プロローグ
町を出て十五分ほど歩くと、お地蔵さまが三人並んでいる場所がある。右から順に、大・中・小。私がお祈りをするのは、一番左のお地蔵さまだ。
「お地蔵さま、どうかマサヒロくんが、私のことを好きになってくれますように」
「ミナちゃん、町の向こうのお地蔵さま知ってるよね? あのお地蔵さまね、一か月毎日お願いすると、恋をかなえてくれるんだって」
「ほんと?」
「お母さんはそれでお父さんと結婚できたって言ってたよ」
同じ学校に通うマリちゃんがこっそり教えてくれたのは、私が今、片思いをしているからだ。優しくてかっこよくて、勉強も運動もできる、クラス一番の人気者のマサヒロくんに。
「隣のクラスのアイちゃんは、告白したけど振られちゃったんだって」
「え? アイちゃんかわいいし、歌も上手なのに? どうして?」
「なんでだろうね? でもミナちゃん、よかったじゃん。チャンスあるかもよ」
マリちゃんはそう言ってくれたけれど、アイちゃんがだめだったのに、私にチャンスなんてあるわけないよ。
でもマリちゃんは「言わないと伝わらないよ」って言う。
だから私は決心したの。一か月、お地蔵さまにお願いした後、マサヒロくんに告白するって。
朝ご飯の前の早い時間。今日もお参りを終え、私は町に向かった。明日がお参りの最終日、明日が終われば、私は告白する。
考えるだけで、胸がどきどきした。どうしよう。告白ってなんて言えばいいんだろう。緊張しながら町に帰ると、町の入り口には、たくさんの人が集まっていた。
「ああ、ミナ!」
この時間、いつもなら朝ご飯を作っているはずのお母さんが、走ってくる。
「お母さん、どうしたの?」
「デミ・ワイルドドックが出たんだよ。ミナの友達のヒビキくんが、お地蔵さんの近くで見たんだって!」
「……え? でも私、見なかったよ?」
「運が良かったんだねえ! ああ、無事でよかった!」
お母さんはそう言って、私をぎゅっと抱きしめた。
「一応A.R.O.A.にも連絡をしたよ。デミ・オーガが町の近くをうろうろしてるんじゃ、怖くて仕方ないからね」
お母さんの腕の中で、私は町長さんのそんな声を聞いた。
「デミ・ワイルドドックを見たなんて嘘に決まってるよ。だってヒビキくん、ミナちゃんのことが好きでしょう? おまじないのこと話してるのを聞いて、ミナちゃんがマサヒロくんに告白するの、邪魔しようとしてるんだよ」
その日の学校でマリちゃんはそう言ったけど。
え?
「……ヒビキくんが、私のこと? 嘘だ、全然気づかなかったよ!」
「だろうね。でも絶対そうだよ。ヒビキくん、ずっとミナちゃんのこと見てるもん。でもヒビキくんって、勉強も運動も普通だからね~、私はマサヒロくんのほうがいいと思うけどな」
教室の片隅での内緒話。私はくるりと部屋の中を見回して、ヒビキくんを探した。ヒビキくんは自分の席で友達の男子と話していたけど、ちょっとだけこっちを見た気がした。私は慌てて目をそらして、マリちゃんの方へと向き直す。
「でも、そんなことで嘘つくかな? きっとほんとにデミ・オーガが出たんだよ」
「じゃあどうするの? 明日はお地蔵さまのとこ行かないの? 明日で最後なんでしょ? 明日行かないと、また一か月通わなくちゃいけないんだよ」
次の日。
私はいつものように、お地蔵さまに向かっていた。デミ・オーガを見たっていうのはヒビキくんだけで、ほかの人は誰も見たって言っていないから大丈夫って、マリちゃんが言ったから。お母さんはまだ寝てたから、こっそり家を出てきた。
お地蔵さまが見えてきて、ここまでデミ・オーガはいなくって、私はほっと安心する。でもそのとき、がさりと道の横で音がした。
「え……?」
足を止めてしまったのはこわかったから。やっぱりデミ・オーガがいるの? どうしよう。私……。
がさ、がさがさっ!
「きゃっ!」
――そこから顔を出したのは、ヒビキくんだった。
「ミナちゃん……」
ヒビキくんはちょっとびっくりしたみたいだった。だけどすぐに、怒った顔になる。
「だめだよ、こんなとこに来たら! デミ・ワイルドドックが出るよ!」
そう言って、私の腕を掴む。
「ほら、今のうちに帰ろう!」
「でも……」
お地蔵さんはすぐそこなのに。あとちょっとで、願いことがかなうのに。
「やっぱ私、お参りしてくる!」
私がヒビキくんの手を振り払って駆け出すと、ヒビキくんが追ってくる。
「危ないってば!」
「そんなこと言って、ヒビキくんだってひとりでここにいたじゃない! 危ないなら何で来たの?」
「だって僕は……僕もお地蔵さんに通ってたから……片思い、叶えたくて……」
ごにょごにょと言ったヒビキくんは、真っ赤な顔で「ともかく!」と叫んだ。
「僕は男だから大丈夫なの! ミナちゃんがお参りするのここで待ってるから、そうしたら一緒に帰ろう。デミ・ワイルドドックを見たのは本当だから」
「……うん、ありがとう」
言いながら、ふと、ヒビキくんが今言った片思いの相手って、私なのかなって思った。そうだとしたら私、ひどいことしてる……。
それでも私は、お地蔵さまの前にしゃがんで手を合わせた。
「お地蔵さま、今日で最後です。どうか私の告白が成功します……えっ?」
「ミナちゃんっ!」
気が付いたとき、私は背中から、ヒビキくんに抱きしめられていた。
でもどきどきする暇なんてなかった。だって私たちは、角の生えたデミ・ワイルドドックに囲まれていたんだから。
解説
●目的
デミ・オーガに囲まれてしまったミナちゃんとヒビキくん(12歳)を助けてあげてください。
敵はデミ・ワイルドドック十匹とワイルドドック五匹です。
●お願い
そして男心がわかるウィンクルムの皆さんにお願いです。
ヒビキくんはミナちゃんへの恋をかなえるべく、お地蔵さまに通っていました。
もしミナちゃんが明日マサヒロくんに告白してうまくいかなければ、ヒビキくんにもチャンスがあるかもしれません。
そのためにも、ヒビキくんがかっこいい姿をミナちゃんに見せられるよう、ヒビキくんの見せ場を作ってあげてください。
ヒビキくんはとても優しい男の子で、短距離走が得意です。
今は大好きなミナちゃんを守りたい気持ちでいっぱいなので、ウィンクルムの皆さんの声掛けや協力次第では、もっともっと頑張れるでしょう。
ミナちゃんは素直な子です。誰のいいつけもきちんと守ります。
ゲームマスターより
目的を達成すれば、お願いはかなえられなくても任務は成功になります。
でも敵はそんなに強くはないデミ・オーガですから、ヒビキくんの恋も応援してもらえたら嬉しいです。
ヒビキくんは、子供とはいっても男の子。好きな子のためなら普段以上のこともできるでしょう。
ヒビキくんへの恋のアドバイスも歓迎です。
けがには注意してあげてくださいね。
※A.R.O.A.は町長からすでに依頼を受けていますので、ウィンクルムはすでにこの場所に向かっています。リザルトノベルは戦いのシーンから始まります。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
高原 晃司(アイン=ストレイフ)
恋してる少年か… 俺は恋とかそういうのはまだ経験した事ねぇから どういうのかわかんねぇが… 鼓舞ぐらいはできるから折角だし鼓舞をしてやろうと思うぜ 俺は前衛でワイルドドッグと戦うぜ まずヒビキにミナの護衛をするように頼む 「いいか?ミナを守れるのはお前だけなんだ。お前が身体を張って守るんだいいな?」 ヒビキも活躍させたいが流石に戦闘はキビしそうだろう ワイルドドッグに対してはナイフで切り付けてく感じでいくぜ 積極攻勢でなるべく子供達が怪我しないようにしようと思ってる |
スウィン(イルド)
■呼び方 坊ちゃんorヒビキ お嬢ちゃんorミナちゃん ■戦闘 即トランス 子供達が見えないよう手で隠す 前衛 ヒビキ達を攻撃されないよう、ヒビキ達と敵の間に入る 優先順はドック>デミ 体力が減っている敵を優先して攻撃し数を減らす ■後 後始末をし、希望するならおまじないの続きをしてもらう ■ヒビキへ恋のアドバイス お嬢ちゃんは他の子が好きなの? それでも気持ちだけでも伝えてみたらどうかしら? もしかしたら、お嬢ちゃんを困らせたくないって思ってるのかもしれないけど… でもヒビキの気持ちが分からなかったら お嬢ちゃんもちゃんと考える事ができないから もし伝えるなら、勇気を出して頑張って! 結果が駄目なら、潔く身を引きましょ |
アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
(デミなら精霊でなくてもいけるな) トランスして現着 酢を入れた薄いガラス瓶を沢山持参 何件かの依頼でデミドックの優れた嗅覚を逆手にとり攻撃力を削ぐのに成功してる方法だ 投石で注意を引き、子供達を庇い、割り入る 「よく頑張ったな」と安心させる 様子から関係を察し 「数が多いな。君、手伝ってくれ」とヒビキに 「彼女を守ってくれ」 ヒビキに酢瓶を幾つか渡す 「これには奴等の効き過ぎる鼻に効く臭いが入ってる」 「鼻先か足元に投げて割ったら即離脱だ。彼女を守りながらだが…頼めるか?」 俺も剣で応戦 ヒビキが動きを鈍くした奴のトドメを俺が刺す連携プレイだ *同時に彼等のガードでもある ◆事後 ヒビキをキッチリ褒めて名前を聞き、感謝する |
大槻 一輝(ガロン・エンヴィニオ)
子供にしてリア充か最近の子はほんまやりよるで… と、現実逃避しとらんで先ずは目の前の獅子やな。 先ずはジャリ、そこの嬢ちゃん守ったってや だが手を出すなよ。守るのに専念、って奴や。 俺自身も護衛には参加するが、基本的にジャリに良い所持たせたいんで矢面には時々立たせたい所ではあるな。 尤も、大けがしたらアホらしいし俺かガロンが絶対についときたいけど。 …(視線でガロンに合図 ナイスやガキ共! (※流れには沿うのは大前提とする) |
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
現場に着く直前にトランスしておくぜ。 ヒビキとミナの安全を優先する。 2人を護るのはラキアに任せる。 俺はワイルドドック達を仕留めるぜ。剣で相手をする。 敵の数を数を減らす事を優先。喉を狙って確実に手短に仕留める。 サバイバルスキルも使って、敵の群れのリーダーを確認し精霊達に教えるぜ。群れで狩るならリーダーを潰した方が効率良いだろ。今回敵は全滅させる。子供達が後日襲われないようにな。子供達の前で酷い事は見せたくないが。 オレの考えでは、男は女性を護るもの。そして女性を不安にさせちゃ駄目だ。心配掛けさせるのも良くない。目の前で闘うよりも彼女が危険に遭わないようにできる方がいいよな。とヒビキに言ってやりたい。 |
お地蔵さまのすぐそばで、たくさんのデミ・ワイルドドックとワイルドドックが、ヒビキとミナを囲んでいた。ヒビキは敵に背を向けとっさにミナを抱きしめたが、この姿勢ではミナを守ることはできても、敵を攻撃することはできない。きっと、犬たちの尖った牙や爪が、自分に襲いかかるのだ。そう思うと、怖くて涙が出そうだった。
でも、ここでヒビキが泣いてしまったら、ミナは今よりずっと、この状況を怖いと感じるだろう。ただでさえ、ミナは体を丸めて怯えている。ヒビキくんと呼ぶ声は、かすれて震えている。
それになにより、とヒビキは思う。僕は男だ。好きな女の子に、泣いている姿なんて見せたくない。でも、どうしようもない状況なのも、また事実。
誰か……!
声には出さずに助けを呼んだ。それにこたえてくれる人がいようとは、思いもしなかった。
「あそこか!」
ウィンクルム一行はデミ・ワイルドドックとワイルドドックの集団を見つけた。グルルとうなり声を上げる敵が、狙うは少年と少女。少年は少女を背後から抱きしめて、覆いかぶさるようにしている。あの小さな体で、守っているのだ。
ウィンクルムには、迷っている暇も、ためらっている時間もなかった。
「ランス!」
短く名を呼び、顔を向けさせて、アキ・セイジは素早くヴェルトール・ランスの頬に口づけた。
「コンタクト」
セイリュー・グラシアも、ラキア・ジェイドバインの頬にキスをする。
「滅せよ」
スウィンの唇が、イルドの頬に寄せられる。
「燃え上がれ炎」
赤いオーラが二人を包む。さながら、インスパイアスペルにある炎のように。
どんっ、と何かが地面に落ちる音がした。ヒビキとミナがいる場所よりも、数メートル手前だ。犬の集団が一瞬そちらを向いたのは、音が気をひいたというより、新たな人間の参入を、鼻が嗅ぎ取ったからだろう。
「大丈夫か!」
ウィンクルムたちが、戦いの場に駆け寄る。トップを走っているのはセイジとランスだ。ランスはそのまま敵に向かい、セイジはヒビキの前に立った。
「よく頑張ったな」
「恐かったね。もう大丈夫だよ」
同じく駆けつけたラキアが、こちらはヒビキの脇に寄る。
「俺たちはこいつらの退治依頼を受けてきたウィンクルムだ。こいつらを倒すのは俺たちの役目だ」
イルドがロングソードを手に言った。彼の相棒のスウィンもまた、小刀を持って敵に対峙している。
「お前はそこの嬢ちゃん守ったってや」
大槻 一輝はガロン・エンヴィニオとともに、ヒビキをはさみ、ラキアの逆隣に立った。そこにナイフを手に走り込んできたのは、高原 晃司、続くのはアイン=ストレイフである。
「ミナを守れるのはお前だけなんだ。お前が体を張って守るんだ、いいな?」
「え……」
突然の展開に、晃司の言葉を理解するのに時間がかかる。それほどに、ヒビキは混乱していた。敵が現れて、そこにA.R.O.A.のウィンクルムたちが来てくれて、自分にミナを守れと言っている。
「……ヒビキくん」
ミナは自分の腕の中で体を震わせている。
「うん……わかった。僕が、ミナちゃんを守るよ」
どこまでできるかわからない。でもミナには怪我をしてほしくない。さっきはもうだめだと思ったけれど、今は希望の光が見えたのだ
ミナに、これ以上泣いてほしくない。その一念で、ヒビキはそう答えていた。
セイジはこの戦いに、酢を入れたガラス瓶を持ってきていた。以前の対デミ・ワイルドドック戦で効果的だったものだ。それを二本、ヒビキに渡した。
「これは、奴らのよすぎる鼻に効く匂いが入っている。万が一のときは、ドックたちの鼻先か足元に投げるんだ。いいか?」
ヒビキはこくんとうなずいた。小さな瓶を、両手で一本ずつ受け取る。
「その女の子には、戦っているとこは見せないほうがいいだろ。耳を塞ぐなり目を瞑るなり、少しでも安心できるようにして、ついててやってくれ」
アドバイスだけを残し、イルドは敵に向かっていく。そのたくましい背中を見送って、ヒビキはミナに声をかけた。
「ミナちゃん、今の聞こえたよね? 大丈夫、ここには僕もいるし、ウィンクルムのお兄さんたちも来てくれた。ね? ミナちゃんはじっとしていればいいから」
ヒビキは、怯えるミナがきっちり理解できるように、ゆっくりと喋った。わかった、と蚊の鳴くような返事とともに、ミナは両手を耳に当て、目をぎゅっと閉じる。
「そばに友達がいてくれると、安心できるからね」
ここに残って守ってくれるらしい、ラキアの柔らかい言葉がヒビキの背を押す。守ろうという勇気がヒビキの心の中に満ちていく。
ヒビキは小瓶を手に握り、ミナの背中に自分の背中をつけて、戦うウィンクルムを見つめた。これで敵を見ながら、自分がここにいることをミナに伝えることができる。
背中で分け合う体温に、ミナが少しでも安心してくれたら。ミナの好きなマサヒロのように、格好よく何でもできはしないけれど、今この場だけは、彼女のヒーローになりたかった。
「ほら、かかってこい!」
前衛で、イルドは大きな声を出した。やすい挑発。しかしこれで敵がこっちに来てくれれば、ラッキーだ。子供を守りやすくなる。
「ガアアアッ!」
期待通り、開けた口からよだれを流しながら、数匹のデミ・ワイルドドックが向かってきた。イルドは全身をコマのように回転させ、ロングソードの刃を敵にたたきつけた。回転が攻撃の威力を増大させる。しかしいくら知能の低いドックたちにも、生き残りたいという本能はある。最初の二匹ほどは傷つけることができたが、その後の敵は後方へと逃げてしまった。
「ランス、朝霧の戸惑いをかけるんだ!」
「わかった!」
セイジに答え、ランスは周囲に霧を発生させた。それは敵の体にまとわりつき、その自由を奪う。
「ウィザードは攻撃魔法だけじゃないんだぜ!」
「ああ、これなら全員が恩恵を受けられる。助かったよ、ランス」
白いカーテンの中で、セイジとランスは武器をとる。戸惑う敵に、セイジは刀を、ランスは杖をぶち当てる。
「お、やってくれるじゃん」
晃司は突如現れた霧に、にやりと笑みを見せた。ワイルドドックに向かう足は止めないままだ。持っているナイフで、吠える敵の背中を切りつける。
ズシャッ!
「キャンッ!」
「うわ、やべっ!」
攻撃を受けて上がった敵の声は、どこか愛らしくも聞こえる高いものだ。しかしさすがに、ただの犬とはわけが違う。ワイルドドックは一瞬はひるんだものの、その尖った牙で、晃司が伸ばした腕に、噛みつこうとしたのだ。
霧のせいで、動きは遅い。しかし霧があるから余裕だと、晃司も少々油断していた。
「やれやれ……まったく、晃司は仕方ないですね」
ガンッ!
アインの狙いは違わない。銃口からまっすぐに飛び出た弾丸は、ワイルドドックを貫いた。どさりと敵の体が地に倒れる。絶命の声はなかった。
「油断禁物ですよ、晃司」
「わっり、ありがとな、アイン!」
晃司はへらりと頭をかいた。しかし戦いはまだ、終わってはいない。
「ったく、ほら、キスしてください」
晃司は駆け寄り、求められるままにアインの頬にキスをする。
「覚醒の誓いを今ここに」
言った直後、アインの銃が弾丸を発射する。ガウン! ガウン! 背後から晃司を狙っていた敵の、眉間に弾が沈み込んだ。
喉を狙って短時間で確実に、敵を仕留める。目の前にデミ・ワイルドドックの体が倒れると、セイリューは一度後ろを振り返った。
背後では、相棒ラキアが子供たちの前に立っている。彼の周りには光の輪が見えるから、シャイニングアローを発動させているのだろう。あれは敵の攻撃を跳ね返す。心配することはない、とセイリューは再び前を向く。
敵は全部で十五匹。格段に多いわけではないが、なかなか面倒な数でもある。しかしそのうち何匹かは、すでに仲間の攻撃でやられているはずだ。
「やっぱりリーダーを潰したほうが、効率がいいだろ……」
呟きは聞く者のない独り言。
「子供にひどいことは見せたくねえけど、また襲われても困るしな」
残る敵の中で、リーダー格はどいつだろうと、セイリューは周囲をみまわした。とりあえず角のある奴だろうと、デミ・ワイルドドックを探す。と、中でほかの個体より、一回り大きなものをみつけた。あれか! とっさに判断し、その黒い犬の前へと向かう。
「グルルル……!」
眼前へとやってきたセイリューをすぐさま敵と認識し、デミ・ワイルドドックは低く唸り声を上げた。周囲に残るほかのドックたちが、ボスにつられて、セイリューの周りに集まってくる。
「俺も加勢するぜ!」
「こっちにもいるわよ」
隣にスウィンとイルドがやってきて、三対六の戦いの始まりだ。
「一人二匹だな」
セイリューが剣を構え、
「いくぜ!」
吠えたのはイルドだった。それに続くは、小刀を携えたスウィン。
皆が皆、敵の中へと飛び込んでいく。
「すごい……」
ラキアの後ろから、ヒビキはウィンクルムの戦いを見つめていた。その背後では、見えぬ聞かざるの姿勢で、ミナがしゃがみこんでいる。
「このまま、セイリューたちが頑張ってくれればいいんだけど」
光の輪の中に立ち、ラキアは相棒が敵を倒すさまを目で追った。ヒビキとミナを守る準備はできている。隣には、さっきトランス化したガロンと一輝もいる。
くそう、だの、なんでこんなことっ、だの文句を言いながら一輝がガロンの頬に唇で触れた。おかしそうに、そのくせ静かにほほ笑むガロンを横目に、インスパイアスペルを口にする。
「絶えざる光を我等が上に」
ガロンと一輝、そして自分。ライフビショップ二人と神人で守るのならば、子供たちに怪我をさせない自信はあった。しかし、万が一ということもある。
そう思った矢先のこと。
「ワオンッ!」
黒い毛をまとったボスが、するりと前衛の間を抜けた。
「ラキア!」
敵を逃した、セイリューが振り返る。
「大丈夫!」
こっちには光のガードがある。
ボスは普通の犬のような声を上げながら、そのくせ犬とは違った凶暴な顔をして、一直線にやって来た。
「ガウッ!」
ラキアに向けて、尖った爪の前足を伸ばす。
「うわっ!」
ラキアの背後でヒビキが驚きの声を上げたが、攻撃は届かない。
「こっちは平気だよ。君はミナちゃんにちゃんとついていてあげて」
「ガアアアッ!」
そのとき、別の犬が吠えた。ボスに従っていた別の敵が、ボスのピンチを察したらしい。
「あのデミ・ワイルドドックはこちらで引き受けるよ」
ガロンがラキアに声をかけ、一歩前へと足を踏み出す。しかし襲ってきたのは一匹ではなかった。タタタ、と獣の足音を響かせて、地を走るもう一匹。二匹がこちらに向かっている。
「俺も参戦する……けど」
一輝はちらりと後ろに視線を向けた。戦闘前、セイジに渡された酢の入った瓶を、ヒビキは握りしめている。ミナのそばにいて彼女の不安を取り除いてやるのも大切なことではあるが、どうせならもっとカッコイイ姿を見せてやりたいではないか。
一輝はあえてガロンに並ぶことはせず、ヒビキより少し前に進んだだけだった。
「大けがしたらあほらしいから、あいつに無茶はさせられんけど……」
でも、やっぱり。
「おい、ジャリ!」
一輝はいよいよ、振り返った。
「あの犬が向かってきたら、その瓶投げつけられるか? 俺が声かけたら思い切り投げてくれればいい。そしたら俺たちが、あと引き受けるから!」
「……僕が?」
「せや、その子にいいとこ見せたりや!」
ヒビキはちらりとミナを見る。そして覚悟を決めたように、ミナの丸まった背中にくっつけていた、自分の背を離した。
「……ヒビキくん、行っちゃうの?」
「うん。でもちょっとだけだよ。ミナちゃんのことは絶対守るから、ここにいてくれる?」
「でも……」
「大丈夫だよ、そんな不安そうな顔をしないで」
「……私も」
「え?」
「ヒビキくんが行くなら、私も行くよ。その瓶、一個貸して?」
ミナは真っ青な顔でそう言うと、ためらうヒビキの手から、小瓶をひとつ、抜き去った。
「ヒビキくんだけに、危ないことをしてほしくないの。……ヒビキくん、私がお地蔵さまにお願いするのを、待っててくれたから」
その間、一輝は後ろを気にしながらも、前からやって来る敵を見つめていた。
「ガウッ!」
一匹がガロンの光輪にはじかれる。次の一匹がすぐに……。
「今や、ジャリ!」
勢いよく振り返り、ヒビキは手にした小瓶を思い切り投げた。ミナもそれに続く。ガシャン、ガシャン、と二本の瓶が、デミ・ワイルドドックの顔の横で割れる。ガラスの破片が飛び散って、酸っぱい香りが周囲に満ちた。
人間にしたら顔をしかめる程度。しかし鼻の敏感な犬にとってはたまらない。
デミ・ワイルドドックの動きが一瞬止まる。その体に、一輝は小刀を振り下ろした。やっと敵を退治して、前線から戻ってきたメンバーも参戦し、デミ・ワイルドドックは多くの神人および精霊に囲まれることとなった。ガロンとラキア、そして一輝の一撃によって弱っていた敵が、多勢の攻撃に耐えられるはずもない。
ヒビキはその戦いを見ていたが、途中ではっと我に返った。隣にいるミナを、前面からぎゅっと抱きしめ、ミナの頭を自分の肩に押し付ける。
「ミナちゃん、見ちゃだめだ!」
「ワオーン……」
最後の咆哮。それはボスが絶命する際の鳴き声だった。
※
「ありがとな。二人が投げてくれた瓶が役立ったわ」
「……ほんと?」
一輝の言葉に、ミナが嬉しそうにほほ笑んだ。
「君は勇敢な男だな」
セイジは子供ら二人の傍らに立ち、ヒビキの小さな肩に、とんと手を置く。
「そういえば、名前を聞いていなかったが」
「ヒビキです!」
「そうか、ヒビキか。ありがとうな。それと……」
「ミナです」
「君もよく頑張ってくれたね」
ガロンの手が、ミナの頭を撫ぜる。それは父親が子供をいたわるのと同じやり方ではあったが、ヒビキは少々気に入らなかったらしい。
「ガロン、それはちょっとよくないんじゃない?」
不満げなヒビキの顔に、スウィンが苦笑した。その顔をふんわりとした笑顔に変えて、ミナの前にしゃがみこむ。
「ミナちゃん、おまじないの続きをする? もしするなら俺たちここで待ってるけど」
「私……」
ミナはほかのウィンクルムたちと話しているヒビキに目を向けた。そして瞬きを二度。スウィンに向き直り、左右に首を振る。
「おまじないはもうやめにする」
「そう」
スウィンはにっこりとほほ笑んだ。
「ねえ、ヒビキ。もしかしたらお嬢ちゃんを困らせたくないって思ってるのかもしれないけど……気持ちだけでも伝えてみたらどうかしら? ヒビキの気持ちがわからなかったら、お嬢ちゃんもちゃんと考えることができないから」
帰り道、スウィンはヒビキにそう言った。さきほどおまじないをしないと言ったミナを見たから、というのもある。この二人は、うまくいきそうな気がするのだ。
「……大切な奴は、守るもんだ。お前はよくやれていた」
ちらちらと相棒スウィンを見ながら、イルドが言いにくそうに口にする。
「そうだな。男は女性を守るものだ。そして女性を不安にさせちゃだめだ。心配かけるのもよくない。彼女が危険に合わないようにできるのが一番なんだ」
セイリューは、ヒビキの背中をポンとたたいた。
ミナは、さっきまでセイジにおまじないの説明をしていたが、今はヒビキと並んで、前を歩いている。
「自分の初恋を思い出したよ。子供が先生に憧れちゃう、よくある話さ」
セイジは二人の小さな背中を見ながら言った。
「ランスはどうだ?」
「……俺は、今初恋中だ」
「え……それってつまり」
自分から聞いておいて、頬を染めることになろうとは。気づけばミナとヒビキが手をつなぎ、興味深げにこちらを見ていた。
「こら君たち、お兄さんたちは見世物じゃないぞ!」
焦ったセイジの言葉に、子供たちのみならず、周囲から笑い声が漏れる。
「いやあ、いいよな、なんか青春って感じでさ!」
最後尾で晃司が言う。隣でアインは呆れた顔を見せた。
「晃司もまだ十分、青春時代でしょう」
「うーん、でも俺、恋とかまだよくわかんねえし」
そろそろ村が見えてきた。
入り口では、ミナの母親と村長が大きく手を振っていた。
依頼結果:成功
MVP:
名前:スウィン 呼び名:スウィン、おっさん |
名前:イルド 呼び名:イルド、若者 |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | 日常 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 05月24日 |
出発日 | 05月31日 00:00 |
予定納品日 | 06月10日 |
参加者
- 高原 晃司(アイン=ストレイフ)
- スウィン(イルド)
- アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
- 大槻 一輝(ガロン・エンヴィニオ)
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
会議室
-
2014/05/30-23:47
わかった。
何か渡せるものを考える。
遠距離から投げるものなら危険も少ないだろう。
それなら足の速いことも生かせるしな。 -
2014/05/30-23:35
了解。一応修正はしておいたぜー
でも、折角だからミナにヒビキのいい所を見せてあげたかったんだが
やっぱ難しいもんだな… -
2014/05/30-23:18
安易に子供を危険な目に遭わせるのは俺も反対かな。
万が一怪我でもした場合、ヒビキ本人だけでなく
「自分のせいでひびきが怪我をした」とミナが考えて
彼女を精神的に傷つけることにもなりかねないだろ。
子供達の安全は優先しておきたいぜ。 -
2014/05/30-23:12
ミハって誰よ; ミナちゃんね…。
万が一って事だから、ほんとに戦わせる事はないんだと思うけど、お子様に刃物渡すのは抵抗があるわ。
可能なら木の枝でも渡して(渡すだけで戦わせない。あるか分からないけど)、
「敵を倒すのはおっさん達の役目、お嬢ちゃんを守るのが坊ちゃんの役目」的な… -
2014/05/30-22:18
ちょっと待ってくれ。
いくらオーガじゃなくても、デミとワイルドドック…つまり野犬の群れだ。
ヒビキがちよっとくらい足が速くても、子供の体でガブリと噛まれたらかなりヤバイ。
だから近接武器を渡すのは反対だ。
ヒビキが好きな女性の前でかっこいいところを見せることは大事だが、
ヒビキの身が危険にさらされるのはできるだけ少なくしたいと思うんだ。
リアルに考えて子供が野犬の群れに、訓練もしていない剣を持って絡まれたら
…命が危ないってことさ。 -
2014/05/30-22:03
それだったら俺が武器をヒビキに渡して万が一の為に守ってやれって渡すぜ。
俺は肉弾戦でいく。
みんなもドッグを狙うだろうから俺が武器持ってなくても大丈夫そうだしな
つー訳でこんな感じの指針でかいておくぜ -
2014/05/30-20:36
坊ちゃん達は逃がさずに、その場で守るのがよさそうか。
坊ちゃんをワイルドドッグと戦わせるのはあんまり気が進まないかねぇ…皆次第だけど。
「ミハはお前が守ってやれ」と「精霊はデミ、神人はドッグの相手」っていうのは賛成!
トランスするつもりだけど、お子様がいるから手で隠すつもり。
あとは…いい案求む~。 -
2014/05/30-03:32
すまねぇ!遅れた!!
晃司だ。よろしく頼む
とりあえずは敵はそんなに強くはねぇからワイルドドッグぐらいだったら
ヒビキでも相手にできるんかな?
あとはミナはお前が守ってやれ的な事をいってみようかと思う
デミは精霊達に任せて俺らはワイルドドッグの相手をしたほうがいいかもだな
何かしらヒビキにはさせてやりてぇが…どうしたもんかなー -
2014/05/29-19:29
セイリュー・グラシアだ。よろしく。
只の野犬15匹でもリアルに考えたら手ごわいよな。
犬の性質をある程度踏襲しているなら群れで狩りをするだろう。
リーダー格の個体を先に戦意喪失させるなどした方が効率はよさそうだ。
逃げようとする物を追い掛ける可能性も高いなら
目の届く範囲に子供達がいる方が安全に守れるかも。
プレストガンナー
ハードブレイカー
エンドウィザード
各1人
ライフビショップが2人だな。
オレは犬っころ達の相手をするつもりだ。詳細は今から考える。 -
2014/05/29-00:49
スウィンよ、よろしくぅ。
■ヒビキ坊ちゃんの見せ場
「ミナちゃんを連れて逃げて」ってしようかと思ったけど、それじゃ見せ場にならないかね?
戦わせるわけにもいかないし、どうするか。
■恋のアドバイス
一応何か言おうとは思ってるけど、あんまり自信ないわ~。
■戦闘
おっさんもイルドも前衛。技はトルネードクラッシュ予定。 -
2014/05/28-09:48
自分の初恋はどうだったかとか、つい、思い出してしまうよな。
油断はせずにいくつもりだけれど…。