プロローグ
あめのやまないみさきがありました。
こいにやぶれたひとりのおんながみをなげたみさきだと。
みながみな、おなじうわさをしておりました。
いつからか、みさきはこうよばれるようになりました。
あめふりみさき、と――。
「イベリン地方の雨降り岬でのデートプランです」
清々しい笑顔で、ミラクル・トラベル・カンパニーの職員は言った。
差し出されたパンフレットには、雨降り岬と呼ばれる場所の所以もきっちり書かれている。
にもかかわらず、職員は晴れ晴れとした顔で笑んでいる。
営業魂と言う奴だろうか。いや待てそれにしたってそんな悲恋の象徴みたいな場所でデートとか空気読めてないにも程がある。
思いが顔に出ていたのだろうか。言わんとする事は分かる、というような顔で「まぁまぁ」と制した職員は、パンフレットをぱらりと捲る。
そこには、淡い光を放つ花が描かれていた。
「実はですね、この岬の色んなところに、花が咲いているんです。種類はちょっと判りかねますが、可憐で、小さな花です」
岬の噂を不憫に思った修道女が供養の為に種を巻いたとも、実は女を振った男は本心ではなく懺悔の為に花を植えたとも。
雨降り岬の所以とは打って変わって、花にまつわる謂れは一つではない。
雨のやまない岬に咲く花は、神秘に満たされているのだった。
「そんな雨降り岬の花がですね、なんとなんと光り輝くようになったんです」
自称天界の風紀委員、甕星香々屋姫が地上の恋は破廉恥ではないと判断し、イベリン王家直轄領のウェディング・ラブ・ハーモニーを祝福しているのだと言う。
その影響で、雨降り岬の報われなかった恋の物語にも、救いを思って祝福を贈った……といったところだろう。
雨降り岬の光る花は、イベリン領のイベントの間だけ、雨に濡れる事で光を放つ。
冷たい足元を煌めかせる可憐な花々を楽しむデートと言うのも、悪くはないのではなかろうか。
「あ、花は摘み取り厳禁ですよ! 元々数が少ないんですから! でも、触るくらいならオッケーです。雨の匂いで紛れがちですが、仄かに甘い香りがするんですよ」
フレグランスもあるんですよ、とちゃっかりお土産用品を宣伝してくる職員。抜かりない。
パンフレット内の関連商品のページをぺらぺらと捲りながら、ぽつりと独り言のように零す。
「そういえば不思議な事にですねー、岬でのデートの後にカップル成立しちゃう人たちが多いんですよ。これも女神さまの祝福のおかげでしょうかね?」
祝福された花は、人の感情に働きかける作用があると、聞く。
雨降り岬の花の香りが作用しているのは、恐らく、好意だろう――。
解説
雨降り岬でデートしましょう
●雨降り岬について
常に雨のやまない不思議な場所です
岬のいろんな場所に小さな花が咲いています。花には名前がありません
岬の下は湖です。飛び込む事が不可能ではない高さですが、そこそこ深いので泳げない方はご注意を
湖の方に降りる事も出来ます。岸壁沿いの石階段を通る事になります
全体的に足元注意です
●花について
雨に濡れると光り輝きます。そのため、雨降り岬はぽつぽつとしたイルミネーション状態です
咲いている場所は自由に決めて頂いて構いません
花の摘み取りは厳禁です
近い位置に顔を寄せれば、ふわっと甘い香りがします
どうやらこの香りには女神の力で『好意』の感情を強くさせる効果があるようです
●費用
お一人様200jrとなっております
また、フレグランス系のお土産を購入することも出来ます(アイテム発行はありません)
香水…200jr
石鹸…100jr
フレーバーティ…150jr
●その他
現地でのデートの話、あるいはお土産を買った後の話
どちらでも構いません
お土産のみの購入はできません。お家描写の場合でも、デート費用+お土産費用を頂戴いたします。
現地デートの場合は傘の貸し出しを致しております
『好意』の感情が強くなり、相手に伝えたくなりますが、鋼の心で押し留めて頂く事は可能です
ゲームマスターより
雨になるとハッスルする錘里です。
雨宿りもいいですが、雨デートも好きなんです。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
柳 大樹(クラウディオ)
へえ、本当に光ってるや。(屈んで突く 匂いはどんなかなー。 (何かを衝動的に言いかけ、我慢) 結構良い匂い。 「クロちゃんも嗅いでみたら?」 あー、耐えるのめんどい。 「俺さ、別にクロちゃんのこと嫌いじゃないよ」 「は?」(返しに思わずぽかん え、何。「クロちゃんてマゾなの?」 うん、知ってる。 言っただけだから気にしないで。 好ましいとか、馬鹿だろ。 俺がどんな扱いしてか解ってるだろうに。 ……本当に、馬鹿だろ。(眼帯に軽く触れる 俺も少しはこいつに興味出てきたし。 そりゃ、こいつも多少は変わるか。 けど、判りづらい。(自分は棚上げ 精霊って本当にイケメンだね 笑うと更に威力アップって感じ。 (なんだ、ちゃんと笑えるじゃないか) |
ハーケイン(シルフェレド)
◆行動 雨降り岬で雨に打たれながら花を眺める びっしょりと濡れても気にしない ◆心境 ここはいい場所だ 静かな雨音が心地良い あの人に拾われたのもこんな日だったか 雨の日だと言うのに、あの人の香りは感じられた 少し体が冷えて来たな ああそうだ、あの日は寒かったな あの人はとても暖かかった こうして穏やかな気持ちであの人の事を思い出すのは随分久しぶりな気がする 帰りにフレグランスでも買って行くかな この穏やかな気持ちをまた思い出せるだろうか なんだシルフェレド、そう苛立った顔をするな。今戻る ……戻ると言っているだろうが ちょっと待て、待たせて苛立ったのか? やめろ、頭をこすりつけるな!角が地味に痛い! |
川内 國孝(四季 雅近)
現地 ・雨降り岬のイルミネーションをジーッと見つつ居心地の良さを感じる。気が緩んでボロが出る こう言った不思議な場所も存在するのだな。 あいあい…!?なんでっ…ぐ、わかった。 ここの雨は嫌いじゃない。イルミネーションも綺麗だし、雷もないしな。 …雷は少し苦手、でな。(まぁ少し、ではないが) と、とにかくここの雨は心が落ち着く気がするんだ! ・花の香りを無意識に嗅いでしまう ・好意を伝えたくなる自分に戸惑うが四季から目をそらす事で意識を保つ (甘い香り…)四季はどうして俺の事が好きなんだ?(!? 今、勝手に言葉が…だがコイツを見てると…いやいや) …目?俺の目にか…?(拍子抜け そんなに喜ばれるとは思わなかった。(少照 |
新月・やよい(バルト)
雨の日デートですって なんだかくすぐったい言葉 僕から誘って岬へ 地上に星があるみたいですね ふんわり笑って わぁ思ったよりも甘い香りしますよ あはは、僕は何時でもご機嫌ですよ 君と一緒ですから 独りじゃなかなか外出できませんが バルトとなら何処に行っても平気な気がするんです あっちにも光る花がありますよ 駆け出して足を滑らせる あ、ありがとうございます…はは、ですよねぇ 顔が近い?って思わず見てしまう カッコいいような色っぽいような嬉しいような緊張するような え、え?僕が!? いや、きっと気のせいでは…! 今までと違う気持ちに少し気づいてしまったような 伝えたいけど思い違いなら恥ずかしいので言葉を選ぶ 『…貴方がいて、良かった』 |
永倉 玲央(クロウ・銀月)
雨の止まない場所なんてあるんですねー。 デートスポットだなんて、ちょっと不謹慎な感じがするけど・・・。 大体デートって男同士じゃん・・・。(照れ) 現地でのデート お土産・フレーバーティ ・傘は別々に貸し出し ・花の咲いている場所は石階段の途中 ・花に顔を寄せ、香りをかいでしまう ・クロウに対する思いが強くなるが、それがなんなのか理解できず頭がパニックになり、階段から落ちかける (ぼ、僕はどうなっちゃたんだ?) (クロさんが・・・爽やか系に見えるー!?) ・告白後我に返り、「うわあーーっ!」と真っ赤になってクロウを殴る ・「きっとさっきの花のせいだ」、「だから気にしないでおこう!」と自分に言い聞かせる ※アドリブOK! |
●君を知る、
しとしとと降る雨を見つめ、四季 雅近は上機嫌にふむと頷いた。
「雨は……良いな、風情があって。心が落ち好くぞ」
隣に佇む川内 國孝もまた、年中雨という不思議な現象を目の当たりにして、素直な簡単を表情に表わしていた。
「こう言った不思議な場所も存在するのだな」
雨降り岬にぽつりぽつりと咲く小さな花は、女神の祝福を受けてきらきらと煌めいている。
と、ささやかなイルミネーションに居心地の良さを覚えていた國孝の服を、つんつん、と雅近が引いてきた。
「なぁ國孝、折角だから傘は一本にしないか? 相合傘と言うものに憧れていたのだ!」
「あいあい……!? なんでっ……」
何でそんな事をしなきゃいけないんだ、と言いかけた國孝だが、提案してきた雅近の煌めいていた瞳が唐突にしょんぼりとしたのを見つけて、言葉に詰まる。
「むぅ、ウィンクルムとして仲を深めたかっただけなのだがなぁ……そう身構えられては……」
しょんぼり。しょんぼり。
分かりやすく肩を落とす雅近を見て、そんな言葉を聞いて、國孝は唸る。
ウィンクルムとして。そうだ義務の範囲内だ。己に言い聞かせて、國孝は渋々だが承諾した。
途端、雅近がぱぁっと表情を明るくして、うきうきとレンタルの傘を広げる。
広くもない傘に男が二人。当然狭くて、自然、ぴったりと身を寄せる事となる。
その状況に再び唸った國孝だが、自然な所作で傘を持ち、ほんの少し國孝に寄せて傾けた雅近のさりげない優しさに、大人しく歩き出した。
しとしと。穏やかに傘を打つ雨。足元が少しひんやりとしているが、何故だか、心地よいと感じた。
渋々だった國孝の機嫌が浮上したのを見届け、雅近はそれとなく感想を尋ねる。
「ここの雨は嫌いじゃない。イルミネーションも綺麗だし、雷もないしな」
ぽつり、ぽつりと返る言葉の最後。雷の単語に、雅近は緩く小首をかしげた。
「……雷? 苦手なのか?」
「……少し、な」
言葉を濁した國孝の、フードの下の雰囲気が翳ったのを見つけて、雅近はなるほどなと呟く。
「覚えておこう」
少し弾んだ声は、國孝の事を知れたゆえ。
けれど國孝は気取れぬまま、苦手と認めた事を誤魔化すように顔を上げる。
「と、とにかくここの雨は心が落ち着く気がするんだ!」
「そうか? ならば良かった」
そんな単純なやり取りに微笑みを湛えた雅近の綺麗な顔をうっかりと見上げてしまった國孝は、頬の熱くなるのを自覚しながら、ぷいと顔を背けた。
ゆるりとしたペースで歩を進めていると、時折目線近い高さにひっそりと咲く花にも出くわして。
横目に過ればふわりと香る甘さ。
それに、何故だか暖かな心地になった國孝は、傍らに寄り添う温もりにふと気が付いたように、ぽつり、尋ねた。
「四季はどうして俺の事が好きなんだ?」
言ってから、はっとしたように口を抑える國孝。
なんでそんなことを聞いたんだ。動揺が見る見る内に顔に広がっていったが、窺うように見やった雅近の驚いた顔に、不思議と心臓が脈打った。
(今、勝手に言葉が……だがコイツを見てると……いやいや)
迂闊な事を口走りそうになる口元を押さえた國孝をまじまじと見つめた雅近は、ふ、と微笑んで、その顔をそっと覗いた。
「……この感情に理由が必要か?」
何故、好いているかなんて。自分にだって良く分からない。
改まったように思案した雅近は、その結果納得したように一人大きく頷いた。
「うむ。あえて言うならば……お前のその目に打たれた、だな」
「……目? 俺の目にか……?」
ぱちくりと瞬かせたのは、翡翠の瞳。いつかの時、パートナーの記憶を無くした時でも、この瞳だけは忘れなかった。
光る花よりも一層煌めいて見える翡翠色に、まるで心が吸い込まれたよう。
「……しかし、國孝から聞いてくるとは何とも喜ばしい。ふふ」
「そんなに喜ばれるとは思わなかった」
どこか拍子抜けしたような國孝の耳に届いた台詞は、照れくさそうな笑みが添えられていて。
釣られたように、國孝も頬を染めていた。
●君を満たす、
降る雨が、肌を打つ。しっとりと服を濡らし、やがて髪の先から滴り始める。
そうなっても、ハーケインは素知らぬ顔で雨降り岬を歩いた。
(ここはいい場所だ。静かな雨音が心地良い)
ぼんやりとした眼差しは、岬の各所にある光る花を時折目で追いながらも、現実とは少し離れたところを見ているよう。
(あの人に拾われたのもこんな日だったか)
瞳を伏せれば、思い出せる気がした。あの人の、少し特徴的な香り。
雨の匂いと花の香りが混ざったそれが、何だかよく似ているような気がして。
ふうわり、優しい心地がハーケインを満たした。
じぃ、と。そんな彼を見つめながら、シルフェレドは傘を片手に佇んでいた。
「傘があると言うのにわざわざ濡れる気が分からん」
あの分では服も下まで濡れそうだと、花を見るでもなく、ひたすらハーケインを見つめたシルフェレドは、視線の先に穏やかな表情を見つけて、ふん、と鼻を鳴らす。
(……あの表情。何を考えているか分かるぞ)
何となく、不愉快を覚える現実。
ハーケインはきっと今、良い記憶を思い出しているのだろう。
痛みを伴う思い出ではなく、ただ甘い、優しさに満ち溢れた記憶。
(さぞかし甘い記憶なのだろうな。花の香りを嗅いだ途端にあの顔だ)
不愉快が、募る。
ハーケインの過らせている記憶は、シルフェレドが与えた傷が齎す痛みでもなければ、シルフェレドを含めた他人を拒む要因となっている痛みでもない。
顔を見れば判るのだ。そこには痛みや苦しみは一切なく、ただ、ただひたすら穏やかな甘さがあるばかり。
「……ふん」
不愉快だ。そう言いたげに、シルフェレドはまた小さく鼻を鳴らした。
穏やかな記憶を遡っているハーケインは、そんなシルフェレドの様子に気付くでもなく。ふらりと花に歩み寄っては、己の髪から滴った雨が花弁を打つのを眺めていた。
ふるり、小さく震える指先。少し体が冷えてきたのを自覚する。
指先を宛がってみた頬は、指よりはマシな温度をしていた。
じわじわと熱の移る心地に、ハーケインの思考は過去に飛ぶ。
(ああそうだ、あの日は寒かったな)
そして、あの人はとても暖かった。
冷え切った体を、心ごと優しく暖めてくれる人。
大切な人の記憶を、こんな風に穏やかな気持ちで思い出すことが、ついぞなかったのに気が付く。
こんなにも暖かくて愛おしい気持ちになれる記憶をさえ、そっと想いの底に沈めていたのだ。
その理由は、今は、思い出したくない。ふるりと頭を振って、ハーケインは思考を切り替えた。
(帰りにフレグランスでも買って行くかな)
花の香りを嗅げば、この穏やかな気持ちをまた思い出せるだろうかと。
思いながら振り返って、漸く、シルフェレドの不愉快気な顔に気が付いた。
暫し視線を合わせてから、小さく、ハーケインは溜息を零す。
「なんだシルフェレド、そう苛立った顔をするな。今戻る」
しかしハーケインが歩み出すより早く、シルフェレドがハーケインに歩み寄り、傘の下に囲い込んだ。
そのまま、ぴたりと身を寄せる。
「……戻ると言っているだろうが」
一向に歩き出す気配の無いシルフェレドに眉を顰めたハーケイン。
雨に濡れて、少し希薄になったけれど、鼻を寄せれば、シルフェレドには感じられる彼の香りを見つけられる。
「ちょっと待て、待たせて苛立ったのか?」
そんな理由ではないことくらい、判りそうなものを。
まったく、とどこか呆れた体を振る舞いながら、シルフェレドはハーケインを引き寄せ、ぐいぐいと頭を押し付けた。
「やめろ、頭をこすりつけるな! 角が地味に痛い!」
「花の香りもあの人とやらの香りでもなく、私の香りを覚えろ」
「訳が分からん!」
突拍子もない事をするなと言うようなハーケインの言葉を聞き流しながら、シルフェレドは獣が縄張りを主張するかのように、香りを付与し続けた。
満たしてやりたい。この男の思い起こす記憶もすべて、私の香りに――。
●君を惑わす、
「雨の止まない場所なんてあるんですねー」
何だか神秘的だなぁ、と。永倉 玲央はそう思ってから、しかしこの岬にまつわる謂れに、かすかに眉を潜めた。
「デートスポットだなんて、ちょっと不謹慎な感じがするけど……大体デートって男同士じゃん……」
ぶつぶつと呟くのは、半分が照れ隠しで、半分が言葉通りの感情。
そんな玲央の言葉はきっと聞こえていないのだろう。しとしとと傘を打つ雨の音をぼんやりと聞きながら、クロウ・銀月はふむと呟く。
「恋に破れた女が飛び込んだ岬、ねぇ。……出るかもな?」
「何が!?」
玲央のツッコミは今日も快調である。
かくして、雨の日には家に居たい派のクロウは玲央に連れ出され、何が楽しいのか雨の中を散歩しているのである。
「だるいから動きたくねえのに……」
「普段からだるだるじゃないですか」
たまには情緒溢れる場所で感性を刺激されるのも良いものだと語る玲央に適当に相槌を返すクロウ。
岬の突端から波紋を作る湖面を覗き、その脇に備えられた石段をゆっくりと降りていく。
玲央の後ろを歩くクロウが考える事はと言えば、この階段降りるのはいいけど上るの大変そう、とかそんな事で。
きらきらと光る花を軽く小突きながら歩いていると、不意に、玲央の様子がおかしい事に気が付いた。
何だかそわそわしている。こっちを振り返っては視線を逸らし手を繰り返す挙動不審。
何事だと思いつつ、ひょいと顔を覗こうと試みるクロウ。
「おーいどうした? 腹でも下したか?」
冷えてきたしそれも仕方ないかと思う至って通常運転なクロウとは対照的に、玲央の脳内はパニックに陥っていた。
花の香りを無意識に嗅いでしまった玲央は、祝福された花の影響で、クロウへの好意が湧いて湧いて仕方なかったのだ。
しかし普段のクロウがアレである。幾らイケメンでもアレである。
そんなクロウに好意を抱いている己の感情が理解できなくても致し方あるまい。
(ぼ、僕はどうなっちゃたんだ?)
動揺と混乱にくるくるとしている玲央に、不意にかけられたのが先程の情緒の欠片もないクロウの言葉である。
しかし好意の力とは恐ろしいもので、かけられた声にちらと振り返った玲央の目には、ふわりと爽やかに微笑んだクロウが薔薇でも背負っているように見えたのだ。
例えるなら少女漫画のワンシーン。
どうしたんだい玲央? 可愛らしい顔が台無しだぞ☆ なんて幻聴が聞こえた気がした。
そんなもん見て動揺しない方がおかしい。慌てた玲央は石段から足を踏み外しそうになって、ぎょっとしたクロウに抱き留められた。
「何やってんだ、バカ……っ」
近づく二人の距離(物理)。ときめきは加速したまま止まらない(煽り文)。
(クロさんが……爽やか系に見えるー!?)
「……す……」
「あ?」
「好き……です」
しとしとしとしと。雨が、穏やかに傘を打つ。
「……何が?」
情緒の欠片もありませんでした本当にありがとうございます。
あまりに冷静なクロウと、告白時点でピークに達していた混乱がじわじわ落ち着いてきた事で我に返った玲央が取った行動は。
「うわあーーっ!!」
真っ赤になってクロウをぶん殴る事だった。
良い子の皆は危ない場所ではしゃがないように!
殴られた拍子に石段から落ちかけて慌てて座り込んだクロウの方に、混乱は移る。
「何!? いや本当に何なの、お前!」
「うるさい、忘れろ! もしくは湖に飛び降りろ!」
「どんな二択!?」
言い捨ててだだっと石段を駆け下りていく玲央をぽかんと見送って、クロウは殴られた場所を不思議そうにさすっていた。
きっとさっきの花のせいだ。
だから気にしないでおこう。
繰り返し己に言い聞かせる玲央はまだ、気が付かない。
それは『助長された』好意であって。
己の中に、少なからず存在している感情であることを……。
●君を認める、
ぴしゃん、と。雨の跳ねる音を聞き留めながら、柳 大樹は足元できらきらと光っている花を見下ろし、ひょいと屈みこんだ。
「へえ、本当に光ってるや。匂いはどんなかなー」
つん、とつつけば、柔らかな花弁に乗った雨粒がするりと零れて、また、ぴしゃん。
耳に届かないほどのかすかな音に、ふわり、甘い香りが混ざった。
「……」
不意に、喉奥にこみ上げるような感覚。
こくん、と嚥下して、数度瞳を瞬かせた大樹に、控えていたクラウディオが声をかけた。
「大樹、濡れるぞ」
「ん、うん」
歯切れの悪い切り返し。
いつもの曖昧な返答とも違う装いのそれに、クラウディオはかすかに眉を顰めた。
何かを誤魔化しているような態度に見える。思案して、小首を傾げたクラウディオを、不意に見上げる隻眼。
「結構良い匂い。クロちゃんも嗅いでみたら?」
誤魔化されたまま、大樹の促しに応じてそっと花の匂いを嗅ぐクラウディオ。
光る花。何かおかしな作用でもあるのだろうか。
滑りやすい足元がおぼつかないようなことにならなければいいが、と思う胸の内に、ふわりと降りる甘い香り。
それから、降る雨の中、暫しお互いに何も言わずに歩いていたが、不意にがしがしと頭を掻いた大樹が、唐突に零した。
「俺さ、別にクロちゃんのこと嫌いじゃないよ」
それは先ほど飲み込んだもの。
胸の内でぐるぐると渦巻いているのを押し留めきれずに、溢れたもの。
特に、他意のないもの。
「私は大樹を好ましく思う」
――に、クラウディオの予期しない言葉が返された。
「は?」
「む?」
ぽかん、とする大樹と、違和感を覚えたように口元に指を添えるクラウディオ。
暫しの、間。
ゆっくりゆっくり考えた大樹は、訝るような目をしてクラウディオを見つめた。
「クロちゃんて、マゾなの?」
「被虐趣味は無い」
だろうよ。
いやでもだって。
ああ、でもそうか。
「うん、知ってる。言っただけだから気にしないで」
動揺と混乱とが一頻りぐるりと脳内を巡った後の大樹は、かちりと何かが嵌ったような感覚に、一人で頷いた。
(好ましいとか、馬鹿だろ)
大樹によるクラウディオの扱いは、良い方ではない。雑というか、適当というか。
ともかく決して近しい距離ではない。にも、関わらず。その口は好ましいと言った。
(……本当に、馬鹿だろ)
湧いたのは、もどかしさ。どう扱っていいのか判らない感情。
何かが痛んだ気がして触れた眼帯は、しっとりと、冷たい。
そんな大樹の様子を、そっと見つめて。クラウディオは己の吐き出した発言について考えた。
好ましい。好意を抱いている。
(私が、大樹に)
ゆっくりと認識しても、どこか他人事のような感覚が湧く。
あぁ、ならばいつかの寄生花に憑かれたならば、大樹に刃を向けると言う事か。
……我ながら例えが物騒だと思ったが、つまりはそう言う事なのだろう。
大樹は、クラウディオを見てはいない。
けれど大樹は、クラウディオを嫌ってはいない。
(大樹は、難しいな……)
(クロちゃんって、判りづらい……)
何を考えているのか。感情的な部分全般が。
それはお互い様であることを、心のどこかで認識していたけれど。
けれど、大樹がクラウディオに興味を覚え始めたのと同じように、クラウディオもまた、大樹への認識が変わったのだろう。
お互い様、だ。
「……不思議な花だ」
不意に、クラウディオが口走った。
己と大樹の、どちらかと言えば不釣り合いな発言は、花の匂いを嗅いでからだった事に、気がついて。
何かに促されたのだろうか、と。薄らと笑うクラウディオを、見て。
(……なんだ)
ちゃんと笑えるんじゃないか。
「精霊って本当にイケメンだね。笑うとさらに威力アップって感じ」
「……そう言う物だろうか」
茶化すような言葉を告げた大樹も、仄かに笑っていたのを、視線を逸らされる前に見つけられていたのは、クラウディオだけが、知る事である。
●君を選ぶ、
雨の日デート。改めて口にすると、何だかくすぐったい。
ふふ、と微笑んで、新月・やよいは促すようにバルトを振り返る。雨の日デートですって、と。
しかし彼は、ぷいと顔を背けて。
「デートって何度も言うなよ、気恥ずかしい」
言葉通りの顔を、していた。
雨降り岬に歩み出した二人は、煌く花のイルミネーションをくるりと見渡して、楽しげに歩を進める。
「地上に星があるみたいですね。わぁ、思ったよりも甘い香りしますよ」
ごろりと佇む岩の罅から顔を出していた花を軽く弾いて、やよいはふんわりと微笑む。
そんなやよいの笑顔を見て、バルトはふと、優しい気持ちが湧くのを自覚した。
(新月の笑顔を見るの、好きだな……)
もう少し近くで。ほんの少しだけ距離を詰めれば、ほのかな甘さが、鼻腔を擽った。
「こんな景色が見れるなら、雨も悪くない」
「そうですね、雨じゃないと、花は光らないらしいですしね」
にこにこと上機嫌で、鼻歌でも歌い出しそうなやよいの、うんうんと繰り返し頷く同意に、バルトはふと、思いついたように尋ねた。
「新月は良く笑うな。そんなに雨がすきなのか?」
そんな問いに、やよいは一度きょとんとしてから、また笑う。
「あはは、僕は何時でもご機嫌ですよ。君と一緒ですから」
当たり前のように、にこにこと。
「独りじゃなかなか外出できませんが、バルトとなら何処に行っても平気な気がするんです」
どこか独り言のような調子で言うやよいの言葉に、バルトは思わず立ち止まって、その言葉を反芻した。
(俺とだから機嫌がいい……?)
じわ、と。胸の内に沸いたのは、喜びに似た優越感。
追いつくための数歩は、弾んだ足取りで。再び並んだバルトは、やよいに負けないくらい上機嫌に、告げる。
「なら、もっと色んな場所に行こうか。ウィンクルムの仕事じゃなくても、さ」
いつもよりも少し、少しだけ饒舌に誘うバルトに、やよいもまた、少しだけ驚いた顔をしたけれど、嬉しそうに顔を綻ばせて、はいと頷く。
ウィンクルムの仕事として。それ以外で、会うための口実。
それが増えることが、何だかとても、嬉しかった。
「あっちにも光る花がありますよ」
あ、と声を上げたやよいが示したのは、また一つ転がっていた岩の影。
たっ、とはしゃいだように駆けだしたやよいは、しかしお約束というべきか、足を滑らせてしまう。
「わ……」
「っと……」
ばさり、地面に落ちて転がるやよいの傘。しかしやよい自身は、バルトの腕に支えられ、難を逃れた。
「大丈夫か?」
やよいが濡れないようにと、ぐいと己の傘の中に引き寄せるバルト。どちらからともなく、ほーっと安堵の息が零れた。
「足元は注意しろと……」
「あ、ありがとうございます……はは、ですよねぇ」
苦笑したやよいは、詫びながらバルトを振り返って、思わず固まった。
(顔が、近い……)
まじまじと、見てしまう。
見つめたバルトはカッコいいような色っぽいような。嬉しいような緊張するような不思議な心地に、かぁ、と頬に朱が差す。
そんなやよいと目が合ったバルトは、ふ、と穏やかに微笑して。
「その顔可愛いな」
囁くように、そう言った。
途端、ほんのりとしたやよいの朱が、見る見るうちに濃くなる。
「え、え?僕が!? いや、きっと気のせいでは……!」
動揺にあたふたしだしたやよいに、瞳をぱちくりとさせたバルトだが、そんなやよいも愛らしいとばかりに、くすくす、笑う。
ついには両手で顔を覆ったやよいだが、うー、と言いながらも、胸の内側にぽつりと小さく、芽吹いた感情を見つけてしまった。
多分それは、好意。それも、少し深い意味合いの。
だけれど、抱き留められて急に近づいたための吊り橋効果というやつかもしれない。
思い違いでは恥ずかしいと、やよいは少し言葉を選んで、小さく紡ぐ。
「……貴方がいて、良かった」
小さな、それでもはっきりとした声を、バルトは『お礼も兼ねた言葉』と受け取った。
けれど感じた優越感も間違いではないのだから。
「……俺も」
意味は違うかもしれないけれど、同じだと。笑って、返した。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月25日 |
出発日 | 06月01日 00:00 |
予定納品日 | 06月11日 |
参加者
会議室
-
2015/05/29-00:35
みなさん、初めまして!
一年中、雨の降る所なんてめずらしいですよね! -
2015/05/28-19:39
柳大樹でーす。よろしくー。
こっちはクラウディオだよ。(隣を指差す
傘貸してくれるのはありがたいね。
雨雨降れ降れー、って感じ?
何にせよ、楽しみだわ。 -
2015/05/28-12:36
ハーケインとシルフェレドだ。よろしく頼む。
俺はのんびりと穏やかに過ごしたい。
穏やかに過ごしたいんだ(切実) -
2015/05/28-01:29
こんばんわ、久しい方もいれば、始めましての方もいますね。
新月と申します。相棒はバルトです。
どうぞよろしくお願いします。
雨の岬と輝く花と聞きまして、
素敵な光景を満喫できたらいいなーなんて。
皆さんにとっても、良い時間となりますように。 -
2015/05/28-00:25
雅近:
久しい者も初めましての者も居るようだな〜会えて嬉しいぞぉ
俺は四季 雅近。隣に居るのは川内 國孝だ。
共々宜しくしてくれ。
雨の止まない岬か、風情があるなぁ。
思う存分に楽しもうぞ!