プロローグ
イベリン領のとある施設。そこは、雨の日に見つけられる生き物を見られる博物館のような場所だった。
「具体的に言うと蝸牛です」
「蝸牛眺めて楽しいか?」
「楽しいかどうかは見る人次第だと思います」
こくり、頷いたのはA.R.O.A.職員。まぁ話は最後まで聞きなさい、とばかりに、パンフレットを差し出した。
「ご覧の通り、吹き抜けの温室に紫陽花が沢山植えられているんです。その紫陽花に、蝸牛が居たり居なかったりしてるわけです」
女神の祝福によって、雨が当たれば花が光るようになったと聞き、普段は閉じ切っているガラス天井を、小雨の折りにのみ解放しているそう。
加えて、普段から温室内の至る所に、小さな滝のようなオブジェなどが設置されており、涼しげな場所となっている。
「雨の日はレインコートを貸出してますから、濡れるのを気にしなくても済みますよ!」
なるほど、蝸牛に興味があろうとなかろうと、普通にデートを楽しむ場所として良い雰囲気かもしれない。
そのついでに、童心に帰って葉っぱの裏に隠れていたりする蝸牛を探してみるのも楽しいかもしれない。
ふむふむと頷いて興味を示し始めたのを見て、職員はにこにこと告げる。
「女神の祝福を受けた花は、匂いを嗅いだり、触れたりすると、感情に作用するらしいですね。ここの花も、何か素敵でロマンチックな作用があるかもしれませんね」
そうだねー。なんて。笑顔で応じて。
じゃあ行ってみようかとパートナーと一緒に行ってみたところまでは良かった。
「ちょ、なに、いきなり、なに!?」
「いいから、黙って、殴られろ!!」
紫陽花や蝸牛ときゃっきゃうふふと戯れていたはずのパートナーが、いきなり殴りかかってきた。
しかも、グーで。
顔面に強烈な一発を食らって通路に倒れ込んだ彼が見たのは、鳴り響くゴングをBGMに勝利の拳を掲げるボクサー状態のパートナー。
しかし、すぐさまはっとしたように拳を降ろして狼狽えた。
察した。
あぁ、これ、花のせいだ。
「あのちびっこ女神ろくな事しないな!?」
叫びも虚しく、博物館には新たな犠牲者の姿がちらほら。
既に花に触れた様子である。痛烈な一撃を見舞われる可能性が高い彼らに、心ひそかに合掌するのであった。
解説
●博物館について
紫陽花の植えられた吹き抜けの温室
空間としては3階建て分くらいで、スロープ状の通路が通っています
温室から各階に出入りできるようになっています
温室内には蝸牛がたくさん生息しているようです
温室の外には椅子の並んだロビーと飲食物の売店があります
博物館らしい展覧物もあるようですが、今回は温室周辺のみの描写となります
●消費ジェールについて
博物館の入館料として、一組400jr頂戴いたします
売店の売り物は紙パックのお茶20jrと軽食(サンドイッチorおにぎりパック)100jrです
●作用について
とりあえずパートナーを殴りたくなります
グーでもパーでも…チョキはやめてあげましょう
神人と精霊、どちらか一方、あるいは両方のお好きなパターンをお選びください
クロスカウンターしてもいいんですよ?
女神の祝福のろくでもない効果のせいなので、多少暴れてもそういうことだと思われます
ご都合主義で、意図しない限り器物損壊は発生しないことになっています
意図しないでください
ゲームマスターより
殴りたい衝動ついでに日頃の鬱憤晴らしたりも、していいんですよ
コメディです。ライトなコメディです
ロマンスして下さってもいいんですよ?
この状況下でのロマンスってどうなるかは錘里にも判りませんが!
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ショウ=エン(煌夜)
紫陽花見てたら突然肩を掴まれる 「ッ?! 何のつもりだ!」 何度か避けるが、左口元を殴られる 沈黙無表情 「……わかってる、花のせいだろう」 精霊の額や首筋に手を置き 「他は? 頭痛とか吐き気は?」 無事とわかり首を強く掴む 「選べ。社会的にさよならか今ここでさよなら、どっちがいい」 精霊が土下座したら頭を踏む 「精霊は神人を殴るのが仕様か?」 「理性はないのか? 動物か?」 暫く詰り続ける 周囲が気にしたら「あ、花の影響ですお気になさらず」と笑顔 携帯電話で録音 「お前の主人は誰だ?」 足をどかして 「二度はないからな」 再生しながら笑顔 自分だけ座って軽食とお茶 (痛ッ……力と速さは流石精霊、か。きっちり躾けないと面倒だな) |
ハーケイン(シルフェレド)
◆心境 よし、よくやったぞ女神 恨みなどないのに殴られる者には悪いが、実にいい祝福だ 女神の仕業なら仕方ない こちらの思いがどうあれ強制力があるからな ああ、仕方ないとも ◆行動 シルフェレド、と呼びかけつつ背中側から一発目 まずは先制攻撃を決めなければ 俺とシルフェレドの素の能力はほぼ同じ しかし捕まえられたら振りほどくのは難しい 一発目からたたみかけ、手数で勝負だ そして隙ができたら全力で殴る ははは、楽しいなあシルフェレド ここまで殴るのに嫌気が指さない奴は貴様だけだ とは言っても、奴は絶対に殴られたままでは済まさない そんな事わかっている 絶対に仕返しがある 分かっているが、殴らずにはいられない! |
フラウダ・トール(シーカリウス)
雨か、傘があれば十分だろう 「ふむ、蝸牛か。たまにはこういうのも悪くない」 のんびりと散策しようか 「花を愛で、それを表現するのはいい訓練になるぞ」 精霊「俺には無用だ」 「おや蝸牛だ…っと」 咄嗟のことで予測がつかなかった 見事にひっくり返ってしまったよ 「…どういうつもりだ?」 思わず少し刺々しい声が出てしまった 無愛想な精霊だが、衝動的に暴力を振るうタイプではないはずだが? 相変わらずの仏頂面だが困惑しているようだな 自分でも理由が分かってなさそうだ 「まったく…殴るなら晴れた時にしてくれ、服が濡れた」 傘と眼鏡を拾うが念のため精霊からは距離をとっておこう ふむ『次は自分の意思で』殴るか… 「何か理由がありそうだな」 |
ヴィルマー・タウア(レオナルド・エリクソン)
◯お節介 せっかく外に出たのにボーっとしてばっかいるなお前…。 他にやることないのか? …へぇ、絵書くんだ。 わかったわかった。 じゃあ見ないで楽しみにしてるな。 あー、暇だ…すごく暇だ!! レオー、この後の軽食何食うか? って聞いてねー…。 ちょっとぐらい話ししたっていいだろ。 そもそもお前はいつも人を無視したり面倒臭がったり、 そんなんじゃダメだろ。 “人”って文字は人と人が支え…(くどくど) お、ようやくこっち向いた…何すんだ!? おわっ、2度もぶつか!? それ何の漫画のセリフ(受け止め)3度目はねーぞ!? …反省はしてくれてもいいんだけどな。 手のかかるパートナーだな…。 そんなに俺のことが嫌いか? 正直でよろしい(ため息 |
ハルト=グリーンフォレスト(アルフリート=キルシェイス)
買)お茶 こういうのも、偶には悪くないな 知っているか、キルシェイス?紫陽花の花弁に見える部分は本当はがくで、中心のこの小さな部分が花なんだ そっと花の中心部に触れ …っ! 何かをこらえるように拳を握り 覗き込まれた拍子に思わず殴り す、すまない、キルシェイス 勝利のゴング状態だったが名を呼ばれ我に返り 痛かったろう、本当にすまない そっと相手の頬に手を添え 本当に大丈夫なのか? ムスっとした表情で相手の頬を軽くつまみ ほら、やっぱり痛いんじゃないか 救護室を探そう 行くぞ、キルシェイス 相手の手を引くと歩きだし そうだ、少し待っていてくれ 売店でお茶のパックを買い救護室の場所を尋ね 救護室まで、これで冷やしていろ お茶を渡す |
●日常の終わりと非日常の始まり
小さき女神の厄介な祝福の影響があちこちで展開されている博物館はそれその物が異様な場所と化していた。
「ッ?! 何のつもりだ!」
「うるせー! いいから殴らせろ!」
そして、ショウ=エンと煌夜は最初からクライマックス状態だった。
紫陽花の道を楽しんでいたショウの肩を、煌夜が突然掴んだかと思えば、殴りかかってきたのである。
煌夜の攻撃! ショウは回避した! を数度繰り返した後、ついにショウの口元を煌夜の拳が捉えた。
胸倉を掴んだ状態での一発。よろめいたショウに対し、拳を掲げる煌夜は、刹那の後に、正気に戻った。
戻ってしまった。
ぎぎぎ、と錆びついた機械のようなぎこちなさでショウの顔を見れば、切れた口元を拭う事もせず、無表情で煌夜を見つめていた。
さあぁっ、と、煌夜の血の気が引いた。
「ちがッこれはそのアレだホラ!」
「……わかってる、花のせいだろう」
指先で口元に触れ、親指に滲んだ血を確かめてから、ショウはその手で煌夜の額や首筋に触れる。
熱を測るように、脈を測るように。
「他は? 頭痛とか吐き気は?」
「い、いや……」
ある意味ショウに対する恐怖心的な何かが動悸息切れを引き起こしそうだが、特に花の作用による副作用のような物はない。さすが女神。
そうか、とかすかに微笑んだショウの顔があんまりにも優しかったから、煌夜は気遣われた事も重なり、一瞬、ほっと気を抜いた。
のが、いけなかった。
首をがしっと掴まれ、ぎり、と締め上げられる。
「選べ。社会的にさよならか今ここでさよなら、どっちがいい」
目が笑ってない。
優しく見えた微笑みが、とてもとても鋭利に切り替わる。
(あ、本気だ)
煌夜終了のお知らせ。
しかし煌夜は瞬時に土下座することで、人生終了(物理)の危機を免れた。
「すみませんでしたッ!!」
文字通り地面に額を擦りつけるというか打ち付けた煌夜の頭を、慈悲の欠片もない靴底が踏みつける。
当然痛い。上に、足元は雨道だった。冷たい。しかし我慢だ。
「精霊は神人を殴るのが仕様か?」
「仕様じゃないです! すみません!」
「理性はないのか? 動物か?」
「動物じゃないです! すみません!」
光景として明らかに異常なシーンだが、博物館の来客者がぎょっとした顔をすれば、「あ、花の影響ですお気になさらず」とにこやかに応対するショウ。
思い当たる節があるから、通りすがりの彼らは苦笑しつつも微笑ましい顔をするのでした。
で、と。煌夜に向き直ったショウは、己のポケットから携帯電話を取り出すと、ぽちぽちと操作。
そうして、問うた。
「お前の主人は誰だ?」
「ショウ=エンさんです! すみません!」
その返答は、脊髄反射だった。
はっとした瞬間に足をどけられ、顔を上げた煌夜が見つけたのは、薄っぺらく張り付いた、綺麗すぎる笑顔。
「二度はないからな」
先ほどの従属宣言を再生しながらにっこりと笑うショウに、煌夜は悟ってしまった。
(あ、うん、分かってたけど改めてさよならオレの平和な日々)
その後、ロビーに出たショウは、自分だけ軽食とお茶を購入すると、ベンチに座る。
その横の床に正座する煌夜。異様な光景継続中。周囲の視線とかはもう感じない事にしました。
(オレ、オーガよりもコイツに殺されるんじゃねぇかな……)
悲しい終焉を見つめ始める煌夜の傍ら、食事を摂ろうと小さく口を開けた拍子に痛んだ口元に、ショウは眉を寄せた。
(痛ッ……力と速さは流石精霊、か。きっちり躾けないと面倒だな)
かくして煌夜終了のお知らせは確定フラグとなったのである。
●理由の不在と意識の存在
ぽっかりと空いた吹き抜けの屋根。しとしとと控えめに降る雨の空を見上げて、フラウダ・トールは傘を開いた。
その背後には、仏頂面のシーカリウスの姿が。
「仕事でもないのに何故貴様と出かけなければならんのだ」
心底不満げな呟きは、さらりと右から左。聞き流して、フラウダはさっさと歩きだす。
「ふむ、蝸牛か。たまにはこういうのも悪くない」
きらきら光る紫陽花の葉の上をのそのそと横切る蝸牛を眺めてから、やはり背後で聞いているのかオーラを発しているシーカリウスへ、振り返らずに言う。
「花を愛で、それを表現するのはいい訓練になるぞ」
「俺には無用だ」
会話をしているようだが、主にフラウダ側にそれを続ける意思は無く。言うなれば独り言の応酬状態。やはりさらりと流されて、それきり。
マイペースな神人に渋々付き添う精霊が、淡々と二階辺りに辿りついたころ、事件は起こった。
「おや蝸牛だ……っと」
葉っぱの裏側に見つけた蝸牛を覗き込もうと、不意に背後を振り返った瞬間だった。
フラウダの顔面に、シーカリウスの拳がめり込んだ。
予期せぬ蹴撃。思考を読み思案を展開させるのが比較的得意なはずのフラウダだったが、流石に受けきれず、派手に通路にひっくり返ってしまった。
ぱしゃん、と派手な音が響いて、じん、と頬が痛む。傘が転がるのを目で追ってから、す、とシーカリウスを見上げた。
「……どういうつもりだ?」
トーンの下がった声は、棘を孕んでいて。見上げた精霊の意図を探る目は、少し鋭利に細められる。
(無愛想な精霊だが、衝動的に暴力を振るうタイプではないはずだが?)
付き合いが長いわけではないが、全くの初対面でもない。
仕事上の付き合いでそれなりの理不尽を強いたような覚えがない事もないが、シーカリウスと言う男は、口は出しても手は出してこなかった。
「いや……」
見上げる先には沈黙。その表情が、困惑を示しているのを見つけて、フラウダは少しばかり張りつめた空気を解いた。
大きく零れたフラウダの溜息に、ややあってシーカリウスが返したのは、舌打ち。
(衝動的に殴るなんて……)
良く分からない感情が湧きあがって、ただ無性にフラウダを殴りつけたくなったのだ。
理由もなく、ただの衝動で。
その事が、シーカリウスにとっては恥ずべき事だった。
そんなシーカリウスの態度を盗み見て、やれやれと肩を竦めたフラウダは落ちた眼鏡と傘を拾い、立ち上がった。
「まったく……殴るなら晴れた時にしてくれ、服が濡れた」
仕立ての良いスーツが濡れているのは事実だけれど。フラウダの発言は不満と言うよりは皮肉。
感情を見透かしたような、しれっとした台詞に、シーカリウスは忌々しげに眉を寄せた。
「……次は泥水の中に叩き込んでやる」
「では殴られないように気をつけよう」
さらり。傘を差し直したフラウダは、またしてもしれっと返して、さっさと歩きだした。
シーカリウスが付いてくるのを足音で確かめながら、フラウダはほんの少しだけ、先程よりも距離を開けて並ぶ。
それに気づかないシーカリウスではない。抜け目のなさに、ますます腹が立った。
「……殴るなら」
言っておくが、と。そんな宣言じみた調子で紡ぎ出される言葉を、フラウダは足を止めて、聞いた。
「次は自分の意思で殴る」
シーカリウスにとって、フラウダを殴りたいと思う理由は挙げればきりがないほどなのだ。
拷問されたり女装されたりその他諸々……ウィンクルムの仕事だから仕方がないと、言い聞かせて堪えて来た色々が。
だからこそ、殴る時は遠慮もなく、全力でいくつもり。
「何か理由がありそうだな」
ふ、とかすかに笑って、そう告げて。
フラウダはもう一度繰り返した。
「精々、殴られないように気を付けよう」
待遇が改善するわけでは、無いのだけれど。
●好意の感情と拒絶の意味
吹き抜けの向こう。灰色の空を見上げて、ぱたぱたと降る雨が幾つか顔にかかるのを感じて。
ヴィルマー・タウアは、小さく溜息をついた。
「せっかく外に出たのにボーっとしてばっかいるなお前……」
「無理やり外に引っ張り出してきたくせに……」
恨めしげな声は、レオナルド・エリクソンのもの。傘を手に紫陽花の前にしゃがみ込んで、じーっと見つめ始めてから早十数分。
通路の最下段からスタートして、まだ十メートルも進んでいないというのに。
ふぅ。今度は控えめに吐息を零して、動かないパートナーをちらと覗き見て、ヴィルマーは気づいた。
レオナルドは、ただ座り込んでいるだけではなくて、絵を、描いていた。
「……へぇ、絵描くんだ」
「きれいな花だから絵を描いていた」
スケッチブックに、さらさらと。色鉛筆を幾つも使って、細やかな配色で。
時折、じーっと見つめては手を止め、色に悩んで指先が迷う。
納得のいく仕上がりにしたいのだ。好きな事に妥協はしない。
色鉛筆を出しては戻しを繰り返していたレオナルドは、不意に傍らのヴィルマーを見上げて、むっとした顔をした。
「……作業工程見ないでよ……気が散る」
「わかったわかった。じゃあ見ないで楽しみにしてるな」
そう言って一人行動を始めたヴィルマーだった、が。
「あー、暇だ……すごく暇だ!!」
どちらかと言えば体を動かす方が好きなヴィルマーだ。レオナルドの趣味とはまるっきり対照的で、退屈がすぐにやってくるのは仕様のない事だった。
「レオー、この後の軽食何食うか?」
レオナルドの隣に戻ってきて、話題を振る。
返事はない。
「……ちょっとぐらい話ししたっていいだろ」
返事はない。
少しはレオナルドの態度にも慣れてきたヴィルマーだが、不満がないわけでも、無い。
「そもそもお前はいつも人を無視したり面倒臭がったり、そんなんじゃダメだろ」
いいかー、人って文字は人と人とが支え合ってだなー。なんて、隣で説教が始まれば、幾らなんでも鬱陶しい。
端的に言うならウザい。
気が散るどころの騒ぎじゃない。苛々が募り始めたレオナルドは、不意に、きっ、とヴィルマーを睨み上げた。
「お、ようやくこっち向いた……」
「だから、僕の事は、放っておいてって……言ってるだろ!」
レオナルドの拳がヴィルマーの顔面にめり込んだ。
しかも、続けざまに二発。
「おわっ、二度もぶつか!?」
「それを言うなら『二度もぶった(割愛)』でしょ?」
「それ何の漫画のセリフだ!」
あぶない。
レオナルドの三発目をヴィルマーが受け止めたぎりぎり感以上に危ない。
拮抗が暫し続いた後、急に力を抜いたレオナルドが、ぷいとそっぽを向いた。
「ごめん、むしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない」
「……反省はしてくれてもいいんだけどな」
溜息をついて立ち上がり、ヴィルマーは真っ直ぐにレオナルドを見つめた。
「そんなに俺の事が嫌いか?」
「うん、うざい、嫌い」
「正直でよろしい」
邪険に扱われているのは、分かっていた。
分かっていても……溜息が零れるのは、仕様の無い話だ。
「……しょげられても困るんだけど」
正直な言葉がヴィルマーを真っ直ぐに傷つけている事は、流石にレオナルドにも察せる。
察せるけれど、建前を言えるほど器用な性格でもないのだから、やはり仕様の無い話なのだ。
けれど。
「……軽食の話だったっけ? 僕はサンドイッチね」
ぼそ、と告げて踵を返したレオナルドに、ヴィルマーは目を丸くした。
なんだ、ちゃんと聞いてたんじゃないか。
(次は、返事くらいして貰いたいもんだ)
手間のかかるパートナーに、ヴィルマーは肩を竦めて、少しだけ微笑んだ。
●強情な心配と膨らむ安堵
雨がしっとりと足元を濡らす。跳ねる程の水溜りは無いけれど、ふわりと雨の香りが満ちるような、そんな空間。
見渡して、ハルト=グリーンフォレストは楽しげに笑う。
「こういうのも、偶には悪くないな」
同意を求めるように傍らのパートナー、アルフリート=キルシェイスを見れば、笑みと共に頷きが返された。
並んで通路を歩きだし、きらきらと光る紫陽花と、その陰に佇む蝸牛を眺め歩いていると、不意にハルトが告げる。
「知っているか、キルシェイス?紫陽花の花弁に見える部分は本当はがくで、中心のこの小さな部分が花なんだ」
説明に添えるように、そっと花の中心部に指を沿わせるハルト。
と。その手が、きゅっ、と握りこまれる。
唐突に注ぎ込まれたような衝動を、堪えて。
「へえ、これ、花弁じゃなかったんですね……て、ハルトさん?」
感心したように頷いたキルシェイスだったが、告げた相手の様子がなんだかおかしく見える。
小さく震えているようにも見えて、心配そうに、ひょこり、ハルトの顔を覗き込んだ。
抑えた衝動は、それによって溢れ出る。
視線の合ったキルシェイスを、ハルトは思わず殴りつけてしまったのだ。
じん、と痛む頬を押さえる事も出来ず、勢いよく尻もちをついた姿勢でぽかんとハルトを見上げるキルシェイス。
「ハ……ハルトさん!?」
バックに勝利のゴングが鳴り響いているウィナー状態のハルトは、呼ぶ声にはっと我に返る。
「す、すまない、キルシェイス」
なんてことをしでかしてしまったのだ、と言うように、おろおろとキルシェイスの傍らに膝をつき、躊躇いがちに頬に触れる。
「痛かったろう、本当にすまない」
動揺した様子のハルトを見て、キルシェイスはおぼろげに、祝福された花の作用の話を思い出す。
きっと、そのせいなのだろう。納得して、小さく頷いた。
「ええと、私なら大丈夫です」
「本当に大丈夫なのか?」
「本当に、大丈夫ですから、気にしないでください」
穏やかに頷くキルシェイスの、赤くなった頬を見て。柔らかく触れた指先に、熱を感じて。
ハルトは、むっとした顔でキルシェイスを見つめた。
咎めるような視線に、安心させるように大丈夫を繰り返し告げようとしたキルシェイス。その頬を、軽く、つねった。
「イテテテテテ! ちょ、ちょっとハルトさん、つままないでください!」
ほんの少し力を籠めただけなのに。大げさと言いたくなるくらい痛がるキルシェイスに、ほら、と告げる。
「やっぱり痛いんじゃないか」
涙目で睨んでくるキルシェイスの頬から手を離し、救護室を探そうと手を差し伸べる。
「行くぞ、キルシェイス」
「はあ……分かりました。でもこれ、きっと女神様のせいであって、ハルトさんのせいじゃないですから」
だから気にしないでくださいね。とは、伝わっているのだろうけれど。
衝動で殴った手前、気にするなと言うのも難しいのだろう。
手を引いてくるハルトが、少し急ぎ足なのが、そのいい証拠だ。
苦笑しながら大人しく後についていくと、ロビーに出た辺りでふと、ハルトが手を離した。
「そうだ、少し待っていてくれ」
「ハルトさん……?」
不思議そうな顔をしながらも言われたとおり待機していれば、ややあってから、ずいとお茶のパックを差し出された。
「救護室は向こうの階段脇の扉だそうだ。そこまで、これで冷やしていろ」
どうやら、売店で購入し、救護室の場所を聞いてきたらしい。
真面目な顔で差し出されたそれに、驚いたように目を丸くしたキルシェイスだったが。
「ありがとうございます」
ふわり、表情を緩めて受け取ると、ひやりとした心地を、嬉しそうに頬に当てて。救護室へ向かって、ゆっくりと歩き出した。
もう一方の手は、勿論もう一度、ハルトに引かれた状態となって。
●痛烈な飴と致命的な鞭
――ああ、なんと素晴らしい祝福だろう!
ハーケインの胸中にあったのは小さき女神に対する称賛だった。
女神の祝福を受けた花は感情に作用するらしい、という台詞を思い出したハーケインは、こみあげる衝動をそれだと即座に確信したのだ。
恨みもなく殴られる者も要るだろうし、そこら辺の者に対しては実に気の毒だと思う。
しかし『気の毒な事に』これは女神の仕業なのだ。
そう、何とも『不憫な事に』強制力が存在してしまっているのだ。
ハーケインがそれはそれは心を痛めていようとも、仕方がない。
仕方がない事なのだ。
「――シルフェレド」
精霊の背中に声を掛けながら、大きく振り被った一発目を見舞う。
通路に倒れ込んだ精霊に跨り、続けてもう一発。
頬に走る痛みに顔をしかめたシルフェレドを見下ろしながら、ハーケインは昏い瞳で笑っていた。
「ははは、楽しいなあシルフェレド。ここまで殴るのに嫌気が指さない奴は貴様だけだ」
笑っていない目でそんな事を言いながら、遠慮の欠片もない拳を見舞うハーケインを見上げて、シルフェレドは胸中で嘆息する。
(まぁ、十中八九女神の仕業だろうが……殴られても仕方のない自覚もあるな)
ハーケインの心の内側に土足で踏み込み意図的に抉るような真似ばかりしてきたのだ。
それで鬱憤が溜まっていないと聖人君子のようなことを言いもすまい。
武装をしていない状態のハーケインとシルフェレドは、人間と精霊と言う基本的な能力差を差し引けば、ほぼ同程度。
理解して、確実かつ一方的に殴れる状況に持ち込んだハーケインは、女神のとんでもない祝福をこれ幸いと利用しているのだろう。
(だがまぁ、しかし……)
シルフェレドとて、殴られっぱなしで居る気は勿論ない。
ハーケインの拳と己の顔が痛み過ぎない程度に手を添えいなしながら、機会を狙っていた。
(殴ったお前が悪いんだ)
仕返しされても、仕方ないだろう――?
その意思は、シルフェレドの瞳に明確に表れていた。勿論、ハーケインにだって判る程度に。
(一方的な仕打ちで終わるわけがない。分かっている。分かっているが……)
程々に収めて言い訳の一つでもすれば『花のせい』で収まったかもしれない。
あれもこれも、思う事は色々あったが、ハーケインの手を止めるには、至らなかった。
ふ、と短い息を吐いて、最後に一つ、止めと言わんばかりの一撃を打ち込もうと大きく拳を振り被った瞬間だった。
力を籠めた拳が捉えられ、そのまま、ぐいと引き寄せられる。
にぃ、と。シルフェレドの口が笑んだように見えたのも一瞬。
殴り返されるのを覚悟して強張ったハーケインの口の端に、シルフェレドの唇が、触れた。
冷たい雨の中、殴って熱を帯びた拳とはまるっきり対照的な冷たい熱が、ぞくり、ハーケインを戦慄かせた。
「まさか私の「仕返し」が単純に鞭で返すだけだと思ったか?」
飛び切りの飴だ。甘いだろう。
くつ、と喉を鳴らしたシルフェレドは、硬直するハーケインを押しのけ、体を起こす。
まだ早いと思っていたが、殴られた仕返しだから仕方がない。
今後同じような事があれば思い出すほどのものでなければ、意味がない。
「おや顔色が悪いぞ。体が冷えたか?」
真っ青になっているハーケインを見て、シルフェレドは歪にわらう。
「それは大変だ。さあ家に帰ろう。大事に大事に温めてやろう」
シルフェレドが立ち上がって手を差し伸べてくるのを、ハーケインは呆然と見上げていた。
くつり、愉快気に喉が鳴る。
――ああ、なんと素晴らしい祝福だろう!
依頼結果:大成功
MVP:
名前:ハーケイン 呼び名:ハーケイン |
名前:シルフェレド 呼び名:シルフェレド |
名前:ハルト=グリーンフォレスト 呼び名:ハルトさん |
名前:アルフリート=キルシェイス 呼び名:キルシェイス |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月09日 |
出発日 | 06月16日 00:00 |
予定納品日 | 06月26日 |
参加者
- ショウ=エン(煌夜)
- ハーケイン(シルフェレド)
- フラウダ・トール(シーカリウス)
- ヴィルマー・タウア(レオナルド・エリクソン)
- ハルト=グリーンフォレスト(アルフリート=キルシェイス)
会議室
-
2015/06/14-21:53
遅れて申し訳ない、ショウ=エンです。
これは奴隷の煌夜。
さて、どうなることやら……。
-
2015/06/13-21:26
やあ、今回は全員はじめましてだな。
私はフラウダ・トール。こっちはシーカリウスだ。
…どうも私が殴られるようだな。いやはや、参った。 -
2015/06/13-18:17
挨拶が遅くなりすまない。
俺はハルトだ。こっちは精霊のキルシェイス。
よろしく頼む。 -
2015/06/13-10:04
ハーケインとシルフェレドだ。よろしく頼む。
そうか、女神の仕業か。
女神の仕業ならしかたないな。強制力があるからな。
(ごきごきと指を鳴らしながら) -
2015/06/12-04:55
えーと、精霊のレオナルド・エリクソン…。
それとパートナーのヴィルマー・タウア。
ハーケインさんとフラウださんは初めまして、よろしく。
イラッと来たのでヴィルを殴ってるけど…いつものことだから気にしないで…(ぇ)