路上でぎゅっぎゅ!(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「やっぱり、練習も必要だと思うんです」
 A.R.O.A.の若手男性職員(彼女募集中)は、どんと机を叩いた。
 たいして、アラフィフ男性職員(愛妻家)は冷静だ。
「しかしねえ……別に必要ないでしょう。そういうときには自然とそうなりますよ」
 ねえ君、と見やった先にはアラフォー女性職員(もう結婚を諦めている)
「でもまあ……いいんじゃないですか? 躊躇われても困りますし」

 ということで。
 新スキル『サクリファイス』の練習会を開催します。
 以降、若手男性職員にバトンタッチ!

 ※

 みなさん。このたび新しく手に入った神人スキル『サクリファイス』をご存じでしょうか。

 これは
『自分のパートナーに抱きつき、インスパイアスペルを唱えると発動』し
『現在の神人と精霊が受けているダメージ値を、二人が受けている総ダメージを2で割った値にする』
 というものです。

 要は、ダメージを分け合うということですね。
 しかし! 抱き付くって恥ずかしくないですか?
 たとえそこが有名テーマパークのど真ん中でも、抱き付かなくちゃいけないんです。
 たとえ相棒を攻撃したオーガにすっごいムカついてても、攻撃せずに抱き付くんですよ。
 恥ずかしがっている暇も、涙に濡れている暇も、怒りに震えている暇もないんです。

 ということで。
 これからオーガとの戦いを映画風にしたものを上映します。
 主人公がピーンチ! なところで、相棒に抱き付いて、インスパイアスペルを唱えてください。

 場面はこちらです。

「グアアア!」
 オーガは咆哮とともに、精霊に飛び掛かってきた。
 鋭い爪が、精霊の肩をえぐる。
 精霊は、神人の目の前でがくりと膝を折った。
 武器が手から転げ落ちる。


 以上です。では講習会へのご参加、お待ちしております。

解説

 精霊に抱き付く練習をしよう! というのがテーマです。
 しっかり抱き付いて、インスパイアスペルを正しく言えれば成功です。

 なお、こちらはタブロスの路上の歩道部分で、行われます。
 外国にある、広場じゃないかと思うくらいひろーい道を想像してくださいね。
 テレビ的なもので上記のシーンを見て、抱き付くまで。衆目がありますが、強い心を養うためです。
 ご了承ください。


ゲームマスターより

 素直に練習するよもし、ツンデレが爆発するもよし。
 いまさら感で呆れるもよし。
 もちろん真面目にやってくださっても構いません。
 ……路上ですけど。

 こちらは皆が同じ場所にいる設定ですが、描写は個別となります。
 ただ、隣のウィンクルムがちらっと視界に入ることくらいは、あるかもしれません。
 相棒にぎゅっぎゅ、しちゃってくださいね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

手屋 笹(カガヤ・アクショア)

  サクリファイス…
オープンな場所でカガヤに抱きつけとは…
何とも難易度が高いですね…

「本当に怪我しているのならいざ知らず…
やるぞと思うと却ってやりづらいですわね…」
棒読み過ぎる…でも、恥ずかしいのはカガヤも一緒ですか…
先に言って下さって少し助かりました…!
顔真っ赤にしてますし、速く抱きつきましょう。

「…わ、私達の全ては、ただ壊滅の為にある」

さすがに本当にカガヤが怪我してしまった時は
もっとしゃきしゃき行きましょう…!
そんな事にならないのが一番理想なのですけど…

あ、そういえば…
抱きついた状態でカガヤにだけ小声で言いましょう。
「カガヤ…この間のお返事はちゃんと考えたいので待っていてくれませんか…?」


アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  この程度で窮地を脱することが出来るのでしたら、瑣末なことです
…と、普段の任務なら言えるんですが、今日は少しばかり恥ずかしいですね
戦闘任務なら人払いをしますから人目もありませんけど、今日はこういう状況ですから
周囲を見て苦笑い

深呼吸1つで何か変わる訳ではありませんが、気分の問題ですね
深呼吸してから、いざ練習
猛き心を。た・け・き・こ・こ・ろ・を…!
しっかり抱きつきます、ええ、鳩尾を押さえながら、しっかりと

ラルクさんの抗議は無視し、にっこり笑って質問しましょう
抱きつくの定義って、どこまでなんでしょうね?
ヘッドロックやジャーマンスープレックスも抱きつくってことになるんでしょうか?
さっきの軽口への仕返し


エリザベータ(時折絃二郎)
  心情
ほ、本番で出来ればいいんじゃねーの…?

行動
ビデオで見た場面はありうると思うけど
なんで非戦闘時の路上でやんだよ!?
素面で出来るかー!!

ゲンジだってあたしにひっつかれるの嫌だろ?
全然女扱いしねーくせに…
べ、別にゲンジが死んでも良いだなんて言ってないだろ!?
(この野郎…本気か嘘か解んねぇこと抜かしやがって。一瞬の恥、堪えてやるっつーの
こうなりゃ思いっきり抱きついて目一杯叫んでやる!

…なんで毎度上から目線なんだよテメェ
もう少し褒め方ってものがだな…って、違うわ!!
なんでテメェがこんな講習申し込んだのか解んねぇわ…

ギャー!路上でなにすんだー!?
そっちが恥ずかしくなくてもこっちは恥ずかしいんじゃー!!


マーベリィ・ハートベル(ユリシアン・クロスタッド)
  私どうしてこんな事に
衆目に泣きそう

殿方に自らしがみ付きにいくなんてはしたない

趣旨は理解してもモラルがストップをかける

でもこのままでは
旦那様に恥をかかせてしまう

モラルジレンマにどっぷり



悔しい
もし本当に旦那様が命の危険に晒される様な事があって
その時もこんなつまらない事に自分が拘ってしまったら‥

出来る事があるのに
しないのは愚かだ

守れる力を授かったのだから

震えながら手を伸ばし
彼を抱きしめ絞り出す小さな声

私がお守りします

スペルを唱える

声は届いただろうか

もろもろのストレスで
気を失う



蓮城 重音(薬袋 貴槻)
  「タカツキ君、これ参加しよう」
前の依頼で貴槻を守れるよう強くなる決意をしたのでやる気に満ちてる
「それでもやらせてもらえると思う、けど……」

※貴槻は完全に保護対象で弟のように思ってるから人前で抱きつく事に抵抗がない

映像を見て少し我慢するような顔
オーガに襲われた過去を思い出してしまう
(……映像でも嫌なものね。オーガも、誰かが傷つけられるのも)
貴槻が膝を折ったのを見て一瞬焦るが、すぐ首を振って走り貴槻に抱きつく
『どうか幸いを』

達成感で笑顔になる
「完璧ね。これで万が一の事があってもちゃんとタカツキ君を助けられるわ」
貴槻の様子に慌てて
「勿論タカツキ君を信じてるけど! 戦いって何が起こるか……」
「え?」


●『どうか幸いを』

「タカツキ君、これ参加しよう」
 多くの人が歩いている、某所の大通り。
 蓮城 重音は、隣を歩く薬袋 貴槻の肩に手を置き、彼を引き止めた。
「……新スキル『サクリファイス』の練習?」
 貴槻が、淡い青紫の瞳を瞬かせる。
「えーと、俺達トランスもした事無いけど……」
「それでもやらせてもらえると思う、けど」
「まあ、訊けばいいか」
「そうね。行ってくるわ」
 重音は自分を見上げていた貴槻にこの場で少し待っているように言って、係員のもとを訪れた。
 理由を話せば、係は「大丈夫ですよ」とあっさり返事をしてくれる。
「実際に敵がいるわけではありませんから、全然気にしないでください!」
 むしろトランス未経験なのにこんな大通りでのイベントに参加しちゃうなんて、かっこいいですね。
 そんなことまで言われてしまい、これには適当に笑顔を返した。
 タカツキ君を守れるよう、強くなる決意をしたから……なんて。さすがに主張するのはどうかと思ったのだ。

 言われた通りオーガが襲い掛かる映像を見るところから、練習はスタートした。
 映像に出てくるオーガは、本物ではない。
 しかしわかってはいても、重音の表情は自然と苦々しいものになってしまう。
 オーガに襲われた過去を、どうしたって思いだしてしまうからだ。
 ……映像でも嫌なものね。オーガも、誰かが傷つけられるのも。
 隣にいる貴槻を見やる。
 彼もまた重音と同じような過去を持ってはいたが、重音ほど何かを思っているわけではなかった。
 映像はいかにも作りものっぽく、画面の中で響く人々の悲鳴も、あくまで演技といった感じなのだ。
 んー、全然怖くねえな。本物の絶望感に比べたらなあ。
 それでも一応、内容に合わせて自分が襲われた風に見えるようにと、がくりと膝を折ってみた。
「タカツ……!」
 画面や過去の記憶に集中していた重音は、一瞬彼が本当にオーガにやられてしまったかと思った。
 しかし周囲から聞こえる街の喧騒が、そうではないのだと教えてくれる。
 ゆるりと首を振ってすぐに、自分よりも小さな貴槻の身体に抱きつく。
 まだまだ細い、彼の肩。
 この子を守るためならば。ためらいも、迷う時間もなかった。
「どうか幸いを」
 使ったことのないインスパイアスペルを口にする。
 一方の貴槻は、体勢を崩した身体を重音に抱きしめられた直後、息が止まるかと思った。
 羞恥? 困惑? いや、微妙に違う。
 ――だって、こ、これは……。
 たしかにこの練習に参加したいと重音が言った時、抱きつかれるのか、そいつはいいなと考えた。
 けれども、背中にむにっと当たる、この柔らかい感触は。
 ――ちょっと、おお、役得ってやつだな……っ!
 予想以上、である。

 スペルを口にした重音は、達成感とともに貴槻から身体を離した。
 満面の笑みで、相棒の顔を見つめる。
「完璧ね。これで万が一のことがあっても、ちゃんとタカツキ君を助けられるわ」
「あー……まぁ、万が一もねぇよ」
 真面目な重音に対し、男の幸せを堪能した感のある自分。
 少しだけ罪悪感が生まれそうになったけれど、それは追いやった。
 それよりなにより、伝えたいことがある。
 しかし緩みそうな顔を無理やりに引き締めたせいで、貴槻は不機嫌な顔になってしまう。
 それを重音は、自分の発言が彼の気分を害したと思ったらしい。慌てて「違うの!」と言った。
「勿論タカツキ君を信じてるけど! 戦いって何が起こるか……」
「何が起こるかじゃなくて!」
 貴槻が、重音の言葉を遮る。
「俺に何かあっても、カサネさんが傷つく位なら、俺が全部引き受けとくさ」
「え?」
 口を開けたまま、ぽかんとする重音。
 その前で、貴槻はへにっと笑った。
 これは言わない、けれど。
 ――カサネさんは、俺の運命の人、だからな!

●『仰せのままに私の旦那様』

 私、どうしてこんな事に……。
 マーベリィ・ハートベルは、大きく丸い眼鏡の奥で、灰の瞳を潤ませていた。
 周囲の通行人は皆、通りすがりに、何が起こっているのかとマーベリィ達を見ていく。
 こんな場所で……いいえ、こんな場所ではなくても、殿方に自らしがみ付きに行くなんて……。

 たいして、ユリシアン・クロスタッドはご機嫌である。
 衆目? そんなことは知ったことではない。
 なにせ、彼女から抱きしめてもらえる絶好のチャンスなのだから。
 さあ、とばかりに両手を広げて、遠方にいる彼女を待つ。
 しかし周囲の仲間を見やり、それでは趣旨が異なっていることに気付いた。
 映像どおり、がくりとその場に膝をつくことにする。
「……きみを守ると約束したのに……ぼくが盾になっている間にどうか逃げて……ぼくの分まで生きて」
 そこで少しばかり、顔を上げた。
「マリィ!」
 今だよマリィ、動いて、と。
 願いを込めて、大げさに咳込んでみた。攻撃されたのだから、こんなことだってあるだろう。
 マーベリィが視線を上げる。
 そしてユリシアンは、咳込む真似で胸を押さえたまま。
「マリィ、採寸だと思って。ほら、胴周りをはかる感じだ」
 その声に、マーベリィは背筋を伸ばす。
 ――ためらいはある。でもこのままでは、旦那様に恥をかかせてしまう。
 マーベリィはついに一歩を踏み出した。
 ゆっくりと近付いてくる彼女の表情に、驚いたのはユリシアンだ。
「マリィ!」
 思わず設定を忘れて立ち上がり、彼女に駆け寄った。
「すまない、慎ましやかなきみに僕はなんて事を」
 白く丸い頬を滑る大粒の涙。
 彼女が勇気を出して歩いてきてくれたからこそ見えた滴を、指先でそっと拭う。
 二人の距離は、当然近い。
 でも……。
 ここで旦那様を抱きしめなければと思うのに、マーベリィの腕は動かなかった。悔しさに、唇を噛みしめる。
 どうしたって聞こえる周囲の声と、感じる視線。
 もし本当に旦那様が命の危険に晒される様な事があって、その時もこんなつまらない事に自分が拘ってしまったら……。
「マリィ、いいんだ。無理をしないで」
 ユリシアンの優しい声が聞こえたが、マーベリィはゆるく首を振った。
 せっかく守れる力を授かったのに、出来ることがあるのにしないのは、あまりにも愚かなことだ。
 震える手を伸ばし、先ほど言われたように、ユリシアンの体に腕を回す。
 なんとか喉から絞り出したのは、彼にも聞こえるかどうかと思えるほどの小さな声だ。
「私がお守りします……仰せのままに私の旦那様」
 ああこの声は、旦那様に届いたのでしょうか。

 果たして、マーベリィの声は、ユリシアンの鼓膜をしっかりと震わせた。
 どうしてこの喧騒を抜けられたのかと思うほどの、かすかな音。
 そして、彼を抱きしめる腕の力の弱さが、彼女のためらいを表している。
 それでも頑張ってくれたんだよね、マリィは。
「ありがとう、マリィ」
 ユリシアンは思わず、彼女の背中に腕を回し、細い体を抱きしめた――途端。
「……マリィ? マリィ!」
 くったりと脱力したマーベリィに焦りの声を上げるも、すぐに呼吸が正常であることに気付いた。
 気を失うくらい、ストレスだったということか。
「それじゃあ、このスキルは使えないね」
 マーベリィにこんなことを、強いるなんてできるはずがない。
 要はぼくが、怪我をしなければいいだけのこと。マーベリィを抱く腕に力を込めて、ユリシアンは呟く。
「サクリファイス……なかなか悩ましいスキルを授かったものだ。責任重大だよ」

●『真実を視ろ』

「仕事の一環か、ウィンクルムも面倒が多い」
 時折絃二郎は、もともと機嫌がいいとは言えない顔を、さらに歪めていた。
 その隣で、エリザベータもまた不満顔である。
「ほ、本番で出来ればいいんじゃねーの……?」
 もちろん、二人の話題は参加した練習会にある。
 サクリファイス――相棒に抱きつき、インスパイアスペルを唱える。これは理解した。しかし、だ。
 こんな往来で!?
 言いたいことは山とあるが、これもまた任務と言われてしまえば受け入れざるを得ない。
 ……と思っていた。映像を見るまでは。
 視聴後、エリザベータは叫ぶ。
「今見た場面はありうると思うけど、なんで非戦闘時の路上でやんだよ!? 素面でできるかー!!」
 そんな彼女に、絃二郎は嘆息する。
「駄々をこねるな、いざという時に出来なくてどうするつもりだ。さぁ、やれ」
 いつも通りの表情で、両手を大きく広げる。
 しかしそれを見てすら、エリザベータは文句をやめない。
 だって、通りを行く人の視線が痛い。抱きつかざるを得ない状況ではないことも、納得できないのだ。
「ゲンジだってあたしにひっつかれるの嫌だろ? 全然女扱いしねーくせに……」
「俺とて死ぬのは御免だ。それともお前は俺が死んでも関係ないということだな?」
「べ、別にゲンジが死んでもいいだなんて言ってないだろ!?」
 エリザベータが柳眉を逆立てる。
 それでも決断しない彼女に、彼はさらに、言葉を続けた。
「痛みを受け止めるには値せず、己の恥はかけないと……そういうことか」
「そんなことはっ」
「……苦痛は嫌いだ。俺が死にかけたら、ラクにしてくれ」
 このすべてを、絃二郎は淡々と告げている。
 だからこそ、エリザベータには彼の言うことが本気かどうかわからない。
 ただここでだまって抱きつくほど、彼女は素直ではなかった。
 ……一瞬の恥、耐えてやるっつーの、と思いながらも、相棒を思い切り睨み付ける。
 こうなれば思いっきり抱きついて、めいっぱい叫んでやるしかない。
 エリザベータは緑の瞳に強い光を宿したまま、大股で絃二郎に近づいて行った。
 目の前に立って彼を見上げ、思い切り抱きしめる。
「真実を視ろ!」
 大きな声を出してやれば、周囲からくすくすと笑い声。
 瞬時に顔が熱くなるも、俯くのは嫌だったので、そのまま一歩下がるだけにする。
 そんな彼女に、相変わらず真っ白な顔をした絃二郎が言うには「よく出来たな、褒めてやろう」だ。
「……なんで毎度上から目線なんだよテメェ。もう少し褒め方ってものだがな」
「何だ、頭を撫ぜて猫可愛がりされたかったのか? 卑しい女め」
「違うわ!!」
「では大人しくしろ。俺は戦慣れしていない。お前が頼りなんだぞ」
「ってなにいきなり殊勝になってんだよ!」
 路上でああだこうだと言いあうさまは、エリザベータが必死であるだけに、衆目を集めている。
 けれど絃二郎に集中しているからこそ、彼女はそれに気付かない。
 ったく、なんでテメェがこんな講習申し込んだのかわかんねえわ……というボヤキを聞いて。
 絃二郎は、今度は自分から、エリザベータの身体を抱きしめた。
「ギャー! 路上でなにすんだー!?」
「お望み通りで嬉しいか、ヘイル?」
 言いながら頭にとんと載せられた手が髪を撫ぜるものだから、エリザベータは暴れまくる。
「そっちが恥ずかしくなくても、こっちは恥ずかしいんじゃー!!」
「そんなの、見ていればわかる」
「ふっざけんなああ」
 なんとも賑やかな、路上である。

●『猛き心を』

 街を歩く人々は、それぞれの目的に従い足を進めながらも、ちらりちらりと、こちらを見ている。
 それはそうだろうとラルク・ラエビガータは思う。こんなところでオーガの映像鑑賞会をしているウィンクルム。
 珍しくないわけがない。
「笹とカガヤとはたまに任務で一緒になるが……あそこはどうなんのかね?」
 なんとなく目をやれば、二人はもじもじしながら相手を観察していた。なんとまあ初心なことだ。
 ま、こっちは平気だろうと、今度は相棒のアイリス・ケリーに視線を向ける。
 この程度で窮地を脱することが出来るのでしたら、瑣末なことです……と、普段の任務なら言えるんですが。
 思いは口にせず、アイリスは周囲を見回した。
 そろそろクリスマスの飾りが目立つ大通り。行き交うカップル、家族、その他もろもろともなれば。
「今日ばかりは少し恥ずかしいですね……」
「……意外だな。アンタの鋼の心臓には、大したことじゃないと思ったんだが」
 苦笑を浮かべるアイリスに、隣からラルクの一言。アイリスは言う。
「戦闘任務なら人払いをしますから人目もありませんけど、今日はこういう状態ですから」

 そうこうしている間に、他の皆が練習を開始し始める。
 ウィンクルムそれぞれではあるが、何分観察しているだけでは意味がない。
 さっさとやるかと背中を向けるラルクの背後で、アイリスは一度深く呼吸をした。
 これでなにか変わるわけではないとしても、気持ちの問題は重要だ。
 その呼吸音が聞こえ、ラルクは声は出さずに口角を上げる。
 へえ、深呼吸してる辺り、やっぱ緊張してんのかね。
 鋼の心臓でも、毛までは生えていないとみえる……と思いきや。
「ぐっ……」
 一瞬、呼吸が止まった。
 背中にぴったりとくっついているアイリスの身体に、なにか思う余裕もない。
「アイ、リス、アンタ、何やって……!?」
「……猛き心を」
「……ってか」
「た・け・き・こ・こ・ろ・を……!」
 アイリスの手が、ラルクの鳩尾を押さえている。思い切り押さえている。きっちり入っている。
 くっそ、一度言やぁ済むってのに、わざわざ二度も……と言うことすらできないラルク。
 最初は歩きながらこちらを眺めているだけだった通行人も、いつの間にか足を止めている。
 ラルクの視界の先。不思議そうに首をかしげる少女と目が合い、彼はそっと視線を逸らした。

「何かしらやるかとは思ってはいたがよ、まさかこう来るとはな」
 鳩尾をさすりながら、ラルクが呟く。
「観客っつうか野次馬も、漫才か何かを見るような目してたぞ」
 少女のほかに見えた人達の様子を伝えれば、アイリスはにっこり微笑んだ。しかしその唇が紡ぐ音は。
「ラルクさん、抱きつくの定義って、どこまでなんでしょうね?」
 彼女は、穏やかな笑顔のまま……そう、微笑みのまま、問いかける。
「ヘッドロックや、ジャーマンスープレックスも、抱きつくってことになるんでしょうか?」
 声が聞こえた周囲の人は、想像する。
 このいかにも柔和に見えるアイリスの白い腕が、ラルクの背後から首を絞める姿を。
 このいかにも温和に見えるアイリスが、ラルクを背後から抱きしめ、ぐああ! と後ろに反り返る姿を。
「……そこまでいくと攻撃だろうが」
 ラルクの冷静な突っ込みに、深く納得する人々。
「もちろん冗談ですよ?」
 アイリスは小首をかしげて、くすくすと楽しそうに笑った。

●『私達の全ては、ただ潰滅の為にある』

「こんなオープンな場所でカガヤに抱きつけとは……なんとも難易度が高いですね」
 手屋 笹はあたりをぐるりと見回して、ため息をついた。
 いざという時に出来ないのでは困るけれども、いざという時はこんな場所ではないだろうとも思う。
 だって本当は、戦いの最中に行うべきことなのだから。
 隣では、相棒のカガヤ・アクショアも困惑顔だ。
 しかし彼の場合は、笹とはちょっと考え方が違っていた。
 様子をうかがうように笹をちらちら見る、その真意は、
 普段からトランスで頬ちゅーとかはしてたけど、告白しちゃった今、改めて考えるとかなり恥ずかしいな……。
 である。
 しかも路上だ。これっていったいどういうことなのか。
「本当に怪我しているのならいざ知らず……やるぞと思うと却ってやりづらいですわね……」
 それを聞いて、ただぼんやり立っているカガヤではない。
 そうだ、俺が笹ちゃんをリードしなきゃ!
 カガヤはその場に膝をついて、しゃがみ込んだ。
「うわー、やられたー、結構ダメージが大きいー、これはサクリファイスしなきゃー」
 言いながら、自分でもさすがに棒読みすぎたかなとは思った。
 でもこれで少しでも笹ちゃんがやりやすくなってくれれば……と、想いは十分にこめたつもりだ。
 笹には彼のそんな気持ちが、手にとるようにわかった。
 そしてカガヤも恥ずかしい、ということも。
 だってカガヤの顔は今、真っ赤なのだから。
「……早く抱きつきましょう」
 ぽつりと呟き、カガヤのもとへと小走りに進む。
 しゃがんでいる背中に、覆いかぶさるようにして身体を寄せた。
 前からにしなかったのは体勢的な問題もある。
 しかしそれ以上に、あんな近くで顔を見れば、恥ずかしさはさらに急上昇間違いなしだと思ったからだ。
「……わ、私達の全ては、ただ潰滅の為にある」
 この場所もいけないけれど、カガヤの温かくて広い背中もいけない。
 思わずどもってしまった声に、笹は動揺する。
 さすがに本当にカガヤが怪我をしてしまった時は、もっとしゃきしゃきしなくては。
 もちろん、そうならないのが一番いいのだけれど。
 しかしカガヤの方は、聞こえた声に、緊張がほどけるのを感じていた。
 言い方は、少したどたどしくはあった。
 でも当初の目的通り抱きついてきてくれたってことは、抵抗なくなったってことだ。
 よかった、と、カガヤは安堵の息をつく。
 本当に怪我している時も……信じてるからね。
 これはたぶん、言ったら笹ちゃんの負担になるから黙っておくことにする。
 それにきっと、言わなくたってわかってくれている。
 もちろん助けてもらえたら嬉しいけど、笹ちゃんを守ると決めてる以上、俺自身も怪我しないように頑張らないと。
 俯いた顔を引き締めて、カガヤは思う。
「あ、そう言えば……」
 笹は抱きついたままの状態で、唇を動かした。
「カガヤ……この間のお返事はちゃんと考えたいので、待っていてくれませんか……?」
 この間のお返事、という言葉。それと首筋にかかった笹の息に、カガヤの体温が上がる。
 しっかり考えてくれる、その誠意が嬉しくて、カガヤは笹の手をとった。
「うん、そっか。俺もちゃんと待つよ……」
 それまで、いや、それからも。
 彼女だけは絶対に大切にしたい。
 笹の手を握る手のひらに、少しばかり力を込める。
 二人の顔はその時、同じくらい赤く染まっていた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:エリザベータ
呼び名:ヘイル
  名前:時折絃二郎
呼び名:ゲンジ

 

名前:マーベリィ・ハートベル
呼び名:マリィ
  名前:ユリシアン・クロスタッド
呼び名:ユリアン様

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 日常
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 ほんの少し
リリース日 11月17日
出発日 11月24日 00:00
予定納品日 12月04日

参加者

会議室

  • [7]手屋 笹

    2015/11/22-11:15 

    手屋 笹とカガヤです。
    皆様よろしくお願いします。

    実戦ならともかく…シミュレーションでやらなきゃとなると却って難しいですね…
    早く終わらせてしまいましょう…

  • プラン‥提出
    (何だか青い顔)

    アイリスさん ラルクさん初めまして
    お声をかけて頂きありがとうございます

  • [4]アイリス・ケリー

    2015/11/21-18:22 

    アイリス・ケリーと、シノビのラルクと申します。
    マーベリィさんとユリシアンさん、重音さんと貴槻さんは初めまして。
    笹さんとカガヤさん、エリザベータさんと絃二郎さんはお久しぶりです。

    他の方とご一緒して困る…といいますか戸惑う訓練というのは初めてですね。
    なかなか貴重な体験かと思います。
    それでは、どうぞよろしくお願い致します。

  • [3]エリザベータ

    2015/11/21-00:04 

    エリザベータだぜ、よろしくな。

    なんか知らないうちに申し込まれてた(まがお
    うーんうーん…別に必要なとき出来りゃいい気もすんだけどなぁ…

  • [2]蓮城 重音

    2015/11/20-22:40 

    蓮城重音といいます。
    みなさん、よろしくお願いします。

    練習はしっかりやらないとですよね。
    頑張りましょう!

  • マーベリィ・ハートベルです
    よろしくお願いします

    (私どうしてこんな事になっているのー)


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