枕の下の隠し物(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 まどろみから覚醒し、あなたは部屋の窓へと目を向けた。
 青空が、四角く切り取られている。
 冬のように澄んではいない。だが、あたたかそうな見事な青。
 陽光はガラス越しにも鮮やかな木々の葉を、きらきらと輝かせていた。
 ああ、それなのに。
「……俺はどうして、こんなところで寝ているんだ」
 あなたは深く、ため息をつく。
 同時にけほりと咳が出て、慌てた相棒がキッチンから飛んできた。
「起きたのか? って額のタオル、落ちてるぞ。ったく」
 ぬるくなったそれを拾い上げ、代わりとばかりに手のひらをのせる相棒。
「ん~……まだ高いような気がする。熱、測るか?」
「いいよ、どうせ外、出られないんだから」
「まあ……。でもなあ、この時期にこんなにひどい風邪ひくなんて、根性足りないんじゃね?」
 にやりとからかうように上がった口角が、ああ憎らしい。
「くそ、ばかっ! お前にもうつればいいのに!」
 本当にそうなったら落ち込むくせに、あなたはついそんなことを言ってしまう。
「俺は体力あるからだいじょーぶ!」
「ああ、ほんともうまじっ……」
 あなたはつい、なんとなく、たぶん深い意味はなく、枕の下に手を突っ込んだ。
 そこに触れるものがある。
 さすがに看病してくれる相手にグーパンチはひどいので、これでちょっと叩くふりをしてしかえししよう!
 ――と思ったのだが。

「……なぜ、これがこんなところに?」

解説

寝込んでいる神人を看病しようというエピ……ですが、ちょっとおまけ(むしろメイン?)要素がついています。
とりあえず、看病に必要なもろもろを購入したとして、300jrいただきます。

必要そうなものはなんとなく揃っていますが、枕は普通の枕です。
水枕に変えた時に、隠し物があるのに気づかないのは変なので、そこは統一してください。

さて、熱を出している神人は、枕の下から何かを取り出しました。
それは何?
誰が仕込んだの?
そしてそのあとどうするの?

枕の下に隠れそうなもので、家にあってもおかしくはない物なら、基本的には何でもありです。
たとえば思い出の品、相棒の写真、飲まなきゃいけなかった風邪薬、女装用の下着、ちょっとえっちな本、などなど。
通します。
隠したのも、神人・精霊どちらでも自由です。
(ただ、取り出すのは寝込んでいる神人になります)

どうぞご自由に想像してください。


ゲームマスターより

ウィンクルムごとの描写になります。
ロマンスでもコメディでもシリアスでもなんでもどうぞ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)

  風邪ごときにしてやられるとはなんたる不覚(ちみっと反省。
ラキアの冷静な突っ込みが厳しいぜ。
布団蹴飛ばしてたのはいつの間にかだし、仕方ないじゃん?
でもラキアに看病してもらってちょっと嬉しい。
林檎あーん。もぐもぐ。ウマ~。
嬉しさのあまり枕ギュッとしたら、何かある!
「何だこれ」
猫のおやつ『ちゅるるー』だ~。
(液状のおやつ。どの猫にも超大人気。すげーウマそうに食べる)
にゃん達が朝の挨拶に来た時に時々あげるんだ。
うわ、何だかラキアの視線が。
「や、オレが食べるんじゃないし?」
小首傾げて見るなよ。
「猫達に見つからないよう隠してた。いくらでも欲しがるから。この林檎みたいなもの?」
と更にあーんする。もっとくれ。


レオ・スタッド(ルードヴィッヒ)
  目を覚ますと見知らぬ天井
自宅よりも大きいダブルベッド
節々が痛くて気怠い…
(ここは?…香木の匂い、まさか(E2で嗅いだ覚え
マジかよ…!(ど、どうして?
煩い!新作案の締切が近いのよ!?
…ふんっ

氷枕ぁ?いいわよ、っておい!(強引に起こされ
丁寧に扱えクソ猫耳!
ぐぅ…(…なんか枕が変?

枕の下を漁り
へぇ、こんなの読むんだ…(パラパラ
(悔しいけど…グレーに赤を挟んで印象が柔らかくて、ループタイで上品にラフさも残して良いコーデなのよね
…意外と気を遣ってるわね

いらないわよ!あんたでも気を遣うんだって思っただけよ
一流ねぇ…気取ってるわね
はぁ!?誰がテメェの指図なんか受けるか!(なにが一流だよ、アホくさ
…くだらねぇ


信城いつき(ミカ)
  隠し物:精霊学の本
前提:レーゲン不在の間ミカが看病を頼まれた
部屋に入ってくる気配がしたので急いで枕の下に隠す

……(枕の下からおずおずと本を取り出す)

以前の依頼で、大事な人を想うのは同じなのに、デミ・ギルティだから倒さなきゃいけなかった事とか
フラーム神殿で精霊がオーガ化したのが見えた事とか

もし…ミカやレーゲンがオーガ化したら………………またマシロみたいに……殺さないといけないのかな
神人なら仕方ないのかな…?
レーゲンには心配するから言いたくない。ミカにも…本当は言いたくなかった

うん、自分にできる精一杯やるしかないよね
頑張れば変わることもあるかもしれないよね
うん、ありがと、ミカ(泣く)


アイオライト・セプテンバー(ヴァンデミエール)
  ぶー、ひとりで寝てるの退屈だよー
あたし、もう元気百倍なのにーっ(お布団ごろごろ
早くお外で遊びたいよーパパとデートしたいよーじーじとデートしたいよー
ごろーんごろーん…ん?
硬くて小さいものがお布団の下にあるみたい
これって、じーじがいつもアクセサリー代わりにしてる鍵?
この前汗を拭いてもらったとき、じーじが落としたのかなあ

ねー、じーじ
これ、じーじの?
返してあげるけど、その代わりじーじのお話してくれる?
ずっと寝てるから、つまんないの

あのね、あたし
でも、パパとも一緒がいい…
だからねっ3人で仲良くしようねっ

よーしアイスのために早く治すぞー
おやすみなさーい


フィリップ(ヴァイス・シュバルツ)
  …薬? あー…さっき飲んだ
別に。なにもいらない
…良いって言ってるだろ。俺が勝手に風邪引いてんだから俺のことは気にすんな
……はあ…口ではいろいろ言うくせに…

……
自分の枕下に相方への贈り物を隠していたことに気づく
…忘れてた
……。おい、ヴァイス。…受けとれよ?
…別に…ただの安物だ。いらないなら良い。返してくれても
…あっそ

おい。どこ行くんだ…
っ……! さ、寂しい…!?
頭では寂しいわけないと思っているが相方の言葉に顔が赤くなるのが分かる
誰もそんなこと言ってない。…寂しいのはアンタだろ? ヴァイス
……うるさい。もう黙れ…
…急に優しくなんの、反則だろ……
相方に聞こえないようにぼそっと


●大好きな人といる幸福

「ぶー、ひとりで寝てるの退屈だよー」
 そう言って、アイオライト・セプテンバーは布団を蹴り飛ばした。
 ベッドの下に落ちたけれど、それは気にしない方向で。
 だって、青い空は絵の具で塗ったように真っ青で、白い雲はふわっふわの綿菓子みたいなんだよ。
 それなのに、どうしてこんなところで、ごろごろしてなきゃいけないの。
「あーっ!あたし、もう元気百倍なのにーっ」
 叫んで、ほんとに布団の上を、ごろごろ、ごろごろ。
 パジャマがめくれて、お腹が丸見えになっても気にしない。
「早くお外で遊びたいよーパパとデートしたいよーじーじとデートしたいよー」
 ばたばたと動き回って、頭の下の枕が邪魔だと思ったところで、その下に、固くて小さいものがある事に気付いた。
「あれ? これって、じーじがいつもアクセサリー代わりにしてる鍵?」
 この前、汗を拭いてもらった時に、落としたのかもしれない。
「だったら返してあげなくちゃ」
 そこに、ノックの音が聞こえた。
「嬢、大人しくしてるかい?」
 ヴェンデミエールだ。
 うさぎの林檎を持って来たから、とドアを開けた彼は、部屋の惨状を見て「おやおや」と苦笑した。
「じーじ!」
 アオイライトはぴょんと起き上がり、さっき見つけた鍵を、ヴァンデミエールに見せる。
「ねー、これじーじの?」
「ああ、それは確かに僕の鍵だね」
 ヴァンデミエールはテーブルの上に林檎を置くと、アイオライトに向かって手を差し出した。
「ありがとう。一番大事な鍵なんだ。返してもらえるかな」
「ん~、返してあげるけど、その代わりじーじのお話してくれる?」
 アイオライトが大きな瞳をぱちぱちと瞬く。
「ずっと寝てるから、つまんないの」
「お話ねえ……」
 ヴァンデミエールは少し考える風だったが、すぐに「それくらいなら、構わないよ」と微笑してくれた。
「この鍵……これは、僕の大切な人に貰ったんだ。……ん? その人はどうしたかって? もういない。おやおや、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫さ。僕がいなくても、幸せに暮らしていたみたいだから」
 つらつらと語るヴァンデミエールに、後悔の様子はない。
 だがアイオライトには、わからないことがあった。
 だから、聞く。
「どうして、大切な人なのに、一緒にならなかったの?」
「さあ、どうしてだろうか。きっと僕が悪かったんだろう」
 ヴァンデミエールは、青空の窓に視線を向けた。
 いつも優しい眼差しがすっと細くなって、雲を追う。
 それがちょっとだけ、さみしそうで。アイオライトは思わず、大きく口を開いた。
「あのね、パパが教えてくれたの。お友達と仲良くできない時は、どっちかだけが悪いことはないんだって! だからじーじは悪くないと思う!」
 むずかしいことはよくわからない。
 それでも精一杯に言えば、ヴァンデミエールは、アイオライトの頭に、とんと手を置いてくれた。
「嬢は優しいね」
「だって、あたし、大切な人と別れ別れなんて嫌だもん。じーじと、パパとも一緒がいい……。だからねっ、3人で仲良くしようねっ」
 ね! ともう一度繰り返すアイオライトに、ヴァンデミエールは深く頷く。
 アイオライトは満面の笑みだ。
「さて、思いがけず長話になったから、僕はもう行くよ。嬢は林檎を食べて、あとはしばらくゆっくり休んでおいで」
 ちゃんと全快したら、アイスでも食べに連れて行ってあげるからと言い残して去ろうとするヴァンデミエールに、はあいといい返事をして、アイオライトは林檎を食べ始めた。
 しゃくしゃく噛んでごくりと飲み込み、ごろんとベッドの上に横になる。
「よーし、アイスのために早く治すぞー、おやすみなさーい」
 ちなみに蹴り飛ばされた布団は、後から様子を見に来た『パパ』が呆れつつも、かけて行ったらしい。余談である。

●いつかの幸福の在り処

 目を覚ました。
 目を覚ましたということは、今まで眠っていたのだろうと、レオ・スタッドは思う。
 ぼんやり見上げるのは、見知らぬ天井。
 ――ってここは?
 節々が痛くて、ひどく気怠かった。それでも首を回して周囲を見れば、どうやら自分が眠っているのは、大きなダブルベッドらしい。
 体調が悪いのは明らかで、ということはどこかに運び込まれているのか。
 でもそれにしたってと思ったところで、ふと、嗅いだことのある香りに気付いた。
 香木の匂い……ってことは……。
「風邪をひく馬鹿とは恐れ入る。今年二度目か」
 ドアが開かれると同時、案の定の渋面が見え、レオの眉間にしわが寄る。
「マジかよ……!」
 驚き持ち上げかけた頭を、枕に埋める。どうして、と思い実際に問う前に、ルードヴィッヒが口を開いた。
「……家の前で倒れていたことも忘れたか、重症のようだな」
「煩い! 新作案の締め切りが近いのよ!?」
「仕事疲れなら少し休め」
「……ふんっ」
 子供じみていると思いながらも、彼に背中を向けるように寝返りを打つ。
 そんなレオを見、ルードヴィッヒはふむ、と考える。
 さっきまでぐっすり寝入っていたことから考えるに、この後彼はしばらく起きていることになるだろう。
 さて、暇つぶしになる物は、と、ルードヴィッヒは、用意してきた水枕に視線を向けた。
 素直に受け取らないだろうし、仕込むか。
「おい、水枕を持って来た。頭だけは冷やせ」
「水枕ぁ? いいわよ、っておい!」
 一瞥はしたものの、レオはルードヴィッヒの言うことを聞くつもりはなかったはずだ。
 それなのに、ルードヴィッヒはベッドの横に立つと、背中を向けたままのレオの肩に手をかけ仰向けにして、腕だけをひいて強引に体を起こす。
「丁寧に扱えクソ猫耳!」
「なら病人らしく大人しくしろ、うつけ」
 睨み付けてくる視線に、鋭い視線を返しつつ、ルードヴィッヒは枕と、その下に重ねたカタログを一緒に置いた。その後は男の肩を手のひらで押して、体を倒す。
「ぐぅ…」
 病身のレオは逆らう元気もなく、ベッドの上へと沈み込んだ。
 衝撃でぶつかった枕が固い。なんか変だと思っているまに、ルードヴィッヒはさっさと部屋を出て行ってしまう。
「あの猫耳、なにを……」
 レオは、怠く重い腕を持ち上げて、枕の下を探った。
 引っ張り出したものは、掲載されているアイテム的に、ルードヴィッヒ愛読とわかるスーツカタログだ。
「へぇ、こんなの読むんだ……」
 レオはぱらぱらとページをめくった。
 掲載商品を見ながら、ルードヴィッヒ本人ではなく、彼の服装を思い起こす。
 悔しいけど……グレーに赤を挟んで印象が柔らかくて、ループタイで上品にラフさも残して、良いコーデなのよね。
「……意外と気を遣ってるわね」
「欲しい物があるなら買ってやるぞ」
 水とゼリーを手にしたルードヴィッヒが、ノックもないままに言う……となれば、レオが噛みつくのは当然と言うものだ。
「いらないわよ! あんたでも気を遣うんだって思っただけよ!」
 のどの痛みをこらえて大きな声を出すも、ルードヴィッヒは動じない。
「無論だ。服も小物も家の内装も、全て気を遣っている。一流は一流を知っているもの、お前にもそうあってほしいな」
 淡々とした口調に、レオは嘆息した。
「一流ねぇ……気取ってるわね」
 しかしルードヴィッヒは、そんなレオに、さらに一言。
「……お前は俺の隣に立つ男だ、もっと一流を知る必要がある。世界が広がって見えるぞ」
「はぁ!? 誰がテメェの指図なんかうけるか!」
 レオが声高に告げる。
 確かに室内の黒茶の家具は、彼の衣装同様に品の良いものだ。
 でも、それとこれとは話が違う。
 ――なにが一流だよ、アホくさ。
「……くだらねぇ」
 再び背を向けるレオに、しかしルードヴィッヒは別の言葉を投げかけた。
「俺が持ってきた物を無駄にする気か。ゼリーを食え。世話をかけさせるな」
 当然、レオからの反論がある。だが、ルードヴィッヒは聞き入れない。
 一流云々にしても、それと同じことだ。
 後々教えればいいさ。俺に相応しい男に成ってもらわねばな……。
 仏頂面でゼリーにスプーンを突き立てるレオを、ルードヴィッヒはただ黙って見ていた。

●傍らにいてくれる幸福

 寝込んでいるフィリップの部屋。
 ひょこりと顔を出したのは、相方のヴァイス・シュバルツだ。
「薬飲んだかー?」
 飲んだもなにも、さっき持って来たのはヴァイスだろ、と思いつつ、それをきちんと胃に収めたか、ということだと合点がいった。
「……薬? あー……さっき飲んだ」
 言えば彼は、じゃあ、と室内に入ってくる。
「なんかいるもんあるか」
「別に。なにもいらない」
「なんもない? あるだろなんか」
 ベッドの脇に立ち、ヴァイスがフィリップを見下ろす。
 なぜそんなに、何かを持ってきたいんだ。
 フィリップはため息をつく。
「……いいって言ってるだろ。俺が勝手に風邪引いてんだから、俺のことは気にすんな。……はあ……口ではいろいろ言うくせに……」
「いろいろ言うくせに進歩しねぇとでも? ほっとけ」
 まったく、ほっとけはお互い様だと、フィリップは彼に背を向けるべく、寝返りを打とうとした。きっとこうしてしまえば、ヴァイスも大人しく部屋を出て行くはずだ。
 と、枕の下に、なにか硬いものがあることに気付く。
 そうだ、そういえば……。
 いつまでも持っていても仕方がない。
 フィリップはその小袋を引っ張り出すと、案の定、部屋を出て行こうとしていたヴァイスに向き直った。
「……。おい、ヴァイス。……受けとれよ?」
「あ? なにを?」
 声と同時、振り返ったヴァイスが、眼前に飛んできた物を、ぶつかるぎりぎりでキャッチする。
「うおっ! あ、あっぶね。物投げんじゃねえよ……!」
「すまない、コントロールが狂った」
 嘘か本気か自分でもわからないことを言うと、ヴァイスは一瞬眉をひそめた。
 しかし意識はすぐに、手に握っている袋に移る。
「何だこれ、開けてもいいのか?」
 頷くフィリップの前で、がさがさと袋が開封される。
 中から出てきたブレスレットに、ヴァイスは二度三度瞬きをした。
 白と黒のビーズを使ったそれはいたってシンプルで、自分の服装には良く合いそうだ。
 だが……とフィリップを見やれば、彼は実に淡々と、唇を動かした。
「……別に……ただの安物だ。いらないなら良い。返してくれても」
「安物、ねぇ……良いんじゃねぇの? 安くても」
 ヴァイスはさっそくそれを手首につけて、ひらりと振って見せる。
「けど、お前から貰えるとか、思ってなかった」
 穏やかな笑顔を見せたのは一瞬で、すぐにそれは、からかうような笑みに変わる。
「病人に向かってありがとうとか言うわけにはいかねぇから、礼は風邪が治ってから言ってやるよ」
「……あっそ」
 よくわからない理屈だとは思ったが、あの笑顔だけでも十分だ。
 フィリップがそう思っていると、彼はいよいよ、扉に向かう。
 さっさと出て行けと思っていたのに、フィリップは、気づけば口を開いていた。
「おい、どこ行くんだ……」
 振り向くヴァイスは怪訝顔。なんだよ、と言った後に、悪戯っぽく、片頬を上げる。
「……あ、寂しいとか?」
「っ……! さ、寂しい……!?」
 そんなわけがないと、頭ではわかっている。
 しかしフィリップの顔は、そのとき確かに熱くなっていた。鏡を見れば、きっと赤くも染まっていただろう。
 それでも負けたくなくて「誰もそんなこと言ってない」と言ってやる。
 さらには「……寂しいのはアンタだろ? ヴァイス」と続ければ、彼は扉の前から再び、ベッドの傍へとやって来る。
「はいはい。悪かったな、気づかなくて」
「……うるさい。もう黙れ」
 俺は別に寂しくはないと、頭の中だけで主張した。しかしそんなフィリップの額に、ヴァイスはそっと手を伸ばす。
「で、どうよ? 熱」
 手のひらは、純粋に体温を確認するためだろう。おでこから頬へと移動した。
 いったいなんだよこの仕草。
「……急に優しくなんの、反則だろ……」
 ごくごく小さく呟いた言葉は、ヴァイスには聞こえない。
 彼は「なんつった?」と聞き返し、最後に一度、フィリップの頭を軽くたたいた。
「あと少しだな。大人しくしとけよ」

●守る勇気と守れる幸福

 ノックの音が、居室に響く。
「入るぞ」
 ミカだ。
 信城 いつきはとっさに、読んでいた本を枕の下へと押し込んだ。
 それとほぼ同時にドアが開き、土鍋の載った盆を持った精霊が、部屋へと一歩、踏み込んでくる。
「粥を持って来たが、食べられるか? あーんとかはしてやらないぞ」
 にやりと笑われ、苦笑を返す。
 そんなこと、してもらわなくても食べられるよ! といつも通りに返せなかったのは、彼に本の所在がばれていないことに、安心したからだ。
「ありがとう、ミカ」
「まあ、レーゲンに頼まれてるからな」
 ミカはベッド近くのテーブルの上に盆を置くと、その前の椅子に腰をかけた。
 きっとすぐにお粥をよそってくれるのだろうと、思いきや。
「……で、枕に何隠した?」
 ……見つかっていた。
「これ」
 いつきは肩を落とし、おずおずと分厚い本を取り出した。
「精霊学……。なるほど、熱は知恵熱か」
 風邪だけにしては長く続くと思っていた、とミカは納得する。
 でも別に、気になる問題ができた。なぜ彼が、突然このようなものを読み始めたか、ということだ。
 こちらを窺う眼差しに、ミカはふっと細い息を吐いた。
「真面目に聞く必要がありそうだな。さあ、話せ」
 面白い話じゃないけれど、と前置きをして、いつきは口を開く。
 それは彼が悩むのも無理はないと思えるほどに、重い内容だった。
 ひとつは、以前の依頼に関すること。
 大事な人を想うのは同じなのに、デミ・ギルティだから倒さなければいけなかったことについて。
 もうひとつは、フラーム神殿で、精霊がオーガ化したのが、見えたことについて。
「もし……ミカやレーゲンがオーガ化したら………………またマシロみたいに……殺さないといけないのかな。神人なら、仕方ないのかな……」
 なりたくて、神人になったわけではない。
 それでも、精一杯に立ち向かっている。
 それがわかるからこそ……ミカは悩むなとは言えない。
「いつき」
 ミカは穏やかな声で、彼を呼んだ。
「お前はマシロを“殺したかった”んじゃないんだろ。レーゲンを”守りたかった“んだろ」
 その言葉に、いつきは小さく頷いた。しかし彼は「でも」と口を続ける。
『でも』の先は、言わせてはいけない。
 ミカは、俯いてしまっているいつきの顔を覗きこんだ。
「いいか、いつき。お前は神様じゃない。マシロのデミ化を浄化する力も無い。“だから”撃ったんだろ。元に戻す方法を考えて悩んで、そして最後に選んだんだろ。『レーゲンを守る』手段を」
「うん……。俺は、レーゲンを守りたかった」
 そのたったひとつの真実は、どんなことがあっても変わらない。
 いつきの目に、透明な膜が揺れる。
 瞳から落ちる物を拭うべく、そこをこすろうとするいつきの手を、ミカは掴む。
 親友のために、そして親友を愛するいつきのため――いや、自分も大切に想っている彼のためにも、どうしても目を見て、伝えたい言葉があったのだ。
 彼は言う。
「これから先もできないことは一杯ある。だがやめたら、誰も助けられなくなる。悩んでいい。そして自分にできる精一杯を選べ。守る為に」
 俺は、そんないつきを守る。レーゲンも、きっと、全力で。
 皆までは言わない。しかしきっと、聡明ないつきはわかっている。
 その証拠に、彼は顔を上げた。
「うん、自分にできる精一杯をやるしかないよね。頑張れば、変わることもあるかもしれないよね」
「ああ……ったく、チビのくせに悩みすぎた」
 ミカはいつきの頭を引き寄せた。ぐしゃぐしゃと髪を撫ぜると、いつきがぽろぽろと涙をこぼす。
「内緒にしてやるから、今のうちに泣いとけ」
「うん、ありがとう、ミカ」
 嗚咽に混じった声が伝えた感謝に、ミカはこれこそが、いつきの強さだろうと思った。

●愛する家族と過ごす幸福

「セイリュー、君が寝込むなんてねぇ」
 ラキア・ジェイドバインはそう言って、小さく笑った。
 手では器用に、果物ナイフを扱っている。
「それもこれも、寝てる時暑いからって、お布団蹴飛ばしているからだよ。明け方はまだ冷えることも多いんだから」
 ベッドの住人となっている相棒、セイリュー・グラシアは、唇を尖らせた。
 正直、耳が痛い話だ。
 それでも一応、「布団蹴飛ばしてたのはいつの間にかだし、仕方ないじゃん?」とは言ってみる。
 ラキアは「まあそうだけど、でもね」と言いながら、丸い林檎を切り分けていく。もちろんその間にも、お説教は止まらない。
 ――まったく、ラキアの冷静な突っ込みが厳しいぜ。
 セイリューは彼の言葉を適当に聞き流しつつ、ラキアの手元を見つめていた。
 早く食べたいからではない。こんな手間暇かけたもの作ってくれることが、彼が自分を、心から心配してくれている証のひとつだと感じるからだ。
 それはお小言も同じこと。だから本当は、看病してもらって、ちょっと嬉しくなっている。
 ラキアもそんなセイリューの、想いと視線に気づいたのだろう。
「とりあえず林檎なら食べられるよね」
 ほら、あーん、と、完成したうさぎ林檎を差し出してくれる。
 セイリューはもちろん、それにぱくりと食いついた。
 しゅわっと口に広がる爽快感。熱のある体には、それがひどく心地良い。
「ウマ~」
 とろける笑顔とともに、感動の声を上げ、セイリューは、枕をぎゅうっと抱きしめた。
 ほんとはラキアにしたいけど、我慢我慢……と思ったところ。
 ん? 枕の下に、何かある。
「何だこれ」
 引っ張り出してみれば、それは猫たちのための液状おやつだった。
 どの猫にも超大人気、の謳い文句はざらではなく、セイリューとラキアの愛猫も、とびつく美味さの食べ物である。
 別になんの変哲もないものなのに、なぜか、じいっと見てくるラキアの視線がかなり痛い。
「セイリュー……、もしかして、君のつまみ食い用?」
 いやいやいや、いくらなんでも、とは思うんだけどと言いながらも、尋ねてきたラキアに、セイリューこそが、いやいやいや、と首を振った。
「や、さすがにオレが食べるんじゃないし? 猫達に見つからないように隠してた。いくらでも欲しがるから」
 その言葉に、ラキアは苦笑する。
「ご飯の前に、食べさせてたの? もう、にゃん達も仕方無いなあ」
 猫達の健康面から言うならば、もっとしっかり管理しなくてはいけないところだけど、あのかわいいにゃん達にくっつかれては、セイリューは断れなかったのだろう。
 セイリューは、お小言続行とならないことに、安堵したらしい。
 うさぎ林檎の載る皿に目を向けた。
「まあ、この林檎みたいなもの? いくらでも欲しくなる」
 まったく調子がいいんだから、とラキアの緑の目は語る。
 それでも、「あーん」と口を開いて待っているセイリューのことが、とても可愛いと思ってしまうのだから、やっぱり自分も『仕方無い』のだ。愛する者には逆らえない。
 正面の寝癖頭をぽんと叩いて、ラキアはうさぎ林檎をもうひとつ、セイリューの口に入れてやった。
 しゃりしゃりと、満足そうな咀嚼音。
 この食欲ならば、きっとすぐに体調も良くなるだろう。
 ドアの向こうでは、にゃあん、と愛猫たちの声がする。
 クロウリーとトラヴァーズが、いつも元気な飼い主の姿が見えないことに、心配してくれたらしい。
「ほら、猫達もやって来たよ」
 彼らを見れば、セイリューも、もっと元気が出るだろう。
 そう考えラキアはドアを開けた――直後。
 振り返る。
「セイリュー、さっきの隠して! 早く!」
「んっ、んんっ!」
 林檎で頬を膨らめたままのセイリューが、焦っておやつを隠したのは、言うまでもない。



依頼結果:大成功
MVP
名前:レオ・スタッド
呼び名:スタッド、うつけ
  名前:ルードヴィッヒ
呼び名:ルード、クソ猫耳

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月17日
出発日 04月24日 00:00
予定納品日 05月04日

参加者

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