【例祭】君の記憶を夢にみる(錘里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 異世界さえも巻き込んだ、世界中を賑わせる大祭。
 この時期だけに走る特別な列車、ムーン・アンバー号に、君達は乗り込んでいた。
 個室型の五両編成、ウィンクルム一組に付き一両が当てられると言う贅沢な旅路。
 フィヨルネイジャを出て、光のレールを走る車窓からは、タブロスの町が見下ろせた。
 凄い、とか、わくわくするなぁ、とか。好き好きな感想を告げ合いながら目的地へ向かっていると、車内販売のワゴンが声をかけてきた。
「長い旅となるでしょう、おひとつ如何ですか?」
 飲み物も食べ物もより取り見取り。どれにしようと迷って手を伸ばした君達は、代金を払って早速それを味わった。
 それから、暫く後だっただろう。君達はどちらからともなく大きな欠伸を零して、ふかふかの座席に身を横たえた。
 まどろみに浸り、穏やかに穏やかに眠りに落ちた君が、ふと気が付いた時には、知らない場所に居た。
 もしかしたら、知らないわけではなかったかもしれない。
 だけれど、少なくともそこは、今いる場所ではありえなかった。
 ふわふわした心地がする。これは夢だろうかと、君は首を傾げる。
 くるりと辺りを見渡して、そうして、気が付く。
「あの人は――」
 知らない場所で、知っている存在。
 それは、自分のパートナーだった。
 しかも、今より以前の、自分と、出逢う前の姿。

 ――君達は夢を見ている。
 自分と出会う前のパートナーの記憶を、夢に見ている。
 だけれどここはフィヨルネイジャではない。
 白昼夢とは違う、本当の夢。
 関わる事は出来ない。見ているだけ。例えるならそれは、完成されたむかしばなし。
 知る事だけ出来る記憶は、けれど、けれど、夢なのだ。
 おぼろげに、あるいは鮮明に覚えていても良い。
 そうしたいと願うなら、そうすればいい。
 だけれど忘れたいと願うなら、こう紡げばいい。

『あなたの夢を見たんだ』

 その一言だけで、夢は曖昧になり、語る前に忘却の彼方に沈む。
 あれ、なんだっけ。あなたがいた事だけは覚えているのにな。そんな風に、首を傾げることしかできない。
 黙して知るか。告げて忘れるか。
 それはどちらも、君の自由。

解説

●費用について
ムーン・アンバー号内で飲食をした結果の夢見となりますので、
お財布と鑑みて以下から必ず一つ以上を選んでください

A:お弁当(大)500jr
B:お弁当(小)300jr
C:ペットボトル飲料(お茶・ジュースetc)150jr
D:アルコール飲料 ※未成年の方は選べません200jr

各種一つにつきのお値段となります
アルファベットはプラン文字数削減用ですのでご活用ください。計算はこちらでします
(例:A1B1C2 など、書き方はお任せしますが個数も併せて書いてあると把握しやすいです)

●プランについて
・同行している精霊と出会う前のワンシーン(相手が見る夢の内容)
・それを見た自分の反応
・覚えているか忘れてしまうか
をお書きください

追加精霊と同行されている神人さんに限り、初期精霊とのワンシーンを選択して頂く事が可能です
過去エピソードの参照指定も可とします
ただし過去エピ指定時も、プラン内にて『どんな場面』か具体的にお書きください
また、『契約以前』ではなく、『出逢う以前』の内容でお願いします
最後に忘れる為の台詞は、キャラ口調に合わせます

ゲームマスターより

列車に乗ってるけど列車の話じゃないよ!
なお、ムーン・アンバー号で飲食したらこうなると言うわけではありません。
たまたま今回乗り合わせたお客様にこういう仕様を仕掛けただけです。

今回EXとなりますので錘里ワールドを含むアドリブ全開で行きますので予めご了承ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)

  AC。
ラキアの夢をオレが知る。

兄と余りに仲が良すぎるっていうかさ。
兄弟愛の閾を超えてね?
超えてるように見えるぜ。
これ、夢だよな?
オレ、ラキア達がこういう関係だったって、心のどこかで思っているのかな。その心配で夢見てんのかな。
(心配というか不安になってきた)
ラキアの故郷の森っぽいし外見15歳位だから前の事だな、これ。
以前会った時(エピ93、131)も兄側はラキアの恋人だって公言していたし。
じゃやっぱ、オレの知らないラキアの過去だ。
もしかしてオレに知られたくない部分かも。
でもオレはラキアの事、大切だからこそ出会う前の事も知っていたい。ラキアの人生の一部分だから。
だから忘れない。黙って覚えておく。





柳 大樹(クラウディオ)
  A2C2

知らない部屋だ。
でも、クラウディオの部屋に似てる。(物が少ない
(見渡してベッドを向く

ちっさいけど。黒いフードしてるし、クロちゃんかな。
こっちのおっさんは、何だろう。
肌の色も違うし、耳も普通だし。

「何だこれ」
何言ってんだこの人。(少し眉間に皺が寄る
(内容が理解し切れない、したくない
何で使われて当然な雰囲気なんだよ。

起きた後:
(何だよ、今の)(自分のクラウへの扱いと重ね、苛立つ
俺だって、今の扱いが駄目な事ぐらい解ってる。
八つ当たりだって事も。

時間が欲しい。目の事を割り切るだけの、時間が。
(焦燥から、眼帯に爪を立てる
「……何でもない」(首を振る

割り切れたら。そしたら。
何か、変わるんだろうか。



カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  C2
この無機質な廊下、どの部屋からも聞こえる泣き声…覚えある
故郷の死体安置所だ
あの時は絶望してたな
イェルが走ってきた
あの日、イェルもここに来ただろうから、不思議はねぇか
だが、俺達はここで出会っていない
※同郷だが契約時まで面識無

イェルが恋人と面会している
崩れ落ちて泣いている
そんな風に泣いていたのか
なぁ、イェル
泣くだけ泣いたら、そいつを寝かせてやれよ?

もう泣くな
いや、泣くなら俺が傍にいる…か

気づいたら、肩に寄り掛かってるイェルが泣いてるから起こした
何でもねぇって言うが…頭撫でるか
恥ずかしがる割に頭撫でられるの好きだよな
夢?
憶えてるが俺の胸にしまっておく
前より甘やかすかもしれねぇけど、誰にも言わねぇ



セラフィム・ロイス(トキワ)
  B2C1D1
◆ぼんやり幸せに浸り、現実戻り
(両想いになれたんだ…今何してるかな)
いた痛い!無理いって来て貰って感謝してるよ
楽しまないと駄目だよね(勘付かれる。今は風景を

…トキワもっと大人じゃなかった…?
背中追いかけてた時は優しかったのに

■夢
結婚式?何でこんな所に。メイド長若い…?
え僕!?じゃない…あんなに明るくないし女性だ
母さんなのか。あれ?トキワ…?どこへ

…好きだったんだ…
ソフィ)昔からか。自由奔放な割りに現実的で多分
夢を見る僕やトキワとは合わなかった
それとも『僕』か身篭った


…トキワ、ごめんね

きっと知らず傷つけてきた。母さんと僕に。我慢して見守ってくれたんだ

久しぶりに目を見てくれた気がする



信城いつき(ミカ)
  A1B1C2/忘れる

【過去】
これ…夢だよね。
目覚めたら道具入れの部屋の中で。いつものようにマシロがすり寄ってくれるよね

どうしてマシロが僕にかみつくの?
どうしてなの?

レーゲンだけは来てくれた
やめてマシロ!その人はレーゲンだよ!昨日みんなでクリスマスのお祝いしたじゃない!

(村の)みんなも、マシロももう僕の事いらないのかな……
でも……レーゲンだけは僕が守るんだ
初めて持つ銃が重い
お願いマシロ、来ないで……来ちゃダメ!

ごめんね痛いよね、僕はいくらでも噛んでいいから
マシロ一緒にいこう
レーゲン来てくれてありがとう…さよなら。

【現在】
お弁当、俺は大ね!

景色すごいよ、ミカも見て見て!……俺の顔に何か付いてる?




●戒め、束縛、トラウマ
 がらん、と物の少ない部屋。
 殺風景で、それだけの部屋は、誰かさんの部屋に似ている、と。柳 大樹はぼんやりと、そんな事を思った。
 くるり、見渡した。あぁそうだ、これはパートナーの……クラウディオの部屋によく似ているのだ。
 似ているだけで、知らない部屋だと気づくのはすぐのこと。
 だってここは、何だか薄ら寒い。人間が立ち入るための場所という認識が、まるで感じられなかった。
 ふるり、小さく肩を震わせてから、不意に、大樹はベッドへと視線を向けた。
 そこには、男が腰を掛けていた。
 年上だ。壮年の男は自分の父親くらいと思えばしっくりくる……だいたい四十代後半くらい。
 その傍らに、十歳になった程度の少年が、ちょこんと正座をして座っていた。
(ちっさいけど。黒いフードしてるし、クロちゃんかな)
 ベッドの上に正座した少年は、そっと覗き込めばその顔にクラウディオの面影があった。
 けれど、男の方は間違いなく知らない人物だった。
(こっちのおっさんは、何だろう。肌の色も違うし、耳も普通だし)
 クラウディオの親にも見えない。精霊なのか人間なのか。クラウディオと比較して眺めても、類似点が見つけられないせいで、判断できなかった。
 猜疑心を含んだような、怪訝な目で、じぃっと大樹は男を見つめていた。
 男はベッドに杖を掛け、前を向く。
 視線は隣の少年クラウディオではなく虚空であるのだろうが、何故だか大樹は、一瞬目が合ったような気がした。
 睨んでいたのがばれたような気がして、ほんの少しだけ立ち位置を改める大樹に、男が構う様子はない。
 あぁ、見えているわけじゃないのか、と少しの安堵を覚えると同時に、男が口を開いた。
「流星融合以来、オーガによる被害は増え続けている」
 なんだか、難しい話の予感だ。
 これは盗み聞きしていることになるのだろうか、と。少しの後ろめたさを感じたが、何故だか立ち去る気にもなれなかった。
「神人と精霊のA.R.O.A.への登録の義務化が始まったが、どちらにしろ手が足らん」
 ウィンクルムが万事全ての事態に対処できているかと言えば、そう言うわけでもない。
 間に合わない事例も数多くあることを思い、少し、ちくりと心が痛んだ。
「私の足はこれだ。書類を捌く程度しか出来ん」
 杖を用いねば歩く事もままならない己の足を忌々しげに一瞥し、男は嘆息する。
 その理由を、ほんの一瞬気になったが、微かに細めた己の眼帯の下を思えば、何らかの理由という一言で納得できた。
 知らない人間の知らないことまで知る必要なんてない。大変そうだなと思う、だけ。
 ――だけで、済めばよかったのだけれど。
「お前には裏仕事だけを頼む予定でいたが、事情が変わった」
 男の台詞は不穏を孕んでいた。
「今後は訓練の内容を増やす」
 その意味が、大樹には解らなかった。
 いや、解りたくなかった。
 けれど、思考は否応なく巡る。
 この子供はクラウディオで。
 大樹の知るクラウディオと言えばシノビの代名詞みたいな男で。
 淡々として躊躇なく、護衛を自称し敵と対峙し己を投げ打つ事を厭わない男だ。
 大樹の知っているクラウディオという人物像、が。
「解った」
 無表情に淡々と告げる幼い子供に、合致した。
 ――何だこれ。
 大樹の眉間に皺が寄った。口をついて出た言葉は、動揺のように聞こえる嫌悪。
 ようするにこの男はこの少年を己の手足の代わりに使おうと言うわけで。
 この少年はそれを許容しているわけで。
 それが、理解しきれなかった。
(何で使われて当然な雰囲気なんだよ)
 理解、したくなかった。
 だってそれは、これは、クラウディオの思考を止め、意見を奪い、認識を偏らせる事で。
 無駄に真面目でやや非常識で自己犠牲の塊のようなクラウディオを形成している概念で。
 クラウディオという名前の付いた道具を作る作業で。
 クラウディオという一人の人間の本質から目を逸らす事で。
 それは、これは。
 大樹によるクラウディオの扱いと、何が、違うと言うのだろう――。

 ムーン・アンバー号の座席で、不意に目の覚めたクラウディオは、どこか懐かしさに似た感覚に瞳を瞬かせていた。
 昔の記憶だ。懐かしむ思い出とは無縁だった気もするが、何故だか見てしまったそれを、クラウディオは何でもないものとして頭を振って払う。
 そうしてから、ふと、正面に座っていた大樹を見た。
 車内販売のワゴンから購入した弁当と飲み物は綺麗に平らげられていた。
 けれど、片付けたはずの大樹は、食欲を満たした満足感のような物を感じている様子は無く、むしろ、どこか苦しげで。
「大樹……」
 かけようとした声は、小さくすぼんで口布の間で掻き消える。
 言葉を躊躇ったのは、大樹の様子が明らかにおかしかったから。
 苛立ちや不快感をあらわにしたような眉間の皺。舌打ちが聞こえたような気がしたかと思えば、その唇は噛み締められる。
 頬に触れ、瞼に触れた指が、なぞるように眼帯を捉えて、そのまま爪を立てる。
 それを見て、クラウディオはようやく我に返ったように、大樹に手を伸ばした。
「大樹」
 己の目を傷つけようとするかのような手をぐいと遠ざけて、何があったと問うが、淀んだ瞳がクラウディオを捉えたのは一瞬。
「……何でもない」
 瞳を逸らすついでのように、ゆっくりと首を振られては、クラウディオがそれ以上詮索することはできなかった。
 ただ、掴んだ手から力が抜けたから、離して。先程のような自傷行為をしない事を十分に確かめてから、何を言うでもなく座り直す。
 どこか虚ろな視線で窓の外を見ながら、大樹は薄らと瞳を細める。
(時間が欲しい)
 喪われた片目の事を、割り切るだけの時間が。
 人にはあって自分にはないもの。理不尽に奪われたもの。
 片目と引き換えの顕現を好ましくは思えなかったし、ウィンクルム契約を復讐の切欠と思った事がないとも言い切れない。
 荒れた感情はもう落ち着いたつもりでいるが、八つ当たりをしている自覚はあった。
 クラウディオという存在を真っ直ぐに見つめる為には、何を置いても、この目の事を昇華しなければならないと、うすぼんやりとした思考の端で認識する、けれど。
(割り切れたら。そしたら――)
 何か、変わるんだろうか。
 不安じみた想いをよそに、機関車は二人を乗せて、ただただ走り続けていた。

●忘却を願う
「お弁当、俺は大ね!」
 大きなお弁当を手に、信城いつきは満面の笑みを浮かべていた。
 頂きますと元気よく食べ始めるいつきを、精霊のミカは少し呆れたように見つめる。
「小さいのによく食うな……」
 育ち盛りか、と思いつつ、自分は小さい方の弁当を開ける。
 のんびりとした機関車での旅行。窓から吹き込んでくる風は、まだ少し生ぬるいから閉めたままで。
 他愛もないことを話して、寛いで、気が付いたら。
 そう、気が付いたら、いつきは機関車から降りていた。
 あれ? と、小首を傾げる。だってそれは、『知らない場所』だった。
 これは夢、夢だ。直ぐに判ったいつきは、足元にすり寄ってくる白い獣に、意識を落とす。
「マシロ」
 呟いたいつきは、もう、既に夢の住民だった。

 その日も人の目から逃れるようにその場所に居た。
 小さく小さく縮こまって、『道具入れ』の影に寄り添うようにして。
 そんないつきを宥めるように、いつだって『マシロ』は傍にいてくれた。
 ――暗転。それはまるで、劇場のスポットライトが落とされるように唐突な切り替わり。
 じくじくと疼く、痛み。
 鋭い何かを突き立てられた感覚に、いつきは瞳を瞬かせて動転に座り込む。 
(どうしてマシロが僕にかみつくの?)
 どうしてなの?
 目の前にはいつもいつきを優しく見守ってくれた白い犬。
 拠り所だった『道具入れ』と『マシロ』が、急にいつきの前から遠ざけられた。
 唸る彼は、大人しい犬ではない、全く違った獣のように見える。
 部屋のある建物の周囲には、誰も居なかった。代わりに、真っ直ぐな角を生やした野犬が数頭、うろついている。
 オーガが近くに居たのだろうか。それは判らない。けれど瘴気の影響を受けた『犬』が、皆デミ・オーガと化してしまったのだ。
 『マシロ』もまた、例外ではなく。まだそれと判る角は生えていないが、酷く凶暴化しているのだけは、確かだった。
 建物のある場所は村だったけれど、人はもういない。誰も彼も、いつきを置いて逃げ出した。
 体が竦んで動けないいつきは、誰も居ない事には気が付かなかったけれど、誰も来てくれない事には、気が付いてしまった。
 このまま、ここで、死ねという事か。
 過った思考を掻き消すように、ばん、と勢いよく開かれる扉。
 ぼんやりと振り返れば、青い髪の青年が銃を片手に必死に呼びかけてくるのが分かった。
「レーゲン……」
 その姿に安堵したのも、束の間で。
 唸る『マシロ』がいつき目掛けて飛び掛かってくるのを見止めて、青年が庇うように身を躍らせた。
 青と、白に、赤が混ざる。
 目を剥いたいつきの前に、彼が手にしていた銃が滑ってくる。
 武器を取り落して呻く彼に、『マシロ』は唸り声を上げて威嚇する。
「やめてマシロ! その人はレーゲンだよ! 昨日みんなでクリスマスのお祝いしたじゃない!」
 いつきの叫びに、耳をピクリと動かしたような気がした。けれど、止まらない。
 咄嗟に、いつきは銃を手に取った。
「……レーゲンだけは僕が守るんだ」
 誰も来ない。来てくれたのはレーゲンだけ。
 『マシロ』も何も聞いてくれない。
 捨てられたような心地に、いつきは唇を噛みしめる。
 青年と犬の間に割り込んだいつきは、銃の重さに腕を振るわせながら、構える。
 道具入れから離れようとしない犬は、しかし対峙するいつきを見て、姿勢を低く、身構えた。
「お願いマシロ、来ないで……来ちゃダメ!」
 願いは、届かない。飛び掛かってくるのを見て。いつきは引き金を引く。
 何度も、何度も、引く。
 しかし初めて銃を持ついつきが、躊躇いに視界の歪むいつきが、素早く動く獣に上手く当てられるわけがなくて。
 牙に、何度も噛まれた。
 だけど、これでいい。
「ごめんね痛いよね、僕はいくらでも噛んでいいから……マシロ一緒にいこう」
 『レーゲン』を守れるなら、それでいい。
「レーゲン、来てくれてありがとう……さよなら」
 また、暗転。
 どこか遠くで、舞台終了のブザーでもなっているような心地に、ミカはただ呆然と立ち尽くしていた。

 目に飛び込んできたのは、空の青さと足元に広がるタブロスの小さくなった街並み。
 はっとした。そう表すのが正しい感覚で、ミカは大げさに肩を震わせた。
(今のは……)
 夢、だろうか。
 あまりにリアルな、悲劇の舞台。
 いつきと精霊と、家族だったもう一人の、痛ましい記憶。
 話には、聞いていた。その精霊から、少しは。
 けれど特に深い関心を抱くことなく流していた。
 だって、そうだろう。
「景色すごいよ、ミカも見て見て!」
 目の前のいつきは、何も覚えていなくて、こんなにも明るいのだから。
 忘れていることが幸せなのだろうと、精霊が言っていた。
 その通りなのだろうと、ミカも思った。
 思わずまじまじと見つめていると、いつきが不思議そうに見つめてくる。
「……俺の顔に何か付いてる?」
 ゆるり、首を振って、ミカは軽く笑った。
「いや、ただ、夢を見たんだよ。お前の夢だったよ」
 その一言で、ミカの中から夢の記憶が掻き消える。
 そして、いつきの顔が、え、と訝しげになる。
「ど、どんな?」
「……面倒くさいな、弁当俺に食われてぴーぴー泣いてたよ」
「な、泣かないよ! 怒る、かもしれないけど」
「だから夢だって。その弁当は、ちゃんとお前が自分で食っただろ」
 空の弁当箱を示して、ミカはすぃと視線を背けるようにして窓の外を見る。
「ほらせっかくの景色見逃すぞ」
 腑に落ちない顔をしていたいつきだったが、むすっとしながら窓の外を見ている内に、また子供のように瞳を輝かせ始めた。
(無駄に元気だよな)
 それが、いつきの良い所だとは、思うけれど。
 何故だろう、ミカの中には、違和感じみたものが、燻って仕方がなかった。

●知りたくて、知られたくなくて
 ――セイリューは大きなお弁当が好きだね。ふふ。
 そんな風に、パートナーのラキア・ジェイドバインが向かい合った席で微笑ましげに笑っていたのを覚えている。
 けれど、セイリュー・グラシアが気が付いた時には、そこは機関車の中ではなかった。
 どう見たって屋外で、自然の豊かな場所だった。
 あぁ、なんだかラキアが好きそうな場所だな。そんな風に思ったセイリューの前に、そのラキアが姿を現した。
「ラキア?」
 声をかけても、反応は無い。聞こえていないかのように。
 不思議そうに歩み寄ってみると、ラキアの他にももう一人、その場所に居る事に気が付いた。
(あ……)
 知っている。それは、ラキアの兄だ。
 ラキアによく似た彼は、ラキアと双子なのだと言う。
 どうして彼が。混乱しながらも、眉を寄せて思考を巡らせたセイリューは、不意に、二人が自分の知っているのより幾分若く見える事に気が付いた。
 見た目もそうだが、それよりも、挙動が、そうだった。
 ラキアは兄に対してとてもあどけない顔で笑う。
 兄弟で、それも双子なのだ。きっとその信頼は人一倍だろうことは、察するに易い。
 よく似た容姿の、ファータらしく穏やかで精霊由来の美しさを持つ二人は、並んで笑い合っているだけで、実に絵になった。
 それを、セイリューはほんの少し羨ましげな眼で、見つめていた。
 声が届かない事は判っていた。触れることもできない事も、周りの物に触れない事で把握した。
 だから、セイリューはただどうしようもできずに立ち尽くしたまま、二人を眺めていた。
(これ、夢だよな?)
 かすかに眉を寄せて、言い聞かせるように胸中で呟く。
(オレ、ラキア達がこういう関係だったって、心のどこかで思っているのかな。その心配で夢見てんのかな)
 初めて会ったラキアの兄は、ラキアを『恋人』と言った。
 それくらい仲のいい兄弟だったのだと、ラキアは言っていた気がするけれど。
(『同じ卵から半分に分かれた』だっけ……まぁ、そうだよな。同じ時に生まれてきてるんだし)
 ラキアにとっての兄は、元々同じ存在だった物が、何らかの理由で二つに分けられたような感覚なのだろう。
 だからラキアにとって、兄の傍に居て、兄と触れ合うことは、何ら違和感のない、至極当然の事なのだろう。
(でも、これってさ……)
 ただの、兄弟愛か?
 不安じみた感情に、眉が寄る。
 あぁ、距離が近い。あぁ、触れ方が危うい。
 兄の挙動一つ一つにセイリューがやきもきするのに対して、ラキアは当たり前のように受け止めている。
 段々、見ているのが辛くなってきた。
 だけど、現状を打開する術を、セイリューは知らなくて。
 せめてと言うように、ふいと視線を背けて、離れようとした。
「ラキア、愛してる」
 兄の声が、うっとりとした熱を帯びて囁かれるのが、嫌に耳についた。
 それに、ラキアの声が優しく穏やかに返すのが、聞こえてしまった。
「俺もだよ、ラキシス」
 不安が、嫉妬になって、セイリューの体を突き動かす。
 気が付けば駆け出していたのだ。遠く遠く、二人のいない場所を目指すように。
 けれど不思議な事に、どれだけ駆けても、進んでいる気がしなかった。足が重くて、上手く回らない。
 そうしている間にも、セイリューの背後では二人の嬉しそうな声が聞こえてくるばかり。
 耳を塞いで、目をぎゅっと瞑って。わぁ、と声を荒げそうになったところで、はっ、と我に帰った。
 がたん、ごとん。音を立てているのは、ムーン・アンバー号。
 ほんの少し前の記憶と合致する光景に、セイリューは困惑しながらも、どっと体の力を抜いて、肺腑に溜まった息を吐き出した。
(夢、なんだよな……)
 だけれど、ただの妄想的な夢ではない事を、セイリューは認識していた。
 きっとあれは、ラキアの過去だ。セイリューの知らない、昔話。
 対面の座席では、ラキアがすやすやと眠っている。心地よさそうな寝顔がこちらを向いていない事に、安堵と不満の混じった顔で、拗ねる。
(ラキアの事、大切だからこそ出会う前の事も知っていたい。ラキアの人生の一部分だから)
 知って、嬉しいことではないけれど。
 けれど、忘れない。
 心に決めたセイリューは、ラキアが目覚めるのを待ってから、いつもと何ら変わらない調子で、旅行を満喫していた。

 眠っている間、とても懐かしい夢を見たラキアは、目覚めと同時に少しの不安を覚えていた。
 珍しい、双子の精霊。誰よりも一番近くに居た兄。
 当然、自分たちはずっと一緒にいるものだと思っていたし、心地よさと安心感を覚えていた。
 互いが互いをかけがえのない存在だと思っていたし、お互いが愛情を抱き合っている事に、何ら疑問も抱かなかった。
(誰よりも愛おしい存在だと……)
 それは多分今でも変わらない。だけれど、その『愛』は兄弟としての愛情だ。
 ラキアがセイリューに抱いているそれとは、違う。
(違う、けど……)
 けど。いや、だからこそ、知られたくなかった。
 知られる事で、セイリューの気持ちが離れて行ってしまうような、気がして。
(セイリューが、好きだよ)
 言い聞かせるように、胸中だけで。
 呟いたラキアは、一つゆっくりと瞬くと、いつも通りの笑みを浮かべる。
「もう、セイリュー。そんなに身を乗り出したら危ないよ」
 今はただ、大好きな彼との時間を、楽しむべきだと思うから。

●涙の軌跡
 カイン・モーントズィッヒェルが気の付いた時には、目の前には無機質な廊下が伸びていた。
 明るいくせに薄暗い雰囲気を醸し出している廊下には幾つも部屋が並んでいて、そのどれからも、泣き声が聞こえてくる。
 気が振れそうな状況だったが、その状況に違和感がない場所。
(覚えある。この場所は……)
 故郷の、死体安置所だ。
 急ごしらえのその場所にかき集められたのは、オーガの襲撃で命を落とした町の人達。
 カインがその場所に覚えがあるのは、自分もまた、その襲撃で喪った身内がいるためだ。
 一つ、二つ、三つ。並ぶ部屋を数えながら横切って、数えきれない泣き声を聞き流して立ち止まる。
 見つめたその扉を潜れば、自分の妻と子供の亡骸が、あるはずだ。
 嫌な記憶。絶望しかなかった、記憶。だけれどカインは唇を噛んで、その扉に手をかけようとする。
 見届けなければならないものだと、言うのなら――。
 しかし、そんなカインを止めたのは、わき目もふらずに廊下を駆ける一人の青年。
 憔悴した顔が、カインをすり抜けるようにして横切ったものだから、思わず顔を上げていた。
 そうして、気が付いた。その青年が、イェルク・グリューンであることに。
「イェル……」
 イェルクは、同じ町の出身だ。同じ襲撃を生き延びた者同士、同じ場所に集うのは当然だった。
 もっとも、この時点ではお互いに面識は無く、■■■同郷だと言う事は契約の後に判ったのだが。
(あの日、イェルもここに来ただろうから、不思議はねぇか)
 知っている場所で、知らないはずのイェルクの姿を見つけたのなら。これは、彼の記憶なのだろう。
 ちらり、己の家族の眠る扉を一瞥したカインだが、その扉に触れることのないまま、イェルクの後を追う。
 奥へ奥へ。駆けたイェルクは、横たわる恋人を見つけるや、愕然としたように目を見開いて。
 膝から崩れ、泣いた。
 どの泣き声にも負けないくらい、何をはばかる事も無く、泣いた。
(そんな風に泣いていたのか……)
 ピクリとも動かない恋人に縋って、わぁわぁと、子供のように泣くイェルクに、カインはそっと歩み寄る。
 蹲るイェルクの傍に膝をついて、ちらり、布で覆われた彼の恋人だった物を一瞥する。
「なぁ、イェル」
 泣き声に掻き消されながらも、その耳に届くように、カインは囁く。
 とん、と、震える背に触れようとした指先は先ほどイェルクが駆け抜けていった時と同じようにすり抜けてしまうけれど、丸で触れているように、添えて。
「泣くだけ泣いたら、そいつを寝かせてやれよ?」
 そんなに声を上げて泣いては、魂だっておちおち眠れやしないだろう。
 すり抜けるだけの指を、何度も、宥めるように上下させて、カインは静かに呟く。
「もう泣くな……いや、泣くなら俺が傍にいる……か」
 それで彼が満たされるかは判らないけれど、人肌の温もりを、伝える事は、出来るから。



 瞬いたイェルクの視界に映ったのは、何とも言えないおぞましさを思い起こす光景。
 無機質な廊下と、幾つも並んだ部屋は、思い出したくもない場所。
 あぁ、でも、知らなかった。ここはこんなにも悲しい泣き声に満ちていたのか。
 あの日、あの時。故郷の死体安置所には、運び込まれた自分の恋人がいて。イェルクは、その人の事しか、知らない。
 だから、知らなかった。
「カインさん……」
 あの日、あの時。カインもこの場所に来ていたのだと言う事を。
 良く考えずとも、自然な事ではあった。同じ襲撃を受けて大切な人を失くした同士、行きつく場所は同じ。
 むしろ今までどうして出会わなかったのか不思議なほどだが……それはきっと、目の前の事に精一杯で、手の届かない範囲に無頓着だったせい。
 あの襲撃が無ければ、カインと逢う事すら、無かったのだろうか。
 いや、もしかしたらお互い幸せな家庭を築く者同士でご近所さんになっていたかもしれない。
 今更、言っても仕様の無いことだけれど。
「少し独りになりたい。堪えた」
 少し前方で話すカインの事が気になって歩み寄れば、困ったような声が耳を突く。
 そうよね、そうだろう。私達も辛いよ。涙を流す婦人と、それを支える初老の男は、きっとカインの両親。
 あまり思いつめ無いようにと言い残した彼らが連れ立って立ち去るのを見送ったカインは、背後にあった扉を開けて、その中に消える。
 ここが、彼の家族が眠る部屋なのか。
 イェルクは、この先にある恋人の安置所が少し気になったが、ごくりと一つ息を呑んで、カインの後を追おうと扉に手を伸ばした。
「―――――ッ!」
 声にならない悲鳴のような。
 血を吐くような苦しみを孕んだ、絶叫。
 びくり、と震えたイェルクは、その拍子に掴もうとしていたドアノブがすり抜けるのに気が付いた。
 この扉は、開く事は出来ないけれど、きっと、触れればするりと通り抜ける事が出来るのだろう。
 だけれど、イェルクはその場で立ち尽くしたまま、動けなかった。
(泣いている……)
 何度も床を叩くような音が聞こえる。嗚咽が、痛ましく響いてくる。
 悔しさの影に恨み言が吐き出されているようにも聞こえたが、ただただ悲痛な涙に、全て押し流されていた。
 すとん、と。扉の前に座り込み、イェルクは触れれば透ける扉を、丁寧に撫でた。
「あなたは、こんな風に泣いたのか」
 泣いた、なんて、思いもしなかった。
 だって、神人として逢って契約し、今日まで共に過ごしてくれたカインは、強い人だったから。
 後ろを向いてばかりの自分を宥め、励まして、優しく前へと導いてくれる人だったから。
(あなたも、こんなにも泣いていたのに)
 扉を撫でていた拳をぎゅっと握り締めて、イェルクは唇を噛む。
(逆の立場だったら、何を望むか考えろ……どんな想いであなたは……)
 泣きたかったはずだ。もっと。
 憂いたって、誰が咎められよう。
 だけれど、それでもカインは顔を上げて笑っていた。
 笑って、イェルクに手を差し伸べてきた。
(どれだけ私を心配してくれていたのだろう?)
 ぱた、と。床を打つ滴。
 溢れた涙が、ぽろぽろと零れて、止まらない。
 嘆き続けた己の為に、カインはどれほど心を削った事だろう。
 湧き起こる感情に、イェルクは声を上げずに、泣いていた。

 ――がたん、ごとん。
 覚えのある感覚に瞳を開ければ、そこはふうわりと暖かな装いの部屋だった。
 ……部屋に見える程豪奢に整えられた、機関車の客室だった。
 ぱちりと瞳を瞬かせたカインは、並んで座っていたイェルクが、自分に寄りかかるようにして眠っているのを見つけた。
 その瞳が、涙を零しているのも。
「おい、イェル」
 眉を寄せ、肩を揺すって起こせば、程なくしてぼんやりとした瞳と、目が合う。
「どうした、大丈夫か?」
 嫌な夢でも見たのだろうか。先程の夢を思い起こしながら問うカインに、イェルクは緩く首を振って何でもないと答える。
「夢、だったんですか……」
 小さく、ぽつりと呟いたイェルクの声は、機関車の音に紛れて、カインには聞こえない。
 ぼんやりと目をこするイェルクの様子に、カインはほんの少し眉を寄せたが、追及することはせず、代わりにぽんぽんと頭を撫でてやった。
「恥ずかしいので頭撫でないでください」
 やんわりとした拒絶が返ってくるが、払いのけるような真似はしないイェルク。
 彼がどこか心地よさそうな……どこか、安堵したような顔をするから、カインはかすかに喉を鳴らして笑う。
「恥ずかしがる割に頭撫でられるの好きだよな」
「嫌だと言うわけではないという、だけです」
 率直な指摘に頬を染め視線を背けてしまったイェルクに、また、カインは喉を鳴らす。
(あなたの手は心臓に悪い)
 急な鼓動を強いてくる手のひらは、大きくて暖かい。
 悔恨を深く押し殺してまで労わってくれる掌なのだと知れば、より一層。
「今日は、良い夢が見れそうな気がします」
 小さく呟いたイェルクの声は、今度はカインに届いていて。かすかに瞳を瞬かせたカインは、彼の見えないところで苦笑する。
 先ほどの夢のような悪夢を見ずに済むのなら、それはいいことだ。
 そんな夢を見せてやれるようなら、きっと前よりも一層、甘やかしてしまうだろう。
 だから、だから。
 この夢はお互いに、秘めたまま。
 あなたの心の一端は、この心の、内側に。

●君への贖罪
 ムーン・アンバー号の客室内。対面式の座席のそれぞれに、対照的な雰囲気が漂っていた。
 凭れるようにして窓の外を見つめていたセラフィム・ロイスは、夢心地と言った様子でぽわぽわと幸せな顔をしていて。
 対面に座る精霊のトキワは、やや不満げな顔で溜息をついていた。
(付き添いじゃなかったら虎坊主に任せるものを……)
 初期精霊と両想いになれたことを、嬉しいな、今頃彼は何をしているのだろうな、と考えているのがもろ分かりの顔を、トキワは一瞥する。
 デートでもなんでも楽しんでくれればいいのだ。特に干渉もしない。
 だが付き添いを頼んできたのはセラフィムの方だと言うのに、上の空とはいい度胸である。
 八つ当たりも込めてわしわしと乱暴に撫でてやれば、現実に引き戻されたセラフィムは慌てて払いのけようとする。
「いた痛い! 無理いって来て貰って感謝してるよ」
 一頻りぐしゃぐしゃにされた後ですんなり離れて行った手の主を目線で追い、小さく述べると、トキワはふんと鼻を鳴らしてから、窓の外を見やる。
「ま、絵のネタになりそうだしいいけど」
「……トキワもっと大人じゃなかった……?」
 こんな子供っぽいことをするような人だっただろうか。
 背中を追いかけていた時は、優しい人だと思っていたのだけれど。
 小首を傾げるセラフィムに、トキワは「さーな」と曖昧に答えるだけ。
 トキワが何を考えているのかは、良く判らなかった。
 だけれど、今一緒に居るのはトキワなのだから、旅行を、風景を、楽しまなければ。
 反対されている関係を、まだ、気取られたくはないから。

 ぼんやりとした心地で、セラフィムは目を開けた。
 そこは、きらきらと明るくて、眩しい所だった。
 どこか荘厳な雰囲気の中には、純白を纏った人がいた。
(結婚式……?)
 なぜ、こんな所に。
 それより、参列者の傍らに控えている人に、覚えがあった。
(メイド長……若い……?)
 セラフィムの家のメイド長。だけれど、セラフィムが知っているより随分と若い。
 じゃあ、と確かめるように見た純白の花嫁は。
(え、僕!?)
 真っ直ぐに顔を上げているその人の風貌は、セラフィムに、とても似ていた。
 けれど、それがセラフィムじゃないのはすぐにわかった。希望に満ちた笑顔は明るく、セラフィムとは雰囲気からして異なる。それに、その人は判り易く女性だ。
(母さんなのか……)
 納得と共に見つめていた式は、幸せな雰囲気に満たされていて、いつかを望んだセラフィムの胸が、ふくよかな心地になった。
 けれど、幸せな世界と対照的に、少しの陰りを見せるものがあった。
(あれ? トキワ……?)
 結婚式の会場とは打って変わった、質素な部屋。
 そこには、散らばった画材をかき集め、旅行自宅と一緒に乱暴にトランクに詰め込んでいるトキワの姿があった。
 眼鏡もなく、随分と若く見える彼は、苛立ったように写真を握り潰して、放り捨てた。
「なんで結婚した、経済力か金か、あんな親仁と。俺が好きだって知ってたくせに」
 忌々しげに吐き捨てて、悔しげに顔を歪めて。ばん、と勢いよくトランクを閉めるトキワの勢いに気圧されたように肩を震わせたセラフィムは、そっと床の写真を拾い上げる。
 そっと開いたそこには、トキワと、母が映っていた。
 恋人みたいに仲のいい様子に、セラフィムは目を剥く。
(……好きだったんだ……)
 トキワは、セラフィムの母に、恋をしていた。
 だけれど、母は父を選んだ。きっと彼女は、自由奔放なわりに現実的だったから。
 夢を見るセラフィムやトキワとは、合わなかったのだろう。
(それとも……)
 少しの違和感に、セラフィムはもどかしげに己の指同志を絡め、握ったり離したりを繰り返す。
 そんなセラフィムの視界が切り替わり、物寂しい空気感の中に佇む二人の男女が映る。
 トランクを引くトキワを見送る母は、快活に笑いながらも、どこか陰りが見える気がした。
「……トキワに晴れ舞台描いてもらいたかったのにな。発つの? これから」
「ああ、本物になるまで戻らない」
 それがいつになるかは判らないし、もしかしたらそのまま戻らないかもしれない。
 そんな含みを聡く感じ取った彼女は、そう、と小さく微笑んで、視線を降ろす。
「帰ったら紹介したい子がいるから」
 きっと帰ってきてね。と笑った彼女は、自分のお腹を優しくさする。
 トキワの表情がきつく歪むのを、セラフィムは見つけた。
「誰が……」
「昔のよしみで助けてよ。話を聞くだけでいいから」
 どこか、縋るような台詞。だけれど彼女がトキワに縋る様子はない。
「しるかっ」
 突っぱねるようにして踵を返したトキワを、追う事もしない。
 ただ、切なげな顔で見送るだけ。
 その光景を見ながら、セラフィムは一つの思い当たりに、微かに身を震わせた。
 彼女が、トキワを選ばなかったのは。
 『僕』を、身籠ったから……?

 ぼんやりと、トキワは窓の外を眺めていた。
 いや、気が付いたら視界に風景が広がっていた、という方が正しい。
 いつの間にか眠っていたらしいことに気が付いて、気付けのつもりで煙草に火をつける。
 窓の外に紫煙が流れていくのを見届けていると、向かいのセラフィムが小さく身じろぐのを見つけた。
 彼も眠っていたのか。瞳が開くのを待ってから、おはよ、と小さく声をかける。
 ぱちり、ぱちり。瞳を何度も瞬かせたセラフィムは、トキワを見て、見つめて、それから、呟いた。
「……トキワ、ごめんね」
「……何がだよ」
 その顔があまりに悲痛に見えたから、視線から遮るように手を伸ばし、頭を撫でてやる。
 手のひらに押されるようにして俯いたセラフィムは、唇を噛みしめた。
(きっと知らず傷つけてきた。母さんと僕に。我慢して見守ってくれたんだ)
 トキワの気持ちを知らずに、ずっと。
 急に黙りこくったセラフィムに、トキワは不思議そうな顔をしたが、ぽん、ぽん、と宥めるように繰り返し撫でてから、ふ、と苦笑する。
 随分と懐かしい夢を見たのは、幸せそうなセラフィムの様子が、あの日の彼女に重なったせいだろうか。
 未だに割り切れていない部分が多いが、彼女は彼女で、彼は彼だ。
 重ねても、しようがない。
「セラフィム」
 呼べばあげられる顔は、泣きだしそうだった。
 19年の中で、彼は彼なりに、彼の人生を送ってきたのだ。
 比べても、しようがない。
 もっと大人だったと言ったセラフィムの言葉を思い起こして苦笑する。
(ムキなのは俺か)
 視線の合った銀の瞳を見つめて、トキワは優しく微笑んだ。
 じ、と見つめ返したセラフィムは、金色の瞳を随分と懐かしく感じた。
(久しぶりに目を見てくれた気がする)
 過ぎた出来事はやり直せないけれど。
 折角再会できたこれからの時間は、幾らでも紡いで行ける。
 それが、何だかとても嬉しくて、セラフィムはふわりとはにかんだ。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: puni  )


( イラストレーター: 誤字郎  )


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月31日
出発日 09月06日 00:00
予定納品日 09月16日

参加者

会議室

  • カインさんお問い合わせありがとうございます。
    プランは出来た―!
    何だか色々とドキドキだ・・・!

  • [11]柳 大樹

    2015/09/05-23:03 

    うん。俺のところにも回答来てたよ。
    カインさん、お問い合わせありがとうございます。

    これですっきり出発できそうだね。

  • 本部から俺達に一斉連絡が来たようだな。
    どちらでも問題ないみてぇだ。

    それが分かってほっとしたぜ。
    ま、皆、無事に出発しようや。

  • [9]セラフィム・ロイス

    2015/09/05-21:54 

    僕だけの不安じゃなくて少し落ち着いた。もう時間も少ないけれど・・・
    カインの問い合わせが届くのを願うばかりだね

    うん、薄くなると思うし僕も片方のみで仕上げている

    両方OKだとしてもどちらかがメインかサブかはわかれそうだし
    もしも片方の行動が謎でもEX効果でGMがうまくやってくれるとは思うけどね
    分かった方がすっきり出発できるかな。・・・片方NGでも一言ぐらいは最低あると思うし

  • 俺も迷った。

    一応両方夢見るよう作成しているが、間に合うかどうかは別として本部に確認(問い合わせ)してる。
    どちらとも取れるが、両方NG(または片方NG)なので、解釈違ってましたって言うのは避けておきたくてな。

    プロローグだと両方寝ているように受け取れ、両方となるが、解説のみだと神人が精霊の夢を見るものとも受け取れる。(ここはセラフィムと同じで)

    こちらの解釈違いで想定外が発生して負担が増えることは避けておきてぇから、聞いた程度ではあるが。
    返答が間に合って、片方のみならプランは書き直せるよう待機してる。
    …まぁ、普通なら休みだし、間に合わねぇかもしれねぇけど。

  • [7]信城いつき

    2015/09/05-05:36 

    俺たちは前者で書いてるよ(うちは精霊が神人の記憶を見てる)
    後者でも問題ないとはおもうけど、文字数の都合でその分描写が薄くなるんじゃないかなって思ったよ

  • [6]セラフィム・ロイス

    2015/09/05-00:41 

    ちょっとだけ皆に聞いてもいいかな?少し不安でね

    夢は片方が相手の夢みてる?(神人が寝て、精霊の夢をみる。精霊は?)
    それとも双方が違う夢をみてる?(2人とも寝てて、違う出会う前の夢をみる)


    僕は前者で考えていたんだけど・・・あれ?これどっちでもいいのかな?って
    (引用)
    ――君達は夢を見ている。
     自分と出会う前のパートナーの記憶を、夢に見ている。

    「君達」とあるしやはり双方なのだろうか。もし意見やこうしてると教えてくれたら助かるよ

  • カインだ。
    パートナーはイェルク・グリューン。

    ま、よろしくな。

  • [4]柳 大樹

    2015/09/04-21:30 

    柳大樹でーす。よろしく。

    夢ねえ……。

  • [3]セラフィム・ロイス

    2015/09/04-20:40 

  • [1]信城いつき

    2015/09/03-21:00 


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