ぬれる、濡れる(青ネコ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「ポスターを撮りたいんです」
「……はぁ」
 ここは広告会社でもデザイン会社でもない、とあるA.R.O.A.支部受付である。
 名刺を出して笑顔で説明しているのは、あらゆる旅行企画は何でもござれの『ミラクル・トラベル・カンパニー』の者だった。
「コンセプトが『ちょっと特別な旅』なんです。だからプロのモデルじゃなくって、読者モデルとか色々な業界の有名人とか、こう、身近な存在で、でも特別な存在で、さらに目の保養になるような、そんな人達をモデルにしてポスターを作りたいんです」
「それはつまり……」
「はい、ウィンクルムの皆さんにもモデルをやってもらいたいな、と」
 ニコニコと笑顔を崩さないミラクル・トラベル・カンパニーの者は確信していた。A.R.O.A.がこの依頼を断るわけがないと。
 もしも、万が一、ありえないけれど渋るようならば……。
「いやぁ、そういった事は本部に依頼するか、それかウィンクルム個々人にプライベートな話で依頼してもらうか……」
「我々、いつもA.R.O.A.に魅力的なツアー・トラベルを提供してますよね!」
「いや、あの、それはそうですけど……」
「皆さんの要望にも大分応えてきたと自負しております!」
「あ、はい、それは確かに……」
「今後もA.R.O.A.にはより楽しめる企画を勧めていきますので!」
「…………わ、私の裁量ではお答えできないので、上の者を呼んできます」
「ありがとうございまぁす!!」

 というわけで、ポスターモデルの依頼である。
 ちなみにどんなポスターになる予定かというと。
「場所は海かプール、服を着たまま必ずどちらかは濡れていただきます。その上でハグしていただきます」
 場所も服も選べるらしく、さらにどちらか一人だけ濡れても、二人とも濡れてもいいらしい。
「濡れたところとハグっぽい事してるところ、二枚撮りたいので、ご協力お願いします!!」

解説

ポスターモデルになってください。

●服
夏物で見た人を不快にさせない格好ならどんな格好でもいいです。
水着はダメよ! だって着衣で濡れて欲しいんだもの!(by天の声)
プランにどんな服か書いてください。
コーディネートをそのまま採用の場合はプランに書かなくていいです。
お任せの場合はプランの頭に『任』と書いてください。

●場所
海かプールか選べます。
海は人がいない白い砂浜です。
プールは人がいないホテルのでっかいプールです。
さらに、夜か昼か選べます。
プランの頭に『海昼』『海夜』『プ昼』『プ夜』のいずれかを書いてください。

●設定
遊んでて二人とも濡れた、とか、一人だけ泳いでた、とか、どうして濡れた設定かをプランに書いてください。
さらに、笑いあいながらハグ、とか、濡れた相手をお姫様抱っこ、とか、どうしてハグっぽい事した設定かをプランに書いてください。

●撮影中
お喋りしながらポーズとってくれて構いません。
リアルエロは駄目だけど、クールとかセクシーとかは! 大歓迎だから!!(by天の声)

●撮影終わったら喉乾いたー、腹も減ったー、美味しそうな店あったー
飲食に300Jr使いました。


ゲームマスターより

夏のリゾートの素敵なポスター作り、ご協力お願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  海夜

長袖の白Yシャツに七分丈のジーンズ
帽子はお留守番してもらおうか
あ、僕の紋章は映さないでね?

とりあえず濡れればいいんだよね?
というわけで波打ち際に桐華をスタンバイさせて、後ろから飛びつく
そのまま水の中に押し倒しちゃおう
一人で濡れるのも可哀想だから僕も一緒に濡れてあげようね
水のかけっこでもしてきゃっきゃうふふと遊ぼうじゃないか
まぁ桐華さん仏頂面だろうから、あんまり正面から撮ってあげないでね

で、ハグかー、ハグねー
桐華、おいで
両手広げて呼びつけて
優しく抱きしめてあげよう
桐華の顔は見せらんない。僕だけの桐華さんだもの
カメラに向かって人差し指立てて
ないしょ
二人の夏、秘密の思い出ってところでいかがだろ


アオイ(一太)
  海昼


一太に突然、海の中に突き飛ばされました。
なんでいきなりこんな…。
しかも起き上がる前に馬乗りとか、ちょっと無理ですって!
いくら浅いところでも、水、鼻に入りますから!

なにしたいんですか、あなたは。
まったくもう…(額に張り付いた髪かきあげ)
ポーズ…?手とか繋げばいいですか?

ハグは、一太がなにやら拗ねているようなので、僕から抱きしめましょう。
正面でぎゅってして、ついでに頭も撫でときます。
ほら、笑って?
無理ならくすぐりますよ?
そおっと脇腹とか、お尻(尻尾)とか触ってみますか。

こら、逃げない!
すかさずもう一度、抱きしめます。
これで笑顔になれましたね。


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  海夜
服:コーデ通りだがシャツのボタンは全部閉じてない状態

設定…夜なら下半身見え難いしこういうのもアリじゃね?(書き書き
(昔、エマが人魚姫も幸せじゃないと嫌だと読み聞かせた人魚姫に怒ってたな。…お父さんがお前の異議をこういう形で叶えるとはな)
俺の可愛い嫁さん、俺の我侭に付き合ってくれ

海に入って、海から上半身出したイェルクを引き上げて抱きしめる様に
誰にも聞こえない様耳元で
「俺の嫁さんなら海の泡になる必要はねぇな?」
「この先王子が名乗り出ても渡さねぇけど」
返された言葉が可愛いので撮影直後の一瞬の隙にキス
幸せになる人魚姫だっていいだろ

撮影後
隣に座ってのんびり温かい飲み物を
折角だから朝日でも見て帰るかな


ユズリノ(シャーマイン)
  『プ夜』
面白そう ノリノリ

白の七分袖ロングシャツ
黒の五分丈ガウチョパンツ
黒紐チョーカー

設定
プールサイド歩いてたらはしゃいだ拍子に僕がドボン
飛び込んだ彼が水面から姿を現した 水飛沫散らす姿にドキリ
このまま遊ぼうか 泳いで逃げてみた
掴まって振り向くの怖い
気持ちが止まらなくなってしまいそう
息のかかる距離に彼を感じて体が震えてしまう

撮影中
リクには素直に応じる
状況もあって彼の言葉は刺激的過ぎ ドキドキしっぱなし
設定も…演技なのか判らなくなる

濡れポーズ
プールから上がる途中
少し肌蹴た胸元 鎖骨 首筋 透ける褐色肌 が良く見える角度 さりげにへそチラ
後ろから近づく彼の姿を意識してる様な横顔

バー
翻弄されちゃってなんか悔し ジト目


■星の中を泳ぐ
「へー、面白そう」
「セクシーな遊び歓迎」
 依頼を聞くや、ワクワクとした表情となりノリノリで了承したのは『ユズリノ』と『シャーマイン』だった。
 かくして二人は撮影現場へ。
 場所は一流リゾートホテルの屋外プール。時間は計算された照明が水面を飾る夜。
「本日の衣装はこちら」
「おー」
 シャーマインが拍手で迎えたユズリノは、上に白の七分袖ロングシャツを着て、下に黒の五分丈ガウチョパンツをはいていた。印象的なのはその首元。黒紐チョーカーがシャーマインの目に留まった。
「似合ってる」
「そっちも」
 言われてシャーマインは自身の格好を改めて見る。白のマッスルタンクトップに、タイトなデニムパンツは、シャーマインの鍛えられたボディラインをくっきり見せ付けていた。沢山の木材アクセサリーがより精悍さを際立たせる。
「じゃあ、撮影お願いしまーす」
 スタッフの呼び声に二人は元気に返事をしてカメラの方へと移動する。
 撮影が始まる。

 被写体となる二人の設定は事細かに決められていたので、二人は設定に沿った演技でフレームインする事にした。
 ――プールサイドを楽しく話しながら歩く二人。話は盛り上がり、はしゃいだ拍子にユズリノがバランスを崩してしまう。
「うわ……!」
「リノ!」
 落ちそうになるユズリノを掴まえようと伸ばしたシャーマインの手は、目測を誤りシャツを引掛けそのまま力任せに引っ張る。すると、ボタンを幾つか弾け飛んでしまった。
「あ」
 その飛んだボタンと一緒に、ユズリノはドボン、とプールへ落ちた。
「あー、落ちちゃったよ」
 笑いながらプールの中で立つユズリノの胸元は肌蹴て、白いシャツは透けて褐色肌に張り付き、常にはない色気が溢れ出していた。
 そんなセクシーな状態になったユズリノに我慢できなくなったとばかりに、シャーマインもプールへと飛び込む。
 一度完全に水の中へ入ったシャーマインが、勢いよく水面から姿を現す。水飛沫散らすその姿に、見ていたユズリノの心臓がドキリと跳ねる。
 それを誤魔化すように、もしくは更に高めるかのように、ユズリノは笑いながら泳いで逃げてみる。シャーマインも笑ってから追いかける。
 逃げる。追う。二人が動けば、キラキラと水面も揺れる。まるで星の中を泳いでいるようだ。
「掴まえた!」
 とうとう追いついたシャーマインが、ユズリノを後ろから抱きしめる。
「掴まえたご褒美は当然キスだよな」
 シャーマインが耳元で囁けば、ユズリノの心臓が速くなる。
 けれどユズリノはこちらを見ない。
 振り向くのが怖いのだ。気持ちが止まらなくなってしまいそうで――。
「演技、だよね?」
 振り向けないまま小声で言えば、フッと微かな笑い声。
「何が?」
「何が……って、だから」
「で、ご褒美は?」
「待った、ちょっと待った……演技なのか判らなくなる」
「予行演習と思っとけば?」
「え?」
 半分以上本気だけど、とシャーマインは続けようとした、その瞬間。
「すみませーん! 別のポーズもお願いして良いですかー?」
 スタッフからの声がかかり、二人は返事をしてプールの淵へと移動する。
 移動している途中も、ユズリノの心臓はその速さを落ち着かせることは無かった。

 階段状になっているプールの端から二人は上がろうとする、その途中。
「じゃあもう一度ハグしてくださーい」
 ユズリノの少し肌蹴た胸元、水の滴る鎖骨に首筋、透けたシャツの下の艶やかな褐色肌。それらを照明で照らして、良く見える角度でカメラの前に立つ。さり気なく「サービス!」と、へそもチラリと見せて。
 そんな状態で、ユズリノは後ろを振り返るような横顔を見せる。
 後ろから来たシャーマインを意識しているような、そんな横顔を。
 シャーマインはもう一度ユズリノを背後から抱きしめる。
 後ろから抱しめ、ユズリノの紐チョーカー咥え軽く引っ張る。解こうとするように。
 行動に驚いているユズリノを放っておいて、シャーマインはカメラを見据える。まるで自分の獲物だと威嚇するような強い目線で。

「お疲れ様でーす、ありがとうございましたー!」
 スタッフの元気な声とは逆に、ユズリノは脱力したように長く息を吐いた。
「お疲れ、ここのホテルのバーで一杯飲んでいこうか?」
 誘うシャーマインをユズリノはジト目で見る。
「翻弄されちゃってなんか悔しい」
 悪戯を仕掛けあって負けたような気分のユズリノは「バーは割り勘」と行って歩き出す。
 拗ねながらも、バーへの誘いには乗るユズリノに、シャーマインは思わず笑いがこぼれる。
「俺の自制心、褒めてくれないの?」
 からかうように言えば、「あーもう演技は終了!」と元気な声が返ってきた。


■泡と消えずに、二人で朝を
「ポスター……」
 依頼内容を聞き終わった『イェルク・グリューン』は、隣に立つ『カイン・モーントズィッヒェル』を見る。じっと見る。よーく見る。
 そして前を向いて確認をする。
「私の良人、体躯はいいと思いますがチンピラ顔です。大丈夫ですか?」
 至極真面目に問われた内容に、言われた方もカインの顔を見て、企画書を見て、もう一度カインを見てから「イェルクさんの美しさが際立つので大丈夫です!」と親指をグッと立てて答えた。大分失礼な扱いだった。ごめんなさい。

 撮影場所は夜の海。
 それを聞いてカインはふむ、と考え出した。
「設定……夜なら下半身見え難いしこういうのもアリじゃね?」
 言って、紙に考えた設定を書いていく。
「ほら」
 カインに紙を渡されたイェルクは、そこにある設定文を読む。
 ポーズは、海の中から上半身出したイェルクが屈むカインの首筋に両腕を絡め、カインも抱き寄せ、キス直前、というもの。
 コンセプトは『海の泡にならない人魚姫と出会える夏』とのこと。
「何て恥ずかしいものを」
 尻尾をぷるぷると震わせるイェルクを楽しそうに見ながら、けれどカインの脳裏にはイェルク以外の人の姿も浮かんでいた。
 それはカインの死んでしまった子供、エマだ。
(昔、エマが人魚姫も幸せじゃないと嫌だと読み聞かせた人魚姫に怒ってたな)
 カインは思わず苦笑する。
(……お父さんがお前の異議をこういう形で叶えるとはな)
 さぁ、人魚姫を幸せにしよう。
「俺の可愛い嫁さん、俺の我侭に付き合ってくれ」

 カインの黒いシックなパンツにシンプルな白いシャツ。ボタンは全部閉じてない。イェルクも同じように黒いシックなパンツにシンプルな青いシャツ。頭を飾る『星空のヴェール』が、本当にこの夜の空を切り取ったようで、まさに人魚姫に相応しかった。
「穏やかだな」
 カインの呟きにイェルクは頷く。
 波は心地良い音を立てる程度、月明かりを反射する水面は美しい闇だった。
「じゃあ撮影お願いしまーす」
 スタッフの声に、イェルクは一度息を吐き出してから、海へと入っていく。ざぶり、ざぶりと入り、潜って行き、全身濡れたところで浜辺へ振り返る。
 それを合図にしたように、カインも動き出す。ざぶざぶと入りイェルクの元へと向かう。イェルクもまた泳ぐようにカインの元へと向かう。
 そうして浅瀬で、二人は触れ合う。
 海から上半身出したイェルクを引き上げ、抱きしめる様に腰を抱いて引き寄せる。イェルクもまたカインの首へと腕を絡める。
 見つめあい、微笑みあい、そしてカインはイェルクに顔を寄せ、誰にも聞こえない様に耳元で囁く。
「俺の嫁さんなら海の泡になる必要はねぇな?」
 潮騒とシャッター音にまぎれて囁かれた甘い言葉に、イェルクが照れて頬を染める。カインは少し顔を離してそれを見てから、ニッと口端を満足気にあげて更に言う。
「この先王子が名乗り出ても渡さねぇけど」
 その甘い独占欲に、イェルクはクスリと笑う。
「私が人魚姫なら、目の前にいるあなたが王子の筈ですけど」
「ああ、そうなるのか」
 くすくすと二人で笑いあうその様は、まさに逢瀬を楽しむ二人で。
「海の泡にならなくとも甘くて蕩けそうなのでしっかり抱きしめてくださいね、あなた?」
 イェルクの甘く可愛い囁きがカインの耳に届いた次の瞬間、撮影終了の声も響いた。
 そしてスタッフの意識が一瞬自分達から外れる。二人の為のタオルを取りに行ったり、機材を置いたり片付けたり。
 そんな一瞬、僅かな隙に、王子は人魚姫へキスをした。
「お疲れ様でーす! もうあがってもらっていいですよー」
 上がってこない二人に気がついたスタッフが、タオルを持ったスタッフが近づいてくる。
「……仕方ない人だ」
 頬を赤くした人魚姫は立ち上がって人間となり。
「幸せになる人魚姫だっていいだろ」
 そう嘯く王子の横に並び「ええ」と答えた。

 濡れた服を着替えた二人は、柔らかな潮騒を聞きながら浜辺に座る。夏とはいえ夜の海は涼しかったので、手に持った温かいお茶は丁度よかった。
「折角だから朝日でも見て帰るかな」
「いいですね」
 イェルクは答える。手にある温かいお茶を楽しみながら。けれど、カインの隣は飲み物より優しくて温かい、と思いながら。


■その笑顔は
 晴れ渡る青空! 白い雲! 輝く太陽! 美しい砂浜に青い海!
 そしてその海へと突き飛ばされる『アオイ』!
「……なんでいきなりこんな……」
 水の中で尻餅をついた形になったアオイが、呻くように言った。
「なんでって、濡れるためだろ」
 けろりと答えたのは、撮影開始の声と同時にアオイを海へと突き飛ばした『一太』だった。
「まだ足りねえんじゃないのか。もうちょっと濡れておいたほうがいい」
「ちょっと無理ですって! いくら浅いところでも、水、鼻に入りますから!」
 突き飛ばされたアオイが起き上がるよりも早く、馬乗りになった一太がアオイを押さえつけて波で濡らしていく。「鼻に! 一太!」というアオイの叫びも無視して、ただ濡れていくのを見下ろしていた。

「なにしたいんですか、あなたは」
 撮影は一旦中断した。流石に苦しそうなモデルをポスターには出来ない。とはいえ可愛らしい戯れだったので、スタッフ達は起き上がるアオイはクスクス笑いながら見守っていた。
「まったくもう……」
 溜息交じりに言いながら、額に張り付いた髪かきあげる。濡れた金の髪は日差しを浴びてキラキラと輝いた。薄手のミントグリーンの半袖パーカーは肌に張り付いている。茶色のクロップドパンツなど濡れすぎて黒く見える。
 対して、一太の白と紺のボーダーTシャツはあまり濡れていない。カーキのカーゴパンツは馬乗りになったせいでぐっしょりと濡れているが、本人は特にその感触をなんとも思っていないようだ。
「なにしたいって、俺もわかんねえんだよ」
 パシャリ、波を蹴りながら一太は言う。
 一太にはわからない。
 アオイの事を知りたい、そう言った一太に曖昧に笑い緩やかな拒絶をした。
 いや、あれは拒絶ではなかったのかもしれない。アオイの『過去の全部を言えるわけでもない』という言葉は、本当にただ言葉通りの意味だったのかもしれない。それでも、一太には拒絶に感じたのだ。
 では、どうすればいい。
 一太はアオイに対してどういう態度でどういう距離をとればいいのだ。
 そしてとるべき態度も距離もわからないまま、とりたい態度も距離もわからないまま、今日の依頼を持ってきたのだ。
 ――わからない。あんな言いあいのあとに、こんなことしようって言いだすお前が。
「それじゃあそろそろ再開してもいいですか?」
 スタッフの言葉にハッとして一太は顔を上げる。今はまだ依頼の最中だったのだと意識を切り替える。
「さて、ハグと、ポーズ……? 手とか繋げばいいですか?」
 言いながらアオイは一太を窺う。
「手? まあ、これも仕事だからな」
 言うが早いか、真顔のままアオイの手を握る。
(うーん、ハグは、一太がなにやら拗ねているようなので、僕から抱きしめましょう)
 正面からぎゅっと抱きしめ、ついでに頭も撫でる。
「ほら、笑って?」
「笑えって言われても、そういうの苦手なの知ってるだろ」
「無理ならくすぐりますよ?」
「は? くすぐるとか……それも好きじゃなっ……」
 最後まで言えず一太はビクンと背筋を伸ばす。耳もピンと伸びる。アオイが脇腹や尻尾をわさわさと触りだしたからだ。
「ちょ、脇は反則だし、尻尾とか、やだっ……」
「こら、逃げない!」
 ジタバタする一太をアオイはもう一度抱きしめる。
「無理、無理だっ!」
 ひーひーと笑いながら一太は必死でアオイの拘束から逃げ出した。
「くそ、笑いすぎて体に力、入んねえし!」
「これで笑顔になれましたね」
「だからって押さえこむなよ」
 ようやく息が整ってきた一太は、やり遂げた笑顔を向けるアオイを見て、一度、少しだけ口を尖らせてから「あー、もうっ!」と叫ぶ。
「渾身の力で抱きしめてやる、お返しだ!」
 波を蹴り、水しぶきを立てながら、一太はアオイへと走っていく。それをアオイは抱きとめ、強く抱きしめられる。
「そしたらこっちだってまたくすぐって……ちょっと、ちょっと待った、痛い、痛い痛い強すぎます一太ちょっと、本当に渾身の力は! やめてください! 痛い!」
「お返しだって言っただろ!」
 精霊の力でギュウギュウ抱きしめる一太の顔は笑っていた。
 暫くたって解放されたアオイも呆れたように息を吐いてから、やっぱり太陽のように眩しく笑った。


■誰も知らない
 聞いた依頼内容に、『桐華』はぴくりと微かに顔を引きつらせた。
「撮影って……ポスターって……しかも濡れ透けでハグ?」
 にこにこと笑っている『叶』が「そうだよ」と言えば、数秒天を仰いでから、盛大に溜息をついた。
「叶、仕事は選んでくれ、マジで」
「選んだ結果がこれだよ」
 さぁ、レッツゴー! と撮影現場に向かう叶の背中を見て、もう一度溜息をついてから続いて歩き出した。

 夜の海は穏やかで涼しかった。
「半袖じゃなくてせいかーい」
 長袖の白Yシャツに七分丈のジーンズという格好の叶は「帽子にお留守番してもらったのもせいかーい」と伸びをした。
 シンプルな格好の叶に対して、桐華は少し華やかな格好だった。下は黒のストレートパンツだが、グレイの半袖シャツには夏の植物のモチーフが青と水色で描かれている。
「あ、僕の紋章は映さないでね?」
 シャツの袖を伸ばして紋章を隠しながらスタッフに言う叶に、それならこんな依頼を受けなければいいんだ、とは言わなかった。もう何言っても全部無駄、ということがわかっていたからだ。

「とりあえず濡れればいいんだよね?」
 撮影開始と共に、桐華を波打ち際へとスタンバイさせた叶は、にんまりと笑いながらダダダッと走って後ろから飛びついた。
「そんでどーん!」
「ぶわ!」
 そのまま水の中に押し倒しされた桐華は、まともに海水を飲んでしまったようだった。
「ゲホ……ッお前なぁ!」
「わー、桐華さんてば、水も滴るいい男ー」
 桐華が起き上がり振り返ろうとしたら、叶は既に桐華の隣に座って「えいっ」と水をかけてきた。
「一人で濡れるのも可哀想だから僕も一緒に濡れてあげようね」
「いや、水遊びしたかっただけだろ」
「そんなことあるね、水のかけっこでもしてきゃっきゃうふふと遊ぼうじゃないか、えいえいっ」
 ばしゃばしゃと水をかけてくる叶は楽しそうだった。
(楽しんでるようだけど、できれば二人で楽しみたかったもんだ)
 叶の笑顔にそんな事を思った桐華だった。なんせこの瞬間にもシャッター音は響いている。
 仏頂面の桐華を確認して、叶はスタッフに「あんまり正面から撮ってあげないでね」と言う。その言葉を聞いて、桐華はもう色々諦めた。嫌がっているのは判っていて、配慮もしてくれてるのだ。ここが妥協点だろう。
「はいはいもうお前の好きにしてくれりゃ良い」
 仏頂面を緩ませてパシャリ、叶に水をかけた。

(それにしても……)
 ひとしきり水遊びをして、二人ともびしゃびしゃに濡れてしまえば、少し気になるところが出てきてしまう。
(叶は普段ふわっとした服着てるから、こういう時に体型が出るの、少し気になる)
 白いシャツはぴたりと肌に張り付き、体のラインをはっきりと出していた。普段では確かに見れない光景だ。
「そろそろいいですかー?」
 スタッフの声に濡れる以外にも注文があった事を思い出す。
「ハグかー、ハグねー」
 どうしようか考えた叶は、ふと思いついて両手を広げる。
「桐華、おいで」
 笑顔で言われて、桐華は瞬間戸惑い、恥ずかしくなる。叶を物欲しげに見てたのがバレたのかと思って。
 流石に恥ずかしくなり、それを誤魔化すように、カメラが居るのも忘れて素直に抱きついた。
 それを叶は優しく抱きしめて。
(…………忘れていたかったけど、叶の方がでかくて、抱きしめられてる感がする)
 さっきまでの恥ずかしさは何処へやら。ちょっと悔しさが顔を出す。
「はーい、ありがとうございましたー!」
 スタッフのその声に撮影が終わったのだと思った桐華は、抱きついたまま叶を押し倒した。
「うわ?!」
 ばしゃん、と背中から落ちた叶が声をあげる。
「さっきの仕返し」
 見上げればそこには、ニッと笑う桐華がいた。
「……ふふっ」
 叶は小さく笑って、起き上がらずにそのまま腕を伸ばし、桐華の首に抱きついた。
「って、首にぶら下がる、な……?」
 桐華の背後からシャッター音が降ってくる。
「……やられた。これも撮影の内かよ」
 ガクリと脱力すれば、耳元で楽しそうな叶の笑い声。
 波の音と混ざり、くすぐったくも心地良い音だった。

 今度こそ撮影は終了した。
 出来上がった写真に桐華の顔は写ってなく、背中だけが写っていた。
 そしてそんな桐華に抱きついている叶は、人差し指をたてて、ないしょ、とばかりに楽しそうに笑んでいた。
「二人の夏、秘密の思い出ってところでいかがだろ」
「……いいんじゃないか」
 フッと笑って桐華は答えた。

 ないしょなのは、もう一つ。
 ――桐華の顔は見せらんない。僕だけの桐華さんだもの。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 07月27日
出発日 08月02日 00:00
予定納品日 08月12日

参加者

会議室


PAGE TOP