プロローグ
首都タブロス郊外にて。
古く。深夜の焚き木の前で、ウィンクルムがお互いの片手のひらをぴたりと平らに触れ合わせて、
どれだけ相手を想っているか、大切か、これからこう在りたいと思っているか……そんな、様々な希望と愛を語り合い、誓い。
翌の明け方に、その村に現れるオーガを無事打ち破った事が伝承に残った一つの村があった。
「その村にギルティ・シードが複数撒かれた……と」
ウィンクルムの精霊が依頼書を見ながら、呟いた。
「ええ。今回の依頼は、その村に落ちたギルティ・シードの村の浄化をお願いしたいの。影響力が強いらしくて、複数あると判断されたわ。
……どこに落ちたのか分からない事と、村の人の不安が高まっている事から、ちょうど村の中央広場で過去の伝承に従って、ウィンクルムの愛の力を広めて欲しい……というのが今回の依頼内容よ」
いつもは騒がしいA.R.O.A.支部の受付嬢が、珍しく真面目な表情で依頼を告げる。
「村人は既に強い不安に侵され済み。村の外はもっと怖ろしいのではないかと、A.R.O.A.の避難誘導にすら応じない。
元々、その伝承に残ったウィンクルムへの敬仰が強い村だから、村は過去の通りの愛でしか救えないと思っている」
手元の資料が、受付嬢の静かな手つきながらも、パンと音を立てて机の上に置かれた。
どうやら、先の台詞からも察するに、ウィンクルムの元に依頼が来る間にも、A.R.O.A.との間に何やら簡単にいかない問題があったらしい。
「過去の伝承に従って、とは」
「過去に、オーガと戦う前にウィンクルムが行ったゲン担ぎみたいなものね。
こうして」
受付嬢が両手をぴたりと合わせた。
「夜に焚き木の前で。
あなたの右手、私の左手……みたいに、お互いの手のひらをぴったりとくっつけ合って、お互いの愛を語るの。
話し始めたら終わるまでずっと、このまま。
握ったり、離したりしてもアウト。伝承に残ったウィンクルムはそこまで考えていなかったでしょうけれども、今の村人の間ではそれでしかオーガを倒せないんじゃないかって。もう不安のあまり、それしか信じられない状態ね。
正直に言って、村人の状態はかなり危険だわ。
……急いでギルティ・シードを消滅させなければ、何が起こるか分からない位にはね」
その場のウィンクルム達は、いつもの日常的な依頼とは異なる気配に、例外なく表情を硬くさせた。
「村人にそこまで影響が出てしまっている以上、ウィンクルムの精霊の皆にも少なからず影響が出ると思われるわ。……何があるか分からないから、気を付けて」
解説
ギルティ・シードが撒かれた村に、古くから伝わるウィンクルムの風習に倣って、想いや愛を語り、それを枯らして負の感情をはらう事が目的となります。
〇場所は、すぐ側には森も見える村の広場。
中央に焚き木がされており、開始時刻は伝承に則って深夜、月の見える晩となります。
〇任務中、精霊の精神状態はマイナス方向への振れ幅が大きくなり、不安・不満・怒り・悲しみ諸々が溢れ出しやすく、精神面で非常に不安定な状態となります。
※大変お手数ではございますが、精霊様におかれましては、そちらを前提としたプランをお願い致します。
〇その結果と致しまして、どんな喧嘩のし合い、怒鳴り合いになりましても、最終的に愛の力として伝わりギルティ・シードを枯れさせる事が出来れば、任務自体は遂行完了です。
しかし、同じくギルティ・シードの影響で、不安に満ちた村人がこっそりとあちこちで、その様子をずっと見ています。
〇村の『お互いの片方の手のひらを、平らにぴたりと触れ合わせて愛を語った』という伝承により、どの様な愛の形を示しても、
話し終えるまでの最中に、自身のウィンクルムが一度触れさせた片手の手のひらが離れたり、形を変えれば、村人の不安という負の感情が一気に増加し、任務は一気に失敗へ落ち込みます。
〇基本個別ですが、他ウィンクルム様との共同行動も行えます。
その際には、各ウィンクルム様ご相談合わせの上、プランをそれと分かるようにお書きいただければ幸いでございます。
※その場合でも、上記条件は変わりませんのでご注意ください。
※交通費にて300Jrを頂きます。
ゲームマスターより
このページを開いて頂きまして誠に有難うございます。三月 奏と申します。
今回は、明確な失敗基準がある事、精霊が精神的に落ち着いた状態ではない事に加え、成功までに、それを含めた複数のハードルがあるエピソードである事から、難易度を「難しい」とさせて頂きました。
エピソードには記載の程をさせて頂いております為、成功の判定以上を狙われる場合にはそちらの読み込みの程を頂けましたら幸いでございます。
書かせて頂きながら『心が不安定の中で、手のひらを合わせ続ける事の出来る難しさ』を実感しつつ。
皆様の素敵なプランをお待ち申し上げております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
ぴたりと手を合わせ、伝わるフィンの体温や鼓動に安心 この温もりを離さないようしっかり重ねるけれど 焚き火の明かりの中、フィンが苦しそうで 掌からも苦悩が伝わって フィン、それは違う 相応しいって誰が決める? 愛せない?幸せになれない? 誰が決めた事だ? 違う、自分で決める事だ 大体、フィンが精霊の立場を利用してるって? 利用して何が悪い 手段なんて選んでられるか 惚れてるから、欲しいんだったら何でもする 俺は言うぞ フィンじゃなきゃ嫌だ フィンが欲しい 一緒に幸せになるって、誓ったろ? 俺が幸せにしてやる 必ずだ この村だって救う フィンと一緒なら出来る 二人一緒なら…絶対 だから、俺を信じてくれ 俺は信じてる 手、温かくなったな…よかった |
カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
伝承か 不安な時程思考にロック掛かるが…シードの影響だろうな 精霊には影響… (神人は女神の加護で回避されてるらしいが、精霊は違う しかもギルティ化 奴らと精霊の祖が同一みてぇな感じだよな) 思考は払い、掌を重ねる いきなり剛速球来た そりゃ違和感訴訟名高い俺の顔だし って、ちょっと待て それでかい声で言うな※掌重ねたまま顔だけ近づけキスで言い分封じ ああいう時のイェルは綺麗で可愛いから知って欲しくねぇし また殺し文句凄いな イェルからキスに掌重ね合わせたまま応じ、耳元で囁く 愛してるよ、イェル いい所も悪い所もひっくるめて全部愛してるし離さねぇよ だから、俺を離すなよ 家の完成近いし、一緒に寝るダブルベッド見に行かないとな? |
信城いつき(ミカ)
うん寒くないよ。 へへっ、やっぱりミカ優しいなって思って ミカは優しいよ!俺知ってるんだから! 減らないよ!(ぐっと重ねた手のひらを押す) だって「レーゲンへの好き」と「ミカへの好き」は別物なんだから 分ける必要なんてないよ。ミカに優しくされたらいっぱい暖かい気持ちが生まれてくるんだから ばかでもマゾでもないよっ! 俺がミカに「好き」を渡せばレーゲンへの「好き」が減っちゃうかもって 心配してるのかもしれないけど、俺の大大好きの容量なめるなっ! もしどちらか一人をを選ばなきゃいけなくなった時 先にレーゲンを助けたとしても、二人でかならずミカを助けに行くから だから、待ってて 夏祭りの時みたいにふっといなくならないで |
楼城 簾(白王 紅竜)
興味深い伝承だけど…今はそう言ってられないようだね。 「シードの影響かな。不安なんだろうね。 …僕達も始めようか」 紅竜さんの手は大きく、堅い。 僕と違う手。 護ってくれている手。 ミズノさんと何かあったか聞かれた。 「押し倒された。僕もよく解らない」(ミEP3) 紅竜さんの返答に驚く。 「君はよくやってくれていると思う」 意味がないなんてない。 「前も言ったけど、君は僕に利用されない意思があるからいい」(紅EP3) 「君を評価しているから、そう言わないで欲しいな」 少し顔が綻んだ。 足元がふわふわで胸がぎゅっと締めつけられる。 この感覚は正体不明だから言わないけど、これだけ 「君の微笑は貴重だね」 微笑見られて嬉しいからね。 |
●
村到着と同時に、村人はまさに神を見る目でこちらを見つめてきた。
次々に『準備は出来ていますから!』という声が四方で上がる。
「──伝承、か」
ギルティ・シードの影響もあるのだろう。それでも、尋常ではない狂気にも似た掛け声に、カイン・モーントズィッヒェルは露骨に眉を顰め、精霊のイェルク・グリューンも不安に愁眉を露わにした。
二人が向かえば、伝承に則って地面に座る為のシートと、そして夜を強く揺らめきながら照らす焚火が一つ。
「……」
イェルクが苦しそうに小さく吐息を零す。
「大丈夫か、イェル?」
その言葉に、イェルクは初めてカインの心配に気付いた様子で、それを誤魔化すように微笑んだ。
「大丈夫です。……見られていて、少しだけ落ち着かなくて」
──人払いをすると、A.R.O.A.から説明を受けていたにもかかわらず、現地に着けばバスを降りた瞬間からずっと、隠れてこちらを見ている村人の視線が突き刺さる。
意図しないそんな視線に晒されれば精神が落ち着くはずもなく──併せて、イェルクが苦しいのは村を包む瘴気の影響もあると思えば。
「(神人は女神の加護で回避されてるらしいが、精霊は違う。
しかも、それを使った精霊のギルティ化……
……奴らと、精霊の祖が同一みてぇな感じだよな)」
それはカインにとって他人事ではない。
他でもない、自分の愛し人は『精霊』なのだから。
「……」
しかし、今の打開案はギルティ・シードを枯らすしかない。
カインは今までの思考を払拭して、そっとイェルクと互いの手のひらを重ね合わせた。
先に沈黙を破ったのはイェルクの方だった。
「私は……カインが私を愛してくれているのに一片の疑いの余地もないと言うか実践されて凄く実感してますが……」
俯きながらイェルクが語る。
表情は憂色一つ。この村の瘴気を受けているのは間違いない。
カインが表情を僅かに、何があっても覚悟を決められるよう硬くした──刹那、
「それが──私『騙されてる』と疑う人多いのはどういう事ですか」
「……」
カインは……思いきり、掛ける言葉を失った。
──重要な話題である事には違いない。実際にイェルクの表情は真摯そのものだ。
しかし、大切な伴侶の口から、どの様な言の葉が零れようとも受け止めようと覚悟していたカインは、そのギャップに腹に思いきり剛速球を叩き込まれたレベルの衝撃を受けた。
……一応、自覚はあるのだ。
イェルクが物静かで整った佇まいの美丈夫であるのに対し、カインの相は逞しくも……『フリーダムなヤのつくご職業』を思わせる顔であるが故に。
「そりゃ違和感訴訟名高い俺の顔だし」
「その通りですが、それを言っていいのは私だけです」
ギルティ・シードの影響であろう。イェルクがその言葉にも不満を露わに食い下がる。
他にも、日常的にカインへ向けられる偏見の眼差しに、イェルクの不満は止まらない。
「それだけではありません」
余りにも珍しい僅かな怒りを添えた、キリッとした表情でイェルクがはっきりと告げた。
「乱暴そうと言われますが、カインは愛し方が凄く丁寧で上──」
「……って待て、ちょっと待て! それでかい声で言うな」
言うが早いか、カインが慌てて手のひらに気を使いながら、イェルクに口づけをして言葉を閉じさせた。
ここは誰もいないようで、村人全員が聴衆だ。聞けば村人は歓喜するかも知れないが、
「──ああいう時のイェルは、綺麗で可愛いから他に知って欲しくねぇし」
カインはそれを平然と事実として、あっさりとそれを断じた。
そして、キスと添えられた言葉で、イェルクははたと我に返った。
先程からずっと心を支配していた靄が消えた。紙に滲んだインクの時間が戻るように。
「……そうですね。
危なかったです」
──イェルクの胸にも、同じ様に二人きりで秘めたい思いが沢山ある。
危うく我を忘れて、その中の一つを失くしてしまうところだった。
「でも」
一つ、このタイミングで伝えるなら。
「でもカインに愛されるの好きですよ」
それは幸福に染めた声音を添えて。今度はイェルクからカインへ、手を放すことなく先と同じように唇を触れさせた。
イェルクも、カインも。それ以上に触れる事は無い。
相手の『これ以上』は、人には見せない自分達だけのもの──
カインは寄せられた顔のすぐ傍で。そっと、距離が一層縮まった愛しい人の耳元で囁き掛けた。
言葉は返し、返されるもの。愛の言葉も、必定。
「愛してるよ、イェル。
いい所も悪い所もひっくるめて全部愛してるし離さねぇよ。
だから、俺を離すなよ」
「私も愛してます。
いい所も悪い所も全て。
離しません──離し方は、忘れてしまいました」
互いの言葉に、笑い合う。
それは見ている側まで幸せになれる愛の形。
「家の完成近いし、一緒に寝るダブルベッド見に行かないとな?」
「はい、あなた」
見つめ合い、瞳を重ねて微笑んだ。
触れ合わせた互いの手は終始温かいまま。
ずっと重ね合わせたその手は、伝承の枷ではなく幸福の証であった。
●
騒めきの止まらない村を案内されて楼城 簾がそれまでの所感を呟く。
「シードの影響かな。不安なんだろうね。
……僕達も始めようか」
説明通りにシートに座り、聞いた伝承に白王 紅竜が手を差し出せば、廉がそっとその手を合わせた。
「(紅竜さんの手は大きく、堅い)」
廉が触れ感じた相手の手は、害意をねじ伏せ、何かを守る為に存在しているもの。廉には想像もつかない世界を見てきた、手。
「(一般的な成人男性の手だが、細い)」
紅竜が感じたものは、人を利用する事しか考えていない。今までそう思っていた、神経質が滲み出ている手。
「(──僕と違う手『相容れない、手』)」
「(顕現しなければ、知り合いもしなかった。指示命令だけを執る『この手合いの……クズの、手』)」
お互いの手には、共感も共鳴も得られはしない。
しかし、伝わる温かさに改めて実感する。
「(でも──これが、僕を護ってくれる手)」
「(だが──今は違う。
これは、私が護るべき、……)」
不意に、紅竜の思考が止まった。
言葉の先で、不意に沸き上がった不安。心にインクが滲み込む様な、黒い浸食。
「私は……本当に護れているのだろうか」
紅竜が俯き呟く。
「……紅竜さん?」
押し殺した声音で聞こえなかった紅竜の呟き。それに返された廉の問い掛け──
「……」
紅竜に届いたのは、とても静かで、柔らかな声。聞くだけではそれを発する相手の心根を察する事は出来ない。
『人心掌握』の目的を元に、完全に訓練されたその声は、ふと同じ音で紅竜に過去の電話での発言を再生させた。
『君も押し倒すと征服した気になるのかな』
廉にはもう一人、契約した精霊がいる。廉が仕事以外で不用意に他人を近づけるとは考え難い。ならば、その発言の切っ掛けとなったのは。
「フォロスさんと何かあったのか?」
思わず突いて出た言葉。
何度かの任務を重ね、守らなければならないものは、物理的な彼の身体だけではない事を無意識の内に感じていた。
故に何もあって欲しくはないと願った。しかし、
──簾は自分の状況であるにもかかわらず、僅かに首を傾げ不可解さを滲ませながら口にした。
「押し倒された。僕もよく解らない」
瞬間、紅竜が受けたものは、驚愕と自失。
心を無力感が一気に支配した。普段ならば即立ち直せるものが、今は歯止めがきかずに落ちていく──
「私は……護衛失格だな。
いる意味がない」
護るべき対象を、もう片方の精霊に良い様にされて……自分は一体何を護ってきたつもりだったのか。
茫然とした心に手が離れかけた。
しかし、せめて任務だけでもと村人にも見えない程度に、それを僅かに震わすだけに抑え込む。
同時に廉も、それ以上の愕きを隠せなかった。
普段、口数すら少ない男が、理解不能な事を言っている。
この場の瘴気は、そこまで相手に影響を与えるものなのか。
『意味がないなんてない』
咄嗟に廉に浮かんだ強い思い。
しかし言葉がついていかない──自分がこれを即座に表現できる言葉は何だろう。
「──『君はよくやってくれていると思う』」
紅竜が思わず廉の顔に目を向けた。簾は、自分の発言が適切だったと思い、言葉を続ける。
「前も言ったけど、君は僕に利用されない意思があるからいい。
こちらを仰いで傅く者はもう見飽きたんだよ。だから」
手を合わせたまま、廉は僅かに紅竜へと向き直る。
「君を評価しているから、そう言わないで欲しいな」
「……」
紅竜の瞳が、一度大きく瞬き廉を捉えた。
先の驚きとは違う。
無意識でありそうながらに意識されているのは気付いていたが。
……ただ単純に、利己の塊の様な目の前の男に、そう口に出されるだけの評価をされている事が想定外だった。
──己の口許が、ほんの僅かに綻んだのを自覚した。
この思いは……純粋に、悪くなかった。
「素直に感謝し、礼を言っておこう」
その言葉、そして笑顔にも近いその表情──告げられた言葉に廉もしばし言葉を失った。
表現の仕様が分からない。
ただ、紅竜の表情は、それを見た廉の感覚を一瞬にして狂わせた。
座っていた地面は、いつの間にか不意に綿で出来たかの様に柔となり。
そして、心臓だけでは済まない廉の胸の全てを、その表情は一瞬にして、どんな拘束具よりも苦しくも優しく締め上げた。
この感覚に付けられる言葉を廉は知らない。
それでも、一つ伝えられることがあるとするならば。
「君の微笑は貴重だね」
廉は表情に、紅竜への『嬉しい』という感情を隠さなかった。
「……」
紅竜の驚くという感情は、もう既に何処かで麻痺したようだった。
そしてその表情に、心の中でとある少しの努力を誓う。
誓いは一つ。
『クズでも、無防備で案外可愛い』この男が、こうも嬉しそうに微笑うなら……少し、その為の努力をしても良い、と。
話していたのは、それほど長い間ではない。
しかし、それでもこの場で変わらなかったものは、最初から触れ合わせていた互いの手のひら──それだけだった。
●
「まあ、手を合わせて村人が落ち着くなら付き合ってやるか」
尋常ではない村人の様子を垣間見ながら、ミカはシートに座り、既に座っていた信城いつきと手を触れ合わせる。
それは改めてする行動でもないが、日常的な仕草でもない。
珍しい伝承があったものだと思いながら。ふと、その思考の隙間を縫うように冷たい風が吹き抜けた。
「チビ、寒くないか?」
それはミカにとって、ごく自然に出た言葉。
「うん寒くないよ」
対していつきは、それに対してとても嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「……なにニコニコ笑ってんだ」
「へへっ、やっぱりミカ優しいなって思って」
「誰が優しいって? 気持ちの悪い事を言う口はこの口か?」
何度聞いても腑に落ちない。ミカが触れ合わせていない方の手で、軽くいつきの頬を引っ張った。
「いひゃいよ!
……もうっ。ミカは優しいよ! 俺知ってるんだから!」
直ぐに放した手にむくれながらも、いつきははっきりと、その言葉を強く言い切った。
「……」
瞬間──ミカがその言葉に受けたものは、鉛の様に鈍く重い……不安。
いつもならば、もっと軽く流せたであろう。
だが、この場の瘴気の影響か、理解はしても心が追いつかない。
──優しいや、大大好きとか。
最初であった頃にはなかったその言葉。
しかし、今では、それらがミカの目の前に、着々と積み重なっていく。
それは決して望んだものではない。
故に『ありがとう』等とそんな恐ろしい言葉が言えるはずも無く、ただ不安だけが募っていく。
「……もし、俺とレーゲンが危険な目にあった時、お前はどちらを選ぶ?」
「え……?」
いつきが目を丸くする。
「え、じゃない。
そういう時はレーゲンを選べ。大事な存在なんだろ。
普段でもだ。
──俺に関わって、レーゲンへの想いを減らす必要なんかないんだ」
僅かに目を伏せて、強く告げた。
本来なら、こうして手を合わせているのもレーゲンであるべきはずだとミカは疑わない。
……いつきはレーゲンと共に在るべきで、いつきは自分などにかまけて、その想いを減らすべきでは──
「減らないよ!」
ミカの思考を破る様に、その場を怒りにも似た声が弾け飛んだ。
同時に、意識せず力を失くしていた手が、強く支える様に押し出される。
「減らないよ! だって『レーゲンへの好き』と『ミカへの好き』は別物なんだから!」
「別物……」
ミカは無表情に、内心で茫然としながらもその手をぎりぎり均衡に保ち、改めてその言葉を確認するように口に出す。
「分ける必要なんてないよ。ミカに優しくされたらいっぱい暖かい気持ちが生まれてくるんだから」
「──だから、俺のどこが優しいって!?」
我に返ったミカが負けじと手のひらを押し返す。手の大きさや体格差も併せて、いつきが慌てて手に力を込めた。
「あれだけちょっかい出してるのに、ばかか? マゾか? 変人か?」
ミカの不安は、気が付けばいつきの手に押される様に消えていた──……しかし、それでも残るのは、
その、大切であろう『優しい』という言葉を、こちらへ躊躇わずに口にする、いつきへの不満だけ。
「ばかでもマゾでもないよっ!
俺がミカに「好き」を渡せばレーゲンへの「好き」が減っちゃうかもって……心配してるのかもしれないけど、俺の『大大好きの容量』なめるなっ!」
いつきが叫びながら反撃とばかりに、再びミカの手を力一杯突き返す。
しばらく、お互いに力による抗争を繰り広げた後──いつしか、どちらからともなく静かに手の力を抜いて。手は最初と同じ力加減に収まった。
場も自然と静かになった。
大騒ぎして少し荒れた息も整ったいつきが、ぽつりと口にする。
「もしどちらか一人を選ばなきゃいけなくなった時──
先にレーゲンを助けたとしても、二人でかならずミカを助けに行くから」
「……!」
「だから、待ってて。
──夏祭りの時みたいに……ふっといなくならないで」
目に見えて落ち込んだ様子と声音。
あの時、レーゲンといつき、二人の間に自分は不要だと。
それは、安堵と満足。そう思えた達成感から、己の中で音の引けた祭囃子の夜の事。
しかし、二人は言った。
まだその場にいてもいいのだ、と。『三人でいられる時は一緒にいよう』と、その自分の手を引いたのだ。
「……いつき」
確認するように……ミカはいつきの手の体温を確認する。
あの時自分を掴んだ手は、今もまだ温かい──
「いなくなるわけないだろ。
レーゲンのように一緒に歩むことは無いかもしれないが。
俺は、待っててやるから──
お前が帰ってくればちゃんと迎えてやるから」
「──!
約束だよ? 約束だからね!」
いつきの瞳が一気に煌いた。
「ああ、分かってる。これだからチビは──」
「チビじゃないよ!」
その場が一気に賑やかになって。
しかし、その喧騒を保ちながらも。ミカはぽつりと心中に言葉を落とした。
「(──それで、いいんだよな)」
言葉を振り返り、確認する。
それを──何よりも、自分に言い聞かせるように。
●
焚火を前にして、フィン・ブラーシュの唇から、何度も重く浅い吐息が零れた。
蒼崎 海十は、心配そうにその顔をこっそりと覗き見る。
声を掛ければ、フィンは無理をしてでも『何でもないよ?』と笑顔で返す事が分かっていたから。
しかし、思い詰めた表情、瘴気に浸食された心──それらが言葉を押し出す様にフィンが言葉を落とし始めた。
「俺は……海十に相応しい人間なんだろうか」
「え……?」
不意の言葉に、海十が声を返す。
「海十は……確かに俺の、光。
代え様のない大切な、存在。
……でも、海十にとっては」
──海十にとっては、最初出会った自分など『偶然にして適合した精霊』でしかなかったに違いない。
フィンは早くに自分の想いを認識していた。
故に自分は、精霊という立場で、
「(……ウィンクルムだからと『愛を深める』という名目で、そんな海十をこの手に取り込んだだけなのではないのか?)」
疑心は、波の様に押し寄せる。
『そんなつもりはない』──疑う事すらなかったその言葉は、今や蟠る心を前にしては全く意味を成さなかった。
実際に、今までの自分の行動を振り返れば──ほら、疑心の中で思い当たるのは一つや二つではないではないか。
「こうすれば『海十は俺の手を取るしかない』──俺に、そんな大人の汚さがなかったって、どうして言い切れるのかって……
今までの自分の行動に……そんな計算が全く無かったって、どうして言い切れるのかって」
自虐的に言葉を落とすフィンに、ふと過去の放浪の間に出会った占い師に告げられた言葉が浮かぶ。
「前にね……言われたんだ。
『お前は人を不幸にする星を背負っている。
誰も愛せないし、幸せとは遠い人生を歩くだろう』と……」
フィンにとって、それは絶対的な事実であった。
実際に、フィンは己よりも大切であった家を、故郷諸共、総て失った。
代わりに、それらを守れず一人生き残った自分を残して。
だから──このままでは、自分のせいで海十も不幸になるかも知れない。
海十には、自分には持ち得ない未来があったかも知れないのに──
「……俺は、結局、精霊の立場を利用して海十の心につけ入ったんだって──」
そして、言葉を置くうちに。
フィンは、今の胸の内を最も適切に知らしめる言葉を見つけた。
「俺は……。ごめん、海十──俺は、やっぱり海十に相応しくない」
それは言ってはならない言葉だったのかも知れない──告げてしまえば、かつてない脱力感がフィンを襲った。
自分で惨めに震える手を見つめても、その震えが止まらない。
「フィン!」
今にも絶望と共に落ちようとしたフィンの手。
──その手を、合わせていた手を海十の手のひらが怒号にも近い呼び声と共に押し返した。
「海十……?」
何があったのか分からない──茫然としたフィンの顔に、手を離さないまま、海十は一気に詰め寄った。
「フィン、それは違う。
相応しいって誰が決める?」
「え……?」
「愛せない? 幸せになれない?
誰が決めた事だ?」
「……でも、俺は──」
「誰かが決めた? 違う、そんなもの自分で決める事だ!」
海十の真摯な眼差しが、フィンの瞳を射貫く様に見詰める。
押し付けた手と共に、海十は強く訴えかけた。
「大体、フィンが精霊の立場を利用してるって?
──利用して何が悪い」
それはフィンが一番気に病んでいた事──それを、海十は躊躇いなく切り捨てた。
「海十……?」
「手段なんて選んでられるか。
惚れてるから、欲しいんだったら何でもする」
押し付けられる相手の指に、硬い感覚が伝わった。
その指の隙間、焚火の光に僅かに反射する。
それは──フィンが海十に贈った銀色に輝く指輪。
「俺は言うぞ。
フィンじゃなきゃ嫌だ。
フィンが欲しい」
海十の言葉が、それ自体が信じ難いものの様にフィンの耳に届いていく。
「一緒に幸せになるって、誓ったろ?
……俺が幸せにしてやる。
必ずだ」
海十の言葉がフィンの闇を払っていく。
それは真っ直ぐな言葉だけではない。
自分はこの──互いに身に着けている確かな将来の約束を、一体どうして忘れていてしまっていたのだろう。
「この村だって救う。
フィンと一緒なら出来る。
二人一緒なら……絶対」
「……海十」
フィンは、視線を逸らす事の無い海十の瞳をようやく受け止められる事が出来た。
「だから、俺を信じてくれ。
……俺は、信じてる」
伝えられた言葉──
それは、フィンが一人で旅をしていた時に聞いた、どんな言葉よりも重く……嬉しい。
「……うん、海十を信じてる」
フィンは、自分よりも明らかに温かい海十の手をそっと優しく押し返した。
「海十が……俺を幸せにしてくれるなら、俺はそれ以上の幸せを海十にあげたい」
海十の言葉に受けた思いは、胸に満ちるだけでは到底足りない。
「俺の全身全霊で、海十への愛を伝え続けるよ」
この上ない──惑わされる事もない偽りない本当の言葉。
「フィン。手、温かくなったな……良かった」
二人の合わせている手に、もう先程までの冷たさは感じない。
こうして瘴気が完全に晴れた夜。
広場の焚火は、ただ暖かく辺りを照らし出していた──
依頼結果:成功
MVP:
名前:蒼崎 海十 呼び名:海十 |
名前:フィン・ブラーシュ 呼び名:フィン |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 三月 奏 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | シリアス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 難しい |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 11月03日 |
出発日 | 11月09日 00:00 |
予定納品日 | 11月19日 |
参加者
- 蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
- カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
- 信城いつき(ミカ)
- 楼城 簾(白王 紅竜)
会議室
-
2016/11/08-23:31
-
2016/11/08-00:20
楼城 簾。
パートナーは白王 紅竜。
よろしく頼むよ。 -
2016/11/08-00:06
-
2016/11/06-00:17
-
2016/11/06-00:10