【水魚】魅惑の美声でモテモテパニック(山内ヤト マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 海底ドーム都市『アモルスィー』で、海底人の青年がキャンディショップを開いていた。
 中でも人気の商品は、舐めると声がキレイなるおまじないがかけられたセイレーンドロップだ。優美な女性的な印象の缶に入っているが、美声効果を期待して購入する男性の愛用者も少なくはない。

 そんなセイレーンドロップを海底都市の観光に訪れたウィンクルムが買っていった。
 その後、予期せぬトラブルが起きた。

「ちょ、ちょっと、これはいったいどうなってるのー!?」

 セイレーンドロップを買って舐めた神人が町中でパートナーと会話をした時に、周りにいた人々からいきなり熱烈な求愛をされたのだ。
 人々は魅了されたように神人の声の美しさを讃え、どうか恋人にしてほしいと押し寄せた。
 二人は困惑しながら、どうにかこうにか原因と思しきキャンディを買ったこの店まで逃げてきた。

「セイレーンドロップを舐めた後、私が声を出すたびに見知らぬ人から突然告白されて……。どうなってるの?」

「えエイ? まさか、そんなことが……?」

「ん? なんでお前は魅了されずに平然としてるんだ? なんか怪しいな……。まさか、お前が何か悪巧みを!」

 精霊が怒って店主の青年につかみかかる。

「フグぅ! 苦しい! ご、ゴカイですよ! ボクはただ、恋愛対象として人類に一切興味がないだけです。魚介類にしかコイ心が抱けないのです!」

「……そうなのか。濡れ衣を着せて悪かったな。……うん、なんか、ごめん」

 店主は色々と可哀想な人間だった。

「憶測ですが、ウィンクルムのパワーとキャンディにかけた美声の魔法が過剰反応を起こして、そうなったと考えられマスね」

 タブロスとは違い、アモルスィーはこれまでウィンクルムと馴染みが薄かった都市だ。そういう事故も起こり得る。
 ラミアやハーピーが歌による魅了攻撃をしてくることがあるが、セイレーンドロップを舐めた神人や精霊は、声を発することで無意識に周囲の人々を魅了状態にしているようだ。
 店主の話では、発声による無差別魅了効果が続くのは数時間ほど。簡単な対応策としては、魅了効果が消えるまでは声を出さないことだが……。

 このセイレーンドロップを買っていったウィンクルムは、このペアだけではなかった。
 彼女たちも同様のトラブルに見舞われているかもしれない。心配だ。

 アモルスィーは白い遺跡風の町並みが美しい海底ドーム都市だ。アモルスィーに設置された魔法陣によって、都市の中では人間は地上と同じように呼吸し動くことができる。
 キャンディショップの周りには、人の多いオシャレなストリート、人の数がまばらな裏通り、思わず歌を口ずさみたくなるような音楽が店先にいつも流れているオルゴールショップ、静かで個室のカップルシート席があるカフェ、などがある。

解説

・必須費用
セイレーンドロップ:1つ300jr
ドロップを舐めたのは、神人か精霊のどちらか片方だけです。

・プラン次第のオプション費用
カップル向けカフェの利用:1組200jr



・魅了効果について
ドロップを舐めたPCの声を聞いたNPCは、魅了状態になります。
エピソードの性質上、PCに魅了されたモブNPCの行動をプランで指定することが可能です。
NPCの行動を書く箇所は、アクションプランでもウィッシュプランでもどちらでもOKです。神人や精霊の行動だとGMが誤解してしまわないよう、NPCの行動だとハッキリわかるように記載してくださると助かります。

魅了できるNPCは、海底世界にいる人間、人魚族、魚人族の一般市民です。
NPCは、あなたとパートナーの絆を深めるためのダシにしちゃってください!
ただ、PCに言い寄ってきたNPCに顔面パンチをお見舞いする、などの暴力的なプランはリザルトの後味が悪くなってしまいます。魅了されたNPCは悪人ではなく、本来はごく普通の海底世界の人々です。
手をつかんできたのでバシッと叩く、とか、通せん坊をしてきたので強引に押しのけて逃げる、という程度なら問題ありません。

ウィンクルムには抵抗力がある分、一般人より魅力が効きにくいという設定です。魅力を無効化するか、魅了にかかってしまうかはお好みでどうぞ。実際の抵抗力ステータスの高低に関わらず、プランで自由に決めることができます。

ゲームマスターより

山内ヤトです!

海底ドーム都市『アモルスィー』でショッピングをしていたら、予期せぬトラブルでいきなりモテモテに!
楽しいハプニングをお楽しむください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  凄いわねえ、ここが海底だなんて信じられない
売ってる物も珍しくて

わ、このドロップ、入れ物も素敵ね
えっ?そんな悪いわよ
……うん、ありがとう
じゃあ、早速ひとつ(口へ一つ放り込み

あ、美味しい
声は特に変わった感じはしないかしら?

(言ってる側から手を取って跪かれ固まる)

え、あの?すみません、ちょっと放して下さいっ
結婚してくれって困りますっ

そうね、よく判んないけど逃げましょ
って、人増えてってない!?

(一緒に裏通りへ)

ここまでくれば大丈夫かし…むぐ!?
(口を手で塞がれ思わず精霊を見つめ)
なに?なに?この状況!?
(説明されてコクコクと頷き
解放された後は心臓ばくばくで声が出ない)

アルは魅了されてくれないのかな…?



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  少し喉がイガイガしていたので飴を購入しました
効果覿面ですね、つかえが全くなくなりましたよ
買いだめしておけば良かったですかね…

ディエゴさんとは別行動だったので少し外に出てみて彼を探します
彼の名前を呼ぶと、違う男の人が寄ってきて変なことを言ってきます。
その人は私の記憶にありません、多分誰かと間違えているか新手の詐欺か商法でしょうか。

困っていた所にディエゴさんが現れて助けてくれました
静かなカフェにより、私が陥っていた状況を説明してくれました。
では私は所謂軟派をされていたんですね?
……ディエゴさん、軟派されている私を見てどう思いましたか?嫉妬しました?

…貴方も飴の影響受けてます?そんなこと言うなんて。



ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
  「海の中の街って素敵ね。
アルヴィン、見て見て。声になる飴ですって、面白そう。あー、あー。どう?」
街が綺麗なのでうきうき
手を掲げて水中に透ける光を楽しむ

「え?えっ?ちょっとまって!」
見知らぬ男性に迫られる
謀ってるようには見えず困惑。男性が手に口づけしようとした時に精霊が助けてくれた
が、『素敵な声の彼女は俺にこそ相応しいっ!』新たに増え、精霊と顔を見合わせその場から逃げる

「あぁ吃驚した。急にどうしたのかしら?」
思いだしたら、慣れない求愛に顔が熱くなる
自分の頬を両手でぺしぺし、うーっ

「いったーい、何するのよっ!」
更に抗議しようしたら『何て綺麗な声なんだ』男性が来る

「ってまた!?…やっぱり変よっ」



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  海の中を歩くのってなんだか不思議でね。
でもすごくなかなか経験できないことですし素敵だと思います。
先ほどもらった飴…声が綺麗になると言っていたのでこれで歌を歌ったらどんな感じになるのか気に…。
えっ?付き合ってください。私には好きな方がいるのでお断りしてるんですけどどんどん声を掛けられて。
困りますよぉ…。
声を褒められてもなんだか嬉しくないっていうか寂しい気分になってしまいますね。私の「声」が好きだって…それ以外に何か好きな所が言えますか?
「声」だけだというのならば私は全部お断りしますよ。
それに私には私のいろんなところが好きだって言ってくれるノグリエさんがいますから。気持ちは揺らいだりしません。



アンダンテ(サフィール)
  魅了かからない

即効性ではないのかしら
私にはいつもと同じ声に聞こえるわ

あら、サフィールさんもてもてね
妬いちゃうわ
いつもと同じ調子で微笑みつつ見守る

手招きされ素直に耳寄せる
息がかかる距離に一瞬どきりとしつつ提案了承し走る

個室に着いたら席に腰を降ろし一息
なんだか物語の中の出来事みたいで面白かったわね

ねえ、恋とか愛ってどんなものなのかしら
さっきの人達、いい表情をしていたもの
私も恋をすればあんな顔ができるかしら

本当はねさっきイヤだったの
サフィールさんが女の人に囲まれているの
嘘ばかり上手くなるのも困り者よね

ぎゅっと腕にしがみつく
私も何だかその飴の効果に掛かっちゃったみたいだわ
今度は、私にも独り占めさせて?



●強い絆と信頼感
 海底都市の町並みを二人で散歩していたところ『ハロルド』が口元を抑えて咳き込んだ。
「大丈夫か?」
 気遣うように『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』が声をかける。
「少し喉がイガイガして……」
 二人の目にキャンディショップが留まった。飴を舐めれば喉の調子も良くなりそうだ。そして何気なく買ったのは、店の目玉商品セイレーンドロップ……。

 買った飴を舐めるうち、ハロルドの喉はとおりが良くなった。
「効果覿面ですね、つかえが全くなくなりましたよ。買いだめしておけば良かったですかね……」
 飴の効き目についてディエゴと話すハロルド。和やかな雰囲気だ。
「町の様子が騒がしい……」
 ディエゴは町の様子が妙なことに気づいた。周りの人々の視線がハロルドに集中している。それが勘違いや思い過ごしではないことを確信すると、ディエゴは何が起きているのか確かめようとした。
 ハロルドには安全そうな屋内で待っているようにと告げて、ディエゴは情報収集に向かう。

 幸い、異変は彼が懸念していたようなオーガ襲撃の類ではなかった。キャンディショップの店主の説明で、ディエゴは状況を把握できた。セイレーンドロップをウィンクルムが舐めると、美声のまじないが過剰反応を起こして、声を出すだけで無意識に魅了効果が発動してしまうらしい。

 別行動をしている彼のことが気になって、ハロルドは少し外に出てみることにした。
「ディエゴさん? どこですか」
「あ、あの! お嬢さん、誰か探しているようですね」
 呼びかけに反応したのはディエゴではなく、海底都市の青年だった。頬を染めつつ、青年は積極的に話しかけてくる。
 記憶が確かならば、その青年とは面識がないはずだ。誰かと間違われているのかとハロルドはいぶかしがる。
「置いてきぼりにするなんて、その人は冷たいですね。あなたはこんなにも、可愛らしい女の子なのに」
 いきなり変なことを言う青年に、ハロルドはムッとした。
「僕なら絶対にあなたを一人になんてしませんよ!」
 赤面して渾身の告白をしてきた青年に、ハロルドはクールに切り返す。
「新手の詐欺商法ですか?」
 ちょうどその場にディエゴが戻ってきた。魔法にかけられたような青年の状態に気づいて、ハロルドにアイコンタクトで話を合わせるよう合図を送る。
「おいおい。往来でそんな風に猛烈に言い寄っても、萎縮されるだけだ」
 コソッと青年に耳打ちする。
「二人の逢引きをセッティングするから近くの店で待っていてくれ」
 もちろん嘘だ。街中でもめ事は起こしたくない。ディエゴは頭を使って、上手く青年をハロルドから遠ざけた。
「カフェで全て説明する、温かいものでも飲むといい」
 ハロルドの背をディエゴが軽く押しながら、二人は足早に移動した。

 個室のある静かなカフェに逃げ込む。
 ディエゴは情報収集でわかったことをハロルドに説明した。
「では私は所謂軟派をされていたんですね?」
 ハロルドは隣に座るディエゴとの距離を詰めた。
「……ディエゴさん、軟派されている私を見てどう思いましたか? 嫉妬しました?」
「嫉妬か。はっきり言うとしていない」
 なんだつまらない、がっかり、という風にハロルドの目が一瞬だけ冷める。
 だが、続くディエゴの言葉は深い信頼に満ちたものだった。
「お前は俺を裏切らないと信じているからだ。花は枯れても、花に託した気持ちは消えないんだろう。俺もお前と同じなだけさ」
 胸の辺りが温かくてくすぐったい。ハロルドはそんな感覚に陥った。
「……貴方も飴の影響受けてます? そんなこと言うなんて」
 二人は、じっと見つめ合う。目線を合わせたまま、ディエゴが口を開いた。
「……俺にはエクレールの声が変化しているようには聞こえない」

●裏通りで接近
「凄いわねえ、ここが海底だなんて信じられない」
 ドーム都市の白い町並みを眺めて『月野 輝』は感嘆の息をもらす。店が立ち並ぶストリートでは、地上では見かけないような品も売っている。
「わ、このドロップ、入れ物も素敵ね」
 キャンディショップの前で立ち止まった輝を見て、『アルベルト』はスッと店内に入っていく。そして、輝が惹かれていたドロップの缶を一つ購入する。
 物をねだるつもりはなかった輝は、遠慮がちに首を横に振った。
「えっ? そんな悪いわよ」
「もう買ってしまったから、いらないと言われても困る」
 アルベルトは笑顔で缶を差し出した。
「……うん、ありがとう。じゃあ、早速ひとつ」
 はにかみながら輝はアルベルトの優しいプレゼントを受け取ることにした。キレイなデザインの缶を開け、飴を一粒取り出して口の中へ放り込む。
「あ、美味しい。声は特に変わった感じはしないかしら?」
「そんなにすぐは変わらないだろう」
 そんな会話をして、笑みをかわす二人。
 しかしそこに、そんな甘い空気をものともしないお邪魔虫が次々にやってきた。
「まさに運命の女性だ!」
「俺のハートが撃ち抜かれたぜ!」
「結婚を前提に、お付き合いしてくださぁい!」
 海底都市の男性だ。
「え、あの?」
 突然のことに、理解が追いつかずに固まってしまう輝。
 魅了にかかった彼らは世間体も気にすることもなく、輝を取り巻いて跪き、その手を奪い合うように握ろうとした。
 手を取り跪く。その動作は、神人と精霊の契約の儀式にも似ていて、アルベルトは驚くと同時にムカッとした。
「すみません、ちょっと放して下さいっ。結婚してくれって困りますっ」
「輝の手を放して頂きましょうか」
 男達の手をアルベルトが引き剥がす。なお、口調こそ紳士的で丁寧だが、アルベルトの眼差しからは黒く冷ややかなオーラが放たれている。彼の気迫で、魅了にかかった男達はたじろいだ。
 解放された輝の手をアルベルトが素早く取って走り出す。
「とりあえず人のいない方へ逃げよう」
「そうね、よく判んないけど逃げましょ」
 と輝が返事をすると、その声を耳にした男達が新たに追手に加わった。
「待ってくれ! 好きなんだー!」
「可憐なレディ。逃げないでおくれ」
「って、人増えてってない!?」
「輝、しーっ。大声を出すと逃げ切れない」
 静かにするようアルベルトが指示する。逃げる時に騒いでいると、相手に居場所を見つけられてしまう。だがアルベルトはそういった単純な理由以外にも、輝の声と追いかける男達の関連性に気づきはじめていた。

 二人は裏通りで陰になっている場所を見つけて、そこに入り込む。念のためにアルベルトは自分の体で輝を隠すように立つ。
「……ここまでくれば大丈夫かし……むぐ!?」
 ホッとした輝が口を開くと、アルベルトは彼女を壁に押しつけ手で口を塞いだ。
(なに? なに? この状況!?)
 輝は軽いパニックになりながらも、問いかけるようにアルベルトを見つめるしかなかった。
「どうやら輝の声に反応してるみたいだ。少し黙っててくれ」
 そう説明されて、輝はコクコク頷いた。口元の手はどいたが、アルベルトはまだ輝の至近距離に立っている。かなり近い。彼は微動だにしない。
 ごく小さな声で、アルベルトが口の中でつぶやいた。……これ以上他の男に触らせる物か、と。
 口は解放されたが、輝は心臓がばくばくして声を出せずにいた。

 男達をまいたところで、キャンディショップへと向かう。
 店主から、セイレーンドロップをウィンクルムが舐めた場合のことを詳しく聞くことができた。
 裏通りでの出来事を思い出し、輝がぽつりとつぶやく。
「アルは魅了されてくれないのかな……?」
 その声を聞きつけたアルベルトは、輝の耳元でそっとささやいた。
「魅了? 随分前からかかってるから今更かな」

●すべてが愛おしい
「海の中を歩くのってなんだか不思議ですね」
 海底ドーム都市をのんびりと散歩する『シャルル・アンデルセン』と『ノグリエ・オルト』。ここは海の中でありながら、魔法陣の力で呼吸ができる。海底都市の住民は、地上人と同じ見た目の海底人、人魚、魚人と多種多様だ。
「でもすごくなかなか経験できないことですし素敵だと思います」
「シャルルが喜んでくれたのなら嬉しいですね」
 ノグリエが微笑む。
 シャルルは袋の中からキレイなデザインの缶を取り出した。少し前に立ち寄ったキャンディショップで買ったものだ。
「先ほどもらった飴……声が綺麗になると言っていたのでこれで歌を歌ったらどんな感じになるのか気に……」
 歌はシャルルにとって特別なものだった。以前のシャルルは歌を聞くと悲しい気分になることもあったが、今はよく歌を口ずさむようになった。
「先ほどの飴ですか? シャルルは元から声が綺麗ですから必要がないと思いますが……」
「ね、そこのカノジョ! 可愛い声してるね。俺と付き合ってくださいな、っと!」
「えっ? 付き合ってください?」
 海底人の若者が近づいてくる。
「ほら、さっそく声を掛けられてしまいました」
 ノグリエは、シャルルからわからないように若者を睨む。
「ハハッ……! なんか怖い人もいるしさー、俺と静かなところにでもいこうよ? 君の声をもっと近くで聞きたいな」
「私には好きな方がいるので……。困りますよぉ……」
 そう言って断る。だがシャルルが一生懸命しゃべるごとに、声をかけてくる男性の数が増えていくようだ。集まる男達は、口々にシャルルの美声を賞賛する。
 しかし当のシャルルは浮かない顔をしている。
「声を褒められてもなんだか嬉しくないっていうか寂しい気分になってしまいますね。私の『声』が好きだって……それ以外に何か好きな所が言えますか? 『声』だけだというのならば私は全部お断りしますよ」
 シャルルの声に魅了されていた男達はぐっと言葉につまる。
「綺麗な声? あたりまえですよ。飴の効果だけではありません。もともと綺麗なんです」
 さらりと、ノグリエはこう言い放った。
「それに失礼ですよ。シャルルに声をかけて褒めるのが『声』だけだなんて……」
 ノグリエはシャルルに近づき、愛おしむような視線で彼女の髪を、瞳を、唇を見た。
「みてください。髪も瞳も唇もこんなに可愛らしいのに」
 うっとりするようにつぶやいた後で、ノグリエは周囲の男達に冷たく言い放つ。
「いえ、別に貴方に紹介してるわけじゃありませんよ」
 集まった男達からシャルルをかばうような位置に立ち、ノグリエは続ける。
「なんでこんなに可愛いシャルルの声だけを褒めるのか? まったく理解できませんよ。ボクはシャルルのすべてが愛おしいというのに」
 普段は笑っているような狐目が開き、ノグリエの険しく鋭い眼光が集まった男達にギロリと向けられる。
「衝動だけで声をかけるのは止めていただきたい」
 シャルルはノグリエの腕をつかんだ。勇気を出して、集まった男達にハッキリとノーをつきつける。
「それに私には私のいろんなところが好きだって言ってくれるノグリエさんがいますから。気持ちは揺らいだりしません」
 そう言ったシャルルの頬はかすかに赤く染まっていた。
 美声の魔法で魅了にかかっていた男達は、ノグリエほど深くシャルルを愛していたわけではない。二人に論破されて、男達はすごすご引き下がっていった。

「ノグリエさん。変な人達を追い払ってくれて、ありがとうございました」
 つややかで潤いのある美声で、シャルルはノグリエにお礼を言う。
「いえ」
 声だけが好きなわけではないが、今日のシャルルの声は一段と透き通っている。本当は、ノグリエもドキドキしていた。

●説明のつかない気持ち
「海の中の街って素敵ね」
 『ミオン・キャロル』の言葉に、『アルヴィン・ブラッドロー』も頷く。
「アルヴィン、見て見て。美声になる飴ですって、面白そう」
 キャンディショップで見かけたセイレーンドロップを買い、さっそく効果を試してみるミオン。
「あー、あー。どう?」
「うーん。特に変わった感じはしないな」
 ミオンはちょっとだけ肩を落としたが、すぐに気を取り直し海底都市の観光を楽しむ。白い町並みは美しい。ミオンは手を掲げて水中に透ける光の陰影を作り出す。その仕草はなかなか絵になっていて、アルヴィンも束の間見惚れるほどだった。
 しかしそんなミオンを見ていたのはアルヴィンだけではなく、いきなり町の住人が詰め寄ってきた。
「貴女は運命の人だ、是非付き合ってほしい」
「え? えっ? ちょっとまって!」
 相手の目は真剣だ。騙そうとしているようには見えない。それに、けっこう整った顔立ちをしている。
 男性は困惑しているミオンの手を掴み、口づけしようと唇を近づける……。
 アルヴィンは考えるより先に体が動いていた。男の手を横から振り払い、間に分け入る。怒りに似た感情に突き動かされていた。
「彼女は俺の連れなんだ」
 微笑んでいるが、アルヴィンの目は笑っていない。その眼差しは、相手を威圧するものだった。
「アルヴィン……」
 ミオンが声をもらすと、通りを歩いていた別の男が急に振り返って迫ってきた。
「素敵な声の彼女は俺にこそ相応しいっ!」
 新たに厄介者が増えた。ミオンとアルヴィンは顔を見合わせて、その場から走って逃げ出すことにした。

 人の数がまばらな裏通りに辿り着き、なんとか追いかけてくる男達を振りきった。
「あぁ吃驚した。急にどうしたのかしら?」
 ……最初に手にキスをしようとしてきた男性はなかなかの美青年だった。思い出したら、慣れない情熱的な求愛をされたことに顔が熱くなってきた。
「うーっ」
 赤面し、ミオンは頬を両手でぺしぺし叩いた。
「ミオン、大丈夫か?」
 追手がこないか見張っていたアルヴィンが、ミオンの方に振り返った。まず彼女の頬が赤いことに気づく。そして、それは先程の変な男との出来事が原因だと察する。
「……」
 アルヴィンはムッとした。赤面しているミオンに対し、なぜか怒りのような感情さえ覚えた。
 まだ照れているミオンの頭に、アルヴィンはゴンっと拳をぶつけてやった。
「いったーい、何するのよっ!」
 急に頭をゴツンとやられて、ミオンは涙目で抗議する。
「別に」
 そういうアルヴィン本人も、自分の一連の行動の理由がわからずにいた。戸惑いながらも自問自答する。心がざわつく。この気持ちはいったいなんだろう。アルヴィンは自分の心に動揺した。
「ちゃんと謝ってよ!」
 怒ったミオンが、つい大きな声を出す。
「ああ! 何て綺麗な声なんだ」
 その声を聞きつけて、また男性が引き寄せられた。
「ってまた!? ……やっぱり変よっ」
 たしかに、単なる軟派にしては色々とおかしい。
 アルヴィンにはまだもやもやとした気持ちが残っていたが、今はこの場を切り抜けるのが先だと冷静に判断する。
「逃げるぞ」
 言い寄ってきた男達の多くは、ミオンの声に対して魅力を感じているようだった。アルヴィンは、ミオンがキャンディショップで声がキレイになるという飴を買って舐めたことに思い当たった。
 アルヴィンはパッとミオンの手を取る。あの男がミオンに触れた痕跡を拭いさるように、強くきつく握る。
「……文句を言ってやる」
 セイレーンドロップを販売したキャンディショップに向かって、二人はひた走る。
 自分でも説明のつかないこの不思議なムカムカ。それをこの騒動の原因を作った店主にぶつけてやるのだ。

●彼女の嘘
 キャンディショップで売られているセイレーンドロップを見かけ、『アンダンテ』は興味を示した。
「声がキレイに……。でも自分で食べても自分の声が変わったかどうかはわかりづらいわよね」
 そう言って、買った飴を『サフィール』の口にひょいと入れる。
「サフィールさん、試しにしゃべってみてくれる?」
「試しにって……。こうですか?」
 アンダンテは耳を澄ませて聞いていたが、やがて残念そうに首を傾げた。
「即効性ではないのかしら。私にはいつもと同じ声に聞こえるわ」
「いいえ! とてもステキなお声ですぅ!」
「すっごいイケボだわ。ドキドキしちゃう」
 アンダンテの背後から、若い娘が顔を出した。わらわらと集まり、サフィールを囲む女達。黄色い声で、次々にサフィールに愛の告白をしている。
「……な、なんなんですか。すみませんが、丁重にお断りします」
「きゃーっ、しゃべったわー!」
「もっと声が聞きたーい!」
 断っても、女達は粘って引き下がらない。
「あら、サフィールさんもてもてね。妬いちゃうわ」
 サフィールを取り囲む女性の輪から少し離れた場所に立ちながら、アンダンテはいつもと同じ調子で微笑みながら見守っていた。
 サフィールは、先ほど口にした飴に疑念を向けた。まずはこの場からの離脱を試みよう。アンダンテを手招きする。
 近づいたアンダンテは素直に耳を寄せた。
「急にこんなことになるなんて変ですし、女性達の様子もおかしいです。アンダンテ、他の人がいない場所まで逃げましょう」
 息がかかるほどの距離での言葉。一瞬どきりとしつつ、アンダンテはサフィールに同意した。
 アンダンテが頷いたのを見ると、サフィールはその手を引いて走り出した。
「あんな風にささやかれるなんて、羨ましー!」
 騒がしい女達の声は、じょじょに後ろへと遠ざかっていった。

 二人はカフェへと逃げ込んだ。個室のあるカフェで、ここなら追手の心配はなさそうだ。
 カップルシート席に腰をおろし、ようやく一息つく。
「なんだか物語の中の出来事みたいで面白かったわね」
 アンダンテはのどかな口調でそんな感想を寄せる。その後、少し意味深な表情でぽつりとこんなことを言った。
「ねえ、恋とか愛ってどんなものなのかしら」
 急な問いかけに、なんだろうと思いつつもサフィールは真面目に返答する。
「さあ。俺も恋や愛とは縁遠い生活をしていたので」
「さっきの人達、いい表情をしていたもの。私も恋をすればあんな顔ができるかしら」
 サフィールはさっきの女達を思い返し、それから隣にいるアンダンテを見る。既に普段も充分いい表情をしているように見えるし、アンダンテの方が美しさと気品があった。
 しかし、今の彼女が求めている言葉はそういったものではないような気がしてサフィールは言葉に迷う。
 その上で、サフィールは思ったまま伝えることを選んだ。
「できると思います」
 サフィールが言ったその言葉を味あうように、アンダンテはしばらく黙っていた。
「本当はねさっきイヤだったの。サフィールさんが女の人に囲まれているの」
 自嘲めいた苦笑を浮かべ、アンダンテはサフィールを見た。
「嘘ばかり上手くなるのも困り者よね」
「アンダンテ……」
 アンダンテは横にいるサフィールにしなだれかかり、ぎゅっと腕にしがみついた。
「私も何だかその飴の効果に掛かっちゃったみたいだわ。今度は、私にも独り占めさせて?」
「……」
 サフィールにはわかっていた。効果にかかったなんて、嘘だと。しかしアンダンテの嘘を暴き立てることはせずに、黙ってそのままの体勢でいた。不思議と、先ほどの女性のように断る気は起きなかった。
 しばしの間、アンダンテはサフィールを思う存分独り占めすることができた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:ミオン・キャロル
呼び名:ミオン
  名前:アルヴィン・ブラッドロー
呼び名:アルヴィン

 

名前:アンダンテ
呼び名:アンダンテ
  名前:サフィール
呼び名:サフィールさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 山内ヤト
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月15日
出発日 07月21日 00:00
予定納品日 07月31日

参加者

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