プロローグ
それは見たこともない巨大なオーガだった。
肩高はおよそ3mにも及ぶだろうか、
ヤックドロア・アスよりも遥かに重厚でずんぐりとした体躯。
太く逞しい、重種馬のような四肢。
ヤックハルスよりも凶悪で狡猾な肉食獣の頭部。
そして何よりも特徴的なのが、オーガの背中から生える無数の脚であった。
タカアシガニに似たその脚は、長く、硬く、俊敏に動き回り、ウィンクルム達を翻弄する。
そんなオーガに立ち向かう君の後ろにはタブロスの街。
万が一、この防衛線が突破されることになれば、大惨事はまぬかれないだろう。
可及的速やかに、ウィンクルムの総力をもって、このオーガを倒さねばなるまい。
だがそこに、一つの、そして最大の問題があった。
君のパートナーが、オーガの背から伸びる脚に捕らわれてしまっているのだ。
人質のように、生贄のように……。
檻のようなオーガの脚に抱えられ、オーガの眼前にぶら下げられる君のパートナー。
君と君の仲間は必死にパートナーを解放させようとするが、オーガの脚はびくともしない。
オーガは君達をあざ笑うかのようにタブロスの街に向かって足を進める。
このままでは……。
君は唇を噛んだ時だ、このチームのリーダー的存在のウィンクルムが言った。
「もう無理だ。君には悪いがあの子は諦めるしかない……」
「仕方ない、我々の最大火力を持って総攻撃だ」
その言葉に従い、同行のウィンクルム達が一斉に攻撃の準備にかかる。
攻撃が始まれば、君のパートナーは間違いなく無事ではいられないだろう。
市民を守るという意味では正しい、けれども君のパートナーを見捨てるという非情な戦い。
君は、君のパートナーは、一体この瞬間に何を思うのだろうか。
フィヨルネイジャが見せる残酷な白昼夢。
君はまだ、自分が夢の中にいることには気づいていない。
解説
今回は各ウィンクルム個別でのお話となります
プロローグ中のNPC以外、他のウィンクルムとの絡みはありません
●概要
フィヨルネイジャの白昼夢の中で、君のパートナーがオーガに捕らわれています
タブロスを守るため、君のパートナーもろともオーガを倒すことが決まりました
夢の中ということで詳細はあいまいですが、高火力の攻撃によりオーガは倒され、パートナーは死亡します
大声で話せば、パートナーとの会話も不可能ではありませんが、接触は不可能です
描写範囲としては、攻撃が決まった後からオーガが倒された後くらいまでと考えてください
●犠牲者
オーガに捕らわれているのは神人でも精霊でも構いません
但し精霊が捕らわれている場合は、トランスが切れているなどの理由によりスキルを発動することはできません
●残される者
他のウィンクルムと共にオーガを攻撃する、攻撃を見守る、耐え切れず逃亡するなど
基本的にはどのように行動して下さっても構いませんが
他のウィンクルムに対して攻撃を仕掛けることはご遠慮ください
●フィヨルネイジャについて
100年に一度現れる、「ウィンクルムにしか視認できない天空島」
女神ジェンマの庭園だとされ、清浄な空気に満ちており、オーガやデミ・オーガは存在しませんが
この場所では、不思議な白昼夢を見ることがあります
●消費Jr
あまりに酷い夢を見たので、目が覚めた後に二人で温かい飲み物を飲みに行きました
そういう訳で500Jrいただきます
ゲームマスターより
プロローグを読んで下さってありがとうございます。
こーやGM主催の連動企画《贄》
僭越ながら白羽瀬も参加させていただくことにしました。
タイトルのハナネギ。洋名はアリウム・ギガンチウムといいます。
ねぎぼうずのような形の紫色の花で、花言葉は「無限の悲しみ、正しい主張」
どのようなお話になるのか、皆様のプランを楽しみにお待ちしております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ユズリア・アーチェイド(ハルロオ・サラーム)
多くの方の平穏のためとはいえ、私はハルロオを見捨てますのね…… トランスが切れてしまった以上、私の刃は何の意味にもなりますまい ですが目をそらすことも泣くことも駄々をこねることも、もちろん逃げることも致しません この目でハルロオの最後を見届ける事こそ私の責任ですもの まっすぐに見据えますわ ハルロオの死を礎に、私は先に進みますわ 私の足元には沢山の死が横たわっている 神人としてオーガと戦い続ける義務 そしてアーチェイド家を再興する夢 ハルロオに笑われないよう立派にどちらも遂行してみせますわ 死人を勝手に私の鏡にして…自分勝手ですわね まだ誇りに思えるほどの時間を過ごしてもないのに それでも、あの金色を私は忘れない |
リヴィエラ(ロジェ)
※囚われるのは神人 リヴィエラ: (ロジェの叫びを聞いて、微笑みながら) ロジェ…私は大丈夫です。私も死ねば、タブロスの人々は助かるのでしょう…? ねえ、ロジェ…私は、平和に生きている人々の普通の日常を壊されたくないのです。 貴方の故郷がオーガによって滅ぼされ、悲しみを生んだように タブロスをそうしたくはないのです。 ロジェ…ロジェ様… 撃ってください…撃って…死ぬ時は、せめて愛する貴方の手で死にたいのです。 (軍の総攻撃によって撃たれ) ロジェ…貴方は…ごほっ、いつだって…私を…手にかけては…くれないのです、ね… 優しい、ひ、と… |
ラブラ・D・ルッチ(アスタルア=ルーデンベルグ)
捉えられる側 私、このまま死んでしまうの? 恐怖が頭を支配し、発狂しそうになる 仲間に必死に呼びかける精霊の姿を見つけて涙する 独ぼっちだった私を、救ってくれた人。 脳裏に彼との思い出が蘇る 彼は私の笑顔が好きだと言ってくれた。 だから、最期は笑って逝こう 私が居なくても大丈夫よ どうか悲しまないで。笑いの絶えない毎日を過ごして欲しい 貴方なら辛くても前に踏み出せる。怖くても立ち向かって行ける。 ああ、でも… 出来ることなら、貴方の行く道を私も一緒に歩いてみたかった 精霊の声が届き、はっとした瞬間、攻撃を受けて絶命 「助けて」 私にはまだ貴方が必要だった。死んだらまた独ぼっちね 最期の言葉は、彼に伝わらないまま。 |
名生 佳代(花木 宏介)
◯暗闇 見えない…! アタイ、とうとう目を潰されちゃったのかな…。 暗闇で叫び声や喧騒だけ聞こえる。 怖い、怖い、怖い! まるで、顕現後初めてオーガにあった時みたい。 学校で暗いロッカーの中に隠れて、怖くて震えていた。 あの時は宏介とは別のウィンクルムが助けてくれたけど、 今は宏介ってゆー、クソ真面目なパートナーが居る。 絶対助けに来てくれる。 すぐ近くにいるんでしょ? バカ眼鏡ぇ、早く助けろしぃ…! ◯宏介 宏介の声が聞こえた…! 安心感で胸がいっぱいになる。 チョー待ってたんだからぁ! 来てくれるって思ってた。 瞬間、アタイ達は総攻撃を受けた。 …え? 何がなんだか分からないけれど、 せめて、最後に宏介の声が聞けて、よかった…? |
アンダンテ(サフィール)
捕まる側 これはもう、助からないわよね 私の事は気にしないでオーガを倒して、って そんな思ってもいない事は嘘でも言えないわね これで最後というのなら伝えさせて 私の自己満足でしかないけれど 最後だし、いいわよね? お願い、私の事、忘れないで 私が確かに生きていたって事を覚えていて ごめんね 私がいなくなる事、サフィールさんは悲しむかしら 置いていく側もこんなにつらいものなのね 生きてるって希望を持ち続けなくていい分、死が確認出来た方がマシって思っていたけど …どっちもどっちね つらい…、つらいわ 何でこんな事になってしまったの サフィールさんが最後に見る私は、笑顔だったらとは思うけど… だめね、ちっとも笑えないわ |
●二つの世界
「おい、マジかよ」
自身のパートナーであるユズリア・アーチェイドを除く、他のウィンクルム達が一斉に攻撃準備の姿勢に入った時、
捕らわれの身となっていたハルロオ・サラームは己の運命を悟った。
「俺こんなトコで死ぬのかよ!?」
構えるウィンクルム達の目に浮かぶ色をハルロオはよく知っている。
生きるために弱者を切り捨てることを選んだ、覚悟の色。
実際、ハルロオとて思うのだ。
自分のような、まだ無力な精霊が一人くたばることでこの化け物を倒すことができるなら、その方が良いと。
もし自分があのチームリーダーの立場だったなら、ハルロオも同じ決断を下すに違いない。
だが……。
「けっ、しょっぱい人生だったなァ……」
ある種の思いが胸の底から湧きあがり、ハルロオはそう吐き捨てた。
スラムでの生活から一転、金持ちの娘と契約して、これから成り上がってやろうと思った矢先にこれなのだ。
この気持ちは、スラムでようやく手にした食べ物を自分より力の強いチンピラに奪われた、子供の頃の気持ちにも似ている。
(どこまでいっても……)
ハルロオの口に入るのは塩気を帯びた泥水ばかりだ。
「多くの方の平穏のためとはいえ、私はハルロオを見捨てますのね……」
一斉攻撃の準備を始める他のウィンクルム達の姿を眺めながら、ユズリアは静かにそう呟いた。
トランスの切れた神人など、ただの人と変わりはしない。
攻撃の邪魔にならぬよう戦列の後ろに控えて、ユズリアはまっすぐにオーガを見据える。
(この目でハルロオの最後を見届ける事こそ私の責任ですもの)
泣きもせず、駄々をこねることもせず、そして逃げることもせず。
ユズリアはオーガを、オーガの脚に捕らわれたハルロオに視線を注ぐ。
一方、オーガの脚の檻の中では、ハルロオがユズリアに斜めの目線を注いでいた。
「あの嬢ちゃん泣きもしねえか。……俺にそんな価値ないってか?」
大金持ちのユズリアと、泥すすって生きてきたチンピラのハルロオ。
空腹で道端にうずくまる物乞いの横を悠々と通り過ぎてゆく高級車のように、
しょせん自分の生死など、ユズリアの心を動かすものではなかったのだろう。
(あいつは、世間知らずのふわふわいい子ちゃんのように見せかけて、実際世界を冷静に見てるからな)
ハルロオがそう思った時だ。
ついにウィンクルム達の総攻撃が始まった。
攻撃を受けたオーガが暴れれば、オーガの脚に捕らわれたハルロオの身は当然激しく揺さぶられ、檻の壁に容赦なく叩きつけられる。
衝撃に息を詰めるハルロオの間近で容赦なく炸裂する高火力の魔法。
「……くっ」
いよいよ終わりかと思ったその時、ハルロオは気づいてしまった。
ユズリアが今も自分の姿をまっすぐに見つめていることに。
そしてその目は、決して無価値なものへの無関心などではないことに。
「おい、まっすぐ見んなよ、んないいモンじゃねえよ」
ユズリアの目は、屍を踏みしめ、それを礎としながら更に先に進む者の目だった。
神人としてオーガと戦い続ける義務も、アーチェイド家を再興する夢も、
ユズリアはハルロオの屍を超えたその先に築こうとしている。
ユズリアの視線が、まるで物理的な力を持って突き刺さってくるような気がして、ハルロオは叫んだ。
「俺の死に意味なんか見出すんじゃねえ!」
ハルロオの視線の先でユズリアの口が動く。
「ハルロオに笑われないよう立派にどちらも遂行してみせますわ」
違う。自分など、結局は犬死にが似合うスラムのガキなのだ。
物乞いの前に高級車が停まるようなことなど、あってはならない。
「俺のことなんざ忘れろ……」
ハルロオの叫びは、オーガの断末魔と共に炎に包まれ、塵となった。
風にさらわれてゆくハルロオの叫びを見送ったユズリアが、焼け焦げた地面に目を落とす。
「死人を勝手に私の鏡にして……自分勝手ですわね」
ユズリアとハルロオが共に過ごした時間は短い。
それでも、ハルロオのあの金色を忘れまいと、ユズリアは心に誓った。
●求めるものは失われ
「何だ……と?」
その決定を告げられたとき、ロジェことロージェック・イクサリスは己の耳を疑った。
「リヴィエラもろともオーガを殺すというのか!?」
胸倉を掴み上げ、詰め寄るロジェにウィンクルム達のリーダーは冷たく答えた。
「その通りだ」
「ふざけるな!あいつは俺の恋人なんだぞ!」
ロジェが指差す先には、檻のように組まれたオーガの脚に捕らわれたリヴィエラの姿がある。
パートナーであり恋人である彼女を、ロジェは一生守ると決めたのだ。
だからここでリヴィエラを犠牲にさせるわけにはいかない。
必死に食い下がるロジェだったが、リーダーの意思は既に固いようで、返ってくるのは残酷な決定ばかりだった。
「タブロスを守るためだ。諦めろ」
一片の感情も含まぬその声に、埒が明かないと悟ったロジェは他のウィンクルム達に背を向けた。
「ならば俺が助けに行く!」
何とかリヴィエラを解放させようと、ロジェは武器を手にオーガに立ち向かうが、相手はこれまで多数のウィンクルム達が束になっても歯の立たなかった相手である。
更にトランスも切れた状態とあっては、いかにロジェが必死になろうとも到底敵うものではなかった。
「……ぅぐっ!」
大木の幹のようなオーガの足に蹴られ、ロジェはまるでゴムまりのように、ウィンクルム達の戦列の後方にまで弾き飛ばされた。
泥まみれになりながらも立ち上がるロジェ。
「リヴィー、待ってろ!すぐに助けに行く!」
だが、激しい衝撃に痛む身体は思うようには動かず、ロジェは己の唇を血が滲むほどに強く噛み締めた。
すぐに助けに行くというロジェの叫びを聞いたリヴィエラは、静かな微笑みを浮かべた。
ロジェの必死な様子を見ていれば、ロジェの気持ちは痛いほどに分かる。
助かる見込みが無い今、リヴィエラにとってはその気持ちで十分だった。
「ロジェ!私は大丈夫です!」
ダメージを抱えた身体で、尚もオーガに立ち向かおうとしているロジェに、リヴィエラはそう叫んだ。
「ロジェ……私は、平和に生きている人々の普通の日常を壊されたくないのです」
懇願するリヴィエラの脳裏に浮かぶのは、以前知ったロジェの故郷の話だ。
オーガによって滅ぼされたというロジェの故郷。
同じことを、今この場で起こしてはならない。
この凶悪なオーガからタブロスの人々を助けることができるなら、例えこの場で命が尽きたとしてもリヴィエラは本望だった。
ただ一つ、思い残すことがあるならば……。
「ロジェ……ロジェ様。どうか私を撃ってください」
死ぬ時は、せめて愛する者の手で死にたいという願い。
だがその言葉は、リヴィエラを助けようと躍起になっているロジェの心には届かない。
そして、ついにその時が来た。
居並ぶウィンクルム達が、それぞれの持つ最大の火力での攻撃を一斉に放つ。
「やめろ! やめてくれえぇぇっ!」
戦列の後ろから、攻撃にかかる精霊にしがみついて叫ぶロジェ。
だがその精霊は「諦めろ」とでも言うように首を振ると、ロジェの身体を突き飛ばし、戦闘へと戻っていった。
リヴィエラを抱え込んだままのオーガに炸裂する高火力の攻撃。
そしてウィンクルム達の誰かが放った弾丸が、リヴィエラの胸を貫いた。
「ロジェ……貴方は、いつだって……私を」
肺を傷つけられたのか、咳きこんだリヴィエラの口から真っ赤な血液が溢れ出す。
「私を、手にかけては……くれないのです、ね」
優しい人。優しくて、残酷な人。
零れ落ちる涙が爆炎に包まれ、気体となって宙に消えた。
戦闘は終了し、撤収を指示するリーダーにロジェは詰め寄る。
「恋人と市民と、天秤にかけた結果がこれか。……これがあんた達の望んだ結末か!」
何も答えぬリーダー。そして彼らはロジェを残してタブロスの街へと戻っていった。
「こんなもの、いらない……いるものか、君がいない世界なんて!」
誰もいなくなった焼け野原に、ロジェがリヴィエラを呼ぶ声だけが、いつまでも響いていた。
●君が必要
オーガに捕らえられてしまった時から、その予感はあった。
だが、それまで共に戦っていた仲間のウィンクルム達が一斉に攻撃準備の体勢に入った時、ついにその予感は恐怖へと姿を変えてラブラ・D・ルッチに襲い掛かってきた。
「私、このまま死んでしまうの?」
豊かな胸を押しつぶすようにしながら自分の肩を抱いてみても、恐怖は消えない。
感情が抑えきれなくなり、無茶苦茶に叫んでしまいそうになった時、ラブラの目にアスタルア=ルーデンベルグの姿が飛び込んできた。
ウィンクルム達に何かを呼びかけているアスタルア。
冷静そうに見えるが、それが見せかけだけのものであるとラブラは気づいてしまった。
例え他のウィンクルム達がラブラを見捨てても、アスタルアだけは必死にラブラを助けようとしてくれている。
アスタルアだけが、天涯孤独で一人ぼっちだったラブラを救ってくれたのだ。
その事実に、ラブラは手で顔を覆いながら涙を流す。
閉じたまぶたの裏に浮かぶ、アスタルアと共に過ごしてきた日々。
アスタルアはラブラの笑顔が好きだと言ってくれた。
「えがお……」
ポツリと呟いたラブラが顔を上げる。
そしてラブラは手の甲で涙を拭うと、精一杯の笑みを浮かべてみせた。
一方のアスタルアは、どうにかして総攻撃を止めようとウィンクルム達に抗議をしていた。
「貴方達が行かないなら、僕があの人を助けに行きます」
だが相手のオーガには、これだけの人数をもってしても苦戦を強いられてきたのだ。
今更アスタルア一人がラブラの奪還を目指したところで、どうにかなる見込みはない。
そしてその事実は、他でもないアスタルア自身が一番よく分かっていた。
頭の何処かでは自分も一緒に攻撃に参加すべきだと理解していながらも、聞き入れてもらえるわけもない抗議を続けているあたり
どんなに冷静を装ってみても、アスタルアの心は乱れに乱れているのだろう。
ウィンクルムの一員として、ラブラのパートナーとして。
一体どうするべきなのかと逡巡するアスタルアが、ほぼ無意識にラブラの方を見た時だ。
「……っ」
アスタルアの目に、こんな状況にも関わらず笑っているラブラの姿が飛び込んできた。
オーガの脚の檻の中からラブラが叫ぶ。
「私が居なくても大丈夫よ!アス汰ちゃんなら辛くても前に踏み出せる!怖くても立ち向かって行ける!」
ヘタレでビビリ、ネガティブ思考のアスタルアを笑顔で励まし続けてくれたラブラ。
ラブラが「大丈夫」だと背中を押してくれたから、アスタルアは何とかやってくることができたのだ。
そのラブラを失ってしまったら、どうやって生きていけば良いというのだろう。
「ラブラ!!」
アスタルアが手を伸ばしたその時、無情の一斉攻撃が始まった。
笑顔で最後の激励を口にしながらも、ラブラの胸中には深い悲しみがあった。
(出来ることなら、貴方の行く道を私も一緒に歩いてみたかった)
だがその夢はもう叶わない。
「ラブラ!!」
アスタルアの叫びがラブラの胸を突く。
その直後、高火力の火炎弾がラブラのすぐ近くで炸裂した。
「……助けて」
思わず口から零れ落ちたラブラの本音。
私にはまだ貴方が必要だった。
けれどもラブラは旅立つ。独りぼっちで。
強い風が、オーガの消えた焼け野原を吹き抜けていく。
その中に佇むアスタルアは、その特徴的な耳の形状も相まって、まるで一体のロボットのように見えた。
涙すら流すことなく無表情に佇む彼の目には、攻撃が炸裂した瞬間、笑顔の裏から表れたラブラの表情が焼きついていた。
(僕はまた、死ぬことも許されず惨めに生きる)
そうしてアスタルアは、オーガに対する復讐心を動力に、規則正しく戦い続ける機械となった。
●一筋の光
名生 佳代をとらえたもの、それはオーガだけでなく暗闇も同時であった。
オーガの脚の中に引き込まれる拍子に目の近くを傷つけられたのか、佳代の目が見えなくなってしまったのである。
「み、見えない……!」
オーガの脚の檻の中、佳代は必死に周囲に目を凝らそうとするが、佳代の目は一筋の光さえ認識することができない。
タールの池の底に沈められたような粘ついた暗闇の中、外のウィンクルム達の叫びや剣戟の音だけが耳を刺す。
視力が弱いゆえに暗闇を怖がる佳代にとって、それは暴力的な恐怖であった。
「怖い、怖い、怖い!」
引きつった悲鳴を上げてうずくまる佳代の頭に浮かぶのは、顕現後はじめてオーガに遭遇した時のことだ。
オーガの襲撃を受けた学校でロッカーの中に隠れていた佳代。
あの時も、佳代は叫び声やものの壊れる音だけが響いてくる暗闇の中で恐怖に打ち震えていた。
そんな佳代を助けてくれたのがとあるウィンクルム。
そしてその後、佳代もまたウィンクルムとなったのだ。
「宏介……」
その名前は、まるで佳代の心に射す一筋の光のようであった。
花木 宏介。クソ真面目な佳代のパートナー。
彼ならば絶対に佳代を助けに来てくれる。宏介とはそういう男だ。
そこに思い至った時、佳代を包み込んでいた恐怖は、ひとまず間合いの外まで退いていった。
「バカ眼鏡ぇ、すぐ近くにいるんでしょ?早く助けろしぃ……」
佳代の予想通り、他のウィンクルム達と共にオーガと対峙していた宏介は、佳代を助けに行かねばと焦っていた。
だがそこに、無情な決断が告げられる。
「捕らわれた佳代もろともオーガを倒す」
その決定に唇を噛みながら佳代を見上げた宏介は、己が目にした光景にぎょっと息を飲んだ。
「泣いている……?いや、涙……じゃない。あれは血だ!」
目を固く閉じた佳代の頬を流れる、赤い液体。
怪我の程度も部位もこの距離からでは分からないが、どうやら佳代は目が開けられない状態にあるらしい。
(目が見えてないんだ……!)
その姿を見た瞬間、宏介の中で何かが吹っ切れた。
「佳代ごと倒すなら勝手にしろ、俺もやりたいようにやる」
他のウィンクルム達に背を向ける宏介。
「俺もまとめて消しても構わない」
そうして宏介は一人、オーガに向かって突進して行った。
自分の行為がウィンクルムとしての義務に背くことはわかっていた。
神人と契約した精霊には神人を守る義務があるが、それはオーガの脅威から市民を守る為だ。
たった一人の神人と、オーガの脅威にさらされる多数の市民、そのどちらが優先かなど、宏介にも分かりきっている。
(……義務は果たさなければならない)
果たさねばならぬからこそ人はそれを義務と呼ぶのだ。
(だけど……義務より大事な物があるんだ)
「佳代!」
名前を呼びながら駆けつけ、佳代を解放させようと奮闘する宏介。
だが、相手は複数のウィンクルムが束になっても苦戦を強いられたオーガである。
トランスも切れた宏介にどうにかできる代物ではなかった。
タカアシガニのように長く固いオーガの脚が宏介の胴に向かって伸ばされ、宏介はいとも簡単に鷲掴みにされてしまう。
だが、それでも救いはあった。
二人を別々に捕らえるのは邪魔だと考えたのか、オーガが長い脚を器用に動かし、宏介を佳代が捕らわれた脚の檻の中に放り込んだのである。
「佳代!聞こえるか、大丈夫だ!」
怯え、うずくまる佳代の肩を抱きしめて叫ぶ宏介。
閉じられた目が驚いたように宏介に向けられ、恐怖に凍っていた表情に安堵の色が浮かんだ。
「チョー待ってたんだからぁ!」
「俺が付いている。俺がお前の目になる」
来てくれると思っていたと笑う佳代に答えつつ、宏介は小さく己を笑う。
(いつから、義務より佳代が大事になったんだろうな……)
その時、ウィンクルム達の総攻撃が始まり、二人は爆炎の中に飲み込まれた。
「……え?」
訳も分からず、きょとんとした表情を見せる佳代。だがそれはすぐに微笑みに変わる。
(せめて、最後に宏介の声が聞けて、よかった……)
●虚空への問い
その決断を告げられた瞬間、サフィールは呆然とした。
「……どうにか、なりませんか?」
かろうじて搾り出した問いに、ウィンクルム達のリーダーは鎮痛な面持ちで首を横に振る。
その表情は、サフィール以外のウィンクルムにとっても、これが苦渋の決断であることを示していた。
「そう……ですか」
分かっているのだ、サフィールにも。
あのオーガの強さも、もうこれしか手段がないことも、そして他のウィンクルム達もまたつらいことも。
(どうしてこんな事に……)
問うてみても、答えられる者はいない。
(これはもう、助からないわよね……)
一方、一斉攻撃の準備を始めるウィンクルム達の姿を、オーガの脚の檻の中から見下ろして、アンダンテはそう結論を下した。
つらい結末だが、もうそれしか手がないというのもよく分かる。
とはいえ、自分のことなど気にせずオーガを倒してくれなどと、思ってもいない嘘をつくこともできず、アンダンテは溜息をついた。
アンダンテの視線の先では、サフィールが蒼白な顔で拳を握り締めて、立ち尽くしている。
その棒のような姿に向かって、アンダンテは声を張り上げた。
「サフィールさん!!」
ゆっくりとアンダンテを振り仰ぐ、サフィールのシアンの瞳。
オーガの脚の檻に手をかけ、少しでも身を乗り出すようにしながらアンダンテは叫んだ。
「これで最後というのなら、お願い!私の事、忘れないで!」
アンダンテはそれを自分の自己満足だと思った。
自分の人生がここで終わる以上、誰が覚えてようと覚えていまいと、アンダンテに何か得がある訳ではない。
残されるサフィールにしたって、消えゆく存在の事をいつまでも覚えていたところで、良いことがある訳でもないだろう。
それでも……。
「私が確かに生きていたって事を覚えていて」
アンダンテを愛し、育ててくれた一座の旅芸人たちはもういない。
この世にアンダンテという一人の女性が居たことを証明してくれるのは、もうサフィールしかいないのだ。
アンダンテの願いに、サフィールが答える。
「忘れません」
忘れようとしても忘れることができない程度には、二人はたくさんの時間を共有してきた。
「忘れませんよ」
もう一度頷くサフィールにアンダンテが言う。
「ごめんね」
身勝手なお願いをすることも、置いていくことになってしまうことも。
そして何より、サフィールが最後に見るアンダンテは笑顔であってほしいと思うのに、全く笑うことができないことも。
詫びるアンダンテに、サフィールは静かに首を振った。
「貴方は何も謝る事はないのに」
本当に謝らなければならないのは……サフィールはその先を口にすることができなかった。
立ち尽くすサフィールを押しのけるようにして、攻撃準備を終えたウィンクルム達が進み出る。
「どうしてこんな事に……」
己が無力に打ちのめされ、攻撃を手伝うこともできずに目を逸らすサフィール。
その打ちひしがれた姿に、アンダンテは身を切るような悲しみを味わっていた。
(置いていく側もこんなにつらいものなのね)
長らく一座を探していた自分のように、生きてるって希望を持ち続けなくていい分、死が確認出来た方がマシかと思っていたが、結局のところ、別れに伴う悲しみは比べることができないらしい。
「何でこんな事になってしまったの」
どれだけ問うても返る答えはないままに、ウィンクルム達の総攻撃が開始された。
最大火力をもっての総攻撃をしても、散々手こずった末にようやく倒れたオーガ。
まさかの奇跡が起きてやしないかと、サフィールはオーガの死骸に駆け寄った。
だが、そんな上手い話などある訳もない。
ギリリと音がするほど歯を噛み締め、サフィールは誓う。
(約束は守りますよ、必ず)
依頼結果:普通
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 白羽瀬 理宇 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | シリアス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月25日 |
出発日 | 08月31日 00:00 |
予定納品日 | 09月10日 |
参加者
- ユズリア・アーチェイド(ハルロオ・サラーム)
- リヴィエラ(ロジェ)
- ラブラ・D・ルッチ(アスタルア=ルーデンベルグ)
- 名生 佳代(花木 宏介)
- アンダンテ(サフィール)
会議室
-
2015/08/29-23:45
-
2015/08/29-17:20
こんにちは、アンダンテよ。
よろしくね。 -
2015/08/28-15:07
こんにちは!ラブラ・D・ルッチとアス汰ちゃんよ〜
今回もよろしくねっ♪
-
2015/08/28-10:53
リヴィエラ姐さんとユズリア姐さん久しぶりぃ!
今回オトーフもピクニックもないけど…ちょっとは救いあるといいなぁ。
二人共、宜しくねぇ! -
2015/08/28-09:36
こんにちは、リヴィエラと申します。
ユズリア様は初めまして。佳代様はピクニックでご一緒しましたね。
(会釈をしてにこりと微笑む)
悲しい夢ですが、どうぞ宜しくお願い致しますね。 -
2015/08/28-00:17
ごきげんよう、佳代さまと宏介さまはオトーフぶりですわね。
早々のご挨拶失礼いたしますわ、ユズリア・アーチェイドでございます。
今回は皆様とお話する機会はなさそうですが……悲しくも良い夢がお互い見れますよう。