プロローグ
彼女は長身にやや細身ながら出るところはでている抜群のスタイルで、何より美貌の持ち主であった。
しかしながら彼女はその体を纏い隠して男の装いを好む傾向にあった。
そう言うと男装の麗人っぽく聞こえていいよね。
実際は男装専門のコスプレイヤーってだけなんだけどね!
ともかく、そんな彼女は同時にA.R.O.A.の受付に佇む美女職員であった。
もう一度言う。彼女は、オーガ関係の依頼を精査し、あるいはイベント事を案内しウィンクルムに斡旋する、A.R.O.A.の受付であった。
そして彼女にはとてもとても仲の良い友人がいた。
趣味嗜好と利害関係がものの見事に一致する友人が、いた。
彼女の名はエリス。そしてその友人の名はロゼッタ。
類が友を呼んで色々やらかしてくれている、お騒がせ腐女子コンビである。
「この度我らがロゼッタさんが商業誌に作品を載せることになりました」
つまりプロデビュー。はい、拍手。と穏やかな顔で促したエリスは、いまいち状況を理解していないウィンクルムに、話を続ける。
「ロゼッタさん……いえ、ロゼッタ先生はこれから過酷な締め切りとの戦いに身を投じるの。当然ストレスも溜まるわよね。大変な仕事よ」
「はぁ……」
「そして彼女は萌え不足やストレスに陥るとオーガ関係の事件に巻き込まれる傾向にあることが過去の報告書で判明しているわ」
「えっ、なにそれ怖い」
「つまりはそれを解消することも、ウィンクルムの大切なお仕事になると思わない? 思うわよね? 協力してあげようって思わない? 思うわよね?」
美人の笑顔は迫力オーラ。
にこにこと微笑むエリスに、はぁ、まぁ……と曖昧に返事をしたのが運の尽きだった。
「じゃ、彼女の萌補給、頼んだわよ」
友人の悩み解決のためにウィンクルムが使える……もとい協力してもらえることをよく理解し、ひいてはそれが自己の萌補給にも繋がるゆえに。
華麗に職権濫用している割とはた迷惑な受付嬢が、彼女であった。
解説
エリスからの依頼ですが、内容としてはロゼッタが薄い本を書きます
製本して大事に保管するので一組辺り400jr寄付してあげてください
プランに書く事
★パターン1
大雑把な内容、テーマ、カップリング、if設定など具体的に盛り込んでみる
★パターン2
全面的にお任せして、読んでみた反応、ロゼッタとの会話などを盛り込んでみる
1と2の間くらいでも大丈夫です
NGだけ記載して後はお任せ、とかでも大丈夫です
内容プランが少ないほど好き勝手やらかしますので予めご了承ください
【R18駄目絶対】でお願いします
R18-Gも含みます。良いですか、【R18駄目絶対】です
アクションプランには特にお気を付け下さい
錘里の過去アドエピ程度の流血描写は可
そう言う関係、な設定は可
他の方の話は基本的に読めない事としますが、
最初からグループ参加の場合などは読んでもいいんじゃないでしょうか
なお、グループ参加でも消費ジェールは変わりませんので予めご了承ください
ゲームマスターより
EXで錘里がやらかします(二回目)
拙作『USUIHON!』を読んでおくとイメージが判って後悔が減るかもしれません。
読んでなくても大丈夫です。前回参加された方でもお気軽にどうぞ。
ロゼッタ先生はエログロ書けませんので「描写はないがそういう内容」という指定も不可とします。
冒頭のウィンクルムのノリは押しに負けた感じですが、自らノリノリ出来ていただいても構いませんよ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
☆パターン2 あー、なんだ おめでとう、でいいんだよなこの場合は? (差し入れに持参した焼き菓子を渡しつつ) まあそこから先のこの展開についてはどうしてこうなった感が凄まじいが つうかまともに会うのはこれが初めてか? 初回が確か……あー白鳥の湖……で次がまあ、うん、やめよう! もう腹くくるわ、内容は任す! (出来上がった本を読みつつ) (途中で勢いよく本を閉じて振りかぶったところで止められる) うおおおぉ抹殺させろ……!! (ぜえはあ) すまんちょっと動揺した……(顔真っ赤) どうって聞くのかよ…… まあ、その、なんだ、 こういう風に見られてるのか、ってやめろ! 恥ずかしくて死ぬわ! |
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
前回しっかり読ませてもらって、流石に理解したよ あの薄い冊子の中身は恋愛小説なんだって …そんな目で見ても、だめ 内容はロゼッタさんにお任せします 寧ろ自由に書いて欲しいな、って思うのだけれど 今度こそ、お先にどうぞ 冊子に目を通す彼の姿に自然と目がいく 真剣に読み込んでいる横顔に落ちる、銀色の髪 いつものように指で掬って耳に掛けておく ラセルタさん、目が悪くなるよ? …自分たちがモデルという事を差し置いても、どきどきしました 小説のように綺麗な言葉は見つからないけれど 想いを伝える事が何より大切だと彼に教えてもらったから 堪らなく恥ずかしくなったり嬉しくなったり、心が動かされる 俺はロゼッタさんの書く小説が、好きです |
柳 大樹(クラウディオ)
ロゼッタさん、今日はよろしく。 俺は柳大樹。で、こっちがクラウディオ。俺はクロちゃんって呼んでる。 こいつ真っ黒い格好だし丁度良いかなって。 何にせよ、情報はあった方がいいよね。 クロちゃん、口布下げて。後、フードも。ほんと言わなきゃ取らないよね。 (自分は眼帯を外さない。見せたくないし、女の子に見せるものじゃないと思ってる 本の内容:マフィアパロ 組織を抜ける代償に、制裁による重症で路地裏に倒れてたクラウディオ。それを見つけて介抱したのが一般人の大樹。 クラウディオは後遺症で記憶喪失。実は何度か話したの事ある大樹は自分の事を告げず、一緒に暮らす。 感想:記憶を取り戻した方が幸せなのかどうか、先が気になるなあ。 |
胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
プロの作家さんに書いてもらえるなんて、ちょっと興奮しますね! 内容はまあ…アレですけど…… 飼いっ…人前で勘違いされるような発言は…!(ちらちらと彼の結婚指輪に目がいく) (なぜ自らからかいの種になるような依頼を受けたんだ俺ぇ!) ★受付嬢の美貌に骨抜きになり気づけばとってもよいお返事をしていた神人がこちら ……うー。台詞…ですか? (指輪に視線を落とし、精霊の境遇に思いを馳せる 意を決して彼の顔を見つめ) ……『そんな資格はないのかもしれない』 『でも俺は貴方の支えになりたい』 反応: 赤面してああああと呻く 先生まで俺のことからかうんですねひどいです(涙目) ・攻と思いきや自分が受 (ジェフリーさんの笑顔が怖い…!) |
信城いつき(ミカ)
※「二次創作の可能性」エピの弟王子 みんなには黙ってて。……デート?一日だけなら。でも触るのは禁止! あの手この手でからかってくる。でも時折すごく優しい 意地悪なのか、本気なのか、分からなくなってくるよ 優しすぎて魔法使いの誘いにのってしまいそう …でも俺は兄様が…ごめん もう!俺をからかわなくても、魔法使いなら楽しいこといっぱいあるんじゃない!? 現実: 俺だって前回よりは大人になったし、大丈夫(でも顔赤い) ロゼッタも初対面なのに分かるのかなぁ、こういうからかいするような困った性格だって ……え? 再現とかいらないって、もー顔近すぎー! ぎゃーっ! ミカのばかばかー!セクハラ-! |
●揺れる猫の尾
胡白眼は騙されたのだ。
いや、ただ単に美女に弱かったのだ。
条件反射的にとっても良いお返事をした神人を、胡乱で怪訝な顔で見た精霊ジェフリー・ブラックモアは、大きく溜息をついたものの、楽観的に思考を切り替える。
(内容は気に食わないけど、こいつをからかって遊べるからよしとするか)
かくして事情思惑それぞれに、二人ははしゃぐロゼッタと対面するのであった。
「プロの作家さんに書いてもらえるなんて、ちょっと興奮しますね!」
内容に関しては触れないことにするとして。登場人物の把握がてら、希望などはと伺えば、ジェフリーは暫し思案した後、一つ提案した。
「こないだジダイゲキって奴を観てね。ああいう世界に生まれてたらって、ちょっと考えてたんだよ」
どうせならば非日常を。粋とか人情ってやつがいいよねぇ、なんて呟きつつ。
「これだけじゃ芸がないから俺達が考えた台詞を使うってのはどう?」
加えての提案に、妄想が膨らみますねとはしゃぐロゼッタと、唐突に言われてもとやや難しい顔をした白眼。
真面目に考え始めた様子の白眼の姿に口角を上げ、ジェフリーはそうだなぁと顎を撫でるようにしながら呟く。
「『飼い猫が恋しちゃいけないかい』」
猫のテイルスである自身の容貌を踏まえた上での一言は、どこか煽るよう。
「飼いっ……」
「ホラホラ次はフーくんの番だよ」
「ちょ、人前で勘違いされるような発言は……!」
慌てたような白眼の視線は、ジェフリーの左手の薬指に嵌められた指輪をちらちら。
(なぜ自らからかいの種になるような依頼を受けたんだ俺ぇ!)
美女の頼みは断れないんだよ。男だもの。
「……うー。台詞……ですか?」
考えこむように落ちた視線は、そのままジェフリーの指輪に落ち着く。
精霊の境遇を、思う。
愛する人をオーガに殺された彼の気持ちは、未だ知れない。
(それでも……)
意を決して、白眼はジェフリーを真っ直ぐに見つめた。
「『そんな資格はないのかもしれない』。『でも俺は貴方の支えになりたい』」
真っ直ぐな、真っ直ぐな瞳に。
「いいねぇ! それっぽいじゃないか!」
ジェフリーは射抜かれたように一度唇を結んで。それから、また口角を上げた。
そして台詞案を抱え、お茶とお菓子を残して、ロゼッタは執筆部屋に飛び込んだ。
◆
動乱と安寧を短く繰り返す激動の世においても、彼は常に彼であり、自由であり気ままであった。
彼にはジェフリーという名があった。しかしその身に備わった猫の耳と尻尾、そしてその態度から、人は彼らを猫と呼ぶ。
猫は毎日違う色の着物を着て、毎日違う香りを纏い、毎日違う家から出入りをしている。
朝日が昇る前、薄暗がりの中へと消えていく猫を、誰も引き止められないのだ。
ただ一人を、除いて。
「旦那様、お猫様が戻られました」
「えっ」
にらめっこをしていた帳面から顔を上げ、商家の主、白眼はどこか急く足で玄関へと向かう。
そこには、猫――ジェフリーの姿があって、白眼の足音を聞きつけて、ゆるりと振り向き見上げてきた。
「やぁ、一月ぶりかい? 相変わらず間の抜けた顔だねぇ」
服装や持ち物に些細な違いはあったけれど、自分を見上げて微笑む彼の顔は、変わらなかったから。
「……お帰りなさい」
白眼だけが唯一告げることのできる言葉を、噛みしめるようにして告げた。
そもそも彼らが出会ったのは、ふらりと気ままな猫が、たまたま塒に選んだがゆえ。
猫を猫と知りながら、それでも白眼はジェフリーを快く受け入れたのだ。
誰かと食事を共にできるなど何時ぶりだろうとにこにこしていた白眼を穏やかな瞳で見つめながら、ジェフリーはいつも通り一晩限りで離れるつもりでいたのだけれど。
『また、ぜひ立ち寄ってくださいね』
朝日が昇る前、暗がりの中で提灯片手に見送りを待ち構えていた白眼の、どこか縋るような目が、気になって。
明かりにぼんやりと照らされた足元には、見えない境界線があるようで。
それを超えることすら難しいのだと、寂しげに笑った白眼の、裕福ながら不自由な生活をほんの少しだけ垣間見た。
だから、ほんの気休めのつもりで言ったのだ。それじゃあまたいつか、土産話を持ってくるよ、と。
ただの口約束に、なんの意味もなかったはずなのに。
『待ってます』
殊更幸せそうに笑った白眼の顔が、いつまでも焼き付いていた。
白眼は、猫の噂を知るために、期待はしないつもりでいた。
しかし、まるで噂を否定するかのように、彼はまた訪ねてきたのだ。
約束だと、そう言って。
そうして、およそ一月に一度、一晩だけを過ごしていくジェフリーは、いつしかお猫様と呼ばれるようになり、白眼の店を帰る場所として、今に至るのだ。
しかし、一月ごとの土産話を純粋に楽しむばかりだった白眼は、ある時ふと、尋ねてしまったのだ。
「どうして戻ってくるんです?」
ささやかな疑問を素直に吐き出したその口が、盃を煽る。
同じ徳利から酒を手酌しながら、ジェフリーは緩やかに口角を上げた。
「君に恋をしているからかな」
なんでもないような素振りで吐き出された言葉に、白眼は瞠目した。
手にしていた盃がぽろりと落ち、静かだった行灯はまるで動揺するかのように炎を揺らす。
幸いだったのは盃が空だったことだろう。零したわけではないのを目線で確かめて、くすくす、ジェフリーは笑った。
「おや、飼い猫が恋しちゃいけないかい」
「いや、そうではなく……はは、俺をからかうなんて、ひどいじゃないですか」
「からかうだなんてそれこそひどい話だねぇ。こんなにも一途に想っているのに」
口角は上がったまま、盃に落とされた視線は、揺れる水面を見つめている。
そんな彼をちらと見つめて、白眼は落とした盃を拾い上げて畳の上に丁寧に置くと、顔を上げた。
「あの、俺は……」
「おっと、やめておくれよ、酒の席で湿っぽい話は聞きたくない」
意を決したというのに、軽い調子で遮られて。出鼻をくじかれた白眼は、うぐ、と言葉に詰まりながらも、もう一度、ほんの少し身を乗り出すようにして口を開く。
「貴方に思われることは、素直に嬉しく思います。でも俺は、貴方の名前さえ知らないんです」
帰る場所だと言ってくれるけれど、たった一つの秘密が、壁を作っているような気がしていた。
切々とした白眼の声に、今度はジェフリーが目を見張る番だった。
(自覚、してないのか……)
その感情に付けられる名前を、白眼は認識していない。
していないまま、ジェフリーへと向けるのだ。
「名の一つも知らない俺に、そんな資格はないのかもしれない」
それでも。
「貴方の支えになりたい」
真っ直ぐな感情が、盃の中身を波立たせる。
ぐいと一気に煽って、ジェフリーは努めて穏やかに微笑んだ。
「猫の恋は片恋と、相場が決まってるだろう」
ああ嫌だ、湿っぽい話なんて酒が不味くなるばかりではないか。
それ以上の問答を拒むように少しだけ声を張り上げて、それきり。
訪れる沈黙に、言わねば良かったと二人の間に同じ思いがよぎる。
夜の帳はやがて開く。
朝日が昇る前に、提灯の明かりを背に敷居を跨いだ猫は、とうとう、帰ることはなくなった。
◆
赤面、轟沈。机に突っ伏した白眼が「あああああ」と言葉にならない声で呻いている横で、ジェフリーはなるほどと頷いている。
「報われない結末、か……ろくでなしの俺には似合いの結末だね」
もちろんお話の中の、ね? と付け加えたジェフリーに、ロゼッタは朗らかに笑んだ。
「ここから『旦那様』が『猫』を探しに飛び出して行く展開も考えてたんですよ。壮大にしすぎてしまいそうなので今回は割愛しました」
「へぇ、大胆だ。それも見てみたかったねぇ」
「先生まで俺のことからかうんですねひどいです」
しくしくと泣き出してしまいそうな白眼に、くく、と喉を鳴らして笑い、ジェフリーは少し真面目な顔で「それにしても」と首を傾げた。
「これは、どっちが攻めとか受けとか、決まってない感じかい?」
問う声に、ロゼッタは微笑んだ。
「ウィンクルムの絆は、恋愛だけではないから、好きなんですよ?」
恋に溺れて愛を育み、友情を深めて殺意で繋がって。どれだって良い。なんでも良いのだ。
二人でなければならない理由が在れば、それで。
「……ふぅん」
聞き流しているような声は興味がなさそうだったけれど。
ぱらりと捲った本の中で、自分の分身が笑っているのを、ジェフリーは確かに見つけた。
●ラブアンドピース
ロゼッタという少女のことはよく知っていた。巻き込まれ体質の彼女の色々に巻き込まれた記憶も幾つかある。
その果てにとうとうプロデビューとは。これもいわゆるシンデレラ・ストーリーなのだろうか。
「あー、なんだ。おめでとう、でいいんだよなこの場合は?」
「ありがとうございます! ウィンクルムの皆さんのお陰様です!」
持参した焼き菓子を差し入れに渡しつつ祝辞を述べた初瀬=秀に、ロゼッタは元気に応える。
彼女のために一肌脱いでやれという趣旨そのものは理解したが、どうしてそんな仕事が発生したのかはほとほと謎である。
「つうかまともに会うのはこれが初めてか?」
「あ、はい、そうですね。私何故だかとっても知ってる気がするんですが!」
ですよね。
思い出をフラッシュバックさせる秀。
しかしそれは思い出してはいけないものだ。
「もう腹くくるわ、内容は任す!」
男らしくどんと構えた秀の様子をにこにこと眺めていたイグニス=アルデバランは、うきうきとしている。
「噂のロゼッタ様の御本ですか! 楽しみですね!」
何も知らなさ気な無垢な笑顔だが、大丈夫、この子ちゃんと解ってる。
腹は括ったが険しい顔をしてお茶を飲んでいる秀を横目に、こそこそっとロゼッタに耳打ちした。
「あ、秀様割と繊細なのでええと死にネタ? とかのあんまり重かったり暗かったりはしない方向が嬉しいかなと!」
ハッピーエンド的にお願いします! という笑顔満面のご要望に、ロゼッタは兵士の顔で敬礼した。
そして小一時間が経過した頃、ロゼッタは再びダッシュで戻ってくると、ずざざーとスライディング跪きを決めて、お納めくださいと冊子を差し出してきた。
「わーいそれでは私から!」
「おう……」
秀は引いていた。ロゼッタの勢いとそれに動じない精霊と得体の知れない重みをにじませる冊子の存在感に。
◆
裏があれば表があるように、世の中には対の存在という物が必ず存在していて。
彼らもまた、その一つだったのだ。
「ついに追い詰めたぞ、魔王!」
「ふふふ、よくぞここまで来ましたね勇者!」
善と悪、或いは光と闇。勇者と魔王はそんな対の関係性。
――だった。
今まさに最後の決戦が幕を開けようというその瞬間、彼らの視界が白く弾け、暗転したのである。
何が起こったというのだ。お互い同じ疑問を抱えながら目覚めたその時には、そこは、彼らの知る世界とは異なっていた。
一体何が。確かめるように呟いた声は二つ重なり、勇者と魔王は互いが事情も知らぬままこの地に飛ばされたことを知る。
「不本意だが、状況がわからない間は休戦だ。……一応聞くが、お前の仕業じゃないよな?」
「まさか! 私はこんなつまらない世界は望みません」
きっぱりと否定した魔王に、だよな、と肩を竦めた勇者は、一先ず、いつの間にか手放してしまった剣を探すべく歩き出した。
その瞬間だった。空気を劈くような音が轟き、一体の巨獣が岩陰から姿を表したのは。
「な、なんだこいつは! チッ、剣がなけりゃ戦えない……」
「下がっていなさい、勇者。ここは私が……!」
ばっ、と勇者を制した手を掲げ、魔王はその手に魔法の力を収束させ……ようとして、不思議そうに瞳を瞬かせた。
「おい、まさか……」
「……魔法、使えないみたいです」
てへぺろ。
そんな擬音が聞こえてきそうな可愛らしい笑みで振り返った魔王へ、巨獣が迫る。
咄嗟に魔王の体へタックルし、諸共に巨獣の一撃を躱した勇者は、そのまま魔王の手を引き、駈け出した。
必死の逃走の末なんとか逃げ切った事を確かめた勇者は、大きく大きく息を吐く。
「ようやく撒いたな……何なんだ、あの馬鹿でかい生き物は……」
汗の伝う額を拭いながら離れていった手を、見つめて。魔王はふと、穏やかな顔で微笑んだ。
「助かりました」
「逃げただけだろ。それより魔王、これからどう……」
「イグニスです」
「する……って、は?」
唐突な主張に、聞き流しかけて怪訝な顔で問い返す勇者へ、魔王は殊更柔らかく、笑いかける。
「私の名前は、イグニスです。どうやら魔法も使えない状況ですので、魔王は休業します」
「……おう」
「貴方も、勇者をお休みされては?」
にこにこと笑う魔王――イグニスが言わんとすることを察して、勇者は苦い顔で頭をがしがしと掻いていたが、やがて溜息一つこぼすと。
「秀だ」
そう、短く伝えた。
「秀さん」
確かめるように呟いたイグニスが、どこか嬉しそうな顔をしているのを横目に見て。
なんだか調子の狂うやつだと、毒気を抜かれたように秀も微笑っていた。
◆
互いに一人の人間として名乗りあった二人は、協力して困難を乗り越えていく。
白熱の戦闘描写などを、おお、と食い入るように読み進めた、終盤。
なんとそこは新たなる神の創造の地であり、あまりにも強力な力同士がぶつかることで空間に歪みが生じて転移したのだとか何とか。
神とやらが懇切丁寧に語るのをふむふむと追いかけ、ついに神との最終決戦。
魔王、いきなりのピンチ。守るどころかお荷物状態な『イグニス』がもどかしい。
ページをめくれば、なんと魔王が崖から落ちそうになったのを勇者が繋ぎ止めているではないか。
魔王仕事しろ。イグニスの心の叫びが炸裂する。
『秀さん、もういいです。この手を離して、貴方だけでも逃げてください』
『馬鹿言え、お前を置いて逃げられるか、イグニス!』
(おや……?)
『足手まといにはなりたくないんです。貴方は勇者なんですから、今生き延びれば、この混沌世界も、きっと貴方が救ってくれるでしょう?』
にこりと微笑んだ魔王の描写は、まるで、いわゆる死にネタによくあるの台詞のようで。
ドキドキしながら続きへと目を走らせれば、神までもが勇者を唆す。
魔王を倒す好機だと。
だが、勇者秀は動じなかった。
『ああもう、さっきからごちゃごちゃうるせえ! 勇者も魔王も休業してんだ、お前は、イグニスは俺の大事な仲間だ!』
ぽかんとする『イグニス』に、『秀』は力強い笑みを向ける。
『伊達や酔狂で勇者してんじゃねえんだ。仲間一人引き上げられなくて、世界が掬えるかよ』
その言葉に驚き、そして嬉しそうに微笑んだ魔王が、意を決したように勇者の手を強く握り締めると、その手のひらが輝いた。
途端、魔王の背に翼が生え、バサリ、風を切る力強い音を立てて、勇者共々崖から中空へと飛び立った。
今度は勇者が驚く番だ。抱えられた状態で、魔王の溢れ出るような魔力の奔流を感じて。
見上げれば、悠然としていてどこまでも朗らかな笑顔に、見つめられた。
『な、何だその力は……!』
『これが愛の力というやつですよ!』
『愛って!?』
『魔力が戻ればこっちのものです。秀さん、あれを倒して、早く戻りましょう!』
魔力が収束して、翼が更に大きく広がる。繋いだ手から、力が注ぎ込まれるような感覚に、魔王は高揚したように笑った。
かくして魔王と勇者は力を合わせて悪辣な神を倒し、二つの世界に平和を築いていくのであった。
めでたしめでたし。
「……ふぅ!」
読みきった。満足だ。
「ごちそうさまです! はい秀様どうぞ!」
にっこにこの笑顔で冊子を手渡してきたイグニスから受け取ったそれを、秀は恐る恐る開いた。
めくって、読んで、読んで、読んで……。
盛り上がってきたところですぱぁんと本を閉じ、大きく振りかぶった。
うふふーなんて言いながら余韻に浸っていたイグニスは、はっとして慌てて秀を止めた。
「って秀様だめですー! ロゼッタ様の血と汗と涙とその他諸々の結晶ですー!!」
「うおおおぉ抹殺させろ……!!」
イグニスに抑えられてじたばたと一頻り暴れた秀は、肩で大きく息をしながら、ソファに座り込むと項垂れる。
「すまんちょっと動揺した……」
「いえ、ごちそうさまでした!」
羞恥プレイって美味しいね! って顔に書いてある。
げんなりしている秀に、イグニスはわくわくと感想を聞いた。
「どうって聞くのかよ……まあ、その、なんだ、こういう風に見られてるのか……」
「あ、ロゼッタ様この本持ち帰りとかできます?」
「ってやめろ! 恥ずかしくて死ぬわ!」
今度は秀がイグニスを抑えこむ番。
賑やかな二人を、終始にこにこと見つめるロゼッタであった。
●思いを秘めるおまじない
いつぞやは大変ごちそうさまでした。
ロゼッタは出会い頭に土下座した。
信城いつきは慌てふためき釣られて膝をついた。
ミカはその愉快なやり取りを眺めて必死に笑いを堪えていた。
「えっと、ちなみにお伺いしますが、そちらの方は……」
「あ、えっと俺の二人目の精霊。名前はミカ」
「どうぞ、宜しくな?」
「二人目……」
ロゼッタの目がくわってなった。いつきは流石にビビった。
ぴしっと背筋を伸ばしたロゼッタは、再び五体投地すると煌めく笑顔で扉の向こうに消えた。
相変わらず、ものすごいテンションである。
◆
「お前、兄に恋してるんだってな」
それは唐突な言葉だった。
だけれど、それは決して言われてはならない言葉でもあった。
驚愕に目を見開いたいつきは、声の主――にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている魔法使いミカに、縋るようにして詰め寄った。
「み、みんなには黙ってて」
「なんだ、否定もなしか」
「う……だ、だって、兄様への想いをごまかすようなことは、したくないんだ……」
項垂れるいつきは、とある国の第二王子である。その国は悪魔の呪いによって一度は悲劇が起こり、第一王子である兄は心に深い傷を負った。
しかしそれを弟のいつきが告げた真摯な愛が癒やし、二人は王子であり兄弟でありながら、仲睦まじく密やかに愛し合う日々を送っていた
元から仲の良い兄弟であった二人の想いが周囲に知れることはなく、これまでを過ごしてきたのだが。
そこへ現れたのが、この魔法使いである。
魔法使いは城の中でただ一人、王子二人の関係に気がついていたのだ。
カマをかけたつもりでもあったのに素直に頷き縋ってくる王子に、ふぅん、と小さな声を零した魔法使いは、泣き出しそうな顔をしている王子にずいと顔をよせ、にんまり、笑った。
「内緒にしていてあげる代わりに、一つだけ言うことを聞いてもらおうか」
「な、なに……?」
恐る恐る尋ねてくる王子に、ぴっ、と人差し指を立てて示して。
「俺と一日デートしてよ」
安いものだろう、と。小首を傾げて問うた。
意外そうに瞳を瞬かせた王子は、一日だけなら、と小さな声で了承を返し、その直後、あ、と思いだしたように声を上げた。
「でも触るの禁止!」
「どこにも?」
「は、はぐれたりとかあるかもだし服とか……あと髪くらいなら……」
「じゃあそれで。明日早速出かけようか」
提示した条件をあっさりと飲んでひらりと手を振り踵を返した魔法使いを、王子はまるで嵐にでも遭ったかのように呆然とし高尾で見送り。
それから、少しだけ俯いて、唇を噛み締めた。
約束の翌日。いつきは周囲にお忍びの視察と告げ、共としてミカを連れて城を出た。
デート、なんて言われたけれどどうすれば良いのか全く考えていなかったいつきを、ミカは少しだけ先に立って導く。
触れることはしないまま優しくエスコートをするミカは、まるで王侯貴族のようで。
かと思えば、不意に顔を近づけては動揺するいつきを見てにんまりと笑ったり、ひらりとした服の裾を捲っては騒ぐ様にけらけらと笑ったり。
「もう、子供じゃないんだから!」
「お前はまだお子様だろ」
「俺だって子供じゃない!」
「へぇ、じゃあ……」
壁、ドン。
影になったミカの表情がやたらと真剣に見えて、見上げたいつきは一瞬息を呑む。
「ちょ、ちょっと……」
「約束通り触れてはいないけど?」
真面目な顔が、ほんのりと微笑むさまは、労るようで。
肘を曲げ、ぐいと顔を近づけられれば、壁を背にしたいつきに逃げ場はなく、しかし突き飛ばす選択肢も取れないまま、どこか怯えるように見上げるばかり。
唇が、触れそうで。けれど決して触れない位置でピタリと止まると、くすり、ミカはまた笑う。
「子供じゃないんだもんなぁ?」
首元のリボンを引けば、しゅるりと音を立てて解けて。
ミカの指先が、並んだボタンを下からなぞるようにして襟元に触れると、びくり、震えられた。
「……強がってもいいことないぞ」
くすり、また、小さな笑みが零されて。ミカの顔が、手が、離れていく。
ばくばくと喧しい心臓を抑えて少し距離を取れば、くくっ、と喉を鳴らして笑われた。
「ま、またそうやってからかって……!」
「お前が子供じゃないって言うから」
肩を竦めて一頻り笑った後。ミカは少し距離の空いたいつきを見つめて、緩やかに首を傾げる。
「兄とだって、しないんだろ」
「え……」
「分かるさ。お前の兄は、優しい人だからな」
思い起こすように瞳を伏せ、柔らかく口角を上げて。それから、ミカはどこか慈しむような目を再びいつきへと向けた。
「立派だよ。お前らは。でも、兄が想い人とか先がないだろう」
誰にも言えないまま、誰も報われないまま。
互いにとって最良と言えない選択肢を、それでも選んだこの兄弟を、いつか誰かが憐れむだろう。
「……俺が攫ってやろうか?」
互いが幸せになるために。優しい声は、まるで甘い誘惑のようで。
望むならばお手をどうぞと差し伸べられた手を見つめていると、その手を取るのが正しいような気がした。
――でも。
「俺は兄様が……ごめん」
いつきの意思は、揺るがなかった。
唇を噛んで、思いつめたような声で絞り出したいつきの言葉に、ミカはふと微笑んで、ひらり、手を振る。
「……冗談だ」
そう言って喉を鳴らして見せたミカに、いつきは「また!」と憤慨する。
「もう! 俺をからかわなくても、魔法使いなら楽しいこといっぱいあるんじゃない!?」
いつきの憤りを助長するかのように、夕暮れ時を告げる鐘がなる。
ああホラもう帰らなきゃ。遊んでる場合じゃないだろう。
そう言って一人でずかずかと城へ向けて歩き出してしまったいつきの、その小さく見える背中を見つめて。
「大事なものひとつ触れられない魔法使いか……」
行き場をなくした手のひらを、ミカは自嘲の笑みと共に拳に変えて仕舞いこむのであった。
◆
いつきは二度目の薄い本体験だ。前回よりも大人になったという自負があったので、大丈夫だろうと思っていた。
しかし現実は相変わらず真っ赤で暑さを覚えている状態。
ううう、と唸りそうになるのをこらえてミカへと冊子を手渡し、淡々と読み進めている横顔を盗み見ては、すぅはぁと呼吸を整え落ち着きを取り戻していた。
「ロゼッタも初対面なのに分かるのかなぁ、こういうからかいするような困った性格だって」
「そういうお顔してますもん」
「そう! ホントからかう時の表情とかまさにこれって感じで……」
いつきとロゼッタのそんなやり取りを、暫くは冊子に集中して聞き流していたミカだが、不意に、ふーん、と呟くと、いつき曰くの『まさにこれ』って感じの顔をした。
「お望みなら再現してやろうか?」
「……え?」
途端、ずい、と近づけられるミカの顔。
「『子供じゃないんだもんなぁ?』」
「ッ……再現とかいらないって、もー顔近すぎー!」
冗談だと分かるから、軽いノリで返そうと思ったいつきだが。
ぺろっとシャツの裾をめくられて、思わず悲鳴が上がった。
「ぎゃーっ!」
「色気の無い悲鳴だなー、チビの裸とか需要ないから落ち着け」
「ミカのばかばかー! セクハラ-!」
ぎゃんぎゃん騒ぎ立てるいつきを軽くあしらって、ミカはロゼッタへと向き直る。
「残念ながら現実の王子はこんなだ、夢壊して悪いな」
その言葉に、ロゼッタはにこにことしたまま首を振る。
「いつきさんは、こうだからいいんですよ?」
『王子』がこうだから、『魔法使い』は知られずに済んだのでしょう。
誰も知ることのなかった二人の関係に、どうして、気付くことが出来たのかを。
●幸せの選択肢
柳 大樹は決して腐男子ではない。
しかし大樹のごく近い位置に彼女の同類が居るゆえに、理解はあった。具体的に言うと妹が腐女子なんだよ。
「ロゼッタさん、今日はよろしく。俺は柳大樹。で、こっちがクラウディオ。俺はクロちゃんって呼んでる」
「クラウディオだ」
視線で促され、クラウディオが端的に己の名を告げる。
二人を見比べて、クロちゃん、と口元で呟くのを見て、あぁ、と大樹は補足のために口を開いた。
「こいつ真っ黒い格好だし丁度良いかなって」
(私の呼称の由来は、そういったものだったのか)
ちゃん付けがいかにも似合うような年齢でも容姿でもなく、クラウディオの略称としては少しだけ違和感があった(かもしれない)そのあだ名。
まさかそんな簡単な理由だったとは。驚くと同時に、知れたことが少し嬉しい、ような。
ふつ、と沸くような感情はしかしすぐに霧散して、クラウディオは大樹と何事か話しているロゼッタを観察する。
(『萌え』というものの不足かストレスで、オーガの案件に巻き込まれる特殊な人物か……)
大変な体質だな。そう思ったところで、大樹がクラウディオを振り返る。
「クロちゃん、口布下げて。後、フードも。ほんと言わなきゃ取らないよね」
指示に、こくりと頷いたクラウディオは口布を外し、フードを下ろす。
マキナ特有の機械の耳が顕になり、唇を結んだ表情の乏しい顔がロゼッタを見つめる。
「対象を元に話を書くのだったか。容姿はこれで把握できるだろうか」
ぐっ、と親指立てておっけーサインを出すロゼッタに、クラウディオは頷いてフードを戻す。
口布は後ほどゆっくり戻すとして。少しだけ気になったのは、大樹が眼帯を外さなかったこと。
――それは自分だけにと咎める感情ではなく、むしろ安堵と言えたけれど。
(まぁ、女の子に見せるものじゃないよね……)
空洞の中に仮初の瞳。義眼が収まっている左目は、特別歪ではないけれど、他人に見せたいものでもなかった。
シリアスな雰囲気を台無しにすることをあえて言うならロゼッタ的には眼帯美味しいですとかそんな感想しかないわけだが。
◆
ある日、ある時、大樹は路地裏で拾い物をした。
それは黒尽くめの男性。およそ日常生活ではありえないような怪我を負って、その場所に倒れていたのだ。
見つけた大樹が驚きに目を剥いたのは、一瞬。しゃがみこんでその男性に息があるのを確かめると、背に負った。
およそ、日常生活ではありえないような怪我をしていた彼を。連れ込んだのは、病院ではなく自宅だった。
(……やっぱり)
ベッドの上に寝かせ、改めてその顔を確かめた大樹は、胸中でそう呟いた。
大樹はその人を知っていた。縁者ではない。近所の住民だとか、仲がいいわけでもない。
ただ、何度か話したことがある人。
名前は、確か、そう――。
「クラウディオ……」
確かめるような声は、呼びかける声となって男性に届く。
しかし、小さく呻くだけで、目を覚ます様子はない。傷が深いのだ、無理もあるまいと、大樹はできる限りの処置を施し、彼が目覚めるまでを、待った。
彼がその瞳を開いたのは、数日後のことであった。見覚えのない天井、壁、家具、全てをゆっくりと見渡し、気怠い体をゆっくりと起こす。
「おはよ」
不意に掛けられた声に、緩慢な動作で視線を向ければ、眼帯をした青年が一人、椅子に後ろ向きに座って、こちらを見ていた。
「……君は……?」
「あんたが道端でぶっ倒れてるの見かけて、拾ったってだけの、ここんちの人間」
淡々と告げてから、不思議そうに視線を巡らせているクラウディオへ、サイドボードの膳を目線で示した。
「あんた何日も寝てたから、スープくらいから始めたほうがいいんじゃない? 気が向いたら食べといて」
抑揚に乏しい声で説明すると、大樹は用は終えたとばかりに席を立つ。
そうして、すたすたと扉へと向かい、ノブに手をかけた。
「すまない、ありがとう……」
「柳大樹。……大樹でいいよ」
大樹、と。確かめるように復唱した声を聞きながら、大樹は扉の向こうへと滑りこんで。
少しだけ、拗ねたような顔で眉を寄せた。
「……覚えてないのかよ」
怪我の後遺症による記憶の混同。それを嘆きたいのか喜びたいのか、大樹にはまだ分からなかった。
クラウディオはマフィアの一員であった。
それは大樹も薄っすらと知っていたことである。
しかし、彼は組織を抜けたのだ。理由は知らない。
それによって制裁を受け、瀕死の重傷を負うだろうことは解っていたはずなのに、それでもクラウディオは離脱を選んだのだ。
知らずながら感じ取っていたがゆえに、大樹はクラウディオを公の場から遠ざけ、匿うように家の中に押し込んだ。
椅子に逆向きに腰を下ろして、背凭れで頬杖を付くのをいつものスタイルにしながら、大樹は考える。
このまま、何も思い出さないままなら、彼はかつての闇の世界に戻ることなく居られるのだろうか、と。
「ねえ、クロちゃん、今日は何食べたい?」
「……クロちゃん?」
「あんたの名前。無いのも不便だし、黒いからクロちゃんで良くない?」
冷蔵庫の中の食材を眺めながらの大樹の言葉に、クラウディオはふと、笑う。
それを聞き留めて、大樹は思わず顔を上げ、彼を凝視していた。
「……クロちゃん、笑ったほうがイケメンだね」
記憶を無くす前の彼は、一度だって笑わなくて。
そんな顔を出来るのなら、このままの方が幸せなのだろうと、大樹の胸中に一つの結論が生まれた。
しかし平穏は長く続かないものだ。
ある日大樹が出掛けている間に家の片付けをしていたクラウディオは、ゴミ箱から落ちた紙くずを拾い上げて、なんの気なく広げた。
「……クラウディオ……」
それは、大樹の筆跡ではなかった。
ずっとずっと以前に、クラウディオ自身が、大樹へ、名を伝える時に渡した小さな紙片。
ちり、と。頭の奥が痛んだ。顔をしかめて頭を抑えたクラウディオは、その紙を握りしめる――。
◆
その紙片と共に突きつけられる疑問を、『大樹』は上手くごまかすだろう。しかしこの一つの切欠は、『クラウディオ』の記憶を呼び起こしていく。
少しずつ、平穏な日常が崩れていく。
『大樹、私はお前の傍に居てはいけない存在なのでないのか』
自分が何者なのか思い出せないまま、ただ不安だけを覚えて切々とした声を上げる己の分身を、クラウディオは瞳を細めて見つめていた。
(『大樹』は……何故言わない。もう、思い出すのは確実だろうに)
『大樹』と『クラウディオ』の間には、少なからず大切な思い出があるのだろうに。
だから、匿ったのではないのか。
ちらと大樹を見ても、表情は読めない。淡々と読み進めているだけ。
それを見て、クラウディオも何も言わず文字に目を戻して。
「あ、ここで終わるのか」
居て欲しいんだ。ただその一言でもって、『大樹』は『クラウディオ』を傍らに縛り付けた。
それが幸せであることを求め、願うように。
ぱたん、と。閉じた本の向こうに居るロゼッタへ、大樹は冊子を返した。
「記憶を取り戻した方が幸せなのかどうか、先が気になるなあ」
「今はまだ私には判別できませんでしたので、曖昧なところで終わらせてもらいました」
なるほどねー、と頷いている大樹の傍らで、クラウディオは思案めいた表情を作る。
「……私は」
「ん?」
「……大樹を護るには、大樹を忘れぬよう努める必要がある」
暫しの沈黙の後にそう続けたクラウディオに、大樹は「真面目だねぇ」と呆れ半分の溜息をこぼしていた。
――忘れたくない。
吐き出されることなく霧散したそれは、あまりに曖昧で不明瞭な、それでいてとても切実な、願い。
●忘らるる想い
羽瀬川 千代がロゼッタの小説のモデルとなるのは二回目だ。
一度目は内容をよく解っていないままに朗読会を始めるという羞恥プレイに陥ったわけだが、流石にあれだけしっかりと読んだのだ。この薄い冊子がどういうものかは理解した。
「中身は恋愛小説なんだって」
「……成る程。確かにそうだな」
正確には同性同士の恋愛に背徳的な高揚を見出すための、という補足が入る。
その補足も概ね理解しているラセルタ=ブラドッツとしては、千代の恋愛観は実におおらかであると思うが、それを咎める気もない。
それよりも、恋人という関係性に収まった今こそ、『あわよくば』を願いたいものである。
(俺様への想いを込め、再び朗読を頼みたいが……)
ちら、と。千代へとねだるような視線を向けるラセルタ。
その視線に込められた願いを察するが、千代は頬を染め、ぷいと視線を背けてしまう。
「……そんな目で見ても、だめ」
小さく零された拒否は、可愛らしいもので。ラセルタは思わず喉を鳴らすと、大人しく引き下がった。
そんな二人を、相変わらず仲いいなぁ。って顔で見つめていたロゼッタへと向き直り、千代はこほんと改まったようにして、切り出した。
「内容はロゼッタさんにお任せします。寧ろ自由に書いて欲しいな、って思うのだけれど」
「特に指定したいことはない。二人を見て思うままに書いてみてほしい」
それぞれからの同じ要望を、二人をそれぞれ見比べてつつ受け止めてから、ロゼッタは満面の笑みで頷いた。
さぁ、それでは暫しのご歓談を。
◆
ある所に、とても腕の良い人形師がいた。その名をラセルタといい、非常に美しく、また愛らしい人形を作ることで有名だった。
人を魅了する不思議な力さえ感じられると噂の人形は、時折、まるで魂を与えられたようだと囁かれる。
その囁きはラセルタ自身へも派生する。黒衣を好み、新自然と振る舞うラセルタは、整った容貌も相まって、魂吸いの悪魔だなんて呼ばれてみたり。
とはいえ、彼自身はその噂を意にも介さない。彼にとっては何もかもが「くだらない」ことなのだ。
そうして、商売以外の人との接触を疎み、人形とともに生きる毎日を過ごしていた。
そんなある日のこと。ラセルタの元に一人の老夫が現れ、こう言ったのだ。
「私は魔法使いだ。お前の人形一つに命を与えよう」
ラセルタは初めこそその言葉を「くらだない」と切り捨てたが、ふと、人形作りの助手が欲しかったのを思い起こし、一つの人形を持ちだした。
それは未完成の人形。仕上げに足りていなかった硝子の瞳を双眸に収め、満足したように頷いたラセルタを見て、老夫は短い呪文を唱えた。
すると見る見るうちに小さな人形が大きくなり、一人の青年としてラセルタの前に立ったのだ。
「初めまして、ご主人様」
恭しく頭を垂れた人形は、にこりと微笑みました。
ただ、人と寸分違わぬ姿となりながら、瞳だけは、透き通った硝子のまま。
「その目は見えるのか」
「はい、確かに見えております。ご主人様の麗しいお姿も、しっかりと」
柔らかな所作で頷いた人形に、なるほどと呟いたラセルタ。
老夫はそんな彼らに告げる。この子を決して愛してはならないと。
「この子は、人形なのだから」
忠告のようなそれに、ラセルタは嘲笑じみた顔をして、こう返す。
「くだらない」
それが、一人と一体の生活の始まり。
人形は千代と名付けられ、ラセルタの望み通り、助手として彼を支えた。
千代が笑う度、硝子の瞳が美しく煌めいて、ラセルタはその時初めて、街の人々が囁いた噂を理解した。
「千代の目は、まるで俺様を魅了しようとしているようだ」
「そんなことはありませんよ。ただ、貴方に与えられた飛びきりの硝子が、貴方を焦がれるように見つめているだけです」
「焦がれるように、か」
「私は人形ですから」
それは千代の口癖でもあった。
千代は人形だ。それを忘れてはいけないと、ラセルタに言い聞かせるように。
だが、日を追うごとに、その仕切が煩わしくなるのを、ラセルタは感じてしまっていた。
敬語を止めさせ、名を呼ばせ、好物を与え、絶景を見せ、まるで一人の家族のように扱っていく。
ある日、ラセルタは自覚してしまった。
ああ、自分は千代を我が子のように愛しているのだな、と。
しみじみとした思いを抱くと同時に、ガシャン、と何かが割れる音が聞こえ、慌てて向かったその先では、千代が落とした皿の破片を前に、蹲っていた。
「千代、どうした、怪我は……」
顔を上げさせ、ラセルタは気付いた。
千代の、瞳が、あの美しい硝子の瞳が、なくなってしまっていることに。
付した瞳の下に伝う透明な雫。それはまるで涙のようにも見えたけれど、溶けた硝子であることに、すぐ理解が及んでしまった。
「その、目は……」
「ああ、ああ、だからあんなに言ったのに」
愛してはならないと。人の思いは熱すぎて、硝子の瞳は、人形の肉体は、その熱に耐えられないのだ。
――でも。
「ラセルタさん。俺は、貴方に愛されたことを、誇りに思うよ」
瞳がなくても、微笑む千代は愛らしく美しく、肩を掴む手に重ねられた手は、暖かかった。
温かい手が、熱くなる。
「覚えているよ、ラセルタさん。貴方の瞳も髪も、その微笑みから人形を作る指の先まで、全部全部、俺の中に焼き付いているよ」
「千代……千代、何を」
「俺を、愛してくれてありがとう」
それだけを言い残して、千代の人形は、溶けて消えてしまった。
◆
今度こそお先にどうぞ。促されて読み進めたラセルタは、息を呑んだ。
以前、ロゼッタの本を読んでちくりといたんだ胸に、手を触れる。
そこが、異様に鼓動している。
不安によく似た感情が、ラセルタの表情を真剣にさせた。
それを見つめていた千代は、ラセルタの横顔に落ちる銀の髪を指先で掬って、耳に掛ける。
「ラセルタさん、目が悪くなるよ?」
――目。意図せず発せられた単語はラセルタの指先をかすかに震わせたが、千代によって視界に光を与えられると同時に、物語がまだ続いているのが目についた。
失った『千代』を思い嘆く『ラセルタ』は、己の愛には我が子へと向けられるものとは違う感情も含まれていたことに気付く。
そこへ、あの老夫が再び現れたのだ。
くだらないものではなかっただろう。そう告げた老夫は、『ラセルタ』に最後の託宣を告げる。
『お前を訪ねる客人が来るだろう。迎え入れてやりなさい』
「――……」
ぱたん。最後まで読み切って、ラセルタは冊子を閉じると千代に手渡した。
そうして、千代がさりげなく掬い上げた髪に触れてから、にやりと口角を上げて笑う。
「……千代、構ってもらえず寂しいのか?」
恥ずかしがりの癖にそういったことは平気でする千代を、ほんの少しからかってやるつもりで。顎に手を添え上げさせれば、へっ、と間の抜けた声が響いて、真っ赤になった。
ごちそうさまですとか宣ってるロセッタが居たりして、もう、とむくれた千代が本に集中するのをくすくすと見やり。
『満足』が誤魔化しであった事を気付かせた千代の行動を思い起こす。
己の気持ちに気付くきっかけは色々あったように思うが、この本も、その一つなのだろう。
やがてゆっくりと読み切った千代は冊子を戻しながら感嘆を漏らすように息を吐く。
「……自分たちがモデルという事を差し置いても、どきどきしました」
小説のようなきれいな言葉は見つからないけれど、思いを伝えることが何より大切だと、ラセルタに教えて貰った。
だから、告げるのだ。
堪らなく恥ずかしくなったり嬉しくなったり、心が動かされる。
「俺はロゼッタさんの書く小説が、好きです」
真っ直ぐな千代の言葉を聞き留めて、ラセルタも改まったような顔でロゼッタを見た。
「貴方のお蔭で実った想いがあってな今後も一ファンとして作品を楽しみにしている」
二人の感想はロゼッタをただ純粋な気持ちで照れさせた。
はい、と。力強く頷いた彼女は、きっと心折れる事は無いのだろう。
――駆けて、駆けて、駆けて。息を切らしたその人は、見慣れた扉を勢いよく開いた。
「ッ、ただいま、ラセルタさん!」
真実の愛に晒された人形は、真の命にありったけの幸福な笑みを添えて、今また、彼の元へ――。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 難しい |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月09日 |
出発日 | 07月15日 00:00 |
予定納品日 | 07月25日 |
参加者
会議室
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2016/07/14-23:31
-
2016/07/14-21:33
初瀬秀だ、よろしくな。(盛大な溜息)
ロゼッタ関係の依頼は何度か関わってるんだが
本人とちゃんと話したことはなかったなと
思ったのが間違いだった気がする(遠い目)
俺が羞恥で死ぬ未来が見えるので個別参加、
なんだ、健闘を祈る?違うか。 -
2016/07/14-21:16
胡白眼(ふぅ・ぱいいぇん)と申します……宜しくお願いしま…ぐうぅ…!(頭を抱えて呻く)
すみませんジェフリーさん…。俺が断れなかったばっかりに…!
『まぁ仕方ないさ。それにただのモデルだろう』
なんでそんな軽いんですか!ちゃんと意味わかってます!?
『バラゾクとかジュネとかいうやつだろ』
…………?????
『こんな言葉でジェネレーションギャップを感じたくはなかったよ。
…ああ、俺達のところも個別参加だよ。フーくんは誰にも渡さない(キリッ)』
ノリノリじゃないですかぁ…! -
2016/07/14-19:45
柳大樹でーす。
よろしく。(右手をひらひら振る
俺らのとこは個別参加。
前から話だけは聞いてて。ロゼッタさんの書く話、気になってたんだよね。
お任せするか、要望出すか迷うなあ。
ま、皆もロゼッタさんも楽しめるといいね。