目覚めた君が一番に見るものは(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 戦いの合間の気晴らしにと、日帰りで出掛けたつもりが、天候不良により、帰宅困難になってしまった。
 山間の村の住人は「どうぞ、狭い家ですが泊まっていってください」と、一夜の宿を提供してくれた。
 宿泊施設などない場所で、ありがたい申し出だ。
 部屋はパートナーと一緒だが、文句を言うことなどできるはずがない。

 温かい食事をもらい、お風呂を借りて、畳敷きの客間でほっと息をついた。
 居間で食事を食べているうちに、家主が布団を敷いてくれてある。
 襖の向こうの縁側で、にゃああ、と猫が鳴く声がした。
 他に聞こえるのは、雨戸をうつ激しい雨と、ごおお、と響く、風の音。

「おやすみ」
「うん、おやすみ」
 二枚並んだ布団の上に、背中を向けて、あなたとパートナーは横になる。
 ふたりで出掛けたのがうれしくて、昼間は結構はしゃいでしまった。
 外の音はうるさいが、疲れた体だ。
 目を閉じればすぐに眠りにつけるはず。
 ――と、まぶたを下ろして、しばらく後。

「……やだっ……やめて」
 声が聞こえて、あなたは目を覚ました。
 見ればパートナーが、布団のふちをぎゅっと掴み、枕の上の頭を振って、うなされている。
 悪夢を見ているのは、明らかだ。

 ――あなたは思わず、パートナーに手を伸ばした。

解説

うなされているパートナーを前に、あなたはどうしますか。

夢を見るのは、神人でも精霊でも構いませんが、どちらかひとりでお願いします。

部屋は6畳ほど、布団は並べて敷いてあります。
その他、座卓に座椅子、自分達の荷物があるだけの簡素な居室です。
悪夢はただの悪夢で、GM的に深い意味はありません。
ただPLさんの方で内容にこだわり、意味を与えていただいても構いません。

交通費として300jrいただきます。ご了承ください。


ゲームマスターより

お久しぶりです。瀬田です。
こちらはウィンクルムごとの描写になります。
コメディ、シリアス、ロマンスなど、ここからどんな展開に持って行っていただいても構いません。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  夢見側
我に返り眼前の天藍に思わず縋り付く
優しい手の動きと声に落ち着きを取り戻し、聞かれるまま見た夢の話を
…戦闘中に天藍が力尽きて、私は指一つ動かせずに見ているだけで…

いっそ依頼を受けずに静かに暮らすのも手なのかもな
天藍の提案にそれも手段の一つだと思う

ただ、私自身に出来る事がある内は逃げ出したくない
でもそれは、同時に天藍を危険に直面させるという事…
…それでも天藍も同じように考えていてくれるのなら

天藍の手を握り返し
隣に立って天藍と一緒に同じ方向へ自分の足で向かいたいから
…私も強くなります
改めて決意を

前にかのんがしてくれた悪い夢を見ないお呪いだ
額の温もりと共に降る声に体の力を抜いて彼の体に寄りかかる


夢路 希望(スノー・ラビット)
  (お願いされて小さな明かりは付けたまま

あぅ…ど、どきどきして、すぐには眠れそうにありません…
スノーくんは寝ちゃったでしょうか?
おずおず窺い、寝顔見つめ
…可愛い…
なんて見惚れていたら、うなされだしてオロオロ
だ、大丈夫ですか…?

しゅんと垂れた耳を見たら放って置けなくて引き留める
あの…私、こ、怖い夢を見て…っ
だから、その…少しの間、い、一緒に…
恥ずかしいのと嘘がバレないかドキドキしつつお布団の方へ引き寄せる

呟きに反省
私が不安にさせていたんですね
…私は、スノーくんの隣にいます<メンタルヘルス
不安を和らげたくて頭を抱き寄せ、髪を撫で
耳へそっと口付けて赤面
…お、おまじないです
今度はいい夢が見られますように


八神 伊万里(蒼龍・シンフェーア)
  怖い夢を見てうなされたみたい
起こされて少し落ち着いてからぽつぽつと話し始める

おぼろげなんだけど、暗い部屋にそーちゃんと二人でいて
理由は分からないけど怖くて、何故か逃げなきゃって思ったんだけど
そしたらそーちゃんが笑って「逃がさないよ」って言ったような…

え、今?(改めて考えてみてはっとする
…そういえば…ううん、今は全然怖くないよ
話してすっきりしたのかも
聞いてくれてありがとう
そうだね、まだ起きるには早いし
…ねえ、そーちゃん…眠るまで手をつないでてもいい?

安心して再び眠りにつく
どうしてあんな夢見たんだろう
現実のそーちゃんは、こんなに暖かくて安心するのに
これもギルティ・シードの影響?考えすぎかな


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  エリオスさんはお父さん、エリオスさんはお父さん・・・(呪文のように唱えて心を落ち着かせる)
は、はひ・・・じゃなかった、はい、寝ます!
よーし、張り切って寝るぞー(?)
お休みなさいー

☆悪夢を見る

見知らぬ廃墟と化した古城にて、血塗れになって倒れている恋人(エミリオ)を見つける。

・・・エミリオ?
ねぇ、ねぇったら!
お願いだから目を開けて、返事をしてよぉ・・・っ!!(泣きながら恋人の身体を揺さぶる)
エリオスさん!?エミリオがっ
どうして そんな事を言うんですか
私はただ貴方達が笑っていられる道を探したくて・・・っ
嫌あああ!!

☆目覚め
エリ、オスさん・・・っ(夢と現実どちらの彼が本当の姿なのか分からずただ涙を流す)


●夢のリアル

 かすかな音が聞こえた気がして、蒼龍・シンフェーアは目を開いた。
「なに……?」
 眠りを欲する体は気怠いが、なんとか重いまぶたを持ち上げると、暗い部屋に響く、小さな声。
「……だめ……そんな」
「……イマちゃん?」
 蒼龍は手をついて、隣の布団に横たわっている八神 伊万里を覗きこんだ。闇が邪魔をして、細かな表情までは見えない。だが手のひらで彼女の額に触れると、そこはじっとりと湿り気を帯びていた。
 だめ、いや。枕の上で、伊万里は苦しそうに首を振る。これをただ黙って見ていることなど、蒼龍にできるはずもない。
「イマちゃん、起きて……ねえ、イマちゃん」
 耳元に唇を寄せて名を呼ぶと、伊万里は「ん……」と返事をするような声を出した。蒼龍は顔を離し、今まさに目覚めた彼女に、優しい視線を向ける。
「イマちゃん……どうしたの? 怖い夢でも見た?」
「私……」
 伊万里はゆっくりと上半身を起こそうとした。その背を蒼龍の手のひらが支えてくれる。そこからじんわりと感じる体温が、伊万里を現実に引き戻した。
「そうよね、夢、夢だった」
 心配そうに自分を見る蒼龍は、いつも通りの優しい彼。
 これが本当。これがそーちゃん。
 それなのに、どうしてあんな……。
 伊万里はうつむき、ぽつぽつと話し始める。
「おぼろげなんだけど、暗い部屋にそーちゃんと二人でいて」
「うん」
「理由は分からないけど怖くて、何故か逃げなきゃって思ったんだけど」
「……うん」
「そしたらそーちゃんが笑って『逃がさないよ』って言ったような……」
 蒼龍は、布団の上に置かれている伊万里の手に、そっと自身の手のひらを重ねた。
「今、暗い部屋に僕と二人きりだけど……怖い?」
「え、今? ……そういえば……ううん、今は全然怖くないよ」
 きょとんとした顔で答えた伊万里は、「そっか、よかった」と安堵の息を吐く蒼龍を見上げた。
「話してすっきりしたのかも。聞いてくれてありがとう」
 笑みを見せれば、蒼龍の口角も上がる。
「そいつはきっと僕に化けて、イマちゃんを脅かそうとした幽霊か何かだよ。本物がついてるんだからもう大丈夫」
 重ねたままの手の甲を指先で一度軽くたたき、蒼龍は、ゆっくりと手のひらを離した。
「何も心配いらないから、ゆっくりおやすみ」
「そうだね、まだ起きるには早いし」
 言いながら伊万里は、離れて行ってしまった体温が、ちょっとだけ残念だと感じている。別にそれがないと眠れない、わけではないけれど。
「……ねえ、そーちゃん……眠るまで手をつないでてもいい?」
 なんとなく、今はそうしたい気分だった。

 冷たくなってしまったシーツの上に身を横たえ、伊万里は目を閉じた。
 本当に、どうしてあんな夢を見たんだろう。
 並ぶ布団の間で、繋がれたままの手。
 現実のそーちゃんは、こんなに暖かくて安心するのに。
 これもギルティ・シードの影響? 考えすぎかな。

 蒼龍は、枕の上の頭を傾けて、伊万里の寝顔を見やった。
 隣から聞こえてくるのは、今度は落ち着いた寝息。彼女はもう悪夢にうなされてはいない。
 しかし、そうだ、あれは伊万里にとっては『悪い夢』なのだ。
 だが蒼龍にとっては――。
 ……びっくりした。願望がばれたのかと思った。
 蒼龍は細く、息を吐く。
 本当は僕も、夢の中の僕みたいにキミを閉じ込めて独り占めしたいと思う時があるんだ。
 怖がる顔さえも、自分のものにしたい。
 そうしないと、いつか離れていくんじゃないかって、不安になるんだ……。
 これは、伊万里にはけして言えない想い。
 夢であれだけうなされるのならば、現実にすればきっと、彼女は怯えてしまうから。
 伊万里がそうしたいと望んでくれた、繋いだままの手に力を込める。
 このままずっと離さなければ、恐怖もなくなるのだろうか。
 蒼龍は伊万里から天井に視線を移すと、ゆっくりと目を閉じた。

●望まぬ夢

 ミサ・フルールは布団の中で、何度目かわからない寝返りをうった。
 彼――エリオス・シュトルツと二人きりで、同じ部屋に眠るというのは、なんとも落ち着かない。
「エリオスさんはお父さん、エリオスさんはお父さん……」
 鼻のあたりまで掛け布団に埋めて、ぶつぶつと唱えてみても、やっぱり緊張してしまう。しかもそんな時に、エリオスは声をかけてきた。まだ起きているのか? と。
「とって食いやしないからとっとと寝ろ」
 エリオスは天井を見上げていた赤い瞳を、ミサに向けた。
「は、はひ」
 もごもごと聞こえた声に「なんだって?」と問い返せば、今度はすぐに「はい」と良いお返事が。
「寝ます! よーし、張り切って寝るぞー。お休みなさいー」
 とってつけたように明るい声音に、思わず微笑が漏れた。
「またお前は訳の分からんことを」
 彼女は本当にわかりやすい。
 きっとこのままでは、一晩眠らずに過ごすのだろうと想像し、エリオスはあえて、彼女に背を向ける姿勢になるよう、寝返りを打った。
「お休み」
 お互いに相手を視界に入れずに、眠りにつく。
 ミサがうなされ始めたのは、それからしばらく後だった。

 もとは、美しい城だったはずだ。
 だが今は、瓦礫が積み上がるばかりとなった場所に、ミサは立っていた。
 苔むした噴水、割れた石畳、朽ちた城門。
「ここは……」
 どこだろう。そして、どうして自分はこんなところに、ひとりでいるのだろう。
 ミサはゆっくりと歩き始めた。
 ――怖い。
 静寂を乱すのが、ミサの足音だけというのも、動くものが見えないというのも。
 気付けばミサは、自然と小走りになっていた。
「どこにいるの? エミリオ、エリオスさん!」
 叫んだ瞬間。
 心臓が、止まるかと思った。
 石畳に沿って進んだ先に、地面の上に横たわる恋人の姿を見つけたからだ。
「……エミリオ?」
 ミサは、全身を赤茶に染めた彼の傍に、しゃがみ込んだ。
「ねえ、ねえったら!」
 じっとりと濡れた胸に手を置いて、その体を揺らす。
「お願いだから目を開けて、返事をしてよぉ……っ!」
 ミサの栗色の瞳から、とめどなく涙がこぼれ落ちた。しかし何度名を呼んでも、彼は指先一本動かさず、まぶたを震わせることすらない。

 その少し前。
 エリオスは、既に亡骸となったエミリオを、立ったまま見下ろしていた。
 全身に血を纏い、倒れている息子を見ても、心にはどんな思いも生まれない。
「やはり俺は昔からそうだ。何一つ変わっちゃいない」
 俺は殺戮のために生まれた。
 俺は他者を蹂躙するためにここに在る。
 エリオスは、動かぬ息子に背を向けて、瓦礫の中を歩き始めた。
 背後でミサの絶叫が聞こえ、立ち止まりはしたものの、振り返ることはしない。
 俺が俺である為には俺は誰かを理解してはいけないし、誰も俺を理解などしてはいけない。
 それがたとえ、ミサであっても。
 だが、少女の声は、あまりにも悲しみに満ちていた。
 目を開ける? あの死体が? そんな望みを抱くなど、馬鹿げている。
 それなのに彼女は、助けを求めて呼ぶのだ。
「エリオスさん!? エミリオがっ」
「……なあ、ミサ」
 エリオスはいつもよりも、一層低い声を出した。
「お前の望む『未来』など永遠に来ないよ」
 ミサが、息を飲む。
「どうして、そんな事を言うんですか! 私はただ貴方達が笑っていられる道を探したくて……っ」
 エミリオの胸に手を置いたまま、大きな声を出すミサ。だがそれにかぶせるように、エリオスは続けた。
「どちらかを切り捨てなければこれはいずれ」
 ――振り返る。
「現実になる」
 嗤う彼のローブは、血を吸い込んだ、どす黒い赤。
「嫌あああ!!」
 ミサが、叫ぶ。

「おい、おい! 起きろ!」
 大きく身体を揺さぶられ、ミサはぼんやりと目を開いた。
 すぐ近くに、自分を覗きこむエリオスの顔がある。
「エリオスさん……? エリ、オスさん……っ」
 心配そうに自身を見つめる彼は、たしかにエリオスそのもの。ならば、あの夢は一体なんなのだろう。
 どちらが本当のエリオスなのか。わからず困惑し、ミサは静かに涙を流した。
「っ、泣いているのか?」
 理由を聞かず、エリオスは起き上ったミサの背中を撫で続ける。
 彼女の見た夢のことなど、知るよしもなく。

●夢の結末

 夜中近くにもかかわらず眠りにつけずにいるのは、部屋に小さな明かりがともされたままだからではない。隣に、スノー・ラビットがいるからだ。
 夢路 希望は掛け布団の縁を両手で掴み、はあ、とかすかな息を吐いた。
 床についてすぐ、おしゃべりをしていたスノーは、今はすっかり静かになっている。
 寝ちゃったんでしょうか?
 希望はスノーの眠る側に身体を向け、首を伸ばすようにして、彼の様子を窺った。
 と、いつも優しげな光を宿している赤い瞳は、しっかり閉ざされていて、どうやらすっかり熟睡してるよう。
「……可愛い……」
 思わず呟く。彼の健やかな寝息は耳に心地良いし、このままずっと見つめていたら、自分にも眠気が訪れるかもしれない。
 しかし、希望が安らかな気持ちでいられたのは、ほんのわずかの間のことだった。スノーがうなされ始めたのだ。

「ノゾミさん、ねえ、ノゾミさん!」
 スノーは愛しい彼女の名を、繰り返し呼んだ。だが、いつもならば当然振り向いてくれるはずの希望は、傍らに立つ男性を見上げ、いっこうにスノーに気付く様子はない。
 どうして? その人は誰?
 男性が希望の背中に手を添えうながすと、希望はゆっくりと歩き始めた。
「待って!」
 スノーは、遠くにある宝物をとるように、必死になって手を伸ばした。
 希望と男性が、どんどん遠ざかって行く……。

「……ノーくん、だ、大丈夫ですか……?」
 スノーが飛び起きると、眼前には、心配そうに自身を見下ろしている希望の姿があった。
「えっ、さっきのは……」
 混乱し呟くも、すぐにこれが現実なのだと思い至る。と、いうことは。
「大丈夫……ちょっと変な夢見ちゃって。起こしちゃってごめんね」
 スノーは、本心と反対のことを口にした。本当は、大丈夫ではない。でも、あれはただの夢だ。下手なことを言って、希望に余計な心配をかけることは本意ではない。
 きっとすぐには眠れないだろうが、あえてスノーは「おやすみ」と笑顔を見せた。そうすれば、優しい希望も不安なく眠れるだろう、と思ってのこと。
 だが希望は、穏やかな微笑みを浮かべるスノーの耳が、しゅんと垂れてしまっていることを、見逃さなかった。
「あの……私、こ、怖い夢を見て……っ、だから、その……少しの間、い、一緒に……」
 聡いスノーに、嘘がばれてしまわないかという不安と、こんなことをするのは恥ずかしいという思いから、希望の顔は真っ赤に染まり、声はどんどん小さくなる。しかしそれでも希望は、スノーの手を握り、自分の布団の方へと引き寄せた。
「……じゃあ、一緒に寝ようか」
 スノーは、希望の言葉を信じたわけではない。だって本当に怖い夢を見たのなら、彼女は真っ青になっていたはずだから。
 だけどそれは気付かないふりで、スノーは希望の布団に身を横たえた。
 優しい嘘のおかげで、彼女に触れられる。それは同時に、安らぎを得るということでもあるのだ。

「……たまに、不安になるんだ。ノゾミさんが盗られるんじゃないか、って」
 希望の体温でぬくもった布団の中で、スノーはゆっくりと語り始めた。
「この間も雪の精さんにやきもち焼いちゃうし、かっこ悪いよね……」
「そんなことないです」
 希望は即座に、返事をした。自分が彼を不安にさせていたと思うと、申し訳なくてしかたない。でも、だから。
「……私は、スノーくんの傍にいますから」
 希望は細い腕で、スノーの頭を抱き寄せると、髪を撫ぜ、耳へそっと口付けた。
「……お、おまじないです」
 顔が熱い。きっと今自分の頬は、スノーの瞳のように真っ赤に染まっているだろう。それでも、言わなければいけないことがある。
「今度はいい夢が見られますように」
 希望の手が優しく動くのを感じながら、スノーは彼女の身体を抱きしめ返した。
 温かく、柔らかい彼女はとても心地よくて。
「……今度はいい夢見れそう……」
 ありがとう、ノゾミさん。言いたかったのに、言えず。スノーは眠りに落ちていった。

●夢の答え

 あたりには、これまでには聞いたことがない咆哮が、響き渡っていた。
 動かなければ。武器をとらなければ。そう思うのに、大地に張り付けになってしまったかのように、全身が重い。
 なんとか目だけを動かして、周囲を見るも、そこに探す人の姿はなかった。
 かのんは、冷たい地面の上から、声の限りに、天藍の名を呼ぶ。
 しかし彼は答えない。答えられない。なぜなら――。
「嫌……嫌です……」
 掠れた声が、かのんの喉を震わせた。
 天藍、と口にしたいのに、乾いた唇はいつしか動かなくなっている。
 どうして、自分達はこんな戦いに参加したのだろう。
 ウィンクルムというだけで。
 後悔。不安。悲しみ。ありとあらゆる負の感情が、かのんの胸を押しつぶそうとした時。

「かのん!」
 はっと目を開ければ、すぐ目の前には、先ほど動けぬ身体となったはずの天藍の心配そうな顔と、逞しく広い胸があった。
「天藍……!」
 思わず身を寄せ縋りつくと、かのんの震える背中を、天藍の大きな手のひらがゆっくりと撫ぜてくれる。その手も、大丈夫だと繰り返される声も温かく、まるでそこから、全身が弛緩していくかのようだった、
「どうした? 怖い夢でも見たか」
 天藍が、かのんを抱きしめたまま、問いかける。
「……はい。戦闘中に、天藍が……力尽きて、私は指一つ動かせずに見ているだけで……」
 答えるかのんの声は、次第に小さくなっていった。
 たかが夢だと、言うことはたやすい。だが天藍は、自分が心配をかけたせいだ、と思い至った。
 それは、つい先日のこと。かのんの前で倒れ、意識を失うなどと、あってはいけなかった。
 自分も、かのんが敵に吹き飛ばされた時は、血の気が引く思いだったのだから、気持ちは分かる。それに、両親と死別し、孤独を知る彼女が別離の可能性に怯えるのは、当然だろう。
 だが、ウィンクルムとして戦う限り、いくら注意をしたところで、別離の可能性はゼロではないというのが、現実でもある。
「いっそ依頼を受けずに静かに暮らすのも手なのかもな」
 天藍は、ぽつりと一言分、唇を動かした。その言葉に、かのんの息は止まる。
 ウィンクルムが、オーガと戦わずに、共に過ごすこと。
 許されるかは、わからない。でもそれも確かに、一つの手段だ。
 ――しかし。
 かのんは、うつむいていた顔を上げて身を離し、天藍を見上げた。
「私は、私自身に出来る事がある内は、逃げ出したくない、です」
 言いながら、それは同時に、天藍を危険に直面させるということでもある、と思う。
 でも、それでも。天藍も同じように考えてくれるのなら。
 かのんの視線の先で、天藍は自らの口角が上がって行くのを感じていた。
 彼女と自分が同じ方向を見ていること、それがなにより嬉しい。
「俺も出来る事には手を尽くしたい。見ないふりは出来ない」
 そこで、一呼吸。
「だから、強くなる。今よりも更に」
 はっきりと断言すれば、かのんは安心したように一瞬微笑み、すぐにその表情を引き締めた。
 天藍の手を握り、「私も」と口を開く。
「隣に立って、天藍と一緒に同じ方向へ、自分の足で向かいたいから」
 ……強くなります、と。
 互いに決意を表明し、二人は真っすぐに見つめ合った。
 だがその緊張は、長くは続かない。天藍がかのんの額の髪を、かきあげたからだ。
「あの……?」
「前にかのんがしてくれた、悪い夢を見ないお呪いだ」
 天藍は、かのんの白い額に、唇を寄せ、キスをする。
 その温もりと、優しく響く彼の声に、かのんは再び、天藍の身体に身を預けた。
 細く柔らかい、しかしその内に強い信念を持つ彼女を抱きとめて、天藍は、彼女とともに在ることを、誓う。
 自分が誰よりも一番、かのんの傍にいる。その望みを叶えるために、絶対に強くなる。
 もうかのんが二度と、あんな悪夢を見なくてもすむように。



依頼結果:大成功
MVP
名前:かのん
呼び名:かのん
  名前:天藍
呼び名:天藍

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 11月16日
出発日 11月23日 00:00
予定納品日 12月03日

参加者

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