【交戦】幻影との戦い(梅都鈴里 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

「あ……ああっ……!?」
 東部の一端で、オーガの襲撃に逃げ惑う市民の一人が、突如現れた『それ』に目を疑う。
「お、おふくろ……?」
 また一人足を止める。早く逃げないと! と言う周囲の忠告も耳に入っていない。
 彼らの目には、アンコウの様な頭をしたオーガの前に立つ『まぼろし』たちが映っている。
 ある者には亡くした恩人。
 ある者には過去影響を受けた懐かしい人。
 いずれも、今こんな場所に居るはずの無い存在だ。
「や、やめてくれよ! そんな危ないもの持って……っ!? うわあああ!」
 目の前に居るそれらに共通する事は、武器を手に持ち、彼らに襲い掛かってくる存在である、という事だけだった。
「敵情報、スケールD。ヤグルロムを確認! 至急、ウィンクルムに救助を求める!」
 駆けつけたA.R.O.A.職員が、オーガの見せる幻影に惑わされないよう注意しつつ、インカムを使い本部を通じて仲間の援助を至急要請した。
「とりあえず、目の前の奴らだけでも――」
「何をするの!? 待って! あの人は死んだ婚約相手なのよ!」
 職員と同伴していたウィンクルムがヤグルロムに武器を向ければ、その手前に幻影が見えているらしい市民の女性が立ちはだかる。
 ヤグルロム本体は術中、背景に紛れて、掛かっている本人にはほぼ見えなくなってしまうのだ。
「あれはオーガの見せる幻影です! 死んだ人が、今こんな場所に居る訳が――」
「それでも! 目の前に居る事には代わりはないの! お願いだから武器をしまって!」
「そうですよ。それにひとたび攻撃を受ければ幻影は自爆し、近くに居るものもダメージを受ける」
 もみ合う職員と女性にのそりと現れた青年が告げる。
 大事そうに抱いている水晶玉を目にし、瞬時に職員の男はその存在に見当を付けた。
「邪眼のオーブ……お前、まさかマントゥール教団の……!」
「……くくっ。ウィンクルムに果たしてこいつらが倒せるかな?」

解説

▼敵情報

・ヤグルロム1体×参加人数(1組につき2体)
アンコウの様な頭部を持つオーガ。
頭部にある触手状の突起についた光体が催眠効果を持ち幻覚を見せる。
術中の本体は背景に紛れてほぼ見えなくなる。幻影が攻撃を受けると自爆しダメージを与えてくる。
尚、瘴気の影響でデータ上の情報よりも多少強化されており、本来幻覚は実物と同等の能力だが、若干強くなっている。
※ヤグルロム本体を倒せば見せている幻影は消せます。
ただ、人数分×1体出てくるので、どの個体が誰に幻影を見せているかは判別が付きづらいかもしれません。

・マントゥール教団の青年
どさくさに紛れて出てきただけなので直接何かをしては来ませんが、場合により挑発したり嘲笑したり。
幻影を破壊させない方向に話しかけてきます。
邪眼のオーブでヤグルロムを操っているので、ヤグルロムを全て退けられなくとも、青年を捕獲しオーブだけは必ず破壊してください。

▼プランにいるもの
・戦闘描写や動き方
・幻影の内容と、術にかかる方はどちらか、或いは両方か。
幻影の種類は死者でも生きている人でもなんでも構いません。
複数でも対応可能ですが、オーガの性質上同時に放てる幻影は、1体のヤグルロムにつき3体程度が上限の様です。
術にかかっている本人以外に幻影は見えません。
オーガに出会うまでは参加人数全員で挑みますが、シナリオの性質上ほぼ個別描写になると思います。

ゲームマスターより

お世話になります、梅都です。
いわゆる心理フェイズです。なんかこう、過去の消化とか思い出話とか、どうにか便利に使ってやってください。参加人数も少ないのですが、お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  到着時トランス
接敵まで残った市民の避難誘導(メンタルヘルス使用
たとえ恨まれても皆さんを守るのが俺の務めなんです

幻影見る側
武器を持つ孤児院の子供に困惑
爆発させないよう距離を測りながら回避に専念

この子たちがこんな場所に居るはずがない、幻影だ
呪符を使えば此処からでも攻撃出来る
幻影は倒さないと、でも…(震える手に気付く
『あの一人』に俺や大切な人がなる日が来るかも知れない
それでも戦うって覚悟を決めたはずなのに、俺は…!

ラセルタさんに頼ってばかりじゃ駄目だって、思ってたんだ
…もう貴方に隠し事はしないよ

幻影消えた後、精霊と共にオーガ討伐を主軸に動く
動きが活発な個体から優先的に攻撃
MP切れ前にディスペンサ行う


胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
  到着前にトランス

(家族…生き残る…。まさか、その指輪は)
(怖い…!けれど罪のない人々を
まして身近な相手を傷つけられて
黙って震えていられるか!)

剣の閃光効果で敵を怯ませ
その隙に無理にでも精霊を幻から離す
頬を張り、目と目を合わせ説得

ジェフリー・ブラックモア!俺を見ろ!
今ここにある間違いは人の心を弄ぶあの連中だけだ
あんたと俺の手で過ちを正すんだ!

スキルで精霊強化
後方で本体の動きを警告
合図で閃光発動

幻破壊後も敵を注視
精霊が防御不能な攻撃を剣と閃光で払う

戦後:
教団員捕縛に助力、連行前に一発殴る
被害者の方々と…彼の、痛みが。億分の一でも伝わればいい

って、ゆび痛ァ!?しょーげきが手首までぇ…!(ぷるぷる)


ヴァレリアーノ・アレンスキー(イサーク)
  ロープ持参
救う側
すぐトランス

幻に攻撃は自殺行為なのでオーガ狙い
術にかかったイーサを見て、コンフェイト・ドライブを自身にかけさせる
イーサから出た自分の母の名に驚く

イーサに阻まれオーガを狙いづらいが幻を攻撃しないよう極力注意
大鎌で敵の頭の触手、胴を斬る
イーサが邪魔をしたら仕方なくイーサの膝を蹴る
もし先に青年からオーブを奪取できれば奪う
少しでもオーブの謎解明したいので破壊は一番最後
青年は逃げないようロープで捕獲
誰にオーブを貰ったか、ボスは誰か話を聞く

台詞
確かにお前は俺と同じ教会にいた、今と全く違うな
мать達はもう、いない
俺を庇って目の前で殺されたッ…それは偽者だ!
…何を隠している

オーラの状態お任せ



「離して! やめてよ、あの人を殺さないで!」
「頼むよ行かせてくれ! きっとおかしくなっちまってるだけなんだ……!」
 幻影に惑わされ、実際にはそこに存在しない大切な相手に手を伸ばし続ける市民を、警官らと共に安全な場所へと誘導するのは神人、羽瀬川 千代だ。
「離れて下さい! 今はどうか、どうか抑えて……っあれは、幻です」
「貴方に何が分かるの!? 私にしかあの人の事は分からないわ、だから行かせて!」
「……例え恨まれても」
 皆さんを守るのが、俺の役目なんです。
 告げて、警官に引き渡し泣き喚く女性を見送りながら千代は唇を噛む。
 技能として併せ持つメンタルヘルスが功を奏し、彼のおかげで残った市民らは一人として負傷する事無く、戦闘区画から救出する事に成功した。
「なんだ、もう皆居なくなっちゃったのか。つまらないな」
 踵をゴツリと打ち鳴らし、青年が姿を現す。
「あなたがこんな、酷い事を……!」
 睨みあげるのは神人、胡白眼だ。
 距離を置き並び立つ、同じく神人であるヴァレリアーノ・アレンスキーも、冷静に場を判断しつつ冷ややかな視線を敵へと向けた。
 トランスは皆到着時に済ませている。ヤグルロムの数は三体ほど。 それ自体はさほど強い相手ではない。
 近付き過ぎなければ惑わされる事は無いが、ヤグルロムを倒さねば混乱を沈められない以上、幻影の存在だけが厄介だった。
「これ以上、市民の人々は傷つけさせない。俺たちが相手です」
 果敢に言い放った千代を青年は忌々しげに一つ睨んで、しかしすぐに笑みを浮かべる。
「やるじゃないか、優顔のお兄さん。けれど……君みたいな優しい人が、こういうのには一番弱いと思うんだよねえ」
 オーブが一つ輝くと、連動する様にヤグルロムの触覚がぱあっと強く光る。
 皆眩しさに目を覆うが、術の範囲内であるならそんな物は到底防御にならない。
 一行が次に目を開いた時――、一部のウィンクルムには、ヤグルロムを目視する事は難しくなっていた。
 代わりに、目の前に現れたそれぞれの『敵』。


「あなた」
「パパ」
 迎えに来たよ。
 白眼の精霊であるジェフリー・ブラックモアは、ありえない光景に我が目を疑っていた。
 彼の目の前に突如現れた女と子供。
 赤毛に、雀斑青の釣目が瓜二つの母子。
「マリア……エラ……」
 呆然と呟かれた二つの名前。
 今はここに――この世に存在しているはずの無い、ジェフリーの亡き妻と子供だった。
「待っててくれ……今、行くからな」
 ふらりと一歩踏み出す。オーガの事など、最早彼の頭にはなかった。
 今この手で掴むべき物は……大切な物は、こんなにすぐ傍にあるのだから。
「――ジェフリーさん!? 危険です、離れて!」
 精霊の様子がおかしい事に気付いた白眼は、慌てて彼の腕を掴み引き止める。
 しかしその声にジェフリーは振り返らない。
 ただ瞳を見開いて、今まで目にした事の無い様な表情をして。
 虚を見詰めている――否、白眼には何もみえていなくても、ジェフリーには見えているのだ。
「ジェフリーさん! お願いですから、こちらを……!」
「……やめろっ!!」
 存外強い力で、白眼が肩に掛けようとした手を強く振り払われる。
 それでも行かせる訳にはいかない。
 青年の言葉や情報が本当ならば、幻影に攻撃された者も傷を負うのだ。
 実際、ジェフリーが見ていた幻影の母子も、その小さな手に見合った細身の果物ナイフが握り締められていた。
「離せよ、行かせてくれ! たった二人の家族なんだ!!」
「家族……まさか、その指輪の……!?」
「……俺一人生き残るなんて、間違ってる! 俺なんかが……!」
 刹那、はっと気付かされる。
 余りにも悲痛なジェフリーの表情に。
 彼が見ている幻影の正体が、別れたと聞かされていた家族であるという事に。
 同時に『生き残るなんて』という言葉から導き出される結論に。
 けれども、それなら尚更。
「これで――目くらましにはっ!」
 意を決してヤグルロムの術範囲へ思い切って飛び込み、手に持つ短剣『クリアライト』を触覚の光へと反射させれば、刹那オーガと幻は怯む。
 異形のオーガと戦うのは恐ろしい。怖い、という気持ちはどうしたって抑えきれない。
 けれど――大切な亡き人の存在で心を弄ぶ敵に、身近な人間を傷つけられて黙って震えてなどいられなかった。
 その怒りが、白眼を突き動かしていた。
 ――パシン!!
 敵が怯んだ隙に、ジェフリーの頬を鋭く張る。
 触覚の輝きが一時的にでも淀んだ為に、ジェフリーに見えていた幻の二人は、ノイズが走ったかの様にざあざあと歪んだ。
 代わりに目の前に現れたのは、自分の頬を張った神人の真剣な表情。
「ジェフリー・ブラックモア! 俺を見ろ!」
「……っ!」
「今ここにある間違いは、人の心を弄ぶあの連中だけだ。俺と、あんたの手で! 過ちを正すんだ!」
 叫ぶ様に呼びかける。ぽかんと目を見開いた相方の目を、今こそ覚まさせる為に。
 普段は温和なばかりの神人が放った渾身の怒号に、今度こそジェフリーは我に返った。

「嫌……イヤダ、止めてよぉ!」
 両手で頭を掻き毟って、精霊イサークは幻影から逃げる様に後ずさる。
 何もない所で躓いてしりもちを付く形で転び、その様子を確認したヴァレリアーノは一つ舌打ちをして駆け寄った。
「落ち着けイーサ! 一体何を見て……」
「て、テノーリャ? なんでボクを殺そうとするの、ナンデナンデナンデ……!」
「……!?」
『テノーラ』それは紛れもなくヴァレリアーノの母の名だった。
 その名前が、今この場所で、イサークの口から出た事にヴァレリアーノは驚いていた。
「ほらほら、早くその幻影を倒さないと。心が壊れてしまいそうじゃあないか」
 青年が、怯える精霊を指差しあざける様に笑う。
 もっとも君には見えていないから、何も出来ないだろうけれど。
 挑発の言葉に、けれどヴァレリアーノは至って冷静に告げる。
「……イーサ、俺の頭を撫でろ」
「エッ?」
 唐突に場違いな発言を聞いた気がして、幻影に気を取られていたイサークは一瞬我に返る。
「ぼ、坊ちゃん? こんな時に、いいこいいこしてほしいんで……」
「違うッ! コンフェイト・ドライブ、だっ!!」
「ひ、ひゃいぃッ!」
 戦闘中に行うにはちょっとばかり間の抜ける動作だが、今回ばかりは精霊を落ち着かせるのに一役買ってくれた。
 とはいえ普段、別精霊に対し子供扱いされるのを嫌うヴァレリアーノには、僅かばかり恥辱を伴う言葉でもあり、つい怒鳴り散らしてしまったのだが。
 イサークの手が銀髪に触れ柔らかく撫ぜると、風と闇色の綯い交ぜになったオーラが一際強く輝いた。
(幻影は攻撃しない様に注意する。……此方に見えていないのが厄介だが)
 ヤグルロムと適度に距離を置き、間合いギリギリの所で武器を構える。
 すると幻影を庇おうとするかの様にして、イサークが間に入ってきた。
「やめて! テノーリャを殺さないデ!」
「イーサ……」
「……目の前でまた大事な人がいなくなるなら、いっそボクが!」
 泣きそうな顔でかぶりを振る精霊に、聞きたい事は山ほどあるが、今はオーガを倒す事が先決だった。
 彼が幻影を庇っているなら、見えていなくとも大体の当たりは付く。
 仲間達の邪魔にならぬ様、横合いに回りこみオーガを叩っ斬る――その心算で一つ踵を踏みしめるが、ヴァレリアーノが回り込んだ方向にまでイサークは追って来た。
 幻を消されてしまうと無意識に分かっているからだろう。
「ヴァーレ! 待って! 殺すならボクを……!」
「――お前の話は……後で聞いてやるッ!」
 止む無しに駆け込んだ勢いそのまま、イサークの膝を後ろから蹴り飛ばす。
「アッ……! 駄目だ、ヴァーレッッ!!」
 呼び止める声は聞かない。
 足払いを受けた形で、精霊が体勢を崩したその隙にイサークの脇をすり抜ける。
 大鎌を振り上げヤグルロムの触覚を切り落とし、胴体を真っ二つに斬り捌いた。
「――……あ、ああ……」
 幻影が虚しく消えていく。
 二度も目の前で消えてしまった、大切な人。
 イサークはその場で膝を付き、項垂れた。

「ねぇ、あそぼう?」
 小さな子供が、その身に余る得物を手にし無邪気に微笑む。
 幻影の情報どおり、きっちり三体。千代には見覚えのある顔ばかりだ。
(この子達がこんな場所に居る筈がない、幻影だ)
 彼らの姿は、生まれ育った孤児院の子供達そのものだ。
 亡き人ではないし、今も元気に過ごしているだろう。
 けれど――……いつまでもその幸せが続くと、どうして言い切れる?
「早く、お兄ちゃん! 遊んでよ!」
「ッ……!」
 先の読めない子供の動きで斬りかかって来た女児を避ける。
(あの子達は絶対にこんな事しない。わかってる、幻影は倒さないと。でも……!)
 呪符を使えば、この距離でも攻撃は出来るだろう。
 けれど武器を構えたその刹那。
 『お兄ちゃん』――その言葉に、かのBスケールオーガとの戦いがフラッシュバックした。
 沢山の小人を亡くした。青年を止む得ず犠牲にした。
 彼の様な存在に、自分や大切な人がいつかなるかもしれない。
 万が一を思うと、心が軋んでざわめきだつ。足許が崩れそうになる。
(それでも、全部背負って、戦うって決めたはずなのに、俺は……!)
「――千代!」
 後ずさった拍子に精霊、ラセルタ=ブラドッツの体に勢い良くぶつかりハッとした。
「……ご、ごめん、ぼうっとして……」
「千代……」
 ――なぜ幻影だとわかっていて攻撃しない?
 問いかける事は簡単だ。けれどそれがどんなに軽率か分からなくはないほど、千代との間に築いてきた絆は決して浅いものではない。
 非常な覚悟を冷徹に実践出来る様な男ではない。
 お人よしで、他人の事ばかり心配する頑固者。
 作り笑いと、震える拳を見て、千代の迷いと不安に気付いた。
「お前も不安だったのだろう。誰にも言えず、一人で抱え込んで……」
 震える手にそっと触れ、無理に攻撃する必要はない、と告げる。
「……ラセルタさんに頼ってばかりじゃいけないって、思ってたんだ」
 頼もしい精霊に比べ、自分はあまりにも非力だ。
 楽しい事と同じだけ、辛いことも経験しているはずなのに、いつも護られてばかりで。
 そんな自分を、どこかで許せていなかった。
 もっとしっかりしなければ、大事な人どころか、知らない誰かも守れやしない。
 そんな千代の怯えを、全て察して理解して、ラセルタは全部受け止めてくれる。
「千代自身や誰かがお前を許せなくとも、俺様だけは許してやろう。お前の全ては、俺様のものだ」
「ラセルタ、さん……」
「何の為に俺様が居ると思っている?」
 俯いていた顔を上げる。
 尊大な物言いに反し、精霊の声色や表情はひどく優しい。
「……もう貴方に、隠し事はしないよ」
 気丈に微笑み、ラセルタの瞳と交わらせた千代の眼差しから、一切の迷いは消えていた。

「……すまない、援護してくれ」
 殊勝に告げ、パートナーに助力を仰ぐ。
 まだジェフリーの手は震えているけれど、幻影を目にした瞬間の様な衝撃は最早残っておらず、白眼による一撃で頭は奇麗さっぱり冷えていた。
「こちらを見てくれて良かったです。ジェフリーさん」
 気持ちほどしゅんと折れた赤毛の耳ごと、彼の頭をぽんぽんと撫でる。
 慈しみに呼応するかの様に、ジェフリーを纏うオーラがひときわ強く輝き力の漲りを感じた。
「やりきりましょう、二人で」
「ああ」
 頷いて、妻と子供――否、己を惑わす存在の足下へ、ジェフリーが威嚇射撃を放つ。
 ふらふらと近寄って来た二人を程よい距離まで引きつけ、白眼に合図を飛ばせば、彼は離れた位置で一つ頷き短剣を瞬かせた。
「ギャアアッ!」
 まばゆい光に幻影とヤグルロムが怯み、間髪入れずジェフリーの両手銃から銃弾が放たれた。
 オーガ本体に二発、幻影に一発ずつ。
 高められた精度の恩恵で、銃弾は確実にヤグルロムの急所を仕留めた。
 母子の幻は攻撃を受けて自爆し、砂煙が立ちこめた後に残ったのは、ヤグルロムの死骸のみだった。


「千代、見える個体はどれだ。手近なものから」
 落ち着いて敵を見据える千代の傍らに寄り添い、ラセルタは問いかける。
 彼が見ている幻影元を特定するため、見える方の個体から逆算して突き止める手法を取った。
 指差した二体のヤグルロム――とは、別に。ラセルタにのみ見えている個体を特定する。
「あれか、俺様の千代を惑わせているのは」
 遠距離からダブルシューターⅡを立て続けに打ち込めばあっけなくヤグルロム本体は悲鳴を上げて爆散した。
 残りの二組のウィンクルム達がヤグルロムを破壊するのも、ほぼ同時の事だった。
「……チッ! こうなったら別のオーガを――」
 逃走を図ろうとした青年の位置は、程よくラセルタの攻撃範囲内だ。
 ヤグルロムを破壊した勢いそのまま足を狙い打てば僅かに銃弾は青年の足元を掠り、痛みに呻いて派手に転がる。
「――ぐあっ!」
 間髪居れず駆けつけたヴァレリアーノが持参したロープで青年を縛り上げた。
 転んだ拍子に手から滑り落ちたオーブを無事回収したが、情報を聞き出すため即座に壊す事はしなかった。
「……手間取らせてくれたな。ボスは居るのか? オーブは誰から受け取ったんだ」
 流石にすぐには口を割らなかったが、もはや先はないと観念していたのだろう。
 ヴァレリアーノがじろりと一つ睨みを利かせると、渋々といった様子で口を開いた。
「……フン。俺はただの下っ端さ。期に乗じて少しでもオーガの力を活かせと、配下を適当に見繕って渡されたんだ」
 一度口火を切れば調子が出たのか、青年はわが身を囲うウィンクルム達に向け饒舌に畳み掛ける。
「能力は確かに向上していた。今や教団はCスケールまで操ることが出来る……それを破壊した所で、何度だってやってやるさ! ハハハッ――」
 ――バゴォッ!
「ぐおっ!?」
 青年が全てを言い切る事はなかった。
 白眼が彼を殴り飛ばしたからだ。 
「被害者の方々と……彼の痛みが。億分の一でも、伝わればいい」
「クッ……」
 無様に倒れこみ、がっくりと項垂れて連行されていく青年を見送った所で、シリアスに決めていたはずの白眼は突然殴った方の手を抑えてしゃがみこんだ。
「ゆっ、ゆび痛ァッ!? しょーげきが、手首までぇ…!」
 涙声で呻いてぷるぷると肩を震わせる。
 白眼の様子に、他のウィンクルム達もつい間が抜けてしまい、先程までの苦い空気はどこへやら、何人かは穏やかに笑っていた。
 しかし、白眼の相方であるジェフリーだけは、笑みの中にも仄暗く、冷めた瞳で。
(――馬鹿だな。あんな拳の握り方してたら、そりゃあ怪我するよ)
 自分に、あんなにも惨い幻を見せたあの男。
 どさくさに紛れて、本当は殺してやろうと思った。
 そう思い銃に手を掛けた所で、白眼が飛び出し男を殴ったのだ。
「……気の抜ける奴」
 千代に大丈夫ですか? と問われて、平気です、とへらへら笑っている神人の顔を見れば、連行されていく男を背後から仕留めようなどという気力は一切削がれてしまい、ジェフリーは呆れた様に一つ息を吐き出した。
 情報を聞き出すだけ聞き出したところで、オーブは無事破壊された。

「大変だったな、千代。怪我はしていないか?」
「ラセルタさん……」
 青年を見送り、精霊は優しい神人に声をかければ「平気だよ」と返る。
 気を張っていた自分には掛からなかった幻影に神人がかかってしまったのは、やはり心の迷いがあった為なのだろう。
 何となく、まだ先の件で蟠っているのだろうと察していながら、みすみす辛い思いをさせた事が少し口惜しくて、ラセルタはそっと千代の肩を引き寄せる。
「ラセルタさんが居てくれたから乗り越えられた。もう、大丈夫だと思う」
「そうか? 隠し事はしないと言った癖に」
「いたっ」
 引き寄せた側の腕に少し力を込めると千代が僅かに顔を顰める。
 先程、幻影である子供からの攻撃が掠り、二の腕に小さな切り傷を作っていたのを知っていた。
「千代が言ってくれるのを、待っていたんだがな」
「ご……ごめんね。俺……」
「構わん。そういう……他者に心配をかけまいとする所も。お前の長所だと知っている」
 しょぼりと肩を落とす千代に、苦笑してラセルタは言葉を続ける。
「だが、俺様の許可無しにあまり傷をつけてくれるなよ。……お前の全ては、俺様のものなんだからな」
 惜しげもなく告げれば、千代は少し気恥ずかしそうにしたけれども、それ以上に彼の慈しみが嬉しくて「ありがとう、ラセルタさん」と穏やかに微笑んだ。 

(確かに俺は過去、イーサと同じ協会に居た。今とはまったく別の……ならばその名前が出てもおかしくはない。だが――)
 幻影は消えたというのに――あれはたかだか幻に過ぎないと、理解しているはずなのに。
 未だに呆然と虚を見つめているイサークへと、ヴァレリアーノは無情に言い放つ。
「мать達はもう、いない」
 父親も母親『テノーラ』も、今ここに居る筈はないのだと。
「俺を庇って、目の前で殺された。お前が見ていたのは偽者だ」
「違う! テノーリャは、本当は……!」
 イサークは悲壮に振り向き、何か言いかけては口を噤む。
 まどろっこしい。毎回こうだ。
 はっきりしない態度と言葉に、ヴァレリアーノは苛立つ。
「……小さい頃は弱虫だったから……ヴァーレはボクを助けてくれたネ。坊やは今より、可愛げがあったよ」
 ぽつりぽつりと、自嘲混じりに、イーサは独白する。
「知ってた。отецが、間接的とはいえ、ボクを守ってくれてた事も……」
「――またそうやって、知った様な口を」
 自分の知らない過去を、まるでずっと知っていたかの様にイサークは振る舞う。
 あの洞窟の時も、不自然に造られたお菓子の時も。
 イサークは、ヴァレリアーノの知らない彼自身と――そしてアレクサンドルの過去を、確実に何か知っている。
 それらをきっと、悟られない様にと、ひた隠しに生きている。
「何を隠している」
 一つ静かに問いかけるが答えはやはり返らず、代わりにイサークは切なげに、哀しく微笑んで見せた。
(ゴメンネ……言えない。ボクは……望まれなかった子供だから)



依頼結果:大成功
MVP
名前:胡白眼
呼び名:フーくん
  名前:ジェフリー・ブラックモア
呼び名:ジェフリーさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 通常
リリース日 05月16日
出発日 05月24日 00:00
予定納品日 06月03日

参加者

会議室

  • [4]羽瀬川 千代

    2016/05/23-23:53 

    ラセルタ:
    挨拶が随分と遅れてしまったが…ラセルタ=ブラドッツと千代だ。
    初対面はイサークのみだな、以後宜しく頼む。
    御多分に洩れず此方は千代が幻影を見ているようだ、先ずはその個体の撃破を目指す。
    オーガは出来る限り狩っておきたいが、オーブは早々に破壊を目論むつもりだ。

    もうすぐ出立の時間だが、全員で無事に帰還するとしようか。

  • [3]胡白眼

    2016/05/22-20:20 

    胡白眼(ふぅ・ぱいいぇん)と申します。
    パートナーはプレストガンナーのジェフリーさん……なのですが……ッ。
    敵の幻術にかかってしまった、ようです。…傍に居ながら何もできなかった己が情けない!

    重ねて情けない気持ちになりますが、ひとりでは俺はまともに戦えません。
    まずは彼を正気に戻すことに集中します。

    オーガ討伐後は犯人捕縛にわずかでも助力できれば、と…。
    本音を言えば、男を一発殴らせていただくつもりです。

    ヴァレリアーノさんとイサークさんも、どうかお怪我をなさらぬよう。
    羽瀬川さんにラセルタさん、お二方もご武運を祈ります!

  • イサーク:
    ハァーイ、コンバンハ。ボクで出会うのは初めてだと思うから自己紹介しておくヨ。
    トリックスターのイサークと相方は坊ちゃん。ヨロシクヨロシクー(帽子を脱いでお辞儀
    なーんかボクって幻に縁があるのカナ。”弱い”方を狙うのは敵も同じなんだね。
    坊ちゃんはオーガ討伐と青年捕獲、オーブを破壊するのに尽力つくすみたい。
    オーブは二回ほど実物見て実際に使用した(使えなかったケド)ことあるから形はわかるっぽい。
    以前より強力になってるらしいけど、これ以上悪いコトされちゃたまったもんじゃないからネ。

    オーガに出会ったら各自で対応しなきゃいけないのが辛いとこだけど、皆怪我はしないでねー。


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