ったく、キリがねえな、この狼!(瀬田一稀 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 ごうごうと流れる水の中にいる。
 水面から顔を出してはいるものの、対岸まで泳ぎ切るのは厳しいほどの水流だ。いや、一人だったら可能かもしれない。だが傍らには相棒がいる。単に泳ぎが苦手なのか、それとも橋から落ちた時にどこかを痛めたのか、ただ腹が減っているだけなのかはわからない。わかっているのは、彼がこの流れになかなか苦戦しているということだけ。ああ、鼻から水が入って顔が痛い。呼吸も苦しいし最悪だ。
 それでもなんとか、手足を動かして、岸に近寄るタイミングを狙った。川岸に伸びている木の枝。あれに掴まれば、根っこが抜けない限りとりあえずその場に留まれるはずだ。このまま流されていたら、どこにたどり着くかわからない。
 水の中から腕を伸ばして、枝を掴む。掴み損ねた相棒は腕で支えてやった。面倒な奴だが、流されて行くのを見ているわけにはいかないからな。
 とりあえず相棒を先に岸に登らせて、自分もやっと地上に上がる。任務完了の帰り道ということで油断していたはわけではないが、予期せぬ事態に苛立ちはつのった。
「くっそ、なんで落ちるんだよ、あの吊り橋!」
 今は見えなくなっている古びた橋。ぜったいあいつが悪かった。いい加減あれは修繕したほうがいいだろ。まあ今は崩れて、通れなくなっているわけだが。
「それにしても、どこなんだろうなここは」
 濡れた服の裾を絞りながら周囲を見渡した。100メートルほど先に森の入口が見えるが、今自分達がいる場所は草原だ。とりあえずはここでちょっとひと休みして、なんとか帰り道を探るか。幸い仲間もみんな川からあがれたようで、視界の範囲内にいる。
 ……そのとき。

「オオーン」

 高い遠吠えが聞こえた。
 それだけならよかった。どこかに動物がいるのだろうと思っただけ。しかし、森から数えきれないほどのデミ・ウルフがこちらに向かって走ってくるとなっては――。
「やっべ……おい、トランスだ!」
 デミ・ウルフがこちらにやってくるまで……あと数十秒。

解説

川岸に広がる草原でのデミ・ウルフとの戦いです。
100メートルほどの先に森がありますが、そのほかの視界は良好。足場も問題ありません。
ただ、後ろは流れのはやい川です。岸にはところどころに草や低木が生えています。

デミ・ウルフは森から次々とやってきます。
今回の目的は、討伐ではなく無事に生き残ること。
しばらくすると(明確な時間設定はしていません)川に舟が通ります。船頭はデミ・ウルフと戦っているあなた達を舟にのせて連れて行ってくれます。
その助けが来るまで、戦ってください。
皆が無事に舟にのることができれば大成功。
怪我をしたり、船頭がデミ・ウルフに襲われたりしたら失敗に近くなります。
舟にのらずにどこかにいってしまったりするのもいけません。必ず全員舟にのるという前提でお願いします。

ただ、この舟が通ることをウィンクルムは知りません。
「襲い掛かってくるデミ・ウルフを倒してなんとかタブロスに帰らなければ」と思いながら戦っている、としてください。

デミ・ウルフは、野生の狼がデミ・オーガ化したものです。もとの狼より一回り大きく、毛皮が丈夫になっています。牙や爪で攻撃してきますが、今回はグループ的な統率はありません。

●注意点
・デミ・ウルフが見えた時点で、トランスは完了しています。プランに描写は不要です。
 (ハイトランスの場合は描写してください)
・流された先に敵がいたという想定なので、装備品と携帯品以外の物の持ち込みは不可とします。
・「これじゃ物足りない」と感じる方や、スリルを味わいたい方は「川に流された際にどこかを怪我している」「耐えられないくらいお腹がすいていてなるべく動きたくない」など、自分で自分の子たちに負荷を与える状況を設定し、プランに書いてください。神人・精霊どちらでも可。この体調不良は、成功の条件には関係ありません。


ゲームマスターより

こんにちは。瀬田です。
濡れ男子素敵ですね。髪とかかき上げるといいと思います!
しかし今回は、そういうエピではございません。あら残念。

時間制限有の純戦です。皆さんへの挑戦と同時に、瀬田自身への挑戦ともなる戦闘描写。精一杯頑張ります。
なお、こちらは相談期間が少々長めになっておりますので、他のエピにもどんどん入りたい! という方はご注意くださいね。

要は、みんなが揃って舟にのれればいいのです。
船頭はとくに手出しも口出しもしてきませんので、よほどのことがない限りは怪我もないと思いますよ。
それではみなさんのご武運をお祈りします。

あ、これ昼間です、昼間。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)

  ●最初
敵の数と出現位置を確認しつつ前衛として戦う
「バラけないよう皆、近くに」

冷静に全体見て判断
包囲防止に川を背負う事を提案

●狼の追加に
ランスに《天の川》2枚で俺達を囲うよう要請
岸を底辺に直角二等辺三角形を作る形だ

2枚目の壁が立つまで剣で踏ん張る
壁の中の敵も倒す

川と壁との間から入ろうとする敵を倒していけば
「暫くは安全だ」

「だが最悪川底を歩くしか…」見回す

●船を見つけたら
上着を脱ぎ目立つよう振る
大声と動作で救助要請!

船に通常積んであるロープを頂き、岸の樹に協力して括る
なるべく短くな

石を何個か拾う
前衛として俺は最後に船に渡る
ロープを斬る
石の投擲で追撃を阻害

★安全になったら
改めて礼
皆の怪我を確認⇒手当



セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  大まかな作戦は会議室の通りに。
オレの役割は≪天の川≫の防衛ラインが整うまで
デミ・ウルフをチャーチに近づけさせない事だ。
大刀でデミ・ウルフと戦う。

「天の川に触れるとオレ達にもダメージが入る」と叫んで教え、いざという時は腕を引っぱり魔法の壁に触れないようにする。
天の川が整ったら敵が壁の隙間から入り込むのを仲間と刀で防ぐ。
ラキアのSP枯渇時はディスペンサ使用。

船が自分達の方に来たら助けを求める。
船にあるロープ(船拘留用に大抵ある)を投げて貰い、手近な樹に括りつけて船を固定する。サバイバル技能も使う。
近接戦不向きな神人・精霊から先に移動。俺はギリギリまで敵警戒。全員が乗ったらロープを切り離脱しよう。



俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  背水の陣ってやつか
この状況じゃそうするしかないな

基本はラキアのチャーチ内で敵の襲撃の方向や数を確認
ランスの天の川の壁の隙間等、こちらに侵入しようとする敵を探して皆に伝える
壁の効果が切れてスキルの張り直し時等で手が足りなさそうな時は自分も前に出て攻撃に参加
あまり突出しすぎず仲間の範囲をカバーする

ネカがカナリアを二回使用したら、敵が侵入せず安全なタイミングを計ってディスペンサを使用

…は?手?
いいけど変なこと考えてるんじゃ…あ、いや、悪かった
こんな大変な時に疑ったりして
ネカの手を包むように両手で握って再びスキルのタイミングの指示

舟が来たら乗せてもらえるよう船頭に言ってさっさと乗って他の皆を誘導


ハーケイン(シルフェレド)
  ◆状況
よし、シルフェレドに怪我はないな
大分水を飲んでいたようどが、この分なら大丈夫
俺は正直消耗している
シルフェレドは……クソ、気付いてるな
遠回しに大人しくしてろと言われた気がする
だが今回は俺も弁えている
無理をして倒れた方が状況を悪化させる

シルフェレド、貴様は前だけ見ていろ
他は見なくていい。俺がやる
貴様の背中くらい守ってやる

◆戦闘
シルフェレドのサポート
背中側で横から回り込む敵に対処する
後ろの方で状況が変わった時はシルフェレドに伝える


 ――デミ・ウルフが向かってくる。

「よし、シルフェレドに怪我はないな」
 ハーケインは川岸に上った相棒の背中を、軽くたたいた。シルフェレドがけほ、と咳をする。長い髪が水を吸いぐっしょりと頬に、肩に張り付いている。少々水を飲んでいるようではあるが、この程度ならば大丈夫だろう。
 気遣うハーケインを、シルフェレドもまた観察する。自分は喉と腹に違和感がある。しかし支えて泳いだ相棒は、きっともっと消耗が激しいはず。それでも彼は何も言わない。そして彼が言わないのであれば、自分が何を言うでもない。
「ハーケイン、私が前をやる。お前は私の後ろを守れ。……お前しか守らん。他の奴を気にするなら、私が戦闘に集中できるように私を守れ」
 シルフェレドは両手斧『ヴォウジェ』の柄を握った。背後ではハーケインが、小刀『ライラック』を手にし、はっと短い息を吐く。
「シルフェレド、貴様は前だけ見ていろ。他は見なくていい。貴様の背中くらい、守ってやる」
 無理をするなと言われた気分。だから言い返してやった。
 シルフェレドはそれを聞き、前を向いたまま、ひっそりと笑う。これでハーケインは自分から離れることはない。彼は守る。いや、互いは互いが、必ず守る。
 二人は揃って、内陸へと足を進めた。


 その背後、川沿いでは、ラキア・ジェイドバインが濡れた横髪を耳にかけたところだった。ぽたぽたと滴が垂れて、正直この長髪は邪魔だ。だが今は、そんなことを言っている時ではない。
「俺はここに『チャーチ』をはるよ」
 なにぶん、駆けてくる狼の数は把握するのも困難なほどだ。自分のためにも仲間のためにも、まずは安全な場所を作らなくては。戦い慣れたウィンクルムたちとは言っても、体力は決して無尽蔵ではない。
「俺たちはその前に『天の川』で盾を作るぜ」
「ランス、天の川二枚を交差するようにはるんだ。こうすれば、後ろは川だ。敵もそうそう入りこまないだろう」
「わかったぜ、セイジ」
 相棒アキ・セイジに答えるや否や、ヴェルトール・ランスが呪文の詠唱を始める。
「バラけないように皆、近くに」
 セイジが声を張り上げた。レイピア『ステノトゥース』を鞘から引き抜く。傍らのセイリュー・グラシアは太刀『鍔鳴り』の柄を手に持った。
「セイリュー、気を付けて」
 半透明のバリアの向こうから、ラキアの声がする。
「なにかあったら絶対ここに戻ってきて」
「ああ、わかってるって」
 答えは返すが、振り返ることはない。その間にも、狼たちが向かってきているからだ。


 最初に武器を振り上げたのは、シルフェレドだった。唸り声を上げて直進してくるデミ・ウルフ。その脳天をめがけて、斧の刃を振り落とす。その背後では、ハーケインが小刀と短剣でウルフを狙っている。こいつらはただの野生の狼ではない。デミとつくとはいえオーガになったのだから、そこそこ頑丈になっている。狙うとしたら眉間か目か。しかし飛び掛かってくるものを前に熟考できたのはそこまでだった。たたた、と走ってきていたオーガが、高く跳ねる!
 大きく開かれた口に見える尖った牙。それが自らの腕に噛みつくより早く、ハーケインは小刀を突き出した。敵の瞼をえぐる切っ先。体勢を崩すデミ・ウルフ。その横ではいつの間にやって来たらしいセイリューが、太刀を振るっていた。
「天の川が完成するまで、チャーチには近付かせない!」
 前方から向かってくる狼に、長い刃を横なぎにする。薄い刃は空気とともに敵の毛並みを切り、赤く染めた。がくりと崩れるオーガを飛び越えるようにして、次の敵が向かってくる。
 セイジは正面の敵にレイピアを突き出したところだった。肉を切る感触が手に伝い、なんとも言い難い。任務で剣をとるのは初めてではないが、何回経験しても心地いいものではない。ランスの声は響いている。そろそろ一枚目が完成してもいいのではないか。ハーケインとシルフェレド、そしてセイリューにセイジ。前衛四人は敵から目を逸らすことなく、しかし同じことを考えている。


 ネカット・グラキエスは、俊・ブルックスとともにチャーチの中にいた。まずは冷静に敵の数や行動を把握するためにと、あえてこの安全圏に残ったのだ。
「左手に狼が固まってる。『カナリア』を撃つならあそこだろうな」
「そうですね。なるべくたくさん倒せればいいですが……」
 なにせ今回の敵は数が多いうえに、次々やって来るのだ。全部を一度に、などと甘いことは考えてはいられない。それでも俊が言った方向がベストだろうと、ネカットは呪文を唱え始めた。ラキアがいてくれるからこそ、この守られた場所で詠唱することができる。あとは、ランスがつくってくれるだろう天の川の彼方の壁に、カナリアの光弾がぶつからないように気を付けるだけだ。
 大気中のエネルギーをスキルに加味し、最大限の大きなプラズマ弾を作り出したい。それがバリアの外で戦う前衛の負担を減らすことにもなる……。
 ネカットは、バリアの先のデミ・ウルフの群れを睨み付けた。


 前衛のそれぞれが武器を振り回し、向かってくる敵に対峙していた。互いを手伝う余裕はなく、目の前の敵で精一杯。そのうちにランスの生んだ壁が一枚、立ち上がる。それに当たり、何匹かが弾き飛ばされた。
「やった!」
 セイリューが嬉しそうに叫ぶが、セイジは渋面だ。
「あと一枚……」
 それまでに、敵はどれだけやって来るのだろう。視界の先の森を見る。薄暗い中からはまだ狼が走ってきていた。群れではあるが、群れとしての統制をとるリーダーがいないことはラッキーだったと言えよう。とりあえず向かってくるものを退治すればそれでいい。いや、逆にその方法しかない。
 シルフェレドは自らの体をコマのように回転させ、両手斧の刃を、飛び掛かる敵の腹へとめり込ませた。聞くに堪えない音とともに、獣の体が地面に落ちる。ハーケインもなんとか敵の数を減らそうと、躍起になっている。しかし短刀ではいささか心もとなくも見えた。敵の毛皮を傷つけることはできても、なかなか致命傷には至らない。
 取りこぼしたものは、他のメンバーの刃に倒れる。しかし敵はどんどんやってくる。こうなると、囲まれるのは時間の問題とも言えなくはなかった。
「ランス、早く……!」
 声を出したのは、今武器を振るう誰だっただろう。
 彼だって好きで時間をかけているわけではない。わかっていても気は急く。そうやって戦うメンバーの前にキューキューという音が聞こえたのは、それから数秒後のことだった。ネカットの術が完成したのだ。
「気を付けろ、カナリアだ!」
 セイジの声に、ほかの前衛ははっと上空を仰いだ。きらきらと輝く光珠が、頭上から狼を狙っている。
 しかしそれは、一同がいる場所よりも森近くに向かっていった。こちらに走ってきている集団、あの上で四散させるらしい。目的の場所までくると、プラズマ弾は勢いよく弾けた。周囲にいた敵の、頭に、背中に当たった珠は、彼らの命をあっさりと奪った。それでも、残る敵が戦意を喪失することはない。
「ネカ、次は中央奥だ!」
「わかりました!」
 熱心に詠唱するのは、ネカットもランスも同じ。狼は、まだまだやって来る。


 バリアの中から、ラキアは一同を見つめていた。絶対安全のこの場所に駆け込む者などないほうがいいに決まっている。このままなんとか狼を撃破して、揃ってタブロスに帰れれば。……しかし、どうやって。川に流されてたどり着いた場所だ。まだ具体的な位置もわかっていない。
「大丈夫かな、皆……」
 俊が心配そうに口にした、そのとき。
 近距離で、狼が吼える声がした。
「そこに、デミ・ウルフが……!」
 ラキアが声を上げる。敵は前衛を超えて、こちらに走ってきているのだ。
 いくら敵が近くにきたところで、ここはチャーチの中。デミ・ウルフ一匹程度の攻撃が壁を崩すことはないだろう。
 だが、俊はバリアの外を見まわした。最前線で戦うハーケインとシルフェレドも、ランスの近くにいるセイジとセイリューも、みんなそれぞれ手一杯。自分ばかりがここにいていいのかと……思うのだ。
 俺だって、手伝える。いや、手伝わねば。
「俺が行く!」
 俊は護身刃『紅月』を鞘から抜くと、ラキアのチャーチを飛び出した。ネカットが驚いた顔をしていたが、詠唱中である。余計な言葉を発することはない。大丈夫だというように頷いて見せる。
 俊は、狼に向かって行った。ぎゅっと刀の柄を握り、突進してくる敵に剣を振り上げる。そのとき目の前、狼の後ろに、何かが動く気配がした。
 すわ敵か、と思ったのは一瞬のこと。ぎゅん、と立ち上がる光の壁に、ランスが術を完成させたのだと知る。俊は狼とともに、その内に入った。ちらりと見れば、セイジとセイリューもいるようだ。しかしやはり、彼らが戦っていた狼も中に入ってしまった。天の川の壁の外では、ハーケインとシルフェレドが武器をふるっている。そちらに気をとられた一瞬が災いしたようだ。飛び掛かってくる狼への対処が、少々遅くなった。
「うわっ!」
 叫びながらもそれをなんとかぎりぎりで避けて、俊は手にした刃を敵に向けた。しかし角度がいけなかったのか、傷はだいぶ浅い。
「俊!」
 敵の背後からセイリューが太刀を振り上げる。刃は敵の毛皮を超えて、獣の肌を深く裂いた。地面に崩れる銀の狼。しかしまだ次はやって来る。外で戦う二人は無事かと、ゆっくり目を向けることもできない。
 だがそう思ったとき、またキューキューとあの音が聞こえた。ネカットのカナリアの二発目が完成したのだ。
「ハーケイン、シルフェレド、気を付けろ!」
 天の川の内部からセイジが叫ぶ。二人は一瞬だけ、こちらを意識したようだった。約二メートルの高さの壁を越え、ネカットのプラズマ弾が空を飛び、弾ける!
 しかしネカットはそれを最後まで確認することはなかった。攻撃を放ってすぐにチャーチを飛び出して、俊の手を掴んだのだ。そのあまりの冷たさに、戦いの最中であるにもかかわらず、俊は目を見張る。
「どうしたんだよ、これ!」
 尋ねる相棒の手を引いて、ネカットはチャーチの中へと戻った。手をつないだまま苦笑を浮かべて、俊を見る。
「実は、さっきの川の水で冷えたみたいで、ずっとかじかんでしまっていて……。いえ、それはいいんです。それよりあなたの力を分けてくれませんか」
「ディスペンサか」
 はい、と返事をした後は、言いだしにくそうに「それと」と。
「……その間だけでも結構です。戦闘で手の感覚がなくなってきたので、手を握っててくれませんか?」
「は? 手? いいけど変なこと考えてるんじゃ……」
「ひょっとして下心を疑ってますか。ないです。必要だからお願いしてるんです」
 ネカット表情は真剣そのもの。俊はたった今の自分の発言を取り消したくなった。この状況で、ネカットが冗談を言うはずはないからだ。見つめてくる緑の瞳に、素直に頭を下げる。
「……悪かった、こんな大事なときに疑ったりして」
 俊はネカットの両手を自分の手のひらで包み込んだ。その姿勢のまま、彼の額にキスをする。これでネカットはまた、あの強力な魔法を撃つことができる。


 それをラキアは温かい気持ちで見つめていた……わけではない。彼の相棒は未だチャーチの外にあり、セイジと共に戦っているからだ。ランスの天の川でなんとかガードできているとはいえ、それは外から敵が入ってこないというだけ。ランスは今の壁が消えたときに備えて次の壁を用意しなくてはならないし、そんな彼を、セイジは守り続けなければならない。……しかしいかにせん、らちが明かない。
「ここは……オーブを使ったほうがいいか?」
 セイジはひとり、呟いた。
 念じることで半径一メートルほどの守りの盾をつくってくれる、魔守のオーブを持ってきている。これでなんとか……と思わないでもないのだ。なにせここは天の川で区切られている狭い場所。敵自ら光の壁にぶつかって、自滅してくれればそれでよし。そういう考え方もできるのではないだろうか。
 しかしセイジがオーブに念じるより早く、セイリューの叫び声が聞こえた。
「だめだ、奴ら川から……!」
 チャーチと天の川の間。どちらもがガードできない川岸から、激流を泳いだ敵が上がってくるのである。普通の狼ならばとうてい泳げるはずのない強い流れも、デミ・オーガならば平気ということか。
「読みが外れたな」
 セイジはオーブをしまい、レイピアを再び握る。増える敵を、セイリューと俊だけに任せることはできない。
 びしょびしょの毛並み。それをひとふるいして、やってくる狼。いっそハーケインとシルフェレドも中にいればよかったが、物事はなかなかうまくはいかないものだ。
 それでも狼も、それなりに疲れてはいるらしい。これまでのものよりも、動きは鈍く感じる。たん、と地面を踏み跳躍する獣の体。その比較的柔らかいだろう腹を、セイジはレイピアで狙った。セイリューのターゲットは地面を走る敵だ。その背中に太刀を大きく撃ちおろす。他の何匹かは天の川の犠牲になった。犬の細い声が、きんきんと耳に響き渡る。
 足元に転がるデミ・ウルフを見ながら、次は来てくれるなと念じたのはきっと誰も同じことだっただろう。そしてこの間に、ネカットが作り出す光珠は天の川の外にいる敵を倒している。
 天の川内部の敵を打ち負かし、一旦落ち着いたセイジとセイリューは、顔を見合わせた。終わりの見えない戦いだが、小休止だ。あとは外にいるハーケインとシルフェレドをどうやって助けるか……。ラキアが叫んだのは、そのときだった。
「舟が見えるよ!」
「なに!?」
 一同は一斉に川の上流を見た。確かに船頭が操る舟が、こちらにやって来るのが見える。ランスは何度目かの天の川の彼方の詠唱を打ちきると、それを『小さな出会い』のものへと変えた。セイジはチャーチの中に入り、羽織っていた上着を脱ぐ。それを川に向けて大きく振って、声を張り上げた。
「止まってくれ!」
「おーい、ここだよ!」
 ラキアもまた手を振って、ここに人がいるのだと伝えようとした。みんなで叫び、そのうちにランスによって光の玉が、花火のように天に向かって打ち上げられる。
「おーい!」
 さすがにここまですれば、船頭もここに人がいることを認識してくれたようだ。ちらちらこちらを見てくれている。しかし当然のことながら、彼にはこの岸にいるデミ・ウルフだって見えている。ここに立ち寄るか否か、迷っているのが遠目にもわかった。ラキアが叫ぶ。
「大丈夫、俺がいるところなら安全です。バリアがあるから、狼はこない!」
 また川を通ってこられたら、という危惧がないわけではない。しかしどうあってもあの舟に寄ってもらわないことには、この戦いは終わらないのだ。
 未だ前線で戦うハーケインとシルフェレド。ランスが生んだ天の川の壁が完成してしまったからチャーチの中に入ることもできず、彼らは外で二人きり。互いの背を守りながら、武器を振るい続けている。
 ランスは舟が近付くのを待って、川の上流に天の川の壁を張ろうとした。強い水流を押さえるためである。しかしここにきて、力が足りない。これでは呪文を唱えられないと歯噛みをしたところに、セイジが近づいていく。
「ほら、ちょっとしゃがめ」
 セイジはランスの前髪をかきあげると、そこに唇を押し付けた。これでランスに力が分けられた。
「ありがとな、セイジ」
 ランスが言い、始めた詠唱は天の川。その間に、チャーチを囲んでいた天の川の壁が消えていく。
「ハーケインさん、シルフェレドさん、舟に乗ります!」
 ネカットに呼ばれ、シルフェレドは意識を川岸へと向けた。累々と横たわる狼の死骸を超えて、仲間の元へと向かう。それに少し遅れてハーケインが続いた。さすがにあの川を泳ぎきっての戦いはきつかった。あとはもう、チャーチの中まで逃げ切るしかない。しかし足が重い。
 そんなハーケインに、シルフェレドが手を伸ばす。
「さっさと行くぞ。……何を不満そうな顔をしている。俺が一方的にお前を守るわけではない。川での借りを、今返すだけだ」


 ハーケインを支えるようにして走るシルフェレドがチャーチの中へとたどり着くころ。船の上流ではランスが作った光の壁が、川の流れを緩やかなものにしていた。セイジとセイリューは船の上のロープを、川の傍の木の幹に巻き付けている。
「なるべく短くな」
「ああ、わかってる」
 二人が固定し終えた船に、最初に乗ったのは疲労困憊のハーケインと、相棒シルフェレド。
「ごめん、船が出発したら、回復するから」
 ラキアはそう言って、地上に残っている。三番目はランスだ。彼は舟に乗ると、すぐに船頭の隣に立った。この川の上はチャーチが届いていないから、万が一のときは彼を守らなくてはならない。
「みんな、船が揺れるから立つなよ、座れ!」
 そう指示だけだして、すぐさま次の詠唱を始める。
 そのあとには、セイリューと俊、セイジにネカットと続いた。チャーチ外の川岸から、こちらを見ている敵がいる。おそらくは川に飛び込もうかどうか、獣なりに考えているのだろう。その敵に向かい、セイジは地上で拾っておいた石を投げつけた。これで敵が立ち去ってくれれば心配事が一つ減る。しかしそれは見事狼に命中したが、蹴散らかすほどの効果はなかったようだ。ネカットはそれらに向かい、プラズマ弾を放った。順番を待つうちに、口の中で唱えていたものである。
 キャンキャンと悲鳴を上げて、狼が倒れ、あるいは逃げてていく。
「やりましたね」
 最後に自らを守る光の輪を纏ったラキアが乗ったところで、セイジとセイリューが舟ととどめていたロープを切った。川の流れに従い、船は川下へと進んで行く。それでもまだ、追って来ようとする一部の狼。そこにはランスの一撃が放たれた。弧を描いた光弾が、水の上に出ている狼の頭上に落ちる。どうっと高く上がる水しぶき。
「これで一安心か」
 にかりと笑うランスにセイジは頷いた。そして、まずは止まってくれた船頭に礼を一言。それから周囲を見回し、仲間の怪我の有無を確認する。
 ラキアはハーケインの治療も兼ねて、エナジーフィールドを展開している。こうしていれば、近くにいる者には力が戻るだろう。


 この船の行き先を船頭に確認するセイジとランス。そして互いの健闘をねぎらうハーケインとシルフェレド。ラキアとセイリューは労わりあい、俊は安堵に肩を下ろしている。しかしネカットだけは、悔しそうにうつむいていた。
「……不覚。戦闘に集中しすぎて、せっかくの手を握ってもらうシチュエーションに下心を見出せなかったとは……」
 戦いの場は、次第に遠くなっていく。
 川を下れば、タブロスまではそう遠くないようだった。




依頼結果:普通
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル 戦闘
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 05月26日
出発日 06月05日 00:00
予定納品日 06月15日

参加者

会議室

  • プランは提出済みだ。
    巧くいきますように。
    皆で無事に帰ろうぜ。

    相談諸々、お疲れさまでした。

  • [10]アキ・セイジ

    2015/06/04-23:10 

    >俊さん
    提案有難う。
    では俺は最後に乗り込むことにするよ。ランスは俺より先に乗る。

  • [9]俊・ブルックス

    2015/06/04-16:46 

    プランは書けたぞ。
    今更なんだが気になった点があって、
    俺達が『舟が来る』って知らないということは、舟側…船頭もこちらの状況を知らないことになる。
    なんで、舟が通りかかったら船頭に声をかけて真っ先に乗り込む、という風にした。
    それで、敵が舟に向かってこないように、舟の上からカナリアを撃って敵を散らそうかと。
    結構時間ぎりぎりだが、まだ調整はきくと思うんで、何かまずいとことかあったら指摘してくれ。

  • [8]アキ・セイジ

    2015/06/03-22:25 

    >俊さん
    そうそう、そういう感じだ。

    直角二等辺三角形の底辺を川と見立てて、のこりの2辺に長さ12mの壁を立てる形だな。

    壁の末端は川に触れない程度にする予定だが(でないと水と反応して壁が早期に磨耗しかねない)
    ”壁の川側の角と川の間から”魔物が飛び込んでくる可能性も有る。
    俺は壁が立っている間はそこから顔をだす魔物を剣で撃退する予定でいるよ。
    壁を張る前の押し返しの段階でも剣で微力ながら戦うつもりだ。

    気をつけなくてはならないのが、《天の川》の壁は俺達にもダメージになるということ。
    壁には触れないように頑張るかな、と。

  • [7]俊・ブルックス

    2015/06/02-06:29 

    補足ありがとう、ってことはあ天の川の内側に張ることになるのか。
    俺達もありがたく入れさせてもらうな。

    ネカのスキルは、範囲攻撃のカナリアとパッシブ天空の涙を持って行く予定だ。
    パッシブで範囲効果を拡大してある程度一気に倒せたらいいかと思ってな。
    ちょうど2発撃てるんで、その後俺がディスペンサだ。

    で、ハードブレイカーのシルフェレドが来てくれたんで、壁の効果切れた時の押し返し攻撃は
    シルフェレドのカバー範囲から漏れててこっちに向かってくる奴を優先して、って感じになるかな。

  • ラキア:
    チャーチは俊さんが書いてくれた図の ○ のあたりに、
    6m四方の一辺が川に接するように展開を考えているよ。
    これなら、狼が泳がない限り
    川縁にも6mの『狼が来ない安全な場所』が出来るかなって。
    ≪天の川≫があるからチャーチが直接狼に囲まれる事は無いと思う。

  • [5]ハーケイン

    2015/06/01-10:46 

    ハーケインとシルフェレドだ。よろしく頼む。

    俺たちは二人とも補助や攪乱に使えるようなスキルは持っていない。
    所謂脳筋だ。狼の押し返しをやる。
    ハードブレイカーのシルフェレドが前で大型の武器を振り回す。
    俺は背後や横から回り込まれないように警戒しながら対処だな。

  • [4]俊・ブルックス

    2015/06/01-07:25 

    挨拶遅れてすまない、俊・ブルックスとエンドウィザードのネカだ。
    今回もよろしく頼む。

    防御と遠方火力は十分そうだな…そのぶん前衛が薄いから
    狼を押し返す攻撃は俺も参加しようと思う。
    ネカは安全地帯からとにかく攻撃担当だな。

      川
    -------
    \ ○ /
     \ /

    図はこんな感じで合ってるか?
    斜線が天の川のつもりだ。
    チャーチは場所とかどういう風にかけるのかよく分からなかったから補足をくれると嬉しい。

    うん、とりあえずまだ頭が回らないから、後はまた色々考えてくる。

  • セイリュー・グラシアとライフビショップのラキアだ。
    見知った顔ぶれで心強いぜ。今回もヨロシク。

    敵を視認した時点でラキアがチャーチを発動させるので
    デミ・ウルフが進入できない安全地帯を240R(1時間)確保できる。
    チャーチの端を川に置いて敵に四方を囲まれないようにする。
    神人・精霊は自由に出入りできるけれど、
    ラキアだけはチャーチ維持のために出られない。
    狼を押し返すための直接攻撃はオレも担当するぜ。
    後は……今から考える。



  • [2]アキ・セイジ

    2015/05/31-12:09 

    エピが成立したようなので予定を書いておくよ。

    次々来ることを知らないので、最初は剣を使って対処していく予定だ。

    数が増えてきたら、統率が取れてなくて闇雲に俺達を襲ってきていることとあわせ考えて、川を背にして二枚の《天の川》を直角三角定規のように展開する。
    《天の川》は、持続時間の長い(8R(120秒))触るとダメージ(スキル威力340)が入る壁だ。
    壁のサイズは高さ2m幅12m 厚さ50cm程度。幅も十分だ。
    それに半透明なのでデミの数や様子も見える。

    背後は急流だからデミが背後に回る可能性は低いがゼロではない。なので川にも注意を払っておく。
    もし、《天の川》の持続時間がきれる前になってもデミ達の群がいたら、その内側に更に二枚《天の川》の壁を立てる。
    2回目の壁の2枚目を建て終わるときに1回目の壁が消失するタイミングがあえばいいが、あわなかった場合何匹かを攻撃で押し返さなくてはならないかもしれない。
    MPが枯渇してきたら《ディスペンサ》を行う。

    そんな予定でいるよ。

  • [1]アキ・セイジ

    2015/05/31-00:06 


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