【浄化】黒壁の図書館(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 タブロス旧市街・西部の郊外に位置する古びた図書館。
 こんな所に図書館なんてあっただろうか……? と近付くと、白かったはずの外装はあちこちどす黒く変色している。
 まるで、満ちた瘴気にあてられでもしたかのように。

「おや……お客様ですか。すみませんね、こんな出で立ちで……元々は奇麗な白壁だったんですが」

 ぽっかりと開いた入り口へ近付くと、闇の中からモノクルを掛けた老紳士が現れた。
 柔らかな物腰で、二人の不安な心を落ち着けるように、おっとりと微笑んでいる。
 ちょっと休まれますか、どうぞお入りなさい――、誘われるよう足を踏み入れると、外観からは予想も付かないほど、内装は広く。そして……。

「ここは、図書館です。記憶や思いを閉じ込めた、貴女たちだけの図書館……」

 ずらりと奥まで並んだ本棚。
 一冊手に取れば、そこに載っているのは隣に立っているパートナーとの思い出や情景。
 暖かな感情やくすぐったい記憶についおかしくなって、神人が隣に居る精霊をふと見遣れば、彼はにこりと笑う……しかし、その瞳に生者の光は無い。

「『囚われて』しまった様ですね。ふふ、若者達は青くて羨ましいですなあ。ご心配なく、この図書館を出る頃には、貴方の大好きなパートナーの顔に戻っておられますよ」

 聞けば、この図書館へ足を踏み入れ、魂を囚われる者にはある共通項がある。
『愛する者に、もっと自分を知ってほしい』という想いだ。
 その気持ちが無い者や、一人で訪れる神人や精霊に、そもそもここは見つけられない。
 故に、パートナーと共に迷い込んだ者だけが、この様な状況に陥るのだと。
 呼べば返事もするし、共に並び歩く事も出来るのだが、どこか彼はぼんやりとしている……。

「ここはまだ浅い一階層……しかし奥へと足を踏み入れるにつれ、想いの階層は深くなり、貴方の知らないパートナーの記憶や想いが本に記される様になります。それに……あなた方がここで想いを深めて下されば、この淀んだ壁の色も元に戻るかもしれない」
  
 どうか元の白壁に戻して頂きたいのです、とモノクルに伸びる鎖を揺らし、老紳士は頭を下げ、暖かく微笑んだ。

解説

概要
入館料として300jr。
図書館でパートナーの思いを読み、改めて考える事で愛を深め、瘴気に淀んだ白壁を元に戻して下さい。
個別描写となります。

図書館の構造
1~2階層…これまでのお互いの思い出、共通して持っている記憶や情報の本棚
(●●へデートに行って楽しかった、他人の知らない趣味を知ってる、など)
3~4階層…まだお互いの知らない思い出、共通して持っていない記憶や情報の本棚
(知って欲しい趣味や思い出があるけど恥ずかしくて言えない、愛情をもっと沢山伝えたい、など)
5階層………深層。例えば『過去のトラウマや罪悪感を愛する人に許されたい』や『変な人に声をかけられたけれど、心配させそうで言えなかった』の様な、知って欲しいけど知ってほしくないといった、複雑な感情を伴う記憶などを含めた本棚

●プランに必要な情報
・魂を囚われる側は神人でも精霊でも構いませんが、読み手と囚われる側の明記
・描写してほしい、本棚に記されている思い出や記憶
・構造は上記の通りですが一例なので、そこまで厳密に設定しておりません。どの階層で何を知るかは自由です。
・過去EPは極力参照

●できること、できないこと
・囚われたパートナーの無機質な状態は、本を読み進める側の階層によって突然元に戻ります。
・基本的に、2階層まで(過去の両者の思い出をある程度読み進めた時点)で、元に戻る可能性が出てきます。
・頬にキスしてみたり、逆に抓ったりビンタしてみたりと、物理的に目を覚まさせるのもオッケーです(判定はマスタリング次第)
・情報の内容や全体の雰囲気はコミカルでもシリアスでも。
・何もしなくても図書館を抜ければパートナーは元に戻ります。歩いても10分程で出られる小さな図書館です。
・アドリブはつい入れがちなのですが、NGですとプランに一言頂ければ善処いたします。


ゲームマスターより

女性側では初めまして。梅都鈴里です。どうぞよろしくおねがいします。
男性側に出していた白壁の図書館を焼き直したシナリオとなります。
相談期間が短いのですが特別難しくもないので、よければお気軽にご参加くださいませ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リヴィエラ(ロジェ)

  読み手

リヴィエラ:

(5階層にて)

(ページを読み進めながら)
私が…オーガの…生贄…?
お父様が…マントゥール教団…?
私は、殺される為に監禁されていたのですか…?
私は…両親に愛されてはいなかったの…ですね…(涙を流す)

ロジェ、しっかりしてください、ロジェ!
ロジェ、この、『だった、というほうが正しい』というのは?
その後の、抜け落ちたページには何が書かれているのですか?
ロジェの背負う『罪』とは何ですか?

お父様は今、どうなさっているのですか?
どうしてあの後、お父様からの勧告がないのですか?

お願いします、ロジェ…私は、真実が知りたいのです…

(関連EP:94『白の書』、97『その理由を聞かせて』)


シャルル・アンデルセン(ツェラツェル・リヒト)
  どんどん私の記憶が明らかになっていく。
誰かに…ツェラさんにそれが伝わっていくのが切ない。
この人は私の父を…その罪を憎んでいる人だ。
だから、私はそれを受け入れるつもりだった。記憶がない時も犯した罪があるのならと思っていたけど。
「許されたいか?」と言われればいいえと答えましょう。
私は確かに罪人でそれはたぶんツェラさんの思っているそれとは違うのだけど。
私の存在は父を追い詰めた。私という存在に愛憎を抱いた。抱かせてしまった。その結果がマントゥールへの傾倒だ。
それでも本当に私に罪はないと言えますか?
…ツェラさんにパートナーだって認めてもらえる日がくるとは思いませんでした…私は私なりに罪を償います。


ドミティラ(レオカディオ・クルス)
  囚 3~4階層

精霊宅にお邪魔した時の記憶(精霊の書斎)
レオカさーん?
…ってあれ? 寝て、る?
仕事中に机に突っ伏して寝ている精霊にそっと近づく
…よっぽど疲れていたのか自分が近づいても起きる気配を見せないことを良いことに
(…よし、寝顔拝ませてもらおうかしら)
寝顔を見ることに

長めの睫毛、規則正しい寝息に安らかな寝顔
(普段もだけど、やっぱりレオカさんって素敵よね……)
そう思うとなんだかドキドキ
起きられたら気まずいからか、それとも彼の寝顔にドキドキしたのか分からないが、多分両方
暫し見惚れるが
疲れてるみたいだし起こすのもあれよね…
そう思い至り、起きない内に部屋を後にする


シェリー・アトリール(柳楽 源)
 

精霊の後をついて歩く
開いた本は一緒に覗きこみ

1冊目
真面目、優しい、緑が好き、手袋は外さない

2冊目
話を聞いてくれる、一緒に出かけて楽しかった、やっぱり人がいい

3階層を前に立ち止まる精霊に声賭け
いかないんですか?
構いませんよ、私も何が書いてあるのか見てみたいです
私の事は変わり者でとまってしまって理解しようとしてくれる人はいませんでした
だから、こういった形でも理解して貰えるのは嬉しいです

それにしても柳楽の事ばかりでしたね
あまり自分のことには興味がないのですよね
もっと気になる事がたくさんあるんです
だから、みんなの私の評価や対応は正しいのですよね

見つけてくれますか?私の事
では報告を楽しみにしていますね


●君を護る記憶
 ――リヴィエラが監禁されていた理由は、オーガにその命を捧げる、生贄とする為だ。
 そうする事で、彼女の父親は自身の安全をオーガに約束してもらっていた。
 俺の愛しいリヴィエラを、よくもよくもよくも……!
 リヴィエラの父親――モーガン卿は、マントゥール教団の一員だ。
 いや……『だった』と言うほうが正しいかもしれない。
 何故ならあの男は、既に俺が――……して……のだから。
 この罪を背負うのは、俺だけで良い。

 5階層まで進んだ――進んでしまったリヴィエラが、説明されるまま読んだ内容に、蒼白な顔で口元を抑える。
 囚われた者の想いや記憶を暴いてしまう図書館。
 だと言うならこれは、今は意識の無い傍らの精霊の記憶に、相違なく。
「私が……オーガの生贄……? お父様が、マントゥール教団……?」
 零れ落ちそうなほど大きく見開かれた瞳に映る文字の羅列は、何度読み返してもその内容が書き換えられる事はなくて。
「私は、殺される為に監禁されていたのですか……?」
 ぽつり、ぽつりと呟く。ひどく足元がおぼつかなかった。
 今までの事に、すべての合点がいってしまう。
 監禁されて居た事は、確かに辛い過去だったけれど。それでも父親の事をどこかで信じていたかった。
 だから――生贄だった事より、父親が教団に所属していた事実よりも、何をほかに置いても、リヴィエラが悲しかったのは。
「私は……両親に愛されてはいなかったの……ですね……」
 愕然と項垂れる。
 言葉にすれば、想像以上にその響きは彼女の心を苛む。
 ついに涙を零してしまったリヴィエラの様子を――図書館の、想いを引き出す書棚に囚われてしまった精霊ロジェは、意識の深層下で見ていた。
(待て、待ってくれ……それ以上は知られたくない! 頼む、待ってくれ……!)
 深層下での彼は、彼女を止めようと必死で手を伸ばしているのに、リヴィエラにその手が届く事はなく。
 その細い手に暴かれていく哀しくも恐ろしい過去を隠し切る事は、ついぞ出来やしなかった。
「――…ロジェ、しっかりしてください、ロジェ!」
 肩を揺さぶられて、ようやく精霊の意識が『こちら』に戻ってくる。
 現実で目の当たりにした彼女の表情は、これ以上無く悲壮に歪んでいた。
「ロジェ。この『だった、というほうが正しい』というのは? その後の、抜け落ちたページには何が書かれているのですか?」
「……っ」
「ロジェの背負う『罪』とは、何ですか……?!」
 不安に揺れる海色の瞳を、自身の言葉で安心させてやれたらどんなにいいだろう。
 震える肩を抱いて、真摯に見詰めて、心底から『大丈夫だ』と告げる事が出来たなら、どんなに。
 けれど、誰よりも自分にその資格がない事を、ロジェはよく理解している。
 何故なら、彼のその手は――……。
「お父様は今、どうなさっているのですか?」
 ――もう、この世にはいないよ。
「どうしてあの後、お父様からの勧告がないのですか?」
 ――俺がこの手で葬ったから。
「お願いします、ロジェ……私は、真実が知りたいのです……」
 ――君の父親は教団の男だった。
 大切な大切な君を殺そうとした。オーガに生贄として差し出そうとした。己の保身ひとつのために。
 だから俺が殺したんだ! あんな男は、死んで当たり前だった……!
 憎悪に満ちた全ての回答が、ロジェの口から紡がれる事はなく。
 ぎり、と血が滲むほどに、拳を握り締める。
 リヴィエラに決して悟られないように。
「君の、父親は……」
 何と言っても、知られた事実を消す事は出来ず、震える唇はそれだけ搾り出すのがやっとだった。
「……何でもない。何でもないんだ……」
 真実を求める純粋な瞳から、ロジェは目を逸らす。
 縋りつくリヴィエラは、ただただロジェの言葉を切望していたけれど。
(血に塗れた過去を背負うのは俺一人でいいと決めた。……そう、決意したのに)
 身に染みついた仮面の裏側で、悟られぬよう苦渋は全部吐き出したつもりだった。それでも。
 隠す事に慣れたはずの、ロジェの表情に浮かびかけた悲哀を、完全に押し殺す事は出来そうになかった。

●貴方に続く記憶
「プライバシーに踏み込む様で、少し、気は引けるけど……」
 ぼんやりと意識を飛ばして、それでもトコトコと後ろを付いて歩く神人シェリー・アトリールをちらりと見遣って、免罪符の様にぽつりと呟く精霊、柳楽 源。
 とはいえ彼女をこのままにもしてもおけない。
 気は咎めたがシェリーの為だ、と思う事で罪悪感を振り払い、二階層へと足を踏み出した。
「真っ白だな……」
 ふと目に付いた、白い――純白色の表紙。
 本を手に取り開いてみると、意識はないはずのシェリーが、背後から開かれたページをひょこりと覗き込んできた。
 こんな時まで知識欲に正直なシェリーに苦笑して、一つページを捲る。
「中身も白紙……いや。んん……?」
 真面目――優しい――緑が好き。手袋は外さない。
 とりとめなく綴られている単語に、源は首を傾げる。
 興味を惹かれて更に二冊目。
 話を聞いてくれる――一緒に出かけて楽しかった――やっぱり、人が好い。
「これは……」
 手袋の事といい、内容といい。
 自分の事が書かれているのでは、と合点がいく。
 まるで観察日記だ。話によれば、ここには囚われた者の想いが書かれているはずなのに。
 肝心のシェリーの事が、さっぱりわからない。
 その足で三階層まで進もうとして、ふと歩みを止め我が身の行動を振り返る。
(……いや、やっぱり良くないよな。女の子の気持ちを、勝手に覗く様な真似は……)
 いや、だけど、知りたい。
 普段からおっとりぼんやりとしていて、何処かつかみどころのない、彼女の事を、正直言ってもうちょっと知りたい。
 ちょっとぐらいならいいんじゃないか? いやいや、でも……!
 己との押し問答を際限なく繰り返している源に、ついて歩く後ろのシェリーから「行かないんですか?」と不意に声が掛かった。
「行きたいけど……でも、勝手に覗いてしまうのは、やっぱりどうかなって」
「私なら構いませんよ。何が書いてあるのか、私も見てみたいです」
「そ、そっか。それなら……って、ええっ?!」
 淀みない答えが返って来た事に気付いて、バッ! と慌てて振り返る。
 そこにはすっかり瞳に色を取り戻し、にこりと微笑んだシェリーが居た。
「……アトリールさんは、いいの? もし自分の知られたくないものが出てきたら……」
 拍子抜けして、けれども先程の言葉に続きを問うたら、なんでもない事に様に、シェリーは淡々と告げてみせた。
「私の事は『変わり者』で止まってしまって、理解しようとしてくれる人は居ませんでした。だから、こういった形でも理解して貰えるのは嬉しいです」
 読んでくれて、ありがとうございます。
 告げて、ぺこりと頭を下げたシェリーに、源は気まずそうに頬を一つ掻いた。

「それにしても、柳楽の事ばかりでしたね」
 図書館を抜けた所で、今度は前を歩いていたシェリーが振り返り呟く。
「あまり、自分の事には興味がないのですよね……それよりも、他にもっと気になる事がたくさんあるんです」
 だから、みんなの私に対する評価や対応は、正しいのですよね、とも。
 ぼんやりしている様に見えて、その実知識欲には貪欲で、他者からは変わり者と評されるシェリーだからこそ、周りの思考や――源の事をもっと知りたい、と考えている。
 そういう部分だけでも、源は知ることが出来てよかった、と思った。
「充分、個性的な子だと思うよ。言葉にするのは難しいけど……だからこそ、アトリールさんの事、もっと知りたいって思ったんだ」
 あれだけ膨大に書棚があったなら、彼女に関する事柄だって、見つけられなかっただけできっと何処か隅っこのほうにでも埋もれているのだろう。
 自分に無頓着な彼女のことだから。
「見つけてくれますか? 私の事」
「時間が掛かってもいいのなら、いつかその内」
「……では、報告を楽しみにしていますね」
 源の約束を受けて、嬉しそうにシェリーはひとたび微笑んだ。

●未来へ紡ぐ記憶
 突然ぼんやりと虚空を見詰め始めた神人、ドミティラの様子を尻目に、精霊レオカディオ・クルスは目の前の本を一冊手に取る。
 管理人からは、放っておいても図書館を抜ければ元に戻ると聞いていた。
 どこかへ勝手に行くような素振りもないし、ひとまず問題はないだろう。
 一枚ページを捲れば、綴られた文字と共に映像が流れ込んできた――。
「レオカさーん? 居ますか……って、あれ?」
 場所はレオカディオの書斎だ。
 ひょこっと扉から顔を出して、ドミティラが室内を覗いている。
 精霊は机に突っ伏して寝息を立てていた。
「寝て、る……?」
 足音を忍ばせて、ドミティラはそうっと精霊の背後に近付く。
 よっぽど疲れているのか、全く彼女の気配に気付く事は無く。
(……よし、寝顔を拝ませてもらおうかしら)
 精霊が起きないのを良い事に、そろりと横からレオカディオの顔を覗き込んだ。
 長い睫毛、規則正しい寝息、安らかな寝顔――。
(普段もだけど……やっぱり、レオカさんって素敵よね……)
 改めて精霊の整った顔立ちを認識すると、ドキドキしてしまう。
 この状況で起きられてしまうと相当気まずいからなのか、それとも、彼の寝顔に胸が高鳴っているのかわからないけれど――多分、両方だ。
 しばらくじいっと見惚れて、金色の髪に触れようとして躊躇ったり。
 笑ったり、慌てたりと表情をころころさせていたものの、疲れているであろう精霊を気遣い、起こしてしまわない内に……と、ドミティラは部屋を後にした。

(全く……何をやっているんだ、こいつは)
 本を元に戻し、ひとつ溜息を吐く。
 寝顔を見られたのは不覚だった。確かにこの日は仕事で疲れ果てて、うっかり椅子に掛けたまま意識を飛ばしてしまった、と鮮明に覚えている。
 寝顔なんて見て、何が楽しいのだろうと思ったけれど。
(いや……こいつならやるな、確実に)
 そういえばあの日、目が覚めたあと足を運んだリビングでくつろいでいたドミティラが、なぜかその時だけ嬉しそうにしていたのをふと思い出した。
 どうかしたか? と聞いても、その時は答えてくれなかったのだけれども。
「……あんたが何気に嬉しそうだったのは、俺の寝顔をみたせいか?」
 問うてみるが返事は返ってこない。
 けれど、きっとその推測は当たっている。
(いつか、仕返ししてやろうか)
 そう思うと自然と口元に笑みが浮かんで、くつくつと喉を一つ鳴らすと、神人の額を指で軽く弾いた。
「いたっ」
 突然の理不尽なデコピンに、ドミティラはようやっと我に返る。
 涙目で額を押さえて精霊を見遣れば、彼はおかしそうに笑う。
「ああ、気が付いたか?」
「ひ、ひどいじゃない。もう……あれ?」
 私、こんなところに居たかしら、と。
 前後の記憶が曖昧らしく、きょろきょろと彼女はあたりを見回した。
 そうして視線を戻し、レオカディオの顔を見て、またきょとりと首を傾げる。
「……なんだかレオカさん、嬉しそう」
 不思議そうに呟くドミティラに、精霊はふと頬の緩みを自覚して。
「俺が嬉しそう……?」
 口元を引き締め、ふむ、と一つ考え込む仕草をする。
「何か面白い本でも読んだの?」
 自前の書斎を持つ精霊のことだから、何か気になるものがあったのではと、ドミティラは問いかける。
 その言葉にレオカディオは書棚を見返して。
「……そうだな、良いものが見れたからな」
「気になるわ。教えてくれないの?」
「ああ。気が向いたら、そのうち話してやる」
「そう? ふふ、それは楽しみね」
 仕返しの件はちゃっかり心に秘めて、無事意識を取り戻したドミティラと共に、レオカディオもまた図書館を後にしたのだった。

●赦す記憶
「毎度こんな風に、記憶を覗き見るような形になるのは不本意なのだが……」
 精霊、ツェラツェル・リヒトは、隣で立ち尽くす神人、シャルル・アンデルセンを見遣り、一言呟く。
 手に取った本は一通り目を通し、元の場所へ戻した。
 本へ綴られている言葉は、耐え難いものばかりだと言うのに。
(放っておいたら、この娘は何も言わないつもりなのだろう)
 傷付いて苦しんでも、言い訳も釈明も口にしない。
 ただ哀しげな瞳で見詰めるだけ。
 身に覚えのない責務に、その小さな体を焦がしながら。
「許されたいのか?」
 ツェラツェルは問いかける。
 哀しげな双眸を湛えた彼女は「いいえ」とはっきり応えた。
(私は確かに罪人で、それはたぶん、ツェラさんの思っているそれとは、違うのだけれど)
 日に日に明らかになっていく記憶が、誰かに――ツェラツェルに伝わっていく事が、シャルルは酷く切なかった。
「……そもそもお前に罪はない」
 淡々と、ツェラツェルは言う。
 罪には罰を、花には愛を。
(この娘はきっと、後者の愛でるべき花)
 この娘を断罪するというのは間違いだ、と思う。
 今はそう、思えるようになった。
 彼女の過去を覗き見たあの日から。
「でも、私の父は……」
 この精霊は、シャルルの父を憎んで居る。
 だから受け入れるつもりだった。元より失った記憶に罪があるのなら、と思っていたけれど。
 彼女の存在は父を追い詰めた。シャルルという存在に愛憎を抱いた――抱かせてしまった。
 その結果が、マントゥールへの傾倒だったのだ。
「私が居なければ、父は普通でいられたかもしれない。あなたに、要らぬ憎しみを抱かせず済んだのかもしれない……」
 自分の存在が父親を、おかしくしてしまった様なものだ。
 結果論でしかないとはいえ。教団であるが故に、ツェラツェルが父を憎むというのであれば。
「それでも私に、罪はないと言えますか?」
 今度はシャルルが、精霊を見上げ問いかけた。
 濃く輝く琥珀色に、抱えた感情は読み取れなかったけれども。
「親の犯した罪は、子には関係ない」
 一言彼は告げる。
 ましてや彼女は、その親から苦しめられていたのだ。
 首を絞めて殺そうとした。我が身の感情一つで、シャルルというかけがえない子供の人生を終わらせようとした。
 教団と繋がっているという理由だけで、彼女を罪人と呼び捨ててしまうには、あまりにも軽率で哀しい記憶。
 それを知ったシャルル自身も、きっとつらかったはずなのに。
「それでもお前が罪を償うというのなら……私はその意志を尊重しなくてはならない。シャルル・アンデルセン」
 お前は私のパートナーなのだから。
 抑揚なく告げた精霊の言葉に、シャルルは金色の眼を僅かに見開く。
「……ツェラさんにパートナーだって認めてもらえる日が、来るとは思いませんでした」
 切なげに揺れていた瞳が、ほんの少し安堵に和らぐ。
 花が咲く様に表情が綻んだ。
「私は私なりに、罪を償います」
 胸に秘めるのは、新たな決意。
 それは彼女だけでなく――精霊もまた同様に。

「――……ああ、皆さん。ご拝読をありがとうございました」
 初老の男性がモノクルを揺らし、最後の来訪者に向き直る。
「おかげさまで、私の大切な館はこの通り……。また、何かの機会に恵まれましたら。いつでもお休みにいらしてください」
 お待ちしております。
 告げて、頭を下げた男――管理人の後ろで。
 元の無垢な白壁を取り戻した図書館は、ただ静かにそこへ佇んでいた。



依頼結果:成功
MVP
名前:リヴィエラ
呼び名:リヴィエラ、リヴィー
  名前:ロジェ
呼び名:ロジェ、ロジェ様

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 05月24日
出発日 05月30日 00:00
予定納品日 06月09日

参加者

会議室


PAGE TOP