淑女と貴方と淫靡な夢(瀬田一稀 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 男は、ソファの上に横たわっていた。蒼白の顔はとうてい無事とは思えない。
「お前、俺の相棒に何をした!」
 ウィンクルムのかたわれ。もう一人の男性が、くすくすと笑う女の肩に手を置く。
 そう、女なのだ。大事な彼を、こんな目に合わせたのは。
 黒いウエディングドレスを着た女。
 開いた胸元、豊満な丘の谷間に細い指先を差し入れて、彼女は小さな瓶を取り出した。
「大丈夫よ。ちょっとクスリが効きすぎているだけだから。知らない人が出したものを簡単に口にしちゃだめって、相棒にきちんと教育しないとね」
 そう言って、ちりちりと小瓶を振る。中に入っているものは小さなビーズと思いきや。
「種よ」
「種?」
「そう、イベリン王家直轄領って知ってるかしら。そこはお花と音楽で有名なのだけど、そこから取りよせた、特別なものなの」
 ドレスの女――シルビアが、瓶の蓋を開ける。中から出てきたのは、わずか数ミリの真っ赤な『種』。
「これは不思議な夢を見せてくれるの。彼は今、それで苦しんで……いいえ、愉しんでいるのよ。ごらんなさい」
 男性は言われるままに、相棒に視線を向けた。するとさっきまで蒼白だった彼の頬は、薄い桃色に染まっていた。わずかに開いた唇からは、はっはと短い息が漏れている。
「これが愉しんでいる、だと……? 熱でもあるんじゃ」
 笑うシルビアをよそに、男性が相棒に寄る。そして額に手を載せた、途端。
「あっ……ちょ、まじ、かよ」
 相棒は体を跳ねさせた。こちらに背を向け、手足を縮め。母の胎内に浮かぶ胎児さながらに丸くなる。
「おい、どうしたんだ」
「さわん、な! お前、あっちいけ」
 その後はすうすうと寝入ってしまう。男性はシルビアを振り返った。彼女はヒールを鳴らして相棒のところまでやって来ると、そっとその髪を梳く。
「今、彼の体の中ではあの種……『ナイトメア・ドリーム』が暴れているの。彼が一番大切な人との淫靡で素敵な夢を紡ぎながら……。大丈夫、傍目には一時間ほど眠りにつくだけよ。起きる時間に合わせて、手を叩いてあげなさいな。一度叩けば、彼は夢の内容を覚えている。二度叩けば、彼は夢の内容を忘れてしまう。あなたはどちらを選ぶのかしら?」
 シルビアは楽しそうに微笑んで、部屋の隅にある椅子に腰かけた。
「私、暇なのよ。見せてもらうわ。あなた達の愛の形」

解説

赤いビーズのような種『ナイトメア・ドリーム』。相棒はそれをシルビアの出した料理と一緒に飲んでしまったようです。
災難ですが、御食事代に300jrいただきます。

『ナイトメア・ドリーム』の効果は彼女も言っているように、淫靡な夢を見せること。要は、彼はちょっと人には言えないような、セクシーな夢を見ているのです。
種の効果は一時間。その間、彼は眠っています。
あなたはどんな気持ちで、彼を見守りますか?
もしくは、眠る彼に何をしてあげますか?
夢の登場人物は、彼自身と『彼の一番大切な人』です。それはあなたでしょうか。

【注意事項】
種を飲んでしまうのは、神人でも精霊でも構いません。

リザルトは見ている側(種を飲んでいない側)からのみの視点になります。
おそらくは心情重視になるかと思います。

夢の内容を書くと、全年齢とは言えない方も出てくるかと思います。
眠っている人が見ている夢の内容は、絶対にプランに書かないでください。
どんな風に眠っているか(たとえば、仰向けに寝ている、寝言を言っている、泣いているなど)のみお書きください。
もちろん、目覚めた後の描写もウェルカムです。

もし、神人が種を食べた(眠っている)ことにしたいけれど、その様子を書くのは恥ずかしいという方は、今回に限り。
アクションプラン→精霊のプラン。ウィッシュプラン→神人のプラン
としていただいても構いません。
その場合は、プランの頭に「神」「精」などとお書きください。

どんなプランがきても瀬田はひきませんが、アクションプランはサイト上に載ります。くれぐれもご注意ください。


ゲームマスターより

こんにちは、瀬田です。
相変わらずこんなエピソードを出してはいますが、らぶてぃめは全年齢です。
いいですか、ぎりぎりを探っていますが、全年齢です。
完全アウトならば容赦なくマスタリングします。
見えそうで見えないような、覆っている布の下を想像するような、そんなイメージで考えていただければと思います。オブラード大事。

そして何度も言いますが、夢の想像はPLさまの胸の内でお願いします。
あと、目覚めるときに何度手を叩くのか、そこもお忘れなく。
全部、シルビアが見ていますからね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  桐華さんがおねむらしい
出血大サービスだ。膝枕をしてあげよう
可愛らしい反応してくれると僕が嬉しい

やぁ、退屈そうなシルビア嬢
暇潰しがてらお話に付き合ってよ
僕はね、これでも自覚はしてるんだよ。この子に意地悪しすぎだなって
でもね、この子は許してくれるんだよ
不思議だねぇ
さっさと嫌いになって、離れて行ってくれれば良かったのに

シルビア嬢。俺はね、二回、手を叩くよ
だってそうでしょう?
この子が見る夢の相手なんて僕に決まってるし
だからって俺に夢を見ちゃうなんて可哀想
でも、僕以外の夢を見たりしたら、許せる気がしない
いつかこの子を解放してあげられたらいいんだけど…無理かもしれない

ねぇ、シルビア嬢
どうしたらいいと思う?


ハティ(ブリンド)
 
こんな夢を見るとは
寝る場所に困らなくなって
彼といるのにも慣れてきた
……そういうことなんだろうか
相手が彼でなければそれで済んだのかもしれない

委ねていればどうなるかは多分知っていた
こういうことに好きも嫌いもないほどには
彼と付き合う上では役に立たないことだと思っていたし
それでよかったんだが
それがどうしてこうしているのか

問えず飲み込んだ言葉でいっぱいになる
止めなくてはならないのに
けれど、もしかしたら
もしかしたら聞けるかもしれない
……何を?
混乱した頭では声に出来ず
弱く名前を呼ぶので精一杯

現状で充分なはずだった
手酷く目を覚ましてくれることを期待したんだが
リンの背中が温かい
その種、成長するとどうなるんだ?



月岡 尊(アルフレド=リィン)
  【精】
ツキオカさんは、オレの前じゃ弱みは見せない。
いつだって冷静であろうとするし。
近付いても起きないほど眠る事もない。
……以前は結婚してたらしいとか、家は古い神社らしいとか、
そのくらいしか、自分のことを話して貰った事もない。

だから、ツキオカさんが今、誰の、どんな夢を見ているか。
悔しいけど、見当がつかねえ。

上着を掛けて、眼鏡を外して。
せめて寝辛くないようにと。
それから傍らに腰掛けて。
……なあ、ミコトさん。
オレは、アンタの何なのか。
名ばかりの相棒じゃないのか。
確かめたい、けど――
叩く手は、二つ。
せめて今は、アンタを苦しめるもんはオレが払いたい。


はよッス、ツキオカさん。
気分はいかがスか?
体、大丈夫?



明智珠樹(千亞)
 

おや、シルビアさん…!
またお会いできて嬉しいです、ふふ。

素敵な種をお持ちなのですね。
羨ましいです、私も飲みたいのですが。
もしくは分けていただきたいです、眠れぬ夜に使いたいものです。
駄目ですか残念です、ふふ。

●睡眠中
(眠る千亞の傍に寄り添い、愛しそうに眺め)
ふふ、どんな夢を見てるのでしょうか…
誰が千亞さんのお相手でも、私は構いませんよ。
でも。
(兎耳を撫で、頬寄せ囁き)
「千亞さん、貴方の珠樹ですよ。貴方だけの、珠輝ですよ」
刷り込み、できますかね。

●目覚め
(手を一回叩く)
「おはようございます、千亞さん」
笑み
「どんな夢を見ましたか?さぁぜひ教えてください、出来れば再現を…」
蹴られるもニヤニヤ



●知らない過去と言えない告白

「あらぁ、愉しい夢のはずなのに」
 シルビアは長いまつげに縁どられた瞳を細め、眠る月岡 尊を見やった。ソファの上で横を向き眉をひそめる彼は、とうてい『愉しい』夢を見ているようには見えない。
「あの方の夢、わかる?」
 問いかけられるも、アルフレド=リインは黙ることしかできない。
 ……以前は結婚してたらしいとか、家は古い神社らしいとか。ツキオカさんのことは、そのくらいしか聞いてない。だからツキオカさんが今どんな夢を見ているか、悔しいけど見当がつかねえ。
 今自分が彼のためにできることはなんなのか。月岡の眉間にできたしわは深く、真面目な彼が苦悩していることは明らかだ。
「……近づいても、大丈夫か?」
 ひとりごち、アルフレドは彼の傍らへと足を進めた。いつだって弱みを見せず冷静であろうとする月岡の寝姿を、こんなにも長く視界におさめていたことはない。彼はアルフレドの前で、これほどぐっすりと眠ることがないからだ。
「まさか、それがあんな種のせいで見ることになるなんて」
 横たわる月岡に、そっと自分の上着をかけ、慎重な動作でゆっくりと彼の眼鏡を外してやる。それでも消えない苦悶の表情。せめて寝づらくないようにと心を砕き、静かにソファの空いたスペースに腰を下ろした。
 その振動が、彼の何かを呼び起こしたのかもしれない。
「くっ……やめ……俺は……影じゃ」
 漏れる声は小さく先は続かなかった。しかし噛みしめられた唇が痛々しい。シルビアは愉しい夢と言ったが、きっと彼が見ているのは悪夢に違いない。そこにいるのは誰なのか。自分か、それとも別の人間か。想像もできないからこそ、アルフレドは身を震わせる。
 閉じた唇が細く開き、健やかとは言えない呼吸が漏れる。
「ちょ……大丈夫かよ」
 聞くも、答えがもらえるはずもない。月岡は一瞬背筋を逸らせたが、すぐにまた深い眠りについたようだった。額にじんわりとにじむ汗。それを拭ってやりたいと持ち上げた手を、月岡の髪に触れるぎりぎりのところで静止させた。触れる勇気が出ないまま、じっと相棒を見つめる。
 そのうち、アルフレドはパタリと手を下ろした。月岡の上ではなく、自らの腿の上である。触れる代わりに名を呼んだ。いつもは呼ばぬ、呼び方で。
「……なあ、ミコトさん……。オレはアンタの何なのか……名ばかりの相棒じゃないのか。時々、すげえ不安になるよ。アンタがいろいろ話したくないんだろうし、それはそれで別にいいんだけどさ……オレは聞きたいよ、アンタのこと……。それに確かめたい」
 俺はアンタに、ふさわしいか。
 最後の言葉は、口にすることができなかった。
 先ほど下ろした手を、アルフレドは再び持ち上げた。汗のにじむ額を覆うように、そっと手のひらを置く。
 ちょうどそのタイミングで――。
「え?」
 月岡の眉間から、しわが消えた。わずかばかり空いている唇から細く長い息が吐き出され、その後はすっかり普通の寝息に変わる。
「いったい何が……」
 アルフレドは月岡の額に置いていた手を持ち上げると、その手のひらをじいっと見つめた。まさかこの手になにか仕掛けがあるわけではあるまいが、夢の中ではなにかあったのだろうか。
 ……しかしどっちにしろ、あんなにうなされていたのだ。良い夢であったはずがない。
「そろそろ時間よ」
 部屋の片隅から、シルビアの声がする。
 叩く手は、ふたつ。
「せめて今は、アンタを苦しめるもんは、俺が払いたい。払わせてくれ、ツキオカさん」

 ※

「はよッス、ツキオカさん。気分はいかがスか?」
 目覚めたばかりでぼんやりとしている月岡に、アルフレドはいつも通り声をかける。
「体、大丈夫?」
「……体? 特に問題はないが……俺は眠っていたのか?」
「そうッスよ、あの女に種をもられて」
「種……」
 月岡がぽつりとつぶやく。まだ話を受け止めきれていないようではあるが、どうせ夢の内容は覚えていないのだ。なんとでも言いようはあるだろう。そんなことを考えつつ、アルフレドは外した眼鏡を月岡に渡した。
「とりあえず帰りましょう。もうあんな女の出すもの、うっかり食わないでくださいね」
 上着を手に取ってはおり、にこりと笑えばいつも通り。月岡は相変わらず怪訝な顔をしながらも、床に足を置いて立ち上がる。これなら大丈夫だろうと入口に向かおうとしたところを「アル」と呼び止められた。
「……ドーモ、な」
「オレ、何もしてないッスよ」
「……なんとなくだ」
 二人はそろって部屋を出る。月岡は夢を見たこと自体覚えていないだろうし、アルフレドにも内容はわからない。しかし最後の一言が、アルフレドを明るい気持ちにしたのは確かだった。

●忘れられない意外な告白

 シルビアの説明に、ブリンドは目を見張った。
「普段はきょとんとしたガキみてーな面してるこいつが? どうせそんな面で料理も受け取ったこのアホが?」
「あらあ、よくわかったわね。いたいけな子に悪戯してるみたいないけない気分になっちゃったわ」
 笑いながら言うシルビアの言葉を適当に聞き流して、ブリンドはソファで眠るハティを見る。
 起きているときは天然で扱いに困ることもある彼が、今は静かに目を閉じている。白い顔に表情はなく、これで本当に淫靡な夢など見ているのかと疑いたくなるくらいだ。しかし『そういう』夢を見る効果があるのならばきっと『そういう』夢を見ているのだろう。
「ったく、意味わかってんのか?」
 目覚めていれば対処もできる。しかし夢の中とあっては――。
 って、対処だと? 何をどうするってんだ、俺は。
 わからないまま、座ったままハティが眠るソファに腰を下ろした。まるで待っていたかのように、体重を預けてくるハティ。じんわりと触れる熱とともに感じる重さは、子供のものではない。そうだこいつはあどけないガキみたいな顔をしてても、ガキじゃない。お互いいろいろ不都合もあるだろうと目を閉じかけたのは、良心の呵責から。しかし「あら、見ないの?」と飛んできた声に瞼を上げた。シルビアは楽しそうに二人を見つめ、長い足を静かに組む。
「いいのよ、あなたは見なくても。私は楽しませてもらうわ。純朴青年が感じる姿」
「……露骨な女だな」
 彼女を睨み、ブリンドは短く息を吐く。あんな女だけに見せるくらいならとは思うが、やっぱり踏み切れない。逃げるように背中を向けると、ハティはそこにすがってきた。これなら自分にもシルビアにも見えにくいしちょうどいいか。しかし吐息が首筋をかすめ、この位置では彼のすべてが聞こえてしまうことを知る。
「あっ……」
 小さなつぶやきは言葉にならない。誰の名も紡がない唇では、彼が今誰にあっているのかわからない。だが、きっと自分ではないだろうとは思う。そう、たぶん――。
 話を聞いたのは、宝石を手にしたあの日。会ったこともない人物。ハティの話だけでは、その人がどんな容姿でどんな声をしているのか、細かなところまではわからない。知っているのはハティがその人を、とても慕っていたということだけ。
「久しぶりだろ。ちゃんと会えるといいな」
 夢の中身を思えばいいか悪いか微妙なら、この穏やかな表情ならばきっと悪夢ではないはずだ。ブリンドは目線をちらりと後ろにやって、再び前を向いた。
「……どう、して……あんたと」
 言葉の後に、ごくりとハティの喉が鳴った。案外大きく響いた音にブリンドの体がびくりと揺れる。
「んだよ、驚かせんな……」
 聞こえるはずのない文句はそこで止まり、今度はブリンドが息を飲んだ。ブリンドの背中にもたれかかっていたハティが体を震わせ、ブリンドの腕をきつく掴んだからだ。
「おい、ハティ!」
 起きないとわかっていても大きく名を呼んでしまう。夢の中でなにがあった。俺はお前を助けに行けない。お前が求めてる相手じゃねえんだぞ。言ってやりたいが、シルビアがそこにいるかと思うと躊躇われた。
「教えて……」
 何を。誰に。ああ、彼女がいなければ聞けるのに。
 部屋の片隅にいる女が、今ほど邪魔だと思ったことはない。
「そろそろ時間よ」
 シルビアが言う。手を叩くのは二回だ。こんな辛そうな夢、覚えさせていてたまるか。
 ぱん、とブリンドは手を打った。もう一回。それで記憶は消える。ハティは何も覚えてない……そう思っていたのに。
「……リン」
 聞こえた声に、手が止まる。
「俺……?」

 ※

 ハティはゆっくりと目を開いた。自分がどこにいるのか、とっさにわからなかったのだろう。ブリンドの温かい背中に寄り添ったまま、二度三度と瞬きをして、やっと体を起こす。
「ああ……すまない。こんな夢を見るとは……」
「お前、あの女に一服盛られたんだよ、アホ」
 言いながらどんな夢なのか気にはなったが、彼らしくもなく染まった頬に口を閉ざす。その代り、呼ばれた名について考えた。起きたから呼んだだけか? それとも――。
 二度目の手を打てないまま、ブリンドはハンカチを取り出した。いつのまにかうっすらとにじんでいた、ハティの額の汗を拭いてやる。その間に、シルビアが食事に仕込んだ種のことについて教えてやると、ハティは相変わらずきょとんとした顔で尋ねた。
「その種、成長するとどうなるんだ?」
「お前、突っ込むのはそこかよ!」

 ブリンドは一度しか手を叩かなかったから、ハティは夢の内容を覚えているはずだ。
 しかし彼は多くを語らず、ただ一言。
「……慣れてきた……そういうことなんだろうか」
 何に……俺に?
 呼ばれた愛称が、耳の奥でこだましている。

●囚われたい縛られたい男の愛の告白

「おや、シルビアさん……! またお会いできて嬉しいです」
 明智珠樹はふふ、と含み笑いをした。そんな彼に、シルビアも笑顔を向ける。しかし口から飛び出すのは、穏やかな言葉ではない。
「お久しぶりね。でもあなた、悠長に挨拶なんてしていていいの? 大切な子が、ずいぶん愉しそうよ」
「ええそうでしょうとも。あなたが素敵な種をくださったのですから。羨ましいです。私も飲みたいくらいです。眠れぬ夜のお供にでも」
「あら、あんな夢ごときで足りるのかしら? 素敵なお兄さん。お相手は、あちらの可愛い兎さん?」
 揶揄するトーンで言われ、珠樹は千亞を見る。愛らしいピンクの兎は、その顔に苦悶の表情を浮かべている。しかし頬には朱がさしており、夢の中身が苦しいものではないことを伝えていた。目覚めまでの一時間は始まったばかり。
 それなのにすでにこの様子ですか。
 珠樹はソファで眠る千亞の傍らに膝をついた。これが広いベッドならば寄り添ってやりたい所存。しかしこの幅では無理だ。だからこそじっと、それこそ穴が開きそうなほどに、愛しい千亞を見つめる。
「……んっ……」
 唇から漏れる息は、艶を帯びている。いつもの千亞からはとうてい聞けない声音に珠樹は楽しそうに目を細める。
「ふふ、どんな夢を見てるのでしょうか……」
 上気した頬を指先でなぞれば、あっ、と細く高い声が上がった。千亞の長い耳がぴくりと揺れる。兎耳に、声が届いているのかいないのか。
「誰が千亞さんのお相手でも、私は構いませんよ。……でも」
 跳ねた耳の滑らかな毛並みを撫ぜ、頬を寄せてそっと囁く。
「千亞さん、貴方の珠樹ですよ。貴方だけの、珠樹ですよ」
 ――私は貴方のものです。貴方の虜で、貴方の僕(しもべ)。
「刷り込み、できますかね?」
 貴方の珠樹。貴方だけの珠樹と、同じ言葉を繰り返す。そんな彼に、シルビアが言う。
「彼があなたのもの、ではないのね」
「ええ、もちろんです」
 言いきるが、珠樹はその理由については語らない。シルビアは感心したのか呆れたのか口を閉じ、珠樹を興味深そうに眺めるだけ。
「ん……ふっ」
 千亞が苦しそうに、左右に顔を動かした。手を離す珠樹。千亞の鮮やかな髪がソファの上で乱れ、額にはうっすらと汗がにじんでくる。
「千亞さん、素敵な夢ですか? ……ふふ、可愛いです」
 こんなことを言えば飛んでくる、いつもの蹴りはない。それはそれで寂しくもあり、かといって普段見れない様子は嬉しくもある。
「はっ……あ」
 座面をひっかく白い指。それを手のひらで包み込んだ。
「た……」
「た?」
 聞こえた声に問い返せば。そろそろ時間よ、とシルビアが。
「おや、もう一時間が経過したのですか。残念ですね。でも目覚めた千亞さんもきっと可愛らしいでしょうね……」
 千亞から離した手を、珠樹は打つ。大きく一度。二度目はない。

 ※

 千亞は、ゆっくりと目を開いた。
「おはようございます、千亞さん」
 珠樹はぼんやりしている千亞の顔を覗き込み、起き上がろうとする千亞に手を差し出す。
 千亞はその手をとったが、どうやら状況は飲み込めていないらしい。
「珠樹……?」
 はっきりしない声で呟き直後。
「うわっ!」
 ぱしん、と叩かれた手を見つめ、珠樹はにんまりと微笑んだ。
「おや、ずいぶん過剰な反応を……千亞さん、どんな夢を見ましたか? さぁぜひ教えてください。出来れば再現を……」
「ゆ、夢の内容……!? お、覚えてない。っていうか、再現できるかド変態っ!」
 器用に腰をひねった千亞の、いつもの蹴りが飛んでくる。
「あはぁん、愛の鞭……素敵です、千亞さん! もっと再現を、さあっ!」
 一度は転げ、復活早く両手を開く珠樹を、再び千亞の足が襲う。
「再現じゃ、ないっ!!」
「はあああん!」
 今度こそ、床の上に倒れる珠樹。その伸びきった体を見下ろして、千亞ははっと短く息を吐きだした。まだ、体のあちこちに違和感がある。
「そうだ、あんなの……間違いに決まってる。顔なんてほとんど見れなかったし……黒い髪や、紫の瞳や、手慣れた指が、こいつに似ていたなんて……」
「千亞さん、何かを言うときはもっと大きな声でお願いします。聞こえません」
 床の上からの珠樹の言葉に、千亞は大きく息を吸い込んだ。
「聞こえなくていい! ってか、僕にはそんな願望はないんだからな!」

●悪戯好きで素直な子供のわがままな告白

 長い髪を梳きながら。眠る桐華の頭を、叶は膝に載せている。律儀に切らないでいてくれる、髪飾りがついた淡い色の流れは滑らかだ。
「出血大サービスだよ、桐華さん」
 呟く声が耳に届いているはずはないのに、桐華が答えるようにもぞりと動く。
 それともこれは、髪に触れる手の感触がくすぐったいからかもしれない。あるいは慣れない膝の感覚か。
 桐華の髪は、毎日のケアのお蔭で指どおりがいい。熱心に櫛を通し、気に入りの髪飾りをつけて。それが膝の上でくしゃくしゃになるのを、まるで愛しいもののように叶は見る。
 すりと肌を寄せられて、思わず髪を撫ぜる手が一瞬止まる。そこにシルビアのため息が聞こえた。見れば顔に「つまらない」と書いてある。
 そうだ、手は忙しくとも、口は時間があいている。
「退屈そうなシルビア嬢。暇つぶしがてらお話に付き合ってよ」
「あら、なにかしら?」
 赤い唇が穏やかに笑む。まるで叶を写した鏡のように。
「僕はね、これでも自覚はしてるんだよ。この子に意地悪しすぎだなって」
「随分御執心のようだけど?」
 シルビアは大きな目で一度、瞬きをした。叶は疑問符のついた問いに答えない。でもね、と話が続いてく。
「でもね、この子は許してくれるんだよ。不思議だねえ。さっさと嫌いになって、離れて行ってくれれば良かったのに」
「……過去形なのね、『良かった』って。それはあなたが彼を、もう手放せないということ?」
 付き合ってと言ったのは叶なのに、シルビアに答えることはない。どうしてこんなことを関係のない彼女に話しているのか。悪戯好きの仲間だからか、それとも赤の他人だからか。
「……んっ……か」
 ぽつりと聞こえそうになった桐華の声。叶はその、開いた唇の上に右の手のひらを置いた。そのかわりに、別の手で彼の左手をとる。揃いの指輪が偶然ぶつかりかちりと鳴って、その小さな音が、なぜか大きく耳に届いた。
 手のひらの下で動く桐華の唇。
「聞こえないよ、桐華さん」
 聞かせないで、桐華。
 重ねた左手を、そっと握り締める。
「ふっ……」
 少しばかり絡まった指先がいけなかったのか、桐華が苦しそうな顔をした。唇に添えたままの叶の手のひら、その指の隙間から吐息が漏れる。手を外し、今はなにも呼ばない……呼ぼうとしない、静かになった唇を解放してやった。
「ふふ、良い子」
 大人しい桐華に、ぽつり。

 黙って二人を見ていたシルビアが、そろそろ時間よ、と教えてくれる。
「あなたは一回? それとも二回?」
「俺はね、二回叩くよ」
 桐華を膝の上に置いたまま、叶はだってそうでしょう? と言う。
「この子が見る夢の相手なんて僕に決まってるし、だからって俺に夢を見ちゃうなんて可哀想。でも僕以外の夢を見たりしたら、許せる気がしない」
「それは随分わがままなお坊ちゃんだこと」
 くすくすと笑うシルビア。叶は彼女から視線を外し、右手で膝の上に眠る桐華の頬を撫でる。
「いつかこの子を解放してあげられたらいいんだけど……無理かもしれない。ねえ、シルビア嬢。どうしたらいいと思う?」
「それがさっきの、あなたの答えなのね」
 シルビアは立ち上がり、二人のところまでやって来た。叶の顔を覗き込む。
「どうせ彼の気持ちなんて、わかっているんでしょう? 助けは彼に求めたらどうかしら」
「それじゃ僕じゃないよ、きっとね」
 叶はそう言って、ソファから立ち上がる。つい先ほどまで撫でていた髪は、今はソファの布の上。二回、手を叩く。

 ※

 桐華の目が、ぱっと開く。頭上に並ぶ二つの顔に目を瞬かせ、最初に視線を向けたのはシルビアだ。
「……叶に、なにもしてないだろうな」
 目覚めた直後は彼女の存在に驚いたようだったのに、今はまるで突き詰める声。
「やだなあ桐華さん、心配性なんだから」
 叶がいつもどおりににこりと笑う。
「そんなことより、僕の膝枕。どうだった?」
「膝枕?」
 桐華は体を起こし、髪を整えるように後頭部に手をやった。
「……気付かなかった。どうせなら起きている時にしろよ」
「そんなこと、僕がするわけないじゃない」
「……そこで言いきられてもな」
 言いながら、桐華が立ち上がる。そのときぽとりと、髪飾りが落ちた。
「あ……」
「もう、桐華さんってば」
 叶は苦笑しそれを拾ったが、手のひらに置いて見つめるばかり。
「つけないのか?」
「うん? つけるよ。ほらほら、かがんで桐華さん」
 桐華が黙って膝を折る。
 そんな二人を、シルビアは愉快そうに見つめていた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 白石えむ  )


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 05月25日
出発日 06月02日 00:00
予定納品日 06月12日

参加者

会議室

  • [10]ハティ

    2015/06/01-23:59 

    ブリンド:
    神人の原始返り(おつかれの意)
    こっちは神人だなー目を離すとロクなことねぇんだが縄でもつけたろか。
    俺らも説明を避けたら遠回りした感。


  • [9]叶

    2015/06/01-21:52 

    わぁい、こっち出る前にあっち返ってくるとは思ってなくてびっくりしたー。
    明智君もハティ君もお疲れ様だよ。二人を隔てる物(服)はなかったね!

    うちは桐華さんにおねむになって貰う事にしたよ。
    ぎりぎりー…な感じよりも路線が逸れちゃったかも?
    ぜんねんれいってむずかしいね!ぜんねんれいってなんだろうね!
    そんな感じの叶とおねむな桐華さんでした。
    一先ずプランもできたので一旦たいさーん。
    皆で楽しくいい夢見れたらいーね!

  • [8]叶

    2015/06/01-21:46 

  • [7]明智珠樹

    2015/06/01-19:45 

  • [6]明智珠樹

    2015/06/01-19:45 

    眠る千亞さんに悪戯し隊、明智珠樹です。
    結局千亞さんが眠ることになりました。ふふ。

    ここで伝えるのもナニですが、裸眼鏡ではありがとうございました、叶さんハティさん。
    私の青春トキメキアルバムに幸せな一ページが追加されました、ふふ…!
    叶さん、ご立派…!
    もう裸の付き合いも同然ですよね!!二人を隔てるモノは何もありませんよね!

    乳揺らしたりノーパンだったり全裸だったり、なんとも幸せな毎日だと気がつきました。
    生きてるって素晴らしい!
    そしてあまりの役立たずっぷりにウィンクルム剥奪されないか心配なこの頃です。

    と、いうわけで。
    裸眼鏡のプランはギリギリOKだったのか心配しつつもプラン提出です。
    神人側は問題ナイ…ハズ!ハズ!
    精霊側は欲望を溢れるパッションを抑えたつもりですが…もはや
    ギリギリのラインがわかりません。

    そんなこんなで、皆様の素敵な夢っぷりを楽しみにしております。ふふ、ふふふふふ!!

  • [5]月岡 尊

    2015/05/28-22:42 

    アルフレド:
    ン? どーしたんスか、ツキオカさん。急に遠い目しだして……

    おぉっと、挨拶遅れてワリぃ!
    俺、シノビのアルフレドと、神人は月岡尊。
    知った顔ばかりってのは何つーか楽しみだな。
    うちも、どっちがどーなるんか、皆に関われる余裕があんのかも、まだ分からねえんだが……
    なんにし、明智たちも叶たちもハティたちも、今回もよろしくな!

  • [4]ハティ

    2015/05/28-05:12 

    裸になる眼鏡からの続投組みが大半でなんだか納得してしまった俺がいる。
    ハティとブリンドだ。叶さんと明智さんは引き続きになるがよろしくな。月岡さん達とは猫騒動(意味深)以来だろうか。
    そして大半が(乳揺らし)試作品に関わっていたと知ってなんだか(以下略)
    ……まあ俺は揺らしたわけじゃないんだけどな。
    なんの話だったか……

  • [3]叶

    2015/05/28-02:59 

    おねむな桐華さんをよしよし膝枕してあげようか、僕がすやすや眠っちゃおうか大いに迷ってるー。
    そんなこんなで叶と愉快な桐華さん、ぎりぎりに続きぎりぎりに挑む所存ー。
    明智君達とハティ君達は引き続きになったねぇ。
    シルビアさんには前回たーっぷりお世話になったからねー。
    今回も楽しく遊びたいところだよ。どうぞ宜しく。

    それにしても裸眼鏡に引き続きー、と、乳揺らし振りって、
    なんかすごくそこだけチョイスすると明智君今まで何してきたの?ってなる。
    何だか色々、楽しそうだねぇ。

  • [2]明智珠樹

    2015/05/28-00:21 

    ギリギリ狙いのアイ・ウォン・チュウッ!
    こんばんは、明智珠樹です。隣の兎っ子は千亞さんです。
    何卒よろしくお願いいたします。

    初依頼でお世話になったシルビアさん再来…!ということで顔を出させていただきました。
    瀬田GM様連続だぜ…!と蓋を開けてみたら!
    叶さんご両人様、ハティさんご両人様、今回も何卒よろしくお願いいたします。
    流石に絡み愛はなさそうですが、とてもとてもとても楽しみにしております。
    そして月岡さんご両人は乳揺らし以来ですね、またお会いできて嬉しいです…ふふ!

    そんなわけで、まだどちらが眠りにつくか決まっていない私達ですが
    何卒よろしくお願いいたします。ふふ、ふふふふふふふふふふふふふうぁはぁんっ!

  • [1]明智珠樹

    2015/05/28-00:17 


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