プロローグ
雨の音が、響く。流れる川の音と似て、さわさわと、繰り返し繰り返し。
足元でぱしゃりと跳ねる水たまり。波紋もまた、繰り返し広がる。
そんな、雨の降る、路地裏。そこに、一種異様な音が、混ざる。
それは歌声。
惹かれるようにして歌の出どころを探せば、入り組んだ路地の奥に、古びた家。
廃墟らしいその場所は、扉が無い。窓硝子もない。
ぽかりと四方に幾つもの穴を開けた建物は、雨音に負けないくらいの歌声を、吐き出していた。
「それでな、興味が湧いて中に入ってみたんだ」
何があったと思う? ミラクル・トラベル・カンパニーの職員が、同僚に尋ねる。
返る答えは、無難なもの。歌の練習をしている人が居たとか、そんな返答に、満足げに頷いて。
「鳥籠があったんだよ」
「……籠?」
あったのは、空っぽの鳥籠。
それが、歌を紡いでいた。
「正確には、オルゴールみたいなものだったんだけど、これがまた綺麗な音でな。しかも、毎回違うメロディが流れる」
「ふぅん。で、それでまたなんか企画事?」
促す問いに、当たり、と笑った彼は、机の上に幾つかのコインを置いた。
摘み上げて見てみれば、おもちゃの金貨だった。
曰く、鳥籠の傍らに配置されていた金貨と同じもので、鳥籠の下にある餌箱に金貨を投入すると、籠が歌いだすらしい。
「これを、路地に仕込む」
「で、それを探して雨中散歩?」
「お前エスパーか」
「そこまで聞けば誰だって判るわ」
彼が歩いた路地は、人気があまりなく、どこか閑散とした雰囲気で。
いつから放置されているのか、土だけの花壇が、幾つもあったそう。
「そこに花を植える許可も取ってきた」
「紫陽花か」
「判るか」
「判るわ」
けらりと笑い飛ばして、同僚は思い付きを提案する。
「傘、配ろうぜ」
ペア参加に、一本だけの傘を。
「お前天才か」
「ふははもっと褒めたまえ」
――と、言うわけで。
「歌声響く路地を、大切な方と傘を広げてお散歩してみませんか?」
「紫陽花を眺めながら歩く路地の各所に金貨が隠されています」
「その金貨は終着点の建物に設置されたオルゴールを鳴らすためのものです」
「どんな音が奏でられるかは、オルゴールの気まぐれ次第。あるいは……」
二人の絆や思い出を、音にしてくれるかもしれません。
穏やかな笑顔で説明を終えた彼らは、興味があればぜひ、と、告げ添えた。
解説
◆路地
音の聞こえる方へ向かえば基本的に迷いませんが、わざと遠回りするのも勿論ありです。
各所に小さな花壇や鉢植え等があり、紫陽花をメインとした花が植えられています。
何を見ながらどんなふうに歩くかをお書きください。
日常的に有りそうな物なら大体何でもあると思います。
雨とオルゴールの音が響いているので、会話は、傘の中だけで聞こえるでしょう。
◆費用
往復の乗り物代に支給の傘、お帰りの際のふかふかバスタオル。
温かい飲み物など、諸々丸っと込々で500jrとなっております。
ご希望の方には帰路にて使える銭湯の割引券を発行いたします。その際はペアで200jrの追加となります。
(お誘いする台詞等は入るかもしれませんが、銭湯内の描写は有りません)
◆
支給の傘はサイズ色々ございますが、一本だけです。
路地内への持ち込みはご遠慮ください。
金貨は一枚以上必ず見つかる仕様になっております。
プラン上で指定して頂いても構いません。
指定が無くても、それとなく見つかるように配置しますので問題ありません。
スタート地点からオルゴールの廃屋までは幾つものルートが取れるため、基本的に他のグループの方とは別行動となります。
ご一緒の際はその旨お書き添えくださいませ。
ゲームマスターより
あめあめふれふれ。
梅雨を楽しく過ごそうシリーズと仮名して、第二弾。
雨道だって、楽しいよ。
余談ですが、旅行会社の方々はきっと日常的に企画になりそうな事を模索しているに違いないと思う錘里です。
ゆえの、こんなノリです。
しっとり系なのにすみません。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
月野 輝(アルベルト)
え、傘って1本だけなの? えっと、じゃあ、一番多きいサイズのを… じゃないと、アルが大きいから絶対濡れるもの 綺麗な道ね、花がたくさん咲いてるわ ね、アル、ちょっとあっちの道へも行ってみていい? 少しコースから外れても、すぐ戻れば大丈夫よね? 雨の中のお散歩、実は結構好きなのよね 昔、子供だった頃にレインコートと長靴を買って貰って、雨の中ではしゃいだのを思い出すわ 確か嬉しくて嬉しくて、見て欲しくて駆け寄ったのよね ……あら?駆け寄った相手、誰だったかしら…お爺ちゃんやお婆ちゃんじゃないわよね もっと小さいシルエットで…… えっ? 今アルの顔が重なったような気が……どうして? 歌、昔のように歌ったら思い出せるかしら…… |
葵(レント)
お借りした傘はレント君に持ってもらって (というか渡してくれないので) コイン探しに集中します もちろんそればかりでなく、一緒にお散歩も楽しむつもりで 花壇の中や物陰なんかもしゃがみこんでは眺め、 何か見かけてはレント君に呼び掛けて 「あ、レント君、ほらほら、かたつむり、可愛いですよ」 などとゆるくはしゃぎ 廃屋についたらとりあえず雨宿りしながら 「大丈夫?」と笑いながらレント君を軽く拭いてみたり コインを入れたら並んで壁にもたれて聞き入ります 「何か、暖かくて元気になる音ですね」 帰りの傘の中では 「またコインを入れたら、違う歌が聴けたんでしょうか」 「またそのうち、聴きに来れたら良いですね」 と鳥籠の音を思いながら |
マリアベル=マゼンダ(アーノルド=シュバルツ)
雨の日の、おさんぽも…良いですよね 白いおようふくは着れませんけれども、かわいい、レインコートや、レインブーツは心おどりますもの… どうですか、アルさま。新しいレインコート、似合いますか? ・長い髪をお団子にして纏め、薄い水色のポンチョ型レインコートに白いフリルのついた傘と赤い編み上げブーツ型のレインブーツ もじもじと恥ずかしそうに問いつつ、似合うと言われればはみかみ あぅ、だ、抱っこですか… あじさいもとってもきれいですね 色んな色があって、楽しいです… 小鳥さんは、いないのに…鳥かごが歌うのですね… まるで、小鳥さんを呼んでいるみたいです… 鳥かごは、小鳥さんがいなくて寂しいのでしょうか… |
ソノラ・バレンシア(飛鳥・マクレーランド)
まーたまには雨の日の散策ってのも悪くないでしょ? こういうのも面白そうだと思ってさ。 まさか傘が一つだけとは思ってなかったけどねー(笑 ま、別に私とアンタの仲だし気にしないでしょ? 私、紫陽花好きだよー ほら、この紫陽花とか綺麗じゃない? …まさか同意の言葉が来るとは思ってなかったわ。 いや、「興味ない」って言われるもんだと… …あ、紫陽花の根元にコイン発見。これ使えばいいんだよね? あれ、この曲… そうそう、あの時(賞金稼ぎ時代)はよく聞いたなー。 閉店ギリギリまで二人で飲んだくれてた時もあったっけ。 思えばあの店に行ってなかったらアンタと出会ってなかった訳か… そうだ。帰りに銭湯行かない?割引券貰えるみたいだしさ。 |
シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
音楽を奏でる鳥篭きっと素敵でしょうね…。 鳥篭の音色と雨音と…ノグリエさんの声が聞こえます。 傘の中に居るからいつもより距離が近くてなんだかくすぐったいですね。 私の方が背が低いので私に合わせていたらノグリエさんが濡れちゃうんじゃないですか? …あとでちゃんと拭きましょうね? 金貨を探すのも楽しいかもしれませんが…私はこうやって紫陽花の花を見ながらノグリエさんと一緒に歩いているだけで楽しいです。 けれど…私達がいれた金貨で鳥篭がどんな音色を奏でてくれるのかは興味がありますね。 …幸せな音色を優しい音色を奏でてくれればとっても嬉しいです。 ノグリエさんにとっても素敵な音色に聞こえるのならばもっと嬉しいです。 |
●幸せを呼ぶ音色
「あ……」
路地の入口。傘の下で、耳をすませば。遠くに、それでも確かに、歌う音が聞こえる。
シャルル・アンデルセンはそっと路地へと踏み出し、それに合わせて、ノグリエ・オルトはゆるやかに傘を傾けた。
「音楽を奏でる鳥籠……きっと素敵でしょうね……」
晴れていれば、音を頼りに少し足早にもなっていただろう。
だけれど今日は雨降りで、傘は二人に一つだけ。
遠くから響く音色は誘うように心地よいけれど、頭上で繰り返す雨の音も、リズミカルに歌う。
それに何より、ノグリエの声が、近くに聞こえた。
「なんだかくすぐったいですね」
一つの傘に一緒に居ると、距離が近い。お互いの声も良く聞こえるねと、ノグリエを見上げるシャルルに、くすりと笑って頷いて。
「シャルルが、好きそうだと思いましたが……誘ってみて、正解だったみたいだね」
「はい、大正解で……」
ぱ、と綻んだ笑顔を向けたシャルルは、ふと、ノグリエの肩がしっとりと濡れていることに、気が付いた。
どうかしたかと尋ねるように傾いだ首元でふわりと揺れる髪も、また。
「私に合わせていたら、ノグリエさんが濡れちゃうんじゃないですか?」
笑顔が、ほんの少しだけ曇ったのを、見て。
相合傘に丁度良いと思っていたノグリエはふむと呟いて、また緩やかに首を傾げた。
「シャルルのためなら問題はありませんよ」
「でも……」
「あぁ……それじゃあ一つお願いをしようかな」
ひとつ、と。人差し指を立てたノグリエに、ぜひ、と言うようにこくこくと頷いたシャルル。
「後でボクの髪を、シャルルが拭いてくれると嬉しいな」
告げて、うん、そうしよう、と提案に満足げに頷いたノグリエに、シャルルは二度、瞬いて。
「後で、ちゃんと拭きましょうね?」
そんなことで、良いのかしらと首を傾げながらも、満足げな彼に微笑んで、頷いた。
せめて少しでも濡れないように。寄り添って歩きながら、シャルルの視線は道の傍らに咲く紫陽花や、古い街並みを眺める。
オルゴールを鳴らすための金貨の話は覚えているが、それを探して歩く気は、あまりなかった。
宝探しみたいで楽しいだろうとは思うけれど、シャルルにとってはノグリエと一緒に歩いているだけでも、楽しいのだ。
綺麗な紫陽花が咲いていて、歌うような音が響いて、雨音の中でもすきなひとの声が聞こえる。
それだけで、十分。
――だけれど。
「私たちが淹れた金貨で、鳥籠がどんな音色を奏でてくれるのかは、興味がありますね」
見上げたノグリエと、目が合う。
紫陽花を綺麗だと思いながらも、ノグリエの視線はどうしてもシャルルを追っていた、ゆえに。
それを気まずいとも思わず、幸せそうな顔で提案する少女を、ただ愛おしげに見つめた。
「そうですね。金貨は、必ず見つかると言っていましたから、のんびりと探しましょう」
きっと、金貨よりも見つめていたい彼女の瞳を覗く事に、一生懸命になってしまうだろうけれど。
やがて廃屋にたどり着いた二人の手の中には、小鳥を描いた金貨が一枚。
そっとオルゴールに投じながら、シャルルは奏でられる音色に思いを馳せる。
幸せで、優しい音色が、響いたなら――。
ふうわり、柔らかな風が通った気がして。前髪を擽られるような心地に、そっと瞳を伏せれば、刹那にオルゴールの音が変わる。
願った通りの、優しい音色。
幸せな気持ちを膨らませてくれるようなそれが、傍らの彼にはどんな風に聞こえているだろうと、シャルルは思う。
人より長い、ノグリエの耳に。響く音色は、一つの思い出として心に刻まれる。
幸せで、素敵な思い出として。
そうして少しずつ、少しずつ、積み重ねて行けたらと。聞き入る心の内側で、ノグリエは願っていた。
●『小鳥』を孕んで
開いた傘の下で、薄水色のポンチョ型レインコートが、ふわり、浮き上がる。
「あぅ、だ、抱っこですか……」
「ええ、傘は一つだけですから、二人で歩いては濡れてしまいます」
もじもじと恥ずかしがるマリアベル=マゼンダの小さな体を抱き上げて、アーノルド=シュバルツはにこりと微笑む。
「そのレインコート、とてもよく似合っていますよ」
ゆらゆら、赤い編み上げブーツ型のレインブーツが、アーノルドの手元で揺れる。マリアベルを抱き上げたのと対の手に、彼女の持っていた白いフリル付きの傘を掲げ、ぱしゃん、雨の路地を進む。
雨の日のお散歩も、いいものだとマリアベルは思う。白い洋服は着れないけれど、可愛いレインコートやレインブーツは、雨の日にしか着れない。
そう、こうやってアーノルドに披露出来るのも、雨の日だけの特別。
似合う、と。言ってくれたその言葉と微笑みは、はにかんだマリアベルにとっては晴れ空にだって、見えるものだ。
対するアーノルドは、気圧に負けた片頭痛に悩まされたり、本が湿気ったりする雨という日は、あまり好きではない。
けれど、マリアベルが楽しそうにしているのを見るのは、良い。
纏められ、ふっくらとしたお団子になった長い髪が、右へ、左へ、興味を見つけて動く度、アーノルドはその表情を窺っては微笑した。
傘を打ってはぱたぱたと響く雨音。その隙間に、歌声が混ざる。初めは雨音の方が強かったけれど、歩いて居る内に、歌声は少しずつ大きくなる。
どこからだろう。緩やかに視線を巡らせたマリアベルは、ふと、路地の傍らに咲いた紫陽花を目に留めて、顔を綻ばせる。
「あじさい、とってもきれいですね」
アーノルドに語り掛けるように告げれば、彼はそっと紫陽花の傍に歩み寄り、軽く腰を屈めて近づけてくれる。
薄紫の紫陽花は、彼女の髪のようにふっくらとまぁるくて。
青に水滴が寄り添うさまは、彼女の瞳のように煌めいて。
水色に、白に、ほんのりと帯びる程度から鮮烈に映える程度までさまざまに魅せる赤。
どれもこれも、見たことのある色だ。
「今日のマリーのような色合いですね」
ふわりと覗き込んできたアーノルドに、目をぱちくりとさせたマリアベルは、あんまり濡れていないレインコートをそっと摘まんでから、はにかんだ。
「色んな色があって、楽しいです……」
空は灰色ばかりだけれど。冷たい雨の足元は、こんなにも色鮮やか。
と。不意に上げた視線の先、窓辺にぶら下げられた小さなビニール袋に、きらりと金貨が光るのを、見つけた。
手を伸ばし、眺めたそれには、小鳥の絵。大切そうに抱えた二人は、色取り取りの景色をもう少しだけ楽しみながら、歌う廃屋へ。
「……これはまた趣のある……」
半分は皮肉。半分は素直な感想。
崩れそうにも見える廃屋の壁にそっと指を這わせてから、アーノルドはようやく自分の足で歩きだせたマリアベルに、声を掛ける。
「マリー、屋根があるからと言って走って行ってはあぶないですよ」
雨の足元は、滑りやすい。それでも、ととと。と小走りに駆け寄ったマリアベルは、じっと鳥籠を見上げ、首を傾げた。
「ことりさんは、いないのに……鳥かごが歌うのですね……」
まるで、小鳥を呼んでいるみたいで。
それが、何だか寂しげで――。
握りしめた金貨を、鳥籠に入れる。
吐き出していた音は、彼女の思いを受け止めたのか、一度ゆったりと寂しげに歌って。
けれどすぐに、明るい曲調に変わった。
「元々は小鳥が中に居たのかもしれませんね」
喜ぶように歌うのは、空っぽの籠だけれど。
並んだ二人の聴衆に、確かに与えられた『小鳥』が、暫しの間、『彼』を揚々と歌わせていた。
●雨道の記憶
一番大きいサイズの傘をください。
真面目な顔で告げた月野 輝に、アルベルトはくすくすと笑っていた。
わざわざ雨の中で散歩。それも二人で一つの傘を持って。
旅行会社の企画主の思惑は、アルベルトにはあからさまに見えていたけれど、オーガの話題ばかりで荒んだ身と心には、丁度良い休息だろうと割り切る事にした。
何より、輝が行きたいと言うのだから。
付き合わない道理は、無かった。
「これなら、濡れないかしら」
掲げた傘に二人で入って。ひょいと輝のてから柄を奪って、促すように歩き出した。
紫陽花がぽつん、ぽつんと寂しげに並んでいたかと思えば、角を曲がれば大輪の花が出迎えて。
完璧な美しさに整えられた庭園とは比べるべくもないが、楽しげに歩く輝の目には、十分、綺麗な道として映る。
「ね、アル、ちょっとあっちの道へも行ってみていい?」
細い路地裏を指で示す輝に、ちらり、見やったアルベルトは、少し意地悪な顔で肩を竦めて見せた。
「まぁ、良いですけど……ほら、子供みたいにはしゃいでると、傘からはみ出てしまいますよ」
あえてゆったりと歩きながら、さりげなく肩を抱き寄せる。
「こ、子供じゃないから、平気よ!」
「はいはい、風邪でも引いたら面倒ですから、ちゃんと歩調を合わせて下さい」
肩を抱かれたことに真っ赤になって、さらに子ども扱いに不満げに声を上げた輝をさらりとあしらって、彼女のお望み通り、路地裏を進む。
暫くむっとしていた輝は、不意に、雨の中に響く音色が変わったのに気が付いて、顔を上げた。
他の誰かが、金貨を投じたのだろう。
自分たちも、金貨を見つければ、歩く誰かの耳にまた違った音色を届けられるのだろうか。
雨中散歩に宝探し気分を添えて。気が付けば輝の機嫌はすっかり戻り、上向きになっていた。
「雨の中のお散歩、実は結構好きなのよね」
子供だった頃に、買って貰ったレインコートと長靴。おニューのそれを纏って、雨の中をはしゃいで歩いたのを思い出す。
ふぅん、と。アルベルトは気のない素振りで相槌を返しながらも、横目に見た輝が、幼い頃の彼女に重なって、思わず、微笑ましい顔をする。
「確か嬉しくて嬉しくて、見て欲しくて駆け寄ったのよね」
――誰、に?
ぴたり。輝の思考が止まって、弾むようだった足も、止まる。
思い出の中で駆け寄ったのは、祖父や、祖母ではなかった。
もう少し、小さなシルエット。
そうだ、自分よりずいぶん大きかったけれど、それでも子供だった、誰かが、居た。
合わせて立ち止まったアルベルトが、どうかしたかと尋ねるように、輝を覗き込んで。
目が合った瞬間、判然としなかった『誰か』に、アルベルトの顔が重なったような気が、した。
「……えっ?」
「……私の顔に、何か着いてますか?」
驚いた様子の輝に、首を傾げるアルベルト。
まじまじと見つめ合う時間が、過って。
けれど、はっとしたような輝が、ふるふると首を振って、短い静寂は途切れる。
「ん、うぅん、何だか、懐かしいような気がしただけ」
それが何故かは、やっぱり判然としないけれど、嫌な心地では、なかったから。
前を向いて再び歩き出した輝に、数瞬遅れたアルベルトは傘を傾け、それから、小さく笑った。
(思い出した……わけでは、ないんですかね)
窓辺に、判りやすく飾られた金貨を手に取って。冷えた感触を手のひらに収めながら、アルベルトは思案する。
長くはないけれど、一緒に過ごした時間があったのだと。
それを思い出した時、彼女は、どんな顔をするだろう。
あるいは、この金貨が、彼女の記憶を擽る音を吐き出させてくれるかもしれない。
「歌、昔のように歌ったら思い出せるかしら……」
進む先の廃屋。オルゴールの奏でる旋律に思いを馳せる輝の呟きを聞いて。
アルベルトは、それを願うような、願わないような、不思議な心地に、また肩を竦めていた。
●君の背を押す
支給された傘は、早々に相方に奪われた。
自分より小さなレントが、一生懸命傘を高く掲げているのを横目に、葵はほんのりと苦笑する。
「レント君、代わりますよ?」
「へ、平気です」
強がった返事と共に、断固として傘を渡さないレントに、葵は強く出ることはせず、大人しく任せることにしていた。
「じゃあ、レント君に傘を持ってもらっている分、私、頑張ってコイン探しますね」
にこり、微笑みかけた葵だが、ふと、足元に目をやると、わぁ、と小さく声を上げて、しゃがみ込んだ。
「あ、葵さん、濡れますよ」
言いながらも、少しだけほっとしたように傘を低く、葵側に傾けながら、レントはそぅっと葵の視線の先を覗き込んだ。
「ほらほら、かたつむり、可愛いですよ」
のったり、のったり。しとしとと降る雨に打たれて小刻みに揺れる紫陽花の葉の上を、かたつむりがゆっくりと進んでいる。
眺めていても特別な変化があるわけではない生き物を眺め、ゆるい調子ではしゃいでいる葵を、レントはじっと見つめた。
「葵さんの方が……」
可愛いです、の一言は、ごにょごにょと言葉にならないまま飲み込まれる。
「うん?」
「な、何でもないです!」
良く聞こえなかったというように振り返る葵に、慌てて否定するように手を振れば、ぱたぱた、傘の先端から水滴が散る。
何だかよく判らないけれど、そう言えば、濡れる、と言われたのを思い出した葵は、服の裾に雨水が跳ねるのを見とめて。
(気に、してるんでしょうか)
レントを困らせるのは心外だとばかりに、すっくと立ち上がれば、思いのほか低い位置に居た傘に、頭がぶつかった。
「きゃっ」
「あ、す、すみません、葵さん……!」
冷たさに思わず声を上げた葵に、驚いたレントが傘を大きく後退させる。
それが背後の壁にぶつかって、また慌てて左右に振って。
結局、傘を手放したレントの手を引いて、音のする廃屋まで駆けて辿り付いた頃には、二人とも降る雨と傘から散った雨とに濡らされていた。
「大丈夫?」
「す、すみませんでした……」
「雨の日ですから、濡れるのも楽しいですよ」
すっかり消沈して項垂れるレントの髪や顔をハンカチで拭いながら、ふふ、と葵が笑う。
そんな彼女の声に、恐る恐る顔を上げて。見合わせて、苦笑い。
と、葵が何かに気が付いて、視線をレントの手元に移す。
「あ……」
そっと手を伸ばした葵の手が、傘に引っかかっていた袋を掴む。
小さくて、軽い感触。開けてみると、中には小鳥を描いた金貨が入っていた。
「ラッキーでしたね、レント君」
葵が、そうやって楽しげに笑うから。
「はい!」
見つめるレントの表情も、晴れやかに変わっていた。
からん、と。二人で入れた金貨が籠内側で音を立てる。
わくわくと見つめる二人に、鳥籠が歌うのは明るく、気持ちを盛り立てるような曲。
澄んだ歌声が紡ぐのは、応援歌、と。そう呼べる歌詞を含んだメロディ。
「何か、暖かくて元気になる音ですね」
並んで壁に凭れながら、鳥籠の歌を聞く二人。
ぽつりと呟いた葵の台詞に、他意はないけれど。少年の恋を激励するような歌に、レントは終始そわそわしていた。
「またコインを入れたら、違う歌が聞けたんでしょうか」
帰りの傘の中で、またぽつり、葵が零す。
そうだとしたら、またいずれ。違う音色を聞きに来たいと、思うから。
「僕もまた聞きに来たいです」
しゃん、と。背筋を伸ばしたのが、傘の揺れたので判ったけれど。
葵の目に映るのは、ただ真っ直ぐな、レントの瞳。
「葵さんと二人きりで」
ぱたぱた。傘を打つ雨の音が、響いて。
暫しの静寂の後に浮かべられたのは、柔らかな微笑み。
「今度は、自力でコインを見つけたいですね」
楽しみだとは、言うけれど。今日も、二人歩きだったから。
彼女が彼の言葉に、他意を感じている様子は、無かった。
●思い出の旋律
一体何に誘われたのかと思えば、雨の中金貨を探してオルゴールを聞くだけ、だなんて。
「まぁ、趣はあるかもしれんが……」
やれやれ、と。肩を竦めた飛鳥・マクレーランドに、誘いをかけたソノラ・バレンシアはくつくつと笑う。
「まーたまには雨の日の散策ってのも悪くないでしょ?」
やってみたら面白いものだと思うよ。告げながら、支給された傘を広げる。
「まさか傘が一つだけとは思ってなかったけどねー。ま、別に私とアンタの仲だし気にしないでしょ?」
「確かに今更相合傘程度を気にする程の仲じゃないな」
賞金稼ぎとしてペアを組み、寝食を共にした時期もあった。
酒と煙草の似合う、傍から見れば大人な取り合わせ。一つの傘で肩が触れ合って、初々しく頬を染めるような時期は、とうに過ぎてきた。
だからこそ、飛鳥の気遣いは、さりげなく。
「ほら、濡れるぞ」
そっとソノラへ傘を傾けながら、悠々、路地裏の散策へ。
足元で跳ねる水音に、傘を打つ雨の音。遠くに聞こえる場違いな音色が時々曲調を変えるのを聞き留めては、ソノラはゆるり、鼻歌を歌う。
「私、紫陽花好きだよー。ほら、この紫陽花とか綺麗じゃない?」
窓辺に備えられたプランターが、丁度目の高さに花を咲かせていた。
しっとりと水を含んだ薄紫の紫陽花を指先で撫でて、独り言のように告げたソノラに、「確かに綺麗だな」と飛鳥の同意が返って。
思わず、丸くなった目で見上げていた。
「……なんだ、その意外そうな顔は」
「いや、「興味ない」って言われるもんだと……」
まさか同意の言葉が来るとは思ってなかったわ、と。軽い調子で笑い飛ばせば、かすかに眉をよせた明日香が、ふん、と鼻を鳴らす。
「お前は俺を何だと思ってるんだ…花を見て綺麗だと思う感覚は持っている……」
「あ、コイン見っけ。これ使えばいいんだよね?」
聞いてない。
眉間の皺を深く仕掛けたが、相合傘を気にする仲でもない程度には、ソノラの事は知っている飛鳥。
これくらいの事でヘソを曲げていては、切りが無いのも、知っていた。
「見つけたなら、さっさと行くか?」
「んーん、もうちょっと散策してから」
面白そうだと。そう言って誘ったソノラが、楽しそうな顔をしているから。
やれやれ、と。最初と同じように肩を竦めて、雨中散策に付き合った。
ピン、と。指で弾いた金貨が、くるりと回ってソノラの手元に戻る。
廃屋の中では、そんな音さえも響く。
絶えず響いていた歌は、止まっていた。
「どんな曲が流れるか、楽しみだね」
細い指が、オルゴールに金貨を投じる。そうして、ほんの一瞬の間を置いて、流れ始めた曲に。ソノラはかすかに目を剥いた。
「あれ、この曲……」
「あのバーで、良く聞いたな」
懐かしい、時代。二人が初めて逢った時にも、流れていた曲。
ソノラが賞金稼ぎを始めることを話した時も。
飛鳥が、ソノラと行動を共にすることを決めた時も。
いつだって、この曲が一緒だった。
二人の思い出を象徴するともいえる曲は、バーという雰囲気に逢う、クラシカルな旋律。
「閉店ぎりぎりまで二人で飲んだくれてた時もあったっけ」
懐かしむようなソノラの顔は、どこか優しい。
「思えばあの店に行ってなかったら、あんたと出会ってなかったわけか……」
「ソノラでも、感慨深いと思うか?」
紫陽花の時の、ささやかな仕返しに、ソノラはくつりと喉を鳴らす。
「そうだね、少しは思うよ」
あの時が無ければ、今が無い。
気の置けない存在と出会う事の出来た過去に、感謝くらいは、している。
「そうだ。帰りに銭湯いかない? 割引券貰えるみたいだしさ」
過去に引き戻された気持ちを、現実に戻して。飛鳥を仰ぎ見たソノラは、閉じた傘を開きながら、提案した。
「銭湯か。この雨で少し冷えたし、温まって帰るのも悪くないな」
「じゃ、決まり」
廃屋に背を向けて歩き出した二人をそっと押すように。
鳥籠は、いつまでもいつまでも、思い出を紡ぎ続けていた。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月06日 |
出発日 | 06月14日 00:00 |
予定納品日 | 06月24日 |
参加者
- 月野 輝(アルベルト)
- 葵(レント)
- マリアベル=マゼンダ(アーノルド=シュバルツ)
- ソノラ・バレンシア(飛鳥・マクレーランド)
- シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
会議室
-
2014/06/11-22:04
あら、満員ね。
えっと、ソノラさんも初めましてね。葵さんはお久しぶり。
お二人もよろしくね。 -
2014/06/11-21:17
はいはいお疲れさーん。ソノラさんですよー、始めまして。
まー適当に金貨探す感じかねぇ。
よろしくー。 -
2014/06/11-16:42
こんにちは、はじめまして。
シャルル・アンデルセンです。
パートナーはノグリエさんといいます。
よろしくお願いしますね。
皆様も素敵な時間が過ごせますように…。 -
2014/06/11-06:37
こんにちは。
シャルルさんは初めまして、マリアベルさんはお久しぶり。
私は月野輝、パートナーはマキナのアルベルトです。
散歩中は別ルートになりそうだけど、
とりあえずよろしくお願いしますね。