プロローグ
雨降り止まぬ岬があった。恋に破れた女の涙が降らせるらしい、しとしと悲しく冷たい雨。
けれど、その岬には時折不思議な花が芽吹くのだ。
雨降り岬を知る人は言う。身を投げた女は悲しい雨を降らせるけれど、同じ悲恋を望まぬのだと。
彼女は、いつだって暖かな恋が育まれることを、望んでいるのだと。
「甘い噂も絶えぬ岬にて、今回発見されたのは双子の花という通称を持つ花です」
曰く、その花は岬の東西に別れて群生しているのだそう。
一つとして同じ色を持たず、同じ形を持たず、けれど確かに同じ花。
それを示すように、花から茎に続く部分に、ふわふわの綿毛のようなものが付いているのだ。
赤い花、青い花、黄色い花。様々あるが、綿毛は全て、純白である。
「この花が双子の花と呼ばれる所以は、東西に別れて群生しているにもかかわらず、東西で全く同じ物が咲いているからです」
東に赤い色の百合に似た花が一輪あれば、西にも同じ花が一輪だけある。
そしてもう一つ不思議なことに、その花は、摘み取ったものの声を、もう一方に届ける事があると言う。
それはまるで糸電話のように。同じ花同士が囁きあうように。
「声をかければかけるほど、綿毛がふわふわと飛んでいくそうです。全ての綿毛が飛んでいくまでが、花同士が話せる時間です」
公衆電話、わかります? と小首を傾げて尋ねつつ。雨降る中でもふわふわと飛んでいく綿毛を見送るのも素敵なことだろうと語る。
「同じ花を選ばなければ、声は勿論届きませんので、その点だけはご注意を」
写真に収めて相手に送ってもいい。
ロマンスを信じてお互いが選びそうな花を選んでみてもいい。
適当に選んで、声の届かぬ現実に肩を竦めるのも、ある意味粋かもしれない。
だってそれなら、幾ら語っても貴方に知られずに済むのだから。
ちなみに摘んだ花は、残念ながら一晩で枯れてしまうそう。もう片割れも、例え摘まれていなくたって、共に朽ちる。
それもまた、この花が双子と呼ばれる所以だそう。
「楽しみ方はそれぞれにあるでしょう。交通費は頂きますが、興味がありましたら、ご案内させて頂きますね」
訪れの際は、雨具の準備はお忘れなく。最後にそう、締めくくった。
解説
★雨降り岬について
常に雨のやまない不思議な場所です
岬のいろんな場所に小さな花が咲いています。花には名前がありません。摘みとり厳禁
岬の下は湖です。飛び込む事が不可能ではない高さですが、そこそこ深いので泳げない方はご注意を
湖の方に降りる事も出来ます。岸壁沿いの石階段を通る事になります
全体的に足元注意です
★花について
岬の先端から東西に別れた位置に群生している花です
色、形状の指定は自由
同じ物はありませんので、他の人と似たような指定になっても別物ポイントを設けます
それぞれの場所から反対側の群生地は見えません。声も届きません
★プランについて
写真等で擦り合わせ、花越しの語らいを楽しむも良し
語らいチャレンジを目指してノーヒントチョイスをしても良し
語らいは諦めて好きな花に好きなことを吹き込んでも良し
後で答え合わせをしても良し
EXなので錘理のアドリブががっつり入る前提でお考えください
なお、過去エピソード等を参照する指定をされてもお応えできません
プランの中で完結させてください
★その他
傘の貸し出し、温かいお茶の無料配布があります
描写はしませんが、タオルや温かいお風呂等の貸出施設もありますので参考までに
ベンチが岬のいたるところに設置されていますが、基本的に屋根はありません。濡れてます
完全個別、プランでご希望があればペア間での絡みがない場合もあります
(完全別行動をご希望いただいても行きと帰りは同じバスなのでその点は予めご了承ください)
交通費等で500jr頂戴いたします
ゲームマスターより
ご無沙汰しております、錘里です
初めましての方もいらっしゃるかも知れませんが、
錘里が花を出してきたらだいたいポエムになると思いますのでポエミーなプランとか歓迎です
EXなのでアドリブが入ると思いますので予めご了承ください
また、基本的に過去エピソード参照は難しいですが、錘里の過去エピソードに限り、把握した上での描写が可能です
可能ですが錘里が完全に忘れている可能性もありますので参照前提のプランは避けてください
わーい久々ー!とがくがくぶるぶるしておりますが、物語の一幕を描けますよう、努めさせていただきたいです
リザルトノベル
◆アクション・プラン
柊崎 直香(ゼク=ファル)
「着いたらすぐ湖に突き落としてあげよう」 車酔いゼクにそう言って 「僕は真っ黒い大きな花を探すからよろしくね」 借りた傘くるくる岬の西目指す どうだろう 今日のは簡単だからわかるかな 白く小さな花を摘み取って 「ハロー雲ひとつない晴天の下の直香ちゃんです」 「茸のソテーまた食べたいなあ」 「帰ったら掃除しよう」 かわいそうな飛ばし方かもしれない 「……ゼクのばーか」 む。 「お花に僕の嫌いなものの話を聞いて貰ってただけだよ」 むむ。 「ちゃんとルールに則って話したまえ」 あれ。 その三文字にぐらりとして。 継がれた言葉にくらりとして。 嫌い。好き。言わない。言う。 嘘でも。本当だから。言わない。言う。 「ねえ。今。キミの顔見たくない」 |
エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
携帯にディナスが『これにしましょう』と嬉しそうに決めた一輪の青い花を写真に収めて反対側へ ですが勘、よりも確信に近いものがありました 彼はきっと、私が到着する前に花に話し掛けるであろうと …勘というよりは、今までに何度もそういう事をされてきたからかも知れませんねぇ 急ぎ反対側で該当の青い花を探しましょう 届く言葉に、胸が僅かに軋みます あなたがそのようなことを言うとは…出会った頃には考えられませんでしたね 再び顔を合わせて少し切なげにしている彼に、言わなければならないことが 「そうですね…短い間ですが、あなたと出逢えた事は奇跡です こちらこそ、よろしければ…胸の時が止まるまで一緒にいてもらえたら嬉しいのですが」 |
アオイ(一太)
西の群生地に行きます。 一太がどの花を選ぶのかわからないので、手近にあった青い花に話しかけますね。 「今日の夕食は炊き込みご飯ですよ」 うーん、一緒に住んでるのに、他に何を言えばいいのか。 花から一太の声は聞こえません。 きっと他の花を選んだんでしょう。 一太が何を言っているのか、ちょっと気にはなりますね。 隣の白い花にも、声をかけてみましょうか。 「おやつはいただき物のどら焼きですよ」 やっぱり反応はないですねえ。 ま、いいか。 後で会ったら聞いて…も、教えてくれないかな。 素直じゃないですからね。 でも僕、一太と毎日一緒にご飯を食べられることって、幸せだと思います。 二人共、お好きなだけ弄ってやってください。 |
信城いつき(ミカ)
ミカ聞いて。俺の「野望」の話 あのね、俺アクセサリーのお店を開くの決めたんだ レーゲンにも話をしてる。 知り合いにも開業に向けての相談してる 最初はミカのアクセサリーを売りたいって夢だった けどミカが教えてくれたから。 小さな飾りにお客を喜ばせる力があるって。それを頑張って作る人がいるって 思いを繋ぎたいと思ったんだ、だから。 ……切れたっ、待って綿毛!返事聞けてない! 転んだっていいから走って合流。続きを伝えよう ミカの夢の手伝いだけじゃない俺の夢にもなったんだ 小さいけど絶対叶えたい「野望」なんだ ……あ、資金は全然足りないからお店開けるのはまだずっと先だけど いいの?本当に本気の全力だよ? へへっやったー! |
柳 恭樹(ハーランド)
行きのバス: 「お前、花が好きなのか?」(横目で一瞥 俺は好き好んで、メルヘンなことしたくないけどな。 東側:傘を借りてお茶を貰う 「会話、とか言ってもな」 わざわざこんな形を取ってまで、ハーランドに伝える事が無い。 説明された通りに統一性は無かった。(傘を差し、お茶を飲み眺める 「ん?」(紫の花に近づき、見下ろす その花の色が、いつぞやのチューリップと似ていた。 これだけの数、どうせ届きはしないだろう。 なら、今から言うのは独り言だ。(屈み、紫の花に手を添え顔を寄せる 「ハーランド、お前のことはやっぱりいけ好かない。特に、」(綿毛を一瞥 「俺の反応を楽しんでる辺りが」 ったく、何してるんだ俺は。(立ち上がりお茶を飲む |
●貴方と紡ぐ
特に何を示し合わせるでもなく、相談するでもなく、二色の傘を揺らして、岬の前で二人は分かれた。
西へと向かったアオイは、聞いていたとおりの光景に、その華やかさに一度顔を綻ばせ、それから、ゆっくりと首を傾げる。
「一太はどの花を選ぶのでしょう」
好みの色くらい聞いておくべきだっただろうか。
好きな花、なんて聞いたって、ポンポンと出てくるタイプには見えないし。
うーん、と首を傾げつつも、アオイは手近にあった青い花を一輪、摘み取る。
ふわふわと綿毛の揺れるそれは、菫のような形だけれど、それとは違うものだとすぐにわかった。
「今日の夕食は炊き込みご飯ですよ」
筍の旬が終わってしまわない内に、美味しく頂きましょうね。
そんな思いを込めて囁きかけて、アオイはまた首を傾げた。
一緒に住んで、頻繁に顔を合わせているのに、他に何を言えば良いのか。
改まって言うようなことなんて、アオイにはないのだ。
おはようも、お休みも、いただきますも、ごちそうさまも、全部顔を合わせて言える。
今日の天気も、明日の予定も、楽しかったテレビ番組の話だって、なんだってできる。
改めて、言うことなんて無い。
だけど、今は、語りかけた声への返事も、ない。
一太は、これとは違う花に、今のアオイのように他愛もないことを話しかけているのだろうか。
それとも、もっと何か、大事な託けを告げているのだろうか。
(聞いて、みたい……)
ちらり。隣に並んで咲いていた白い花へと視線をやる。今持っているものよりも少し大きいサイズの花弁。
手を伸ばして、摘んでみる。同じような綿毛がふわふわと揺れる花を眺めて、もう一度、声を掛けた。
「おやつはいただき物のどら焼きですよ」
声に、返答はない。
しとしとと降る雨が、アオイの傘をパタパタと不規則な音を立てて叩くだけ。
「やっぱり反応はないですねえ」
分かっていたけれど、と。アオイは小さく息をついた。
「――ま、いいか」
それは、アオイにとっては別段困ることではない。
今は、案内された岬の趣旨に則って別々の場所に訪れて、別々に花を選んでいるだけで。後で、会えるのだ。
会って、また話せるのだ。
「後で会ったら聞いて……も、教えてくれないかな」
くすり、アオイは微笑む。一太は素直ではないのだ。自分が語ったことを、聞いた所で教えてくれるとは思えない。
それでも、アオイは構わなかった。
一太と毎日一緒にご飯を食べられる。ただそれだけのことが、彼にとっては幸せなのだから。
それが覆らなければ、内緒話の一つや二つ。そうだ、年頃の男の子にならそれくらいあったって良い。
一太が健やかに笑ってくれるなら、他のことは些細なことだ。
「冷えない内に、戻りましょうか」
二つの花の綿毛がふわふわと飛んでいくまでを見送って、アオイは屈み込んでいた膝を伸ばす。
踵を返した時、アオイの頭に会ったのは、もうすでに、今日の夕飯の準備のこと……その前の、おやつに楽しむお茶のこと。
そんなアオイの動向は、一太には薄っすらと分かっていた。
きっと、彼は本当に本当に他愛ない話をしているだろう。だって、自分が選ぶ言葉だって対して変わらないのだから。
「アオイ、いるか?」
足元に咲いていた緑色の花。選んで摘み取って、綿毛を揺らすように声を掛ける。
当然、と言うべきか。声は、返ってこなかった。
四枚だけの花弁は、ともすれば四つ葉のクローバーのようにも見えるけれど、あちらと繋がる幸運は運んではくれなかったらしい。
(どんな花を選ぶか相談しとけばよかったかな)
ふぅ、と、一太は小さく嘆息した。
唐突に、同じように花を選んでいったのだろう別のウィンクルムの様子が思い描かれる。
彼らは、同じ花を選んで、無事にパートナーと話したのだろうか。
だとしたら、何を話していたのだろう。
顔を突き合わせて言うには気恥ずかしい話、なんてのも語ったりしているのだろうか。
考えて、思い描いて、想像して。けれど、一太はそこに羨望を覚えることはなかった。
己の手の中にある花は、綿毛を飛ばすばかりの蒲公英になってしまっているけれど、それでも、落胆はしなかった。
彼と話すことなんて、決まっているから。
夕飯のメニューか、おやつの話か。あと考えられるなら、ちょっとした小言くらいだろうか。
どれもこれも、きっとこの後に合流した時に繰り返す話だろうと、一太は思う。
当たり前のように隣に並んで、当たり前のように同じ場所に帰るのだろう。
――そう、思っていたけれど。
(今日の続きに明日があるとは限らないんだよな……)
しとり。傘を打つ雨の音が、少しだけ強くなった気がする。
一太の記憶を刺激するように、トントン、コンコン、ノックするように、雨音が傘の中で反響する。
アオイと共に、ウィンクルムとしての仕事に赴いた。
敵、を、倒した。
そうするしか選択肢がなかったのだ。だって、彼らはオーガだ。
説得を聞く気もなく、聞いた所で敵対する以外の未来が見えない存在だ。
(でも、あいつらにも理由があった)
かつての彼らは、今の一太と、大して変わらないのだ。
ただ、一太と違って、彼らは自分が望んで描いて過ごしていた、当たり前の日常を突然失ったのだ。
失って、心を病んで、堕ちてしまったのだ。
(今日の続きに明日があるとは、限らない……)
噛みしめるようにして、一太は胸の内で呟く。
明日の朝、おはようが言えないかもしれない。
今日の夜、おやすみが言えないかもしれない。
いただきますも、ごちそうさまも、一人で小さく呟かなければならないかもしれない。
そんな日が、いつきたって、おかしくない。
嫌な想像に唇を噛む。だが、一太はそれを振り払わなかった。
手にした花をいつの間にか握りしめていた事に気がついて、そっと手を開く。綿毛は、もうとっくになくなっていた。
(アオイ、あのさ)
瞳を細めて、一度だけ、彼がここにいないことに拗ねたような顔をしながら、朗らかな顔を不思議そうに傾げて相槌を打ってくれる姿を想像した。
いつも、隣に並んで居る彼の瞳の位置は、わかりきっているから。空を仰ぐようにして、見上げて。
「アオイと一緒の毎日が続くのは、それだけですごいと思うんだよ」
真っ直ぐに、見つめる眼差しで、告げた。
感謝、しているのだ。アオイと居る、当たり前の日常に。
アオイはきっと、驚いたように目を丸くしてから、やっぱり朗らかな顔をするだろう。
そうして、きっと、言ってくれるだろう。
『そうですね』と――。
「……帰ろう」
きっと彼も、先ほど分かれた場所で待っているだろうから。
●貴方を思う
神人、柳 恭樹は、揺れるバスの窓を眺めながら、隣に座る精霊を横目で見る。
何を考えているか分からない涼しい顔を一瞥して、ぽつり、独り言のように尋ねた。
「お前、花が好きなのか?」
率直な問いに、精霊、ハーランドの視線が向けられる。
「好ましいとは思うが?」
片眉を上げて、何故そんなことを、と言いたげな顔をする。
いま自分たちが乗っているバスの行き先は、不思議と雨の止まない岬で、そんなところへ向かう理由は、花で。
それこそ、嫌いなものにわざわざ足を向けたりはしないと言外に語る。
「花越しに語らいたいものだな。運に任せ探すのも良いが」
双子花とやらの話は興味深いものがあるのだと綺麗に笑うハーランドをやはり横目に見て、恭樹は短く嘆息した。
(俺は好き好んで、メルヘンなことしたくないけどな)
どうせ、また、精霊の勝手に振り回されるだけなのだろうと、辟易しながらの思案は、口をつくことなく胸中に飲み込まれる。
程なくしてたどり着いたその場所。傘を借り、水筒に入れてもらった温かいお茶をそれぞれが手に取り、恭樹は東へ、ハーランドは西へ足を向けた。
ぬかるむ道の途中にも小さな花がまばらに咲いているようだったが、やがてたどり着いた双子花の群生地とやらは、装いがまるで違う。
話通り全く同じ物が見つからない、統一性のない花畑は、御伽話にでも出てきそうな雰囲気で。
全くもってメルヘンなことだと、恭樹は肩を上下させて大きく溜息をついた。
そうして、精霊の言葉をぼんやりと思い起こす。
「会話、とか言ってもな」
わざわざこんな形を取ってまで、ハーランドに伝える事が無い。
それ以前に、この大量の花の中から、なんの示し合わせもなく同じものを選べるとは思えなかった。
運に任せ探すのも良い、なんて、そんな情緒的なものが似合う間柄でもないだろうに。
やはり、口先だけの浪漫でしかないようだ。付き合ってやる義理などないが、たまには花を愛でるのも悪いものではないと気を切り替えて、恭樹は花畑を歩む。
腰を落ち着けられる場所でもあればよかったが、あったとしても濡れているだろう。この雨では。
恐らく中央だろう位置まで歩み出て、花を踏まないように立ち止まり、温かい内にと茶を啜りながら、ぐるり、見渡す。
赤、白、黄色。童謡に出てきそうな取り合わせの花をチラチラと眺め見ていると、ふと、一輪の花が目に留まる。
「ん?」
それは、紫色の花。
近寄って眺めてみる。似ている、と思ったのだ。その花の色が、いつぞやのチューリップと。
暫し眺めて、恭樹は何の気なく、その花に触れる。
これだけの花があるのだから、どうせ届きはしない。なら、気楽なことだ。思うままに言葉を連ねてやればいい。
そうだ、これはただの独り言だ。顔を寄せ、囁くような声を、紡ぐ。
「ハーランド、お前のことはやっぱりいけ好かない」
特に、と。一度言葉を切って、綿毛を一瞥する。
ふわふわと揺れるだけの綿毛は、言葉を届けているようには見えない。
独り言は、継続だ。
「俺の反応を楽しんでる辺りが」
忌々しげに吐き出して、暫しの沈黙。花は、もうおしまいなのと伺うように揺れていた。
それを見つめているなんとも言えない微妙な間が、まるで、ハーランドからの返答を待っているかのようで――。
「ったく、何してるんだ俺は」
ふるりと頭をふると同時に立ち上がって、少しぬるくなったような気のする水筒の蓋を開ける。
こくりと嚥下した喉が少し熱を帯びたように感じたのは、きっと、思いの外熱の残っていたお茶のせい。
西側の花畑にたどり着いたハーランドは、ふむ、と。思案げに首を傾ぐ。
適当に選ぶのもいいとは思ったが、恭樹がどんな花を選ぶのかが、ここまで皆目見当もつかないとは思わなかった。
好きな花どころか、好きな色すら知らない。まぁ、聞いた所で教えてもらえるとも思えないが。
そもそも、花に語りかけるのだろうか。ぼんやりと眺めてお終い、なんてことも十分にありえるのではないか。
(――いや)
過った考えを、改める。恭樹はあれで律儀な男なのである。
さして興味のないことであれ、ハーランドが誘ったこの外出に、結果的に乗ったのだ。
ならば、趣旨に則り、何かを語っているに違いない。
それが聞けないのは、少し惜しいような、気がした。
しかしまぁ、わからないものはどうしようもないとハーランドはきっぱり割り切って、改めて足元の花を見やる。
「さて、わからぬなら」
選ぶ花は、決まっている。
恭樹に似合う花を。
そう考えると花を選ぶのも楽しいものだ。どれにしたものかと足元の花を吟味する。
赤い花、青い花、黒い花。なんでも選り取り見取りだと、雨降る空の下でありながらシャッキリと背を伸ばして主張する花たちを眺め、歩く。
その足が、ふと、一輪の花の手前で止まった。
「ふむ……?」
ふっくら、まぁるい、蜜色の花。
花の形は何に似ているだろう。どちらかと言うと蕾のようにも見えるが、一重だけの花びらは、しっかりと綻んでいる。
柔らかな曲線を描いて内側を包み隠す黄色の花弁に、そっと手を伸ばす。しっとりとした手触りを確かめて、ハーランドはやや満足げに口角をあげた。
「つれぬ猫のような、威嚇する獅子のような様が見ていて好ましい」
知っているか。そう尋ねるような口ぶりで、言葉を並べる。
聞いているならどんな顔をするだろう。眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をするだろうが、それではハーランドの言葉通りの態度と気付けば複雑な表情に変わることだろう。
「もがき、足掻き。自らの意志のみで動こうとする様も、見ていて飽きぬよ」
鑑賞している。それは否定しない。
だが、遊んでいるつもりも、決してない。
元来、そう言う性格なのだ。傷を持つならそれを抉り、刺激して、伴う感情を剥き出しにさせる。
人が何かに葛藤しているさまを見るのは、好きなのだ。
諦観して全てを悟ったような菩薩の顔をしているより、ずっと。
「貴殿は嫌がるが、これが性分なのでな」
許せとは言わない。許容しろとも言わない。
抗えばいい。それでこそ、人なのだから。
静かな声に、返答はない。当然か、と小さく笑って、ふるりと綿毛を震わせた花から離れ、踵を返す。
戻ったら、聞いてみようか。
「貴殿は、私へどんな感情を向けたのだろうな」
つれない口がこぼすことはないだろうが、あの花と同じ蜜色は、きっとその一端をにじませるだろうから。
●貴方に伝える
「これ、これにする。この一番赤い花」
絶対に絶対に間違えないでね。力を込めて念押ししてくる信城いつきに、ミカは気圧されつつも頷いた。
一番赤い花。花畑を見渡して一際目を引いたその色は、少し大振りな花。
形としては薔薇に似ているだろう。色と形をしっかりと記憶に止めて、ミカは岬の対岸で同じ花を探す。
同じ色、同じ形。それは探すまでもなく見つかった。まるで主張するように、視界に飛び込んできたのだ。
そっと手を伸ばしながら、ミカは己の表情が険しくなるのを自覚していた。
花を指示したいつきの表情が、少し硬かったのを、思い起こして。
(……何か、あったのか……?)
それも、この花を摘み取れば聞けるのだろうか。
少しの躊躇いを残しながらも花に触れ、その手に収めたミカは、その向こうから、己の名を呼びかける声を聞く。
『ミカ、ミカ、聞こえてる?』
「聞こえてるよ、チビちゃん」
確かめるような声に返答すれば、姿は見えないはずのいつきが嬉しそうな顔をしたような気がして。
ふ、と口元が緩む。けれど、同時に、意気込むような声で『聞いて』と告げてくるいつきの声に、また、表情を少し険しくした。
「どうしたチビちゃん……聞いてやるからゆっくり話せ」
努めて平静に、落ち着かせるような声音で、大丈夫だからとたしなめるようゆっくりと語りかければ、うん、と一呼吸置く間が開いて。
『ミカ聞いて。俺の「野望」の話』
続いたのは、力強い声だった。
『あのね、おれアクセサリーのお店を開くの決めたんだ』
「……は?」
力強く、決意に満ちた。それでいて、とても弾んだ声。
いつきのその声は、言葉通りの「野望」を思わせると同時に、「夢」であり「希望」であるのだとも語るように、晴れやかだった。
『レーゲンにも話をしてる。知り合いにも開業に向けての相談してる』
弾む声はなおも続く。それを聞きながら、ミカは「落ち着け」を繰り返した。
いつきにではなく、自分自身に。
(まず俺が落ち着け)
口元を手で覆い、呼吸音が届かないようにしてから、ゆっくりと深呼吸する。
まさかの開業宣言が飛び出すとは思わなかったのだ。しかも、アクセサリーのときた。
一体どんな経緯でそんな話が持ち上がったのだろう。考えて、どこかの詐欺に引っかかったのではないかという懸念をよぎらせる。
眉を寄せながら、穏やかでない胸中を押さえつけて、ミカは続きを促した。
聞いてやるから、と言ってくれた言葉の通りにしてくれるミカに、いつきは嬉しそうに顔を綻ばせながら、語る。
「最初はミカのアクセサリーを売りたいって夢だった」
いつきはミカの作るアクセサリーが好きだった。とても、単純に、好きだった。
だから、色んな人にその綺麗な飾りが認められればいいと、思っていた。
だが、今はそれだけではなく、それ以上の感情が湧いている。
「ミカが教えてくれたから。小さな飾りにお客を喜ばせる力があるって。それを頑張って作る人がいるって」
ほんの小さな飾り一つに、思いが篭っている。
誰かへ贈るのか、自分で身につけるのか。揃いを拵えるのか。人がアクセサリーを買う理由は幾つもあるだろう。
けれど、そのどんな理由にも、思いが伴っている。
だからこそ買い求める者は選び、吟味し、一番を見つけるし、作るものはそんな期待を思い描きながら一番を仕上げる。
「思いを繋ぎたいと思ったんだ、だから――」
言い掛けて、あ、といつきは声を上げた。最後の綿毛が舞い上がってしまった。
もう、ミカの声は聞こえない。
「……切れたっ、待って綿毛! 返事聞けてない!」
とっさに手を伸ばしたが、それが無意味だってことは分かりきっていて。
だから、いつきはすぐさま踵を返し、ミカのいる対岸の花畑へと駆けた。
泥水を跳ね上げ、時折ぬかるみに足を取られそうになりながら、全力で駆けた。
ぐるりと岬を囲うような道は緩やかなカーブだったけれど、雨に濡れた道はよく滑るもので。
「と、わ、わわ!」
ずるっ、と勢いよく滑って、顔面から水たまりに突っ込みそうになったが、すんでのところで身体が抱きとめられる。
「み、ミカ……」
「ったく、やっぱり走ってたな」
呆れたような声に安堵が混ざっている。やれやれと言うように、膝をついた姿勢を起こし、いつきの体もきちんと立たせてやると、小さな謝罪がこぼれる。
けれど、それを窘めるより早く、一歩詰め寄るようにして、いつきが声を上げた。
「続き、言わなきゃって思って……!」
だろうと思った、と。ミカは頷いて促した。
その柔らかな表情を見上げて、いつきは花が途中で切れて良かったのかも知れないと、少しだけ思う。
これは、彼の顔を見て言わなければ、きっと、意味がない。
「ミカの夢の手伝いだけじゃない、俺の夢にもなったんだ」
彼の作るアクセサリーが好きだった。
それを作る彼の真剣な姿も、好きだった。
手伝えることをただ単純に喜んだ。
伴う責任の大きさを、知った。
最高を、一番を、妥協せずに追求するさまに、心が動いた。
長く、傍で見てきた彼の仕事に掛ける「思い」を、届けたいと思った。
「小さいけど絶対叶えたい「野望」なんだ」
真っ直ぐな眼差しを、ミカは正面から受け止める。
柔らかくて甘い「夢」よりも、朧気で曖昧な「希望」よりもずっと明確なそれに、口元が緩んだ。
(以前から考えてたようだな)
いつからかは、知らない。それでも、一朝一夕で至った結論ではあるまい。
ただの思いつきが、こんな真剣な顔をさせるわけがなかった。
(世間にはもっと立派なデザイナーが山ほどいるのに、どうしていつも俺の良い所を見つけてくれるんだろうな……)
近しい存在が自分にはできないことをしている。そんな感情的な部分が含まれる褒め言葉は好まなかった。
同じ土俵に立って、きちんと理解をしようとしてくれるいつきの姿勢は、好ましかった。
そして、積み重ねた上で、自分の事として大きな願いを抱いてくれたのは、ただただ、嬉しかった。
「……あ、資金は全然足りないからお店開けるのはまだずっと先だけど」
急に勢いの萎んだいつきのそんな台詞に、ミカは思わずと言ったように、小さく吹き出した。
(数年先……そうだよな)
すぐ開業する気かと焦った自分の早とちりにもくすくすと笑ってから、はー、と大きく息を吐く。
そうして、いつきの顔を見つめた。
「まずは資金もだし、勉強する事も一杯あるぞ」
年上の顔で指摘するミカの言葉に、いつきはぱちりと瞳を瞬かせる。
その、意味は。問うような眼差しに、にこりと、ミカは笑みを返した。
「手伝わせろよ、チビちゃんの「野望」」
その言葉に、見る見る内に、いつきの表情が明るくなる。
「いいの? 本当に本気の全力だよ?」
「当てにしてるからな、未来のオーナー様」
「へへっ、やったー!」
満面の笑顔で飛びついたいつきに、ぬかるみとその勢いで体勢を崩しそうになったミカは慌てて声を上げる。
「こら危ない、飛びつくなっ」
ぱしゃり、と足元で薄い水たまりが音を立てる。
泥の跳ねた足元は、全力で駆けたいつきのズボンの裾を汚していた。
それと、同じくらい……それ以上に、ミカの足元が汚れているのには、喜びはしゃいでいるいつきは気が付かない。
(ほんっと、落ち着けよな、俺)
突然の宣言と、唐突に切れた会話とに動揺して、踏み出した瞬間に滑ってひっくり返ったことは、断じて内緒である。
いつきに全く転んだ形跡がないのだから、なおのこと。
●貴方へ願う
しとしとと雨の降る中、並んで傘を差したエルド・Y・ルークとディナス・フォーシスは、色とりどりの花が咲くその場所で、楽しげに花を選んでいた。
「これにしましょう」
ディナスが選んだのは、青い花。
それは彼の瞳のように透き通った青で、柔らかな花弁はどこか百合にも似ているだろうか。
気高い白よりも神秘的な青の花を、エルドは携帯端末で写真に収める。
「ではこれと同じ花を向こうで探してきますね」
のんびりとした口調と歩調で反対側へ向かうエルドを、ディナスは笑顔で見送った。
姿が見えなくなる頃に、そっと傘を畳み、降り止まない雨を仰ぐようにして空を見上げて。
ふと、瞳の端に雨粒が触れたのを機に、そっと目を閉じて、温かな思いを馳せる。
それは暫しの時間。そう、ほんの少しの、時間。
再び目を開いたディナスは、足元に屈み込み、先ほど選んだ花を、摘む。
きっと、エルドはまだあちらにたどり着いては居ないだろう。
ぬかるむ足元に気をつけながらの歩みは遅いだろうから。
それを分かっていながら、ディナスは花へと語りかける。
「ねぇ、ミスター」
糸電話のような役目を果たすその花は、あちらが摘まれねば声が届くこともない。
分かっていた。
だから、告げるのだ
「振り返れば、僕とミスターとの関係は、今この手にある双子の花にそっくりですよね」
繋がっているけれど、遠い。
どことなく一方通行で、少し視線が逸れれば噛み合わないまま。
「この花は、聞かれる前に始まって、ミスターが気がつく頃には終わろうとしている」
それは、まるで。
「……まるで、僕とミスターの人生のように」
エルドとディナスの間には、誰の目から見ても明らかなことが一つあるのだ。
齢の差。
――寿命の差。
それは覆しようのない現実だ。ディナスがどんなに追い縋ろうとも決して届くことのない隔たりでもある。
初めに、生き急ぐことを選んでいたら、違っていたかもしれない。
あの老人が悲しむことを考えず、己の気性に素直に従っていれば、今のような関係になっていたかどうか。
あるいは、すでに終わっていたかもしれない。それこそ、何もかも気が付かないまま。
でも、選んでしまったのは自分だ。この人を守ろうと決めたのは自分だ。
一呼吸置いて、そろそろだろうかと思案する。そろそろ、エルドはあちらで同じ花を選んでくれただろうかと。
「ねぇ、ミスター」
もう一度、語りかける。今から話し始めたのだと、言うように。
「ミスターは僕よりずっと先にいて……そして、僕より先にいなくなる」
知っていたんですよ、ちゃんと。貴方と一緒の時間が永遠ではないことを。
そこまで子供ではないんです、なんて。そんな、それこそ子供じみた言葉を飲み込んで、代わりに柔らかな笑みを口元に描く。
「でも、せめて……傍にいさせてください。この花電話が終わってしまうまでと、同じように」
二つで一つの花電話。あちらとこちらに離れていても、繋げてくれる、双子花。
綿毛が飛んでいく。ふわふわ、ふわふわ、降る雨にさらされていながら、なおも。
見送りながら、ディナスは思い起こす。同じように色とりどりの花が咲いたあの場所で交わした言葉を。
貴方を守って死ねたら幸せだと思った。
だけれど貴方は生きてほしいと願った。
たとえ自分が死んでも、笑って、次の日には忘れてほしいと。
願われてしまったことに覚えた胸の痛みを、忘れられようものか。
告げられる時間が終わってしまったのを、綿毛がすっかりなくなって味気なくなった花を眺めて知ったディナスは、その花を手にしたまま、岬の方へと戻っていった。
対の花畑では、まだ少しだけ残っている綿毛が離れていくのを眺めながら、それでももう声の聞こえなくなってしまったことを理解しているエルドがいた。
思うのは、やはり、という感情。
エルドには確信があった。ディナスは、きっとエルドが到着する前に、一方的に語りかけるだろうと。
似た状況を何度も経験してきたのだ。
水に溶けてしまった短冊に書かれていた言葉は、未だに知らない。
彼が抱いた感謝の真相も、まだ、きちんと把握したわけではない。
知らないことが多いのは、聞かずに、触れずに、彼の底に沈んでいる淀を刺激しないようにしたせいだろうか。
――その淀を、いま、告げようとしているような、気がした。
ディナスの予想に反して急ぎ足で向かった花畑には、相変わらず多種多様な花が咲いていた。
同じ花を見つけるだけでも一苦労しそうだったのに、何故だか、エルドは真っ直ぐその花を手にしていた。
双子花の性質だろうか。語られているのを受け止めて、聞いて、聞いてと身を震わせているとでも――。
『この花は、聞かれる前に始まって、ミスターが気がつく頃には終わろうとしている』
まるで、僕とミスターの人生のように。
ふわりと、漂う香りのように耳朶に染みた声に、エルドはかすかに目を剥いた。
彼が、そんな事を言うとは思わなかった。少なくとも、出会った頃には考えられなかった。
それから続く言葉は、先ほどとは少し声の調子が違って聞こえた。やはり、彼は先程の言葉を聞かせる気はなかったのだろう。
些細な独り言。
貴方と僕の間にどんな秘密があろうとも、貴方が知る必要なんてない。
そう、言われているような気が、した。
彼は置いていかれることを恐れているのだろうか。
それとも、この老人を失うことを恐れているのだろうか。
伺い知れない胸の内を知りたくとも、今、彼がどんな顔をしているのかさえ分からない。
花を握る手に力が籠もっていたのはいつからだろう。少し歪んでしまった茎を丁寧に撫でて、エルドもまた、その花を手に岬の方へと足を進めた。
そこには、案の定先に戻ってきていたディナスがいた。
傘も差さずに、しとしとと降る雨に濡れたままで。
そっと、己の傘を傾けて雨を遮ってやれば、視線が上がって、ふわりと微笑まれる。
「お帰りなさい、ミスター」
その手に握られた花を見て、エルドもまた、己がきちんと同じ花を摘めたことを伝えるように花を示し見せる。
それを見て綻んだような顔をしたディナスだが、ぺたりと張り付いた前髪のせいだろうか、表情が陰って見えてしまって。
顔を濡らす雫が、雨ばかりだろうかと、ほんの少しだけ思案して。エルドは、傘の内側だけに聞こえるような声で、告げた。
「貴方のお話を聞いて、言わなければならないことが」
きょとん、とした顔のディナスは、少し、瞳を揺らしていた。
見つめて、エルドは優しく微笑んだ。
「そうですね……短い間ですが、あなたと出逢えた事は奇跡です。こちらこそ、よろしければ……胸の時が止まるまで一緒にいてもらえたら嬉しいのですが」
それは、願ってもいいことだろうか。
確かめるような問いは、また、ディナスの瞳を揺らす。
嬉しい、とも、悲しい、ともつかない表情で、ディナスは頷いた。
双子の花は一蓮托生。
それでも、彼らの語りは、囁きは、ずっと、ずっと、向かい合った一方通行。
●貴方と交える
乗り物移動が苦手な精霊は、今日も具合が悪そうだ。
しかし、そんなことでぼんやりとされていても、困るのだ。
柊崎 直香は同行者の存在も踏まえて多少声を落としながらも、ゼク=ファルへときっぱりとした声を向ける。
「着いたらすぐ湖に突き落としてあげよう」
それに、ほぼ光を失っていたゼクの瞳が揺れる。
すこぶる気分が悪い状態だが、一応は抵抗をしなければなるまい。そうでなければまたずぶ濡れにされてしまう。
そんな決意を固めると同時、バスは現地に到着し、新鮮な空気の元へと降り立った。
そして、直香からの突進は、なかった。
ただの喝入れか、とまだぐらぐらする頭を抑えながら直香の向かう方向を確認していると、くるり、東へと向けた足を翻して、直香はゼクへと向き直る。
「僕は真っ黒い大きな花を探すからよろしくね」
そう言って、借りた傘をくるくる回しながら、西へと向かっていった。
直香が西なら、東へ行くべきか、と。背を幾らか見送ってから、ゼクもまた東の花畑へと足を向ける。
「……黒くて大きな花?」
思案げに漏れた声は、傘の下。
いまはまだ、この声は届かない。
「今日のは簡単だからわかるかな」
どうだろう、と小首を傾げつつ。ひょいひょいと水たまりを避けながら、目的の花畑へとたどり着いた直香は、きょろりと視線を巡らせて、花を探す。
選ぶのは勿論、黒くて大きな花……ではなくて。
己が告げたそれとは真逆の、白くて小さな花。
花かんむりでも編めそうなその花は、綿毛に埋もれるほど小さくて。他の花の間にも、隠れてしまいそう。
「あーあー、テステス」
摘み取った花に囁きかえれば、ふるりと綿毛が震える。どうぞ好きにお話しなさいな。促すように。
「ハロー雲ひとつない晴天の下の直香ちゃんです」
傘を、さして。しとしと降る雨の音を聞きながら、直香は抑揚の乏しい声で語った。
聞こえる声に、ゼクは瞳を眇める。
そうして、なるほど、と思った。
『茸のソテーまた食べたいなあ』
声に、やはり抑揚は乏しい。
『帰ったら掃除しよう』
淡々と語る言葉の意味を、すぐに理解できるほどに。
(機嫌が悪いらしいな)
普段なら嬉々として湖に落とすところをそうはせず。
さかしまの花を指定して。
そうして、分かりやすい嘘を連ねていく。
ちゃんと、分かっているのだろうか。ゼクが直香の言葉の真意を汲んで、同じ花を摘み取っているということを。
「食べたくないならそう言えばいい」
溜息一つ。
「どうせ、しないんだろう」
分かりやすい戯言を吐く意味を、静かに確かめる。
律儀に、きちんと、返される逐一の言葉に、直香は口をへの字に曲げた。
ふわふわと飛んでいく綿毛には、可愛そうなことをしているかもしれない。ただの戯言に付き合わされるなんて、哀れなこと。
――あわれな、こと。
「……ゼクのばーか」
『それは俺の知性を認めているということか?』
しれっとした声に、また、否定される。
への字のついでに頬を膨らませ、直香はなおも言い募る。
「お花に僕の嫌いなものの話を聞いて貰ってただけだよ」
『……今の言葉も、逆の意味で捉えればいいのか』
全部全部、逆ならば。嫌いと言った茸も掃除も、今度は提供してやろう。
またしてもさらりと返されて、むむ、と直香の眉間に皺が寄った。
そうじゃない。そうじゃない。
わけがわからないと嘆息して、呆れてくれればいいのに。
そんな何もかも見透かしたような声で、困ったような間も置かずに切り返してこなくたっていいじゃないか。
(ゼクのばーか)
もう一度、胸中で呟く。拗ねた子供のような、ひどい顔をしている自覚をしながら。
「ちゃんとルールに則って話したまえ」
そう告げた直香の声は、先程よりも感情が乗っていた。
機嫌が悪そうな彼の、ちゃんとした苛立ちが。
(ルールって何だ。俺にも適用されるのか)
そんな説明はなかったし、それを実施しているのは直香だけなのだけれど。
だけれど、彼との会話には、その「ルール」とやらが必要ならば。
「直香のことはずっと嫌い――なんて、言わない」
必要、ならば。
その通りに。
「嘘でも言わない」
返答を待たない二言目。それで、ゼクの言いたいことはおしまいだ。
だけれど、まだ綿毛は残っている。声は、まだ届く。
届いてくる、声が。
震えて聞こえた。
『ねえ。今。キミの顔見たくない』
聞き留めて。ゼクは屈み込んでいた身を起こし、摘んだ花を手に踵を返した。
だって、そうだろう。
ルールは、適応されているのだろう?
花の向こうから、声が聞こえなくなった。
綿毛はまだ残っているのに。落とした視線でそれを確かめながらも、直香は何も言えないでいた。
蹲った直香の傘を、雨が打つ。しとしと、しとしと、うるさいくらいに。
だというのに、その音さえも、直香の耳には届かない。
嫌い。好き。言わない。言う。
嘘でも。本当だから。言わない。言う。
ねえ、それは……「ほんとう」?
「ほんとう」に、「すき」だと、「いう」の?
ぐるりと巡るのは、全く予期していなかった感情で。直香は、蹲ったまま動けない。
傘を被った小さな後ろ姿に歩み寄れば、水の跳ねる足音に、傘が跳ねるように揺れた。
「……キミの顔見たくないって、言ったよね」
「ああ、「言った」な」
だから、来たのだろうと。普段どおりに静かな声。
狡いじゃないか。キミばかり平静だなんて。
狡いじゃないか。顔を伏せたままだなんて。
すっかり冷たくなってしまった指先から攫った白い花は、一つに結んで岬へ捧げた。
小さな背中と、見下ろす視線が交わるのは、きっと、止まない雨が上がった後。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月12日 |
出発日 | 05月18日 00:00 |
予定納品日 | 05月28日 |
参加者
会議室
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2018/05/17-23:46
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2018/05/17-23:46
ディナスと…こちらがミスターです。
素敵な花ですよね。思わず、
伝える事と伝えたくないことの両方を、改めて考えてしまいました。
上手く伝えられるか分かりませんが、伝えたくないことの両方がありますが、
まず僕も、心が迷走して水に飛び込むのは自重したいとは思っています。 -
2018/05/17-21:04
信城いつきと相棒のミカだよ、よろしくね!
伝えたい大事な話があるから、同じ花ちゃんと選んでよミカ
……だーかーらそこで意味ありげに笑わないでー!! -
2018/05/16-23:08
柳恭樹だ。
ハーランドが勝手に申し込んでいたが、まあ。よろしく頼む。 -
2018/05/16-23:08
湖の説明を聞いた精霊が何か言いかける前にその口に生のニンジンをシュート。
ハローハロー、年単位で失踪していたような気もするけど
何食わぬ顔でごきげんよう、クキザキ・タダカです。
精霊はゼク=ファルっていうらしいよ。よろしくね!
「飛び込む事が不可能ではない」湖にそわそわしちゃうけど
ちゃんと空気は読むのでご安心めされよー? -
2018/05/16-23:05
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2018/05/16-19:39
こんばんは。アオイと一太です。不思議な花が咲く雨降り岬、楽しみですね。
どうぞよろしくお願いします。