の関係が崩れてしまうのではないかと、そのことを思うと胸の奥が凍りついたみたいにひやりとした。
「……見つかりませんね、幻燈花」
気落ちしたようなシャルルの声に、ノグリエはふと我に返る。いつの間にか、思考の迷路に迷い込んでしまっていたようだった。
「綺麗なお花なんだろうというのもあるのですが……私、叶えたい願いごとがあるんです。だから絶対見つけたいなって」
軽く俯いてシャルルが語る『理由』は、ノグリエの予想と寸分違わず。
「……どんな、願いごとを?」
口からとび出した問いは、乾いて擦れていた。その答えは、自分を不幸にするかもしれないと思いながらも、愛しい少女の願いをノグリエは問わずにはいられなくて。
シャルルの蜂蜜色の瞳が、真っ直ぐにノグリエを見た。そして、少女は花綻ぶように笑みを零す。
「『ノグリエさんが幸せでありますように』、です」
思わぬ答えに、ノグリエは僅か驚きを顔に乗せる。はにかむように、シャルルは言葉を続けた。
「自分のことで願うことなんて一つもないけれど。これだけは叶えたいお願いです」
その言葉はどこまでも優しく、そして力強い。
「ノグリエさんが私のことを見つけてくれて一緒にいてくれてとても幸せだから。だからそんなふうに、ノグリエさんも幸せだったらいいなって思うんです」
シャルルの言葉の一つ一つが、ノグリエの心に染み渡る。悲しい空想に枯れた心が、満たされていく。
「……シャルル。ありがとうございます。ボクはその言葉だけで……」
「駄目です! 蕾がどんなに見つけにくくても、私は見つけてみせますよ。ノグリエさんが私に辿りついたように、私も蕾を見つけてみせます」
だって私は、ノグリエさんの幸せを願いたい……祈りたいから。シャルルはそう言い切って、ノグリエに満面の笑みを向けてみせた。と、その時。
「あ、あれって……」
視界の端に、シャルルは何か見慣れぬ物を見つけた。アンティークランプに似た、けれど骨董品店ではなくこの森にこそ相応しいと何故か思わせるような目立たないながらも神秘的な蕾。
「ノグリエさん、きっとあれが幻燈花の蕾ですよ」
弾む声で言って、シャルルは蕾へと駆け寄った。膝を折りそっと触れれば蕾は幻想的な輝きを帯び、光纏う花を咲かせて。同時に、綿毛のような煌めきの粒がふわふわと宙に舞い上がった。乗せられた願いは、きっと先ほど彼女が口にしたままのもので。
「綺麗ですね……」
「ええ、本当に」
光の粒を掌に受けるシャルルの姿を眺めながら、ノグリエは思う。キミがかけてくれた優しい願いごとは、もう叶ってしまいましたよ、と。
●蕾の見る夢
「幻燈花。触ったら咲く……? 触らないと、咲かないのかな」
「らしいな。どんな花かは興味があるが、別に叶えて欲しい願いなんてな。願いは自分で叶えてこそだろうに」
緩く首を傾げるひろのに応じるルシエロ=ザガンは、その言葉の端々に自信を覗かせた。ツアー参加者の中には見知った顔もあったが、森の中では2人きりだ。夜の森、柔らかな土を2人の足がさくさくと鳴らす。
「夜の森って静かで良いな」
言いながら、ひろのは森の景色の中に見覚えのない蕾を探していく。ルシエロはそんなひろのを眺めつつ、その後を追っていた。
「あ……」
ぽつり、ひろのの口から声が漏れる。目に留まったのは、アンティークのランプを思わせるような形の、見たことのない蕾。
「これ、幻燈花じゃないかな?」
ひっそりと佇むその蕾をしゃがみ込み眺めるひろのの後ろから、ルシエロもそれを覗き込む。森に溶けるようなその姿は。
「……地味な見た目だな」
咲いたら印象も変わるだろうかとルシエロが呟けば、ひろのは蕾へとそっと手を伸ばしかけ――けれど、その手は結局蕾には触れずに終わる。
「どうした? 触らないのか?」
「森の浅いところのは、見つけるのが苦手な人用だと、思って」
言ってひろのは立ち上がり、森の奥へと歩き出して。ルシエロはため息一つ、彼女の後に続いた。放っておけばずっと蕾を探し回りそうなひろのを時折ルシエロが休ませつつ進み、2人はやがて、あの蕾に再び出会う。けれど。
(願いごともないのに触るのは……)
再度しゃがみ込んだひろのは蕾に触れようとはせず、ただその密やかな姿をじっと観察する。後ろに立つルシエロは、文句も言わずにその様子を見守っていた。と、ひろのがふと、口を開く。
「……ルシェ、あのさ」
言いかけて、ひろのは何か違う気がすると途中で口を噤んだ。戦闘で荷物になっていることを、謝ろうかと思ったのだけれど。
「何だ? 話せ」
ルシエロは、ひろのの言葉を聞き逃してはくれなかった。話の続きを促されて、ひろのが零すのは、
「願いごとが、浮かばないんだ。ルシェが……、触る?」
最初に思い浮かんだのとは、別の台詞。問いは恐らく先に言いかけたのとは違うものだとルシエロは気づくも、敢えて追及はしなかった。その代わりに、自分もひろのの隣へと腰を落とす。
「願いが無いなら無いで。別に構わないだろう」
戸惑うひろのの手を、ルシエロは掴んだ。パートナーの予想外の行動に、ひろのはびくりとした。その僅かな動揺さえも、重ねた手からルシエロへと伝わる。
「ほら、触るぞ」
促され、2人分の手が蕾へと伸びるのをぼんやりと見つめながら、ひろのは以前神楽殿の舞台にルシエロと2人立った時のことを思い出した。あの日と同じ、掴まれた手の温もりがひろのの心を温かくする。
(『また、手を握れたら良いな』)
自然と、そう思った。蕾に、指先が触れる。ふわり光り、花開く幻の花。煌めきの粒が柔らかく舞い上がり、夜の森に色を添えた。
「わぁ……すごく、綺麗」
「成る程。こんなふうに咲くんだな」
2人はしばし、咲き誇る幻の花に見惚れた。――その手は、未だ重ねたままで。
帰りのバスの中。窓の外を眺めていたルシエロの肩に、こてん、と温もりが触れる。促されるようにその温もりへと視線を移せば、隣の席に座っていたひろのが、自分に身を預け目を瞑っていて。
「ヒロノ? ……寝たのか」
呆れ零した声にとても優しい色が混じっていることに、ルシエロは気づかない。
「……コイツもある意味蕾か」
ふとそんなことを思い、呟きを漏らす。何とはなしにその頭に軽く触れれば、ひろのが僅か身動ぎをした。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:ロア・ディヒラー 呼び名:ロア |
名前:クレドリック 呼び名:クレちゃん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月29日 |
出発日 | 07月06日 00:00 |
予定納品日 | 07月16日 |
参加者
- マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)
- テレーズ(山吹)
- ロア・ディヒラー(クレドリック)
- ひろの(ルシエロ=ザガン)
- シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
会議室
-
2014/07/03-23:49
こんばんは、ロア・ディヒラーと申します!
初めましての方もそうでない方も、どうぞよろしくお願いいたしますね。
ふわりと花開く、ぼんやりと淡い光を放つ花ですか・・・!
見つけられるかな。触れて咲かせるのが楽しみです。
伝承とはいえ、お願い事も考えるのが楽しみですねー。 -
2014/07/03-20:39
こんばんは、テレーズと申します。
今回はよろしくお願いしますね。
幻燈花ってどんな花なんでしょう?見つけるのが楽しみですね!
頑張って蕾を探してきますー。 -
2014/07/03-19:46
こんにちは、シャルル・アンデルセンです。
よろしくお願いしますね(ぺこ
幻燈花…きっと素敵な花なんでしょうね…。 -
2014/07/03-18:14
ごきげんよう、マリーゴールド=エンデと申します。
皆様、どうぞよろしくお願いしますっ
幻燈花……どんなお花なのかしら。楽しみですわね! -
2014/07/02-17:00
え、と。ひろのです。
今回は、よろしくお願いします。
(脱字してたので、再投稿)