宛名のない手紙(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 彼の家の掃除を手伝ったのは、頼まれたからだった。
 しかし、こんなものがあるなら絶対に来なかったのに。
 あなたの手の中で、一枚の紙がくしゃりと音を立てた。

 それはさっきまでは、紙くずに過ぎなかった。
 たぶん、ごみ箱に投げ入れようとして、入らなかったのだろう。
 床の上に落ちた、ただのごみ。
 まったくもう、とか何とか言いながら、それを手に取り。
 あなたは、偶然目にしてしまった。
 そこに書かれた、愛の言葉を。

「なに、これ……」

 その一文がどうしても気になって、あなたは、丸められていた紙くずを開いた。
 それは、手紙だった。
 しかし宛名がない。
 自分と彼はウィンクルムだ。こうした言葉を綴るのならば、自分宛か。
 それとも――。
 わからない。だって宛名がないのだから。
 本人に聞こうにも、彼はいま外出してしまっている。
 お昼ご飯がないからと、買い物に出かけたまま。

「……もう、中途半端なことするんだから」

 戻ってきたら、どうしよう。
 これはなんだと聞いてやろうか。
 それとも見なかったふりをしようか。
 とりあえず、ゆっくり話せるように、掃除は終わらせておこう。
 せっせと片付け、部屋を整えた。
 そのとき。

「ただいま。あ、すごい綺麗になってる! ありがとう」

 にこにこと笑う彼に顔を見、あなたは口を開く。

「おかえり。ところで――」

解説

彼の部屋から、宛名のないラブレターが! さあどうする? というエピソードです。
食べても食べなくても、昼食の買い物代として300jrいただきます。
ごめんなさい。そういう仕組みです。

プランに必ず「目について気になった一文」を書いてください。
あとはふたりがどんな行動をとるかですね。
プロローグの中のウィンクルムはちょっと不穏な空気ですが、もちろん「別に気にしてないよ~」って感じの明るい雰囲気でも構いません。

部屋の掃除うんぬん~はスパイス的なものです。
あまり深く考えず、同居設定の方もご参加くださいませ。


ゲームマスターより

こんにちは。日常ネタが大好きな瀬田です。
このエピはウィンクルムごとの描写になります。
ロマンスでもギャグでも、方向性は自由です。
どちらでももってちゃってください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

 
文章:誕生日おめでとう、これからも一番近くにいれる事を願って

ゴミ箱の脇に落ちていましたけれど天藍の字ですよね…
どなたに送るつもりだったのでしょう…

もやもやした気持ち抱えつつも、他の誰か宛だったらと思うと怖くて戻ってきた天藍には聞けない
天藍に尋ねられ、手紙を見つけた事、誰に宛てた物か気になっている事を答える

天藍?これは…
手の平のリボンが結ばれた鍵に首を傾げる
…本当に貰っても良いんですか?
自宅の鍵を預けて貰える位、天藍から自分が信頼されている事が嬉しい
手の平の鍵を両手で宝物のように包む

…天藍も私の家の鍵を持っていてくれますか?
…本当にいらないです?
天藍だけには持っていて貰えたらと思うのですけれど



リヴィエラ(ロジェ)
  ※神人と精霊はAROA職員の自宅に引き取られ、別々の部屋に住んでいる。

リヴィエラ:

今日は学校もお休みですし、ロジェのお部屋も掃除して差し上げましょう。

(掃除中、机の上にラブレターを発見。
『最近、君への想いが抑えきれない。自分でもどうしたら良いかわからない。
 君を傷つけたくないのに、もっと愛したい自分がいる』と書かれた文面が)

こ、これは…宛先もないですし、ロジェには愛する方がいらっしゃるのでしょうか…?
この感情は…私、ヤキモチを妬いているの…?

(涙を流してしゃっくりあげている所にロジェが帰宅する)

え…これは私宛て…に? ロジェ、私は傷ついても良いんです、貴方が好き…!


ルン(テヤン)
  『おめぇには、とーんときたようでぇい』

「ねぇ、テディって」
その手紙の一文で
テディがどんな気持ちで書いたのか想像する。
考えては見たけれど、本人に聞くのが一番よね。
「好きな子……いるの?」

無言で近づくテディがあたしを見つめる。
余計な事を聞いた気がして、慌てて話題を変えた。
「あと、この、とーんとって何かなって」

「恋……?」
テディが言ったからか、この状況だからなのか、
気がつくと、ドキドキしている自分がいた。
この鼓動が聞こえてしまったら、どうしよう。
思わず目を瞑る。

「そろそろケーキ食べる?」
気持ちを切り替える。

本当は突然の事にまだ、ドキドキが止まらないけど、
今日は忘れられない1日になりそうだった。



言堀 すずめ(大佛 駆)
  「気づいたら目で追う日々が」
駆くんが書いたみたいね、手紙
…書き途中だったのかな? 「日々が」で終わっちゃってる…
うーん…誰に宛てたのか…宛先は書いてないみたいだし…
訊いてみよう、かな?

お帰りなさい
え、あっ…え、えと…ご、ごめんね
……これ、駆くんが書いたんだよね?

え? ……駆くんの字、止め跳ねがお手本みたいに綺麗だから…
それに、この手紙も駆くんの字とよく似てる…

…駆くんに想われる人は、幸せね
もう。酷い顔とか言わないの

あのね? 例え駆くんの想いが受け入れられなくても、
想ってくれる人は素直に嬉しいと思うよ?
だから、自分を卑下にするようなことは言わないでね



オンディーヌ・ブルースノウ(エヴァンジェリスタ・ウォルフ)
 
寝坊精霊は慌てて買い出し

机には酒瓶に埋もれた便箋
(随分とロマンチックな文面だこと、恋文かしら?)

気になるのは頭の一文
『生涯告げることなど叶わぬ言葉を、今ここに綴る』

「…これでは秘密日記ですわ」
★「愛の言葉は、告げてこそ意味が生まれるものですのに…」

精霊にも想い人くらい、と思っても何故かざわつく胸中、それを振り払い

「ここはわたくしがひと肌脱いで差し上げるべき所ですわね!」

戻ってきた精霊に手紙を書き直させ★を伝えて相手に渡すよう勧める
書きなおしている間に食事を作り、帰ろうとする

手紙を渡され硬直
「わたくしに…ですの?間違いではなくて?」

「…わかりました、大切に読ませていただきますわ」
嫣然と微笑



●ディーナとエヴァン

「『生涯告げることなど叶わぬ言葉を、今ここに綴る』……?」
 オンディーヌ・ブルースノウは、便せんに書かれた文章に目を見張った。最初ディーナがこれを見つけたときは、その文のほとんどが、机の上で空の酒瓶に埋もれていた。それらを片付ける途中に白い紙面が目に入ったが、そこに手書きの文字が書かれていなければ、気にすることはなかっただろう。
 それを読むためではなく、あくまで片づけを目的として瓶をどかし、目についた文頭が、先ほどの言葉である。
「あらまあ、随分とロマンチックな文面だこと。恋文かしら?」
 文字はよれ、ところどころにインクのかすれた跡があった。それが悩みによるものか躊躇いによるものか、その理由はわからないけれど。
「……これでは、秘密日記ですわ」
 ディーナは目を細めた。愛の言葉は、告げてこそ意味が生まれるもの。それを一生相手に告げぬなんて。
「一体、どのような女性に恋をしたというのかしら」
 言いながら、なぜか胸がざわついた。その気持ちをはらうべく緩く頭を振って、ディーナは片付いた机の上に、そっと便せんを置く。
 相手がどんな人であれ、こちらはあの、控えめで思慮深い相棒だ、言わぬと決めたらけして口にはしないだろう。
「ここは、わたくしがひと肌脱いで差し上げるべき所ですわね!」

 一方、買い物に出たエヴァンジェリスタ・ウォルフは帰路を急いでいた。普段から酒を飲むのを好んでいるとはいえ、昨日はいくらなんでも飲みすぎた。途中から意識が途絶えている。
「ディーナが来るというだけで緊張で眠れなくなるとは……」
 とにかく早く帰って、片付けを手伝わなければ。
 そのうちに自宅にたどり着き、深呼吸をしてドアを開ける。……と、目の前にディーナが立っていた。しかしその表情は、人を迎えるにしては少々厳しいものだ。
「エヴァン、お食事よりも先に、お話があります」
「話……で、ありますか?」
「ええ。恋文をしたためるほどの愛を告げずにいるなんて……想いは伝えてこそ意味があるものですのよ。これは書き直したほうがよろしいわ」
 ディーナはそう言って、エヴァンに便せんを差し出した。頭から水を浴びせられたかのような衝撃。エヴァンの脳裏に、昨夜の記憶がじわじわと蘇ってくる。そうだ、確かに自分は大量の酒を胃に流し込み、相棒への想いを手紙に綴った。ああ、どうしてそれを、きちんと捨てておかなかったのか。
「さあ、机の上は綺麗になっていますから」
 エヴァンは促されるまま席につき、ペンをとった。彼女は、あの手紙が自分に向けられたものだとは、露ほども思わなかったのだろうか。
「相手になどされぬと分かってはいたものの、やはり傷つくものですな……」
 昼食の準備のためにキッチンに消えたディーナの、見えぬ背中に呟く。それでもエヴァンは、言われた通りに新しく手紙を書き始めた。昨日のように文字が踊らぬよう、丁寧にペン先を動かす。落ち込んではいたが『愛の言葉は告げてこそ意味が伝わる』とディーナが言った台詞が、背を押してもいた。

 相棒の買ってきた食材で昼食を作り、ディーナはキッチンを出た。彼は熱心に机に向かっている。料理を教える約束だったが、それはまた後日としたほうがいいだろう。
 それをそのまま伝えると、エヴァンは顔を上げ、切れ長の瞳でディーナをまっすぐに見つめた。
 ――どうしてそんな真剣な顔で……ただ一言、わかったと言ってくれるだけでよろしいのに。
 手紙の文面を見た時と同じ、なんとも言い難い想いが胸に満ちていく。それから逃げるように、ディーナは踵を返そうとした――その時。
 足を進めようとする彼女の横から、白い便せんが差し出される。
「受け取っていただけるだけで、今の自分は満足であります。どうか……」
「わたくしに……ですの? 間違いではなくて?」
 ディーナは振り返り、エヴァンの手の内で震えている封筒の端に、指を寄せた。エヴァンが冗談など言うはずはないことはわかっている。だからこそ――。
「……わかりました、大切に読ませていただきますわ」
 ディーナはひっそりと、唇に笑みを浮かべた。

●すずめと駆

「あれ、この手紙……」
 言堀 すずめはテーブルの上に置かれたままの便せんに視線を落とした。
「『気がついたら目で追う日々が』……ってここで終わっちゃってる。書き途中のものを置きっぱなしにしちゃだめだよ、駆くん!」
 ここにはいない相手に向けて一言。幼なじみとしては誰にあてたものか気になったが、宛名はないようだった。
「訊いてみよう、かな」
 でも余計なこと、かな。家族には駆くんとお付き合いしているなんて言っちゃったけど、本当じゃないし。
 手に触れないまま手紙を見つめ、考える。さらに思うのは、これがラブレターではないかということだ。
「だって目で追うって、そういうこと……だよね」
 だとしたら自分が家族に告げた嘘が、彼を傷つけているかもしれない。さんざん迷惑をかけているのにと、すずめはうなだれた。そこに帰ってきたのが、大佛 駆である。

 駆は、わざとそこに手紙を放置していたわけではない。忘れていたのだ。それを思い出したのは買いだしの途中、文房具屋の前を通りかかった時だった。
「……そういえば、あれ、ごみ箱……きちんと入れたっけ……? まずいな、もし入ってなくてすずめに見られてたら……」
 書きかけだったから、封筒には入れていないはずだ。見たことを責めるわけにもいかず、ため息をつく。なんて言い訳をしたものか。自然と重くなった足取りで帰宅し、ただいまと声を出した。しかし彼女は出てこない。部屋に入ると、件の手紙を凝視しているすずめを見つけてしまった。
「そ、それ……!?」
 駆の言葉に、すずめがぱっと振り向く。
「お帰りなさい。あ……えと……ご、ごめんね? これ、駆くんが書いたんだよね?」
「え、う……あ、ああ、まあ」
 いきなりの単刀直入な問いかけに、思わずしどろもどろになってしまった。それにしても。
「どうして俺が書いたってわかったの、すずめ?」
「え? ……駆くんの字、止め跳ねがお手本みたいに綺麗だから……」
「は、ははは……よく見てるな、すずめは……」
 手紙を間に、二人して明らかに困惑していた。うつむいたすずめの表情は、対面している駆からは見えない。桃色の長い髪が、彼女の横顔を隠してしまっているからだ。
 沈黙が落ちる。いっそこれが誰宛かと聞いてくれれば、この嫌な空気も払しょくできるだろうかと考え、ふるりと首を振る。だめだ、それにどう答えたらいいかわからない。
 その時、すずめがぽつりと呟いた。
「……駆くんに思われる人は、幸せね」
「え……?」
 すずめの顔が、ゆっくりと上がる。赤い瞳に囚われ動揺し、駆は一歩、身体を引いた。
「でも……そんなことはない、と思うけど……。ほら、俺……傷だらけでひどい顔だしさ。……目の色だって違うし……」
 傷ついた自分を恥じているわけではない。それなのにこんなことを言ってしまったのは、どうしてだろう。すずめがいい顔をするはずはないのに……。
 案の定、彼女は眉間にしわを寄せた。
「もう、酷い顔とか言わないの」
 たった一言に、すずめの怒りがにじみ出ている。それはまるで駆に深い情を持っていることを示しているかのようだった。
「ありがとう、すずめ」
 思わず呟くと、すずめは一瞬怪訝そうに首を傾げたが、すぐにはっきりとした声で言った。
「あのね? たとえ駆くんの想いが受け入れられなくても、相手は素直に嬉しいと思うよ? だから、自分を卑下するようなことは言わないでね」
「す、すずめっ……」
 どうしてこの子は、こんなに優しいのだろう。伸ばしかけた腕を、駆はぐっと体の脇に戻した。彼女がくすりと笑ったので、駆もいびつながら微笑みを作る。
「……お昼にしようか。レジの横に売っていたから、金平糖を買ってきたよ。とは言っても、駄菓子みたいなやつだけど」
「金平糖? ふふ、ありがとう、駆くん」
 すずめは今度こそ、満開の笑みを見せる。
 あの手紙が誰に向けたものか、やっぱり少しは気になるけれど、今は彼が、自分のためだけに甘いお菓子を買ってきてくれたことが、なによりも嬉しかった。


●ルンとテディ

『おめぇには、とーんときたようでぇい』
 相棒テヤンの買い出し中、机の上で見つけた手紙の一文である。ルンは彼の口調そのままで書かれた文面に少しだけ笑ってから、はたとその文章に見入った。
「おめぇ……? とーんと?」
 無意識に、ツインテールの髪に指が伸びる。それを絡めとるのが、考えごとをする時のルンの癖なのだ。

「ただいまっ! お、そんなとこでぼーっとして、どうした?」
 帰宅したテヤンに呼び掛けられて、ルンは彼を振り返った。昼食を買いに行ったはずだが、ずいぶんと大きな荷物を持っている。それを脇に置いてキャスケットをとると、その中からぴょこんと猫の耳が現れた。
「ん?」
 会話の先を促すためか、ずいっと近づいてくる。
「ねえ、テディって」
 ルンは口を開いた。
 ――だって、考えてもわからなかった。おめぇが誰か。とーんとくるって、どんなことか。わからないことは、きっと本人に聞いたほうがいいに決まっている。
 愛嬌のあるテヤンの目が、ぱちりと瞬く。それをルンはじっと見つめて、先を続けた。
「好きな子……いるの?」
 テヤンは、真剣な面持ちでルンを見ていた。さっきまでは目が合っていてもなにも思わなかったのに、彼が真顔になるだけでなんだか息が詰まりそうになってくる。
 もしかして余計なことを聞いた……?
 思うが一旦口から出してしまった言葉は消すことができず、ルンは慌てて次の話を、テヤンに振った。
「あと、この、とーんとって何かなって」
「……知りてぇか?」
 テヤンは背中を少し曲げて、ルンに顔を寄せた。いつもより低い声で、囁く。
「恋に落ちる、一方的に言やあ……惚れるって意味でい」
「恋……?」
 小さな呟きに反して、ルンの胸は今激しく打っていた。テディがそんな単語を口にしたからか、それとも彼の真剣な顔を間近で見たからなのか。わからない。ただ、この鼓動が聞こえてしまわないかとそればかりが心配で。
 身をかたくしているルンを見、テヤンはしまった、と思っていた。戯れに額に接吻でもしてやろうかと思った気持ちも、すっかりどこかへ行っている。まさかこんな反応をするなんて……。
 だから、彼女に背を向けた。
「……好きな奴なんざ、いねえよ。その文(ふみ)は、いつか誰かを、本当に好きになった時に書いた文でい」
 ――ただ。おいらにゃ、まだ早すぎたみてぇだな。言の葉に、気持ちってぇのが追い付かねえや。
 テヤンは横目にルンを見やる。
「その文……捨ててくれ。はんちくな気持ちで、おいらは愛を伝えたくねぇから」
 中途半端な気持ちじゃないでしょ? とは、ルンは言えなかった。先ほどの彼の表情から察することはできたが、本人がそう言っているのだ。自分が何かを言っていい問題ではない。それよりはと、ルンはあえて明るい声を出す。
「それより、そろそろケーキ食べる?」
「おう! なんたって今日はおめぇの誕生日、おめぇが主役だからな!」
 ぱっと輝いたテヤンの顔。話の転換はこれで成功、完了だ。彼はルンより先にと、キッチンに向かった。
「今日はおいらがおもてなしだ。楽しみにしろよ?」
「うん!」
 ルンは深く頷いた。実際はさっきテヤンから貰ったドキドキは、まだ収まっていない。でもそれは、彼には秘密だ。


●リヴィエラとロジェ

『最近、君への想いが抑えきれない。自分でもどうしたら良いかわからない。君を傷つけたくないのに、もっと愛したい自分がいる』
 その文章を見た時、リヴィエラの呼吸は確かに止まった。
 これがたとえば小説の一文だったならば、なんの衝撃もなかったはずだ。しかし彼女がそれを目にしたのは、ロジェの部屋の机の上である。
「君って……」
 胸に手を当てて、なんとか動悸を押さえこむ。不在時に個人的スペースに立ち入りを許してくれているロジェに申し訳ないと思いつつも、誰に充てたものかが気になって仕方がなかった。しかし便せんには誰の名も書かれておらず、封筒は置いていないとなれば、リヴィエラにはなにを察することもできない。
「もしかしてロジェには愛する方がいらっしゃるのでしょうか……?」
 ――私、以外に。
 恋人だというのは、自分の勘違いだったのかとすら……。
 思ってしまえば、駄目だった。その場に膝をついたリヴィエラの白い頬を、涙が伝う。瞳が蕩けてしまいそうなほど熱い雫は、彼女の顎を伝い落ちた。机の上に置かれている便せんに、ぽつりと染みが広がる。しかしそれを拭きとろうとする気すら、起きないのだ。
 この感情は……私、ヤキモチを焼いているの……?
 こんな気持ちを、ロジェは喜ばない。早くこの場を立ち去ったほうがいい。わかっていても、リヴィエラは、立ち上がることができなかった。

 がちゃりとドアが開いたのは、その時だった。
「リヴィー、掃除をしてくれたのか? すまないな……」
 そこまで言って、ロジェはリヴィエラのただならぬ雰囲気に気がついたのだろう。こちらを向かないリヴィエラの横に並び、腰を曲げてその顔を覗き込む。
「どうした?」
「ロジェ……」
 大粒の滴がこぼれ続ける頬に驚きはしたが、ロジェは何も言わずに右手を伸ばした。濡れた肌を手のひらでなぞり、左手は彼女の頭の上に。とんと置けばリヴィエラはやっと一言「手紙」と呟いた。
「手紙……? ああ、これは……見られてしまったか」
 ロジェは苦笑し、リヴィエラの髪を優しく撫ぜる。そして言うことには。
「これは君宛てだよ、リヴィー」
「私宛……?」
「そうだ。独占欲だというのはわかってるんだ。でも最近、君を見る度、抑えがたい感情が湧きあがってくる。その……もっと愛したい、と。可笑しいよな。そんなことをすれば、君を傷つけてしまうに決まっているのに……。紙にでも書けば、少しは欲求が抑えられると……」
 リヴィエラは目を瞬いた。大きな涙がぽろりと零れるのを、ロジェが親指の腹で拭う。
「リヴィー、なぜ泣くんだ。おかしいと笑ってくれて構わないんだぞ」
「そんな……おかしくなんて、ないです。私、嬉しくて……」
 リヴィエラは立ちあがった。近くなったロジェの顔をまっすぐに見つめる。
「ロジェ、私は傷ついても良いんです。貴女が好き……!」
「リヴィー……!」
 ロジェの腕が、リヴィエラの細い体を抱きしめる。柔らかい肢体に、滑らかな肌。涙をこぼすあどけない瞳。純粋な魂そのものの彼女を、攫いたくなってしまう。それをしてはいけないと思うからこそ、想いを文字に宿して手放そうとしたのに――煽られた。
「本当に……意味がわかっていっているのか? ……子供のクセに」
 リヴィエラは知らないのだ。ロジェが隠している牙を。そしてそれはいとも簡単に、彼女の柔肌を切り裂き、望むものに噛みつくことができるというのに。
 ――本当に、無防備な女だ。
 彼女を抱く腕に力を込めて、ロジェは細い肩に額を寄せた。

●かのんと天藍

『誕生日おめでとう、これからも一番近くにいれる事を願って』
 そう書かれた便せんを、かのんはゴミ箱の脇で拾った。その筆跡の持ち主は、この部屋の主、天藍で間違いはないだろう。しかし手紙に宛名はなかった。文章もそこで途絶えている。
「どなたに送るつもりだったんでしょう」
 親しい間柄だからこそ気になる内容だ。かのんは呟き、手紙から視線を逸らした。天藍はこれを捨てたと思っているのだから、この手紙は投函されなかったのかもしれない。それとも書き直されて、もうポストの中だろうか。……自分には、届いていないけれど。
 彼の気持ちを疑うつもりはない。でも、不安にはなってしまう。
 かのんは、一度は逸らした視線を再び手紙に向けると、小さくため息をついた。心に差し込んでいた光が霧に覆われてしまったかのようで、大切な人の部屋を片付けているというのに、気持ちがすっかり暗くなってしまう。

 買い物をすませた天藍が帰宅すると、部屋はすっかり片付いていた。窓際にはささやかながらも花まで活けられていて、さすがかのんだと思う。しかし、ありがとうと礼を告げたかのんは、どうにも複雑な表情をしていた。いつもならば笑顔を見せてくれるのに、だ。
「どうしたんだ?」
 問うも彼女は、何でもないと首を振る。
「そんなことはないだろう」
 少々きつめの口調に、かのんは肩を震わせた。真剣な声音は、自分を心配してくれているからだとわかる。窺うように天藍を見上げれば、言葉よりもずっと優しい瞳がこちらを見ていた。
 先ほどの手紙を取り出し、彼の前へと差し出す。
「ごみ箱の横に、落ちていたんです。中身が見えてしまって、宛名がなかったので気になって……」
 言いながらも、かのんの声は次第に小さくなっていった。きっと天藍は答えにくいだろう。見てしまった自分がいけなかったのだと、そんな思いが胸を占めているからだ。
 しかしかのんの頭上で、天藍は苦笑したようだった。
「すまない、いや、かのんがおかしいんじゃなくて」
 天藍は照れたように頭をかいてから、右手を上着のポケットの中へと入れた。その手が再びかのんの前に出された時、そこに握られていたのは。
「鍵……?」
 天藍の左手が、対面するかのんの右手をとる。その上に、青色のリボンが結ばれた銀色の鍵を載せられて、かのんは首を傾げた。
「天藍……これは」
「先月のかのんの誕生日に渡そうと思ってたんだ。ただ、この鍵がプレゼントっていうのもどうかと思っているうちに一か月以上過ぎてたんで、手紙は捨てたつもりだったんだけどな。迷惑じゃなければ、持っていてくれないか」
「……本当に、貰っても良いんですか?」
 かのんは手のひらの上に置かれた鍵を、両手で包み込んだ。どんな品物よりも嬉しい、最高の贈り物だ。だってこれは、天藍が自分の家の鍵を預けてもいいと思えるくらい、信頼されているということの証でもある。
 かのんは鍵を包んだ両手をあごの当たりまで持ち上げると、祈るような姿勢をとった。彼の想いを、大切に胸の奥にしまいこんでしまいたい……そう思ったからなのだが、そこでふと、気付く。
「……天藍も、私の家の鍵を持っていてくれますか? 今は持っていないけれど、今度、持ってきますから」
 その言葉に、驚いたのは天藍だ。自分のほとんど物がない部屋と、かのんの、両親の思い出が詰まった一軒家では鍵の重みが違う。
「いや、しかし……」
 戸惑う天藍に、かのんがさらに言葉を重ねる。
「……いらないです? 私、天藍だけには持っていてもらえたらと思うのですけれど」
 純粋な眼差しに、天藍は再び「いや、」と口を開いた。家の重みなどと凝り固まった考えよりも、今は、やはり。
「かのんから預けてもらえるのなら、俺は何より、そのことが嬉しい」
 正直に言えば、眼前の顔がぱっと輝く。それは天藍にとって、彼女が愛するどんな花よりも美しく見えた。





依頼結果:大成功
MVP
名前:かのん
呼び名:かのん
  名前:天藍
呼び名:天藍

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 10月12日
出発日 10月19日 00:00
予定納品日 10月29日

参加者

会議室

  • ひとまずプランの提出は完了いたしましたわ
    あとはどのように料理されるか、ですわね

    皆様にとって素晴らしいひと時となりますように
    心よりお祈り申し上げますわ

  • [6]かのん

    2015/10/18-21:18 

  • [5]かのん

    2015/10/15-21:18 

    こんにちは、かのんです
    皆さんよろしくお願いしますね

    パートナーの天藍の部屋に来ているのですけれど、ゴミ箱の脇に落ちていた手紙どなたに宛てたものなのでしょう……

    気になりますけど、何となく直接聞くのも躊躇われますし……(溜息)

  • [4]言堀 すずめ

    2015/10/15-19:03 

    言堀すずめといいます。精霊は大仏駆さんです。
    よろしくお願いしますね。

     字は駆くんのものだけど宛先も書いてない。誰宛なのかな。
    それにしても、駆くんから恋文を貰えるなんて……その人がちょっと羨ましいです(微笑

  • [3]リヴィエラ

    2015/10/15-15:02 

    こんにちは、私はリヴィエラと申します。
    その、あの…今日は学校もお休みなので、お部屋の掃除をしていたら
    このようなラブレターが…(目がうるうる)

    宛先もないようですし、後でお伺いしてみようかしら…?

  • 皆様はじめまして、ですわね
    わたくし、オンディーヌ・ブルースノウと申します
    どうぞ宜しくお願いいたします

    パートナーは…少し席を外しておりますわね
    テイルスのエヴァンジェリスタ・ウォルフですわ
    随分と大柄で恐ろしげですけれど、気の優しい殿方ですのよ
    咬んだりはいたしませんから、どうぞご安心なさってね

    それにしても…
    (デスクに転がる酒瓶に埋もれた紙をヒラリを拾い上げ
    …ロマンチックな恋文、ですこと

    けれど、この一文はいただけませんわね
    (何やら乱れた文字を指でなぞり、ため息

    宜しいわ、ここはパートナーであるわたくしがひと肌脱いで差し上げましょう
    (嫣然と微笑む

  • [1]ルン

    2015/10/15-07:01 

    ほとんどの方は初めまして……ですね。
    ルンと、シノビのテヤンです。よろしくお願いします。

    誰に宛てた手紙かわからないけど、
    テディからこんな言葉を言ってくれるなんて、その人は幸せですよね。

    (目を伏せながら)
    ……でも、ちょっと羨ましいかも。
    見なかった事にしたかったけど、からかい半分で聞いてみよっかな……?


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