プロローグ
君たちがいるのは豪華客船『ラピスラズリ・プリンセス』内にひっそりと作られた一室。
ここには、この船のオーナーであるジムとデラの歩みが展示されている。
結婚した当初は、さほど裕福とは言えなかった2人のこじんまりとした結婚式の写真。
思い切って奮発した豪華客船での新婚旅行の写真。
子供が産まれたり、興した事業が成功して新しい社屋を建てたりした時の写真。
2人が順調に事業を大きくしつつ時を重ねていった様子が、簡単な説明文と共に壁に掛けられている。
季節も、場所も、ジムとデラの年齢も様々な写真だが共通するのは一つ、2人が常に笑顔で寄り添っていることだ。
とても幸せそうな夫婦の遍歴。
そして最後を飾るのはこの船『ラピスラズリ・プリンセス』の前で撮影された写真。
2人の新婚旅行の時のような楽しい時間を他の人達にも過ごして欲しいという願いと共にジムとデラがこの船を作ったのである。
しかし、仲睦まじい老夫婦の夢の船を悲劇が襲った。
長い時間を掛けて細部までを作りこみ、いよいよ就航も間近となったこの冬、黒き宿木の種がこの船に寄生してしまったのだ。
このままでは客を乗せることも叶わない。
黒き宿木の種はウィンクルム達が互いの絆を深めることで消し去ることができる。
そこでA.R.O.Aはこの船を貸し切り、ウィンクルム達だけのクルーズに出ることにしたのだ。
展示室を出た君達は船の中を移動する。
向かうのは舳先か、甲板か、それとも船内にあるバーだろうか。
思い思いの場所で豪華客船の足袋を楽しみつつ、君はパートナーを見た。
ジムとデラの歴史ほど長くはないけれども、自分たちにもここまで歩んできた歴史がある。
海原を行く船の軌跡のような、人生の軌跡の話をしてみようじゃないか。
解説
ウィンクルム個別での描写になります
●目的
豪華客船の船内で、過去の出来事について話し合ってください
ウィンクルムになる前のことでも構いませんし、ウィンクルムとして一緒になってからのことでも構いません
どちらか一方だけが話してもいいですし、2人で話し合うのもいいと思います
話し合う場所は船内であれば何処でも構いません
●黒き宿木の種
レッドニスの力と、ダークニスの瘴気を混ぜて作られた『寄生型オーガの種』
放っておくと地面に植えれば瘴気を撒き散らすので一般人は近寄れません
ウィンクルムが絆を深める(親密度が上がる) ことができれば勝手に消滅しますので、
このエピの中では種を探したり破壊する必要はありません
●豪華客船『ラピスラズリ・プリンセス』
老夫婦の夢が詰まった船です
豪華客船なのでおおよそどんな設備も揃ってはいますが、一般のスタッフが入れないので、サービスは少し行き届きません
バーなどでは、ボランティアのウィンクルムが文化祭感覚でお店を運営しています
●消費Jr
船の中での飲食のために、乗船料として500Jrいただきます
ゲームマスターより
プロローグを読んでくださってありがとうございます。
クリスマスイベントに絡めて【船旅】シリーズを主催させていただきました。
豪華な船内を楽しみつつ、これまでの事を話し合ってみてください。
皆様にとって良きクリスマスとなりますように!!
リザルトノベル
◆アクション・プラン
鞘奈(ミラドアルド)
…よりによって二人の絆を深めればって… 私から誘ったわけだし、とことん付き合うわよ …甲板でもいく? 私たちの過去っていっても、浅いわね 出会い方は最悪だし そのあとも私はミラに辛く当たってきたし …この船の老婦人たちとは真逆ね 笑い合ったこともない (…でもいつかは)何でもない 今?今は…つまらなくないわ …ミラのことも少しだけわかってきた ミラが今楽しんでるかどうかもちょっとだけわかるわよ(どやっ …じーっ 楽しんでる? 当たり?よし(嬉しそう 船旅なんてそうできるもんじゃないしね 何よにやにやして 理由が違う?……ま、まぁミラは何考えてるかわからないしね …できるわよ(ぼそっ だって今も─いや、なんでもない なんでもないってば |
淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)
船旅…というのも素敵ですね。 オーナーさん達のこだわりなんかもすごく伝わってきます。 素敵な夫婦、ですよね。長い時間を仲睦ましく生きてきた姿はすごく憧れます。 …一つだけ聞いてもいいでしょうか?本当は聞かなくてもいいかなとも思ったのですが…これからもイヴェさんの傍に居る為に聞いておかなければいけないような気がして。 イヴェさんはウィンクルムになる前は何をしていたんですか? ドラグさんは昔の貴方を知っているようですが…少し寂しいんですよ私の知らないイヴェさんが居るって言うことが。 だから聞きたいなって。これは我儘でしょうか? 我儘を言えるのはイヴェさんだからですよ。 秘密はスパイス、らしいですけど。 |
アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
さて、何故でしょうね 私はカルーアミルクとナッツをお願いします 一杯だけですし大丈夫ですよ …それに、少し酔いたい気分なんです お分かりでしたか、と苦笑い 酔った勢いで話したかったんですが、見透かされてるとなると緊張しますね …春は、近くの森で花輪を作りました お互いが作ったものを交換して 夏は湖です 可笑しいんですよ、泳げないのに行きたがるんです 秋は決まって南瓜のパイを焼きました 冬はかまくらや雪だるまを作って、雪遊びです そうやって、姉様と季節を追ってきました とても、幸せでした …昔話ができるようになる必要があると思いまして 貴方に勝つ為には、強くならないと 賭けが簡単に終わってしまってはつまらないでしょう? |
スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
この船の主はどんな馴れ初めだったのかしらね 3年前の冬 私が父のように慕っていた男性が死んだ それで私は命を狙われたの その時にオンブラって名乗る青年に出会った 父らしき男性の部下だって言ってた 顔はマフラーと帽子で隠してた 彼は私を安全な場所へ逃がそうとしてくれた でも一緒に逃げてる最中、彼が私をかばって… 左の脇腹を撃たれてたわ 血が溢れてた 逃げて下さいって彼は言ったわ そして、また必ずお会いしましょうって笑って… 無事逃げたわ 見殺しにするなんて慣れてたのに… 姓は彼からの借り物 彼は今土の下よ 好きだったのかって? でも生きていても…彼はきっと上流階級の人間よ 私じゃ釣り合わないわ オンブラの正体がクロスケだったらいいのに |
ユズリア・アーチェイド(ロラン・リウ)
レストランで向い合ってディナー 親が決めた婚約者でしたが 初めて会った時まだ私は幼く、婚約者の意味をよく分からずに 仲良くしてくれるお兄さんとしてお慕いしていました 婚約者の意味がわかった頃、両親を亡くし、私は当主になりました 血筋とお屋敷以外全て失った滑稽な当主をお見舞いに来てくださった兄様 (責任を背負い現実が見えた私には、兄様の家を乗っ取ろうとする魂胆がよく見えたので)支援をお断りしました 家を立て直す迄結婚を遅らせて欲しいともお願いしました (ウィンクルムになった今も、私はまだ兄様を警戒しています 何も知らなかった頃に戻りたい。本当は兄様のことが、好きなのに…当主として気を許せない。寂しいですわね…) |
●変化
豪華客船『ラピスラズリ・プリンセス』中央の吹き抜け。
「鞘奈に誘われたから鍛錬かと思ったら、船旅なんてびっくりしたよ」
ミラドアルドが頭上のシャンデリアを見上げながら興奮気味に呟く。
しかし、パートナーである鞘奈はどちらかと言うと不機嫌そうだ。
(よりによって二人の絆を深めればって……)
黒き宿木の種を消すための条件、それは互いの絆を深めること。
鞘奈にとってはその釈然としない方法ではあるが、ウィンクルムとして黒き宿木の種を排除することに異論はない。
(仕方ない。私から誘ったわけだし、とことん付き合うわよ)
腹を決め、鞘奈は吹き抜けを登ってゆく大きな階段を指す。
「……甲板でもいく?」
「甲板か、いいね付き合おう」
ミラドアルドが頷き、二人は甲板へと足を向けた。
そして辿り着いたオープンデッキ。
身を乗り出すように船舷に寄りかかり、周囲を見回しながらミラドアルドが言った。
「景色が綺麗だ。静かだし、最高の船旅だね」
ミラドアルドに並んで船舷に立った鞘奈は、先ほど展示室で見た老夫婦の軌跡を思い浮かべる。
「私たちの過去っていっても、浅いわね。出会い方は最悪だし……そのあとも私はミラに辛く当たってきたし」
前に出て戦いたがる鞘奈と、そんな鞘奈を神人として、女性として守りたがるミラドアルド。
最近でこそミラドアルドに対して手をあげることは無くなったが、
出会った当初はそんなぶつかり合いから、鞘奈がミラドアルドを攻撃することも少なくなかった。
「そうだね。出会いも、今までも、最高とは言い難いものだったね」
最悪だという鞘奈の言葉を柔らかく言い換えてミラドアルドは続ける。
「でも僕はそんな歩みも素敵なんじゃないかって思ってるよ。鞘奈と僕のらしさ、というか……」
穏やかなミラドアルドの言葉に、鞘奈は軽い胸の痛みを覚えた。
「この船の老婦人たちとは真逆ね。笑い合ったこともない」
これまでの己の態度を悔いるような鞘奈の言葉。
しかしそれすらも、ミラドアルドは柔和な笑みで包み込む。
「笑い合うか。そんなことができれば、素敵だね」
「いつか、は……」
いつかは、それが本当になることもあるのかもしれない。
繰り返されるミラドアルドの前向きな言葉を聞いていたら少しだけそんな気がしてきて、鞘奈はため息のようにつぶやいた。
耳ざとく聞きつけたミラドアルドが鞘奈の顔を覗き込む。
「ん?何かいったかい?」
「何でもない」
慌てて目を逸らす鞘奈。 深く追うことはせず、ミラドアルドは全く別のことを訊ねた。
「鞘奈は今は楽しいかい?」
「今?今は……つまらなくないわ」
不意打ちの質問に、鞘奈は素直な答えを返す。
そしてふと思い出したように別の話題を口にした。
「……そういえば、ミラのことも少しだけわかってきたわ。ミラが今楽しんでるかどうかもちょっとだけわかるわよ」
「えっ、わかる?」
驚きに碧の目をキラキラと輝やかせるミラドアルド。
「ちょっとだけよ」
得意げに胸を張って見せる鞘奈に、先程までの少し沈んだ空気は無い。
「それじゃあ当ててみてくれるかい?」
悪戯っぽくミラドアルドが仕掛ければ、素直に勝負に乗った鞘奈はじっとミラドアルドの顔を見つめた。
「楽しんでる?」
「ふふふ、あたり」
「よし!」
嬉しそうに笑う鞘奈。
「船旅なんてそうできるもんじゃないしね」
裕福な家に育った鞘奈の目から見ても『ラピスラズリ・プリンセス』は豪華で美しい。
そんな船で航海できることが楽しいのだろうと言う鞘奈に、ミラドアルドはただ笑う。
「何よにやにやして」
途端に棘を含む鞘奈の声。
ミラドアルドはそんな鞘奈をなだめるように肩をすくめた。
「惜しい……理由はちょっと違うかな」
「どう違うのよ?」
「秘密」
「……まぁミラは何考えてるかわからないしね」
ツン、とそっぽを向く鞘奈。だがそこには出会った当初のようなぎこちなさは無い。
「こうして、今も過去にして笑い話にできればいいね。僕たちなりの歩み方で」
穏やかなミラドアルドの言葉に鞘奈がぶっきらぼうに返す。
「できるわよ。だって今も……」
驚いたように目を見張るミラドアルド。
その反応に鞘奈ははっと我に返った。
「なんでもない。なんでもないってば!!」
今この時も、最初は険悪だった二人の関係も、少しずつ変化しているようだった。
●告白
展示室を出た淡島 咲とイヴェリア・ルーツは、探索と称して広い船内を歩き回っていた。
「船旅というのも、素敵ですね」
「そうだな」
咲の言葉に頷くイヴェリア。
咲とはそれなりに長い時間を共に過ごしてきたものの、こんな風に一緒に船に乗るのは初めてで、やはりこの船のオーナー夫婦などに比べれば、共有してきた時間はまだまだ短いのだと思い知らされる。
そしてそれは、咲にとっても同じことだったようだ。
「オーナーさん達。素敵な夫婦、ですよね。長い時間を仲睦ましく生きてきた姿はすごく憧れます」
咲の夢見るような表情を目にし、イヴェリアはとある気持ちを口にする。
「俺はこれからもサクと沢山の時間を過ごすつもりでいるが……それは間違っていないだろうか?」
「……」
その言葉に、歩んでいた足を止めて咲がイヴェリアを見上げた。
二人はいつの間にか客室の廊下に来ている。他のウィンクルム達の姿はここにはない。
ただ闇雲に歩いているように見えて、実は咲はずっと他の人の邪魔の入らぬ場所を探していたのだ。
イヴェリアと共に一番手近な客室に足を踏み入れ、ドアを閉めると、咲は静かに口を開いた。
「一つだけ聞いてもいいでしょうか?」
「何だ?」
「イヴェさんはウィンクルムになる前は何をしていたんですか?」
「……」
沈黙するイヴェリア。
それはイヴェリアにとっては頭の中身を整理し、口にしたい言葉を選ぶための沈黙であったが、咲にはそうは思えなかったらしい。
「本当は聞かなくてもいいかなとも思ったのですが……」
これからもイヴェリアの傍に居る為には、聞いておかなければいけないような気がしたのだと、咲はまるで弁明のように意図を語る。
「ドラグさんは昔の貴方を知っているようですが。……少し寂しいんですよ私の知らないイヴェさんが居るって言うことが」
その言葉にイヴェリアは思わず小さく笑ってしまった。
突然の笑い声に驚いた咲が申し訳なさそうに眉を下げる。
「だから聞きたいなって。……これは我儘でしょうか?」
「いや……」
安心させるように咲の肩に手を乗せ、咲を客室のソファーに座らせながらイヴェリアは言った。
「サクが俺のこと聞かないでいてくれたことには気づいてた。」
そしてイヴェリアは咲の正面に腰を下ろす。
「俺はサクの秘密を少なからず知っている。だから俺からも一つ秘密を明かそう」
そしてイヴェリアは語った。
ウィンクルムになる前、A.R.O.Aとはまた違った組織で『神人』の研究をしていたこと。
そこには、自分を含め、少々どころかかなり偏屈な連中が集まっていたこと。
そして咲のもう一人のパートナーであるドラグとは、そこで同僚として出会っていたということ。
神人の研究をし、神人を知りたいと思っていたイヴェリアにとって、咲との契約は好都合だったということ。
「だから少し後ろめたい気持ちもあったんだ。……これが俺の秘密」
「そう……だったんですね」
イヴェリアの話が終わると、咲はほうっと息を吐き出した。
話の内容もさることながら、イヴェリアが素直に咲の問いに答えてくれたことが何より咲を安心させたのである。
「教えてくれてありがとうございます。でも秘密を教えて欲しいって言えるのはイヴェさんだからですよ」
「そうか」
目を合わせて、ふふっと笑い合う二人。
「秘密はスパイス、らしいですけど」
口の中で噛み砕かれたスパイスが、より芳醇な香りを立てるように……。
秘密というスパイスが割れる時、二人の仲はより一層成熟していくようだった。
●克服
「酒も煙草もやらないアンタがバーに行こうっつう時は何かしらあるときだが、今度は何だ?」
『ラピスラズリ・プリンセス』内にあるバー。
カウンター席に腰をおろしつつ、ラルク・ラエビガータは隣に腰掛けるアイリス・ケリーを横目で睨む。
「さて、何故でしょうね」
しれっととぼけるアイリス。
ふん、と軽く鼻を鳴らして、ラルクはカウンターの中でバーテンダーの真似事をしているウィンクルムに言った。
「ここでしか呑めないようなものがいい、ただし甘いものだけは勘弁」
いわゆる『ワク』といわれる部類のラルクにとって、アルコールは水と同じである。
それでも、どうせ飲むのなら口に合う、そして珍しいものが欲しいというのがラルクの考えだ。
この船限定の『瑠璃船姫』という日本酒があるというので、ラルクはそれを注文する。
「私はカルーアミルクとナッツをお願いします」
アイリスの注文に驚いた顔をしたのはラルクだった。
「アンタ、呑む気か……ってしかもカルーアかよ。酒弱い奴が飲むには結構キツイやつじゃねぇか」
「一杯だけですし大丈夫ですよ。……それに、少し酔いたい気分なんです」
「酔いたい、ねぇ」
アイリスの言葉を反芻しつつ、ラルクは煙草に火をつける。
一度、深く吸い込んだ煙をふーっと吐き出すと言った。
「で、何を話したいんだ?……察しはつくがな」
「お分かりでしたか」
高級感漂うバーがよく似合う、品のいい顔に苦笑いを浮かべるアイリス。
供されたカルーアミルクに口を付け、慣れないアルコールの香りに少し眉を寄せる。
「酔った勢いで話したかったんですが、見透かされてるとなると緊張しますね」
そう言ってはいるもののアイリスの表情はいつも通りに穏やかだ。
この程度のことでは決して崩れないアイリスの仮面を少し気にくわないと思いつつも、ラルクは酒と煙草を伴に、アイリスの話を聞く構えを見せる。
「何から話しはじめましょうか……」
アイリスは、カルーアミルクを幾度か口に運び、酩酊感が広がってくるのを感じながらゆっくりと口を開いた。
「……春は、近くの森で花輪を作りました」
互いが作ったものを交換し合ったのだというアイリス。
「……夏は湖です。可笑しいんですよ、泳げないのに行きたがるんです」
可笑しいのだ、という割にはアイリスの顔は笑ってはいない。
ただ、いつもの通りの薄い微笑みが浮かんでいるだけである。
アイリスの話は、秋に恒例だった南瓜のパイ焼きの話題から、かまくらや雪だるま作りといった冬の雪遊びの思い出へと移っていった。
「そうやって、姉様と季節を追ってきました」
エメラルドグリーンのカラーコンタクトに彩られた瞳を揺らしてほんの一瞬言葉を切り、アイリスは言う。
「とても、幸せでした」
アイリスの口元にふっと浮かぶ笑み。
それは、ここに至るまで何一つ乱さなかったアイリスが唯一垣間見せた本心だった。
「アンタが自分から、それも楽しかった思い出とやらを話すのは初めてだな」
アイリスの話が終わったことを察したラルクが、手にしていた日本酒のグラスをテーブルに置く。
「何が目的だ?」
「……昔話ができるようになる必要があると思いまして」
またいつもと変わらぬ表情で、しれっと答えるアイリス。
「貴方に勝つ為には、強くならないと」
そしてアイリスは今、見事にそれをやってのけたのだ。
「……く、ククク……」
予想外の展開にこらえ切れず笑い出すラルク。
「ハッ、面白いことをしてくれるもんだ」
「賭けが簡単に終わってしまってはつまらないでしょう?」
アイリスは歩む。強くなるために。
ラルクの『お楽しみ』は、まだまだ続きそうであった。
●秘密
「この船の主はどんな馴れ初めだったのかしらね」
真っ暗な夜空を背景に、白い息を吐きながらスティレッタ・オンブラは言った。
「さあな……」
素っ気なく答えるバルダー・アーテル。
彼は知っている。スティレッタが口にした疑問は、本当に何かを知りたいと思って発されたものではないことを。
それはただの次の会話への糸口だ。
冷たい海風をものともせず『ラピスラズリ・プリンセス』の舳先に立つスティレッタ。
そしてスティレッタはバルダーの予想通り、夜空を見つめたまま静かに口を開いた。
「三年前の冬。私が父のように慕っていた男性が死んだ。その時に私は、オンブラって名乗る青年に出会ったの」
(その話……)
飛び出してきた名前に、バルダーの眉が上がる。
だがバルダー軽く頭を振って黙っていることに決めた。
スティレッタは、バルダーが聞いているかどうかさえ確かめることなく昔話を続ける。
三年前、一人の男が死んだ。
男はナンナという女性と共に暮らしており、ナンナは男を父として慕っていた。
そしてその頃、オンブラは彼の部下だった。
男は事故で死んだと思われていたが、オンブラはそれを殺しだと疑った。
事実、その次にはナンナが命を狙われた。
オンブラはマフラーと帽子で顔を隠し、ナンナに会いに行った。
当初、オンブラはナンナを男の愛人だと思っていたが、ナンナと会った瞬間、その雰囲気があまりにも男と似ていたため、ナンナと男が父娘であると察した。
男は諜報部の出だ。任務故に家庭を持てなかったのだろうとオンブラは思った。
そして孤児だと言っていたナンナは、自分が男の娘だと分かっていたようだった。
命を狙われるナンナを安全なところに逃がそうとしたオンブラ。
だが魔の手は容赦なく迫り、暴漢が放った銃弾がナンナを襲った。
しかしナンナの身体が銃弾に抉られることはなかった。
オンブラがその身を呈してナンナの盾となったからだ。
撃たれた脇腹から血を流しつつオンブラはナンナに言った。
「逃げて下さい。そして、また必ずお会いしましょう」
オンブラが教えた道順通りにナンナは逃げ、そして生き延びた。
「無事逃げたわ。見殺しにするなんて慣れてたのに……」
船の前方に視線を向けているスティレッタの顔はバルダーからは見えない。
「姓は彼からの借り物。彼は今、土の下よ」
事実は違う、とバルダーは思う。
オンブラ、すなわちバルダーの傷は浅かった。
当時はナンナと名乗っていたスティレッタに逃走ルートを教えて別れた後、バルダーは暴漢を捕まえて、誰の差し金か吐かせたのだ。
バルダーが黒幕に制裁を与えたことにより、スティレッタへの追撃もなくなった。
その後バルダーは退官し、スティレッタの足取りを知る手がかりもなくなったのだが……。
(彼女も顔を隠していたから分からなかった)
黙っているバルダーを振り返ったスティレッタが、バルダーの表情から何を想像したのか、小さく笑う。
「好きだったのかって?でも生きていても、彼はきっと上流階級の人間よ。私じゃ釣り合わないわ」
もしも今、バルダーが真実を告げれば、スティレッタはオンブラと名乗った青年が生きていたことを喜ぶだろう。
だが……。
(全部秘密だ。オンブラは死んだ。真実を知ったら幻滅する)
現にバルダー自身がそうなのだ。あのナンナの正体が、こんな苦手な相手だったなどと知れて嬉しいはずがない。
そんなバルダーの胸の裡も知らず、スティレッタがからかうようにバルダーにもたれかかってくる。
「オンブラの正体がクロスケだったらいいのに」
スティレッタの言葉をバルダーは心の中で(笑えん話だ)と切り捨てた。
それでも、真実を伝えない罪滅ぼしにと、絡みついてくるスティレッタを黙って受け入れる。
(ナンナ……本当に無事でよかった)
権力争いの陰謀に巻き込まれ、闇の中でもがくようだったあの頃。
様々なものが指の間をすり抜けていった中でも、ナンナという存在がこうして残っていたという事実に、バルダーは確かな安堵を感じていた。
●警戒
『ラピスラズリ・プリンセス』内のレストランにはユズリア・アーチェイドとロラン・リウの姿があった。
人影もまばらなレストランの窓際の席に向かい合って座る二人の前には、ケータリングのディナーが並べられている。
「こうやっていると、あの日を思い出しますね。弔問にお伺いしたあの日のことを」
静かに口を開くロラン。
それはユズリアの両親が事故で他界し、ユズリアがアーチェイド家の当主となって間もない日の事だった。
葬儀やら何やらのゴタゴタが終わり、すっかり静かになったアーチェイド家の屋敷。
弔問に訪れたロランと、それを直々に迎えたユズリアは静かなダイニングで向い合って座っていた。
「支援はお断りいたしますわ」
ユズリアの口から出た言葉に、ロランは思わず目を見開いた。
没落しきったアーチェイド家を立て直すための資金援助を申し出たロラン。
ロランは、両親を亡くしたばかり寂しい小娘なぞ簡単に丸め込んで娶ることができるだろうと踏んでいた。
だからあえて弔問の席というタイミングで金銭の支援を申し出たのだ
しかしユズリアの返答はロランの予想を大きく覆すものであった。
ロランの胸に苦いものがよぎる。
元々ロランはユズリアの血筋が欲しかった。高貴なだけで弱小の貴族の血筋。
しかしいざ婚約者となってみれば、ユズリアは無邪気に自分を慕ってくれる。
その愛らしい様子を見ていると、彼女を自分が成り上がるための道具だと割り切ることも難しく、密かに思い悩んでいたのだ。
ところがどうだろう。いざユズリアに手を伸ばしてみた結果が、まさかのお断りだったという訳だ。
これではまるで道化の一人芝居ではないか。
一方その頃、ユズリアもまた、品の良い微笑みの裏側に苦い思いを押し隠していた。
ユズリアにとってロランは親が決めた婚約者だった。
初めてロランと引き合わされた頃、まだユズリアは幼く、婚約者の意味すらよく分かっていなかった。
ユズリアはロランを、自分と仲良くしてくれるお兄さんとして、ただただ素直に慕っていたのだった。
ところがどうだろう。当主としての責任を背負い現実を見て見れば、ロランの家を乗っ取ろうとする魂胆が丸見えだったという訳だ。
そしてユズリアは言った。
「家を立て直すまで、結婚を遅らせいただきたいのです」
「あの時の貴方は聡明でした。凛と俺の申し出を断り、家の再興を第一に考えられていた。ご立派でしたよ」
『ラピスラズリ・プリンセス』のレストランでユズリアと向かい合うロラン。
その言葉はロランの本心だった。
差し伸べた手を断られはしたものの、そのユズリアの姿はロランの目にはとても好ましく映った。
「あの時俺は思ったのです。貴方の騎士になろうとね。だから、こうしてウィンクルムになれて光栄ですよ」
食事を終え、立ち上がったロランは片手を胸に当ててユズリアへと手を差し伸べだ。
エスコートされることに慣れている上品な仕草でユズリアはロランの手を取ろうとしたが、その直前、躊躇うように手を止める。
絡みあう二人の視線。
ロランが微笑んでみせると、ユズリアはようやくロランの手を取って立ち上がった。
傍目には麗しい男女にしか見えぬ光景。
だが二人の間に流れる空気は、まるで船の外の空気のように冷たい。
「貴方がそのように立派であられる限り、俺は貴女を守ると誓いましょう」
うそぶくロラン。
その言葉を聞きながらユズリアは、何も知らなかった頃に戻りたいと心から思った。
(本当は兄様のことが、好きなのに……当主として気を許せない)
それはユズリアにとって、とてもとても寂しいことだった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:鞘奈 呼び名:鞘奈 |
名前:ミラドアルド 呼び名:ミラ、あんた |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 白羽瀬 理宇 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 12月15日 |
出発日 | 12月21日 00:00 |
予定納品日 | 12月31日 |
参加者
- 鞘奈(ミラドアルド)
- 淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)
- アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
- スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
- ユズリア・アーチェイド(ロラン・リウ)
会議室
-
2015/12/20-14:31
アイリス様、
ありがとうございますわ!
私のことはユズで構いませんわ。
ふふ、私、兄弟がおりませんものですから、お姉さまに憧れておりましたの。
これからも仲良くしてくださいましね、お姉さま……、ちょっとはずかしいですわね……でも、嬉しいですわ! -
2015/12/20-13:30
お姉さま、ですか。ふふ、なんだかくすぐったいですね。
呼んでいただけるのでしたら、是非。
私からはユズさんと呼ばせていただいても良いでしょうか? -
2015/12/20-00:12
遅れて申し訳ないわ。
皆さん初めまして。
スティレッタ・オンブラよ。精霊はバルダー・アーテル。
プランはもう提出したわ。ふふっ。皆、いい船旅になるといいわね。 -
2015/12/19-23:18
初めまして。
鞘奈と、ミラよ。
どうぞよろしく。
-
2015/12/18-22:45
ほとんど皆様はじめましてですわね。ごきげんよう。
ユズリア・アーチェイドと申します。今回は、ロラン様と一緒に乗船いたしますわ。
あら?……まぁ!アイリス様またお会いいたしましたわね。
こんなに連続してお会いするだなんて、何か深い御縁を感じますわ……!
もしよろしければ、ですけれども、今後はお姉さまとお呼びしてもよろしくって? -
2015/12/18-19:41
アイリス・ケリーとラルクと申します。
スティレッタさんとバルダーさん、鞘奈さんとミラドアルドさんは初めまして。
咲さんとイヴェリアさんはお久しぶりです。
ユズリアさんは、ふふ、近頃よく一緒になりますね。ロランさんはお久しぶりです。
ラルクさんがお酒を飲みたいと言っていますので、バーへ向かうつもりです。
現地でお会いすることはありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。 -
2015/12/18-18:33