プロローグ
「インタビューに答えてもらいたいんです」
A.R.O.A.職員は両手を合わせて拝むようにお願いしてきた。
話は簡単である。
とある雑誌で『ウィンクルム特集』という企画が持ち上がった。
最近活発になってきているオーガの恐怖を打ち消す為に、ウィンクルムの事を改めて紹介しその活躍を確認しよう、というものである。
趣旨を理解した貴方達はその要請に応じた。
インタビューは進む。
ウィンクルムの紹介、そして活躍について沢山答えた後、待ち構えていたのはまるでアイドル雑誌のインタビューのような可愛らしいもの。
「趣味はありますか? 何ですか?」
「やってみたい事はありますか?」
「今後、どんなウィンクルムになりたいですか?」
貴方達は苦笑しながら、もしくは微笑ましく思いながら、または事務的に答えていく。
そうしてこの質問に辿り着いた。
「特別な日はどんな風に過ごしてますか?」
その質問に、何気なく貴方達は顔を見合わせた。
そして記憶を手繰る。
特別な日とは一体どんな日だろう。あの日を指すのだろうか。それともこの前のような日を指すのだろうか。一人だっただろうか、二人だっただろうか、それとも仲間達といただろうか。
貴方は思い出しながら、口を開いた。
解説
特別の日をどんな風に過ごしたか教えてください
●特別な日の条件
一生に数回しかないような日に限ります。
誕生日、記念日、その他人生を左右しかねない出来事(告白、プロポーズ、別れる、誰かとの死別、初めて何かをしてしまった等)が対象です。
ちょっとした贅沢やサプライズ(ずっと食べたかった特上品を買って食べる、自分の嫌いな展示を見てしまう等)はNGです。
●プランについて
神人と精霊が一緒に過ごしていてもバラバラに過ごしていてもいいです。
また、仲間で一緒に過ごしていてもいいです。
インタビューに答える形でも、特別な日を思い出している形でも、特別な日そのものの形でも構いません。
プランに合わせたリザルトの形となります。
ただし、仲間で一緒の特別な日の場合は、同じ形式にして下さい。
●インタビュー終わった後にちょっとお茶した
300Jrいただきます
ゲームマスターより
自由度の高い内容となっております。また、EXエピの為アドリブが多々入るかと思います。
その点だけご了承下さい。
ジャンルはロマンスになっていますが、シリアスにするのもコメディにするのもスリルショックサスペンスにするのもご自由に。
貴方の特別な日を是非教えてください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
育った孤児院を出ていく日 荷物は其処にまとめて…あれ? 扉の先に見慣れた子供達の姿 それ、俺の荷物! 次々現れる無邪気な子供達の罠 よく出来てるね…って褒めてる場合じゃないけれど。つい、癖で 可愛い物と動物ネタに、ついつい引っ掛かる 何でこんな事したの?お兄ちゃんの事、嫌いになった? っ、みんな…!(ぶわっ 感極まって涙溢れだし 子供達を優しく抱き締める 追いかけている間に 此処での思い出がたくさん浮かんで いつも賑やかで温かい孤児院が、皆が好きだなぁって 心配してくれて、ありがとう でもね、同じくらい…もっとかな ラセルタさんの事が大好きで大切なんだ ずっと傍にいたい。力になりたい 変わる事に前向きになれたのは彼のおかげだから |
蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
真っ先に思い出したのは、ついこの間、実家に帰った時の事 フィンと婚約…やっぱり両親に報告した方が良いと思い 顕現してから、俺は直ぐにタブロスにやって来た それから両親に殆ど連絡を取っていない 幼馴染が俺を庇って死んだ時、村の大人達は誰も助けに来てはくれなかった 村にもオーガが現れ逃げるだけで精一杯だった…理解は出来たが、感情が付いていかなくて 両親を責め、自分だけはそうならないと、復讐だけ考えて だから、謝りたかったけど…おかえりとおめでとうを両親が言ってくれた事が嬉しくて不覚にも涙が出た 有難う…ごめん…父さん…母さん 幼馴染の墓前にも報告 絶対幸せになる フィンが両親と連絡取ってた事、驚いた …いいさ、許す 有難う |
カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
つい先日がそうだな ※話す内容 結婚の儀はしたが、家族に願われて、教会で改めて式を挙げたんだわ イェルはベール被ったが両者男の結婚衣裳で 挙式前に婚姻届を役所へ提出 紙切れ1枚でも実感は出るもんだ ティエンは特等席におめかしして貰って式開始 イェルと一緒に歩くのは決めた事だが、早いのは否定しねぇ 俺ら以上に絆が深い奴らもいんだろうし …年齢的なもんや心配されてた事情が大きくてな 式は無事に終わったよ(幸せそうに笑い ※話し終え 奇跡みてぇな特別な日だったが、俺には毎日が特別な日 大事な奴が当たり前の様に生きてるのが奇跡だ 手を重ねられたら少し驚くが恋人繋ぎして返す 可愛い嫁、これからも一緒に歩いていこうや 皆で幸せになる為に |
■重なり合う
インタビュアーの「特別な日はどんな風に過ごしてますか?」という質問に対し、『カイン・モーントズィッヒェル』と『イェルク・グリューン』が思い浮かべた特別な日は同じ日だった。
(結婚の儀もそうだが、籍を入れた日だな。その日に改めて式を挙げたし)
「つい先日がそうだな」
イェルクが思い出していると、隣にいるカインがそれを読み取ったかのように答えだした。
それは本当につい先日の七月四日、イェルクの誕生日でもある日の事。
「結婚の儀はしたが、家族に願われて、教会で改めて式を挙げたんだわ」
カインの説明にインタビュアーは驚く。
「えー! おめでとうございます! じゃああれですね、お二人は今できたてほやほやの新婚カップルなんですね! うわー、羨ましいです」
言われた冷やかすような内容に二人は苦笑するが、どうも興奮しているインタビュアーの様子を見るに、単純にこういうノリの者なんだろうと判断して流した。
「じゃあ結婚式の事、詳しく教えてもらってもいいですか?」
ワクワクした様子を隠そうともしないインタビュアーはズイッと身を乗り出して尋ねてきた。
「そうだな、イェルはベール被ったが両者男の結婚衣裳で臨んだな」
「あー、イェルクさんベール似合いそうですねぇ。ちなみにお揃いの衣裳ですか? それとも敢えて別の衣裳で?」
「揃いの衣裳だな。っていっても全く同じじゃないけどな」
「いいですねぇ、そういう方が全く同じのお揃いよりカッコいいですよね、なんかこう、互いの個性を認めつつでも根本的には一緒! みたいな」
うんうん、と頷くインタビュアーは「見てみたいなぁ」と願望を述べる。
「そういえば届はもう出したんですか?」
「出した出した。挙式前に婚姻届を役所へ提出。紙切れ一枚でも実感は出るもんだ」
たかが書類。たかが事務手続き。そう言ってしまえばそれまでだが、二人の名前が並んでいるのを見た時や、届を出し役所の人に「おめでとうございます」と言われた時には、やはりこみ上げるものがあったのだ。
「ティエンっていう家族がいてな、レカーロなんだが、そいつには特等席におめかしして貰って」
「蝶ネクタイとかですか?」
「まさにそれだ。それで、式開始」
インタビュアーに説明をするカインの横で、イェルクは式の時を思い出していた。
教会の中は沢山の本物のろうそくで照らされ、弦楽器四重奏による生演奏が流れていた。家族が拍手で迎える中、カインが祭司の前まで行き待ち、そしてイェルクがやってきた。
ゆっくりと近づいてくるイェルクがそのまま、自分達の歩みに思えた。
最初はこんな関係になるとは思っていなかった。
それぞれ家族や恋人を亡くし、その面影を忘れられず、引きずって生きていた。
少しずつ、少しずつ、互いを知っていって、傷を抱きしめあい、好意は次第に募っていった。
夢の中で見た互いの嘆きを覚えている。互いが死んでいく悪夢も、それによる胸の痛みも。イェルクの髪をまとめていたリボンは解かれた。ガラスで出来た千の花は今も宝物で、アイピローは今も使っている。カインが作ったお揃いの婚約指輪は、今日で少しお役御免となる。これからは、結婚指輪が左の薬指に輝くのだ。
一歩ずつ、一歩ずつ、イェルクが近づいてきて、カインの横に立ち、音楽が止み、祭司が厳かに口を開く。
有り難い祝福の言葉を聞き、そして誓いの儀。
二人は祭司の前で手を取り合い、祭司の言う誓いの言葉に耳を傾ける。
「貴方達は、富める時も、貧しき時も、健やかなる時も、病める時も、愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「はい、誓います」
二人同時に誓う。
「では誓いのキスを」
カインがイェルクのベールをあげ、互いにいつもより照れくさそうに、嬉しそうに見つめ合い、静かにキスを交わす。
「今此処に新しい家族が生まれました。皆さん、拍手を」
祭司の言葉と共に華やかな音楽が流れ拍手が鳴り響く。二人は幸せそうに微笑む。
ごく身内だけで行われた、ささやかで、だけど温かい空間。
(結婚式は夢の様に幸せだった)
けれど式は間違いなく現実で、二人の歩んできた歴史となったのだ。
(私は一生忘れない)
イェルクは強く思う。けれどそれはきっと、カインも同じことだろう。
そんな事を考えていると、インタビュアーがカインに結婚に踏み切った理由を尋ねていた。
「イェルと一緒に歩くのは決めた事だが、早いのは否定しねぇ。俺ら以上に絆が深い奴らもいんだろうし」
「それでは決め手となったのは?」
「……年齢的なもんや心配されてた事情が大きくてな」
カインは嫁と娘を亡くし、イェルクは恋人を亡くした。その時はまだ他人だったが、同じ故郷で、同じオーガの襲撃で愛する者たちを亡くしたのだ。心の傷は大きく、周囲の気遣いは当然だった。
その過去を越えて二人は出会い、関係を紡ぎ、想いを重ねていった。だからこそ二人は周囲に伝えたかった。心配してくれてありがとう、と。もう大丈夫なのだ、と。
これからは二人で幸せになっていくのだ、と。
その辺りの事は口に出さず、色々あったんだ、と苦笑するカインに、インタビュアーも「なるほど」とだけ答えて、それ以上は探ろうとしなかった。
イェルクにとっても式を躊躇う理由はなかった。心配されていたのはカインだけではなくイェルクもだったのだ。
だからこそ、両親を安心させたかったし、何よりカインと一生を願う気持ちに変わりなかったから。
「そんなこんなで、式は無事に終わったよ」
幸せそうに笑うカインとイェルクに、インタビュアーも笑顔で「おめでとうございました」と祝辞を送った。
「まぁ、奇跡みてぇな特別な日だったが、俺には毎日が特別な日。大事な奴が当たり前の様に生きてるのが奇跡だ」
インタビューを締めくくるようにカインが言うのを聞き、改めてイェルクは自分が想われている事、自分がカインの傷の深さを癒していた事を実感出来、くすぐったいような温かいような嬉しさを噛みしめた。
その嬉しさに後押しされて、イェルクはインタビュアーに見えないよう、テーブルの下で自分の手をそっとカインの手に重ねる。
不意打ちを食らったカインは、ピクリと眉を軽くはねてイェルクを見る。イェルクは少し驚いたカインに悪戯っぽく、けれど幸せそうに微笑む。
その微笑みを見たカインも同じような笑みを作り、重ねられた手を返し、指を絡めて恋人繋ぎをし返す。その反応に、今度はイェルクが少し驚いて頬を染めた。
カインは喉を震わせて笑う。それを見てインタビュアーが「どうしました?」と不思議そうな顔をしたが、カインはテーブルの下の可愛らしい攻防など語りはせず、「いや、何でもない」とやはり笑いながら返した。
インタビュアーが出て行った後も、二人は少しその部屋に残っていた。
繋いだ手はそのまま、今はテーブルの下ではなく堂々と上に置かれている。
カインは繋がれた手を見てから、イェルクに向けてにやりと笑む。
「普段の恥じらいは何処にいったんだ? こんなに堂々と誘うなんて」
「テーブルの下は見えないですよ。まさか指を絡めてくるなんて……」
悪戯に成功したと思ったら、相手の方が上手だった。そんな状況にイェルクは大げさに息を吐く。けれどその顔は楽しそうだ。
この瞬間さえも特別だ。けれど日常だ。カインは目の前の幸せを満足げに見て、優しく微笑む。
「まったく……可愛い嫁、これからも一緒に歩いていこうや。皆で幸せになる為に」
この手のように、特別を毎日重ねたい。そう願いながら、イェルクもカインに微笑む。
「私の愛しい良人。あなたに愛される幸せをこれからもずっと」
■ありがとう
「特別な日はどんな風に過ごしてますか?」
インタビュアーの質問に、『蒼崎 海十』が真っ先に思い出したのは、ついこの間、実家に帰った時の事だった。
「最近、実家に帰って……」
だからそれを素直に口にすれば、隣にいる『フィン・ブラーシュ』も微笑みながら頷いた。
「そうだね、電車で海十の故郷に二人で挨拶に行った事を思い出すよね」
ずっと帰っていなかった故郷。そこへ帰ろうと思ったのは、やる事があったからだった。
「フィンと婚約……やっぱり両親に報告した方が良いと思って」
先日、時雨の愛唄という神秘的な青い空間で、夢想花を贈り合い、愛の言葉を捧げ合い、キスを交わして婚約をした。
かつてのウィンクルム達が結婚の為に行っていたとされている儀式。それを模してのプロポーズだった。
その時はただ幸せを噛みしめ、互いの事だけを思っていたが、やはり結婚となるとそれだけではいけないのではと海十は思ったのだ。
「うん、そうだね。報告しよう」
フィンもまたその意見に笑顔で同意する。
「直接、言いたいんだ」
ただ、続いた言葉に少し驚いた。
「フィン、一緒に行こう」
海十からの誘いに、フィンはもう一度笑顔になって「喜んで」と了承した。
故郷が近づいてくる。
少し緊張した海十の様子を心配しつつ、フィン自身も緊張していた。
(……実は、海十と契約し同居を始めて直ぐ、海十には内緒でご両親に連絡を取っていたんだよね)
両親はとても海十を心配していたが、同時に海十に合わせる顔がないと罪悪感も抱いていた。それを知っていたからこそ、フィンはいつか海十と両親を会わせたいと思っていたのだ。
だから、海十から一緒に行こうと言われた時は色々な意味で嬉しかったのだ。
「もうすぐだね」
「ああ」
故郷が近づいてくる。海十が恨み、嫌悪し、けれど海十の大切な人が眠る、小さな村が。
――顕現してから、俺は直ぐにタブロスにやって来た。
海十はそれから両親に殆ど連絡を取っていない。取りたくなかったのだ。
海十の幼馴染が海十を庇って死んだ時、村の大人達は誰も助けに来てはくれなかった。
わかっている。村にもオーガが現れ逃げるだけで精一杯だったのだ。自分だって何も出来なかった。ただ助けられて、守られて、そして絶望を味わっただけで、誰も助ける事が出来なかった。そもそも普通の人間にオーガを倒す事など出来ない。そんな事はわかっている。
あの時だって、本当はわかっていた。
わかっていても……理解は出来ても、感情が付いていかなった。
『どうして助けに来てくれなかったんだよ!』
その抑えきれない感情が、何の力もない両親を責めた。
『誰かが、誰か一人でも助けに来てくれてたら、そしたら蛍は、蛍は……ッ!』
自分を庇って死んでしまった幼馴染の名を叫ぶ。もう戻ってこない幼馴染の名を。
『海十……』
申し訳なさそうに自分を見る両親の姿を見ていたくなくて、誰も助けに来なかったこの村にいたくなくて、そうして顕現と同時に飛び出すようにタブロスへ来た。
自分は違う。助けに来なかった両親や村の大人達とは違う。ウィンクルムなのだ。オーガを倒す力を持っているのだ。いや、そんな力を持っていなかったとしても、自分は違う。自分だけはそうならない。
子供を見殺しにするような、そんな人間にはならない。
そしていつか、オーガを駆逐する。
……今となっては、幼稚と思える感情を抱え、復讐だけを考えて。
「ついた」
久しぶりに見る故郷は、家は、記憶の中と比べて随分小さく見えた。
「……ただいま」
そっと玄関から入った海十だったが、家人は待ち構えていたらしく、すぐにぱたぱたと玄関へと集まってきた。
「海十……」
「……父さん……母さん」
記憶の中の両親よりも少し老けた二人を見て、今まで連絡を極力取らなかった自分を思い出して、海十は胸がギュッと苦しくなるのを感じた。
(どちらも海十の面影があるな)
フィンは黙り込んでしまった三人を見て、きっかけを作ろうと出来るだけ穏やかに明るく挨拶をする。
「お邪魔します。フィン・ブラーシュです。今日は海十の婚約者としてご両親にご挨拶に来ました」
微笑みながら言えば、三人はハッとしてフィンを中心に挨拶を交わす。
そして両親はふっと微笑んで海十を見つめた。
「海十、おかえり。それと、おめでとう」
よかった、そう言って両親は海十の手を取った。
……親を責めて、幼稚と思える感情を抱え、復讐だけを考えて。
だけどそんな事は間違ってると頭のどこかでわかってた。ただ感情が抑えられなかっただけで。
今でもまだオーガを憎んで駆逐したいと思っているけれど、もう親や村の人達を責める気持ちは無い。むしろ八つ当たりの様な態度をとった自分が恥ずかしくて。
だから帰ったら謝りたかった。謝りたかったのに、会えたら胸が詰まって、何も言えなくて。
だけど……「おかえり」と「おめでとう」を両親が言ってくれた事が嬉しくて、不覚にも涙が出た。
「海十」
フィンが海十の背にそっと手を置く。それに後押しされるように、海十はようやく声を出せた。
「有難う……ごめん……父さん……母さん」
その言葉に、両親もまた目元を潤ませ、笑顔で首を振る。
フィンはそんな三人にホッと安堵し、涙を拭わずにいる海十の肩を抱き寄せた。
「絶対幸せになります」
そう言い切るフィンに、両親は頭を下げて「よろしくお願いします」と言った。
「ああ、ここだ」
海十とフィンはある人の墓前にも赴いていた。
「久しぶり、蛍」
それは海十を守ってくれた人。そして、海十がなろうとしていた人。
大切な幼馴染。
「全然墓参りに来れなくてごめん」
言いながら、フィンと一緒に花を手向ける。
蛍が死んで、周りの人間が蛍の事を忘れていくようで、それ嫌で、蛍を生かし続けたくて蛍になろうとした。
だけどそれは間違いだと、フィンに気付かされたのだ。
蛍の事は忘れない。忘れられるわけがない。
自分が自分として生きることで、自分に出来る事をやり抜くことで、きっと本当の意味で蛍に生かされた意味と価値が出てくると思うから。
「家族が出来るんだ」
だから、今の自分を報告する。今の自分と共にいる人を紹介する。
「初めまして」
フィンは見た事のない恩人に挨拶をする。そう、恩人なのだ。
(貴方のお陰で海十に出会えた)
蛍が命を懸けて守ってくれたからこそ、海十は生き残れた。そして生き残れたからこそ、フィンに会えたのだ。
「海十を助けてくれて、有難う」
フィンの呟きに、海十は自分の命の大切さを思い知る。
この命は、蛍が命がけで守ってくれたものなのだ。いつか蛍に会った時、胸を張って生き抜いたと報告できるようにしなければ。
「絶対幸せになる」
先程両親の前で言い切ったフィンのように、海十は蛍に誓った。
「ごめん」
タブロスへと帰る電車の中で、一つ、フィンは海十に謝罪した。
それは海十に黙って、海十の両親と連絡を取っていた事だ。
「全っ然、気づかなかった……」
海十は驚き、目を丸くする。見事としか言えない。本当に今日の今日まで、海十はフィンと両親の繋がりなど気付かなかったのだ。
「やっぱりオニーサンだからね、そこら辺の報告とか連絡経路とかはしっかりしときたかったわけだよ」
年長としてのもっともな理由を口にされれば、海十としては納得せざるを得ない。納得できるくらいには海十も成長してきたのだ。
「それにやっぱりね、家族に生きて会えるなら、出来るだけ大切にした方がいいと思うんだ」
色々な家庭があるから一概には言えないけどね、付け加えてフィンは言う。その言葉に海十はフィンの過去を思い出し、真面目な顔で頷いた。
「許してくれる?」
「……いいさ、許す」
言って、海十は外を眺める。
流れていく景色は故郷からタブロスへ。海十達は自分達の家へと戻る。特別な一日は終わり、フィンと共にいる日常へと帰る。
「有難う」
電車の音に消えそうな感謝の言葉を、フィンは確かに聞き取って。
「……俺の方こそ、有難う」
幸せそうに微笑んでそう返した。
■さよならよりも
上を見上げれば見慣れた部屋の天井。すわり癖のついた椅子から立ち上がり、歩き慣れた廊下へ出る。いつも角が拭ききれない大きな窓ガラスを開ければ、幾度となく出入りした施設の門から、大切な恋人が入ってくるのが見えた。
「ラセルタさん」
声を掛ければ、隙のない所作で優雅に手を振るのが見えた。
今日、俺は育った家を出ていく。
「荷物は何処にあるんだ」
玄関に来た『ラセルタ=ブラドッツ』は、奥から来る『羽瀬川 千代』に尋ねた。
「荷物は其処にまとめて……あれ?」
玄関に置いたはずの荷物が無い。覚え間違いかと思うまでも無く、扉の先、建物の外にくすくす笑う子供達の姿が目に飛び込んできた。
子供達が両手に抱えているのは。
「それ、俺の荷物!」
千代が叫ぶのを合図としたように、子供達はキャー! と笑いながら、蜘蛛の子を散らすように走り出した。
「ちよおにいちゃん」
ぽかんとしている二人の横に現れたのは、この孤児院のにいる女児の一人だ。
「あのねー、みんなでたくさんとらっぷつくったの。ちよおにいちゃんとあたしたちできょうそうなんだよ」
それを聞いた千代とラセルタは顔を見合わせる。
これは、つまり。
「同棲を阻止するつもりか」
「うん!」
満面の笑みで答える女児に、ラセルタはがくりと膝をつく。
「朝のアニメタイムを共に観た仲だろうお前達……!」
「それとこれとはおはなしがちがうの」
そう言いながらも「くつとれたー」と喜ぶ女児は、もしかしたらよくわかっていないのかもしれない。
「ふ、ふふ……!」
膝をついたままラセルタは笑いをもらす。
「いいだろう、それならば俺様が直々に捕えて灸を据えなくては、千代! 行くぞ!」
「えーと、お手柔らかに」
「わーい!」
千代と女児を小脇に抱えたラセルタVS孤児院の子供達。
熱いのかぬるいのかよく分からない戦いの火蓋が気って落とされた。
「あー! ずるいぞ、魔王が人質とってる!」
千代の鞄を抱えた子供が、女児を小脇に抱えているラセルタを指差して叫ぶ。
「ふん! 返して欲しくば鞄を寄越せ!」
「ラセルタさん、鞄を返せでいいんだよ」
何故か悪役っぽく胸を張って笑みを作るラセルタに、千代はこっそりとツッコミを入れる。
ラセルタはこの孤児院に頻繁に出入りしており、それこそさっき女児に言ったように子供達と一緒にテレビ鑑賞を楽しんだりしていた。だから子供達もラセルタの事はよく知っているし、遠慮も無い。更に言うなら、ウィンクルムになった直後、依頼以外でも千代を連れ回す事が多かったので、強引に連れさっていく様子から「魔王だ」「魔王がきたぞ」「魔王が千代兄を攫うよー!」と、気がつけば魔王呼びが定着していた。
そしてまた、ラセルタがそれに乗ってしまうのだ。
「そら、追いつくぞ! ……?」
ラセルタは鞄を持った子供を追いかける。すると、追いかけるルート上に、脛の高さ位でぴんと張った縄跳びを構えている子供達が現れた。
引っかからないかとワクワクしているが、残念、すべて丸見えだった。
「さらばだ!」
「あー! なんだよ引っかかれよー!」
「魔王のケチー!」
楽々と飛び越えてラセルタは追いかける。
「魔王! 魔王! こっち! 近道!」
建物の横からひょいっと顔を覗かせた子供が、裏庭へとラセルタを誘う。
「ここ! ここ真っ直ぐ行けばいいから!」
「……」
子供はワクワクした顔で道を示すが、残念、あからさまに地面の色が違って落とし穴と丸分かりだった。
「甘い!」
「ぶー! 大人気ねぇぞ魔王!」
やはり楽々と怪しい部分を飛び越えてラセルタは追いかける。
「千代、鞄は一つなのか? ……千代?」
走りながら問うが、答えはない。不思議に思ったラセルタが振り返れば。
「何で千代兄が引っかかるんだよ」
「千代!!」
残念、ラセルタが飛び越えた落とし穴に、千代はまんまと片足を突っ込んでいた。
「何をやってるんだお前は」
「いや、よく出来てるね……って褒めてる場合じゃないけれど。つい、癖で」
苦笑する千代にラセルタは頭を痛めながら助け出した。
その後も逃げる子供を追い、舞台は再び建物へ。
あからさまにドアの上にふわふわのぬいぐるみ達が待ち構えているのが見えるのに「こ、ここかなー」と嬉しそうにドアを開けてぬいぐるみの雨を浴びる千代。それを救い出すラセルタ。
大きなザルをつっかえ棒で斜めに立て、そのザルの中に洋梨を置くという罠に対して「洋梨を粗末に扱うな!」と叫びながらザルを蹴飛ばすラセルタ。その横でちゃんと洋梨を回収する千代。
子供らしい幾つ物罠を潜り抜けたり引っかかったりしながら追いかける。ちなみに女児は早々に解放した。
「ここか!」
子供達が駆け込んだように見えた部屋のドアを勢いよく開ければ、そこにいたのはこの孤児院を運営している老夫婦がいた。
ラセルタはまだ挨拶をしていない事に気付き、一時的に千代に別行動をしようと伝える。
パタパタと欠けていく千代を見送ってから、ラセルタは老夫婦に改めて挨拶をする。
「……千代はねぇ、赤ん坊の捨て子」
すると、老夫婦は懐かしそうに目を細めて、ラセルタに話を始めた。
故郷や親が分かっている子供も沢山いる中、千代はそのどちらも分からなかった。本人含め、老夫婦も、他の誰も知らない。
「それでも素直な良い子に育ってくれた」
「お二人の愛情ゆえだろう」
「あら、そうだと嬉しいわねぇ」
老夫婦はコロコロと笑うと、背筋を伸ばしてラセルタに向き合った。
「息子を宜しく。ここにいる時も泣かないで笑顔ばかりの子だったから、きっとそちらでも笑顔でいてくれると信じてるよ」
それはつまり、泣かせたら許さない、ということだろう。
だが元より、ラセルタも千代を泣かせるつもりなど毛頭無い。
だからラセルタは胸を張って、この時ばかりは魔王ではなく、正しき王のような力強さで二人に言う。
「俺様の名に懸けて幸福にすると誓おう」
それを聞いて、老夫婦は安心したようにニッコリと笑った。
「捕まえた!」
ラセルタが老夫婦と話している頃、千代は何とか鞄を持っていた子供を捕まえることに成功した。
「ちぇー……」
抵抗はしないものの、まだ鞄を離そうとしない子供に、千代は少し悲しげに顔を曇らせた。
「何でこんな事したの? お兄ちゃんの事、嫌いになった?」
「逆だよ!!」
千代の問いに、子供達は一斉に反発する。
「千代兄ちゃんの事が好きだから、いなくなって欲しくないから、それに、心配で……!」
だからこんな悪戯をしたのだ、と子供達は白状する。
「っ、みんな……!」
それを聞いて千代は涙を溢れさせ、子供達を優しく抱きしめた。
ずっとここにいた。追いかけている間に走り回ったところは、自分が今まで何度も走り回ったところだ。幾つも思い出を作ったところだ。そこにはこの子達もいたのだ。
(ああ、俺、いつも賑やかで温かい孤児院が、皆が好きだなぁ)
「千代ちゃんいかないでー、私をお嫁さんにしてよー」
「千代ー、オレがお前の精霊になるから契約しよー」
小さな子も、大きく育った子も、皆千代を取り囲んで涙声で訴える。
「騙されるな! よく見ろ、奴等は嘘泣きだぞ!」
そこへ到着したのがラセルタだ。
「ラセルタさん、嘘泣きだなんてそんな」
「チッ!」「クソッ!」
ひどい、と言おうとしたすぐ横で、たった今涙目でお嫁さんにして、契約しよう、と訴えていた子達が舌打ちをした。手には目薬を持っていた。
「嘘泣きだなんてそんなひどいよ、ほら、ちゃんと泣いてる子だっているんだから」
「ああそうだな、小さい子達は本当に泣いているな」
悪戯なのか本気なのか。
それでもそれらは全て、子供達の千代への好意があってこそだ。
そして千代も子供達を、この孤児院を愛しているのだ。
「……千代」
ハンカチ差出し、拗ねたような、けれど妥協すべきかとラセルタが声を絞り出す。
「その、なんだ。別れが惜しいなら日を改めるのも吝かでは、無いが」
心の広さを見せるような言動だが、その尻尾は正直に嫌だと主張するように揺れていた。
その揺れる尻尾を、千代は涙を拭いながら見つめ、クスリと笑った。
「心配してくれて、ありがとう」
子供達に、ラセルタに言う。
「皆の事が好きだよ。でもね、同じくらい……もっとかな。ラセルタさんの事が大好きで大切なんだ」
はにかむ様に微笑む千代に、ラセルタは頬を緩ませ、子供達は諦めたように千代から手を離す。
「ずっと傍にいたい。力になりたい。変わる事に前向きになれたのは彼のおかげだから」
だから、行くね。
そう千代が言いきって隣に立ったのを確認して、ラセルタは嬉しさ全開の勝ち誇った笑み子供達に向ける。
「ぐぅ、何かあの顔ムカつく!」
「千代ちゃんも魔王様もいなくなっちゃうとか淋し過ぎるんだけどー」
「何を言う、これからも会いに来るし、お前達も会いに来ればいいだろう」
「やだ魔王カッコイイ!」
「千代兄、いつでも帰ってきていいからね!」
「魔王のとこ遊び行くから!」
元気になった子供達を微笑ましく見ていた千代は、急に体が浮いて短く悲鳴をあげる。
「ラセルタさん?!」
「いや、いっそ魔王らしく攫ってしまおうと思ってな」
にやりと笑うラセルタに、千代は苦笑しながらも抵抗しない。
ラセルタは千代を抱き上げ堂々と歩き出す。
(遠くなる――)
千代はいつまでも手を振る子供達と、いつの間にか外に出ていた両親をじっと見つめる。
こんな風に家をでる日が来るなんて思ってなかった。
ずっとこの家にいて、両親と一緒に子供達を見守るのだと。
けれど、今日、この家をでて別の道を進む。
「ラセルタさん」
「何だ」
「今日からどうぞ、よろしくお願いします」
改まって丁寧に告げられた言葉に、ラセルタは笑顔で「ああ」と答えた。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 3 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月20日 |
出発日 | 06月28日 00:00 |
予定納品日 | 07月08日 |
参加者
- 羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
- 蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
- カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
会議室
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2016/06/27-23:54
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2016/06/27-20:54
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2016/06/27-20:54
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2016/06/26-22:18
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2016/06/25-01:19
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2016/06/23-22:26