虹色の日々(青ネコ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「インタビューに答えてもらいたいんです」
 A.R.O.A.職員は両手を合わせて拝むようにお願いしてきた。
 話は簡単である。
 とある雑誌で『ウィンクルム特集』という企画が持ち上がった。
 最近活発になってきているオーガの恐怖を打ち消す為に、ウィンクルムの事を改めて紹介しその活躍を確認しよう、というものである。

 趣旨を理解した貴方達はその要請に応じた。
 インタビューは進む。
 ウィンクルムの紹介、そして活躍について沢山答えた後、待ち構えていたのはまるでアイドル雑誌のインタビューのような可愛らしいもの。
「好きな食べものはなんですか?」
「行ってみたい所はありますか?」
「今後、どんなウィンクルムになりたいですか?」
 貴方達は苦笑しながら、もしくは微笑ましく思いながら、または事務的に答えていく。
 そうしてこの質問に辿り着いた。

「特別な日はどんな風に過ごしてますか?」

 その質問に、何気なく貴方達は顔を見合わせた。
 そして記憶を手繰る。
 特別な日とは一体どんな日だろう。あの日を指すのだろうか。それともこの前のような日を指すのだろうか。一人だっただろうか、二人だっただろうか、それとも仲間達といただろうか。
 貴方は思い出しながら、口を開いた。

解説

特別の日をどんな風に過ごしたか教えてください

●特別な日の条件
一生に数回しかないような日に限ります。
誕生日、記念日、その他人生を左右しかねない出来事(告白、プロポーズ、別れる、誰かとの死別、初めて何かをしてしまった等)が対象です。
ちょっとした贅沢やサプライズ(ずっと行ってみたかったカフェへ行く、自分の嫌いな虫を見つけてしまう等)はNGです。

●プランについて
神人と精霊が一緒に過ごしていてもバラバラに過ごしていてもいいです。
また、仲間で一緒に過ごしていてもいいです。
インタビューに答える形でも、特別な日を思い出している形でも、特別な日そのものの形でも構いません。
プランに合わせたリザルトの形となります。
ただし、仲間で一緒の特別な日の場合は、同じ形式にして下さい。

●インタビュー終わった後にちょっとお茶した
300Jrいただきます


ゲームマスターより

自由度の高い内容となっております。また、EXエピの為アドリブが多々入るかと思います。
その点だけご了承下さい。
ジャンルはロマンスになっていますが、シリアスにするのもコメディにするのもスリルショックサスペンスにするのもご自由に。

貴方の特別な日を是非教えてください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  これからの暮らしの事
天藍にここに来て欲しいと言って良いのか躊躇い

良いんですか?
かなり年季が入っているのでかなり痛んでいますけれど

多少の修繕なら何とかなると笑う天藍に家の中を案内

死別した当時のままの両親の部屋
いつか、とは思っていたのですけれどずっと片付けられなくて…
本当は私が何とかしなきゃいけないのですけど、手が止まってしまうので…
天藍の力を借りても良いですか?

今なら、天藍と一緒になら、両親の事が目に見える形じゃなくなっても大丈夫だと思うんです

まずお墓参りに行って、かのんの両親に挨拶して
その後でこれからの暮らしに合わせた形に模様替えをさせて貰おうかという提案に頷く

これから2人で歩む未来への1歩目


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  母に開けてはダメと言われていた机の引き出し
そこには日記が入っていて
人の日記を読むなんて悪いことだと分かっていたのに
前日喧嘩していたせいもあって私は日記を読んでしまった

『私は彼を裏切ってしまった
オーガさえいなければウィンクルムなんて必要なかった
あの人の神人として顕現できていたらどんなによかったか
他の誰と契約しようとお前への愛は変わらないと言ってくれたのに
平凡で何の力もない私には
私のないもの全て持っている貴方の神人が羨ましくて妬ましくて
いつしか私の心は醜く歪んでしまった
好きだと言ってくれた私ではなくなってしまった

ごめんなさい
ごめんなさい──』

千切られた最後の頁には誰の名前が書かれていたのだろう


ライリア・イリュシオン(エンデュミオン・オレスティス)
  過去
部族の繁栄の為生贄の風習がある土地出身
出生時から『ニエ』と呼ばれ半地下で成長
生贄直前にオーガ襲来
部族は崩壊
保護時には顕現済
生贄になれば部族は崩壊せず
顕現しなければオーガも来なかったと罪悪感


所在無げ
自分の様な者が神人かと見放されたらと不安
屈んで目線を合わせられ初めての事に驚き
名を問われ、ないです
聞き返される前に慌てて名がない理由を話すが
余計な事を言ったと後悔、俯く

運命…?
紋章を撫で
もう誰も同じ目に合わせたくない

名を提案され驚き
…あ、なまえ、私の?
…うれしい、です
零れる涙
頭を撫でられ
はじめてが、こんなにたくさん…
ありがとうございます、エン…エンデミ…

名前を言えず「エンディさん」に


■すべて、はじめての
「特別な日はどんな風に過ごしてますか?」
 インタビュアーの言葉に、神人である少女は隣にいる『エンデュミオン・オレスティス』と初めて会った日を思い出した。
 自身の精霊と初めて会って契約を結んだ、あの日。
 普通のウィンクルムならそれだけでも特別な日だろうが、少女にとってはより特別な日となったのだった。

 少女の運命は生まれた時に決まった。
 その土地には部族の繁栄のために生贄を捧げる風習があったのだ。誰もが何の疑問も持たず、いや、持った者もいたのかもしれないが、風習を止めるわけでもなく、生贄は選ばれ捧げられ続けてきた。
 そして、その生贄に、少女は選ばれていた。
 名前は無く、ただ『ニエ』と呼ばれ、半地下にある場所で静かに育ってきた。育てられたのか、飼われていたのか、今となってはわからないが。
 十八になればこの命は何かに捧げられる。そうして部族は繁栄していく。
 生まれた時から言われ続けた事を、少女は素直に受け入れていた。他の世界を知らないが故のその純真さは、いずれ来るその時をただ待っていた。
 その運命が歪んだ。
 十八の誕生日を前にして、その部族にオーガが襲来したのだ。
 ある者は喰われ、ある者は殺され、ある者は逃げ、そうして部族は崩壊した。繁栄とは逆の道を辿った。
 そして駆けつけたウィンクルムがオーガを討伐した後、半地下に取り残された少女を保護した。
 日に当たっていないのがわかる肌の白さ、最低限の食事だけを与えられたのだと予想できる未発達な体と細すぎる四肢。
 そもそも半地下に取り残されていたという時点で異常だという事はわかっていたが、少女の状態はそれに加えて非常に痛ましく、手厚い保護を受けた。
 けれど少女が保護をされた最大の理由は。
 その手に浮かんでいた、神人としての紋章だった。
 一体何故あんなところにいたのか、何故こんな扱いを受けていたのか、あそこはどんな部族がいたのか。様々な事を尋ねるが、少女は要領を得ない。基本的には全て「知らない」と答えるし、恐ろしい事にそれは事実だった。
 そうして何度となく後悔の念を繰り返す。
『私が生贄になってれば、部族は崩壊せずにすんだんです』
 保護された少女はただでさえ白い顔を更に青褪めさせて言った。
『そもそも私が顕現しなければ、オーガだって来なかったんです』
 周りがどれだけそれは違う、その部族は間違っている、貴方のせいじゃない、と言っても、少女はひたすら罪悪感に囚われ続ける。
 生贄として以外の自分を、部族以外の世界を知らないが故に。

「数多の命を屠ってきた俺が、ウィンクルムだと? 笑えねぇな、まったく……」
 吐き捨てるように言いながらエンデュミオンはある建物に足を踏み入れる。
 そこはA.R.O.A.本部。
 精霊である彼がここへ来た理由は一つ、適応神人が見つかったからだ。
 本部に入った瞬間からいたるところで沢山のウィンクルムを見かける。仲がいい者。まだぎこちない者。たまに喧嘩をしている者もいた。
 それでも、エンデュミオンにとって、全て平和な光景だった。
(……この俺が、愛を力にするウィンクルムねぇ)
 暗殺や傭兵が生業の部族に生まれ育ったエンデュミオンは、当然のようにそういう仕事についた。数多の命を手にかけてきた。
 そんな自分がこれからは、愛を力にして戦うのだという。
(また別人になる気分だな)
 エンデュミオンは二十代の頃、暗殺に失敗した。暗殺対象の相手の男に返り討ちに合い『これで死に損なうなら生まれ変わったも同然、過去とは別人だ』と命を救われ弟子になったのだ。
 やがてその師とも死別し、元いた部族は内部分裂で消滅した。
 人生どうなるか分からない。エンデュミオンはその事を身をもって知っていた。
 知っていたが、まさかウィンクルムとは。
 受付に行って名乗れば、すぐに神人のところへ案内する者が来るから待っててくれと言われる。その待機時間に、これから会う相手の情報が載った資料をチラリと見る。
(名前は空欄? 年齢は十八)
 書類不備か思いながら、十八の少女を想像する。青春真っ盛りの元気一杯の少女。もしくは変に正義感に溢れている少女。い
 色々な少女を想像しては溜息をつく。
(姦しい女は苦手なんだが……)
 不安を覚えたところで、案内役がやってきて移動した。

 エンデュミオンは神人と対面して呆然とした。
 所在無く佇む少女の手足は枝のように細く、肌は病的なまでに白く、何より全体的に小さい。真っ赤な紅玉の瞳もあいまって、作り物の人形が立っているように感じた。
 とても十八の少女には見えない。
 同時に、エンデュミオンは昔の事を思い出す。死んだ親友と自分も、野良犬のように常に空腹で痩せこけていた昔を。
 少女は少女で呆然とする精霊に不安を抱いていた。
 やはり自分には神人など相応しくないのだ、自分の様な者が神人かと精霊に見放されるのでは、と不安ばかりが心にあった。
 けれどその不安は、すぐに戸惑いに変わる。
 エンデュミオンは屈んで少女と目線を合わせてから口を開く。
「あー、初めまして」
 それは少女にとって初めての事だった。今まで、あの半地下の場所で、わざわざ自分の目線に合わせる者はいなかった。
「俺はエンデュミオン・オレスティスだ。嬢ちゃんの名前は?」
 問われて、素直に「ないです」と答えた。エンデュミオンは訝しげに眉根を寄せる。その様子に気付いた少女は、聞き返される前に慌てて名がない理由を話す。
「私は十八で生贄になる筈だったんです、だから名前は必要なかったんで無くて……あ、呼ばれる時は『ニエ』と呼ばれてたんですけど、それはやっぱり名前じゃないし」
 少女はそのまま説明する。自分の部族は自分のせいで崩壊したこと、自分が顕現したせいでオーガがきたのではないかということ、自分が生贄になっていれば部族は繁栄していた筈だということ。
「すみません、私なんかが神人で」
 そう締め括って説明を終えると、少女はエンデュミオンの眉間の皺が深くなっている事に気付き、余計な事を言ってしまったようだ、と後悔し俯いた。
 そんな少女を見て、エンデュミオンはどうしたものかと考える。
 少女が抱いているのは、恐らくは罪悪感だろう。だがその罪悪感は間違っている。
「嬢ちゃんだから、神人になったんじゃないか?」
「え?」
 思わぬ言葉に少女は顔を上げる。
「これ以上生贄にされる者が出ないよう、他者を救えるよう、ウィンクルムという運命を与えられたんじゃないか?」
 少女のパートナーとなろうとしている精霊が、そう告げる。
「運命……?」
 呟いて、そっと紋章を撫でる。
 この紋章をずっと罪の証の様に思っていた。自分の運命は生贄になることだと思っていた。
 いや、その運命以外は存在しなかったのだ。
 けれど今、初めて会った精霊が、別の視点を教えた。それが少女の意思を動かすのに大きく作用した。
「はい……!」
 生贄となる事を素直に受け入れてはいたけれど、別に嬉しかったわけじゃない。喜んでいたわけじゃない。
 あの半地下で過ごした自分は救えないけれど、それでも他の誰かが『ニエ』と呼ばれないよう。部族の皆を助ける事は出来なかったけれど、それでも他のどこかがオーガに襲われることの無いよう。
 少女は新たな運命を受け入れる。
 もう誰も同じ目に合わせたくない。そう思いながら。

 契約を済ませると、エンデュミオンが「名前が無いと不便だな」と言って、少女に仮の名前を提案する。
「嬢ちゃん、あんたが良けりゃだが……ライリアってのはどうだ?」
 それはエンデュミオンの親友の名前。少女の目の色が親友と同じだと気付き感慨深くなったのだ。
「……あ、なまえ、私の?」
 言われた少女は呆然としていた。呆然として、そのうち涙を零しながら微笑んだ。
「……うれしい、です」
 そんな反応にエンデュミオンは困り、誤魔化すように少女の頭を撫でた。
 頭を撫でられる。それすらも少女には初めての事だった。
(はじめてが、こんなにたくさん……)
「ありがとうございます、エン……エンデミ……」
 名前を言えず困っていると、エンデュミオン自身が「エンディ」でいいと言ってきた。
「エンディさん」
 少女はその響きを宝物のように感じながら、もう一度口を開き、大切に大切に伝える。
「エンディさん、ありがとうございます」
 ここに一組のウィンクルムが生まれた。
 そしてこの日、『ライリア・イリュシオン』も生まれたのだ。


■それは過去の罪
「ご協力ありがとうございました!」
 笑顔で感謝を述べるインタビュアーにお辞儀をしてその場所を後にする。
 そして少し歩いたところで、ふぅ、と小さく息を吐いた。
『ミサ・フルール』はインタビューを終えて、一つの過去を思い出していた。
 きっかけはあの質問。
『特別な日はどんな風に過ごしてますか?』
 インタビューでは明るい特別な日を答えた。インタビューの目的を考えればそれが正しいだろうとも思った。インタビュアーも喜んでいたし、きっとその選択は正しかった。
 けれど頭の中で、別の特別な日が甦っていた。
 それはインタビューで答えたのとは対照的な、後ろめたさが付きまとう少し薄暗い特別な日。
「どうした」
 声をかけられ、ミサはハッと我に返る。隣には一緒にインタビューを受けた『エリオス・シュトルツ』がいた。
「ボーっとしちゃった、何でもないです」
 アハハ、と笑って誤魔化そうとするが、相手はそれを許さなかった。
「何でもない、とは言えない顔色だったぞ」
 言われて、ミサはばつが悪そうに俯いた。
「……昔、母に逆らったことがあるんです」
 今はもうこの世にいない、大好きだった両親。お父さんとお母さん。
 だけど一度だけ、母に逆らった特別な日があった。
 いつも母に「開けてはダメ」と言われていた机の引き出し。その中には母の日記がはいっていると聞いていた。
 人の日記を勝手に読む、そんな事はしてはダメと教えられ、実際ミサもそれは悪いことだと思った。分かっていたのだ。知っていたのだ。
 けれど同時にずっと気にはなっていた。何が書かれているんだろう、と。自分の事も書かれているんじゃないか、と。ワクワクした気持ちを持っていた。それでも覗き見ることなどしなかった。
 それなのに、あの日はそういう抑えが利かなくなっていた。
 前日に母と喧嘩をしたのも悪かったのだろう。
 母に逆らってやりたかった。母が嫌がることをやって困らせたいと思った。ずっと見せてもらえなかった日記を読みたかった。
 そんな幾つもの思いが、小さなミサの背中を押した。
 開けてはダメと言われた引き出しを開け、その奥に隠すように置かれていた日記を、そっと読んでしまったのだ。
「……そこにはなんて書いてあったんだ?」
 落ち込んだ様子で話すミサを気遣うように、エリオスは優しく促した。
「母の若い頃の日記だったんです。ほとんどは日常を書いたものだったんですけど、最後の方だけ、意味がわからないというか、ちょっと……母が母じゃないような、怖いページがあって」
 それを見つけてしまったことが、まるで言いつけを破った自分への罰のように感じた。
 あれは、ミサの知っている母とは違う人が書いたような内容だった。

『私は彼を裏切ってしまった
オーガさえいなければウィンクルムなんて必要なかった
あの人の神人として顕現できていたらどんなによかったか
他の誰と契約しようとお前への愛は変わらないと言ってくれたのに
平凡で何の力もない私には
私のないもの全て持っている貴方の神人が羨ましくて妬ましくて
いつしか私の心は醜く歪んでしまった
好きだと言ってくれた私ではなくなってしまった

ごめんなさい
ごめんなさい──』

 日記はそこで終わっていた。
 終わっていたというか、終わらされていた。
 何故なら、ごめんなさい、の字の後が千切られていたからだ。
 見てはいけないものを見てしまった。子供心にミサはそう思い、慌てて日記を閉じて元に戻した。机の引き出しを閉じて、そっと部屋から出て行った。
 幸い、母は日記を読まれたと気付いた様子は無かった。もしかしたら、気付いて敢えて放っていたのかもしれない。もしそうだとしたら、それは罪悪感を植え込むのに最適な反応だった。
 ミサは悪いことをしてしまったと暫く大人しくしていたし、喧嘩をしていた母にも「ごめんなさい」と謝って仲直りした。
 けれど逆に、日記を見た事はどうしても言えなかった。そして日記の内容がしばらく頭から離れなかった。
 少しずつ少しずつ、その日の記憶を薄めていったけれど、忘れる事は出来ず、今日また思い出してしまった。
「あれはどういう事だったんだろう……」
 ミサがぽつりと呟く。
 何処か落ち込んだ様子のミサを見て、エリオスは一瞬目を細めてから、優しく微笑んだ。
「親も人の子、それぞれの人生があったということだ。深く考え込むようなことでもない」
 誰にだって色々な面があるのだ、と言うエリオスに、確かにそうかもしれない、とミサは納得する。
 ミサが重い気持ちで思い出してしまうのは、きっとその日記の内容ではなく、母にダメと言われていた事をやってしまった罪悪感からだろう。
 エリオスがそう説明し、ミサの心の澱を軽くさせる。
「そう、そうですね」
 納得したミサは苦笑する。そんなミサをからかうようにエリオスは言う。
「だがそうか、お前には日記の場所を教えないようにしなければ、こっそりと見られてしまうな」
「み、見ません!」
 頬を赤らめていうミサに、エリオスはくっくっと喉を鳴らして笑った。
「どうかな、ああ、エミリオにも言っておかなければならないかな」
「言わなくてもいいです! 見ません! 見ませんから!」
 もー、と頬を膨らませるミサに、エリオスは笑みを消して尋ねる。
「だが、実際に日記があったら見たくならないか?」
 ミサはさっきまでの勢いのまま「見ません!」と言おうとして、けれど雰囲気が違うことに気付いて真剣な眼差しとなる。
 その日記が、エリオスのものであろうとも、エミリオのものであろうとも。
「見ません」
 もう、過ちは犯さない。
 自分の知らない相手の一面が記されているとしても、それをこっそりと覗き見るような事はもうしない。どんなことでも、相手に直接教えてもらうのだ。
「だから安心してください」
 ミサは微笑む。それを見て、エリオスはつまらなそうに「そうか」とだけ言って顔を逸らした。
 こうしてミサの特別な日の思い出は終わる。
 思い出して口にしてしまえば、他愛無い思い出のような気にもなってきた。
 ただ、一つだけ。
(千切られた最後の頁には誰の名前が書かれていたのだろう)
 それだけが、ミサの心に引っかかり続けた。

『それ』が何処にあるかは分からない。
 だが、この世のどこかに確実にある。
 ぱらり、ページを捲れば、几帳面な手書きの文字が並んでいる。
 日記。
 とある男が書き綴った日記だ。いや、途中からは書き殴ったと言うべきか。

『我が一族は裏で血を血で洗うようなことをしてきた家系だ
罪に塗れたこの身では人並みの恋は許されないだろうと諦めていた

けれど俺を好きだと
裏の顔を知っても恐れず接してくれた女性がいた
俺達は深く愛しあっていた
婚約までしていた

生まれて初めて人を愛する喜びを知った
この幸せはずっと続くと信じていた
A.R.O.A.から『適合する神人が現れた 』と連絡がくるまでは

任務のせいで会う日が少なくなった
少しずつ俺達はすれ違っていった

ある日彼女は俺の前から姿を消した
血眼になって探した

彼女は他の男と家庭をもっていた
相手は俺の親友だった

許せない
許せない
許せない!

どうして俺を裏切った!?
永遠の愛などあるものか
俺を裏切った女の名は──』

「永遠の愛などあるものか」
 その日記を読んでいた人物が、日記に書いてある文をそのまま読む。それはただ読んだのではなく、その人物が今なお思っていることでもあった。
 愛を力とするウィンクルムにも拘らず、心底からそう思っているその人物。
「さて、千切られた最後の頁には誰の名前が書かれていたんだろうな」
 ぱたり、日記を閉じてしまいこむ。
 誰にも見せないよう、見られないよう、あの少女にも見つからないよう。
「まさか俺の名前ではないだろうな」
 暗い笑みを浮かべて、吐き捨てるように言う。けれど何処か縋るように。
「――……」
 誰かの名前を呼ぶ。自分の耳にも届かない小さな声で。
 簡単に説明しきれない感情を込めて。
 永遠の愛など無い。それならば、どうすれば永遠に近い愛は作れたのだろうか。あの時、あれ以上何をどうすればよかったのか。それとも、そんなものも作れないのだろうか。
「……永遠の愛など無くとも、永遠に捕らえておく事は出来る」
 脳裏に浮かぶ姿は、一体誰の姿なのか。
 エリオスは表情を消して、そっと目を閉じた。


■帰る場所
 心地の良い休日に、『かのん』は考え事をしていた。
 もう少ししたら『天藍』が来る。そうしたら伝えたいことがある。けれどそれを口にするには勇気がいるし躊躇いがある。
 かのんが考えていること、それはこれからの暮らしの事。
 天藍からのプロポーズに了承の返事をした以上、必ず考えなければいけない事。
 考える、というか、かのんの中でもう希望ははっきりしているのだ。ただ、それは本当に自分の我儘のような気がして、簡単に口に出せない。
「――ここに、来て欲しい」
 自分以外誰もいない今だからこそ出来る、小さな呟き。
 その呟きを待っていたかのように、訪問者がやってきた。

 玄関で「かのん」と呼んだ天藍は、今日話す内容を頭の中で反芻していた。
 具体的な話を進めたいとは思っていたのだ。
 ただそれを何となく言いそびれていたのは、自分でも甲斐性なしな内容な気がしたから。
 とはいえ、もう描いていた未来は目の前まで現実として現れている。ただ黙っていても始まらない。
 だから今日、伝えるのだ。
「天藍、どうぞ」
「ああ」
 迎えてくれたかのんに手土産を渡して中に入る。
「これ何です?」
「花の形をした菓子が売ってた。好きかと思って」
 そう言うと、かのんは嬉しそうに笑う。楽しみだと。その笑顔が見れただけでも土産を買ってきた甲斐があったと言えるだろう。
「お茶淹れますね、座っててください」
 ぱたぱたと支度を始めるかのんを見て、天藍は目を細める。
 描いていた未来。もう本当に目の前だ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 淹れられたお茶と一緒に、土産のお菓子を食べる。
「わぁ、綺麗」
 季節の花を模ったお菓子に目を輝かせる。そんなかのんを可愛く思いながら、天藍は「味もいいらしいぞ」と勧めた。
「あ、これ美味しいですね」
「本当だ、当たりだったな」
 店員を信じてよかった。そう言って笑う天藍に、かのんは何処のお店のものなのかを尋ねる。綺麗な形に相応しい上品な甘さの菓子はお茶にもよくあい、かのんはとても気に入ったようだった。
「かのん、結婚後の話だが」
 お菓子も食べ終わり、お茶も二杯目に入った時、天藍が意を決して口を開いた。
 ずっと考えていた大事なこと。
「……俺がここに来ても良いか?」
 天藍がここに来る。
 つまり、ここを二人の家にしたい、ということ。
「……良いんですか?」
 目を瞬かせてかのんは尋ねる。
「ああ、色々考えたんだ」
 天藍が今住んでいる部屋は、神人と契約後どこへでも行けるようにと借りた、最低限の宿といったものなのだ。なのでそこを新居にするなど論外である。
 それならば一から新しい住まい探しても良いが、そんな事をしなくても相応しい家を天藍は知っている。
「かのんがこの家を大事にしているのはよく知っている。実際ここは居心地が良い。だから、ここがいいんだ。かのんが許してくれるなら」
 そう言う天藍に、かのんは心からの笑顔を見せ「勿論です」と言い、けれどすぐにハッと気付く。
「かなり年季が入っているのでかなり痛んでいますけれど」
 そこは大丈夫だろうか、と不安げに尋ねれば、天藍はおかしそうに喉を震わせて笑った。
「日曜大工なら少しはできる、任せてくれ」
 多少の修繕なら何とかなると笑う天藍に、それならばとかのんはほっとする。
「私も、来て欲しいと思ってたんです」
 だからそう言ってもらえて嬉しい。そう言うと、天藍は立ち上がってかのんをそっと抱きしめた。かのんもまた、天藍をそっと抱きしめた。
「二人で同じ事を考えてたんだな」
「そうみたいですね」
 二人は抱き合ったままクスクスと笑う。
 結婚後の新居、そんな大切なところに二人は同じ場所を選んでいた。
 その事実がくすぐったくも嬉しかったし、これからの二人の仲を保証してくれてるようで心強かった。

「それじゃあ家の中を案内しますね」
「頼んだ」
 二人はお茶を飲み終わってから動き出す。
 かのんは事細かに案内する。何処に何があるか、何処がどんな状態か。時折思い出話も交えながら、家の中を、家の想い出を天藍に伝えていく。
 そして、一つの部屋へと辿り着く。
「ここが、私の両親の部屋です」
 死別した当時のままになっている、その部屋。
 そこはとても綺麗に掃除されていた。けれど生活感が溢れていた。たまたま今この部屋の主がいないだけで、誰かがいつも使っているかのようだった。
 けれど実際はもう誰も使っていない。部屋の主達はこの世を去っている。
 それでも、部屋はそのままの状態である。
(両親との繋がりを失うようで片付けられなかったのも分かる)
「大切な場所だろう」
 俺が入り込んでも良いのか、と天藍が尋ねれば、かのんは静かに目を閉じる。
「いつか、とは思っていたのですけれどずっと片付けられなくて……」
 この部屋を片付けるということは、両親がもういないことを自分に突きつけることなのだ。
「本当は私が何とかしなきゃいけないのですけど、手が止まってしまうので……」
 何度か試してはみたのだ。けれど、文字通り手が止まる。体が拒否してしまう。喪ってしまったことを頭では嫌になるほど理解しているのに、体がどうしても受け入れようとしない。理解したがらない。
「天藍の力を借りても良いですか?」
 けれどもう、かのんは一人ではないのだ。
 止まってしまう手を引いてくれる人がいる。隣に立って一緒に進んでくれる人がいる。
「今なら、天藍と一緒になら、両親の事が目に見える形じゃなくなっても大丈夫だと思うんです」
 教えられた事は自分が覚えている。与えられたものは自分が持っている。想い出が薄くなっていっても、愛されていた事実と、愛しているこの感情が消えることはない。
 時は進む。描いていた未来が現実としてやってくるのなら、終わってしまった現実は過去として記憶の中へ積み重なっていくのだ。
 前へ進もうとするかのんを頼もしく思いながら、同時に支えたいとも強く思う。
「かのんが望むのなら喜んで手伝わせてくれ」
 だからそう返した。それは天藍の心からの思いでもあった。

「さて、それじゃあまずご挨拶だな」
「お墓参りに行ってくれるんですか?」
「ああ。まずお墓参りに行って、かのんの両親に挨拶して」
 その後、これからの暮らしに合わせた形に模様替えをさせて貰おうか、との天藍の提案に、かのんは微笑んで頷く。
「それじゃあお墓に行きましょうか」
「そうだ、挨拶に行く前に、両親の事をかのんの言葉で教えてくれないか」
 二人で出かける支度をしながら天藍が言う。言われたかのんは「そうですね」と何を伝えようか考える。
「もし父が生きてたら、娘はやらーん! って怒鳴って天藍をボコボコにしちゃうかもしれませんね」
「え?」
 まさかの父親像に驚く天藍に、かのんはくすくす笑いながら「冗談ですよ」と言う。
「かのん……」
 苦笑する天藍に、かのんはするりと寄り添う。
「二人とも優しくて、だけど怒るとちょっと怖くて、凄く尊敬できました。私はそんな二人が大好きで、本当に大好きで……」
 だからこそ喪失の痛みは激しかった。寂しくて悲しくて、けれどそれを周囲に悟られないようにしてきた。それがなおさらかのんの心を苦しめた。
 二人は催眠セラピーを受けたときを思い出す。
 今はもう、あの時のように取り乱すかのんはいない。両親を思い出す時、切なさはどうしてもあるけれど、寂しさや悲しさより、温かさをしっかりと思い出せる。
 遠い過去になったから、というだけではない。自分の苦しみを受け止めてくれた人がいたからだ。きっとこれからも、自分を受け止めてくれると分かる人がいたからだ。
 天藍が隣にいてくれるからだ。
「自慢の両親です。ちゃんと挨拶してくださいね」
「娘さんを幸せにしますって言わなきゃな」
 天藍が気合を入れると、かのんが「違いますよ」と訂正する。悪戯っぽく、けれど心からの思いを込めて言う。
「二人で、二人とも、幸せになるんです」
 天藍がかのんを支えたように、かのんも天藍を支えるのだ。
 二人は顔を見合わせ、そして互いに笑いあう。
 笑い合って、墓参りへ行く為に家を出る。
 きっとこんな日々が日常となる。この家が二人の帰る場所になる。何処へ行っても必ず帰ってきてゆっくりと過ごせる、二人の安らぎの場所。
「それじゃあ」
「行こうか」
 二人は手を繋いで家を出る。
 それはこれから二人で歩む未来への一歩目だった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: Q  )


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 06月20日
出発日 06月28日 00:00
予定納品日 07月08日

参加者

会議室

  • プラン?
    ……あぁ、さっきライリアが持ってったヤツだろう
    多分もう提出したんじゃねぇか
    そういう所はきちっとしてるからな
    どんな話が見られるか、俺も楽しみだ

  • [6]かのん

    2016/06/27-20:34 

    プラン提出しました
    ごくたまに見られる雨上がりの虹のような、皆さんの特別な日を拝見するのが楽しみです

  • [5]かのん

    2016/06/27-20:33 

  • こんにちは
    私はライリアという名前です
    こっちはパートナーのエンディさんです

    ながいお話ははじめてでドキドキしています
    どうぞよろしくお願いします

  • [3]かのん

    2016/06/24-21:48 

  • [2]ミサ・フルール

    2016/06/23-20:35 

  • [1]ミサ・フルール

    2016/06/23-20:35 


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