昔日の欠片(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 それは何気ない日常の風景がきっかけだった。
 例えば、A.R.O.A.の受付。
 まだウィンクルムになったばかりだろう若い二人が、ぎこちなく会話をしながら事務処理をしているのを見て。
 例えば、町の公園。
 小さい子供達が太陽の日差しを目一杯浴びながら、大声で笑い、笑顔で駆け回っているのを見て。
 例えば、朝の市場。
 新鮮な食材を売る店が立ち並ぶ中、を楽しそうに覗き見てまわる仲の良さそうな家族達を見て。
 あなたは不意に思い出す。
 ウィンクルムとしての想い出でもなく、出会ったパートナーと積み重ねてきた想い出でもなく、そう、まだ出会う前の、自分だけの想い出。
「どうしたんだ?」
 一緒にいたパートナーがあなたに声をかける。それでもってあなたは想い出の中から現実へと戻ってくる。
 今思い出していた過去の中にこのパートナーはいない。そして自分はこの過去を語ったことも無い。その事実を踏まえた上で、あなたは少し考える。
 自分だけの想い出を、分かち合うのもいいかもしれない。
 その想い出の欠片は、輝いているのか、濁っているのか、喜びを伴うものか、痛みを伴うものか、大切なものか、何気ないものか。
「少し、昔の事を思い出してたんだ」
 あなたはパートナーに語りだす。

解説

何でもいいので、過去を語ってください。

●語る過去について
神人が語っても精霊が語ってもどちらでもいいです。
ただし、どちらか一方だけです。
そしてその過去は相手に知られていない内容です。
相手に知られていなければ、どんなシリアスな内容でもくだらない内容でも構いません。

●語る場所について
以下の1~4の中からからお選び下さい。
プランの頭に数字を書いてください。
1、静かなカフェで軽食を食べながら(軽食代として400Jrいただきます)
2、どちらかの家で買ってきたお菓子を食べながら(お菓子代として350Jrいただきます)
3、公園のベンチでホットスナックを食べながら(ホットスナック代として300Jrいただきます)
4、お好きなところで(何か寄付したくなったから寄付したとして500Jrいただきます)


ゲームマスターより

ジャンルはハートフルですが、別にどんな内容が来ても構いません。
だってほら、過去を語ると今までよりも仲良くなれることもあるけど、逆にドン引きされる可能性も、ね? あったりなかったり、ね?!

二人きりで一方の過去を話してみてください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(レーゲン)

  4 自宅 ※ご近所さんのオムレツ

ここで暮らし初めた頃、レーゲンの帰りが遅くなって
不安で外で待っていたら、見かけたご近所さんが俺を呼んでくれたんだ
不安なのは寒くてお腹がすいてるからだって、オムレツ作ってくれた
声が大きくて扱いも乱暴で、オムレツもぐちゃぐちゃだったけど
ものすごく美味しかったの覚えてる

それからもいつも優しくしてくれた
でも昔の記憶を通すと、村の人と重なって怖く見えるんだ

村の人とかマシロを思い出すと、昔の記憶が重くのしかかって突然動けなくなるんだ
笑いたいのに、頬が動かせなくなっちゃった
ずっとこのままだったらどうしよう…

レーゲンが触れてくれると、ほっとする
できるかな…ちゃんと整理したい


天原 秋乃(イチカ・ククル)
 

小さな子どもへの対応が慣れているイチカをみてふと思い出す
そういやこいつ、前に弟が「いた」って言ってたな……
あの時は深く追求しなかったけど、少し気になる
「あんたって、弟……」
言いかけてやめる。過去のことに触れるとイチカはいつもはぐらかす
聞かれたくないことを聞いてどうする

意外にもイチカが過去のことを話してくれるようなので、何も言わず黙って耳を傾ける

イチカにそんな過去があったなんて……どう反応して良いかわからない
イチカは変わらず笑いかけてくるけど……こいつは俺を見ていない。俺じゃない誰かをみている
……なんとなくそう感じてもやもやする。なんでもやもやするのかも、よくわからないけれど


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  2
イェル、仕事休みならもっと寝てても良かったんじゃないのか?
※同居してるが寝室は別
ティエンも朝食食ったらイェルのベッド戻ったし、まだ寝てんだろ?

(ティエンか)
いい機会だ、昔話でもするか

去年の冬はきつかった
自分以外寝てないベッドの上で静かに寒い朝を迎えるのが辛かったな
それで、ウィンクルム契約後保護施設出たら住むつもりで、ペットOKの物件探した
ここを契約出来た時は結構嬉しかった
出会ったてめぇが立ち直ってなくてやばそうだったから、強制同居で飼うのは様子見ってオチだったが

これは俺しか知らねぇ話
話したのはイェルが最初だな

今年?
てめぇとティエンが一緒に寝てくれりゃ寒くねぇな
そうでなくとも去年とは違うけどよ


咲祈(サフィニア)
  2(精霊の家) 関連エピ:12

…頭の中が混乱している…
でも君にだけは話しておきたい
…すまない、ありがとう

 …僕の本当の名は「ツバキ」だ
でも過去の方は、彼女以外何も思い出せなくて…この名前にだって自信が持てない
けど、一つだけ分かった

 幼馴染みの彼女は生前は病弱で…
だけど調子のいい日は会いに来てくれた。待ち合わせ場所を決めて
…病弱なのに明るくて、優しい子だった

 ここからは知っての通り、僕は彼女の元へ行けなかった
…オーガに、襲われて
…あの子の言う通り、行かなかった所為で死なせてしまって
本当に身勝手だ…
彼女は悪くない、悪くないんだ…
罪の名前は「記憶喪失」なんだろうね

…なぜ怒っているんだいサフィニア? え、違う?


■その罪の名は
 沈んだ顔で寝室から出てきたのは『咲祈』で、リビングで心配そうに立ち上がったのは『サフィニア』だった。
「……咲祈? もう、平気なの?」
 サフィニアが静かに尋ねるが、咲祈の反応は薄い。視線を床に落として小さく呟く。
「……頭の中が混乱している……」
 無理もない、とサフィニアは思う。
 記憶喪失だった咲祈は、先日、担ぎ屋レイヴと名乗るデミギルティにより過去の一部を垣間見た。それにより、すべてではないが記憶を一部取り戻したのだ。
 そしてその取り戻した記憶は、決して優しいものではない。
「でも君にだけは話しておきたい」
 咲祈は視線をあげ、サフィニアをじっと見つめて言った。その眼差しを正面から受け止め、サフィニアは静かに微笑む。
「……そっか。話ならいくらでも聞くよ」
「……すまない、ありがとう」
 ほぅ、と息を吐きながら、咲祈はリビングのソファーに腰かけた。

 サフィニアが暖かい紅茶を入れる。甘いジャムとミルク、それに買っておいた焼き菓子をお盆に載せて、紅茶と一緒に咲祈の前に置く。
 それらには手を出さず、あたたかそうな湯気を見つめながら咲祈は思い出した過去を語りだす。
「……僕の本当の名は『ツバキ』だ。でも過去の方は、彼女以外何も思い出せなくて……この名前にだって自信が持てない」
 そう、思い出したのは本当に一欠片。
「けど、一つだけ分かった」
 けれど、どうしようもなく重大な欠片。
「幼馴染みの彼女は生前は病弱で……」
 アネモネ。綺麗な名前の、優しい女の子。
『ツバキ!』
 軽やかな声で咲祈を、いや、『ツバキ』を呼んでいた。身体の調子のいい日は会いに来てくれた。待ち合わせ場所を決めて会ったりもした。
 病弱なのに明るくて、優しい子で、だけど、それなのに、それなのに……!
「ここからは知っての通り、僕は彼女の元へ行けなかった……オーガに、襲われて」
 じっと聞き入っていたサフィニアは、オーガの単語に自然と咲祈の左手の甲を見る。そこに刻まれた赤い紋章を。
 顕現していたから、オーガに襲われたのか。オーガに襲われたから、顕現したのか。
 咲祈がすべてを思い出せばわかるのだろうが、今の話では、今の咲祈にはそこまではわからない。
「……あの子の言う通り、行かなかった所為で死なせてしまって」
 わからないが、どちらにしても咲祈だって被害者だ。どう考えても、被害者だ。
「そうだったんだ……」
 サフィニアの労るような声も今の咲祈には届かず、ただ先日の出来事を苦く思い出す。
『分からない?!』
 幻の彼女の叫びが忘れられない。
『分からないですって?! ツバキのせいで、私は死んだのに?! ツバキが私を見殺しにしたのよ! 私を殺しておいて、全部忘れるなんて、ツバキは身勝手ね……!』
「本当に身勝手だ……」
 彼女は悪くない、悪くないんだ……悪いのは、全部……。
 咲祈は呟く。手を組み、祈るような姿勢で。許しを請うような姿勢で。
 サフィニアはかすかに眉根を寄せる。
「そんな事は無い。悪くなんかない。……オーガが原因なら尚更だよ……咲祈は悪くない」
 ふるり、と一回弱く首を横に振る。サフィニアの言葉を素直に受け止めることが咲祈には出来ない。
 死なせてしまった。それだけでも取り返しがつかないのに、もう一つ犯した罪の証が、この身に現れている。
「罪の名前は『記憶喪失』なんだろうね」
 すべて忘れていた。
 謝罪する事も悔恨する事も無く、自分だけが生き延びて日々を穏やかに、時に楽しく過ごしていた。
 すべてを、忘れて。

 サフィニアは冷めてきた紅茶を手に取る。
(……咲祈を責めた挙句、罪を認めたら今度は……)
 燻る苛立ちを抑えるように、ぐいっと一息で紅茶を飲み干し、溜息を一つ。
「どっちが身勝手なんだよ……」
 低く呟いた声に、咲祈がゆるりと顔をあげる。
「……なぜ怒っているんだいサフィニア? 」
「違う。怒ってない。気に入らないのは事実だけど……」
「え、違う?」
 小首を傾げる咲祈に、サフィニアは先程よりも深く長い溜息をつきながら片手で顔を覆う。
(相手は記憶のない咲祈を責めた本人なのに、どうして咲祈はあの偽物なんかを庇うんだろう)
 今、咲祈が謝っているのは、庇っているのは、本物の幼馴染ではなく、ただ咲祈を傷つけるために現れた偽者の幼馴染だ。咲祈を詰った幻だ。
 きっとその事にすら気付いていない。その深い罪悪感はアネモネという少女の形をとるすべてへ向けられてしまうのだろう。
(だけど……咲祈は助けを求めてる。だから俺に話してくれるんだよね?)
 サフィニアの中で、消えた苛立ちにかわるように出てくる感情がある。いや、その感情があったからこそ苛立ったのか。
(……守りたい。そう思っても良い、よね……?)
「咲祈……」
「何?」
 無意識にこぼれた名前に、咲祈は素直に答える。けれどサフィニアは逆にその声にハッとして顔を覆っていた手を外して苦笑する。
「え、あ……なんでもないよ。なにも言ってないから……」
 言わなくていい。きっと言えば咲祈は本心では縋り付きたくても拒絶するだろう。
 ならば、言わなくてもいい。
 ただ、守るだけだ。


■冬を越えるベッドには
 カーテン越しに明るい陽射しが入ってくる。
(昼前まで寝てしまった)
 電気をつけなくても明るくなってしまった寝室で、『イェルク・グリューン』は一度大きく伸びをした。
 同じベッド上ではまだ飼いレカーロのティエンを眠っている。そんなティエンに「お先に」と言いながら撫で、静かに寝室をあとにした。
「イェル、仕事休みならもっと寝てても良かったんじゃないのか?」
 寝室から出てきたイェルクに気が付き、読んでいた雑誌を置いて『カイン・モーントズィッヒェル』は挨拶がてら声をかける。
「ティエンも朝食食ったらイェルのベッド戻ったし、まだ寝てんだろ?」
「もう起きますよってティエンは二度寝ですか……」
 先程のぐっすりと眠っていた様子を思い出して苦笑し、「蜂蜜マフィンがありますけど、食べますか?」と台所へ向かう。カインの「ああ、食べる」という声を聞き、イェルクは二人分の紅茶を用意する。
 部屋に満ちていく紅茶と甘く香ばしい香り。それらを嗅ぎながらイェルクの寝室を見る。
 自分達よりも鼻の良い筈の動物は、この美味しそうな香りにも起きてくる様子はない。
(ティエンか)
「お待たせしました……どうしました?」
「いや、なに、いい機会だ、昔話でもするか」
 去年の冬はきつかった、とカインは語り始めた。
「自分以外寝てないベッドの上で静かに寒い朝を迎えるのが辛かったな」
 家族一緒のベッドとの違い。温もりの少なさがそのまま存在の喪失を物語っていた。
 家族を亡くしたその瞬間の痛みが激痛だとしたら、家族がいないことを気付かされる瞬間の痛みは、いつまでも続く鈍痛だ。
 それで、ペットを飼えたら、と思ったのだという。
 一緒のベッドで寝て、寒い朝も互いの温もりを分け合える、そんな家族を。
 だからウィンクルム契約後、A.R.O.A.の保護施設を出たらペットOKの物件を探した。それが今の家で、ここを契約出来た時は結構嬉しかったのだと。
「まぁ、出会ったてめぇが立ち直ってなくてやばそうだったから、強制同居で飼うのは様子見ってオチだったが」
 空気を変えるようにそこだけ軽く言う。言われたイェルは苦笑してしまう。
「これは俺しか知らねぇ話。で、話したのはイェルが最初だな」
 自分の心の弱っていた時の事など、他人にはあまり口にしないものだ。ましてカインは特にその傾向が強い。
 それでも、イェルにとってカインのが陥っていた状況は、想定の範囲内だった。
 何故ならば見たのだ。ムーン・アンバー号でのひと時の夢の中で見た彼の過去。妻子の死に嘆く様は、どうしようもない悲しみを体現していた。自分と同じように、絶望していた。
(カインさんもそうだったか)
 そう、自分と同じように絶望し、自分と同じように鈍い痛みを味わい続けていたのだ。
 その痛みの日々を口にした。その意味を考えて、受け止めて、イェルもまたそっと口を開く。
「私も、でした」
 余裕がなかったと、振り返ってみて思う。
 自分の痛みを抱えることで精一杯だった。今までの幸せがもう戻ってこないのだと、終わってしまったのだと、それを頭でわかっていても心が受け止めきれなかった。いや、今でも完全に受け止め切れてはいないだろう。喪失の痛みは薄れても、罪悪感が消えきるのは難しい。
 それでもそんな日々を、カインに、ティエンに救われたのだと思う。
 恐らくティエンを迎えたのは、自身の感じた辛さをイェルに味わって欲しくない、というカインの気遣いだ。優しさだ。
 それが、イェルには嬉しくあたたかい。
「カインさん、今年どうするんです?」
 ふと、自分と共に寝ているティエンの存在に気付き、このままではカインはまた一人で寒い冬の朝を迎えるのでは、と疑問が浮かぶ。
 けれど、問われたカインは一瞬どう返そうか考え、けれどすぐにふっと小さく笑み、からかいと誘い半々の声音で言う。
「てめぇとティエンが一緒に寝てくれりゃ寒くねぇな」
 そこは予想していなかったイェルは、恥ずかしさに頬を染めながら、まだベッドにいるティエンに、早く起きてくれ、と念じるように紅茶に口をつけた。
 そんな可愛らしいパートナーのわかりやすい様子に、カインは喉で笑いながら「そうでなくとも去年とは違うけどよ」と付け足す。
 たとえベッドの上で一人きりの寒い朝を迎えたとしても。
 その寝室を出れば、そこにはイェルとティエンが待っている。
 今この瞬間のように、あたたかな紅茶とマフィンなんかを用意して、一緒に話して、笑いながら過ごす時間が待っている。
 だから、大丈夫なのだと。
 鈍い痛みなど、もう味わわなくていいのだと。
 そう信じている。
「ああ、今日はあったけぇな」
 飼い主達の甘い会話など知らず、ティエンはぬくもりの残るベッドの上で気持ち良さそうに寝息を立てている。


■その眼に映るのは
 A.R.O.A.からの帰り道。たまたま公園へ寄って、たまたまホットドッグ屋なんかがあって、たまたま二人ともお腹をすかせていたから、じゃあちょっと休んで食べようか、と『天原 秋乃』と『イチカ・ククル』はベンチに座ったのだった。
 秋乃がホットドッグを頬張っていると、足元にボールが転がってきた。転がってきた先を見れば、数人の子供。どうやら年上の人間の足元へいってしまって困っているようだ。
 拾おうかと食べかけのホットドッグをベンチに置いた時、まったく同じタイミングでイチカが片手にホットドッグを持ったままボールを拾っていた。
「このボール欲しい人ー!」
 ボールを掲げておどけた感じで言えば、戸惑っていた子供達が元気よく手を上げて「ハイ! ハイ!」と言ってきた。
「正直者には返してあげよう」
「ありがとう!」
「どういたしましてー」
 慣れたようなイチカと子供達の笑顔のやり取りを、秋乃は思わずじっと見ていた。じっと見て、ふと思い出す。
(そういやこいつ、前に弟が『いた』って言ってたな……)
 赤ん坊の子守に追われていた時にこぼれ出たイチカの過去。その時は深く追求しなかったが、赤ん坊だけでなく子供ともこんな風に慣れた様子をもう一度見せられると、その過去が少し気になってしまう。
「どうしたのー?」
 じっと見ていたのに気付いたのか、イチカが不思議そうに秋乃に尋ねてくる。ホットドッグはもう食べ終わっていた。
「あんたって、弟……」
 言いかけて、やめる。
 もうわかっているのだ。過去のことに触れるとイチカはいつもはぐらかす。それはきっと聞かれたくないからだ。もしくは自分には言いたくないからだ。聞かれたくないことを聞いてどうするというのか。
 だから秋乃は誤魔化すように「何でもない」とだけ言って、残りのホットドッグを食べ始める。
 けれどイチカはイチカで、秋乃の口から『弟』という単語が出たことに少し驚き、そして少し考えてから口を開く。
「……僕の弟の事が気になる?」
 今度は秋乃が少し驚く。イチカが過去のことを話してくれるというのは意外だったのだ。
「そんなに気になるなら話してあげる」
 へらっと笑いながら言うイチカに、秋乃はホットドッグの最後の一口を口に詰め込んで飲み込み、そして何も言わず黙って耳を傾けた。

 十才歳の離れた弟が『いた』のだという。
「弟が小さい時は僕が面倒みてたから、小さい子の扱いは慣れてるつもり」
 先程の光景はそんなイチカだから作り出せたものだろう。
 イチカは話す。淡々と、なんて事も無いかのように淡々と話す。
 同じ精霊の弟は、イチカよりも早くに適応する神人が見つかったらしい。
「僕よりも早くにウィンクルムになってオーガと戦ってた……まあ、結局あいつは誰も守れずに死んじゃったけど」
 秋乃は一瞬目を見開く。
『いた』という表現から予想はついていた。けれどその内容は予想していなかった。
 自分達と同じウィンクルムになって、自分達と同じようにオーガと戦って、けれど自分達とは違い、死んでしまった。
 どう反応すればいいのか。何て声をかければいいのか。秋乃はどうすれば、と数瞬躊躇うが、そんな様子に気付いたイチカが話しはじめと同じようにへらっと笑って話を終わらせる。空気を切り替えようとする。
「あーあ、話す気なかったのについつい話しちゃったなー」
 けれど秋乃はそんなすぐに意識を切り替えることは出来なかったようで。
(うーん、これは気にしちゃってるかな)
 イチカはどうしたものかと考える。
 正直に言ってしまえば、弟が死んだという過去は、イチカにとって何の痛みも無い過去だった。
 家族とはいえ、昔から好きでも嫌いでもなかった。だから悲しいとか寂しいとかそういう感情はない。
(……こんな事まで言ったら、余計に気にしちゃったり変に思われちゃうかな)
 そう考えたイチカは、だから別の方向に話を持っていく。
「大丈夫だよ、もう昔の事だし、それに……」
 さっきまでの砕けた笑みではなく、優しく、秋乃の目を見つめながらそっと笑いかける、
「僕には秋乃がいてくれればいい」
 本当だよ。だから、大丈夫だよ。
 そう微笑むイチカに、秋乃は少しほっとするのと同時に、何処か落ち着かない違和感のようなものを感じた。
 何だろう、この違和感は何なのか、いつもと変わらない、いつもと変わらず笑いかけているのに、それなのに、何で、だって、だってその眼は
 ―――本当に『自分へ』笑いかけているのだろうか。
 違和感の答えが形になった気がした。
(……こいつは俺を見ていない。俺じゃない誰かをみている)
 はっきりと確証を持っているわけではない。けれど、ただなんとなく、なんとなくなのだが。
(……なんとなくそう感じる。もやもやする。なんでもやもやするのかも、よくわからないけれど、だけどじゃあ誰なんだ)
 イチカの見ているのが自分ではないのなら、それでは誰なのか。
 弟なのか、それとも。
 まだ秋乃の知らない、イチカに深く関わる誰かなのか。


■そのつたない味は
「いいから! これ!」
「あ、ありがとうございます……?」
 呼び鈴に気付いて玄関に出た『レーゲン』の手の中に、オムレツらしきものがおさまっている。
 何故『らしきもの』なのかというと、見た目だけならば巨大なスクランブルエッグと言った方があっているものだからだ。
 それでも渡した本人、近所の住人は「オムレツだ」と言って渡してきたのだ。きっとオムレツなのだろう。
(でも、普段自分で料理しない人なのに何でだろう?)
 オムレツを渡すとさっさと踵を返した近所の住人に疑問を覚えながら、愛しい人の待っている部屋の中へと戻っていく。
「レーゲン……?」
 家の中からは普段よりも弱い声。『信城いつき』の声だ。
「お待たせ、近所の人だった。何でかわからないけどオムレツ? くれたんだよ。ほら」
 受け取った料理を見せると、いつきは軽く目を見開いて、すぐに顔を伏せた。
「……いつき?」
 レーゲンはオムレツをテーブルに置いて、気遣うようにいつきを覗き見る。けれどいつきは反応を返さない。レーゲンは苦笑して「座って」と椅子へと促す。
 音も立てずに座ったいつきは、そこでようやく口を開く。
「ここで暮らし初めた頃、レーゲンの帰りが遅くなって……」
 レーゲンも椅子に座り、静かに耳を傾ける。
「不安で外で待っていたら、見かけたご近所さんが俺を呼んでくれたんだ。不安なのは寒くてお腹がすいてるからだって、オムレツ作ってくれた」
(それじゃあ、さっきのは……)
レーゲンは得心がいく。
「声が大きくて扱いも乱暴で、オムレツもぐちゃぐちゃだったけど」
 それでも、オムレツを渡す手はあたたかかった。
 声には優しいものがあった。
「ものすごく美味しかったの覚えてる」
 不安も、寒さも、和らげてくれる味だった。
(……何か察してくれたのかな。いつきが元気になるようにと)
 家に入るタイミングで会い、挨拶をして、そういえば最近いつきは? と聞かれ、少し疲れてるみたいで、と言葉を濁した。
 それだけですぐに近所の住人は自宅へと戻り、十五分程で呼び鈴を鳴らしてオムレツを持ってきてくれたのだ。
「それからもいつも優しくしてくれた」
 でも、と、いつきは自分の膝の上でギュッとこぶしを握る。
「でも昔の記憶を通すと、村の人と重なって怖く見えるんだ」
 昔の記憶。
 いつきは、記憶喪失だった。昔の事は全部、レーゲンとの過去も忘れていた。
 それが治ったのは、いや、崩れたのは、つい先日。
 担ぎ屋レイヴと名乗るデミギルティが用意した羽根傀儡。
 いつきにはそれが羽根傀儡には見えず、別のものに見えた。心を揺さぶり引っ掻く存在に見えた。
 親友であり家族であったマシロという名の白い大きな犬に、見えてしまった。
 幻覚を見たいつきはそれがきっかけとなってすべてを思い出した。
 大切な存在のマシロはデミ・オーガ化してしまった。村の人達はいつきを置いて逃げてしまった。唯一助けに来たレーゲンも傷ついてしまった。
 そうしていつきが、マシロを殺した。
「村の人とかマシロを思い出すと、昔の記憶が重くのしかかって突然動けなくなるんだ。笑いたいのに、頬が動かせなくなっちゃった」
 疑う事なんてなかったのに、それなのに訪れてしまった裏切りの結末。
 それがいつきを動けなくさせる。
「ずっとこのままだったらどうしよう……」
 不安を吐露するいつきを痛ましそうにみつめ、レーゲンはそっといつきの手を握る。
「いきなり十数年の記憶が戻ったんだから、整理できないのが当然だよ」
 固く握られた手を包むようにやさしく、同時に力強く。
「こうやって手を握ってきたよね。私はずっといつきの味方だから。過去も、今も」
 すべて忘れて目を覚ました時、それでもこの人は傍にいてくれた。手を握ってくれた。
「焦らないで。少しづつ整理していこう」
 隣で励まし、受け入れてくれた。
(レーゲンが触れてくれると、ほっとする)
 そのあたたかさが、いつきの心を柔らかくする。
「できるかな……ううん、ちゃんと整理したい」
 テーブルの上のオムレツを見る。その不格好な料理は紛れもなく優しさで出来ている筈なのだから。それから目を背けるとこはしたくない。それは、このレーゲンの手を振り払うのと同じ行為だ。
 決意したいつきにレーゲンは微笑む。
「まずはご近所さんから始めようか……オムレツ食べようよ、少しでもいいから」
 言いながらレーゲンはナイフとフォークをとってくる。
「ここにもいつきの味方がいるよ」
 もう一度包むように手を握りナイフとフォークを渡す。いつきはかすかに震える手でオムレツを一口大に切り取り、ゆっくりと口に運ぶ。恐る恐るというように咀嚼し、こくりと喉を上下させて飲み込む。
「……ふ、へへ……あ、相変わらず、ちょっとぐちゃぐちゃ過ぎて、フォークじゃ食べにくいや……」
 まだ上手くは笑えない。顔を歪めるように、それでもくしゃりと笑い、フォークをスプーンのように使って綺麗にすくい、もう一口食べる。
「…………美味しい……」
 じわりと滲む視界の中で、いつきは小さく呟いた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:信城いつき
呼び名:いつき
  名前:レーゲン
呼び名:レーゲン

 

名前:天原 秋乃
呼び名:秋乃、あきのん
  名前:イチカ・ククル
呼び名:イチカ

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: らんちゃむ  )


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 11月15日
出発日 11月22日 00:00
予定納品日 12月02日

参加者

会議室

  • [5]天原 秋乃

    2015/11/21-23:29 

    天原秋乃と精霊のイチカ・ククルだ。よろしくな

    プランは提出済み
    俺たちは「3」で行動予定だぜ

  • [4]信城いつき

    2015/11/21-22:12 

    信城いつきと相棒のレーゲンだよ、どうぞよろしくね。

    プランはさっき提出してきたところ。
    自宅ではあるんだけど、口にするのがお菓子ではなく思い出の料理になるので
    迷ったけど、とりあえず「4」で提出してみたよ。

  • [3]咲祈

    2015/11/20-19:34 

    神人の咲祈と、サフィニア。
    ……よろしく、ね。

  • カイン・モーントズィッヒェルだ。
    パートナーはイェルク・グリューン。

    選択肢はちょっと考え中。
    4以外なのは確実だが。

    あと、話すのは俺の方だろうなぁって位だ。


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