【浄化】あなたの笑顔が必要なんです(瀬田一稀 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 タブロス旧市街、西部。
 ここでデートをせよというのが、今回A.R.O.A.のお達しだ。
 首都タブロスと大差ない、賑やかな街並みには、それなりに人もいる。
 
 あなたは空を見上げた。
「どうしたの?」
 問いかけるパートナーに、なんでもない、と答える。
 そう、なんでもない。
 空は青くて、風は心地良い。
 周囲には、デートに相応しい店が並んでいて、私は大好きな人とそこに――。
「やっぱり、駄目!」
 あなたは隣の精霊の手を掴んだ。
「駄目よ、私達も戦わなくちゃ!」
 言えば彼は、困惑と悲しみが混じったような、それでいて驚いたような、そんな顔をした。
「……これが、俺たちに与えられた仕事なんだよ」
「でも、だって、そんなこと……」
 わかっている。
 瘴気を払うために楽しくデートをするのが、私達の役目。
 そんなことは承知している、けれど。
 俯いたあなたの方に、とんと大きな手が触れる。
 しかしそれは、精霊のものではなかった。
「お嬢さん、駄目だよ。あんた達が楽しい気持ちにならなくちゃ、危険はなくならないんだろう?」
「ほら、綺麗な服を用意したよ。これに着替えて、デートを楽しんでおいで」
 今回、この地区に店を出してくれた市民たちが、口々に声をかけてきたのだ。
「……ね、俺たちは、楽しまなくちゃいけない」
 パートナーが、あなたに手を差し出してくる。
 あなたはその手を――。

解説

あなたは精霊の手を、とりますか?
このまま一緒にデートをするのも、やっぱり納得いかないと走り去るのも、もちろんその他の選択もあなた次第です。
ただし、ここから戦いに参加しに行くことはできません。

このエピソードの成功条件は、最後に、神人であるあなたが笑っていること。
もともと笑顔を見せない設定の場合は、喜怒哀楽のうち、『喜』か『楽』の感情を持っていることです。

【場所について】

旧タブロスは、首都タブロスから訪れた方たちが作っているデートスポットです。
首都にあるようなお店は、大抵あるイメージですね。
デートをする方には、希望の衣装を貸し出してくれますので、自由にデートをしてください。
もちろん、服は借りなくても構いません。

また、この非常事態に恐縮ですが、市民の皆さんの協力に感謝するかたちで、デート代として300jrいただきます。


ゲームマスターより

こんにちは、瀬田です。
いつもならば楽しいだけのデートも、今回は重大な任務のひとつです。
ふたりはどのようにして、笑顔になることができるのでしょうか。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  彼の手を取るも 表情は晴れない
皆戦っているのに…
これも任務だと言い聞かせても そう簡単に切り替えはできず
町の人の優しい顔になんとか笑顔を返すも浮かない顔
いつもなら頬が熱くなる彼の手も意味がなく
繋いだ手に力を

ベンチに座って大きく息を吐く
ねぇシリウス 「良かった探し」をしましょう
どんな苦しい時でも良いことを見つけると前向きになれるんですって
例えば…ええと
天気が良い
空がきれい
可愛い花がたくさん
後はー 
シリウスも見つけてちょうだい
言葉につまり 彼を見上げる
彼の言葉に目をまん丸に
真っ赤になるも 言われた言葉をかみしめ心からの笑顔
ありがとう
皆がいる
シリウスがここにいてくれる
それなら わたしもがんばれるわ
ぎゅっと抱きつく


七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
  ギター、お料理、お歌……。
自分がより楽しくなれるなら、と考えた結果、故郷で踊っていたサルサを選ぶ。
市民の人達にどんなデザインでも構いませんから、ダンス衣装を借りる。
踊りの練習ができる広場や場所を尋ねたら、そこへ行って練習。

「uno、dos、tres」
過去に教えられた記憶を辿りながら、ステップを踏む。
時々は、脱線したり笑ったり。
翡翠さんの所って、そう数えるんですね。
ある程度、練習したら、試しに翡翠さんと踊ってみます。
(ダンススキル使用)

踊った後、翡翠さんにお礼を言い、微笑む。
「あの時の言葉……忘れませんからね」

3年前の夏の終わり、バイクに乗っていた貴方が
いつでも笑って欲しい、と言ったあの言葉を。


リヴィエラ(ロジェ)
  ※アドリブ大いに歓迎致します

リヴィエラ:

街が危険なこのような時に、私達だけ楽しい気持ちになっても
良いのでしょうか? 他の皆さんは、一生懸命戦っているのに…

(ロジェに強引に手を取られ、されるがままに)

(カフェにてロジェに聞かれ)
ええと…では私もパフェをお願いします。

…! ロジェ、今…笑いました? 笑いましたよね?
良かった…! 最近のロジェは、私と目を合わせるのを
避けているようでしたから…
私、嫌われてしまったわけではなかったのですね。良かった…
(安堵し、心から笑う)

(頭を撫でられ)
はわっ!? ろ、ロジェ、他のお客様が見てらっしゃいます…
うふふ、でも何だか嬉しいです(真っ赤になりつつ、微笑む)


和泉 羽海(セララ)
  服:フェミニン系フリルワンピ

あたしは…戦いに向かない、から……
こんなことでしか…役に立てないけど…でも…
できることから…そう、だね、うん…うん!?

流されるままに着てしまったけど…変、じゃないか、な…
…この人の意見って、全く参考にならない…
精霊に促されるも動けず)
『歩けない』…そうじゃなくて…
『ヒール高くて、こけそう』

わ、笑わないでよ…!
こんな服、初めてだし…仕方ない、でしょ…!
か、かわっ……はぁ(溜息
…この人、本当に頭大丈夫かな…
でもおかげで…深く考えるの…馬鹿らしくなってきちゃった…
精霊の手を取る)
できることから…か

振り返って、お店の人に
『ありがとう』(微笑
…楽しんで、きます…あと、うるさい


ライリア・イリュシオン(エンデュミオン・オレスティス)
  戦うためのウィンクルムであるはずなのにと、どこか焦りを感じる
役に立たなきゃここにいる意味がない、存在意義がない
そんな漠然とした不安
精霊の袖をぐいっと引いて、見上げる
いいんでしょうか、私たち、何もしなくて…

別の意味?
おうむ返し
意味が分からず首をかしげ

しゃがむ精霊
目の前の水色の瞳を覗き込む
その言葉に耳を傾けていると、だんだんそんな気もしてくる

笑顔で、安心させてあげるのも、仕事…
自分の心に話しかけるように、ぽつんと呟いて
笑顔を振り撒こうという言葉にこくんと頷き

頬をさすり
笑顔…

突然精霊の右肩に担ぎあげられ、その肩に座るように納まり
びっくり、でも精霊の優しさからの行動だと漠然と感じる
笑顔、がんばります


●笑顔も仕事(だから、笑え)

 楽しめと言われても。
 ライリア・イリュシオンは俯いたまま、エンデュミオン・オレスティスの手をとることができない。
 だって自分たちは、戦うためのウィンクルムであるはずなのだ。
 それを、戦いはいいから楽しめ、と言われても。
 じっと見つめる先にあるエンデュミオンの手のひらは、分厚くて、力強く見える。
 きっと彼は、何でもできるのだろう。
 ――私なんかより、ずっと。
 役に立たなきゃここにいる意味がない。存在意義がない。
 ただ、漠然とした不安は掴みどころがなく、どうしていいのかわからない。
 ライリアは、手を握るかわりに、エンデュミオンの袖を引く。
「いいんでしょうか、私たち、何もしなくて……」
 その不安に揺れる声、戸惑う瞳を前にして、エンデュミオンは猫背をさらに丸くした。
「嬢ちゃんの言うことはわかるし、焦る気持ちもよーくわかる」
 彼女の顔を見て、うんうんと頷く。
 言い聞かせるのは肯定が基本。その後は、「だがな」と、続けた。
「嬢ちゃんも知っているように、瘴気を浄化するのもちゃんとした仕事だろ? 戦う奴らがいる傍らで、浄化を目指す俺たちがいる。それでいいんじゃねえか?」
 ぱちり。ライリアの目が瞬く。
「そういうもの、でしょうか」
 年齢の割に幼い、あどけない表情。
 純粋な彼女を安心させたくて、エンデュミオンは「ああ」と、わかりやすく短く返した。
「それに俺は、別の意味もあると思ってるんだ」
「別の意味?」
 話すときは、目線を合わせて。
 答える前にその場にしゃがみ込み、首を傾げたライリアを、正面から見つめる。
「戦いに明け暮れる俺たちウィンクルムが、笑顔を絶やさないことは、対外的に安全を示す宣伝とか、大丈夫だっていうサインになるだろ? なおかつこれは、何があっても守るんだっていう宣言でもあるんだ。ウィンクルムが俯いて暗い顔をしていたら、他の皆はそれ以上に不安で、堪らなくなる」
 ライリアは、エンデュミオンの言葉に耳を傾けていた。
 自分のように不安に揺れることがない水色の湖面と、力強い声が、不思議と彼女の心を落ち着かせる。
「笑顔で、安心させてあげるのも、仕事……」
「そうだ。それに……心配しなくとも、戦わなけりゃならない時は必ず来る。それまで、出来る限り笑顔を振りまこうや、な?」
 日に焼けた肌。白い歯を見せて笑う彼に、ライリアは、細い顎を下げて、こくんと頷く。
 そのこけた頬を、エンデュミオンは指先でつついた。
「ほら、笑顔だって言ったろ?」
「笑顔……」
 言いながら、ライリアは、突かれた箇所を手でさする。
 何を見て、どうやって笑うのだったか。
 エンディさんのように笑うには、どうしたらいいんでしょう、と考えた矢先。
 彼女の身体は、宙に浮いた。
 エンデュミオンが、ひょいと抱え上げたからだ。
「えっ……あのっ」
 急に高くなった視界と、彼の右肩という、お世辞にも安定しているとは言えない場所に座らされることに驚くも、これが彼の優しさからの行動だということは、わかる。
 だって自分を見上げるエンデュミオンは、実に楽しそうに笑っていたのだから。
「さあ、このまま行くか」
 ――だから、嬢ちゃんはそこで笑ってな。
 そう言われたようで、ライリアはかすかに、本当に少しだけ。ゆっくりと口角を上げた。
 どうやって笑ったらいいかなんて、考える必要はなかったのだ。
 だって、自分を包む空も、見上げるエンデュミオンの瞳も、こんなに青くて美しい。
「笑顔、がんばります」
 目線より下となっている、輝く金髪に向けて言う。
 すると聞こえたのは、よし! という声。
「嬢ちゃん、その意気だ。なんでも一歩ずつな」
 エンデュミオンは、そう言って、ゆっくりと歩き始めた。

●それが笑顔というだけで(信じたいし、守りたい)

 翡翠・フェイツィが差し出した手に、七草・シエテ・イルゴは顔を曇らせた。
 しかし、彼女だって、いつまでも落ち込んではいられないとわかっている。
 ギター、お料理、お歌……。
 自分がより楽しくなれるものは、そして翡翠と楽しめるものはなんだろう。
 そう考え、思いついたとき、シエテは翡翠の手をとった。
「翡翠さん、サルサを踊りませんか」

 どんなデザインでも構わないからと言えば、女性が赤いドレスを貸してくれた。ホルターネック、スカートはひざ丈だ。別の人は、踊りに適した広場を教えてくれる。
「本当に広いだけだけど、音楽さえあれば何とかなるよ」
 それを聞いた翡翠は、シエテが着替えている間に、ラジカセを貸してくれるという人のところへ行ってきた。
 サルサなどやったことはない。だが、シエテがこれがいいと言うのなら、今はこれがいいに決まっているのだ。

 最初は音を流さずに、練習を。
「背筋を伸ばして、……肩の力は抜いてくださいね。少し肘を開けて、手は心持ち上げて」
 姿勢を決めて、過去に教えられた記憶をたどりながら、シエテはステップを踏む。
「まずは左から――」
 翡翠は言われるまま、彼女に倣った。
 しかし。
「uno、dos、tres」
「イー、アー、サン」
 並んで同じリズムをとっているはずなのに、掛け声はバラバラだ。
 シエテが目を瞬いて、翡翠を見上げる。
「翡翠さんの所って、そう数えるんですね」
「公用語なだけで実際は色々。皆同じとは限らない」
 そう、皆同じとは限らない。
 でもこうやって、合わせることができる。
「uno、dos、tres」
「イー、アー、サン」
 合わぬ声を出して、ふたりは同じステップを踏んだ。
「翡翠さん、いつの間にか足が逆になっていますよ」
「それはシエが逆になっているからだな」
「あっ……こんなドレスを着て、翡翠さんと踊っているからでしょうか」
 なんだかとても、楽しくなってきて、とシエテは言った。
「俺も、衣装を借りた方が良かった?」
 ただなんとなく聞いただけ。それなのに、シエテはぶんぶんと首を振った。
「そんなことしたら、ますます緊張しちゃいます」
 くすくすと、シエテが笑う。

「そろそろ、ふたりで踊ってみようか」
 そう言いだしたのは、指南役のシエテではなく、翡翠の方だった。
 練習の間に乱れた髪を肩にかけ、シエテは翡翠に向き直る。
「では、ペアのときは、こうやって向かいあって、手をとって――」
 あとは、さっきのステップ通りに動けばいい。
「vamos a bailar! ――だっけ?」
 突然大きな声を上げた翡翠に、シエテは目を見開いた。
 よくわかんないや、と苦笑する彼に、思わず吹きだしてしまう。
 しかし、いざ踊り出せば真剣だ。
 翡翠が一歩、足を出し、シエテが一歩、足を引く。
 次はその逆、さらには繋いだ手も上下して。
 初めてにしては滑らかなリードで、翡翠は足を動かしている。
 彼に導かれ、シエテも久々のサルサを楽しんだ。
 時々動きが止まってしまったり、足が絡んで転んでしまいそうになることもあったけれど、それはそれで、面白い。
 いや、翡翠と一緒であることが、だろうか。

 流れていた音楽が止まると、翡翠はシエテの顔を覗きこんだ。
「楽しかった?」
「はい、ありがとうございます。翡翠さん」
 シエテが淡く微笑む。
 そして続けるのは。
「あの時の言葉……忘れませんからね」
 それは、三年前の夏の終わり。
 バイクに乗っていた翡翠が、いつでも笑って欲しい、と言ったこと。

 ――俺ね、信じているんだ。偽りの笑顔であっても。
 とは、翡翠は言わない。
 本当に、今でも。シエテには、いつでも笑っていて欲しい。
 どんなに辛い事があっても笑っていれば、良い事もあるから。
 だからこそ、翡翠は再び、シエテに手を差し出す。
「もう一回、踊ろうか?」
 それで、また笑ってくれるなら。

●その笑顔、価値ありすぎだから! (だからもっといっぱい笑って)

 セララは、和泉 羽海に手を差し出した。
「ウィンクルムってオーガ退治のイメージが強いけどさ、それが全てってわけじゃないし、オレ達はオレ達のできる事からやっていこう」
 いつもよりもずっと落ち着いた真顔で言われて、羽海は思わず、その手をとった。
 あたしは……戦いに向かない、から……。
 こんなことでしか……役に立てないけど……でも……。
 できることから……そう、だね、うん……。
 小さな手のひらで、ぎゅっとセララの手を握る。セララはそんな彼女を見下ろし――。
「ってことで! せっかくのご厚意だし、貸衣装でオシャレしよう! ね!」
 うん!?
 耳を疑い、焦ったときにはもう遅い。
 羽海にはセララが選んだという洋服一式が渡された。

 白をベースに小さな紫の花が散るワンピースは、膝上10センチ、裾にふわふわのフリルがついている。
 羽海は着替えたときに、それを着た自身を鏡で見たのだが、正直違和感がすごすぎて、似合っているとかいないとか以前の問題だった。
 しかしセララは言うのだ。
「羽海ちゃん、いつも可愛いけど、やっぱり着飾ると魅力倍増だよね! この子連れてデートとか……オレって世界一の幸せ者かも!」
 別にあたしがこんな服着なくても、いつも幸せなんじゃない。
 羽海は、はっと小さく息を吐いた。この人の意見って、全く参考にならない……。
「じゃ、行こうか」
 慣れない衣装に身を包み、立ち尽くしている羽海をセララが促す。
「いろいろお店あるみたいだし、とりあえず歩いて……って、どうしたの?? 具合でも悪い?」
 一向に動く様子のない羽海の顔を、セララは腰を曲げて覗きこんだ。
 違う、という意味を込めて、羽海はふるふると首を振る。
 歩けない。……そうじゃなくて……『ヒール高くて、こけそう』
 ぽそりと唇を動かせば、セララが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 羽海は、相手には届かないとわかっていながらも、口を開く。
 わ、笑わないでよ……! こんな服、初めてだし……仕方ない、でしょ……!
 自分が選んだ衣装のくせに、そんな思いをたっぷり込めて、もういっそ着替えに行こうかと思ったときに、ぱっと上がったセララの顔は、赤。
「もう! 何でそんなに可愛いの!!!?」
 セララは勢いよく立ち上がり、思い切り頭を下げた。
「高いヒール選んでごめん! でもオレ、グッジョブ!!」
 か、かわっ……! 開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。
 羽海は喜び満ち溢れるセララの様子に一瞬呆れ、ため息をついて、その顔をじいっと見やる。
 ……この人、本当に頭大丈夫かな……。頭っていうか、感覚?
 でもそう思いながらも、彼のお蔭で、いろいろ考えるのが馬鹿らしく、気持ちが浮上してきたのは事実。
「一人で歩けないなら、オレが支えるよ」
 セララは紳士然とした笑みとともに、羽海に手を差し出してくる。
「お手をどうぞ、お嬢様」
 できることから……か。
 このちょっと残念で賑やかで、でも前向きなセララとならば。
 羽海はその手に、自らの手を重ねた。
 そして、忘れてはいけないと振り返り、お店の人に、『ありがとう』の微笑みを。
 ……楽しんで、きます。
 隣でセララは大慌て。
「羽海ちゃんが笑った……!? ちょ、写メ撮るからもう一回! ね、後生だから!!!」
 ばたばたと携帯を取り出すセララに、羽海は胸の内で告げる。うるさい、と。
 でも、これがこの人だということは、とっくに知っているのだけれど。

●何より美しいのは、お前の……(笑顔だなんて、言えやしない)

 シリウスが伸ばした手をとるも、リチェルカーレの気持ちは晴れることがない。
 どうしたって、思ってしまうのだ。
 だって皆、戦っているのに、と。
 たしかに、こうやってデートをして、瘴気を晴らすのも自分たちの任務ではある。
 でもそう言い聞かせたところで、簡単に切り替えができるものでもない。

 ふたり、並んで通りを歩く。
 手は繋いだまま、というのが、人の目を引いたのだろう。
「おや、お嬢さん。かっこいい彼だね」
 近場の店から、声が聞こえた。
 ここにいる人たちは、危険を承知で、この地区に店を出してくれている。
 わかっているから、リチェルカーレは笑顔を向けた。
 だが他人の目には、これがデートに見えていたとしても、リチェルカーレにとっては違うのだ。
 いつもならば、少し触れるだけでも、頬が熱くなるシリウスの手。その体温を感じても、今は自分に、なんの変化もないのだから。
 それでもリチェルカーレは、彼と繋ぐ手に力を込める。
 その縋るような手を、シリウスは同じ強さで握り返しながら、彼女にわからぬように嘆息した。
 明るい気持ちになれないのは、彼女の優しさや責任感を思えば無理もない。
 気の利いたことが言えればいいとは思う。だがそれは、シリウスが苦手とすることでもあった。
 だから、ただ手を握り、黙ったまま、街を歩いている。

 ふたりは公園のベンチに、並んで腰を下ろした。
 リチェルカーレが大きく息を吐く横で、シリウスは空を仰いだ。
 人目のないこの場所に来て初めて、やっと落ち着いた気がする。
 笑顔を意識しなくてもいい。ウィンクルムだからと、考えなくてもいい。
 リチェはどう思っているのだろうと気にしたところで、名を呼ばれた。
「ねえシリウス。『良かった探し』をしましょう」
 良かった探し?
 どんな遊びだとゆるりと目を向ければ、彼女は思いのほか真剣な表情をしていた。
 まじまじと見つめる先、リチェルカーレの唇がゆっくり動く。
「どんな苦しい時でも、良いことを見つけると、前向きになれるんですって」
「……例えば?」
 彼女は「ええと」と少しの間考えて、おそらくは思いつくままに、言葉を紡いだ。
 天気が良い。
 空がきれい。
 可愛い花がたくさん。
 言いながら、頭上で輝く太陽に目を細め、澄んだ空を眺めて、足元の小さな花に想いを向ける。
 挙げられる項目は子供の作文のようで、だからこそ、嘘がないと感じた。
 後は――と考える風の彼女が、シリウスを見る。
「シリウスも見つけてちょうだい」
「俺も、か」
 シリウスは目を瞬いた。
 今の状況は、けして楽観視できるものではない。もともとリチェルカーレほど、周りを優しく見る性格でもないのに――。
 周囲にあるのは、ありきたりの風景ばかり。特別良いことなんて、と思ったときに、ふと、隣にある、木漏れ日に揺れる青い瞳に気が付いた。
「……お前が、ここにいる」
 何を言うかと熟考するより早く、呟く。
 その言葉に、リチェルカーレは思わず息を止めた。
 頬が、じわじわと染まっていく。羞恥ではなく感動に震える唇で、ありがとう、と呟いた。
「皆がいる。シリウスがここにいてくれる。それなら、わたしもがんばれるわ」
 先ほど彼女が見やった太陽よりも、空よりも、花よりも、美しい笑顔に、シリウスもまた微笑んで――。
 腕を伸ばし、抱き付いてくる彼女の、細い肩を抱きとめた。

●笑顔だけを見ていてほしい(裏にあるものに気付かずに)

 リヴィエラは、差し出されたロジェの手を一瞥したものの、すぐに顔を背けてしまった。
「街が危険なこのような時に、私達だけ楽しい気持ちになっても良いのでしょうか? 他の皆さんは、一生懸命戦っているのに……」
 そう言う彼女の気持ちは、ロジェもわからないわけではない。
 なにせ今まで、それなりに長い時間を、肩を並べて過ごしてきたのだ。
 しかしだからこそ、ここで彼女の気持ちを肯定してはいけないと思う。
 さらに言えば、心優しいリヴィエラの手を握り、引き上げるのは自分でありたい。
 ロジェは強引に彼女の手をとると、大股で歩き始めた。
 え、あの、と戸惑う声が聞こえるが、それはあえて無視をする。
 そして目的の洋服店で、彼女に服をおしつけた。
「ほら、四の五の言わずにこのワンピースに着替える!」
「え、あの、でも」
「四の五の言わずにと俺は言ったぞ。ほら、早く行け、リヴィー」
 とんと背を押せば、リヴィエラは店員に導かれ、素直に店の奥に向かう。
 さて、この後はどこへ出掛けようか。

 繋いだ手を引っ張られるようにして、リヴィエラが向かったのは、近くにあるカフェだった。
 ロジェが、リヴィエラの意見を聞かずにさっさと席を見つけて腰を下ろすので、リヴィエラもまた、それに従う。
「すみません、パフェを一つと……君はどうする、リヴィー?」
「ええと……では私もパフェをお願いします」
 店員に注文をした後は――沈黙。
 どうしてロジェは、何も言わないのでしょう。
 やっぱり、私と目を合わすのを避けていると思ったのは、気のせいではないのでしょうか。
 リヴィエラは、テーブルの下でぎゅっと拳を握る。
 ウィンクルムとして戦うこともできず、ロジェのパートナーとしてもうまくいかないというならば、自分に価値はあるのだろうか。
 そう、思ったところで。
 ロジェが、口を開いた。
「リヴィエラ、君の気持ちはわかる。でも、『一生懸命楽しむ』事も、今の俺たちにできる戦い方なんじゃないか?」
 リヴィエラははっと顔を上げた。
 ロジェと目が合い、返事をしなくてはと思うのに、とっさに言葉が出てこなかった。
 それでも、「あの」と唇を動かす。だがそれは、店員の声と重なった。

 お待たせしました、と置かれたパフェに、ふたりで見入る。
 アイスの上にふわふわの生クリームとチョコレートがかかったそれは、いかにも甘そうで、ロジェはさっそく、スプーンを手にしていた。
 最初の一口は、当然のようにクリームとチョコ。
 おそらくは、暗くなっているリヴィエラの気持ちを引き上げるために、あえて注意をそらしたのだろう、と思いきや。
「……このパフェ、美味いな」
 ふわり、彼が微笑む。
 その笑顔が、あまりにも自然で、優しくて……安心、できて。
「ロジェ、今……笑いました? 笑いましたよね?」
 リヴィエラは思わず、身を乗り出した。
「……!? そ、そうか? 笑っていたか……?」
「私、嫌われてしまったわけではなかったのですね。良かった……」
 抱えていた不安のすべてが、いっきに消えていくよう。
 リヴィエラは、気づけば満面の笑みを浮かべていた。
 そんな彼女の頭に、ぽん、とロジェの手が載せられる。
「バカ、君の事を嫌うわけがないだろう」
「はわっ!? ろ、ロジェ、他のお客様が見てらっしゃいます……」
 言いながらも、本当は嬉しくて仕方がないだけれど。
 真っ赤になったリヴィエラを、苦笑混じりに見つめながら、ロジェは彼女の髪を幾度となく撫ぜる。
 ――あの事がバレないなら、いくらでも笑うさ。
 それが、彼女のためにもなると信じて。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月17日
出発日 05月24日 00:00
予定納品日 06月03日

参加者

会議室


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