言ったはずだ。その名前はもう捨てたと(白羽瀬 理宇 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

よく晴れた休日のある日、君はパートナーと共にタブロスの町を歩いていた。
空はどこまでも青く澄み渡り、通りを抜ける風は心地よく、
往来を歩く人々の顔も心なしか輝いているように見える日。
穏やかで、平和で、何気ないながらも貴重な日。
そして何よりも。
「ねえ、あのお店のアイス食べてみない?」
君に声をかけてくるパートナーの存在。
幾多の死線を共にし、喜びも悲しみも共に分かち合ってきた、大切な相手。
そうだね、食べてみようと君は答える。
アイスクリームも好きだが、好きなアイスを食べた時のパートナーの笑顔が見たかったから。
そうして通りに面した店でアイスクリームを買ってきた君たち。
のんびりと歩きながら、口に広がる冷たく甘い感触を楽しむ。
ふと隣を見れば、君のパートナーは君の予想通り、うれしそうに目を細めていて
君はパートナーの表情を予想することができるほど
この相手と時間を共にしてきたのだということを改めて自覚した。

重ねてきた時間の重み、そして知った様々なこと。
アイスクリームが好きだとか、好きなものを食べるとこんな顔をするのだとか
そういう些細なこともあれば、もっと大きく重要なこともある。
それでも人というのは不思議なもので、
これまで歩んできた道のりというものは、どれだけ互いが互いを知ろうとも
その全てを完璧に理解することはできないのだ。
そんなことに思い至った君が小さくため息をついたとき、
ふと君の前に黒いスーツの男が立った。
少し邪魔だなと思って男の横をすり抜けようとする君。
だがその瞬間、男が君の耳に囁いた。
「久しぶりだな『永劫の凍牙』よ」
思わず足を止める君。
アイスクリームのコーンがひしゃげるほど、強く拳を握りしめ、君は低く声を絞り出した。
「言ったはずだ。その名前はもう捨てたと……」

解説

●目的
パートナーは知らない、過去の名前を知る人物が目の前に現れます
その名前を知った時、あなたのパートナーは一体どんな反応を示すのでしょうか?

●プランに書いてほしいこと
呼びかけられた過去の名前
名前を読んできた人物の風貌
その名前を聞いた時の、本人とパートナーの反応

●補足
過去の名前を呼ばれるのは、神人でも精霊でもかまいません
名前を呼ぶのはプロローグでは黒服の男ですが、現れるのはどんな人物でもかまいません
過去の名前は中二っぽくなくても大丈夫です(子供の頃のあだ名、旧姓、前職での肩書など)
直前の行動はアイスの食べ歩きでなくてもかまいませんが、その場合は明記してください
ただし街中のそれなりに人通りの多い場所で不自然にならない内容でお願いします

●消費ジェール
アイスクリーム代として一律で300ジェールいただきます

ゲームマスターより

プロローグを読んでくださってありがとうございます。
白羽瀬の勝手なシリーズ「ベタなシーン」第二弾です。
第一弾はいつ、どこでだったかって?
全く脈絡も何もないシリーズですので、気にせずいきましょう!

格好いい二つ名を呼ばれるもよし、少し恥ずかしい子供のころの名前を呼ばれるもよし
皆様のご参加をお待ちしております!!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)

  なんだか
変な名前でディエゴさんをそう呼ぶ男性は
ビジネスマン風の、ディエゴさんと同い年くらいの人でした。

まさか…ディエゴさんウィンクルムの仕事の影でそんな痛い…じゃなくて奇妙な活動を始めてたんですか?
訳を聞いてみたら、子供の頃の遊びで使うあだ名だったようで、得心しました。

ずっと一緒にいましたけど
昔のこととかってあまり話さないから
話が聞けたり、仲が良かった人(女性以外)に会えるのは嬉しいです。

けど、ブラックですか…戦隊ものでしょうか
イメージに合うんじゃないでしょうか
…え、違う?…あ、あーシリーズものなんですね…そうですか
(余計なスイッチが入ってしまいました…アイス溶ける前に食べきっちゃいましょう)



クロス(オルクス)
  ☆反応
「ん?知り合いか?(なんかどことなくオルクに似ているなぁ…
同じテイルスだし… もしかして親戚、か…?)
(オルクスの悪口をどんどん言われ怒り心頭
あ゛ふざけんな!
オルクは今も昔も仲間を護る為に傷ついて、戦って、悲しんだり、怒ったり、心配したり、人の心に寄り添う、自分の事は二の次だが其処も引っ括めて優しいんだよ!
良くも知らねぇ奴が語るんじゃねぇ!
っ!(突っかかろうとするとオルクスに手で制止させられる
オルク…?(首を傾げるが見守る
(っ////オルク、俺の事まだそう言ってくれるのか…
なんか嬉しい、な(照笑))」

「オルク、さっきはありがとな
別に二つ名があってもオルクはオルク、俺の最高のパートナーだよ」


アンダンテ(サフィール)
  ルクレースと呼びかけられ振り向き
人の良さそうな30前後の男性

懐かしい呼ばれ方ねと変わらない調子で微笑み
それで誰だったかしら
見たことあるようなそうでないような…(アイスもぐもぐ
考え事には糖分よ

変わってないね、と笑われその笑顔にピンと
もしかして昔近所に住んでいたお兄ちゃんじゃないかしら
懐かしいわね。何年ぶりかしら
軽く世間話をし和やかに別れ

ルクレース?本名よ
アンダンテは…芸名?かしら
占い師のアンダンテ
格好いいでしょ?
でも、もうアンダンテって名乗っている時間のが長いのね…

そうねえ
占い師をやめて、普通の人に戻ったら名乗るかもしれないわ
そんな日はもうこないかと思ってたけど
案外そうでもないのかもしれないわね


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  (買い出しの途中、『エミリオ様』と呼ばれ反応を示したエリオスに驚き、困惑する)え?(きっと聞き間違いだよね)

エリオスさん、こちらの方は?
(老執事に睨まれ戸惑いつつ)ミサ・フルールです、初めまして

(元気にやっていたかなど、親しげに雑談する2人に)あ、あの、カイラスさん
どうしてエリオスさんの事をエミリオって呼ぶんですか?
(彼の本名を知り)う・・・そ・・・貴方もエミリオ・・・そんな、どうして・・・?

気にするなって、そんなの無理に決まって、(拒絶を肌で感じとり言葉を呑み込む)
それじゃあこれからは、エミリオさんって呼んだ方がいいですか?

私この人の事がもっと知りたい
彼等が憎み合わずにいられる道を探したいの


かのん(朽葉)
  メイン通りへ通り抜けできる公園のベンチで、天藍と婚約した事を報告中

公園の中で周囲の人達へチラシを配っていたピエロさんが朽葉おじ様を見てびっくりした様子です

団長?おじ様のことですか?…お知り合いの方ですか?

ピエロのお嬢さんの呼称にもびっくりしつつ、朽葉に向けて首傾げ
一時期、団長兼手品師だったと聞いて2度びっくり

……そういえば、おじ様の事ほとんど知らないんですね、私
自分の事はそれなりに朽葉に話しているだけに少し寂しい気持ち

飛び出てきたうさぎさんに思わずにっこり
いったいおじ様の服のどこにこの大きなうさぎさんが入っていたのですか?

それではサーカス見ながら、おじ様が団長をされてた頃の出来事が聞きたいです


●男性で良かった
「ドラゴンライダーブラック! 久しぶりだな!」
 その言葉を発したのは、どこにでも居そうなごく普通のビジネスマン風の男だった。
 年のころは、呼びかけられたディエゴ・ルナ・クィンテロ本人と同じくらいだろうか。
 その不思議な名前に近くにいた何人かの男性達が、
 まるでタンスの角に足の小指をぶつけでもしたような奇妙な顔をしながら通り過ぎていく。
 変な名前だと思いつつハロルドはディエゴとビジネスマンの顔を交互に見た。
「やめてくれよ……今その名前で呼ばれるのは流石に恥ずかしい」
 やめてくれ、そう言いつつもディエゴの表情はどこか楽しげだ。
 まるで少年のような仕草で、ビジネスマン風の男と肩を叩き合っている。
 しかしほどなくしてディエゴは、隣に立つハロルドに意識を戻した。
「いわゆる幼馴染だな。学校にあがる前によく遊んでいた奴なんだ」
 ディエゴに紹介され「どうも」と軽く頭を下げるビジネスマン。
 ハロルドが会釈を返すと、男はまるでからかうような口調でディエゴに訊ねた。
「それで? こちらのべっぴんさんは?」
「婚約者だ」
 短く、しかしはっきりとした口調で答えるディエゴ。
 大仰に眉を上げ、ヒュウと口笛を吹き鳴らすと男はディエゴの肩に拳を押し当てた。
「意外とすみに置けないじゃないか、この色男め」
 それから男はディエゴと、元気にやっているかだとか、また会おうだとか簡単な会話を交わし
 ビジネスマンらしい忙しそうな足取りで去っていった。

「ウィンクルムの仕事の影でそんな痛い……じゃなくて奇妙な活動を始めてたんですか?」
 訊ねるハロルド。
 男の後ろ姿を見送ったディエゴがハロルドへと視線を戻して答える。
「その……さっきの名前はごっこ遊びの時に使ってた名前だ」
 ディエゴの少し恥ずかしそうな返答に、ハロルドは頷いた。
「得心しました」
 ドラゴンライダーブラック。
 いい大人がそのように名乗っていたのでは、さすがに少々苦しいものがある。
 さきほど奇妙な顔をした通りすがりの男達も、同じ名前を名乗ったことがあるのかもしれない。
 男が声を掛けてくる直前まで食べていたアイスクリームを再び口に運びつつ、ハロルドはディエゴに別の質問を投げかけた。
「けど、ブラックですか? 戦隊ものでしょうか」
 黒のイメージはディエゴにぴったりだと言うハロルド。
 確かにB100の大胸筋を誇るディエゴの体躯や、一見すると冷厳な性格はブラックを連想させる。
「本当は無印のライダーになりたかったんだ。それでいつも喧嘩になってたし」
 ディエゴの答えはハロルドの疑問を解消するものではなかったが、
 無印とそうでないものがあるということは、シリーズものだったのだろうとハロルドは判断した。
 そんなハロルドの表情にも気づかずディエゴは喋り続ける。
「喧嘩しても俺は一番小さくて弱かったからブラックで譲ってた」
 それでもなかなか諦めがつかなかったのだと言うディエゴ。
 当時の悔しさを思い出したのか、アイスを持つ手に力がこもり、薄茶色のコーンが今にも砕けてしまいそうだ。
「無印はやっぱり歴代の中でもかっこいいと思うし、武器のギミックは他に比べるとシンプルだけど……」
 延々と続くディエゴの言葉。
 余計なスイッチが入ってしまったようだとハロルドは冷静に判断する。
(アイス溶ける前に食べきっちゃいましょう)
 存在を忘れ去られかけているディエゴのアイスは既に溶けかけて、粘性のある液体が今にもディエゴの手に流れ落ちそうになっているが、
 別に危険などがある訳でもないので、放っておくことにハロルドは決めた。

 熱のこもった演説を続けるディエゴ。その横顔を見ながらハロルドは思う。
(ずっと一緒にいましたけど、昔のこととかってあまり話さないから)
 昔の話を聞いたり、仲が良かった人に会えるのは嬉しいことだった。
 ……ただし、女性は除く。



●仕込みの成果はデートの約束
 購入したアイスを持って、公園のベンチへと移動したかのんと朽葉
 初夏の心地よい日差しが降り注ぐ中でアイスを口にしつつ、かのんは朽葉に天蓋と婚約したことについて報告をしていた。

 話が一段落した時だ、二人の前に人影がさした。
 顔を上げてみれば、やや恰幅のいいピエロが二人に向かってカラフルなチラシを差し出している。
「この近くでサーカスをやっているんです! ぜひ来てください!」
 かのんに目配せをして朽葉がチラシを受け取ろうとした時、ピエロがだしぬけに声を上げた。
「団長? 団長ですよね! お元気でしたか?」
「はて……?」
 眉を上げ、朽葉はしばし相手のピエロを眺める。
 この声。かつてよりやや横に広がったものの見覚えのある風貌。
 目の前にあるピエロの顔が、朽葉の記憶の中の顔と一つに重なった。
「ほぅ。……久しいの」
 朽葉が懐かしそうに目を細めると、ピエロは先程までの営業用の笑みとは違う、心からの喜びに満ちた笑みを見せた。
「はい! お久しぶりです!」
 再会の感動に握手を交わす朽葉とピエロ。
「息災のようで何よりじゃ」
 軽い会話をニ、三言交わし、別れ際、ピエロは朽葉の手元にあるチラシを指すとこう言った。
「是非お嬢さんと遊びに来てくださいね!」
「おじょ……?」
 まさかのお嬢さん呼びに驚くかのんには目もくれず、ピエロは再びチラシ配りに戻っていく。
「……相変わらず早とちりじゃのう」
 困ったような口調で言う朽葉だったが、その表情はどこかまんざらでもなさそうだ。
「そ、そうですね」
 思わず止めてしまっていた息をほぅっと吐き出しながらかのんは頷く。
 そして先程の朽葉とピエロとの会話を頭の中で反芻しつつ首を傾げた。
「団長というのはおじ様のことですか?」
「そうじゃった、まだかのんには話しておらなかったのう」
 それはかのんと契約するよりも遥か前のことだと前置きし、朽葉は当時のことを語り始めた。
 ある時期、朽葉はサーカスを率いる身の上であったということ。
 先ほどのピエロの男は、そのサーカスの団員の一人だったということ。
 しかし色々あってサーカスは解散し、団員達は散り散りになってしまったということ。
 淡々と語られる一通りの話を聞き終えると、かのんは意気消沈したかのように肩を落としてしまった。
「……そういえば、おじ様の事ほとんど知らないんですね、私」
 たった今、天藍との婚約のことを朽葉に話していたように、
 かのん自身は自分のことをそれなりに朽葉に話しているのに、
 朽葉から朽葉自身のことを聞いたことがほとんど無かったことに思い至り、何やら寂しい心持ちになってしまったのである。
「たいして話すような事もなかったからのう」
 かのんの胸の裡を知ってか知らずか飄々と頷いた朽葉だったが、次の瞬間。
「聞かれたら何でも話すってー」
 朽葉のものとは思えぬ明るい裏声と共に、
朽葉の袖から桃色のウサギのぬいぐるみが飛び出したのだ。
 まさかのウサギからの返答に目を丸くするかのん。
 だがすぐに笑顔になると、指を伸ばしてウサギの鼻先を軽くつつく。
「いったいおじ様の服のどこにこの大きなうさぎさんが入っていたのですか?」
「流しの手品師なればタネも仕掛けも常にしっかり仕込んでなんぼじゃからな」
 しれっと答える朽葉。
 服の中にうさぎが隠れていたように、この穏やかな表情の下に、一体どれだけの物語が隠されているのだろうか。
「それでは……サーカス見ながら、おじ様が団長をされてた頃の出来事が聞きたいです」
 ねだるかのん。
 ピンクのウサギが耳を揺らしながら答えた。
「いいよー!一緒にサーカス行こう!!」



●予想外の本名
「エミリオ様」
 買い出しの途中、突然掛けられた声にミサ・フルールは困惑した。
 今隣にいるのはエリオス・シュトルツでありエミリオ・シュトルツではない。
 すぐ近くにエミリオと同じ名の誰かがいるのだろうか?
 しかしその呼びかけに答えたのは、意外にもミサの隣にいるエリオスであった。
「何だ、まだ生きていたのか。久しいなカイラス」
「え?」
 深まる困惑がおもわず声に出てしまったミサ。
 エリオスに視線を向けられ「こちらの方は?」とミサが訊ねれば、エリオスはこともなげに答えた。
「俺が貴族だった頃に仕えていた執事だ」
 そう言われたミサが改めてカイラスと呼ばれた男を見れば、
エリオスの執事であったという男は何故かミサに鋭い視線を向けている。
 睨まれる理由のわからぬミサは、その視線に戸惑いつつも何とか挨拶の言葉を口にした。
「ミサ・フルールです、初めまして」
 だが老執事はミサに対する態度を緩める気配はない。
 仕方がないとでもいうようにため息をついて、エリオスがかつての執事に向かって言った。
「そう睨んでやるな……この娘は『何も知らない』」

 元気にやっていたかとか、エミリオ様こそご健勝でいらっしゃいましたかとか。
 親しげな様子で雑談を交わすエリオスとカイラス。
 本来であれば会話中の2人の間に割り込むのはぶしつけであるとは理解していたものの、
 湧き上がる疑問を押さえることができず、ミサは口を開く。
「あ、あの、カイラスさん」
 カイラスの鋭い視線がミサを射抜いたが、ミサは何とか続きを口にした。
「どうしてエリオスさんの事をエミリオって呼ぶんですか?」
 だがミサの疑問に答えたのはカイラスではなくエリオスであった。
「答えは簡単だ。『エミリオ』は俺の本名だからだ」
「うそ……貴方もエミリオ? そんな、どうして……?」
 衝撃に言葉を失うミサ。
 その間にエリオスとカイラスは会話を終え、慇懃な礼を残してカイラスは去っていってしまった。

「ククッ、何をそんなに驚いている」
 未だ衝撃冷めやらぬミサの様子に笑いを漏らすエリオス。
「親と子が同じ名なのは さして珍しくもないだろう。よくあることだ」
 ジュニアとかザ・サードなどという呼び方で区別を付けつつ、親や祖先の名を子供に与えるケースは決して稀なことではない。
「今は亡き俺の妻がシュトルツ家の跡取りとして生まれた子供に俺と同じ名前をつけただけのこと」
 理屈としては納得できる。
 だが今のエリオスとエミリオの関係を考えると、ミサとしては、その理屈をどうしても素直に飲み込むことができなかった。
「……あの女は余程 俺の気をひきたかったのだろうな」
 そんなミサの心は置いてきぼりにしたまま、まるで独白のようにエリオスが呟く。
「あの女?」
 あの女とは、先程エリオスが言っていた今は亡き妻のことだろうか。
 もしそうだというのなら、何故に「あの女」などという冷たい呼び方をするのだろうか。
 首を傾げるミサに気づいたのか、エリオスは吐き捨てるように言った。
「いや、何でもない、気にするな」
 だがミサは食い下がる。
「気にするなって、そんなの無理に決まって……」
「好奇心は猫をも殺すぞ?」
 ミサの言葉を遮ったのは、エリオスの一言だった。
 声を荒らげた訳でもないのに、まるで氷の鞭で打たれたような気がする。
 絶対的な拒絶にミサは言葉を飲み込んだ。
 落ちる沈黙。
「そ、それじゃあこれからは、エミリオさんって呼んだ方がいいですか?」
 居心地の悪さに耐え切れずミサがそう訊ねれば、エリオスは短く答えた。
「エリオスでいい」
 再び歩き出すエリオス。
 慌ててその背中を追いかけながら、ミサは思った。
(私この人の事がもっと知りたい)
そうすれば、エリオスとエミリオが憎み合わずにいられる道も探せるような気がするのだ。
「エミリオという名は とうの昔に捨てたのだから」
 不意にこぼれたエリオスの呟きは雑踏に紛れ、己の思考に沈むミサの耳には届かなかった。


●二つ名の訳
「そこにいるのは狂気じみた鮮血(ルナティックブラッド)じゃねぇか」
 唐突にそんな声を掛けてきたのは、金色の髪に青い瞳が印象的な狐系テイルスの男だった。
 どことなくオルクスに似た風貌をもつ男。
 もしかして親戚だろうかとクロスは思った。
「久し振りだなぁ」
 どこか粘り気のある声で親しげに肩を叩かれオルクスの顔にいら立ちの色が浮かぶ。
「チッ、その名で呼ぶなオルキス……」
 無遠慮に触れてくる手を振り払いオルクスがオルキスを睨めば、オルキスはますます調子に乗り
 まるで獲物を弄ぶ猫のようにオルクスとの距離を詰めてくる。
「おいおい睨むなよ。不良時代の賜物だろうが」
 今でこそ落ち着きを取り戻しているように見えるが、学生時代のオルクスはやんちゃ坊主、いわゆる不良だった。
 というかその度合いは「やんちゃ」の範囲を遥かに凌駕する代物だったのだ。
 狂気じみた鮮血などという二つ名がついたのは、己の行い故だろうとオルキスは鼻で笑う。
「全く上の兄3人は優秀だってぇのにお前は出来損ないで。一族の恥だなホント、みっともねぇ」
 オルクスを酷く罵倒する言葉に、かたわらにいたクロスが眉を跳ね上げたが、オルキスは気づくことなくしゃべり続ける。
「てか、狂気じみた鮮血(ルナティックブラッド)様と言う者が随分と丸くなって……」
 そこまで言ったときだ、ついにクロスが爆発した。
「あぁ? ふざけんな」
 オルクスとオルキスの間に割って入るように、オルキスの身体を押しのけるクロス。
「オルクは今も昔も仲間を護る為に傷ついて、戦って、悲しんだり、怒ったり、心配したり、人の心に寄り添う」
 それ故にオルクスの体には無数の傷があることをクロスは知っている。
 何でもないと笑ってはいるが、その度に流されてきた血の色を知っている。
「自分の事は二の次だが其処も引っ括めて優しいんだよ! 良くも知らねぇ奴が語るんじゃねぇ!」
 一息に言い切ったクロスの剣幕に一時は気圧されたオルキス。
 だがすぐに蔑むような視線をオルクスに向けて言った。
「あぁ、その女のお陰かぁ? どうせお前と同じ出来損ないだろ。女の癖に男みたいだし、どうせロクな教育……」
「っ!」
 クロスの頬にさっと朱が走る。
 言い返そうと身を乗り出したクロスだったが、それを押しとどめたのはオルクスだった。
「オルク……?」
 オルクスの意思を図りかね、首を傾げるクロス。
 だがオルクスがクロスの気持ちを無為にする訳がない。
 そう知っているクロスは、一度身を引いてこの場をオルクスに任せることにした。
 互いが互いを信頼している二人のやり取りを気にも掛けず、オルキスは悪口雑言を垂れ流し続けている。
「出来損ないは出来損ない同士傷を舐めあってるのがお似合い……」
「黙れ」
 まるで猛獣の唸り声のようなオルクスの一声。
 背筋が寒くなるようなその声に、さすがのオルキスもその口を閉ざした。
「オレの事は何言っても良い。だがな……オレの愛しい女を侮辱するのは、誰であれ許さねぇ」
 オルクスの低い声と殺気に満ちた視線がオルキスを正面から射抜く。
「ふ、ん……。女の前だからってイキがりやがって」
 しっぽを巻いて逃げるオルキスの背中を、鋭い視線で睨むオルクス。
 オルクスのとなりでオルキスを見送るクロスの頬は赤く染まっている。
 だがその理由は、さきほどのような怒りではなかった。
(オルク、俺の事まだそう言ってくれるのか……)
 恋人だった状態から一度別れ、距離を置いているクロスとオルクス。
 さらにディオスという存在もあり、微妙なバランスの上にいる二人だったのだが、
 オルクスがクロスを「オレの愛しい女」と言い切ったことが、クロスには嬉しかったのだ。

「オルク、さっきはありがとな」
 照れ笑いを浮かべつつ礼を言うクロス。
「クーが気にする事じゃない。それにオレも嬉しかったしな」
「別に二つ名があってもオルクはオルク、俺の最高のパートナーだよ」
「サンキュ、クー」
 まだ赤みを残すクロスの頬を、オルクスの指がすっと撫で、離れていった。



●相変わらずの君
「ルクレース」
 そう呼びかけられて、アンダンテとサフィールは同時に後ろを振り返った。
 アンダンテは、その名前に覚えがあったから。
 サフィールは、覚えのない名前にアンダンテが反応したことに驚いたから。
 二人が振り返った先にいたのは、30歳前後とみられる人の良さそうな男性だった。
「懐かしい呼ばれ方ね」
 いつもと変わらぬ笑みを浮かべるアンダンテ。
 その様子からは、てっきりこの男性を知っているかと思われたのだが。
「それで誰だったかしら」
 男性とサフィールが同時に、軽い膝かっくんを食らったような顔をした。
「見たことあるようなそうでないような……」
 誰だったかしら、ともう一度呟きながらアイスを口に運ぶアンダンテ。
 本当に考えているのか分からない様子に呆れつつ、サフィールはアンダンテに言った。
「考えるか食べるかどっちかにした方がいいんじゃないですか」
「考え事には糖分よ」
 しれっと答えるアンダンテ。
 チェスの試合に挑んでいる訳でもないのに……とサフィールはため息をつく。
「変わってないね」
 笑ったのは男性のほうだった。
 その、どこか慈愛を含んだ笑顔がアンダンテの記憶のスイッチにヒットする。
「もしかして昔近所に住んでいたお兄ちゃんじゃないかしら」
「正解。思い出してくれて嬉しいよ、ルクレース」
「懐かしいわね。何年ぶりかしら」

 元気でやっているかとか、近所の誰とかさんはどうしているとか、今は何をしているのかとか、
 当たり障りのない軽い世間話を交わすアンダンテと男性。
 害はなさそうだし知り合いならいいかと、サフィールは一人手元のアイスクリームに専念する。
 最近出たばかりだというレインボー・ベリー味。なかなかに美味しい。
 アンダンテが持つアイスが溶けて垂れてきてしまわないかと、チラリと目をやれば
 アンダンテはアンダンテで、会話の隙間にちゃっかりとアイスを口に運んでいた。
 そんな姿にも男性は「相変わらずだね」と笑っている。
 やがて会話が一段落したらしく、別れの挨拶を交わしはじめるアンダンテと男性。
「君も幸せそうでよかった」
 男性が言う。
 君「も」ということは、男性自身も決して困難な状況にある訳ではないのだろうと考えていると、不意に男性がサフィールに向き直った。
「彼女の事よろしく」
 会釈と共に言われ、サフィールは反射的に「あ、はい」と答えてしまう。
 その様子にクスリと笑いアンダンテに手を振ると、男性は去っていった。

「ルクレースというのは昔の名前ですか?」
 昔の知り合いだという男性が呼んでいたことから、サフィールが予測して訊ねるとアンダンテはあっさりと頷いた。
「ルクレース?本名よ」
 その無防備な肯定に好奇心を刺激され、サフィールは更に訊ねてみる。
「アンダンテという名前はどちらからでしょうか」
「アンダンテは……芸名? かしら。『占い師のアンダンテ』格好いいでしょ?」
 神秘性も一つの売り物となりうる占い師。
 そのような職業に就く者が本名と異なる名前を名乗ることは別段珍しくはない。
 サフィールがそんなことを考えていると、アンダンテがふっと息をついた。
「でも、もうアンダンテって名乗っている時間のが長いのね……」
 彼女が、どれだけの時間をルクレースと名乗り、どれだけの時間をアンダンテと名乗ってきたのか、サフィールは知らない。
 それを知る代わりに、サフィールは別のことをアンダンテに訊ねた。
「もうルクレースとは名乗る事はないんですか?」
「そうねえ。占い師をやめて、普通の人に戻ったら名乗るかもしれないわ」
「占い師をやめたら、ですか」
 一体どういうきっかけがあれば、アンダンテが占い師をやめる日がくるのだろうと何とはなしに思いを巡らせるサフィール。
 だが、アンダンテはこともなげに言った。
「そんな日はもうこないかと思ってたけど、案外そうでもないのかもしれないわね」
 今日、思いもかけず子供の頃の知り合いに出会ったように。
「まあ、人生何があるかわかりませんからね」



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 白羽瀬 理宇
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月09日
出発日 05月15日 00:00
予定納品日 05月25日

参加者

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