【春の行楽】不幸の蜜は死を招く(瀬田一稀 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 これは、ダイヤモンドにも似た輝きを持つ種。
 愛し人を想って土に植えれば、あら不思議。
 一夜で芽が出て花が咲く。

 花の色は二種類だ。
 幸福をもたらす出会いなら青い花。
 その蜜は甘く、飲み干せばさらに喜びが訪れる。
 不幸をもたらす出会いならば白い花。
 その苦い蜜を飲み干せば、多少なりとも未来が変わる……かもしれない。
 だが気を付けよ。苦みは毒味。苦しみの味。
 不思議の花、ジュリエット・ドリーム。
 さあ、あなた達の愛はどっち?

 ※

 美しい花の咲き乱れるイベリン王家直轄領。
 そんな歌に誘われて種を買い、植木鉢に植えたまでは良かった。
 自分達は強い絆で結ばれているウィンクルムだ。白い花など咲くはずはない。明日の朝が楽しみだ。甘い蜜を飲んで、さらなる幸福を手に入れよう。
 ウィンクルムは、どちらもそう思っていた。
 自分達には、当たり前のように明るい未来が訪れると。
 それなのに――。

「なんで、白い花が……」
 翌朝。
 鉢の前に手をついてがっくりうなだれる相棒に、どんな言葉をかけたらいいかわからない。
 ただの占いだから信じるなというのは簡単だ。
 しかしもしかしたら……自分が彼に、本当の不幸をもたらす可能性だってある。
 だって未来はわからない。
 だったら――。

 あなたたちはどうしますか?

解説

ジュリエット・ドリームが、白い花を咲かせるまでは共通です。
ただの占いですので、PLさまにおいては、あまり気にされませんよう。
種のお代として300jrいただきます。

さて、このジュリエット・ドリームの苦い蜜は、飲んだ人を仮死状態にします。
それを神人・もしくは精霊は知りません。
(蜜を飲んだ相棒が、突然倒れて動かなくなってしまったという認識になります。)
蜜を飲んでから30分後に、種を売っていた人物がやってきて、これは仮死状態であり、相棒は数時間後に目を覚ますと教えてくれます。その間は、何をしても相棒は起きません。
ちなみに部屋は二人きりです。

蜜をひとりで飲む場合は、神人と精霊のどちらが飲むかと、起きている人の行動。
蜜を二人で飲む場合は、飲むまでの二人の行動および、目覚めた直後の行動。
どちらも蜜を飲まない場合は、どうしてその考えに至ったのかの行動を、プランに書いてください。

神人と精霊が『白い花が咲いたから不幸な出会い』ということを信じるか信じないかはキャラに任せます。
気を付けてほしいのは、蜜を飲み仮死状態になった直後は、それが『仮死』とは知らないということです。
知らせが来る30分の間に状況から判断するのは自由です。
ちなみにここで言う仮死とは、意識はなく、呼吸も止まっているけれど、心臓は動いている状態をさします。


ゲームマスターより

こんにちは、瀬田です。
ハピネスなのに、全然ハッピーじゃない感じですね。
一応ジャンルはシリアスにしていますが、どんな感じでも大丈夫。
ジュリエットのように、悲しい結末にはならないようにしてあげてくださいね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  白い花が咲いてる、ね?
うん、俺も不幸だなんて思わないよ。日々充実しているし
勿体無いけれどこの蜜は捨て…え?飲む?
苦い!と盛大な文句を予想。口直しのお茶でも淹れてこようか

床に俯せた彼を揺らし…息、してない(顔面蒼白
ええと毒抜き?お祈り?いやでも先に心肺蘇生かな?!
空回る頭で思いつく限りの対処を、躊躇わずに
人工呼吸は済んだ、後は心臓マッサー…?
触れた胸を打つ鼓動に首ひねり

説明後
目を覚ますまで付きっきりで介抱
(き、気が動転していたとはいえ、唇に…今は考えないでおこう

変わらぬ調子に安堵するも同時に込み上げる、強い感情
ッ心配したんだから、俺、本当に…
(おかしいな。笑っているつもりなのに、視界が滲んでいく



セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
  綺麗な種と話に楽しみにしてた

肩叩かれビク)不幸じゃない
タイガと出会って不幸だなんて思ったこともない
うん…
(じゃあタイガは…僕にあって不幸になる?そんなの嫌だ
蜜を飲めば代えれる…なら)



!タイガ泣いて…
ごめん…これじゃ本当に不幸を運んだみたいーっ
いたた悪いって。
代えたくて、タイガが不幸なのは嫌だから

声、届いたよ。泣いてるタイガみたのあの時以来で驚いた
顕著前の床に伏せてた時
今みたいに必死に呼んで破顔して迎えてくれたっけ
(何を不安になってたんだろう。タイガにどれだけ救われて夢みたか)
でも荒れてたって…?何かあったの

…そう
それは責任重大だ(微笑)そういうところ憧れだよ
自分で代える、か…想像もしなかった



天原 秋乃(イチカ・ククル)
 

青い花が咲くのを期待していたかと聞かれると正直俺にもよくわからないが、まさか白い花が咲くなんて思ってなかった
…こいつといると不幸になる…?
なんだかピンとこない

イチカはへらへらしてるけど、なんだかいつもと違う気がする
「お前、まさかと思うが白い花咲いたこと気にしてるのか?らしくもない。どうせ占いだろ」

笑ってるけど絶対気にしてるだろこれ…
イチカがいつまでもこんな調子だとイライラする
占いを信じるわけじゃないが、蜜を飲めば多少未来が変わるってんならその蜜俺が飲んでやる

目覚めた後、いつもの調子に戻っているイチカに少し安心
「俺倒れてたのか?心配かけて悪かったな。…ってかあきのん言うな!!」


フラル(サウセ)
  サウセが種を手に入れたようだった。
自分は占いは信じていない。
今はこれまでの自分の結果だし、未来はこれから自分が決めるものだと思っている。

だが、占いが好きな相棒がどことなくワクワクドキドキしているようなので、見守ることにした。

白い花にショックを受ける彼を見て、そんなの信じるなよと言って頭を撫でる。
ただの偶然だと言う

「だいたい、幸せか不幸かなんてのは占いでわかるものではない。
それを決めるのは自分自身だ。
だから、お前はこの花の結果で悲しむな。
お前との出会いは幸せなものだと感じていたのはオレだけだったのか?」


。行動で示すために蜜を口に入れる。
苦い、な…。


●この出会いは、幸せなもの。私はあなたを信じます。

 きっと青い花が咲くと思っていた。フラルと出会って以来、今までの自分が変わってきているのを知っている。やっと、人と近寄ることはこんなにも充足することなのかとわかった。だからこそ、信じていた。それなのに――。
「……白い花が咲いてしまうなんて」
 一夜で開いた純白を見、サウセはうなだれ呟いた。
「不幸、なのでしょうか」
 傍らで鉢を抱えるようにして座っているサウセを、フラルは見下ろしている。仮面があるから彼の表情のすべてを見ることはできないが、きっとさぞ悲しい顔をしているだろうと思う。
 フラルは占いを信じていない。今この瞬間はこれまでの自分の結果だし、未来はこれから、自分が決めるものだと思っている。自分一人ならばあの種を買うこともなく、この白い花を見ることもなかっただろう。
 ……でも、サウセが買うと言ったから。
「どちらの色が咲くかわかっていますが、緊張しますね」
 などと言って、まだ芽も出ない土に、嬉々として水をあげるから。
 ワクワクドキドキ。そんな表現が似合うほどに、浮かれていたサウセ。仮面の男に似合わない、純粋に微笑んだ口元。それを知っているから、くだらないとは言いきれない。
 フラルはサウセの隣へとしゃがみ込んだ。その頭に手を置いて、そっと髪を撫でる。
「そんなの、信じるなよ。ただの偶然だ」
 サウセが顔を上げる。仮面の奥の瞳が濡れているように感じたのは、気のせいかもしれない。でも一瞬でもそう見えてしまえば、駄目だった。相手の信じるものを否定するのはどうかと思う余裕を持つこともできず、フラルは口を開いた。考えていたのは、ただ、サウセに元気になってほしいということだけ。その願いを込めて、きっぱりと断言する。
「だいたい、幸せか不幸かなんてのは、占いでわかるものではない。それを決めるのは自分自身だ」
「そう……でしょうか」
「そうに決まっている。だから、お前はこの花の結果で悲しむな」
 でも、とサウセはまた、白い花を見た。なにかと言おうとして震える唇。だが、マイナスの言葉など、言わせてなるものか。
「サウセ」
 フラルはサウセの肩に手を置いた。仮面の顔を覗き込むように、じっと見つめる。
「お前との出会いは幸せなものだと信じていたのは、オレだけだったのか?」
「……私も、信じていました」
「ならなぜ悲しむ。お前は俺の言葉より、占いを信じるのか?」
 サウセが黙り込む。フラルはふっと息を吐くと、サウセから体を離した。ここでいくら言葉を重ねても、彼の心の迷いは晴れないだろう。臆病なサウセ。彼を納得させるためには、行動で示さなければ。フラルは、美しく咲いた花に手を伸ばした。
「フラルさん、なにを」
 するつもりですかと、サウセは聞けなかった。いや、聞く時間を、フラルは与えてくれなかった。彼は指先に掴んだ花を唇に寄せると、あっという間にその蜜を吸ってしまったのだから。
「苦い、な……」
 言った途端、フラルの体がその場に崩れ落ちる。はらりと散る白い花弁。それを見る余裕は、サウセにはない。
「フ、フラルさん! どうしたんですか!?」
 名を呼び、脱力したフラルの肩を揺らした。しかしそれを何度繰り返しても、彼は動かない。
「起きて、起きてください!」
 サウセの体を冷たい汗が流れ落ちた。まさかと鼻先に手のひらを近づける、と……。
「息を、してない……?」
 不意に、花の種の購入する時に聞いた歌を思いだす。
「苦みは毒味……」

 そこにやって来たのが、花売りの男だった。
 フラルが倒れたのは仮の死のため。数時間後には目が覚めると聞き、思わず体中の力が抜けた。だが、安堵はしても動悸はおさまることがない。

 初めて自分の側にいてくれた人。
 自分を優しく見守ってくれていた人。
 あの紫の瞳の色が好きだった。
 今は紫の瞳は、閉じられている。

「フラルさん……あなたがいなくなってしまうかと……」
 今更ながら、体が震えた。溢れる涙が、サウセの頬を濡らす。それを拭うため、サウセはそっと仮面を外した。
 これを外して始めて見たあなたの顔が、この状態なんて……
 ――閉じられたままの、美しいアメジストの瞳。

「できるなら、あの紫色を見たかった……」
 ――誰より強いあなたの言葉を、信じればよかった。

 サウセはぽつりとつぶやいた。聞こえないとはわかっている。しかし胸に染み入った彼の想いに、今度こそ答えたい。
「フラルさん、早く目を覚ましてください。あなたに、この出会いは幸せなものだと伝えたい」
 サウセの手が、フラルの黒髪を撫ぜる。花を見てうなだれる自分に、彼がそうして触れてくれたように。

●僕といたら不幸になる。でも本当は、幸せになってほしい。

 青い花が咲くのを期待していたかと聞かれると、正直よくわからない。だがまさか、白い花が咲くなんて思っていなかった。
 天原 秋乃は隣で自分と同じように植木鉢を見ていた相棒、イチカ・ククルをちらりと見やる。
 ……こいつといると不幸になる……?
 なんだかピンとこない。かといって、幸福になると言われてもわからない。イチカは今はもうここが定位置で、いるのが当たり前で……。
 そんなイチカは、へらりと笑う。
「あはは、白い花か~」
 花弁を見つめ、それからふわりと顔を上げた。
「秋乃、僕といると不幸になっちゃうよ?」
 そう、なんとなく嫌な予感はしてたんだ。僕と一緒にいて、幸せになれる人なんかいない。みんな結局……。
 ただそれを、秋乃には知られたくなかった。だからいつものように、口角を上げる。あきのんと呼んで怒られて、そんな日常を手離さないために。
 秋乃はイチカの変化に気付いている。目が笑っていないのだ。口ばかりぺらぺらと動いているくせに。こっちをまっすぐに見ようとしない。
「お前、まさかと思うが、白い花が咲いたこと気にしてるのか? らしくもない。どうせ占いだろ」
 ち、と舌打ちまでつけそうな勢いで言い捨てる。しかしイチカの微笑は変わらない。
「気にしてないよ」
「なら俺を見ろよ」
 そう言うと、イチカの赤い瞳は秋乃を捕えた。だが、何か違う気がする。どことはうまく説明できない。でも……。イチカがいつまでもこんな調子だとイライラする。
 出会う前の過去のことなんて知らない。イチカは言わないし、秋乃も聞かないからだ。でも言わないなら言わないで、覚悟を決めるべきだ。いつもみたいにへらへら笑って「僕は気にしてないよ」って本気で思って「ほらあきのん、それより美味しいものでも食べようよ」とか言って――。
「ああ、もう!」
 秋乃は叫んだ。イライラがとまらない。こんなイチカは見ていたくない。
 苛立ち紛れの勢いで、白い花の花弁をつまみとる。占いを信じるわけじゃないが、蜜を飲めば多少未来が変わるってんなら。
「この蜜、俺が飲んでやる」
 とろりと唇に触れる蜜は、今まで食べたどんなものよりも苦い。ああ、これまっじいな……秋乃の意識は、そこで途切れた。

「……ねえ、ちょっとどうしちゃったの?」
 ばたりと倒れた秋乃を、イチカは見下ろした。
「これって何の冗談……」
 そう言いながら、とても冗談などではないことはわかっている。イチカの傍に座りこみ、名前を呼んでみる。しかし返事は貰えない。あきのんと嫌がらせのように叫んでみても、瞳は閉じられたまま。怒声が聞こえることもない。
 動かない唇。それでもなにか言ってはくれないかと耳を寄せれば。
「……息、してない……」
 顔を離して、表情のない秋乃を見つめる。はは、とおかしくもないのに笑いが漏れた。
 前に見たあの夢が、現実になったみたいだ。救えなかった相棒を持った、ウィンクルムの片割れの依頼。秋乃の死ぬ夢。過去に大切な人を見取れなかった自分。
 たしかに秋乃のときは、最期まで一緒にいたいと思った。僕が望んだ。だけど、こんな形で、占いなんかで……。
「ほらね? 僕といたら不幸になるんだよ秋乃」
 秋乃の蒼白となった頬に触れようとし、その指をイチカは引っこめた。もっと近づきたい。最期なのだから、寄り添いその消えゆくぬくもりを感じたい。
 倒れた秋乃と向かいあうようにして、床の上に転がった。そうだ、これはきっと同じベッドで眠っているだけの話。あの時みたく夢のこと。現実を嘘で固め、秋乃に体を近づける。ほら、まだあたたかい。鼓動だってしっかり……。
「……鼓動?」
 イチカははっと体を起こした。秋乃の胸の中央に手のひらを置く。とくんとくんと感じる脈動に、イチカの体の中でも鼓動が跳ねた。
「生きてる……! 秋乃、生きてる!」

 そこにやって来たのが、花売りの男だった。
 秋乃が倒れたのは仮の死のため。数時間後には目が覚めると聞き、思わず秋乃を抱きしめた。でもすぐにこれはいつもの自分じゃないと気付いて、床に戻す。ここでじっと見ていよう。秋乃が起きるまで。また賑やかな声を聞かせてくれるまで。

 秋乃が目覚めたとき、イチカは傍らで雑誌のページをめくっていた。
「あれ? 俺、倒れてたのか? 心配かけて悪かったな」
 のそりと起き上れば、すぐさまイチカは雑誌を放り出し、秋乃に満面の笑みを向ける。
「あきのん! よかった、ほんとにほんとに心配したんだよ~」
 いつものイチカ。いつもの微笑み。
 それに安堵しつつも、秋乃はイチカの頭をぱしん! と叩いた。
「ってか、あきのん言うな!!」

●そんなこと、想像もしなかった。でも君とならできる気がするよ。

 綺麗な種と話に、楽しみにしてたんだ。
 セラフィム・ロイスは、鉢の中に咲いた真っ白な花を呆然と見つめていた。穢れなき純白。それがこんなにも、悲しいなんて。
「どうして、白い花が……」
 自然と声が震えてしまう。
 僕は不幸じゃない。
 タイガと出会って不幸だなんて、思ったこともない。
 胸の内でどんなに叫んでみても、目の前の花が、すべてを象徴しているよう。
 そのとき背後から、セラフィムの肩にぽんと温かな手が置かれた。火山 タイガだ。
「セラ、元気出せ!」
 ゆっくりと振り返ると、いつも通りの笑顔がセラを迎えてくれる。若葉を思わせる生命力に満ちた瞳と、にっと上がった口角。この笑顔にいつも元気づけられてきた。なのに今日の不安は消えない。返事だって、やっと頷くことしかできない。
 考えてしまうのだ。
 もし自分が不幸ではないのだとしたら。僕と出会って不幸になるのはタイガなんじゃないかって。
 そんなの嫌だ!
 セラフィムは強く首を振った。それを見、タイガは目を見開く。
「セラ、いきなりどうしたんだよ」
 その問いには答えない。答えられない。だって……タイガには、幸せになってほしいじゃないか。僕を光の下へと連れ出してくれた、大切な人。
 黙したままタイガを見上げ、セラフィムはうっすらと微笑んだ。白い花の花弁をとり、それを口元へと持って行く。
 ――蜜を飲めばかえれる……なら。
「ちょ、セラ、待てよ!」
 蜜を飲み干したセラフィムの体が崩れ落ちる。
「どうしたんだよ急に……セラ、貧血か?」
 占いなんて信じていないタイガである。とりあえずいつものように抱き留めて、横にならせてやろうと、顔を覗き込む。……と、違和感。なんだ? と思ったのは一瞬。タイガははっと目を見開いた。いつもなら鼻先に感じるはずのセラフィムの呼気が、感じられないことに気付いたのだ。
「嘘だろ、息して……!? 突然どうして……死ぬな! 誰か!」
 叫んだところでこの部屋には二人きり。ウィンクルムとして危険を潜り抜けてきたというのに、倒れた相棒の対処もままならない。
 今は頼れる仲間はいない。どうしたらいい。息をしていない相手には、人工呼吸か。まずは気道を確保して、鼻を押さえるのだったか。
 今セラを助けられるのは俺だけだ。落ち着けと自分に言い聞かせながら、知識を総動員させる。

 そこにやって来たのが、花売りの男だった。
 セラフィムが倒れたのは仮の死のため。数時間後には目が覚めると聞き、タイガはほっと肩を下ろした。

 目を閉じたセラフィムの手をそっと握る。
 起きろ。
 一緒に世界を周るって約束したろ。生きがい、なんだろ!?
 ……俺だって、だよ。
 セラに見せたい夢ができたんだ!
 荒れて、生きるために働いてた毎日が意味を持ったんだ……。
 セラがいなきゃ始まんねーだろ!
 待ってるから……起きろ。

 新緑が、雨ではなく涙に濡れる。セラフィムの手を握りながら、いつしかタイガは泣いていた。助かるのに。セラは起きるのに。思っても止まらない。
「早く起きろ……セラ」
 閉じたまぶたを覗き込む。その上にタイガの零した滴が落ちる。
「んっ……」
 セラフィムの唇から、声が漏れた。ゆっくりと、空を映す瞳が開かれる。
「……タイガ泣いて……」
 乾いた唇が発した音は、かすれていた。その先を言わせまいとでも言うように、タイガは大切な人の名を呼び、その細い体を抱きしめる。
「セラ! 心配させやがって!」
「ごめん……これじゃ本当に不幸を運んだみたい――」
「不幸じゃねえ!! 決めるのは俺だろ! ……なんで飲んだんだよ。阿呆」
 タイガはセラの肩口に、ぐりぐりと顔を押し付けた。
「いたた悪いって。……代えたくて。タイガが不幸なのは、嫌だから」
 ――そう、嫌だった。
「なんかね、タイガの声を聞いた気がする。それに、泣いてるタイガ見たのあの時以来で驚いた。顕現前の床に伏せてた時、今みたいに必死に呼んで、破顔して迎えてくれたっけ」
 あの頃も今も、タイガの笑顔は変わらない。それなのに何を不安になっていたんだろうと思う。タイガにどれだけ救われて、夢を見たか。そんなの自分が一番よくわかっていたのに。
 そこでふと、疑問が浮かんだ。
「……でも荒れてたって……? 何があったの?」
「……お袋亡くして不良に足つっこんでた。それは置いといてさ! 不幸なら幸せに代えてやる! セラが居てくれりゃあな」
「それは責任重大だ」
 にかりと笑うタイガに、セラフィムは微笑む。
「そういうところ憧れだよ。自分で代える、か……想像もしなかった」
 ジュリエット・ドリーム。この花の名の由来になっているだろう有名な恋愛小説を、セラフィムは読んだことがある。誰もが涙する感動作だ。しかし愛を得るために死んでは本末転倒であることを、今知った。自分は、強く逞しい虎の子を信じたい。なにより、彼と幸せになるために。

●不幸だなんて思わないよ。だから、心配させないで。

 羽瀬川 千代とラセルタ=ブラドッツは、植木鉢に咲く花を見下ろしている。
「白い花が咲いてる、ね?」
「まったく、甘い蜜を堪能できず残念だ」
 ラセルタは肩をすくめた。問題にするのは純白の花弁ではなく、甘い蜜であるところがいかにもラセルタらしい。しかし彼は断言する。
「俺様と千代が不幸な出会いである筈がない」
「うん、俺も不幸だなんて思わないよ。日々充実しているし。勿体ないけどこの蜜は捨て……」
 言いかけたところに、ラセルタの手が伸びた。長い指が攫うのは、美しい花そのもの。
「苦しみの毒とは大げさな。蜂蜜にでも混ぜて飲むとしようか」
「え? 飲む?」
 千代は黒い瞳を瞬かせた。苦いとわかっているものを、甘味好きのラセルタが口に入れようとするとは。驚いた千代に、ラセルタは口角を上げる。
「なに、ただの退屈凌ぎだ」
「きっと苦い! って言うよ。ラセルタさん」
 千代はくすくすと笑いながら、その場を立ちあがった。口直しのお茶でも淹れてこなければ、そう思ったからなのだが。
 どさりと聞こえた音に、振り返る。
「……ラセルタさん?」
 視線の先に映るは、相棒の倒れた姿。俯せた床に広がる銀糸と、逞しい体だった。
「ど……どうしたの?」
 動かぬ彼の傍にしゃがみ込み、肩に手を置く。
「ねえ、どうしたの? ラセルタさん!」
 長い髪が、顔を覆っている。このままではらちが明かないと、千代はラセルタの体を裏返した。天を向いた頬にかかる横髪を両手で避ける。その時ふと、気がついた。
「……息、してない」
 唇が触れる距離まで顔を寄せ、真っ白な顔を覗き込む。しかし彼から呼気は感じられない。体を離し、眠るような彼を見つめて千代は叫ぶ。
「ちょっと、どうして、なんでっ」
 どうかしなくてはと思うのに、鼓動ばかりが早くなり、そのくせ頭は働かない。
 千代は室内を見回した。なにか方法を。ラセルタを目覚めさせるための方策を。ここに医学書の類はあるだろうか。ああそれ以外でも、役に立ちそうなものが。
 手当たり次第に引っ張り出し、使えないとなれば放り出した。そうだ、きっと、あの花の蜜がいけなかった。あれはやっぱり毒だったのだ。それなら毒抜き? でも飲んでしまったものをどうやって? それともお祈り? いや違う。そんなことじゃ、意識が戻るはずはない。そうだ、息をしてないのなら、まずすることは。
「……人工呼吸」
 呟くやいなや、千代は仰向けのラセルタの顔の脇に膝をついた。どうか、どうか目を開けてと願いながら、震える手でラセルタの顎に手を添える。首を反らせて鼻をつまみ、唇を重ねた。細く息を吹き込み、顔を離す。次は心臓マッサージか。しかし胸に手を置いてすぐに、千代は首を傾げた。手のひらに鼓動を感じるのだ。
 息は確かにしていなかった。なのに、心臓は動いている。
「……どういうこと?」

 そこにやって来たのが、花売りの男だった。
 ラセルタが倒れたのは仮の死のため。数時間後には目が覚めると聞き、千代はぺたりと床に座りこんだ。

「……目覚めてくれるんだ」
 まるで人形のように大人しくなってしまった彼を、千代は見つめている。黙っていれば、美しいだけの人。しかしきつい言葉の裏に気遣いがあると知っているから、これだけでは物足りない。
「ラセルタさんは、やっぱり喋ってくれなくちゃ」
 そう、この唇で。
 ふと目に留まったその場所に、千代の頬が一気に熱くなる。
 き、気が動転していたとはいえ、唇に……。
 いや、今は考えないでおこう。それよりも、早くラセルタさんに起きて欲しい。
 彼が無事だと知ってから、気持ちはすっかり落ち着いていた。ただ散らかった部屋を目にしても、動きたくはない。ラセルタの傍から、1ミリだって。

 数時間が経過した頃、ラセルタは目覚めた。
「俺様は……ああ、花の蜜を飲んだのだったか。なんだ、大したことはなかったな」
 ぐっすり眠ったかのような心地。毒といってもこんなものかと、傍らで大きく目を開けている千代を見る。
「どうした、千代。俺様の寝顔は可愛かっただろう?」
「そうだね。かわ……」
 可愛かった、と。千代は最後まで言うことはできなかった。目頭も喉の奥もひどく熱い。こみ上げてくるのは、強い感情だ。
「ッ心配したんだから、俺、本当に……」
 笑って迎えたいのに、笑えない。ラセルタは突然泣き出した千代を、呆然と見つめた。黒い瞳からぼろぼろと零れる雫。自分は眠っていただけだと思っていたが違うのだろうかと周囲を見れば、様々なものが散乱し、散らかった部屋が見えた。きっと自分が考える以上のことが起こったのだということは、容易に想像がつく惨状。そして、千代がずっとここにいてくれたのだろうことも。
「……悪かった、千代」
 嗚咽する千代を、ラセルタは強く抱きしめる。その肩を千代の涙が濡らしていく。肩が温かい。これが千代の想いか。
「……良かった、起きてくれて、本当に……!」
「馬鹿だな。お前がいるのに、目覚めないわけがないだろう」
 言ってラセルタは、千代の涙に濡れた顔を覗き込んだ。千代は恥ずかしそうに目を逸らしながらも、ラセルタの腕の中から逃れることはなかった。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 05月09日
出発日 05月16日 00:00
予定納品日 05月26日

参加者

会議室

  • [3]羽瀬川 千代

    2015/05/15-23:26 

    こんばんは、羽瀬川千代とパートナーのラセルタさんです。
    ぎりぎりになりましたが先程プランを提出して来ました。
    無事に咲かせられたら嬉しいですね。

  • [2]天原 秋乃

    2015/05/15-21:47 

    天原秋乃とイチカだ
    プランは提出済み。どうなるかわかんないけど、悪いことがおきなきゃいいなとは思う
    …どんな花が咲くんだろうな

  • [1]セラフィム・ロイス

    2015/05/14-00:19 

    PLが頭うんうんひねってる。どうも、僕セラフィムと相棒のタイガだよ
    まだどう動くかは未定だけど、がんばりたいとは思う
    綺麗な花さくといいな(まだ知らない)


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