【薫】出会い変遷香(山内ヤト マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 タブロスの裏通りに、カエルのイラストと遮光瓶とハーブの束を加えた看板を出した店がある。
 調香師カー・エルの店だ。
 香りを追求する彼には、一つの目標があった。

 何かを変える香り。

 芳香というものは、儚い。
 絵画や彫刻のように長く残るものではない。
 そんな儚いものだからこそ、自分の手で創り出した香りが、何かを変えることをカー・エルは望んでいた。

 店の作業テーブルの上には、完成した四つのアロマオイルの入った遮光瓶が並んでいる。
 これには嗅いだ者同士の関係性をほんの少し変える力があった。

 春をイメージしたアロマオイル。花の香りをベースにした。
 この香りを嗅ぐと、相手のことを初々しく新鮮に感じる。初恋の少年少女のように、奥手でいじらしい気持ちになるだろう。

 夏をイメージしたアロマオイル。フレッシュな柑橘類が香る。
 この芳香は、情熱的な交流を促す。少々大胆なことも二人の間では当たり前な、気さくな関係を築けるはずだ。精霊から、積極的にスキンシップや甘い言葉をかけてくることも……?

 秋をイメージしたアロマオイル。リンゴやブドウといった複数の果物で芳醇な香りに仕上げた。
 相手に対し、円熟した親しみを感じる。友情や家族愛といった、男女の恋愛以外の気持ちも含む。以心伝心やツーカーの仲というように、お互いの気持ちを汲み取りやすくなる。

 冬をイメージしたアロマオイル。このオイルは特殊で、辺り一帯を無臭にする。もしこのオイルに匂いがあるとするなら、それは無機質なガラスの香りだ。
 隔絶の香り。相手のことをまるで他人や初対面のように感じる。そう感じる、というだけであって思い出が消えるわけではない。むしろ、パートナーと初めて出会った時のことを思い出すだろう。

 アロマオイルを購入すると、オマケでシンプルなアロマポットもついてくる。
 神人か精霊の自宅か、調香師の店内にある落ち着ける個室で、アロマオイルを使うことができる。

解説

・必須費用
アロマオイル代:400jr



・変遷香について
どれか一つだけを選べます。
変遷香は、あなたとパートナーの関係性を一時的に変えます。
記憶や思い出がなくなったりすることはありません。
プラン提出時のウィンクルム性格は、変更後のものではなく、普段通りのものを入力してください。

春:奥手扱い
夏:気さく扱い
秋:気さく扱い
冬:奥手扱い

ゲームマスターより

山内ヤトです!

寿ゆかりGM主催のフレグランスイベントのエピソードです。
対象のエピソードの納品時に、参加者へ全8種類のうち、ランダムで2つの『香水』がプレゼントされます!
リザルト内で使ったアロマオイルやアロマポットはアイテムとして配布されないので、その点はご注意ください。

どうでも良い小ネタ。
調香師のNPCが「カエル」モチーフなのは「カオル」と一字違いだから。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆精霊の部屋にて
そういうエミリオだって仕事が忙しくてなかなか会えなかったじゃない・・・寂しかった(小声)
エミリオ・・・ありがと(抱きしめ返し)
え、アロマオイル?
うん、好き!(即答)
さっそく使ってみよう(わくわく)
わぁ、フルーツの香りがするね、いい香りー
何だか食べたくなっちゃう香りだね
え・・・えぇ!?
普通そういうのは女の人が男の人にしてあげるものじゃないかな・・・?
嫌じゃないよ!ただ・・・その(赤面)
エミリオがそういうなら・・・お邪魔します
(精霊の質問にテンパる)う、うん!ドキドキしてる!
私頭撫でてもらうの好き・・・なんだ(うとうと)
や・・・まだエミリオと話していたいよ
うん・・・おやすみなさい


月野 輝(アルベルト)
  冬選択

せっかくだし、すぐ使ってみたくてお店の個室を拝借
確かに香りらしい香りはないけど、この澄んだ空気感は冬独特って感じ
何だか郊外にある実家の道場思い出すわ
そう言えばアルに初めて会ったの、契約の時じゃなく
本当は道場でだったのよね

ハッキリと覚えてはいないけど、私は何故か「お兄ちゃん」が大好きだった
いつも面倒そうに追い払われてた気もするんだけど
最後には必ず待っててくれて
本気で置いて行ったりしない人だって本能的に分かってたのかしら

思い出して思わず笑みが零れる
小さな頃の些細な思い出
小さすぎて覚えてない事も多いんだけど、アルに聞いたら教えてくれるかしら

問いかけるように顔を見たら、アルが何だか苦笑してる…?


かのん(天藍)
 
購入後天藍の所へ
周辺を無臭に変えるのですって

アロマオイル焚き
何となく天藍との間に透明な壁を感じる
この感覚はどこかで…
少し考え天藍との契約直後を思い出す

こちらを窺う天藍に気付き
契約したての頃に私が天藍さんって呼んだら、天藍、呼ぶ度に呼び捨てでって返していたでしょう
普段誰かを呼び捨てにする事がなかったので、強引な方だと思ったのですよね

くすくす笑いながら
結局、パートナーになる相手にさん付けは他人行儀だと言われて、最後は私が根負けしたのですよね

今思えば、あの頃に呼び捨てにできるようになって良かったのかもしれないです
そうじゃないと、きっと今も天藍さんと呼ぶ事から切り替えられないでいそうな気がするんです


小鳥遊 光月(甲・アーダルブレヒト)
  秋か夏か悩んで夏を。神人からアクションを起こしてもいつもそっけない態度を取る精霊なので向こうからアクション起こして欲しかった。

親密度を高めようと言ってブックカフェ閉店後に呼ぶ。
店内にあらかじめアロマを焚いておく。
精霊が来た後、コーヒーを入れながら当たり障りのない話題を選ぶ。
それでも精霊は相変わらずそっけない。
それで思わず
「他のウィンクルムってどうやって親密度上げているんでしょう?」
と呟いてしまう。

精霊から予想外のアクションが来たので固まるが
アロマの効果で拒否はせず、頭や髪を触らせている。
恐いと思う気持ちが消えて、安心感が生まれる。

その後、いつもよりも話が弾む+ボディタッチ


エリザベータ(時折絃二郎)
 
相変わらずボロいゲンジの店
2階の家か?先に店覗くか

うぃーっす
ドーナツ作ったから持ってきたんだけど…

あ、あとコレ
果物の香りなんだって(他にも説明された気がするけど…まぁいいか
花とか店に飾れないし気分転換にはいいだろ?
そっち客に用意させるか!?別にいいけどさ

持ってきた苺ドーナツと紅茶を用意
いいだろ、専門店で買ったんだ

前に苺が一杯あった(SP1)から好きだと思ったけど…
じー)なんだよ、嬉しいくせに
(なんとなく解った、いつもこうなら良いのに
へへ、初めて作ったけど美味いなら安心したぜ

今日は機嫌良いな?
ゲンジのこと少し解ってきたなぁって(照笑
嫌だった?
そ、そっか
(不意に直球で褒めるから調子狂うんだよな…


●エリザベータと時折絃二郎の秋
 古びた建物を見上げて、『エリザベータ』は口笛を吹くかのように唇を軽くとがらせる。
 ここは鑑定士である『時折絃二郎』の住居兼店舗だ。古美術品を取り扱っている。
「相変わらずボロいゲンジの店。……二階の家か? いや、先に店覗くか」
 そう独り言をつぶやいてから、エリザベータはまず一階の店舗部分に顔を出した。

 店のドアの開く音に絃二郎が反応する。
「いらっしゃ……」
「うぃーっす」
「……お前か」
 現れたのがお客ではなく、エリザベータだとわかるとあからさまに態度を変えた。ジトッとした目つきで素っ気なく応える。
「今は仕事中だ」
「そっか。ドーナツ作ったから持ってきたんだけど……」
 エリザベータはお菓子作りがそれなりに得意なのだ。
 絃二郎は表情を変えることはなかったが、ドーナツという言葉で態度は変えた。
「……もう休憩時間か、上に来い」

「あ、あとコレ。果物の香りなんだって」
 紙袋からガサゴソと、アロマオイルのセットを取り出した。カー・エルの店で買った秋のアロマオイル。香りの範囲内にいる者同士の親近感を強める効果のある香りだ。
(香り以外にもなんか説明された気がするけど……まぁいいか)
 もっとも、エリザベータは詳しい効果は忘れていた。
「アロマポット? いかにも女が好みそうな代物だな」
 絃二郎は思ったことは躊躇なく言う方だ。
「花とか店に飾れないし気分転換にはいいだろ?」
 そう言われ絃二郎は考え込む。
「確かに、美術品に移るからな……一理ある。火種は用意しておく、ドーナツと茶を用意しろ」
「そっち客に用意させるか!? 別にいいけどさ」
 エリザベータは軽く文句を言いながらも、作ってきた苺ドーナツをお皿に盛りつけお茶の用意をした。

「ほらよ、ゲンジ。用意できたぞー」
「では点火するとしよう」
 秋の実りを思わせる、芳醇で奥深い果物の香りが室内に広がった。
「ほう……」
 少し感心したように絃二郎が声を出す。
 買ってきたものが好評で、エリザベータも嬉しくなる。
「いいだろ、専門店で買ったんだ」
「職人の仕事なら納得だな」
 しばらく香りを堪能した後で、エリザベータお手製のドーナツに手をつける。
「……苺ドーナツ」
「前に苺が一杯あったから好きだと思ったけど……」
「よく覚えていたな、褒めてやろう」
 そう言った絃二郎の顔をエリザベータはじーっと見つめた。
「なんだよ、嬉しいくせに」
 なんとなく絃二郎の気持ちや考えていることがわかった。勝手な思い込みでなく、しっかりとした手応えを伴って。
(いつもこうなら良いのに)

(……感情を読まれた? まさかな)
 偶然か何かだろうと絃二郎は自分に言い聞かせる。
 眉を顰めドーナツを頬張った。……美味しい。
「まあまあだな」
「へへ、初めて作ったけど美味いなら安心したぜ」
(……なんだ、この敗北感は。少々腹は立つが……ヘイルは嬉しそうだ)
 絃二郎はエリザベータのことを姓のヘイルで呼んでいる。
 エリザベータは再びじっと絃二郎を見つめた。
「今日は機嫌良いな? あたし、ゲンジのこと少し解ってきたなぁって」
 少し照れたような笑いを見せる。
「別に、いつも通りだが? 機嫌ならお前もだろう」
 ご機嫌なエリザベータに冷水を浴びせるように、ぴしゃり。
(……年を取ると、意固地になってイカンな)
 口にした後で言い過ぎたかと気にかける。
「嫌だった?」
「……」
 部屋に漂う穏やかな秋の香り。絃二郎はエリザベータに、もう少し気さくに接してみようという気になった。
「お前が喜ばしいなら、嫌では……違うな、嬉しい、と思うぞ」

「そ、そっか」
 エリザベータは左手で軽く自分の頬をかいた。
(不意に直球で褒めるから調子狂うんだよな……)
 気まぐれでミステリアスなところのある絃二郎に、少々振り回されている。

●小鳥遊 光月と甲・アーダルブレヒトの夏
「うーん、どうしようかな」
 アロマオイルを見ながら『小鳥遊 光月』が唸っている。秋の香りか夏の香りにするかで悩み中だ。親しくなろうと奮闘する光月に、『甲・アーダルブレヒト』はいつも素っ気ない態度をとる。
「たまには、向こうからもアクションを起こしてほしいんだもん」
 ぽつりとつぶやいてから、思い切って夏のアロマオイルを買うことに決めた。

 光月のブックカフェの閉店時間後に来てくれないかと甲に連絡を入れる。多分、甲に面倒臭がられるだろうと予測して、光月はこんな文言も送っていた。
 親密度を高めよう――。
 ストレートな用件。どことなく義務のような固い印象があるのは、多分通常の人間関係において使われない表現だからだろう。
 だが義務感を匂わせるこの表現は、甲の気性には合っていた。これもウィンクルムの仕事の一環だと割り切り、光月のブックカフェへ足を運んだ。

 光月は夏のアロマオイルを焚いて甲を待っていた。
「あ……いらっしゃい」
「呼ばれたからきただけだ」
 ウィンクルムとして契約した以上嫌々きてやった……という失礼な態度を隠す気はないようだ。
 何やら部屋の中が香っていることに甲は気づいたが、その正体まではわからない。特に気にせず、テーブルに座る。
「コーヒー入れるね」
 ハーブティーは好き嫌いがわかれるので、光月は気を使ってコーヒーにした。
「ええと……この前読んだ本がすごく面白くて……」
 それから当たり障りのない話題で会話。

「……」
 甲にしてみれば、光月と会話をしているというよりも世間話につきあわされている、という感覚だった。だるくて仕方がない。
 ……それなのに、妙に光月のことが可愛らしく見えてくるのが不思議だった。
 それだけでなく元から見知った仲だったような親愛を感じる……。
 だが、甲の内面の変化は態度には出ない。

 夏のアロマオイルを焚いて、ブックカフェに呼んで、自分から積極的に話しかけた。
 光月はそれだけのことを実行したのに、甲は相変わらず素っ気ないままに見えた。
 途方に暮れて、光月は思わずつぶやいてしまう。
「他のウィンクルムってどうやって親密度上げているんでしょう?」
「例えばこうか?」
 甲がひょいと手を伸ばし、光月の黒髪を指先で軽く引っ張る。
「なっ!? えっ……?」
 予想外の行動にびっくりして固まる光月。だが夏のアロマオイルの効能を思い出して、少し冷静さを取り戻す。甲からのボディタッチを拒まず、様子を見ることにした。
「お前の髪は綺麗だ」
 ふわっとした光月の髪。その手触りを楽しむかのように、甲は光月の頭を何度も繰り返し撫でる。甲は、頭や髪を触るのが好きなようだ。
 そうしているうちに、甲のことを恐いと思う気持ちが薄れていく。
(むしろ……安心感があるかも)
 気さくな距離感でのボディタッチで、光月の甲に対しての苦手意識はだいぶ軽減された。

「さっき、他のウィンクルムのことを言ってたが……」
 甲がぐっと光月の顔を覗きこむ。互いの吐息がかかりそうなほどに近い。
 間近で見る甲の顔。紫色をした鋭い目つき。たしかに眼光は鋭いが、精悍な顔立ちをしている。じっと見つめられると、不思議な気持ちになってくる。
「そんなことは気にしなくていい。心配しなくても俺達は俺達のペースでいいんだよ」
 そう言うと、甲は光月の髪の毛をくるくると指先に絡めて遊び始めた。髪にカールの癖がつきそうだが、せっかく甲と交流ができているので止めはしない。
(……綺麗な髪、か)
 褒められたのは嬉しかった。

 その後はお互いに口数が多くなり、会話も弾んだ。
「そうそう。本の話なんだけど……」
「ああ。聞かせてくれ」
「……本好きなの?」
「というか、楽しそうに話す光月の声が聞きたいんだ」

●月野 輝とアルベルトの冬
 『月野 輝』が購入したのは冬のアロマオイル。
「せっかくだし、すぐ使ってみたいわよね」
 パートナーの『アルベルト』と一緒に、芳香を楽しむための店内個室を利用することにした。
 買ったばかりの遮光瓶を開封。普通のアロマオイルなら何か香りがするはずだが、このオイルは特殊だ。
 アロマポットを置いて冬のオイルを焚くと、不思議なことに室内からあらゆる匂いがさぁっとかき消えた。
「確かに香りらしい香りはないけど、この澄んだ空気感は冬独特って感じ」
 冬の澄んだ空気というイメージから、輝はある場所を想起する。
「何だか郊外にある実家の道場思い出すわ」
 輝の祖父母が開いている道場のことだ。一歳半の頃に両親をオーガに殺され、輝はそこで育てられた。
 輝はアルベルトのいる方に顔を向けた。神人の証である左手の紋章をそっと撫でる。ウィンクルムの契約も印象に残る出来事だが、二人の出会いはそこからさらに遡ることができる。
「そう言えばアルに初めて会ったの、契約の時じゃなく本当は道場でだったのよね」
 冬のアロマオイルにいざなわれ、二人が最初に出会った頃の思い出話がはじまった。

 初めて会った時はお互いにまだ子供だった。
 とはいえアルベルトの方が輝よりも年上だったので、幼い輝はアルベルトのことを「お兄ちゃん」として慕う。輝の中で「お兄ちゃん」が「初恋のお兄ちゃん」へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
「ハッキリと覚えてはいないけど、私は何故か『お兄ちゃん』が大好きだった」
 あの日、輝は転んで泣いていた。いくら我慢強くて意地っ張りの輝でも、まだ三歳だ。泣いても仕方がない。
「目の前で幼い子に転ばれては知らんぷりも出来ない」
 少年アルベルトは手を差し出して、泣いている輝を立たせてあげた。
 何気ない親切。
「それだけの事で何故か懐かれてしまったな」
 二人で回想にひたり、懐かしい気持ちで会話を続ける。
「いつも面倒そうに追い払われてた気もするんだけど……」
 その言葉に、アルベルトは少しだけ申し訳なさそうな苦笑を浮かべた。
「はは、すまない。たしかに懐いてきた輝を追い払った覚えがある。三歳児の女の子の相手なんて、当時の私には面倒なだけだった」
「でも、最後には必ず待っててくれて。本気で置いて行ったりしない人だって本能的に分かってたのかしら」
「輝の心が強かったということもあるんじゃないか。何度も『来るな』と追い払ったが輝はめげなかった」
 輝の頑固さは、三歳の頃から健在だった模様。
「そのうち根負けして自由にさせてたら……」
 アルベルトはふっと微笑みを浮かべ、慈しむような口調でこう言った。
「いつの間にかいないと寂しいと思うようになっていた」

「ふふっ……」
 当時のことを思い出していたら、輝の顔に自然と笑みがこぼれた。
 アルベルトは優しい眼差しでその笑顔を見つめている。
「アルとの思い出話ができて楽しいわ。ただ……私はあの時まだ小さかったから、覚えてないことも多いのよね。ちょっと悔しいわ」
「それならきっと、自分の言ったことも忘れているかもしれないな」
「気になるわね……」
 小さな頃の些細な思い出。些細だけど大切な記憶。
(アルに聞いたら教えてくれるかしら……?)
 問いかけるようにアルベルトの顔を見れば、彼は意味深な苦笑を浮かべている。
 輝はその苦笑の意味がわからず、不思議な顔をするしかなかった。
「教えてやるとしようか、あの時の言葉を」
「え、なぁに?」
 興味津々で聞きたがる輝の様子に、アルベルトはますます笑みを深める。

 ひとしきり焦らした後でようやく、幼い輝の無邪気で大胆な発言を本人に明かす。
「私に『お兄ちゃんのお嫁さんになってあげるね』などと言ったのも覚えてはいないのだろう?」

●ミサ・フルールとエミリオ・シュトルツの夏
 『ミサ・フルール』と『エミリオ・シュトルツ』は、宿の部屋を借りて生活している。それぞれ別の部屋をとっているが、今は二人共エミリオの部屋にいた。
「ミサ、最近仕事頑張り過ぎじゃない? 疲れた顔をしているよ」
「そういうエミリオだって仕事が忙しくてなかなか会えなかったじゃない。……寂しかった」
 切ない声でミサが弱音を吐く。
 目をうるませるミサに、エミリオの胸が高鳴った。
「ミサ……寂しい思いをさせてごめん」
 ひし、とミサのスレンダーな体を抱きしめる。
「エミリオ……ありがと」
 ミサもまたエミリオのことを抱きしめ返す。
 二人はしばらくそのままの格好で抱擁を続けた。

 ゆるりとエミリオが腕の力を解く。
「ね、アロマオイル、買ってみたんだ、お前こういうの好きでしょ?」
「え、アロマオイル? うん、好き!」
 パッと顔を輝かせて、ミサは明るく即答した。
「楽しみ! さっそく使ってみよう」
 わくわくしているミサを見ていると、エミリオの心も自然に和む。
「素直に喜ぶミサは可愛いね。俺も嬉しいな」
 エミリオは夏のアロマオイルを焚いた。爽やかな柑橘系の香りが広がる。
「わぁ、フルーツの香りがするね、いい香りー。何だか食べたくなっちゃう香りだね」
 ふっと微笑して、エミリオはベッドの縁に腰かけた。そしてミサを手招きする。
「ミサ、おいで。膝枕してあげる」
「え……えぇ!?」
 ときめきと動揺。甘いためらい。
 ミサはおずおずと言ってみる。
「普通そういうのは女の人が男の人にしてあげるものじゃないかな……?」
「寂しい思いをさせちゃったお詫びと仕事を頑張ったお前へのご褒美だよ。それじゃ嫌かな?」
 ふるふると、ミサは慌てて首を振る。
「嫌じゃないよ! ただ……その」
 赤面してもじもじした後で、ミサは観念したようにベッドに近づいた。
「エミリオがそういうなら……お邪魔します」
「ふふ、よかった」
 ちょっと恥ずかしいけれど膝枕をしてもらう体勢に。
(あ、エミリオからも柑橘系の夏の香り……)
 エミリオがつけている香水、清爽の香りを感じた。

 優しくミサの頭を撫でながら、エミリオが問いかける。
「どう? リラックスできてる?」
「う、うん! ドキドキしてる!」
 テンパり気味なミサの返事に、ついエミリオはクスッと笑ってしまった。
「こら、そういう可愛い事ばかり言わない」
 ミサの耳元に顔を近づけて甘い声で囁く。
「……これ以上のこともしたくなるでしょ」

「……」
 かなり大胆なニュアンスを込めた言葉を色っぽく囁いたのに、ミサは特に目立った反応を見せない。
「……ミサ?」
 これはちょっと意外だった。エミリオはミサの顔を覗き込む。
「ふふ……エミリオ」
 ミサの瞼は心地好い眠気で幸せそうに閉ざされていた。口元には穏やかな微笑み。
「私、頭撫でてもらうの好き……なんだ……」
 うとうとしながらミサがそう言った。微睡みのせいで、少し舌足らずになっているのが可愛らしい。
「残念。ミサはもうおねむの時間なのかな?」
 ちょっとからかうようなエミリオの声。
 寝ぼけ半分でミサが目をこする。だがその手の動きは緩慢で、今にも眠りの世界に落ちてしまいそうだった。
「や……まだエミリオと話していたいよ」
 まるで小さな子供をあやすように、エミリオが頭を撫でながら優しく説き伏せる。
「寝たら部屋に運んであげるから。俺が、眠ったミサをお姫様みたいに抱っこしてあげるよ」
 微睡みの中でその様子を想像したのか、ミサの口元に恥じらいと嬉しさの混ざった笑みが浮かぶ。
「だから、お前は安心してお休み」
「うん……おやすみなさい……」
 すぅと安らかな寝息を立てて、ミサの意識は完全に眠りの世界に移っていく。
 そしてエミリオは約束通り、眠り姫を部屋まで運んであげた。

●かのんと天藍の冬
 冬のアロマオイルを買った『かのん』は、その後いそいそと『天藍』のところへ向かう。お互いに自宅の鍵をすでに渡している仲だ。
「お邪魔します」
「ああ。良くきたな」
 天藍はかのんを快く出迎えた。
「これを一緒に試したくて」
 そう言って、かのんは楽しそうな様子でアロマポットを取り出した。
「へえ、アロマオイルを焚くのか? そういえば最近かのんは香水とかに興味をもっていたな」
「ええ」
 にこやかに頷いて、かのんはアロマオイルについて話す。今回買ったものは、普通のアロマオイルとはかなり特徴が異なっていた。
「調香師さんのお店で面白い物見つけたんです。周辺を無臭に変えるのですって」
 香りが全くせず、焚くと周囲の匂いをかき消すという変わり種のアロマオイル。かのんはアロマポットをセットして、さっそく冬のオイルを使ってみた。

 天藍はアロマポットを観察した。ちゃんと火はついているしオイルも入っている。なのに、本当に香りらしいものが一切しない。
 かのんからオイルの説明は聞いていたが、はたしてこれで良いのかと天藍はいぶかしげに隣をうかがう。
 間違って変な商品を買ったのではないか……なんて心配にもなってくる。そう疑ってしまうぐらい、驚くほどなんの香りもしなかったのだ。
 話しかけようとして、天藍は口をつぐんだ。かのんが何か思いついたような表情をしていたからだ。彼女が話し出すまで待つことにした。

 漠然とした感覚だったが、かのんは自分と天藍との間に透明な壁を感じていた。
 人と人とを隔絶する、冬のアロマオイルの効果だろう。
(この感覚はどこかで……)
 少し考えて、かのんは天藍との契約直後を思い出す。透明な壁。あの時は、まさにこんな感じだった。
 ふと気づけば、天藍がこちらの様子をうかがっていた。
「契約したての頃に私が天藍さんって呼んだら、天藍、呼ぶ度に呼び捨てでって返していたでしょう」
 二人が出会ってすぐの頃を振り返る。すっかり親しくなった今では、あの当時の距離感が懐かしい。
「普段誰かを呼び捨てにする事がなかったので、強引な方だと思ったのですよね」

 天藍はポリポリと頭を掻く。彼もまた、かのんと契約した直後の時期を思い出していた。
「あの時は……待ち焦がれて出会えなくて諦めかけた時にやっと出会えた神人だっただけに、色々必死だった」
 くすくすとかのんが笑う。
「結局、パートナーになる相手にさん付けは他人行儀だと言われて、最後は私が根負けしたのですよね」
 かのんが人を呼び捨てにする習慣がなかったのとは逆に、天藍はレンジャーや自警団の仲間達から呼び捨てにされることに慣れていた。
 呼び方に対する二人の感覚が違っていたのだ。
「それだけに、これからの付き合いが長くなるかのんからのさん付けがとかく嫌だった。……あの頃の俺は、ちょっとしつこかったかもしれない」
 呼び捨てを強要したことを反省する天藍に、かのんが穏やかに首を横に振った。強引な人だとは感じたが、別に嫌な思いをしたわけではない。
 むしろ……。

「今思えば、あの頃に呼び捨てにできるようになって良かったのかもしれないです」
 かのんは真っ直ぐな視線で天藍の顔を見据えた。
「そうじゃないと、きっと今も天藍さんと呼ぶ事から切り替えられないでいそうな気がするんです」
 もしそうなっていたら、この透明な壁は今でも二人の間に薄く張られていたかもしれない。
「……そうか」
 天藍が苦笑を浮かべる。
「自分でもしつこいかも知れないと思っていた所もあったが、言い続けて正解だったかもな」
「ふふ」

 二人で仲良く見つめ合いながら、愛おしむようにお互いの名を呼ぶ。
「天藍」
「かのん」
 ちょうどその時、アロマオイルの効果が切れたらしい。
 冬の空気を思わせる無機質な清浄さは消えて、日常の香りと人のぬくもりが戻ってきた。



依頼結果:成功
MVP
名前:月野 輝
呼び名:輝
  名前:アルベルト
呼び名:アル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 山内ヤト
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月17日
出発日 03月22日 00:00
予定納品日 04月01日

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