プロローグ
この先の草原にデミ・オーガが出たという話を聞いたとき、あなたはすぐにもその場に向かおうとした。
なぜって? そんなの、自分達がウィンクルムであるというだけで十分だ。しかしいつものように駆けだそうとして、思いきりすっ転ぶ。
――そうだ、今ちょうど二人三脚の練習をしてたんだっけ。
なぜかこんな時期に行われる地区の運動会のためである。
(時期が適切でないことをつっこんではいけません)
とりあえずこれを外さなければと、あなたはその場にしゃがみ込んだ。しかしここで問題がひとつ。相棒と繋がれている紐が、とてもきついコマ結びになってしまっているのだ。
「きゃあああっ」
悲鳴が聞こえる。
あなたはその紐を手に持っているナイフで切ろうとした。しかし。
「……切れない」
そうか、そういえば練習用にとこれを買うとき、どんなことがあっても破損しない強力な紐にしたんだった……(深くは聞いちゃいけません。そういう仕様です)
「しかたないっ!」
あなたと精霊は、足を一本の紐で結んだまま、戦いに向かう。
敵はデミ・ワイルドドック二匹だ。そんなに強くない。
「ちょ、痛い痛い、足痛い! そんなに引っ張るなよ!」
「ばか、動かなきゃ倒せねえだろ! ってかトランスしてねえっ! ほらさっさとすんぞ! ってかキス! しろ!」
「って抱きしめる必要ないような……ああ、時間がない!」
「お前がとろとろ喋ってるからだっ!」
「だって、だってえええ……うわっ」
「お前この状況で転ぶとか、まじかっ」
未トランス。
相棒と繋がれた足。
目の前にはデミ・ワイルドドック。
なんとかしてください。
解説
【目的】
デミ・ワイルドドック二匹の討伐です。
裏目的は『相棒とくっついたまま戦っちゃうけど大丈夫? え、これどうなるの?』です。
【場所】
どこかの草原。人もいませんし場所を塞いでいるものもありません。
【注意】
ウィンクルムごとの戦いになります。それぞれが別のところにいる状況で、ほかのウィンクルムの姿は見えません。
そこで、二人して転んでいるところからのスタートです。
しゃがみ込んでるとかじゃなくて、膝ついてしっかり転んでる感じです。
デミ・ワイルドドックはすぐに襲い掛かってきます。ほんとすぐ。
でも一撃目はどんなプランであっても、ぎりぎりで避けられますから安心してね(仕様です)
二人して転んでいる格好で、どうやって避けるのか書いてくれると嬉しいです。
ただこれはPLさまのみが知る情報です。ウィンクルムは当然知りません。
とりあえず、足を結ぶ紐を切ろうとしても無駄です。切らせません。
普通に戦うもよし、高レベルさんは、敵を瞬殺して紐がああだこうだと騒ぐもよし。
紐は戦いが終わったら頑張ってほどきましょう。描写はあってもなくても構いません。
ゲームマスターより
こんにちは、瀬田一稀です。
コメディよりのアドベンチャーです。戦い描写よりも「ちょっとこれでどうやって戦うの相棒が近いんだけど近すぎるんだけど!」的な感じだと瀬田がおいしいです。
まあ戦いはそんなに気にしなくて大丈夫ということですよ。
レベルに関わらずぜひぜひ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
☆ 痛た…!?平気だから離れーーられないけど立つからっ 只でさえ動きづらくて、密着して、息があがってるのに いやそんな場合じゃなく!うわあっ(回る) う、うん。ってトランスって言ってよ…(心臓に悪い) どうでる?銃もってるから攻撃できないこともないけど 3!他はお荷物みたいだろ… ああ。それは任せて。盾のお化けもついてるから ◆心情 嬉しそうな顔して…でも本当は僕も嬉しい。一緒にいてもこんなに近くは無かったから 息遣いや横顔が眩しくて ……あれ?そういえば いや今は撃つのに、タイガの指示に集中しないと ■ お疲れ。足は痛くない? 僕は大丈夫 僕がやってみるよ。貸して 背、高くなっていた。おかしいなこの前まで小さかったのに(赤い |
俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
思い切り顔面スライディングしたおかげで何とか避けられた トランス…って顔臥せってるからできねえ!? 自分だけでも体だけ起こして短剣二刀を前に出し防御の構え 詠唱するのはいいがせめて顔上げてくれ、狙いがつけられないだろうが ネカが起き上がる時は少し前に出て敵から庇う立ち位置に 結んだ足同士を軸にしてその場に固定 敵に対して縦方向に並んで、敵が来る方向に俺が立つ 足は痛いからなるべく動かさないようにして防御担当 武器で受け流すか、手の防具に噛みつかせて動きを止める トランスは可能なら一匹倒して攻撃の手が薄くなった隙を狙ってやる スキルが使えるようになったからって油断は禁物だな 使えない状況下での対策も色々考えないと |
ハーケイン(シルフェレド)
◆心境 シルフェレドの武器は両手持ちの重量級 こんな密着状態では扱えん 体格もほぼ同じでは抱えて動くのも無理だ だが、幸い俺の武器は弓。これならいける ◆戦闘中 シルフェレド、立つな。弓が使えん いいから這い蹲ってろ! 今の攻撃は軽く済んだが、何度も上手く行くとは限らん いいかシルフェレド、この状態で十分に攻撃できるのは俺だ 貴様は大人しくしていろ。戦闘が長引く だから動くなと言っとるだろうが!(肘鉄) ◆戦闘後 ………ひどい有様だな いっそ服のままシャワーを浴びてもいいくらいだ おい、なんだその顔は この程度の傷が何だと……ッこの変態野郎!傷に舌を入れるな! 武器を寄越せ!貴様の足首切り落として外してやる! |
終夜 望(イレイス)
ああもう、何でよりによってこんな状況なんだ俺!? 転んじまってるなら兄貴に腕を回してそのまま転がって回避! で、この状況でトランス……だけど……って、兄貴良く喋れるなその状況で! 脚の紐は切れねえし、さっさと体制整えねえと……! 犬の攻撃をやり過ごせそうにないなら兄貴を庇うぜ。 兄貴が自分の攻撃で巻き込まれるとしても、同じように。 ……怪我すんの見るの嫌だし……、密着してるならいけるだろ。 『何カッコよく言ってんだよ!唯の行き当たりばったりっつうんだよッ!』 -終了後- (庇ってたなら大の字に転がるが、直ぐに起き上がろうと) 『犬に食われるよりはギリギリでマシだけどよ……クソ痛ぇわ馬鹿兄貴ッ!』 |
新月・やよい(バルト)
しまった、ここは武器をもっ…ぐぇっ?! 一瞬、目が回った。あー驚いた… 君にお礼を言って立ち上がり はい、直ぐに…出来ないですが!? 背伸びでも届かない距離感 身長差がこんな所で仇となるとは なんだか、悔しい 戦闘では冷静に、静かに敵を見極め… 痛い痛い! どうしましたか なら声を出して行きますよ 君の目代わりになりましょう 敵の動きを口にしながら、君の攻撃に巻き込まれないよう注意 伏せろと言われたら素直に伏せる 自分に来た敵は、剣で押し返す 移動する時は僕がバルトに合わせよう 歩幅は気合でカバーしますよ もう痛いとは言わない 倒し終わったら息切れ 『近すぎるのも難儀ですね』 …稽古しないと 近すぎて、君に届かないなんて 僕には、悔しい |
こんなことならば公園ででも練習していれば良かった、と思っても今更だ。デミ・ワイルドドックは突然襲い掛かってきた。
「ああもう、何でよりによって!」
叫ぶのは終夜 望。兄と2人して転んでしまっているこの状況、それでも攻撃を受けるわけにはいかないと、イレイスの体に腕を回して地面の上を転がった。服が汚れてしまうがそんなことを気にしている余裕はない。
しかし動揺しているのは望のみなのかもしれない。腕の中でなにやらぶつぶつと呟いていると思ったイレイスが唱えていたのは、恐怖でも敵を呪う言葉でもなく、インスパイアスペルだったのだから。
「私の力はお前の剣と成り。」
さっさと次の句を告げろと、至近距離から無言の圧力。
「……俺の身体はお前の盾となる。」
勢い任せに大声を上げ、望はイレイスの頬にキスをした。
「ってかこの状況でよくしゃべれたな兄貴!」
2人は顔を見合わせる。しかしのんびりしていることはできない。敵にはまだ一撃も食らわせていないのだ。ちらと視線をやれば、襲ってきていたデミ・ワイルドドックの尖った爪が、たった今まで自分達がいた場所の土をえぐっていた。ぞっとする。
もう1匹は、逆側で臨戦態勢。さてどうするかと考えている望の横で、イレイスはパペットマペットを呼び寄せた。ぶわん、と現れたのは、大きな蛇。それはいかにもぬいぐるみらしい可愛い顔をしていたが、外見に反して、勢いよく敵に絡みついた。デミ・ワイルドドックはその身体を噛み切ろうと口を開ける。が、その牙が蛇に届くよりも早く、パぺットが轟と爆発した。
「うおっ!」
砂ぼこりとすっかり力を失くした犬の体が飛んできて、望は兄の体を地面に押し付けた。なかなか便利なスキルではあるが、ろくに動けない今、対処が難しくもある。
残る1匹は、先ほどの爆発音に驚いているようだった。すぐには飛び掛かってこない。
「ったく足の紐は切れねえし、さっさと体勢整えねえと……」
ここでやっと起き上がろうとする望。しかしイレイスはしゃがみ込んだのみ。
「よし、作戦Aで行くぞ。ちなみにAとはアドリブのことだ」
「何カッコよく言ってんだよ! そういうのは唯の行き当たりばったりつうんだよっ!」
「気にするな。あいつが飛び掛かってくるだろうタイミングに合わせて仕掛けるぞ。爆風に巻き込まれるかもしれんが、『盾』が居るのだ、問題はあるまいて」
「……盾って俺かよ!」
思い切りの不満顔で言えば、兄は至極あっさり頷く。
「以外にはいないな。……なんだその顔は。だったら先ほどどうして私を庇った」
「そりゃ……怪我するの見るの嫌だし……」
もごもごと言う望を、イレイスはいつも通り感情を表さない顔で見ている。せめてからかうとかなんとかしろよ居心地悪い! と、思った直後。
衝撃から回復したらしいデミ・オーガが飛び掛かってきた。
「うわっ!」
四本の足で土を蹴る、デミ・ワイルドドック。犬歯が届くぎりぎりとのところでイレイスが生み出したのは、愛らしい猫のパペットだった。敵の歯が猫の頭に噛みつく。ふわりと舞う綿、同時に、爆音と爆風。
「くっそ、こんな近いところで!」
兄の思うようになるのは癪ではあるが、放っておくことなどできるはずはない。望はしゃがんだままの兄に覆いかぶさった。髪がぱさぱさと揺れ、敵の血の匂いが鼻につく。とっさに目をつぶったから、どうなっているかは見えない。
落ち着いた頃に体を起こすと、小さな石でも飛んできたのか、顔やら首やら露出しているところがひりひりと痛んだ。しかしそれよりつながったままの足の痛みの方が強いのだけど。
「……文字通り『盾』となったわけだが、気分と感想は如何かね」
体の下で声を出した兄を、弟は睨み付ける。
「犬に食われるよりはギリギリでマシだけどよ……クソ痛ぇわ馬鹿兄貴ッ!」
それでも無事でよかった……とは、言ってやるものか。
※
「しまった、ここは武器を……」
持って、と剣に手をかけたところで、新月・やよいは思い切り背中を掴まれた。
「ぐぇっ!?」
力任せに彼を引いたのは、相棒のバルトである。
バルトはやよいを抱いたまま地面の上を半回転して、デミ・ワイルドドックの攻撃を避けた。先に転んでしまっていた手前、彼を守るにはこうするしかなかったのだ。
「立てるか? 怪我させてたらすまない」
バルトが差し出してくれた手をとり、やよいが体を起こす。地面にすれた体と結ばれた左足に痛みがないわけではないが、これは怪我の範囲には入らないだろうと自己判断。長身のバルトを見上げる。
ありがとうございますと謝意を示すも、バルトはもうやよいを見ていなかった。彼は2匹のデミ・ワイルドドックを睨み付けている。
「新月、トランスを」
「はい、直ぐに」
独りじゃない。インスパイアスペルを口にして、やよいは隣に立つバルトの頬にキスをしようとする、も。
「出来ないですが!?」
その声に、バルトはちらと視線をやろうとし……やめた。そんなことをせずとも思いだしたのだ。自分とやよいは頭一つ分、身長が違うのだと
背伸びをし首を伸ばしても、バルトの頬に届かないやよいの唇。いつもならば自分が片膝をつく形をとっていたが、今そんなことをしている時間はない。なにせデミ・ワイルドドックはすぐにでも地面を蹴ってこちらに向かおうとしているのだから。
「身長差がこんなところで仇になるなんて……」
やよいは悔しさに唇を噛む。トランスは諦めるしかないだろう。これではいつも以上に、バルトに負担をかけてしまう。
しかし歯噛みをしていたのは、武器をとったバルトも同じだった。
「……まずいな」
両手剣の柄を握り、敵に視線を向けて呟く。だめだ、このままでは。
バルトは剣を左手だけに持ち帰ると、右手でやよいを抱き寄せた。ただでさえ命中がいいとは言えない武器だ。これではろくな攻撃ができない。だがこうしていないと……。
「痛い、痛いです!」
思いのほか強い力がこもっていたようで、やよいが声を上げる。いつもと様子の違う相棒を見上げ、彼は尋ねた。
「どうしたんですか?」
「……見えないんだ。貴方が眼帯側にいるから、死角で」
いつもはそうならないように気を付けていたのにと眉を寄せるバルトの腰に、やよいが手を回す。
「なら、声を出していきますよ。僕が君の目の代わりになりましょう」
バルトは、実践に不慣れなやよいが不安だった。けれど彼は今、バルトを支えようと、まっすぐに敵を見つめている。
「ありがとう」
バルトの言葉に、やよいは微笑んだ。
最初の敵は正面だ。
「貴方はしゃがんでいてくれ」
大ぶりな武器でやよいを傷つけてしまわないようにと指示を出し、バルトは両手で剣の柄を握った。右手から走りこんできた敵に、思いきり剣を振り下ろす。当たれば一撃。犬の体が地面に転がる。
「次は右手です! 走りましょう」
言ったときには、やよいはもう足を動かしていた。バルトの足手まといにならないようにと、なんとかして歩幅を彼に合わせる。足首も肩に添えられた手も痛んだが、もうそれを口にすることはなかった。
「伏せろ!」
バルトの声と同時に飛び掛かってきたデミ・ワイルドドック。それを払ったのは、バルトがないだ刃である。剣は頭上を通りすがったが、やよいは恐怖を感じなかった。ただ、敵が両断されるのを見た瞬間は息が止まったけれど。
「……まったく、近すぎるのも難儀ですね」
やっと安堵の息をつき、やよいが立ち上がる。
「だよな」
バルトは腰をひねって、やよいの顔を覗き込んだ。
――近すぎて、貴方が見えないなんて、俺には寂しい。
やよいは静かに微笑む。ただ、胸中は穏やかではなかった。
――近すぎて、君に届かないなんて、僕には悔しい。
戦いを終え、どちらからともなく、指先を触れあわせた。たぶん、お互いの何らかの思いを感じ取って。
※
攻撃をかわすことができたのは、ハーケインがとっさにシルフェレドを抱えて横に飛んだからだ。転がった地面から2人立ち上がり、ハーケインが自らの武器、鉱弓クリアレインに手を伸ばす。
「貴様の武器は両手持ちの重量級、こんな密着状態ではうまく扱えんだろう。体格もほぼ同じでは、抱えて動くのも無理だ」
すなわち、今攻撃できるのは俺だということである。
「八方塞がりかと思ったが……ここはお手並み拝見か」
「ああ、貴様はそこで休んでいるといい」
敵が懐まで来てしまえば、弓での攻撃は厳しくなる。ここはなんともしても、遠距離にいるうちに仕留めたいところ。
敵がいるのは正面と、左手前方だ。まずは正面と狙いを定めようとするも、動けばすぐに、シルフェレドに腕が当たってしまう。
「シルフェレド、立つな、弓が使えん」
「やれやれ、戦えぬ私など不要ということか」
「いいから這い蹲ってろ!」
揶揄の言葉に真面目に返事をするあたりが、なんともハーケインらしいが、邪魔をするつもりはない。シルフェレドはその場にしゃがみ込んだ。ハーケインが狙いを定めて弓を引く。呼吸が止まるほどの緊張感。犬が牙を向いてこちらに踏み出そうとした……瞬間。
風を切った矢尻が、デミ・ワイルドドックの目に命中した。敵は悶え、地面を転がっている。しばらくは襲ってくることもあるまい。
「なかなかやるじゃないか」
「今の攻撃は軽く済んだが、何度もうまくいくとは限らん」
これは立ち上がりかけたシルフェレドへの牽制も兼ねている。再びしゃがむシルフェレドの横で、ハーケインは先ほどと同じく矢をつがえようとする――も。
「……来た!」
もう一匹の犬は蛇行しながら、2人の元へと向かってきた。こんなに激しく動かれては、落ち着いて狙いを定めるのは無理だ。
「立て!」
ハーケインはシルフェレドの肩を掴み、ぐいと引っ張った。
「ハーケイン、言っておくが避けるならやり方があるぞ」
この状況で、どうやって避けるというのか。ハーケインはシルフェレドの次の言葉を待った。――と、シルフェレドの腕が、ハーケインの腰に回る。
「こうして抱きしめて転がれば……」
「だから、動くなと言っとるだろうが!」
真面目に聞こうとした俺が馬鹿だったと、隣の相棒に容赦のない肘鉄を一発。それは体格が似ていることにより、シルフェレドの横腹に見事食い込んだ。
「うぐ……そうか、嫌だったか……最初は私を抱えて飛びのいた癖に……ったくいい肘だ……」
腹を押さえうめくシルフェレド。だが覚えておけよ、と告げられる言葉を、ハーケインは記憶にとどめるつもりはない。
ひたすら弓で狙い撃ち、時間はかかったものの、無事に敵は討伐できた。2人は汗と泥ですっかり汚れた互いに見やる。
「……ひどい有様だな。いっそ服のままシャワーを浴びてもいいくらいだ」
そう言うハーケインを、シルフェレドは一瞥した。
「私を叩きつけながらよく戦ったものだ。だが私を庇って傷つく必要はない。お前を傷つけるのは私だけだ」
そんな言葉とともにとるのは、ハーケインの右手首。その先の甲に、最初の攻撃を避けたときにできた傷があることに、彼は気付いていたのだ。
「こんな傷、すべて私が上書きしてやろう」
「この程度の傷が何だと……ッ!」
そこまで言って、ハーケインは息を止めた。しっとりと濡れたシルフェレドの唇が、甲の傷を覆ってしまったからだ。ちりと痛む傷口を、シルフェレドにべろりと舐められる。なんて男だ! ハーケインの頭にかっと血が上った。
「この変態野郎! 傷に舌を入れるな! ……くそ、武器を寄越せ!貴様の足首切り落として、この紐を外してやる!」
「私の武器を貸しても構わんが、振り回さんと威力が足りんぞ。残念だったな。ほら、大人しく上書きされろ」
口角を上げて返事をするシルフェレドは、ハーケインの手を握ったまま。その顔を、ハーケインは思いきり睨み付けた。
※
俊・ブルックスとネカット・グラキエスは、思い切りの顔面スライディングで、なんとかデミ・ワイルドドックの攻撃を避けることができた。
「おいネカ、トランスッ……!」
叫ぼうとしたものの、眼前には地面。しかもネカットは「顔めっちゃ痛いです……」とうめいた後、ぶつぶつと呪文を呟き始めている。
「この状態で撃つのかよ!」
俊は体を起こした。2本の短剣を取り出して防御の姿勢を構えるも、ネカットは相変わらず地面に伏せったまま。
「詠唱するのはいいが、せめて顔上げてくれ。狙いがつけられないだろうが!」
もちろん今のネカットが答えるはずはない。ただちらりと顔が上がり、一瞬だけ目が合った。それがまるで、この魔法が完成するまでは任せますと言っているようで、俊はナイフの柄を握りなおす。
デミ・ワイルドドックの1匹が、こちらに向けて走り出した。犬が嫌いとか言ってられないこの状況。ネカットの足を少々引きずって、俊は一歩前へ踏み出した。
走る勢いのまま正面の俊の足に噛みつこうとする犬。その牙が届く少し前、俊は持っていたナイフでその額を切りつけた。これで敵が諦めてくれなければ足には尖った犬歯が刺さることになる……が、武器は小さく動けないのだから、こうするよりほかはなかった。
額を割られたデミ・ワイルドドックは足を止め、身をよじった。致命傷ではないようだが、こちらを警戒させるには十分だったようだ。ただ後ろにはもう一匹控えている。同じ策は通じるだろうか。さっさとしろネカットと足元を見れば、彼が動けないなりに杖を手に持ち、それを振り上げるところだった。
「おいっ!」
顔だけを上げて撃たれた魔法弾は、残りの敵へと向かっていった。さすがに狙いが定まらなかったのか、体の中心に当たることはない。しかし足をかすめた。それにより、敵の体ががくりと揺らぐ。
「あ、当たりましたね。ラッキーです」
「お前、ラッキーとか言うな!」
いよいよ体を起こしかけたネカットの襟首を掴み、俊が唱えるのはもちろんインスパイア・スペル。
「輝け、凍てつく虹光」
腰を曲げてネカットの頬に口づける。
「……こういうちょっと力技なキスもいいですね」
「その感想は違うだろ!」
突っ込みを入れつつも、視線はデミ・ワイルドドックの上に制止している。
動けない1匹は後でどうでもなるだろう。まずは手前にいるものを何とかしなくては。
立ち上がっているネカットを背中に隠すようにして、敵が飛び掛かってくるのを待つ。自由に動けるのならばこちらから向かっていくが、今はそれができないからだ。
もふもふのキタキツネの防具は、あの敵の牙くらい受け止めてくれるだろうか。これに噛みついている間に攻撃とか……結構危険か? それよりはマンゴーシュで……ああどうしようか。ついに敵が動いた!
前足を伸ばした爪の攻撃。これだったらあるいはと、俊は左手を突き出した。爪がふかふかの防具を……抜けた、ようだ。腕に痛みを感じた。それに耐えながら、敵を思い切り蹴っ飛ばす。こんな近くにいたのでは、ネカットが狙いにくいだろうと思ったからだ。そこで背後にいたネカットが振り返り、飛んだ敵に向かって『乙女の恋心Ⅱ』を撃つ。
そうなれば敵が生き残れるはずはない。これであとは動けぬ1匹が残るのみ。あえて近づきさえしなければ、勝てる。
2匹を倒した後。
「俊、庇ってくれてありがとうございます。……腕は大丈夫でしたか?」
そう言うネカットの顔にはすり傷があり、せっかくの男前が……と思いはしたが、あれだけの顔面スライディングをしたのだ、仕方はないだろう。
「大した痛みじゃない。……スキルが使えるようになったからって、油断は禁物だな。使えない状況下での対策もいろいろ考えないと」
「シュンはよくやってくれていますよ」
ネカットが微笑む。しかし俊は押し黙ったまま。自分も彼と共に戦いたいのだと、強く思った。
※
密着できて役得だと思ったのに、この!
火山 タイガは唇を噛んだ。腕の中にはセラフィム・ロイス。これがデミ・ワイルドドックの攻撃を避けた直後でなければ、素晴らしい状況だ。
「すまん!」
思いきり叫ぶと、セラフィムも同じように大きな声を出した。
「平気だから離れ……られないけど、立つから!」
只でさえ動きづらくて密着して、息が上がっているのにと思いながら、よろりと体を起こす……前に。視界が反転した。2匹目の攻撃を避けるため、タイガがセラフィムを抱きしめたまま、地面の上を転がったのだ。
「とりあえずキス!」
それがトランスのことだと理解するまでに、かかった時間はほんの数秒。しかし理解しても、顔は熱くなっている。
「うん、わかった……もう、トランスって言ってよ……」
しどろもどろで返事をして、約束の言葉を口にした。
「絆の誓いを」
そしてタイガの頬に、望み通りの口づけを。2人してやっと何とか立ち上がり、こちらを見ている敵に対峙する。
「セラ、3択だ。俺がセラを抱えて攻撃するか、ごろごろ逃げ回って、セラの銃を使うか、2人で頑張って攻撃するか。どれがいい?」
「タイガと一緒に攻撃するよ。あとはなんかお荷物みたいだ」
セラフィムが即答すると、タイガは少しばかり心配そうな顔をした。
「気にしないでいいのに……けど! 万が一のときは牽制頼む」
後半はにっかりと笑顔を見せる。セラフィムは薄く微笑み、銃をとった。
「ああ、それは任せて。盾のお化けもついてるから、大丈夫だよ」
「じゃあ動きは練習のリズムでいいか。細かいのは指示するから、基本前に進んで」
「わかった」
繋がれているのはセラフィムの右足とタイガの左足だ。動きづらい分サポートしてやりたいタイガだが、両手鈍器を扱うのに、それができるかどうか。
しかし敵を前にしたこの状況が、セラフィムは嬉しくもあった。不謹慎だとは思う。でもきっと、タイガだって同じはずなんだ。だからさっき笑ってくれた。だって一緒にいても、こんなに近くはなかった。隣で感じる息遣いが、なんとも頼もしくて。
「って、あれ? そういえば……」
1、2と掛け声をかけて、2人は前に進んだ。敵が飛び掛かってくるのを、セラフィムが狙い撃つ。ぽわんと飛び出すドーナツ状のビーム。これでも敵は驚くらしい。きゃん、と声を上げて、地面に着地した。
「セラ、しゃがめ!」
敵にタイガの鈍器が降り落とされる。ランブリングダイスのさいころの目がくるくる変わるが、あまり運は良くなかったらしくダメージは少なめだ。だが敵の体は地に伏せたまま。弱い相手で良かったと、ほっと息をつく。
残るはあと1匹だ。なにぶんウィンクルムの動きは遅い。向かってくる前に追い詰めてこの武器を食らわせたいところである。
「1,2、1,2……左斜め後ろ! 止まって……回転、体低く!」
タイガの武器が狼の形をとる。これに犬がかなうはずはない。
案の定、狼の牙は犬の体に食い込んだ。何度か肉を噛む頃には、もはや敵は生き物ではなくなっている。
「よっしゃ! 俺らの絆見たか!」
2匹のデミ・ワイルドドックが倒れると、タイガは意気揚々と拳を高く上げた。
「お疲れ、足は痛くない?」
「俺は平気。セラこそ大丈夫か?」
とりあえず水分補給をしようと荷物を振り返るタイガ。だがしかし。
「遠いい!?」
このまま進んでいくのは面倒だ。しゃがみ込み2人の足を結ぶ紐に指をかけるも、固くてなかなかうまくほどけない。
「僕がやってみるよ、貸して」
どちらかというと力任せのタイガである。セラはすっかりきつくなってしまった結び目を、丁寧に慎重にといていく。
「うお、ほどけた! ありがとセラ、水持ってくるな!」
軽くなった足を動かし駆けていくタイガ。セラフィムの瞳は、その背を追った。
「タイガ……背、高くなってた。おかしいな、この前までは小さかったのに」
揺れる虎の耳も尻尾も前と同じ。しかし彼はいつまでも今までの彼ではないのだ。
「僕もタイガと一緒に成長……できてるのかな」
頬を染め、セラフィムは呟いた。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:新月・やよい 呼び名:新月 |
名前:バルト 呼び名:バルト |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 少し |
リリース日 | 07月06日 |
出発日 | 07月13日 00:00 |
予定納品日 | 07月23日 |
参加者
会議室
-
2015/07/12-20:04
気が付けばプラン提出日目前……!
とりあえず遅くなったけど挨拶しとくぜ、終夜 望とパートナーの兄貴……じゃなくて、イレイス。
今回はちょっと厄介な状況だけど、二人なら何とでもなる……か、なあ?
お互い怪我だけはしねーよーに気をつけようぜ。
-
2015/07/12-06:57
俊・ブルックスと相方のネカットだ。
今回もよろしくな。
プランは提出したぜ。皆お互い頑張ろうな。 -
2015/07/11-21:23
こんばんわ。僕セラフィムとタイガだ。なかなか珍しい面子・・・な気がした
場所は違って一緒はできないが、よろしく頼むよ。皆の健闘ねがってる
また厄介な時あらわれたものだ。さて、どうやって倒すか・・・ -
2015/07/11-14:02
ハーケインとシルフェレドだ。よろしく頼む
今回は協力はできんが、お互い上手くやるしかあるまい。 -
2015/07/10-00:39
こんばんわ。始めましての方ははじめまして。
そうでない方も、改めてよろしくお願いいたします。
新月と相棒のバルトです。
うん、もれなく足首が痛くなりそうな予感です。
動けないなりに頑張ってみ・・・れるといいなぁ・・・ですよ。
お互い頑張りましょう。