プロローグ
「あっっっっ、つい!」
春から夏へと移り変わる、季節の変わり目。
そろそろ衣替えしようか、なんて話し始めていた矢先、天気予報に反してその日は朝からぽつぽつと降る小さな雨に見舞われて。
雲がかかる先にはお日様が垣間見える、なんともおかしな天候は、ムシムシとむせ返る様な暑さを引き連れてきた。
「やっぱり衣替えしときゃよかったんだよ……薄着ですらこうなんだから」
「まあまあ、そう言うなって。それに俺はそんなに暑いとは思わないけどなあ」
「お前どっちかっていうと寒がりだし。いいよなあ、暑さに強いやつは……」
ぶちぶちと愚痴る合間にも神人は着ていた上着を脱ぎ、シャツの胸元を引っ張ってぱたぱたと手のひらで仰いでいる。
「……目に毒」
「え? なんて?」
「なんでもない。あ、あんまり、そういう格好すんなよ!」
「???」
精霊の妙な反応に怪訝な顔をしながら、二人買い物から帰路についていると、不意に通り過ぎた喫茶店が気になって、神人は足を止めた。
「……? こんなとこに店なんて」
あったっけ。
言う間にも、ふらふらと彼の足は店へ吸い寄せられていく。
「え? あ、おい!」
店へと吸い込まれた相方を精霊は急いで追う。
チリンチリンと、扉にかかった鈴が涼しげに鳴り、中から執事服を着た若い男が姿を現した。
「……ああ、お客様ですか。申し訳ありません、店主は今留守でして」
「あ、お休み中なら、出ましょうか」
「いいえ、構いませんよ。折角、悪天候の中をいらしてくださったのですから……どれ、秘蔵のお茶でも出しましょう」
一度奥へ引っ込んだ男が、ティーポットとカップをセットに戻ってきた。
テーブルへどうぞ、と促され、卓上で紅茶を注いでくれる。何の香りかは分からないが、ムスクに近い甘やかな風味が鼻をくすぐった。
「? 俺だけですか?」
「はい。もうおひとりには、とっておきの焼き菓子を。なんと言ってもこの茶葉は秘蔵ですので、お一人分しか用意出来ないんです。申し訳ありません」
代わりに、サービスしておきますから。
にこ、と笑い男は一歩身を引いて、店の奥へと引っ込んだ。
「変わった店だけど、雰囲気は悪くないよな。あ、その紅茶、俺にも一口くれないか? この茶菓子もわけっこして──」
一口、紅茶を啜った神人を見て、精霊はぎょっとした。
ぼんやりと瞳は蕩けているし、頬は紅潮して、はだけたシャツから見える鎖骨付近は心なしか汗ばんで見える。思わず、生唾をゴクリと飲んだ。
暑い暑いと愚痴ていたけれど、明らかに先ほどのそれとは様子が違う。天候に左右されているというよりは、内面から滲み出る抑えきれない色香が──。
「……なんか、からだ、熱い」
紅茶を飲み干した神人が、熱い吐息をひとつ吐き出して、精霊に「なんとかしてくれる?」と問いかけた。
解説
ムラムラする紅茶を飲んでしまったパートナーにさてどうする? という趣旨のシナリオです
全年齢対応の媚薬とでも捉えてください。お店は開いていますがお客さんは精霊と神人だけです。お茶と菓子を出してくれた男も席を外しています。もちろん途中で邪魔もしません。ゆっくりご休憩していってね
紅茶を口にするのはどちらでも構いません。どうしても強制的に元に戻したければ、片方に出してくれた茶菓子を食べさせればムラムラは治ります
ムラムラの内容もおまかせします。火照る体をなんとかしてほしいでも、突然パートナーを襲いたくなった、とかでも
喫茶店の内装ですが、こぢんまりとした小さなお店です。寝そべることも出来るソファ席と足を伸ばせる広さのテーブル席があります
窓にはレースのカーテンが掛かっていて外からは見えません
当然個別描写です
行き帰りの買い物で300jr消費しています
ゲームマスターより
暑いですね。春の全年齢ドスケベイベントです
過度な描写はぼんやり伏せますのでお気軽にご参加ください
リザルトノベル
◆アクション・プラン
信城いつき(レーゲン)
レーゲン、目がとろんとしてるけど眠いの? わわわっレーゲンどうしたの!? 以前にもこんな事が…もしかしてまた変な魔法か薬の影響かな だーかーらーレーゲン落ち着いて!無闇にキスはするもんじゃないのっ 「どこ」じゃなくて「どのエリア」うわぁ何回もキスする気だ ど、どこにしよう大丈夫そうなのは……手!手ならいいよ! 時間は、時計の針があそこになるまでね!(5分程度) 確かに体勢は言ってなかったけど… 自分の手なんだけど自分のじゃないみたい 怖いのかな嬉しいのかよく分からない 視線あわせたら心臓破裂する自信あるっ とにかく時間がくるまでじっとしてよう! !?額にキスはルール違反だよ! えっと違反のペナルティって…考えてなかった |
ユズリノ(シャーマイン)
紅茶飲む 「熱い…なんだか変な気分」 だい…じょぶ… (…ああシャミィ 今日も唇がセクシィだね またご褒美くれないかな 落ち着かない もじもじ 僕の気も知らないで優しく介抱してくれるから苛立ちに任せ首に抱き付いてやった 「僕 最近栄養バランス勉強してるんだ シャミィに健康でいてほしいから 料理だってまたレパートリー増えたよ」 他にあれだってこれだって だから…だから… 「シャミィ ご褒美のキスをちょうだい」 何言ってるんだ僕は こんな図々しい事 ほら困らせちゃってるよ でもちょっとだけ「一瞬だけでいいから」 欲情のままに夢中で応える 落ち着いてきて羞恥と後悔 涙ポロポロ 「ごめ…ん 嫌いにならないで」 「…僕も好き」安堵 「お茶のせいだと思う」 |
テオドア・バークリー(ハルト)
パーカー?ああ、流石にこんな日だし落ち着いたら脱ぐよ。 …あ、つい勢いでハルの分の紅茶残すの忘れた… 店主さん戻ってきたらお詫びでハルに何か頼もうかな。 触れられた時のこの感覚は覚えがあるぞ… これはハルにバレたらまずい、何としてでも隠し通さないと。 パーカー?えっと…また着るの面倒だしもう少し着てようかなって… 気づかれてない…よな?いやどうなんだろうこれ… 近づかれたり触れられると困るけど露骨に嫌がるわけにはいかないし… 決してたまに頬に触れてくる手が少し冷たくて心地いいとかそんな訳が 散々俺で遊んだくせによく言うよ… このままここで休んでれば多分治るよ …あ、ハル、あとで飲み物買うから欲しいもの考えておいて |
柳 恭樹(ハーランド)
テーブル席、紅茶 別に秘蔵でなくても良かったが、丁度喉が渇いていた。 店なんだ。足りなければ普通の紅茶も頼めるだろう。(水分補給に飲み干す 何だ? 妙に体が熱い。(カップを置き、熱い息を吐く (声に、視線をハーランドへ向ける 「うる……さい……っ」(ぞわっとして、力なく手を跳ねのける くそ、ろくに力が入らない……!(頭もぼんやり気味 「何が、言いたい……」(眉間に皺を寄せ、火照りに耐えようとする 「……」(ぼやっと見上げる ……手伝う?(何言ってんだ、と熱に浮かされつつ胡乱な視線 「なん、」(抵抗する。落ち着いたら腹に一発絶対に入れる意気込み 帰り: 紅茶代は払うが、「二度と来るか」という気分。 油断した自分が情けない。 |
歩隆 翠雨(王生 那音)
紅茶を飲む方 何だか体が急に熱く… 那音の声が何処か遠く聞こえる 顔を上げて見たら…那音の唇が視界に入った キス、したい 何でか分からないけど… 触れ合った感覚を覚えてる(ep5) あの感覚を今、感じたいと思ってしまった 熱くて、思考が上手く纏まらない このままだとどうにかなりそうだから 那音の腕を掴み頼んでみる …なぁ、キス、していいか? ん、分かってる 分かってて…したいから言ってる いいだろ、初めてじゃないんだし(据わった目) 言ってる間にもどんどん体は熱くなって、我慢が出来ない 那音をソファ席に押し倒して 熱が引いて我に返ったら 那音の顔がまともに見れない あーその、何だ……悪かった ソファの上で土下座 一度ならず二度までも… |
●
「レーゲン、目がとろんとしてるけど。眠いの?」
「んー……?」
神人、信城いつきの言葉を受けて。
紅茶を手にしたまま、精霊レーゲンは首を傾げた。
ふふふ、と穏やかに微笑む様子は普段の優しい彼と変わらない。
が、瞳に揺れる、溶けた熱が。
いつもと違うレーゲンの様子を鮮明に伝えてきた。
「いや……眠くはないよ。ただ、なんだか……」
ぼーっと、宙を見つめて居たかと思えば突然いつきの表情に焦点を合わせて。
へっ、と笑みを引きつらせたいつきに、大型犬よろしくがばりと抱きついてきた。
「うわわっ! れ、レーゲンどうしたの!?」
自分よりも大きい体をなんとか受け止め切って、腕に絡む長い髪をほどきながら慌てて問いかけると。
「紅茶を飲んだら、抱きしめて、キスしたくなってきた……」
と。トンデモナイ答えが返る。
ひえっと青ざめつつ、そういえば、といつきは過去を思い出す。
以前にもこんな事があった。レーゲンはアルコールには強いけれど、おかしな魔法だったり薬の影響にはてきめんに弱いのである。
「いつき……」
「レーゲン落ち着いてっ! キスは無闇にするもんじゃないのっ!」
「しちゃダメなの……?」
「うっ……ち、ちょっとくらいなら、まぁ」
挨拶程度のキスなら、と許可すると。
「……どのエリアならいいの?」
とまた更にとんでもない答えが返った。
(どこ、じゃなくて、どのエリア……うわぁ何回もする気だ!)
とろんと落ちた危うい目線に、いつきの表情が更に強張る。
「ど、どこにしよう……そうだ、手! 手ならいいよ!」
時間は、時計の針があそこになるまでね!
身振り手振りで説明して、五分程度の猶予を与えてもらった事に、レーゲンがふにゃりと笑った。
「……ねぇ、この体勢の必要ある……?」
子供みたく膝に抱っこされて、正面からぎゅーっと抱きしめられつつ。
ニコニコと上機嫌でこちらを見つめてくるレーゲンにいつきは問いかける。
「体勢については、何も言われてないし」
俺が安心するんだよ、と言われてしまうと何も返せない。
確かに体勢の指定はしなかったけれど、正面きって間近で顔が見えてしまうこの状態は、なんだかひどく気恥ずかしい。
所在無さげに視線を泳がせていると、つい、と右の手を取られた。
「手なら、どこでもいいんだったよね?」
「え、う、うん」
いいけど、と言う前に、唇が皮膚に触れて小さく肩が震えた。
手の甲から始まって、指先に。
ひっくり返して、脈の流れる手首に。
ちゅ、ちゅと軽く音を立てては離れていく温かさには慣れず、とにかく、気まぐれに見上げてくる瞳だけは見つめ返してしまわない様に顔を逸らした。
目線を合わせたら、心臓が爆発しそうだと思った。
(自分の手じゃ、ないみたいだ)
この行為を受けている自分が、怖いのか嬉しいのかよく分からない。
ただ、言いようのないくすぐったさが募ってどうしようもなくて。
時間がくるまでじっとしてよう、と固く決意を改めるいつきの心中をよそに、ふとレーゲンの両手がいつきの頭を両側から捉えた。
「れっ、レーゲン……!?」
「……」
熱っぽい眼差しに嫌な汗が頬を伝う。穏やかな顔が間近に迫って、覚悟したようにぎゅっと目をつむったら、額にやわらかな唇がふれて、すぐに離れた。
おでこにもキスされた! といつきが気付いたのは満足げな精霊の顔を見てからだった。
「ひ、額にキスはルール違反だよっ!」
「ルール破ったら、どうなるの?」
「えっ……そ、それは」
ペナルティまで考えてなかった、と口ごもるいつきにふふふっと笑みを濃くして。
「答えがないなら、時間までキスしてていいよね?」
「えっ、や、いいけどっ……ま、待ってレーゲンっ! 額まで! 手と額以外はやめてーっ!」
結局、時計の針が五分を過ぎても、攻防に夢中ないつきがタイムリミットに気付く事はなく。
時間には気付いているけれど、ころころと反応を変えるいつきの様子を、心ゆくまで楽しんだレーゲンだった。
●
「熱い……」
なんだか、変な気分。
ティーカップを手にしたまま、半分ほど減った水面を見つめて。
神人ユズリノは、ぼんやりと呟いた。
「大丈夫か?」
顔の赤い相方を気遣い、傍らに腰掛ける精霊シャーマイン。
だいじょぶ、と覚束なく言葉を返すが、明らかにいつもと様子が違う。
はあ、と熱っぽく吐き出された吐息に、ギクリとシャーマインの心臓が跳ねた。
「……っま、まだ紅茶残ってるぞ。もう少し飲んだら、回復するんじゃないか?」
「ん……うん」
冷静に促しつつ、心中は穏やかじゃない。
「落ち着け俺」を脳内で繰り返して、紅茶を飲み干したユズリノを見遣れば、彼もこちらをじっと見つめていた。
(……ああシャミィ、今日も唇がセクシーだね……また、ご褒美くれないかな)
惚けたように半分開いた唇で過去を思う。整った鼻梁や厚い唇を見ていると、なんだかそわそわして落ち着かない。
熱視線に堪えかねたシャーマインが、すっくと席を立った。
「他に、人もいないみたいだし……ちょっと横になって休むといい」
ほら、と肩を抱き、頼りなく揺れる体をクッションへ横たえる。
真摯な対応に、人の気も知らないで、とユズリノの心がざわついた。
「うわっ……と!」
苛立ちに任せて首に抱きついたら、体を離しかけていた精霊は体勢を崩し、背もたれに手をつくことでなんとかユズリノを押し潰してしまうのだけは回避したけれど。
息が触れ合いそうな距離に、顔が。
「シャミィ。僕ね、最近栄養バランスを考えた食事を勉強してるんだ」
「え……」
「いつも頑張ってくれてるシャミィに、健康で、元気でいてほしいから。料理だってまたレパートリー増えたんだよ」
他にあれもこれも、彼の役に立てる事ならなんだって。全部シャミィの為に頑張っているんだよと、突如饒舌にアピールを始めたユズリノに、シャーマインは絶句する。
「僕、いっぱい頑張ってるんだ……だから」
ご褒美のキスをちょうだい。
その言葉に、シャーマインは思い至る。口付けたいと言う衝動に負けた自分が、建前として何度も言い訳がましく使った都合のいい言葉。
「や、やっぱり、困らせたよね。ごめん、図々しくて……」
「リノ……」
沈黙を困惑だと――ある意味正しく受け取ったユズリノは、申し訳なさそうに目尻を垂れさせる。
それでも熱に浮かされたまま、でも、と続けて。
「……一瞬だけでも、いいから」
ためらいがちに見上げた泣きそうな瞳に、ぷつんと理性が切れるような音がした。
「――……一瞬は、無理だ」
え、と上げた声は塞がれて言葉にならなかった。
体ごとソファに縫い付けられるように押し倒されて、長く、密度の深い口付け。
これまでされた事のないそれに、腹の底から突き上げる衝動のまま、ユズリノは夢中で答える。
ぼんやりと、彼の感触を追っている内に、次第気持ちが落ち着いてきた。
それと同時に込み上げてくるのは、羞恥心と後悔の気持ち。
「……っ、リノ!?」
ゆるゆると顔を離したら、今度こそ泣き出してしまったユズリノの濡れた瞳と視線が合って、冷水でも浴びせられたかのようにシャーマインも我に返った。
「ごめ……ごめん……」
「なんで泣くんだ」
「シャミィは、優しいから……だから無理して、答えてくれたのかも、って……」
嫌いに、ならないで。
弱々しく落とされた言葉を、頰に伝う涙と一緒にすくいあげる。
シャーマイン自身も、衝動に負けてしまった我が身を振り返り、改めた。
誠の愛を囁いてやるには遠く、今はまだ親愛のような慈しみの愛情でしか、答えてはやれないけれど。
「ならない。ちゃんと、好きだから」
「うん。……僕も、好き」
シャーマインの答えに、彼の顔を見上げたユズリノは涙を拭って答えて。
そっと肩を抱き寄せてくれる力強い腕に、頰をすり寄せた。
「……これのせいだと思う」
ユズリノの指差した先にある、今は空っぽのティーカップを見て、そうか、とだけ答え、頭をポンポンと叩いてやる。
残り香を嗅いだら、やたら甘いムスクの香りが鼻をついた。
(……確信犯か? あの店員)
答えのない問いかけを空に落として、二人は店を後にした。
●
(……なんだ?急に……)
体が、熱くなってきた。
神人、歩隆 翠雨は、差し出された紅茶を飲んだ直後から始まった体の異変に、眉をしかめた。
「……翠雨さん!?」
顔は赤く視線が虚ろで、見るからに様子のおかしくなった神人に気付いた精霊、王生 那音は慌てて紅茶を取り上げた。
自分に何もなくて彼だけおかしいと言うなら、直前に飲んだ紅茶に何か仕込まれていたという事だ。
大丈夫かとか、どこか痛む所はないかと聞いてくる精霊の声が、翠雨にはどこか遠い。
なんだか心細く、探す様にふらりと目線を上げたら、心配そうに自分を見ている那音の唇が一番に視界に飛び込んできた。
(……キス、したい)
何故そう思ったのか、わからないのだけれど。
過去に触れ合ったあの時の感触を今でも鮮明に覚えている。
そしてもう一度、味わいたい、とも。
「……とりあえず、水を持ってこよう。少しは気持ちがすっきりするかも――」
「キス、したい」
那音と。
二度目の思いはハッキリと言葉に出て、席を立ちかけていた那音を絶句させた。
(これは……何かの試練か?)
那音が心中で苦しく吐き捨てた言葉の答えは帰らない。
だって今ここに居るのは翠雨と那音の二人きりだ。
あの店員も帰ってくる気配がない。何をしてたって、誰にも気づかれない。
(熱い……)
熱くて、思考がうまくまとまらない。
どうにかなりそうで、どうにかしてほしくて、揺らぐ視界に見つけた那音の腕を翠雨は掴んだ。
「……なあ、キス、していいか?」
「翠雨さん、自分が何を言ってるか分かってるのか」
「分かってる」
「いいや絶対に分かってな」
「分かってて。……したいから、言ってる」
那音の言葉を遮る様に、性急に欲求を口にする。
「いいだろ、初めてじゃないんだし」
半分据わった瞳で、半ば喧嘩でも売るような態度で、掴んだ手に強く力を込める。
話す合間にも熱は上がるばかりで、我慢が効かない。
那音が呆れたように嘆息した。
「話にならない。とにかく、水を飲んで深呼吸し――」
ろ、の言葉が出るのと、腕を引かれてソファへ押し倒されるのは同時だった。
何も言わず、ただ欲望のまま見下ろしてくる瞳に、那音の中の理性がじりじりと音を立てて焼き切れていく。
(……残酷な人だ。俺が、どんな感情を抱いているかも知らないで)
人の気も知らず、安易に情欲をぶつけてくる翠雨に苛立って。
頭を掴んで引き寄せ、求められるまま口付けた。
「那……」
「貴方が、悪い」
「っ……!」
最初は軽く唇同士を触れ合わせていただけだったのに、次第深くなるそれに翠雨が逃げを打っても、ぐっと腰を引き寄せて引き止めた。
逃がさないように、抱きしめて、意識の全てで彼を捉えて。
体勢に焦れてひっくり返す。気付いたら上位に立ち、求めているのは自分の方だった。
は、と苦しげに喘いだ翠雨を見て、ようやっと我に返った。
「――……あ」
「…………」
込み上げて仕方のなかった熱が、いくらか発散出来たおかげなのか、今は大分波が引いて。
平静に引き戻された翠雨には、那音の顔がまともに見れない。
あーとかうーとか、しばらく唸った末「悪かった」と告げ、ソファの上で深々と土下座した。
「別に私は怒ってはいない」
ぱっ、と一度は上がった顔に「呆れているだけで」と付け足され、また翠雨の顔が困り果てたように歪んだ。
「那音ぉ……」
「……冗談だ。そんな顔をしないでくれ」
ふ、と苦笑して、あなたのせいじゃない、とも告げて、唇に付着した唾液を拭い取る。
「……一度ならず、二度までも」
忌々しげにティーカップを見つめる翠雨に、那音は少しばかり意地悪く笑った。
「次は素の状態でしたいものだな」
「……おい」
恨めしげに睨む瞳には、自嘲めいた微笑みと共に「冗談だ」とだけ言葉を返した。
●
「あんなとこに、店なんてあったっけ?」
雨上がりの白昼、ふと見つけた白壁の茶店に、精霊ハルトの足がふと止まった。
「……ほんとだ。初めて見るな」
「暑いし、試しに覗いてみようぜー!」
「あ、待ってくれよ! ったく……」
言うより早く駆け出した相方に神人、テオドア・バークリーは嘆息し、店へと足を踏み入れた。
人気のない店内は店の外よりも幾らか涼しく、パーカー脱がないの? とハルトが問えば、落ち着いたら脱ぐよ、と返って、そのままテーブル席に落ち着いた。
「お安いのでもいーから二人ぶん欲しかった気がしないでもないけど……サービスなら仕方ねーよな」
後で半分ちょーだい!
店主からお詫びにと差し出されたクッキーと紅茶をそれぞれ受け取り、陽気に笑うハルトに生返事を返して、一口紅茶を啜ると甘い香りが鼻から抜けた。
半分ハルトに差し出すが、よっしゃ間接キスゲットー! とはしゃぐ様子が面白くなく、気恥ずかしげに一度差し出したカップを取り上げ、一息にぐいっ! と呑み干してしまった。
「照れるテオくんもかわい……ってあーっ! 全部飲むことねーだろ俺の紅茶!」
「ああ、悪い。つい」
店主さん戻ってきたらお詫びに何か頼んでやるよ、と、カップをソーサーに置く指先が突然震えて、滑った。
「わ……!」
「おっと」
カシャン! 添えられたスプーンが皿から滑って落ちる。
拾おうと伸ばした二人の手が不意に重なる。
テオドアの肩が、ギクリと跳ねた。
「……」
「? テオくん?」
なんか、顔が赤いけど。
熱でもあるのかと伸ばされた手から避けるように、テオドアは身を引いた。
「あ、あー! いや、なんか、熱いなって。空調効いてないのかも?」
「……。パーカー、脱いだら?」
「えっと……また着るの面倒だし、もう少し、着てようかなーなんて……」
我ながら苦しい言い訳である。
上から羽織るだけっしょ、と言うハルトのご意見はもっともだ。
しかし、体温が熱いから顔も熱い、なんて事にしておかないと、テオドアの体に起きている異変に気付かれてしまいそうだった。
(ハルにだけは、バレたらまずい、何としてでも隠し通さないと……!)
指先が触れ合った一瞬で理解した。この感覚は覚えがあるぞ、と。
訝しげに視線を投げかけるハルトに、にこ、と貼り付けた笑みで誤魔化す。
(気付かれてない……よな? いや、どうなんだ、これ……)
頬に汗が伝う。こんな状態で、近付かれたり触れられたりされたら困る。とはいえ露骨に嫌がるのも不自然だ。
(……あ、なんか。ピーンと来ちゃった)
親友の心境をよそに、心中でハルトはほくそ笑んでいた。
何が原因かは分からないが、テオドアは今とても危うい状態のようだ。
(俺が気づいてるって察したら、テオ君に近付く難易度一気に上がるから)
何食わぬ顔でテオ君を観察しよう。
頬杖ついて満面の笑みを返すと「……何ニヤけてんだ」と赤い顔で睨まれた。
「いやいや全然ニヤけてないよー?」
「うそつけ。お前がそういう顔してるときはろくなこと」
「はは。わかってんじゃん」
「ひっ」
不意に伸びた悪戯な指が頬に触れて、存外それがひやりと冷たく感じて心地いいなんて。
一瞬でも思ったあと、すぐさま離れていったその手が少し名残惜しく、潤んだ瞳で手先を追っていることにテオドア自身は気付いていない。
この遊びは楽しいが長く続くと本気で危ないな、とハルトは心中で苦笑した。
「さて、そろそろそこのソファでテオくん休ませてあげようかねー」
「散々俺で遊んだくせによく言うよ……」
げんなりしつつ、促されるままテオドアはソファへ横になる。
「本当に大丈夫?」と心配そうなハルトには「このまま休んでれば多分治るよ」と返した。
「……あ、あとで飲み物買うから」
欲しい物、考えておいて。
それだけ告げて、ソファで微睡む無防備なテオドアをぼんやりと見つめる。
(この状況は、フェアじゃねーしな)
据え膳の様だけれど。状況に流されてしまうよりは、親友を大切にしてやりたいから。
テオドアの体調が戻るまで、クッキーを一人齧りながら、窓の外で揺れる初夏の新緑を眺めていた。
●
「水の一杯ももらえんとは」
ディアボロの精霊、ハーランドは、出された茶菓子にひとつ眉を顰め、手持ち無沙汰に観察する。
「喫茶店なんだ。足りなければ普通の紅茶も頼めるだろう」
相方の言葉に一瞥し、紅茶をぐいっと一気に飲み干したのは神人、柳 恭樹。
別に秘蔵でなくても良かったけれど、丁度喉も渇いていたし、コレしかないというなら仕方が無いだろう、と。
互い、テーブル席に着座し、照りつける日差しから避難するように、一時の休息を得ていた。
(……なんだ? 妙に……)
体が、熱い。
カップをソーサーに置いて、はあ、と湿った吐息を不意に漏らしたのは恭樹だ。
「さて、秘蔵の味の感想でも――」
クッキーは食べず置いて、視線を窓の外から神人に向けたハーランドも。
見るからに様子のおかしい恭樹に気づいた。
「……。なんだ」
「いや、ふむ。……くく」
ハーランドが妖しく、面白そうに微笑む。
不愉快にひとつ舌を打って、恭樹は忌々しげに熱を持て余した。
おかしいものを、飲まされた気がする。
ウィンクルムをやっているとやれ変な魔法だの薬だのに鉢当たる確立は高く、またその類かと気づくが、だからといってこの症状をどうにか出来る術を持ち合わせているわけではなく。
「これはまた、良い眺めだ」
薄く、満足そうな笑みをはり付けたまま、好きに言葉を紡いでくるハーランドに苛立つ。
面白がられている事がわかっていて、おそらくは赤く汗ばんでいるであろう顔を合わせるのが癪で瞳を逸らし続けていると「恭樹」と名前を呼ばれ、やむなく視線をハーランドへ向けた。
「どうした。辛そうだな?」
テーブルに投げ出されている右手を、ハーランドの左手が擦る様にひと撫でする。
「うる……さい……っ!」
ぞわ、と背筋が総毛立って、力なく悪戯な手の平を跳ね除けた。
「秘蔵の紅茶が怪しいとはいえ――その状態は、目に毒というもの」
空のカップを一瞥し、カタン、とハーランドが席を立った。
(くそ、ろくに力が入らない……!)
徐々に脳内まで犯されているようで、思考もぼんやり霞掛かっている。
「貴殿も我慢せず、素直になってはどうだ?」
距離を近付けてくるハーランドに、大した悪態もつけず、ただ据わった半眼を返すに留まった。
「何が、言いたい……」
眉間に皺を寄せ、体の火照りに耐えようと息を吐き出すが、それすら逆効果だ。
「知れたこと」
恭樹のすぐ傍へ立ったハーランドが、中腰になる。
沈黙のまま、すぐ視線の先にある精霊の顔を、ぼやっと見上げた。
「発散することで幾分改善もされよう。少し、手伝ってやろうということだ」
顎をクイ、と、長い指が持ち上げた。
「……手伝う?」
何言ってんだ、熱に浮かされきったまま、胡乱な視線を返す。
「噛んでくれるなよ?」
その一言を合図に、唇が重なった。
あまりに突拍子がなく、一瞬何が起こったか分からなくて動けずいたものの、唇を熱い舌先がなぞる感覚にハッとした。
「何す……っ」
「こら、逃げるな」
「んっ……!」
抵抗し、一度は身を引いて離した顔を、後頭部に添えられたハーランドの手が強引に引き戻した。
深い口付けひとつで、抵抗する力を奪われる。
紅茶の効力も相乗して、自分の意志とは裏腹にこの行為を心地よく感じてしまう。
落ち着いたら腹に一発絶対に入れてやる――そう、気持ちだけは意気込んで、今はやむなく状況に甘んじてやった。
「店主が留守で申し訳ございません。お代は頂いておりませんので」
羽を休めて頂けたなら何より。
頭を下げる店主代理の男を一瞥だけしてから、店を後にした。
「……二度と来るか」
油断した自分が情けなく、恭樹が小さく呟けば。
悪態づいていた先ほどとはうってかわり、休息を──恭樹の反応を愉しめたハーランドは上機嫌に。
「私は、貴殿とまた訪れたいところだ」
そう告げるなりじとりと睨みつけてきた半眼を、愉快そうに見返してやった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:柳 恭樹 呼び名:恭樹 |
名前:ハーランド 呼び名:ハーランド |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 梅都鈴里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ビギナー |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月09日 |
出発日 | 05月20日 00:00 |
予定納品日 | 05月30日 |