【薫】唇に輝きを(木乃 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 それはたまたま見つけた、小さな雑貨屋だった。
 木製の看板に真っ白な壁のとても小さなテナント。
「ふにゃ? いらっしゃーい☆」
 気になって店に入ってみると、店番をしていたらしい猫耳フードを被る少年か、少女かも判別しがたい容姿の人物が、愛想の良い笑顔を向けてきた。
 店内には卵型の小瓶や、小さな丸い缶に、ロウソクのようなものも置かれている。
「ぜーんぶボクの作った手作りコスメだよん、気になるものがあるなら色々教えちゃうよー」
 遠慮なく聞いてね、という少年(仮)の勧めに興味を注がれ、視線を巡らせる。

 キラキラと星屑を閉じ込めたような、幻想的なデザインの小物が多く、インテリアとしても良さそうだ。
 ――その中で、シンプルな真っ白いチューブの並べられたテーブルを見つけた。
 それぞれ、赤、黄、茶、緑、桃のラインが入っているだけで、店内に置かれている小物の中では少し浮いて見える。
「それ、リップエッセンスなんだよ♪ リップクリームよりサラッとしたつけ心地だから、寝る前につける子も多いみたい。グロス代わりにもなる優れモノなんだよね☆」
 保湿を目的としたリップクリームと違い、美容液としての用途に向いているらしい。
 デザインもチューブの先端が筆状になっているので、塗りムラも出来にくく、塗ったときはみ出さない様にも配慮しているそうだ。

「自分でつけてみるのもいいし、プレゼントしちゃうのもいいかもね? むふふ、相手の唇にひと塗りして……なーんてことも出来ちゃったり」
 クスクスと愉快そうに笑いを堪えている姿よりも、勧められた言葉にふと想像が膨らんでしまいドギマギしてしまう。
 そんな様子を見ていた少年(仮)は、震わせていた肩を止める。
「気になるなら、香りで選んじゃいなよ! 全部で5種類あるからさー」
 ……口が上手いとは、この事を言うのだろう。
 あれよあれよという間に、購入してしまい……店を出るときには、笑顔で両手を振る少年(仮)の姿があった。

(せっかくだし、使ってみようかな?)
 リップクリームや、グロス代わりになるらしいからデート前に付けるのもいいかも?
 寝る前に付ける子が多いらしいし、夜つけてみたら……気づいてくれるかな?
 もし塗ってあげたら、どんな顔をされるだろう?
 ドキドキと高鳴る鼓動を抑えつつ、茶色の紙袋に包まれたリップエッセンスに視線を落とす。

解説

リップエッセンスの代金として300Jr消費します

●目的
香るリップエッセンスを使ってみよう

●リップエッセンス
リップ美容液というコスメです
購入したものは先端がリップブラシ(細筆)になっているタイプです
色は透明で、とろみのある美容液となっています
付けると唇も潤ってくるので、印象も少し変わってくるでしょう
(顔色が良い、口元が色っぽい、華やかな雰囲気を感じるなど)

赤:林檎
黄:柚子
茶:チョコレート
緑:ライム
桃:ピーチ

香りのチョイスは『色』をプランに明記してください

●状況例
デート前に付けてみたり、
就寝前に付けてみたところを見られたり、
パートナーの唇に塗ってみるというのもいいでしょう

上記は一例ですので、その他のリップエッセンスを使ったシーンであれば問題ありません
(シナリオの目的から外れないようにお願いします)

●諸注意
・多くの方が閲覧されます、公序良俗は守りましょう
(性的なイメージを連想させる描写は厳しめに判断します)
・『肉』の1文字を文頭に入れるとアドリブを頑張ります

ゲームマスターより

木乃です、女子力はいつまでもレベル1。

今回は香り付きのリップエッセンスを使ってみようというエピソードです!
唇が荒れやすい季節、お手入れしながら香りを楽しむのもいいかと。

それでは、皆様のご参加をお待ちしております~。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

 


シリウス 気づいてくれるかな
どきどきしながら デートの待ち合わせに

気が付いた?
リップエッセンスというのをつけてみたの
どうかな?おかしくないかしら?
…どうかした?
視線を逸らされ首を傾げて

いろいろな香りがあって楽しかった
シリウスは 好きな香りってある?
…ふふ あんまり、見えない
楽しそうに首をすくめ くすくす笑って

私?やっぱり花の香りが一番好き、かしら
林檎の花も春になると咲くの でも春だとスイカヅラが好きだわ
花は控えめなんだけど 優しい甘い香りがするの
彼の言葉に頬を染めて 
…え、あの あ、ありがと…

どこへ行くの?
梅?わぁ、嬉しい
ありがとうシリウス!
花開く全開の笑顔
伸ばされた手に目を丸く
ーうん 春になったら一緒に


夢路 希望(スノー・ラビット)
 


デートに誘われ
今日こそは返事を、と思いつつ
いざ本人を前にするとなかなか言えなくて

悩みながらも二人の時間を楽んでいると
不意に渡されたプレゼントに瞬き、はにかむ
あ…ありがとうございます
大切に使わせていただきますね
え?…じゃあ(塗ろうとしたら止められ
スノーくん、が?
…いえ…お、お願いします
ドキドキ目を閉じ
できたと聞いて開くと顔の近さに硬直
え、えっと…こ、これ、林檎の香りがするんですね
わ、私も好きです、この香り

あたふたしつつ
言葉も想いも貰ってばかりで申し訳なくて
…あの、お礼…
おずおず伺えば唇を指され、赤面

ここは特別な人に…私の特別は…(目の前の指先へ口付け

もう少しだけ待って…次はちゃんと、言葉、で…


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  黄:前日、少し別行動した時に購入

リビングのソファにいたルシェに渡す。「これ」
「いつも貰ってる、お礼」(貰ってくれるか不安で、少し俯く
「グロス?の代わりにもなるって」
「……ルシェにあげたんだよ?」(首を傾げる

(根負けし、そろりと座る
何でこんなことになってるんだろう。(少し強く目を瞑る
目を開けて見えたルシェは満足そう。

「ぇ」
……どうしよう。(待たせるのも悪い気がして、結局塗る
さっきのルシェを真似て左手を頬に添えて、はみださないように慎重に塗る。
「でき、た」

リップだけで、こんなに違うんだ……。いつもよりもなんか。(魅入る
え、と。(小さく頷いて肯定

(羞恥から顔を伏せ、額をルシェに預ける
……同じ匂い。


菫 離々(蓮)
 
『茶』を購入済み

ハチさん、唇、少し切れてしまっていませんか。
同居中の自宅。ハチさんを呼び止めて。

乾燥する季節ですからね
先日素敵な雑貨屋さんを見つけたので今度は二人で行きましょうか
ええ、リップエッセンスを購入したんです

よくわかりましたね
そこまで強く香ります?

美味しそうでしょう?
食べてみたいですか?
では、召し上がれ?

差し出すのは愛らしい包装の小箱。
この季節、色々な種類のチョコレートが売られていて
つい自分でも買ってしまうものですから。
職場の方々と召し上がってください

いってらっしゃい。お気をつけて。

普段なら念入りに戸締りを確認しますのに。
かわりに施錠し。
……気になったのは香りだけ、だったのでしょうか


シャルティ(グルナ・カリエンテ)
  肉 茶
朝起きて、塗ってみる。相方がそれに気付くかどうか
…鈍感だし、気づかないでしょ
ほんの些細なことに気づいたことないんだし

…おはよう
やはり気付く様子のない相方に分かってはいたけどなぜか残念
え、な…なによ
雰囲気? そうかしら…いつもどおりでしょ
あれって…どれよ
……。いつも気づかないのになんで気づくのよ…
別に、悪いなんて言ってないでしょ
あんた、割と鈍感だからこういうの絶対気づかない方に賭けてたの
そう一人で
…なんで笑うのよ…ったく
どう? なにがじゃないわよ似合ってるか訊いてるの
似合うと言われ、嬉しそう
…そうでしょ。似合うでしょ?
……今度、塗ってあげても良いわね
まあ冗談よ。そんな嫌そうな顔するんじゃないわよ


●甘いギャンブル
 早朝、シャルティはベッドから起き上がると、顔を洗い、着替えを済ませ、鏡台の前で髪を梳かす。
 髪を結っていると――買ったばかりのリップエッセンスが、視界に入る。
 キャップを開けると、チョコレートの濃厚な甘い香りが漂う。
「たまにはいいかしら」
 チューブに力を加えると、じんわり美容液が滲み出る。
 唇に沿って筆を走らせれば、ふんわりとチョコレートの香りと共に、唇に潤いが与えられる。
 ふと、グルナ・カリエンテが気づくだろうか? ――そんな興味が沸き立つ。
(……鈍感だし、気づかないでしょ)
 ほんの些細なことに気づいたことないんだし。
 小さく息を吐くと、朝食の支度を済ませようと部屋を後にした。

「シャルティ、相変わらず早いな……ねむ…」
 ふぁぁ、と大欠伸を漏らすグルナは、ボリボリと頭を掻きながら自室から出てきた。
「……おはよう」
 シャルティが挨拶を返すと、寝ぼけ眼のグルナは脇を素通りして行ってしまう。
(まぁ、解っていたのだけれど……なんかモヤっとするわ)
 予想通りとはいえ、気づかれなかったことになんとなく残念な気分になる。
「ん?」
 ――不意にぐい、と振り向かされた。
「え、な、なによ?」
「お前……今日、なんか雰囲気違うか?」
 ジロジロと上から下へ、グルナは確かめるように視線を巡らせる。
 顔をしかめるグルナに、シャルティは困惑して眉をひそめた。
「雰囲気? そうかしら……いつもどおりでしょ」
 それでもグルナは、素っ気ない態度を見せるシャルティから視線を外さない。
 雰囲気も然ることながら、うっすらと香るチョコレートの香りにも、違和感を覚えたのだろう。
「いや、ちげぇだろ……あ、ああ!」
 グルナは視線を巡らせていくうちに、普段より艶やかな唇の様子に気づき、声を上げる。
「あれか、昨日なんか買ってきてただろ?」
「あれって……どれよ」
「なんかよくわっかんねぇけど唇がどうたらってヤツ!」
 昨日、町で見つけた雑貨屋で買わされたという話を思い出したのか、グルナは感心したようにシャルティの唇を注視する。
(いつも気づかないのに、なんで気づくのよ……)
 シャルティが微かにむすっとした表情を浮かべると、グルナの表情も怪訝なものに変わる。
「なんだよその反応、悪いかよ」
「別に、悪いなんて言ってないでしょ。 あんた、割と鈍感だからこういうの絶対気づかない方に賭けてたの」

 ふい、とシャルティが不機嫌そうに顔を背ける。
「もしかすると一人でか?」
「そうよ、一人で」
 何か悪い?
 シャルティが横目で冷ややかな視線を向けると、グルナはきょとんとして、吹き出し始めた。
「……ぷっ……マジかよ……はははっ」
 ケラケラと笑いだすグルナに、シャルティは大きく溜め息を吐いて向き直る。
「それで、どう?」
 言葉の意図が解らず、グルナは目を丸くした。
「あ? なにが」
「なにが、じゃないわよ。似合ってるか訊いてるの」
 返答を急かすような様子に、グルナはふむと視線を唇に集中する。
 陽の光が唇に微かな光を差し、どことなく色気を感じさせた。
「おー……結構良いんじゃねぇの? ……お前にしちゃよく似合う」
 グルナの言葉に、どこか安心した様子のシャルティは僅かに口角を上げる。
「そうでしょ。似合うでしょ? ……今度、塗ってあげても良いわね」
「俺にか?」
 グルナが怪訝な表情を見せると、シャルティは呆れたように肩を竦めた。
「まあ、冗談よ。そんな嫌そうな顔するんじゃないわよ」
「……してた、かよ……嫌そうな顔。まあ、あんま乗りたくねえお誘いだけどな」
 『男の俺に化粧して何が楽しいんだか』と溜め息を吐くグルナは、チラとシャルティの唇を一瞥する。
「つか、俺は塗られるより塗ってやる方が良い……それじゃなくても、今度塗ってやるよ」
 小さく呟いてふい、と背中を向けたグルナは、照れくさそうに頭を掻いた。

●魅惑のシトロン
 ルシエロ=ザガンがソファで本を読んでいると、ふっと影が落とされた。
 顔を上げてみると、そこにはひろのの姿。
「これ、昨日寄ったお店で買ったんだけど」
 短い言葉と共に、茶色い紙袋を差し出される。
「いつも貰ってる、お礼」
「ほう?」
(ヒロノからの自主的な贈り物は初めてだな)
 不安そうに足元を見つめるひろのを興味深そうに見つめ、ルシエロは愉快そうに口元を緩め受け取った。
 中に手を入れてみると、出てきたのは黄色のラインが入った真っ白いチューブ。
「リップエッセンス、って言うらしいよ……グロス? 代わりにもなるんだって」
 その言葉を聞いて、ルシエロはひろのが『これ』がなんなのか解っていないのだろうと感じた。
「オレから使うか、オマエからか。どっちが良い?」
「……ルシェにあげたんだよ?」
 不思議そうに首を傾げるひろのに、ルシエロは吹き出しそうになる衝動を抑え、買った物がなんであるか説明する。
「ヒロノが買った物は、唇に潤いを与える化粧品だぞ?」
 ルシエロがキャップを外すと、柚子の甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。
「……少し荒れているだろう。ほら、塗ってやるから座れ」
 空いている隣の空間をぽんぽんと軽く叩くルシエロに、ひろのは僅かに戸惑った空気を醸す。
 ――譲る気のないルシエロの様子を見て、ひろのは根負けし、おずおずと隣に腰を下ろした。
 ルシエロは顔を覗き込むように、スッと距離を詰めるとひろのの頬に左手を添える。
(何でこんなことになってるんだろう)
 間近に見えるタンジェリンオレンジの瞳に、体が強ばってしまい、ひろのはキュッと目を瞑る。
 ひろのの純な反応に、ルシエロは不覚にもドキリとしてしまう。
 しかし、自分の欲が出てしまうと怖がらせかねない――静かに耐え忍ぼうと、小さく息を吐く。
「軽く口を開け」
 言われるままに、ひろのが薄く唇を開く。
 従順な振る舞いに笑みを深め、ルシエロが手慣れた様子でひろのの唇に塗りつける。
 細い筆先が滑るたびに、ひろのの唇は柚子の香りをまとっていく。
「ああ、悪くない品だ。ほんのりと香るところも奥ゆかしいな」
(……ルシェ、嬉しそう)
 恐々と薄目を開いて見えるのは、機嫌の良さそうなルシエロの微笑。
 とろみのある美容液がひろのの唇を包むと、濡れたような艶やかな唇に変える。
 ――それがまた、ルシエロの欲求に強く訴えかけた。

「……出来たぞ、次はヒロノから塗って貰おうか」
「ぇ」
 硬直するひろのに構うことなく、ルシエロはチューブをひろのに握らせる。
「でも私、こういうこと、した事ないし……」
「オレだって普段はやらないぞ? 早くしろ」
(……どうしよう)
 塗りやすいように薄く唇を開き、ルシエロはひろのが唇に塗るのを待っている。
 ひろのは困り果ててしまったが、待たせるのも悪いと思い、手を伸ばす。
(こう、かな……?)
 ルシエロの動作を真似るように、左手を頬に添え、はみださないように慎重に塗っていく。
 たどたどしく塗る仕草すら、ルシエロに愛おしさを感じさせた。
「でき、た」
 ひろのは恐る恐る離れると、改めてルシエロを見つめる。
(リップだけで、こんなに違うんだ……。いつもよりもなんか)
 魅入るひろのの視線の先に――ぷっくりと厚みを感じさせる唇。それが動くたびに、妖しく光る。
「……どうした。見惚れたか?」
「え、と」
 ニヤ、と口角を上げるルシエロに、ひろのは戸惑いながら小さく頷く。
 ひろのの素振りからして、嫌がられた訳ではないだろうと感じた。
 ――ルシエロが抱き寄せると頬に唇を押し付け、ちゅ、とわざと音を立てる。
「!」
「礼代わりだ、大事に使わせて貰う」
 満足げに笑みを浮かべるルシエロは、ひろのの髪を梳くように頭を撫ぜる。
 やわやわと、指先が髪を通っていくたびに、こそばゆい感覚が走っていく。
(……同じ匂い)
 羞恥するひろのは顔を伏せ、額を押し付けるようにルシエロの身に預けた。

●恥じらいアップル
(今日こそは、返事を……)
 夢路 希望はスノー・ラビットにデートに誘われ、返事を返そうと心に決めてきた――のだが。
「ノゾミさん、どうかした?」
「っ……いえ、なんでもない、です」
 本人を前にすると、なかなか言い出せず。
 デートの時間を楽しみながらも希望が静かにヤキモキしているうちに、通りがかった公園で一休みしていた。
 寒風の中、身を寄せ合いながらベンチに腰掛けていると、一層互いの温もりを感じられる。
「そうだ、今日はノゾミさんにプレゼントがあるんだ」
 スノーはふと、バッグの中から小さな紙袋を取り出した。
「リップエッセンスって言うんだって」
「あ……ありがとうございます、大切に使わせて頂きますね」
 目の前には、嬉しそうに笑みを浮かべるスノー。
 不意の贈り物に目を瞬かせながら、希望もはにかんでみせる。
「塗ったところ見てみたいな」
「では、早速――」
 希望が試してみようとキャップを取り外そうとすると――。
「あっ……その、僕がやってみてもいい?」
 慌ててスノーが引き留め、自分が塗りたいと申し出てきた。
「してもらったことはあったけど、したことはなかったから」
 ……駄目?
 視線で訴えかけてくるスノーに、希望の心はドギマギしていく。
(スノーくん、が?)
「……いえ……お、お願いします」
 チューブをスノーに渡すと、ドキドキと騒がしい鼓動を押さえるように、希望は目を閉じた。
 茶色がかった黒い瞳を瞼が閉じ込め、頬を赤らめながら待つ希望の姿を前に、スノーの胸もドキリと跳ねる。
 しかし、手元が狂わないよう一息ついて集中すると、ゆっくりと唇にリップエッセンスの筆を走らせる。
「――っ!」
 希望の唇に触れる、ヒヤリとした感触……と、同時に甘い蜜の詰まった林檎の香り。
(香りがついていたのですね……スノーくんの好きな、林檎の匂い)
 意識してしまうと、まるでスノーが密かな独占欲をみせてくれたようで、希望のドキドキと騒がしい心音がさらに早まっていく。
「……できた」
 ぽつりとスノーの呟く声が聞こえ、恐る恐る瞼を開けば――間近に見える、微笑。
 あまりの近さに驚き、硬直している希望の唇が、僅かに震え吐息をこぼす。
(……林檎飴みたいで、美味しそう)
 飴のような艶があり、唇を彩る紅を強調するような潤いに、スノーは目を奪われた。
(触れたらどんな感じがするんだろう)
 スノーがぼんやりと思考を巡らせながら、ゆっくり顔を近づけていく。
「え、えっと……こ、これ、林檎の香りがするんですね」
 至近距離で見つめあう状況に耐えかね、希望が口早に言葉を重ねる。
「あ……う、うん…僕の趣味で選んじゃったんだけど、大丈夫だった?」
「わ、私も好きです、この香り」
 希望の声に、現実に引き戻されたスノーがピタリと動きを止める。
 離れる様子のないスノーに、希望は内心あたふたしていた。
(ちょっと、恥ずかしい……けど言葉も想いも、スノーくんから貰ってばかり)
 そう考えると、申し訳ない気持ちが溢れてきて――なにかせねば、と希望の心を後押しする。
「……あの、お礼……」
 躊躇いがちに伺う言葉に、スノーは一瞬驚いた顔を見せると……目元を緩め、希望の唇を指差す。
「なら、くれる?」
 『それ』がなにを意味しているのか、察した希望の顔はみるみる赤く染まっていく。
 大胆なおねだりをされたと、一瞬迷いが生じる。
(ここは特別な人に……私の特別は……)
「なんて」
 ――冗談だよ、と続けようとした言葉は紡がれなかった。
 スノーの言葉を遮るように、指先に希望の唇が触れる。
 濡れた唇の柔らかさと、返された事実に、スノーの頬がカァッと熱くなる。
「もう少しだけ待って……次はちゃんと、言葉、で……」
 恥じらいながらぽつぽつと呟く声に、スノーはこみ上げる愛おしさを噛みしめるように、柔らかな笑みを浮かべた。

●悪戯チョコレート
「ハチさん、唇、少し切れてしまっていませんか」
 仕事に出かける準備の最中、蓮は菫 離々に呼び止められた。
 指摘を受けた蓮は、素直に自身の唇に指を這わせると……カサついた感触がある。
「……あ、本当ですね」
「乾燥する季節ですからね。先日素敵な雑貨屋さんを見つけたので、今度は二人で行きましょうか」
 クス、と微笑を浮かべる離々の言葉に、蓮は興味を示した。
「へえ。お嬢は何かお買い求めに?」
 蓮の問いかけに、離々はスッと手元に購入したチューブを出して見せる。
「ええ、リップエッセンスを購入したんです」
「リップ……」
 蓮の視線は、自然と離々の唇へと移り――しっとりと艶めく様子に、ドクンと心臓が強張る。
(……ん?)
「もしかして香り付きだったりします?」
 スンスンと鼻を鳴らす蓮に、離々は「あら」と感心した声を漏らす。
「よくわかりましたね、そこまで強く香ります?」
 自身の唇にひと塗りしていることもあり、匂いの強さを離々自身が確かめることは難しい。
 しかし、蓮はゆるゆると首を横に振った。
「いえ俺、匂いに敏感っていうか、美味そうな匂いには反応しちまうというか……チョコレートの香りですよね?」
 独特の甘くて、僅かにほろ苦さの混じる香り。
 『いいにおいの食べ物が好き』とあって、判別もそれなりに自信があるようだ。
 そこまで気付いたことに、離々は微かに笑みを深める。
「美味しそうでしょう?」
「はい。美味しそうです」
 むしろ、まずいチョコレートの方が想像しがたいというか――。
「食べてみたいですか?」
「はい、食べてみたいです」
 きっとミルクたっぷりのあまーいチョコなのだろう、ぜひ賞味してみたいものだなぁ――そんな風に、想像を膨らませていく。

「では、召し上がれ?」
「はい。いただきま……じゃない!? ままま、待ってください」
 調子を合わせるように返事をしていたこともあり、今の返答だと――甘いチョコレートの香りがする『離々の唇』が対象となるのでは?!
「口がテンポよく滑りまして!」
 お嬢さんに対して、そのような恐れ多いことは……!
 慌てふためく蓮の様子に、離々はいつものように控えめな微笑を浮かべるだけで、それが余計に蓮の動揺を誘う。
 ――スッ、と離々が近づいてくる。
(え、ちょ、ま、まさか、ほほほ、ホントに……!?)
 これからなにが起きてしまうのか!?
 蓮が一人でパニック状態に陥っていると、手にポンとなにかを乗せられた。
「って、あれ?」
 手には、可愛らしい包装紙で包まれた小箱。
「この季節、色々な種類のチョコレートが売られていて、つい自分でも買ってしまうものですから」
 職場の方々と召し上がって下さい。と言って、驚く蓮に離々はポンと箱を手渡した。
 拍子抜けして硬直する蓮に、離々は不思議そうに首を傾ける。
「お気に召しませんでしたか?」
「いえ、すごく嬉しいです!」
 店長も喜びます! と、背筋をピンと伸ばす蓮は、荷物をササッとまとめる。
「では、行ってきます!」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
 ひらひらと手を振る離々に見送られながら、蓮は家から飛び出していく。
「……はぁ、危なかった」
(お嬢ったら、冗談がキツイというか……でも)
 いつもより大人びて見えたというか、唇の艶に強烈な印象を抱いたというか……思い出すだけで、ドキッとしてしまう。
 脳裏に焼き付く光景を振り払うように、かぶりを振った蓮はそのまま駆けだす。
 ――そんな後ろ姿を、離々は窓辺でそっと見つめていた。
「普段なら念入りに戸締りを確認しますのに」
 うっかりさんですね、と呟きながら代わりに施錠を済ませる。
「……気になったのは香りだけ、だったのでしょうか」
 ひとりごちる離々は、乾きかけの唇にリップエッセンスを再び塗ってみる。
 少女の唇が、キラリと光る。

●春色プロミシング
(シリウス、気づいてくれるかな)
 リチェルカーレはドキドキと胸を高鳴らせ、シリウスの到着を待っていた。
 デートの待ち合わせと言うこともあるが、今日は新しく買ったリップエッセンスを付けている。
 小さな変化に、シリウスが気づいてくれるかどうか――期待と不安が入り混じる中、待ち侘びていた姿が近づいてくる。
「リチェ、待たせた……ん?」
 シリウスは言葉を止めると、首を傾げた。
 ……いつもと雰囲気が違うように感じる。林檎に似た微かな香りと、印象的ななにか。
「気が付いた?」
 シリウスの反応を見て、リチェルカーレが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「リップエッセンスというのをつけてみたの」 
「……リップエッセンス……」
「ふふ、リップクリームやグロスの代わりに使える物なんですって」
 説明を受けて、シリウスはようやく合点がいった。
 ――いつもより鮮やかに色づき、濡れたような唇に視線が向いてしまうのだ。
「どうかな? おかしくないかしら?」
「別に、おかしくは……」
 不意にシリウスの視線が逸れる。
「……どうかした?」
「なんでもない」
(触れてみたい、なんて……言えるか)
 嬉しそうに笑う唇に、目を奪われていた――なんて、らしくもない。
 シリウスの反応に、リチェルカーレは不思議そうに首を傾げた。
「そうそう、お店にもいろいろな香りがあって楽しかったですよ。ライムやピーチなんかもあって……シリウスは好きな香りってある?」
 リチェルカーレが質問すると、小さな溜め息が聞こえてくる。
「……興味がありそうに見えるか?」
「……ふふ。あんまり、見えない」
 リチェルカーレは楽しそうに首をすくめ、クスクスと笑みをこぼす。
 そんな反応に、シリウスが片目を僅かに細める。
「お前は? どんな香りが好きなんだ?」
「私? やっぱり花の香りが一番好き、かしら」
 最も慣れ親しんだ匂いがやはり好ましい、リチェルカーレの言葉にシリウスは静かに耳を傾ける。
「林檎の花も春になると咲くの、でも春だとスイカズラが好きだわ。花は控えめなんだけど、優しい甘い香りがするの」
 
 声を弾ませながら語る少女の姿は、飾り気がなく素直なもので。
 浮かべる笑顔は、春の柔らかな陽射しの中で佇む一輪の花を想起させる。
(控えめだけれど、優しくて甘い)
 ああ、似合いそうだ――シリウスの口元が微かに綻ぶ。
「似合いそうだな」
「っ!」
 ぽつりと漏れ出た言葉に、シリウスは僅かに目を見開き、目を逸らした。
「……え、あの あ、ありがと……」
 思わぬ言葉に、リチェルカーレも頬が熱くなる感覚を覚える。
 不意に訪れた沈黙に、ドクンドクンと早鐘を打つ鼓動が聞こえてしまうのではないか、とすら思えた。
「……そろそろ行くか」
 居心地の悪さを振り払うように、先へ行こうとするシリウスの隣にリチェルカーレが駆け寄っていく。
 通りを歩いているうちに、そういえば目的地を聞いていないことを思い出した。
「シリウス、どこへ行くの?」
「梅の花が咲いている所があるらしい」
 だから、今日は梅見をしに行こう。
 シリウスの言葉に、リチェルカーレは目を瞬かせる。
「梅?」
 これから一緒に花を見に行くのかと、リチェルカーレはパァッと明るい表情を見せ、嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとうシリウス!」
 喜色満面の笑顔を浮かべるリチェルカーレにつられ、シリウスも微笑を浮かべる。
「ほら、行くぞ」
 急かすような仕草でシリウスが手を掴むと、リチェルカーレは驚いて目を丸くした。
 僅かに目元を赤くしているシリウスは、視界から外れるようにリチェルカーレの耳元に口を寄せる。
「……春になったら 見に行こう」
 お前の好きなスイカズラも、林檎の花も。
「――うん 春になったら一緒に」
 冷たい風が頬を撫でていく中で、次の季節への約束が交わされる。



依頼結果:大成功
MVP
名前:ひろの
呼び名:ヒロノ
  名前:ルシエロ=ザガン
呼び名:ルシェ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木乃
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月28日
出発日 02月08日 00:00
予定納品日 02月18日

参加者

会議室


PAGE TOP