【寄生】黒き宿木のポインセチア(山内ヤト マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 公園の花壇に、ポインセチアの妖精が現れる。
 最初はメルヘンチックにささやかれていたウワサ話の真相は、ゾッとするようなものだった。
 『黒き宿木の種』に寄生され、ポインセチアが妖精のような姿でオーガ化していたのだ。

 依頼を受けたあなたたちは、オーガ討伐のために問題の公園へと向かう。
 この日の空は曇っていて、時々雪が舞っていた。
 あなたたちはトランス状態になってから、花壇のあるエリアに足を踏み入れた。
 ウィンクルムの接近を感知して、オーガが素早く飛翔する。

「!?」

 卑怯な不意打ちで、オーガに先手をとられてしまった。
 そして悪意のこもったキスが、ウィンクルムの片方に贈られる。



 ポインセチアオーガはキスをすることで、ウィンクルムの一方を洗脳することができる能力を持っていた。
 洗脳された者は、次のような状態になる。
・自分をギルティだと思い込む。精霊だけでなく、神人も同様。
・パートナーのことを敵対者だと認識する。
・洗脳中は、自分の過去の記憶やパートナーとの思い出などは完全に忘却している。
・事前にトランス状態になっていれば、洗脳中でもトランスは継続している。
・装備品の武器または、自分の属性オーラから作り出した武器が使える。形状やデザインは自由で、本や杖などの魔法武器や、手裏剣や銃などの遠距離武器も可能。
・精霊は、一時的に戦闘能力がダウンする。使用できるジョブスキルは、セットされているものの中から一種類。能力がダウンしても、ジョブスキル一回分のMPは最低限確保される。
・神人は、一時的に戦闘能力がアップする。自分のLV以下の精霊用ジョブスキル一種類を使用可能。選んだスキルのジョブに応じて、1Rの攻撃回数も変わる。



 洗脳を完了したポインセチアのオーガは、醜い笑みをその顔に浮かべ、あなたたちを見下ろしている。
 邪悪なオーガには、相応の罰を与えてやらなくては。
 そして、パートナーの心を取り戻すのだ。

解説

・黒き宿木のポインセチア
鉢植えサイズの背丈で、一見すると妖精のような容姿の植物オーガ。
顔つきや体つきは中性的で、見たところ男女の判別はつかない。
赤い葉が髪のように頭部を覆っている。背中には緑の葉に似た翅があり、飛行能力を持つ。

ポインセチアオーガ自体は非力で貧弱な存在である。身のこなしは素早いが、戦闘経験の少ない神人の力でも、戦う意志があれば討伐できるだろう。オーガにダメージを与えるには、トランスをしている必要がある。



・洗脳
元に戻すには、キスをしたポインセチアオーガを倒せば良い。
この時、オーガに洗脳されたパートナーの妨害も予想される。
攻撃をかわす、守りを固める、洗脳されているパートナーを気絶させる、動きを拘束するなど、何らかの対処する必要がある。
洗脳されているパートナーを説得だけで元に戻すのは不可能に近く、非常に危険な行為。
洗脳中の出来事を覚えているか忘れているかは個人差があり、プランで自由に決められる。



・『黒き宿木の種』について
レッドニスの力とダークニスの瘴気から作られた。宿主をオーガ化させる。
『黒き宿木の種』にはダークニスの力が注がれており、これを破壊することで間接的にダークニスの力を削ぐことが可能。



・トランスについて
公園に足を踏み入れた時点でウィンクルムはトランス状態になっています。
オーガに洗脳のキスをされる前にトランスをしていないと、それだけでそのペアはクリア不可能になってしまうからです。
洗脳されたPCの能力計算が複雑になるため、このエピソードでは上位トランスはなしでお願いします。



・プランについて
EXエピソードです。リザルト文字数が通常より多くなっていますが、プラン文字数は従来のままです。
そのため、プランにない細かな描写などは、GMが自由設定などから想像したり、オススメするものを書く形になると思われます。参加される際は、この点をご了承ください。

ゲームマスターより

山内ヤトです。

ペアごとの個別戦闘のアドベンチャーです。
出発前の相談は可能ですが、リザルト内では他の参加者の戦いには干渉できないのでご注意ください。

神人か精霊のどちらかがオーガに洗脳されてしまうという事態が発生!
洗脳されたPCは、あくまでも敵として立ちはだかります。
洗脳中のPCのプランは、敵として違和感のない行動をとらせるようにお願いします。

NG例:洗脳されても、やっぱりパートナーのことが大好き。傷つけるなんてできないので、くすぐり攻撃や抱きつき攻撃をする。
マスタリング例:友好的な態度を装い、笑顔でパートナーを騙す。くすぐって油断させ、抱きつくフリをして武器を突き立てる。

極端な例を出しました。洗脳を受けたPCがしっかり戦っているなら、基本的に殺意マシマシのマスタリングは発生しないと思います。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  トランスして公園に踏み込んだ後
初めて見る昏い眼差しに息を呑む
…シリウス?どうかしたの?
初撃を防げたのは偶然か 腕に走った痺れに一歩下がる
操られている…何に?誰に?
思わず周囲を探った目に映る妖精
ーあなたの仕業ね?
表情を引き締めて剣を構える
いつも助けてもらってる 今日は私の番ね
凛とした、決意をこめた声でそう告げる

スキル「エトワール」使用
真っ直ぐな視線をシリウスへ向けて
彼の動きをよく見て 攻撃はかわすか受け流す 
訓練だと思えばいい 息を整え冷静な対応を心がける
隙をついて背後の妖精へと一気に間合いをつめ攻撃

彼の正気が戻ったことを確認したら 力が抜けたように座りこむ
おかえりなさい 
泣き笑いの表情で囁いて抱きつく 


かのん(天藍)
  トランス後、不意をつかれオーガにキスされる

ポインセチアを傷つけさせるわけにはいきません、覚悟してくださいね
天藍から距離を取り、手持ちの武器を構える
武器から察するに相手は素早く手数が多い
慎重に対応しなくては

ハードブレイカーのグリップビート使用
武器の片方でも落とす事ができれば、こちらが有利です
更に攻撃を当てMPを吸収、相手のジョブスキル使用を防ぐ事ができれば

武器の大振りは控え、相手の動きが止まるタイミングを狙って攻撃

オーガ討伐後
我にかえり足を引っ張った事で天藍に対し申し訳ない気持ちに
オーガにキスされた場所を聞かれ、頬を指さす
その後の天藍の行動にあたふた
嫌とか以前に人目があるでしょう
恥ずかしいです…


シャルティ(グルナ・カリエンテ)
  ・武器でオーガを倒そうとする精霊の邪魔をする
・よっぽどのことがない限りは精霊には近寄らず武器の弓で攻撃を仕掛ける
(洗脳されている間は普段より素っ気ない印象)

戦闘後
洗脳されていた時の記憶はない
相方からそのことを言われても、なんのことだかさっぱり

 は…? なにそれ、なんの話してるか分からないんだけど…?
あれ…というか、オーガは…?(きょろきょろ
えっ? …倒したの? ……そう…
(グルナの言ってることが分からない。…ってことは気にするほどのことでもないわけ? まあ、良いけど……)
 って、怪我、してるじゃない…! かすり傷って…まあ確かにちょっとかすってるだけだけど…
放っとくわけにいかないでしょ! …ああもう手、出して


紫月 彩夢(神崎 深珠)
  手には、片手本
周囲に浮かぶタロットカード
兄が得意な武器と技

不吉な予言を告げれば威力が増すタロットダンス
躊躇うことなく予言を紡ぐ
崩れろ、失え。矮小な存在に、速やかな終止符を
死神の正位置で、攻撃を

距離を詰められれば魔守のオーブを展開して自衛
攻め込まれると弱いのは知ってたはずなのに、簡単に許すなんて
防御を続けて隙を窺うわ
…手数が、足りなさすぎるけど

深珠さんが、思い切り斬ってきた
立ち上がれないほどに、深く
咲姫は、怒るだろうけど
あたしは、嬉しいよ

あたしが欲しかったのは多分これだ
傷つけてでも真っ直ぐに向き合って評価してくれる存在
無条件の庇護ではない、対等な存在
深珠さん、あたし、貴方が契約精霊で、良かった…


クロス(ディオス)
  ☆闇落ち

☆ウルフファング

☆行動・戦闘
・事前にトランス
・武器は銃剣士イメージ
・基本的に剣で斬り込むが銃や体術も合わせる
・素早く懐に入り回し蹴り、体制が崩れたら斬り込んだり体術で攻める
・相手が遠くに行ってしまったら銃を使い距離を詰める
・敵の攻撃には武器で相殺、体術は受身や交わす
・最後らへんでSSスキルで一気に決めようとする
・カウンター決められて気絶してしまう

☆戦闘後
「あれ…
俺は一体…
あっディオ!
御免な、怪我させちまって…
(…ん?なんかディオの雰囲気が違う…?気の所為、か…?)
ディオ…?
お前の方こそ大丈夫か?
……そうか?
まぁディオが言うなら信じるが…
何かあったり辛くなったりしたら遠慮なく言えよ?」


●優雅な闘士
 公園のポインセチアがオーガ化したと聞いて、植物を愛する『かのん』が黙っているわけがなかった。そこまでは『天藍』の予想通りだった。
 が、公園に入ってトランスした後に、かのんが不意をつかれてポインセチアオーガに洗脳されるなんて事態は、いくら天藍でも予期できなかった。

「今回のはタチが悪いな……」
 苦々しい口調で天藍がぼやく。
 かのんが素早く天藍から距離を取り、手持ちの武器を構える。
「ポインセチアを傷つけさせるわけにはいきません、覚悟してくださいね」
 マージョリー・デポンド。箒型の両手鈍器を持ち、洗脳されたかのんが酷薄な微笑を浮かべて天藍を見る。
「かのん」
 確認のため安全な間合いから名前を呼んだ。
 が、天藍の声を聞いてもかのんの様子に変化は見られない。それどころか明確な殺意を向けられていることに、覆面「サイレントナイト」を装備している彼は気づく。呼びかけなどでは洗脳は解けないことを天藍はすぐに理解し、戦いに備えた。
「ニヤニヤ」
 諸悪の根源であるポインセチアオーガは、かのんの背後に隠れている。二人の戦いを見物するつもりのようだ。

 白いヘッドバンド型の聖ジャンヌハウプトと、メイド風の戦闘衣装ゴシックドレス「フリージア」。武器にマージョリー・デポンドという出で立ちは、見た目のバランスがとれていて可憐な印象だ。
(悪くない)
 敵として立ちはだかるかのんを見てなお、彼女の武装を褒めるだけの余裕が天藍にはあった。しかし、油断のない視線をすぐにマージョリー・デポンドに向ける。
(あれ当たると通常のダメージは勿論、こっちの気力削られるんだったか?)
 パートナーの武器の性能はだいたい把握している。特殊効果は魔女の悪戯。与えたダメージに応じて、相手のMPを吸収して回復するという代物だ。

 天藍の装備している青い双剣、ローズアイシスにかのんはゆるりと視線を向けた。自分がどこを見ているのか敵に悟られぬよう用心して、顔や首はそのままで目だけを動かす。
(武器から察するに相手は素早く手数が多い)
 洗脳を受けても、かのんの賢さや注意深さは損なわれなかった。
 その一方で、かのんは天藍のことを一時的に忘却している。つまり、天藍の武器の性能や戦闘スタイルについて、かのんは詳細な情報を知らない。洗脳された後に判明した情報から、このように推察するしかないのだ。
(慎重に対応しなくては)

 警戒し睨み合っていた両者が、ついに動く。
 先に動いたのは、洗脳の副作用で身体能力が増加したかのんだった。
「はっ!」
 距離を詰め、マージョリー・デポンドを横薙ぎに小さく払う。
 かのんが放ったのは精緻な攻撃だったが、天藍の回避能力もかなりのものだった。最低限の動作で攻撃をかわす。
「……」
 ただかのんの方も、この一撃だけで勝負がつくとは思っていない。武器の大振りは控え、相手の動きが止まるタイミングに技を仕掛けるつもりだ。

 天藍は円の軌道を描く剣舞のステップを踏む。エトワールだ。
(恋人を傷つける気はないからな)
 かのんからの攻撃はとにかく回避する方針だ。

 天藍は回避に専念した。対するかのんは、自分の攻撃を当てるための手段を模索する。
(あれは……剣舞? 素早い身のこなしがさらに洗練されて……。これは厄介ですね。ですが……)
 エトワールで華麗に舞う天藍の動きを目で追う。
(あれだけの動きを長時間継続できるとも思えません)
 かのんは牽制として武器を軽く振るうにとどめ、ひたすら天藍に隙が生じる時を狙った。

 1分ほど経過した頃だろうか。エトワールのステップを踏み続けていた天藍の足取りがわずかに停滞した。
 ここでかのんが一気に攻勢に転じる。
 「フリージア」の名がつけられた美しいゴシックドレスに身を包んだかのんが、天藍に勝負を仕掛けた。
 至近距離まで近づき、武器の柄を引っ掛け……。
 相手の武器を叩き落とす!

「ぐっ!?」
 天藍の片腕に衝撃と痛みが走った。
 手から離れた双剣の片方が、石の敷かれた公園の地面にぶつかる。金属質の音がキィインと響く。
 かのんが使用したのは、ハードブレイカーのスキルであるグリップビート。火力特化のこのジョブにしては珍しく、直球というより変化球という感じの技だ。
 武器の間合いに注意し、可能な限り足を止めないように心がけていた天藍だが、スキルの効果が切れたタイミングを狙われて、片方の武器を失った。ダメージを受け、MPも吸収された。

(……さすがはかのんだな。待っていろ。俺がすぐに元凶を倒してやる)
 片方の武器は残っており、体力と気力もまだ尽きてはいない。
 そして、今まで天藍はただ逃げ回っていたわけではない。オーガの位置を確認し、攻撃のタイミングをうかがっていた。
 オーガはニヤニヤ笑いを浮かべ、周囲をのんきに飛んでいる。かのんが優勢なので油断しているようだ。
 しっかりとオーガを見据え、天藍はしなやかな動きで花壇の縁に飛び乗った。そのまま勢いを落とさずに、飛翔している敵に届くよう力強く跳躍。

 ポインセチアオーガは、天藍の持つローズアイシスによって斬り裂かれた。

 オーガはただの植物に戻った。このまま放置すれば枯れるだろうが、かといって一度オーガ化した植物を公園の花壇に植え直すというのも考えものだ。とりあえず『黒き宿木の種』に寄生されていたポインセチアはA.R.O.A.に届けることにした。
「……ごめんなさい、天藍。足を引っ張ってしまいましたね……」
 オーガの洗脳から解放され、我に返ったかのんは申し訳なさそうに天藍に謝った。
「気にしなくて良い」
 かのんの頭に、天藍の手がポンと置かれる。そのまま優しく髪を撫でる。
「オーガにキスされた場所はどこだ?」
「ええと、たしかこのあたりです」
 頬を指差すかのん。
「ここだな」
 キスの上書きするように、天藍はかのんの頬に唇を寄せる。
「きゃっ!? ……天藍!」
 その行動にあたふたして、かのんは慌てて天藍の体を軽く押しのけた。
「嫌か?」
「嫌とか以前に人目があるでしょう」
 かのんは少しうつむいて、手を自分の心臓の上に置き、もう片方の手で天藍の上着をつかんだ。
「恥ずかしいです……」
 なかば天藍の胸にもたれるように、かのんが小さな声でつぶやいた。心臓の上に置いた手をぎゅっと握りしめながら。

●水晶の射手
「あーマジかよ面倒なことしやがって……」
 『グルナ・カリエンテ』の声。
 公園に出没したオーガ討伐の依頼を引き受けての活動中に、予想外のアクシデントが発生。ポインセチアオーガの特殊能力によって、グルナのパートナーである『シャルティ』が操られてしまったのだ。
「……」
 洗脳されたシャルティは冷えきった瞳で、キリキリと鉱弓「クリアレイン」を引き絞る。その動きに迷いはない。今の彼女はオーガからの影響で、グルナのことを敵として認識しているようだ。
「だからって、こいつを攻撃するわけにもいかねぇよな……」
 荒々しい戦いぶりが持ち味のグルナだが、さすがにシャルティに怪我をさせるわけにはいかない。
 ひとまずシャルティは相手にせず、飛び回るオーガを倒すことを優先する。

 だが……。
「植物のくせに避けんな! 鬱陶しい……!」
「ケタケタケタ」
 苛立つグルナを嘲笑するように、翅を持つオーガは機敏に飛び回った。それに加えて、グルナの動きを邪魔するように飛んでくるシャルティの矢も問題だった。
 洗脳されたシャルティはオーガを手助けした。グルナがオーガに近づけないように、矢を放ってくる。
「チッ……! 敵に回すと、予想以上に厄介だな」
 シャルティの妨害もあり、グルナはオーガを倒すのに手間取っていた。常に弓矢で狙われている状況では、オーガに攻撃を叩き込むチャンスがなかなか巡ってこない。

(怪我はさせたくないんだが……仕方がねぇ。悪いな、シャルティ)
 ハードブレイカーの技でオーガを確実に仕留めるため、まず妨害役のシャルティを気絶させる方へ作戦を変更する。
 大剣ムーンスカルを構え直すグルナ。刃で斬りつけて攻撃するのではなく、柄で相手を打ちやすいように武器を持ち替えた。

 グルナの狙いがオーガから自分へと変わったことは、シャルティにもわかったようだ。
「あら、やる気ね……?」
 普段よりも素っ気ないシャルティの声。氷のように冷たい視線をグルナに向ける。
 弓の間合いを意識して、素早く後方へ下がるシャルティ。グルナが接近するよりも、シャルティが攻撃の準備を整える方が速かった。
「迎え撃つわ」
 鉱弓「クリアレイン」が輝いた。容赦なく放たれたクリスタルの矢が、グルナの腕をかすめる。赤い血がパッと流れた。

 が、グルナは矢に怯むことなく、勇猛果敢にシャルティへと向かっていく。
「くっ……」
 再び距離をとろうとするシャルティだが、グルナがその懐に飛び込む。武器の柄で、力加減に気をつけながらシャルティの鳩尾を突いた。
「うっ!? ケホッ……」
 咳き込み、武器を取り落とすシャルティ。目がかすみ、意識が遠のいた。体が不安定にグラッと傾く。
「おっと」
 地面に崩れ落ちる前に、華奢なその体をグルナが支えた。
 意識を失ったシャルティが頭を打たないようにと、安全な場所に静かに横たえる。念のため「クリアレイン」は取り上げておいた。
「ちょっと寝ててもらうぜ。……オーガに操られたあんたのこと、ちゃんと元に戻すからな……」
 どうしても必要になれば、シャルティを気絶させる覚悟があったことが、戦況を好転させた。
 絶対に神人を攻撃しないなど、完璧主義の手段に固執していたら、おそらくグルナは不利な状況に追いやられていただろう。そうなれば、シャルティを元に戻すことも厳しくなる。完璧さという自縄自縛の罠に陥ることなく、オーガを倒すという根本的な目的を見失わなかったグルナは判断力に優れている。
 そしてグルナは、その青い眼光をポインセチアオーガへ向ける。

 シャルティが気絶している今、グルナは攻撃に専念できた。
「ケタケタ……」
 ポインセチアオーガ自体は非力である。身のこなしだけは素早いが、グルナの勢いに押されはじめてきていた。
「逃がすかよ!」
 敵の動きを読み、グルナが畳み掛ける。
 ムーンスカルをしっかりと構え、敵に向かって大きくジャンプする。ハードブレイカーのジョブスキル、スパイラルクローだ。

 耳障りな羽虫は、グルナの猛々しい剣さばきで一刀両断に斬り伏せられた。

「う、うーん……」
 オーガが倒された後で、シャルティは意識を取り戻した。
 戦いを終えたグルナがシャルティの方へと振り向く。
「目ェ覚めたか……。つか、戻ったか……」
「戻った……って、何? どういうことよ?」
 シャルティはきょとんとしている。不思議そうに聞き返した。
「なんのことか分からないって……記憶にねぇの? あんたが急にあんな風になったから、こっちは色々と大変だったんだぜ。ああ、そうだ。体に痛みとか、どっかおかしいとこは残ってねぇか?」
「は……? なにそれ、なんの話してるか分からないんだけど……? ええと、何、痛み? あ……そう言われてみると、ちょっとこのあたりがズキズキするかも……?」
 シャルティは防具の上から鳩尾のあたりをさする。グルナが手加減したことと、ホワイトラヴァーズが衝撃を吸収したおかげで、シャルティの体にアザなどが残ることはなかった。
「でも、なんでお前が私にそんなこと聞くわけ?」
 どうやらシャルティには、オーガに洗脳されていた最中の記憶はないようだ。
「あれ……というか、オーガは……?」
 周囲をキョロキョロと見回す。
「あの性悪の羽虫なら、俺がとっくに片付けといたぜ」
 卑劣なオーガへの怒りを思い出したのか、やや憤慨した様子でグルナは腕組みをする。
「えっ? ……倒したの? ……そう……」
 困惑気味のシャルティ。どうも腑に落ちないようだ。
 空気を切り替えるように、グルナがわざと大きな声を出した。
「あーなら良い。別に重要なことでもねぇし」
(グルナの言ってることが分からない。……ってことは気にするほどのことでもないわけ? まあ、良いけど……)
 ふと見ると、グルナの手から血が出ていることにシャルティが気づいた。
「って、怪我、してるじゃない……!」
「怪我ぁ? ……かすってるだけじゃん」
「かすり傷って……」
 かすり傷と言い張るには、けっこう痛そうな怪我だった。
 シャルティは清潔なハンカチを取り出す。
「放っとくわけにいかないでしょ! ……ああもう手、出して」
「分かったよ……!」
 観念して、大人しく手当を受けるグルナ。
(相変わらず心配性だ……)
 そんな彼女が無事に戻ってきて良かったと、安堵する。

●死神の奇術師
「キャハハッ」
 ポインセチアのオーガがけたたましい笑い声を立てながら、『紫月 彩夢』の周りをひらひらと飛ぶ。
「彩夢……!?」
 オーガが彼女に対して味方のような態度をとっていることから『神崎 深珠』は状況を把握する。彩夢はオーガに操られているのだと。
「……」
 洗脳を受けて、うつろでありながら、それでいてどこか激しい精神が感じられる彩夢の目。
 短剣「コネクトハーツ」は鞘に収められている。代わりに彩夢の手にあるのは、燃えさかる業火を思わせる本。洗脳の副次的な効果で、属性オーラを武器の形に変えることができるようだ。

 先手をとったのは、素早さで上回る彩夢からだった。
 タロットカードの幻影が、風に吹き上げられるように彩夢の周囲に巻き上がる。彩夢の姿や居場所はタロットカードにまぎれていった。
「……洗脳されていても、選ぶのはそれか」
 彩夢本人は何もかも忘れている状態だが、深珠には一目でわかった。それが、彩夢の兄が得意とする武器と技であることが。
「剣を手に果敢に踏み込んで行くお前は、どこに行った?」
 深珠の問いかけに対する答えは、激戦の前の静寂とピリピリとした殺気だけだった。
 オーガは彩夢のそばにいる方が安全だと判断したのか、飛び回るのをやめて彼女にくっついて行動した。

 深珠は魂剣「ケユクス&アルキュオネ」を抜き放ち、立ち向かう。
 だが彩夢の姿はタロットに隠れて見えない。
 トリックスターのまやかしの術にとらわれた深珠は、巨大なカードに囲まれているような錯覚に陥った。図柄を伏せられていたカードが、くるりと回転する。
 テンペストダンサーの優れた反射神経でカードに斬撃を浴びせる深珠。命中したものの威力の半分以上を削がれていることが、双剣の手応えでわかった。オーガに洗脳された者が神人だった場合、副作用として身体能力が向上するようだ。

「崩れろ、失え。矮小な存在に、速やかな終止符を」
 不吉な言葉が彩夢の唇から躊躇うことなく紡がれた。タロットダンスの効果が増大する。
 死神の正位置のカードから、攻撃を受ける深珠。
「ぐ……!」
 これ以上彩夢から攻撃を受けると危険だ。受けたダメージの大きさから、深珠はそう判断する。今自分が倒れたら、事態はさらに悪化するだろう。
「死神の正位置……仕切り直し、か……」
 ひどく痛む傷口を抑えながら、深珠はつぶやく。
「彩夢、お前は俺との契約を、望んでは居なかったのだろう。兄と二人で築く未来に、夢を馳せていただろう」
 深珠は一気に距離を詰める。
「まだ動けたの?」
 宝玉「魔守のオーブ」に思念を送り、守りの盾を展開した。この魔法力場は三時間持続する。力場は半透明の盾のような形状だ。
 そう、盾状である。使用者の全方位を隙なく覆うような、絶対不可侵の無敵のバリアというわけではない。
 立ち回り次第では、まだ深珠にも勝機はあるということだ。
「攻め込まれると弱いのに、接近を簡単に許すなんて……。あたしもまだまだね」
 「魔守のオーブ」を使い、防衛態勢を整える彩夢。顔をしかめた。
「……手数が、足りなさすぎるけど」

「……知って、いるんだ」
 荒い呼吸の間から、真剣な深珠の声が聞こえる。
「お前達の記録は、全て、読ませて貰ったから」
 お前達とは、紫月兄妹のことだ。
「その手は、あの人の得意分野だから」
「……さっきから、何をごちゃごちゃ言っているの? 悪あがきはやめて、さっさと崩れたら?」
 彩夢の持つ魔法書が、激しい炎に包まれる。

「だから……対処は、出来るつもりだ」
 深珠はそう静かに言い放ち、瞳を伏せる。
 心を落ち着け、トリックスターが使うまやかしの技に抵抗する。
「キャハッ……?」
 深珠からただならぬ気迫を感じ取ったのか、ポインセチアオーガが慌てはじめた。そのずる賢い頭を働かせ、一番安全な場所はどこか考えて移動する。妖精サイズのオーガは、彩夢の体にしがみつく。まさか精霊が自分の神人を攻撃するわけがないだろうという、邪悪な余裕がそこにはあった。
(生半可な処置でしのげるとは思っていない……)
 だが深珠のとった行動は、オーガの浅はかな見通しを超越したものだった。
(仕留めるつもりで、斬る!)

 魂剣「ケユクス&アルキュオネ」がきらめく。しがみついていたオーガごと、深珠は彩夢の体を深く斬った。
 ポインセチアの赤い葉がひらひらと風に舞い上がり、彩夢の体から赤い血がポタポタと滴り落ちた。

「う……ぐぅう……っ!」
 あまりの激痛に、彩夢はうめき声と共にうずくまる。深珠が放った渾身の一撃は、立ち上がれないほど深かった。
 痛みに耐えるため、彩夢はグッと拳を握った。歯を喰いしばる。
 そんな状態でも、不思議と気分は爽快だ。清々しい高揚感さえあった。
(咲姫は、怒るだろうけど……あたしは、嬉しいよ)
 彩夢の口に笑みが浮かび、その瞳に光が宿る。
(あたしが欲しかったのは多分これだ)
 傷つけてでも真っ直ぐに向き合って評価してくれる存在。
 無条件の庇護ではない、対等な存在。
 その人がまさに、深珠だった。

「彩夢……、正気に戻った、か?」
「う、ん……。なんとか」
 彩夢の意識がハッキリしており、オーガの洗脳も解除されていることに、深珠はひとまずホッとした。
「すぐにサクリファイスを使うんだ」
 深珠も負傷していたが、彩夢の方が重症だ。ダメージを二人で分かち合えば、彩夢の負傷具合はマシになるだろう。
「……俺には、癒やすことも出来ないから、せめてもの罪滅ぼしに……」
 彩夢は深珠の体に抱きついて、インスパイアスペルを唱えた。
「運命を、願おう」
 ダメージを分散したおかげで、彩夢の体は少し楽になった。
 その代わり深珠の足がフラつき、彼は立っていられなくなる。
「深珠さん」
 深珠の体を彩夢が支えた。
「すまない、彩夢」
 消え入りそうな深珠の声は、支えてもらったことに対する単なる感謝ではなさそうだ。彼の言葉には、もっと深い意味が込められている。
「……すみません、紫月さん」
 真剣な表情で謝罪を口にする深珠。
 彼の手を彩夢はしっかりと握った。
「深珠さん、あたし、貴方が契約精霊で、良かった……」
 強い気持ちと真っ直ぐな思いを込めて、その言葉を贈る。
 激闘の末に、彩夢は自分の欲しかったものを見つけた。

●紅桜の銃剣士
 紅桜が荒々しく舞い散る紅黒のトランスオーラをまとったままで、神人『クロス』は精霊『ディオス』の前に敵として対峙していた。
 突然の出来事に、ディオスは動揺を隠せない。
「クロ!? 何故アンタがオーガを庇う!?」
 問いかけてもクロスからの返事はない。彼女の手には、クロスの体に宿る火の属性オーラから作り出された銃剣。長い銃身の先端に、細身のナイフを取り付けた武器だ。分類としては、両手銃に含まれるだろうか。
 冷酷な眼差しで、ディオスに銃剣の切っ先を向ける。
「フヒヒ」
 ポインセチアオーガの不快な笑い声がした。

「……あぁ、洗脳か」
 先ほどまであれほど困惑していたのに、急にディオスは冷静になり、したり顔。
「クククッ……。……に手ぇ出した事後悔さしてやらァ」
 ニヤリと笑って、上機嫌でライトクルセイドを構えた。

 ディオスの口調や性格が急変した。明らかに異変が生じているが、原因は特定できない。
 戦闘時だけ気性が荒くなるタイプなのかもしれないし、オーガの瘴気の影響を受けたのかもしれないし、何かの理由でディオスが演技をしているだけかもしれない。
 あるいは……それを公認してしまうと様々な問題が生じるような要素があり、該当部分についての言及が避けられた……という解釈もできる。断定が意図的に避けられている内容が、ディオスの名声・能力・立場などを個人の個性の域を超えて特殊化するようなものだった場合、その可能性は高いだろう。
 いずれにせよ、ディオスの突然の性格変化の原因については謎に包まれている。

 クロスが動く。
 素早くディオスの懐に入り、まずは回し蹴り。
 その蹴りをかわそうと試みるディオスだが、それは無理そうだ。反射的に判断し、受け身を駆使してなんとか威力を削ぐ。
「チッ!」
 ディオスの体勢が崩れたところで、さらに追撃しようと銃剣の先端を使い斬り込んでくるクロス。
 ディオスは両手剣の重厚な刀身を活かし、クロスの銃剣を防いだ。金属と金属の激突で、火花が散った。
「そう都合良く二連撃なんざ喰らうかよ!」
 乱暴な口調だがどこか楽しげに言い放ち、攻め込んできたクロスに体当たりをかました。
 ポインセチアオーガが姿をくらましたため、ディオスはこの隙に周囲を探る。

「く……!」
 オーガを探してディオスは遠くに行ってしまった。クロスは銃剣を構えた。火炎が渦のように銃口部分に収束したかと思うと、弾丸となって発射された。
 クロスが撃った炎の弾丸がディオスに迫る。とっさにライトクルセイドを盾代わりにして、危機を回避した。
「やってくれるなァ? 黒焦げになるのはごめんだぜ」
 ヒュウと口笛を吹きながら、ニヤリと笑う。自らの窮地さえも茶化してみせる。
「待てっ! 逃がすか!」
 そして、クロスはディオスを追いかける。
 遠距離攻撃ができる手段を持ちながら、クロスは銃をディオスとの距離を詰めるために利用しているようだ。あまり武器の特性を活かした戦い方とは思えないが、彼女は安全な場所から一方的に攻撃するよりも、打撃や蹴りの飛び交う接近戦でその血を燃えたぎらせたいのかもしれない。

 その後も、まるで戦闘そのものを楽しむかのような二人の攻防が続いた。
 クロスは近距離の間合いにも全く恐れることなく踏み込んでいく。
「はあっ!」
 ハイキックからの流れるような踵落としを披露するクロス。
 それをかわして、今度はディオスが姿勢を低くして、足払いを仕掛ける。
 足払いに引っかかったクロスの体が宙に舞う。このままでは、固い地面に叩きつけられてしまう……かと思えたが、違った。向上した身体能力による身のこなしで、隙を見せずに華麗に着地。

「……一気に決めるぜ」
 銃剣のナイフ部分に狼の力が集まった。ウルフファングだ。遠距離武器はこのスキルの適応武器ではないが、それでも運良くスキルを発動できた。ただし威力は適応武器で使用した時より劣っている。
 本職のシンクロサモナーとして、ディオスはブラッディローズを軍服シュトゥルムアングリフにまとわせて、クロスが扱う狼の牙に耐える。防御力の上がるブラッディローズを使ったので、クロスの猛攻を安定してしのぐことができた。
 攻撃の手がとまったところで、すかさずディオスが回り込む。
「しま……っ!?」
 ディオスは回り込んだ時の勢いを利用し、武器は使わず体術によるカウンターを決めた。
 クロスはどさりと地面に倒れた。
「気絶したか」
 意識を失っているが、命に別条はない。

 クロスの気絶を確認した後で、ディオスはこの事態を作った元凶を探す。ポインセチアオーガは公園のどこかに身を隠しているようだ。
 だが、ディオスにはだいたいの居場所の見当がついている。クロスとの戦闘中に、さりげなくオーガの位置を確認していた。
「元凶発見。斬り刻む!」

 有言実行。
 ディオスの持つライトクルセイドが、オーガを斬り裂いた。

「ったく、……も報われねぇな」
 気絶しているクロスを見下ろしながら、ディオスがぼやく。
「洗脳されてもあの銀狼を連想させる技……好き合ってる証拠か」
 洗脳中のクロスが使ったウルフファングのことを思い出し、一言。
「ククッ奪略愛とか燃えるな」
 まとっていたブラッディローズを解除する。
「花か……」
 普段のクロスは、桜の花を好んでいる。
 くしくもディオスの防具シュトゥルムアングリフは、桜と関係の深い逸話を持っていた。その腕章は、桜の君を守り抜くという誓いを表している、とされている。

「あれ……俺は一体……」
 正気に戻ったクロスが不思議そうに周囲を見回す。
「あっディオ! 御免な、怪我させちまって……」
「いや」
 そう言って、ニヤと笑みを浮かべるディオス。
(……ん? なんかディオの雰囲気が違う……? 気の所為、か……?)
 という印象をクロスは抱いたらしい。
「ディオ……? お前の方こそ大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「……そうか? まぁディオが言うなら信じるが……何かあったり辛くなったりしたら遠慮なく言えよ?」
 そう声をかけても、ディオスはしばらくボーッと立ち尽くしていた。
「……? クロ……?」
 今度はどういうわけか、ディオスの方が怪訝な顔をしている。何か疑問でもあるかのように首を傾げたが、はっきりとしたことは彼にもわからないようだ。
「いや何でもない、無事で良かった……」

●昏い眼の双剣使い
 トランスをして公園に踏み込んだ後、思いもしないトラブルが『リチェルカーレ』と『シリウス』を襲った。
「クスクス」
「?」
 背後から聞こえてきた不審な忍び笑いに、リチェルカーレが振り向く。
 そこに立っていたのは笑い声の主ではなく……すっかり光の消えた昏い眼をしたシリウスだった。
 思わずリチェルカーレが息を呑む。シリウスのそんな眼差しを見るのは、これが初めてだった。そしてそんな視線が自分に対して向けられていることにも、少なからずショックを受けた。
 けれど、出来る限り冷静にシリウスに声をかける。
「……シリウス? どうかしたの?」
 リチェルカーレの青と碧の瞳は驚いたように、シリウスを見つめている。
「……」
 不思議と込み上げてきた胸のざわめきを振り払うかのように、うつろな目をしたシリウスは双剣「伏龍・昇龍」を抜き放ち、リチェルカーレに刃を向ける。

「っ!」
 声にならない悲鳴。腕に走った痺れ。
 攻撃された。
 リチェルカーレは、慎重に一歩下がる。
 シリウスの動きは普段よりも鈍っているようだ。初撃を防御できたのは、このためかもしれない。

「神人を――敵対者を、発見。……排除する」
 武器を向け、冷酷に宣告する。その表情からも、その声音からも、シリウスの感情は全く感じられない。
 全ての感情をなくしたようなシリウスの異様な言動をまのあたりにしたことで、賢いリチェルカーレはかえって真相に近づくことができた。
「操られている……何に? 誰に?」
 防御姿勢をとりながら、用心深く周囲を目で探る。
「クスクス」
 最初に聞こえたあの笑い声が、耳に届いた。
 赤い葉は髪のようで緑の葉が翅状になっている。額にはバラのトゲに似た真っ直ぐな角。一見妖精かと見紛うようなポインセチアのオーガだ。
 リチェルカーレの瞳に、そのオーガの姿が映った。
「――あなたの仕業ね?」
 毅然とした態度で片手剣「トランスソード」を握った。リチェルカーレの思いに呼応するかのように、剣からトランスのオーラが放出される。柔らかくて暖かい風と光のオーラ。羽根のようにちらちらと光が舞い落ちて消える。
 ウィンクルムになるまで、リチェルカーレは剣を触ったこともなかった。それでも、ふんわりとした優しい笑顔が似合うその顔を今だけはキッと引き締めて、武器を構える。
「シリウスにはいつも助けてもらってる。今日は私の番ね」
 凛とした、決意をこめた声でそう告げる。

 リチェルカーレが先に動く。
(もしも私がテンペストダンサーだったのなら、こういう時にはエトワールが使えるんでしょうけれど……)
 残念ながら使うことはできない。洗脳状態の神人が、本来は精霊のジョブスキルを使うといったことがあったようだが、リチェルカーレは別にポインセチアオーガに洗脳されているわけではないからだ。
 精霊のジョブスキルこそ使えなかったが、リチェルカーレには操られているシリウスにどう対処するかという明確な心構えがあった。息を整えて、冷静な対応で挑む。
 シリウスの背後にいるオーガにも注意していた。

 シリウスの体がゆらりと傾いた。そのまま一気に加速して、距離を詰めてくる。
 通常時よりも能力が低下しているとはいえ、テンペストダンサーの動きは侮れない。アルペジオ。速度を売りにした攻撃技だ。
 リチェルカーレは臆すことなく、真っ直ぐな視線をシリウスへ向ける。恐怖心で目をつぶったりそらしていては、この連撃に対応することはできない。リチェルカーレの勇気は素晴らしい。
(彼の動きをよく見て……)
 かわせるものはかわし、それが難しければ武器を使って衝撃を出来るだけ受け流す。
(大丈夫。訓練だと思えばいい)
 リチェルカーレは自分にそう言い聞かせる。
 オーガに洗脳されたシリウスの剣さばきには一切容赦がない。
 シリウスが使ったアルペジオは、テンペストダンサーの初歩的な技だ。威力が低い分、消費するMPも少ない。オーガに支配されて身体能力が低下した状態でもシリウスのMPには余裕があったらしく、さらに二回のアルペジオを追加で使用。
「くっ……、ああっ!」
 相手をよく見て注意していても、シリウスの攻撃全てを完璧に見切って受け流すことは困難だ。
 もっとも、リチェルカーレも用心深く行動していたので、全ての攻撃に当たるようなことはなかったが。踏み込みが浅いなど、回避可能な攻撃は避けた。
「シリウス……!」
 しっかりとした防具に守られているおかげで、一撃一撃の威力ではそう深刻な傷にはならないものの、シリウスは手数の多さで着実にリチェルカーレを窮地へと追い込んでいく。
 そんな極限状態の中で、リチェルカーレは傷つきながらもチャンスをうかがっていた。
 ポインセチアオーガを倒すチャンスを。

 アルペジオの連撃が途切れたのをリチェルカーレは見逃さなかった。
 「トランスソード」を構え、シリウスの後方にいるオーガへと向かっていく。
「!」
 オーガに洗脳されたシリウスは無意識に動いていた。リチェルカーレを妨害しようとする。隙をついて横を突破しようとするリチェルカーレに対し、双剣を振るう。

 それは瞬間の出来事。
 リチェルカーレが視線をシリウスへと向けた。
 シリウスの顔に、苛立ちに似た表情がちらりと浮かぶ。それは、非力な少女に見える相手の、それでも自分を捕えて離さない眼差しのせいか。
 双剣は、リチェルカーレの銀青色の髪を数本切断しただけだ。

 ひらり、と生気をなくしたポインセチアの葉が地面に落ちていった。

 オーガが倒されて洗脳が解けたシリウスは、凍りついたようにその動きを止めていた。
 シリウスが正気に戻ったのを見て、リチェルカーレは力が抜けたようにへなへなと座り込む。
「……」
 沈黙するシリウスの手は震えていた。
 自分が何をしたか、何を言ったか、彼は覚えている。何をおいても護りたいと願った相手を自分の手で喪うところだった。そのことを自覚し、溢れ出す感情に飲み込まれそうになる。
「おかえりなさい」
 そこにかけられる、優しく暖かな声。泣き笑いの表情でささやいて、リチェルカーレがシリウスの体に抱きつく。
「リチェ……!」
 彼女の細く小さな体をシリウスは震える手で抱き返した。



依頼結果:成功
MVP
名前:紫月 彩夢
呼び名:彩夢
  名前:神崎 深珠
呼び名:深珠さん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 山内ヤト
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 通常
リリース日 12月20日
出発日 12月25日 00:00
予定納品日 01月04日

参加者

会議室

  • [9]リチェルカーレ

    2015/12/24-23:44 

  • [8]かのん

    2015/12/24-23:43 

  • [7]クロス

    2015/12/24-23:13 

  • [6]シャルティ

    2015/12/23-23:27 

    HBのグルナ・カリエンテ。…んで神人のシャルティ。初めて見る顔もいるか、よろしく。

     気の強い神人が洗脳されてどうしようか悩んでる感じ。
    別々ってわけだし足引っ張ることはねぇと思うけど、とりあえず怪我だけは避けてぇな。

  • [5]リチェルカーレ

    2015/12/23-22:48 

  • [4]クロス

    2015/12/23-21:59 

    ディオス:
    初めまして、だな
    俺はクロの新たなパートナー、ディオス・チェリル・アルジリーアと申す
    改めて宜しく頼む

    クロを怪我させずにオーガのみ倒すのは至難の業だが、必ず目を覚まさせてやる
    お互いに頑張ろう

  • [3]紫月 彩夢

    2015/12/23-21:53 

    神埼深珠と……神人の、彩夢だ。
    先日ぶりだったり久方ぶりだったり初めましてだったりと色々だが、
    お互い災難だったな、とでも言うべきか……

    俺より場馴れしている神人が洗脳されてわりと途方に暮れているが、なんとか…頑張るつもりだ
    共闘ではないとはいえ、足は、引くまい。どうぞよろしく頼む。

  • [2]クロス

    2015/12/23-21:52 

  • [1]かのん

    2015/12/23-12:08 

    神人は知った顔だが、精霊の中で初めましての奴もいるか
    改めて、神人かのんとテンペストダンサーの天藍だ、よろしく

    植物がオーガ化したと聞いたらかのんが黙っていられないんで来てみたが……勘弁してくれ
    ひとまずかのんに怪我させるわけにはいかないし、さっさとオーガの方を何とかしないとな
    現地じゃ自分の相方は自分で何とかしろって事らしいんで、共闘はできないが、お互い頑張ろうな


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