忍ぶ関係~二つのリップ~(瀬田一稀 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 相棒の色白の手が俺の手首を掴み、艶のある唇がゆっくりと弧を描いた。
「逃がさないよ」
「逃げねえよ! べ、別に、嫌だとか思ってねえし……でもここは」
「大丈夫、誰も見てないって」
 ぐんと引かれて、伸びたきりだった肘が折れる。それで俺は、あいつの腕の中……って。させねえ、させるかそんなことは!
 げしっと相手の腿を蹴り、抱きしめられるのは何とか回避。いてて、と顔をしかめる奴を、俺は怒鳴りつけた。
「お前、人の話は最後まで聞けよ! ああ、確かに嫌だとは思ってねえ。でも場所を考えろ! ここはどこだ?」
「タブロス」
「じゃなくて!」
「ショッピングモールのフードコート」
「だな! ほら、周りを見てみろ。赤ん坊を連れた家族がいるだろ? ほのぼのするよな? 和むよな?」
 重ねて言うと、奴は渋々、手に持っていた物をポケットの中に突っ込んだ。
「あーあ、すぐに試してみたかったのに。二つ合わせると、香りが変わるリップクリーム」

 それは、薬局の片隅にひっそりと置かれていた。
 二つセットのリップクリーム。パッケージは、誰かと誰かのキスシーンだった。
 へえ、これ、お互いの唇に塗ってキスすると、匂いが変わるんだって。
 ふうん。
 ちょ、反応うっす! ねえ、試してみようよ。
 女々しい。断る。
 ……そっかあ、残念。

 という流れだったはずなのに、腹が減ったと立ち寄ったフードコートで、奴はそれを取り出した。おい、いつの間に買った。
 で、一本を自分の唇に塗りつけて、もう一本は俺の……塗ってねえよ! 塗らせてたまるか! そんなんしたらキスされるに決まってる!
 でも、ちょっと残念そうにしている奴の顔を見たら、申し訳ない気はしてきた。
 わかってる。俺は流されやすい。いつもいつもそれで失敗を……くそ。

「わかった、ここで試してもいいぜ。ただし、唇はダメだ。それ以外のところなら、つけてやらないこともない」

解説

あなたたちウィンクルムは二つセットのリップクリームを買いました。スティックタイプではなくて、小さな入れ物に入っていて、指で塗るタイプです。
こちらは二つセットで300jrとなります。

このリップは、塗った二つの場所をくっつけると、香りがかわるという仕組み。
(香りはお好みで記載願います。バニラとか柑橘系とか、お好み焼の匂いとか、ありえないものでもいいですよ)
あなたのどこかと、相棒のどこかに塗ったあと、その場所をくっつけてみましょう。
ただし、神人と精霊のふたりが、唇に塗るのはいけません。

なぜならここはショッピングモールのフードコートだから。赤ちゃんがいます。パパもママもいます。おじいちゃんおばあちゃんもいます。簡潔に言えば、人目があります。
気にしてください。
他人様に迷惑をかけてはいけません。
愛はひっそりと楽しむのも、素敵なものです。

ウィンクルムごとの描写になります。お隣のウィンクルムと一緒に楽しみたい場合は、相談の上プランをご記入ください。

ちなみに、フードコートはたくさんの椅子やテーブルが並んでいるあれです。よくありますね。
相棒と席に座る際は、基本はテーブルを挟んで対面、もしくはテーブルを前に横並びになります。
『人前で』が狙いなので、リップを買ってお家に帰るのはなしでお願いしますね。


ゲームマスターより

お久しぶりです。瀬田です。
こういうのをだいぶ前に近所のお店で見かけましてね、楽しそうだなあと思いました。
皆が狙い通りに香りを感じられれば大成功。全員が相棒に拒否られたら失敗です。

さて、こちらはEXエピソードで、通常エピよりもリザルトの文字数が増えます。よって、瀬田のアドリブも多めになると思われます、ので。

【お願い】
アドリブ多めに関してお許しをいただける方は☆マークを
それは止めてくださいというかたは×マークを、プランの頭に記入いただけると助かります。
☆の方には、瀬田の妄想……もとい、アドリブ全開でお届けします。多少のキャラ崩れは気にしない方にお勧めです。
×の方には、プランに則ったものをお届けします。ジャッジはしますが、脱線はしません。

それでは、賑やかなフードコート内ではありますが、素敵な時間をお過ごしください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハティ(ブリンド)

 
リンとテーブルを挟んで、間にはリンの買ってきたコーヒーと軽食、俺の買ったリップクリーム
香りの種類の多さはほぼオリジナルと言えそうだ、興味深い
うーん…原理はよくわからないが、こういうのは皮膚同士であることが重要なんじゃないか
(でもコーヒーは一口もらう)
確認がてらまず唇に塗り、塗ったその指でリンの上唇をふにと押す
どうだ?リン、どんな感じだ?
これだけ鼻先に近いのにわからないってことはないだろう
塗りが足りないんだろうか…
…それはなそういう目で見るからそう見えるんだ
思わずガタつかせそうになった椅子をリンの脚が抑えてそっと息をつく
ここまではしてないぞ
触れた瞬間に甘さのないチョコレートと仄かにミント


蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
 
フィンと日用品の買い出し
フードコートで休憩
珈琲を飲んで一息ついていたら

フィンの取り出したリップに驚いて
「なッ…物欲しそうな顔なんてしてないぞ!」
思わず立ち上がり、周囲の注目に赤くなって座る

本当は気になってた
けど…キスなんて誰とするんだよ?と思って…
何故かフィンの顔が浮かんで、考えないように視線を逸らしたんだ
どうかしてる

フィンは全く他意なく勧めてるんだろうな…
パートナーの俺を気遣って

なら、乗るしかないじゃないか
掌にリップを塗って手を差し出す
腕相撲の形にし
「これなら腕相撲やってるって目立たないだろ?
どーして笑うんだよ!
子供っぽくて悪かったな!実際子供だし!」
これじゃ更に子供だな…
心臓が五月蝿い



俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
 
トランスとキスは全く別物だっつーの
こんな人前で…いや人前じゃなくてもしないけど!

それは今練習することなのか、とツッコミかけて
スキル、の言葉に胸がチクリ
お前は強くなりたいから仲良くなろうとしてるのか?
言い訳って…しょうがないだろ!意識したらトランスできなくな…!
ガタッと立ち上がるが周囲のざわめきではっと我に返り着席
以後、今までより小声になり顔を近づけて内緒話するような体勢に

…分かったよ、リップくらい試せばいいだろ
でも額は恥ずかしいからやめろ
ネカの腕を取って彼の手の甲の文様へリップ塗り
もう一つは自分の鼻先に塗ってくっつけてみる

花の香りだ、多分牡丹か?
うわっ、急に顔近づけんな…!
…こいつ睫毛長いな



シグマ(オルガ)
  ・リップへはスタイリスト志望者としての好奇心
・最近調子が悪そうなオルガを元気づけたいのもあり誘う
・リップ試しは無邪気に楽しむ
・リップ:柑橘系→フローラルの香り、自分は手首、オルガには手の甲に
このリップ凄いねー2つのリップを合わせると香りが変わるなんて不思議!
ねぇオルガさん、手伝ってよーダメ?…良いの?わぁい!(?)
こう言うの中々ないからワクワクする!おー良い匂いー!
うん、他にも沢山あるよ、だから面白いんだけどね!
そ、そうかな?(はしゃぎ過ぎたかな)

あ。…そうだね、今は俺が距離を取ってるかも。
うん、良いよ!今からオルちんって呼ぶ!
今はちゃんと俺を見てくれてるの解るから!…へへ(単純に嬉しくて照笑



萌葱(蘇芳)
 
ミルクの香り、手のひらに

へぇ、ミルクと珈琲足すとプリンの香りだって
試してみようよ
・・・って、そこ、全力で体引かなくたって良いじゃない
別に唇でって言ってないんだし

自分の両手を使え?
えーつまらないよ、それ
蘇芳の片手貸してよ、ね?

2人の違う香りを合わせたら、同じ香りを共有できるのって楽しいと思うんだけどな
しょんぼり

ホント!良いの!?
喜々として自分の手と蘇芳の手を重ねる

あ、ホントにプリンだ
美味しそうな香りだねぇ

プリン!?嬉しいなぁw
じゃぁ場所は僕の家を提供するよ、買って帰って2人で食べよ

テーブルに肘付きこちらに微苦笑向ける蘇芳に少しどぎまぎ
子供っぽいって思われてるかなぁ
本当に嬉しいだけなんだけど



●pudding kiss

 家族連れで賑わうフードコートの片隅にやっと見つけた席に座り、萌葱ははっと息を吐いた。
「あいてて良かった。なんか今日は混んでるね」
 言いながら、周囲をぐるりと見回す。子供を抱いた母親に、孫と手をつなぐ老夫婦。なんとも和やかな様子だ。
「べつにこんなとこ来なくても、さっさと帰ればよかったじゃないか。それとも、腹でも減ったのか?」
 蘇芳は萌葱の正面の席に腰を下ろした。広い店内を歩き回りはしたが、特別疲れているわけではない。それは萌葱だって同じだろう。それがどうしてわざわざ、こんな混雑しているフードコートへ……と相手を見れば、萌葱はにこりと笑って、ポケットから小さな物を取り出した。
「あんた、それ買ったのか」
「だって、気になったんだよ」
 それは、薬局で売っていたリップクリームだった。各々の香りを合わせると、元とは違う香りになるという不思議な代物。萌葱が見ていたから蘇芳も視線を向けたのだが、それはないだろうと思った。香りではない。2つセットのリップという存在がである。
 リップクリームとはその名のとおり、唇につけるもの。それを合わせるということはつまり……と、簡単な連想ゲームだ。
「へえ、ミルクと珈琲足すとプリンの香りだって。本当かな」
 正面で呟く相棒に、疑うなら買ってくるなと言ってやりたい。それなのに萌葱はあっさり。
「試してみようよ」
 蘇芳は思わず身を引いた。なんてことはない、ただの条件反射……のはずだ。椅子ががたりと鳴って、隣に座る子供が不思議そうに蘇芳を見る。
「……って、そこ。全力で体引かなくたって良いじゃない。別に唇でって言ってないんだし」
「ば、馬鹿言うな。人を巻き込むんじゃない。ひとりで何とかしろ」
 蘇芳は、椅子を戻して言った。その言葉に、萌葱はがっくりと脱力する。
「えー。つまらないよ、それ。どうせなら、蘇芳の片手貸してよ、ね?」
 いいでしょう? とでも言うつもりなのか、萌葱は蘇芳の顔をきょとりと覗き込む。しかしそんなものは無視だ、無視。
「自分の両手でも使え」
「ええ~。せっかく蘇芳がいるのに、自分の手でなんて」
 萌葱がテーブルの上に両肘をついて、眼前に置いたリップをつつく。
 蘇芳も、萌葱の気持ちがわからないではない。たぶんと言うか、ぜったいに恋人同士に向けた商品を、あえて自分だけで試す必要がどこにある。まあそんなことを言ったら、そんなものを買う必要性もなかったわけだが、それは買ってしまったのだから仕方がない。破たんした理屈への突っ込みはさておいて、確かに自分の提案はつまらなかった。
 萌葱は相変わらず、リップの容器をつついている。
「同じ香りを共有できるのって楽しいと思うんだけどな」
 そう言う萌葱の姿は明らかに落ち込んでいて、蘇芳は思わず目を逸らした。こうやっていとも簡単に自分の心に踏み込んでくる萌葱は、深く考えているのかいないのか。嫌っているわけではない。むしろ、嫌いだと判断できるほどに萌葱を知らないからこそ、常にフレンドリーな彼を持て余し、距離感をつかみ損ねている。
 ……希望を叶えれば、萌葱のことが少しはわかるのか?
 別にリップを塗るために手を貸すことぐらい、意固地に断ることでもないのだ。
 蘇芳は視線を戻し、萌葱の前に手の甲を突き出した。
「……仕方ないな、片手なら貸してやる」
 萌葱の顔が、ぱっと上がる。
「ホント! 良いの!?」
 ああ、と蘇芳が答えるより早く。萌葱は蘇芳の手のひらをすくいあげるように手を添えた。蘇芳の甲に、珈琲の香りのリップを薄くのばす。そして自分は手のひらにミルクの香りのクリームを塗った。
「本当にプリンになるのかな」
「それを試すために、こうしているんだろう」
「あ、そうだよね」
 はにかみ、自分の手のひらを蘇芳の手の甲へと重ねる萌葱。しかし。
「あれ……臭い、しないね」
 萌葱は重ねた場所に、くんと鼻を近づけた。その先が蘇芳の甲に触れそうになる。そこまできてやっと鼻腔に届いた甘い香りは、まさに。
「プリンだ!」
 満面の笑みが、蘇芳を見る。
「美味しそうな香りだねえ」
 気付かぬうちに、蘇芳の唇にはうっすらと笑みが浮かんでいた。これで満足ならば、さっさと片手くらい貸してやればよかった。それにプリンの匂いで喜ぶのが、いかにも甘党な萌葱らしい。
 そのあまりにも無邪気な喜びようを見ていたら、つい口が動いていた。
「香りだけで良いのか?」
「え?」
 期待に満ちた眼差しが、蘇芳を見つめる。たぶん、今の萌葱には茶色い耳と尻尾が生えていて、その尻尾はぶんぶん元気に揺れている。そんなことを考えると、少し楽しい気分になってきた。
 萌葱は本当に、自分とは遠い人種だと改めて思う。しかしこのわかりやすさは嫌いではない……かもしれない。
「モール内のケーキ屋で、プリン買って帰るか」
「プリン!? 嬉しいなあ」
 萌葱は、蘇芳と重ねたままの手に力を込めた。そこで初めて、蘇芳の手を開放していないことを思いだしたらしい。ぱっと手を引き、蘇芳の顔をうかがい見る。しかし蘇芳は、黙ったまま。でも、少なくとも怒ってはない。それだけでも萌葱は嬉しくなる。
「じゃ、じゃあ、場所は僕の家を提供するよ。買って帰って、二人で食べよ」
「ああ、そうするか」
 手を貸してくれるまでは嫌がっていたのに、今の蘇芳は、機嫌が良さそうだ。ちょっとまだ距離は掴めていないし、微笑とも苦笑ともとれる表情の意味は、正直わからないのだけれど。
 もしかして、子供っぽいって思われてるかなあ。本当に嬉しいだけなんだけどな。
 考えるように唇に手を寄せた萌葱は、そこからプリンの香りがすることに気付いた。蘇芳のリップが、まだ萌葱の手に残っているのだ。同じように手を引いた蘇芳もまた、鼻に甲を寄せていた。お、と少しだけ驚いた顔をするのに、萌葱が言う。
「お揃いの香りだね」
「……そうだな」
 蘇芳は短く答えた。
 甘い香りを纏いたいとは思わないが、喜ぶ萌葱を見ていると、たまにはこう言うのもありかもしれない。
 そうか、こうやって距離を縮めていくのか――と。
「ケーキ屋さん、行こうよ」
 笑顔で立ち上がった萌葱に、思った。

●floral kiss

「へえ、このリップ凄いねー。2つを合わせると、香りが変わるなんて不思議!」
 ショッピングモール内のフードコートである。その片隅に席をとり、シグマは先ほど買ったばかりの、2つセットのリップクリームの蓋を開けた。片方は白で、もう片方は薄いオレンジ色をしている。
「見た目は別に普通のリップだよね」
 パッケージを裏返し成分表を確認する。小さな文字を丁寧に目で追っても、特別変わったものは入っていないようだ。いったい何が香りを変えるのか。うーんと考え込むシグマを、オルガは見つめていた。普段はおっとりしているくせに、今はいつもの天然さを感じさせもしない相棒に、少々驚いているのだ。
 ……確か、スタイリストになりたいんだったか。本当に真面目なんだな。
 オルガはまじまじと、うつむいているシグマを観察している。そしてその視線に、シグマは気付いている。
 オルガさん、なんでこんなにじっと見ているんだろう。最近調子が悪そうにしていたのけど、もしかしたら、それと関係があるのかな。
 腹痛や怪我ならば看病することもできるけれど、明らかにどちらでもないから、シグマはどうしていいかわからずにいたのだ。
 だから、このショッピングモールに誘った。リップはついでだ。もちろんスタイリスト希望としては興味はある。真面目に考えれば、製作者の意図はどうあれ、別にリップが2つだから二人で使わなくてはいけないという決まりはない。最悪自分の指に2つつければ匂いはわかる。それでもオルガとつけてみたいというのは、つまり。
 オルガさんに、元気になってもらいたい。かつ、一緒に楽しみたい、ということだ。
 シグマは2つのリップを、ずいとテーブルの中央に押し出した。
「ねぇオルガさん、手伝ってよ――ダメ?」
 大きな瞳でちょっとだけ上目使いに見る。オルガはそうくると思った、と細い息を吐いた。
「……まあ、やらなくもないが……条件付きだ」
「条件?」
 シグマは首を傾げた。まさかこんなことを、オルガが言ってくるなんて思わなかった。しかし。
「いいよ!」
 あっさりと頷く。オルガの言うことがなんだとしても、それで付き合ってくれるんだったら簡単なことだ。だってきっと、このいい香りを嗅げば元気になる。そのために、気分転換になる柑橘系の香りを選んだのだから。
 それにこれはフローラル系に変化するって書いてあったし。元気になった後に安らげば、ぜったいオルガさんの気になることだって吹き飛ぶよ。
 オルガは簡単に自分を受け入れたシグマに、少々驚きを見せた。確かに彼は浅慮なところがあるが、それにしたってこの信頼は一体と言いたくなる。まあ自分が言ったことではあるのだが。
「オルガさん、俺がつけてあげる。手、貸して?」
 差し出された手のひらの上に、オルガはそっと自分の手を置いた。シグマは白色のクリームを指先にとり、オルガの甲の中央に塗る。オルガのオッケーが出たから、気分は一気に高揚していた。筋張ったオルガの手がぴくりと動いたけれど、そんなことも気にならない。
「こういうの、なかなかないから、わくわくする!」
 ふわりと、グレープフルーツの香りが漂う。
「おー良い匂いー!」
「柑橘系のものもあるんだな。甘ったるいものばかりなのかと思っていた。他の種類もあるのか?」
「うん、たくさんあるよ。だから面白いんだけどね!」
 言いながら、シグマはオルガの甲から指を離した。今度は自分、と薄いオレンジのクリームを、白い手首へとつける。
「こっちはオレンジの香りだよ。やっぱりいい匂いだー。で、これをオルガさんの甲に……」
 シグマの手首とオルガの甲が、テーブルの上で重ねられる。リップでぺたりとくっつく、肌と肌。それをシグマはゆっくりと離した。そして手首を鼻に寄せた途端、破顔する。
「わあ、本当にフローラル系になった。ローズがメインかな? ね、オルガさんも嗅いでみてよ、良い匂いだよ」
「花の香りか……」
 オルガは手の甲を、そっと顔の近くへ持っていった。さっきの柑橘の香りよりは甘ったるいが、つけた量がそんなに多くないからか、顔をしかめるほどには強くない。わあすごい良い匂いと繰り返すシグマを見ているうちに、唇には自然と笑みが浮かんでいた。
「お前は本当に楽しそうにしているな」
「そ、そうかな?」
 シグマは手首を下ろした。テーブルに視線を落としてしまったのは、後悔の念があったからだ。ちょっとはしゃぎすぎたかな、オルガさんは嫌だったかな。不安が頭をぐるぐる巡る。そこにオルガの声が聞こえた。
「さっきの……条件だが……」
「え? ああ、そういえば、俺は何をすればいいの?」
 シグマは顔を上げた。オルガはなにやら言いづらそうにしているが、そんなに困難なことなのだろうか。
 たぶん、シグマは無意識に不思議そうな顔をしたのだろう。オルガは、それほどのことではないんだが、とついに口を開いた。
「以前呼んでいた、あのあだ名はもう呼ばないのかと思ったところだ」
「あだ名って……オルちん?」
「……ああ。あだ名から敬称付きになるのは珍しいだろう? だから」
「あ……そうだね。今は俺が距離をとっているかも。……オルちんって呼んだほうがいいかな」
 そう言うと、オルガの頬に、わずかに……そう、ほんの少しだけ、朱が混じった。しかしシグマは、それを見逃さない。
「ウィ、ウィンクルムとして! ウィンクルムとして……よそよそしい気がしただけだ。気にするな」
 オルガはそう言って、視線を外してしまった。しかし。
 なにこれ……すごい、嬉しいんだけど!
 シグマはオルガの手を握る。
「ううん、良いよ! 今からオルちんって呼ぶ!」
 オルガは一瞬驚いたように手を見たが、すぐに視線を上げた。
「呼びたくないなら、無理に呼ばなくてもいいんだぞ」
「大丈夫。今はオルガさ……ううん、オルちんが、ちゃんと俺を見てくれてるの解るから!」
 へへ、とはにかむシグマの手を、オルガが握る。
「……そうか」
 言いながら、オルガはどうしてシグマ相手にこんなに真剣になってしまうのかと考えていた。……任務でもないのに、どうしてこんな。
 答えは出ない。しかしここからまた何かが変わるのだという予感だけはしていた。

●citrus kiss

「このフードコートは、いつも混んでるな」
 蒼崎 海十はそう言って、周囲に目を向けた。ぎりぎり見つけた二人掛けの席は、通り近く。すぐそばでは、多くの人が行きかっている。
「落ち着かないか?」
 フィン・ブラーシュが、海十の向かい側から声をかける。
「大丈夫だ。学校だってこんなものだし」
 海十は、休憩のためにと買ったコーヒーに口をつけた。今日ここで購入したものは、シャンプーやら洗剤やらその他諸々の雑貨がメインだ。まったく、日用品というのは、どうして揃ってなくなるのだろう。大きな袋がのったカートを見、ため息が漏れそうになる。学校とバンドとA.R.O.A.の仕事の間に、こうした日常がある。充実しているし不満もないけれど、日々はなかなかハードだ。
 まあ、フィンの家事が完璧だから、それは助かってるけれど。
 相棒なんだから一緒にいた方が都合がいいだろと押しかけてきた彼は、料理も洗濯もなんでもできる。戦闘時だけではなく、普段も有能な男なのだ。
 海十は、正面で自分と同じように珈琲を飲む相棒を見やった。
 顔が良くて人当たりも良くてなんでもできて、万能ってこういうことを言うんだろうなと、すべてが褒め言葉であることを自覚なしに考える。ぼんやり眺めていると、青い瞳ににこりと笑われ、思わず目を瞬かせた。たしかに彼はいつも明るく陽気ではあるが、それにしても。
「フィン、どうしたんだ。ずいぶん機嫌が良さそうだ」
「海十と外出してるからかもな」
 そんなことを言われ、は? と声を上げてしまう。なんて冗談だ。
「別に買い物くらいいつも来てるだろ?」
「ああ、そうだな。忙しいのに手伝ってくれて……助かってる。そんな海十に、お兄さんからプレゼントだ」
 海十って、良い香りのものが好きだもんね。そんな言葉とともにテーブルの上に置かれたものに、海十の目が見開かれる。
「これ、どうして……」
「どうしてって……海十が物欲しそうな顔してたから?」
「なッ……物欲しそうな顔なんてしてないぞ!」
 テーブルに両手をついて、海十ががたりと立ち上がる。その大きな音は、隣に座る一家を驚かせるには十分だった。幼児と夫婦の眼差しが、一斉に海十に向く。
「ああ、ホラ、皆びっくりしてるよ」
 フィンに言われて、海十は周囲の視線が自分に集まっていることに気が付いた。
「あ……すみません」
 隣の一家に小さく頭を下げて、再びもとの椅子に腰を下ろす。視線の先には、フィンが置いた2つセットのリップクリームが置いてある。色違いの2つの容器。香りの変わる、不思議なリップ。
 本当は、店で見たときから気になっていた。最初は、珍しいものがあると興味が惹かれただけ。そして、2つの香りを合わせると言うことは、キスするんだろうなと連想して、キスなんて誰とするんだよって、思った。そのとき脳裏に浮かんだのが。
 ――フィンの顔、だなんて。
 どうかしてると視線を逸らし、リップのことは頭の片隅の奥の奥に追いやった。それを全部、フィンに見られてたってことだとしたら……恥ずかしすぎる。
 穴があったら入りたい、いや、逃げ出したい。そんなことをしてもあっさりつかまり、理由を問われることは確実だけど。
 机上を凝視し無言で座る海十をどう思っているのか。
「どんな香りになるか、気になるからさ……折角買ったんだし試してみようよ、ね?」
 その爽やかな笑顔に、フィンは全く他意なく勧めてるんだろうな、と考える。これを見て海十がフィンを思い浮かべたことなど知らず、海十が好きそうだから買ってくれて、今使用を躊躇っているふうに見えるから、勧めてくれている……そう、あくまで相棒として。
 なら……相棒として、のるしかないじゃないか。
 海十は並んでいるうち、ひとつのリップの容器を開けると、それを自分の手のひらへと塗りつけた。その手を前へ出して肘を曲げ、テーブルの上に置く。
「これなら、腕相撲やってるって目立たないだろ?」
 さっきみたく、衆目を浴びてはかなわない。海十なりに考えた結果の行動だったが、フィンには意外だったようだ。
「腕相撲?」
 一瞬驚いた顔が、すぐに笑い顔になる。
「どーして笑うんだよ!」
「いや、こういうとこ、子供っぽい」
「子供っぽくて悪かったな! 実際子供だし!」
 くすくすと笑い続けるフィンに、海十は声を荒げた。せっかく注目されないようにと気遣ったのに、隣の家族はまた見ているし、通行人だって不思議そうな目を向けている。
 ああもう、これじゃさらに子供だな。
 後悔したところで、一度出した言葉は消えない。照れも困惑もあり、海十は不機嫌に顔を歪めたまま。フィンは笑いをひっこめて、まいったなとため息だ。
「違う、責めてるんじゃなくて、年相応の海十が……」
 好きだよ、と言うはずだった。言えるはずだった。それなのに、なぜかフィンは言葉に詰まった。
「俺が、なんだよ?」
 海十がフィンを睨み付ける。
「いや……」
 先をにごし、フィンはもう一方のリップの蓋を開けた。クリームを左手の人差し指ですくい、右の手のひらに塗る。そして、眼前にある海十の手を握った。香りは二人の手のひらの間に閉じ込められている。離して嗅げば、きっとわかる。でも。
 フィンはあえて、それを手前に引き寄せて、鼻先を寄せた。
 これは、口にできなかった『好き』の変わりだ。今まで海十の悪態だって受け流してきたのに、全く関係ないところで返答に詰まってしまった、なんて。
「柑橘系の香りになっている。良い匂いだ」
 これでごまかされてほしい。そう思うフィンの前で、海十は、小さく口を開けた。あ、と音が漏れたが、後は続かない。手に触れそうなほどに近づいたフィンの唇に動揺したのだ。
 いきなり、なんで。
 海十の心臓が、どくどくとうるさく鳴っている。普段、鼓動なんて感じることがないのに、まるでライブの後みたく、激しく打っている。歌の後、体を支配するのは歓喜と興奮。でも今は……?
 わからない。しかしその脈動が、海十の耳から周囲の喧騒を奪ったことだけは事実だった。

●chocolate mint kiss

「話題に出た時点でなんとなく予感はあったが、おめーは時々興味の向けどころがワケわかんねーな」
 ブリンドはハティの目が向かう先を見、呆れたように息をついた。今はショッピングモールのフードコートに席をとり、向かいあっているという状況だ。二人の間のテーブルには、ブリンドの買ってきたコーヒーと軽食、そしてハティが買った2つでひとつのパッケージに収まったリップクリームが置かれている。
「なぜそんなことを言われるのかわからないが」
 ハティは、鮮やかなリップを手に取った。包装の片隅に書かれた一覧を見る。
「ローズにオレンジ、プリンなんてものもあるのか。香りの種類の多さはほぼオリジナルと言えそうだ。興味深い」
「ふーん、すげーな」
 ブリンドは感心したように呟いた。その言葉に、ハティがリップから顔を上げて、ブリンドを見る。ここに座ってすぐに、彼からはため息を聞いている。薬局でも別に何も言っていなかったのに、まさかこれに興味を持つとは。少しばかり大きくした目を瞬かせると、ブリンドが眼前で、ひらりと手を振った。
「香りじゃねえよ。どう見てもカップル向けなのを見事に見落とせるおめーがすごい」
「……カップル向け?」
 そういうもの、だろうか。ハティの目が再びパッケージの上に落ちる。
「別に、恋人用とは書いていないが」
 ブリンドにとってみれば、そうきたか、である。普通に考えてみろよ、リップクリームが2つだぞ。それをくっつけろって言ってるんだ、キスしろってことに決まっているだろうが。
 言いたい。しかし声を大にして言うには、ここは健全な場所すぎる。なにせショッピングコートのフードコート、隣には幼児を連れた若い母親もいる。
 ブリンドは、もう一度、今度は深くため息をついた。リップの外装を開けたハティが、次に言うことなどわかる。それを言わせないためと、クリームのひとつを引き寄せた。自身の手にはめているグローブを外して、小さな蓋を開ける。そんなに強い香りではないのだろう。鼻までは届かない。説明書きも見ていないから、これがいったい何の香りかはわからない。
 さっきプリンなんて言ってたな。そんな甘ったるいものなら勘弁だと思いながら、指の先にクリームをすくった。それを適当に唇に塗り広げ、逆の手で持ったコーヒーカップの淵にキスを落とす。
 白い磁器に色はつかない。無味無臭……ではなく無色。香りはコーヒーに紛れてしまったのか、やはりわからなかった。
 それでも「ほらよ」とカップを差し出した。受け取るハティが、不思議そうな顔をする。
「うーん……原理はよくわからないが、こういうのは皮膚同士であることが重要なんじゃないか」
 ちっ、誤魔化されねえか。肌と肌をというならば、いったいどんな提案をしてくるのか。なにせこれが、カップル仕様ということに気付かなかった天然だ。
 中身を一口嚥下し戻されたカップに、ブリンドもまた口を付けた。ハティの行動を待つ。すると彼はリップクリームの蓋を開け、自分の唇に塗り始めた。それが終わると、ぐいと体を前に突き出してくる。一気に近寄る白い顔。いやいやそれはいくらなんでもと、半ばひきつった顔で思いきや。ハティは今クリームをとった指を伸ばし、ブリンドの上唇をふにと押した。柔らかい場所に、冷たい指先の感触。
「どうだ? リン、どんな感じだ?」
「どうだって……お前」
 言いかけて口をつぐむ。この行動が無意識なら指摘したら次はないだろうし、それならと他を当たられても困る。
 ってか……これ。
 テーブルに手をついた前傾姿勢。自然と上目遣いになる瞳。そしてリップで光る唇。さらには敏感な肉を押され、なおかつ顔を覗き込まれているものだから――。
「おい答えろよ」
 ハティの催促に、ブリンドが舌打ちをしてしまったのも仕方がないことだろう。
「んなの、わかんねーよ」
「これだけ鼻先に近いのに、わからないってことはないだろう」
「ってかこれ、キスよりやらしくねえ?」
 こいつはきっと、いろいろ考えた方が良い。からかうつもりで言ってやれば、ハティが至極冷静な顔で言い放つ。
「……それはそういう目で見るからそう見えるんだ」
「オイオイ人聞きわりーな」
 ブリンドはさっきクリームをとった指先で、ハティの唇に触れた。驚き身を引きそうになる相棒の腕を掴み、行かせまいと引き寄せる。
「ここまではしてないぞ」
 まるで自分を捕えるかのブリンドの行動を、ハティが非難する。べたつく唇が気持ち悪い。喋ることで口周りの空気が動いたが、たった今つけられたはずのクリームの香りはわからなかった。
「塗りが足りないんだろうか……」
 ここまでくると、リップクリーム本来の使用目的よりも、香りが気になってくる。自分はちゃんと塗ったから、足りないとすればブリンドのクリームのはずだ。
 その入れ物をとろうと、ハティはテーブルの上に手を伸ばした。しかしそれを、ブリンドが止める。
「ってか逆に塗りすぎなんだよ。この口でもの食う気かアホ」
 そう言って、再度唇に触れたブリンドの指は乱暴だ。押し付けられた指の腹。強めにこすられ不意に、2種類が混じった香りが鼻に届いた。
「あ……」
 わずかに開いた唇を、顎を捕えたブリンドが見下ろす。
「こんなもんだろ」
 ブリンドはクリームを拭った指を、自分の唇の上に置いた。あまったクリームを、柔らかい肌の上に大雑把に塗り広げる。
「無駄遣いはしねえしさせねえ主義でな」
 喋るとすっと、チョコレートとミントの香りが鼻に抜けた。思ったより甘くなくてよかったと思いつつ、テーブルの上からひとつの容器をとって、ハティに渡す。もう片方は、自分のポケットへ。
「買ったからには、おめーもちゃんと使えよ、そのリップ」
 ってか、もうちょっといろいろ考えろ。
 その言葉はもちろん言わない。
 ハティは呆然とチョコレートの香りが残る容器へと、視線を落とした。

●peony kiss

 たしかに、秘密で買いました。だってあなた、いつだって理由を欲しがってるじゃないですか。そんなこと、私はとっくにわかってました。
 だから買ったんですよ。二人分のリップクリーム。唇意外につけるなんて、寂しいことは言わないで。まったくあなたは、本当に往生際が悪い――。

「キス、駄目ですか」
 ネカット・グラキエスは落胆した。もちろんこういう結果になることは、想像できていた。しかしそれでも万が一なんて思ってしまうのは、好意を持つ相手がいるものならば、みんな同じではないのか。
 だってさ、と。俊・ブルックスが、正面で困惑顔をしている。
「トランスは躊躇なくするのに」
 つい非難がましい口調になってしまったのは、押せば攻められるような気がするからだ。しかし俊は周囲を見回し、瞳を伏せた。
 ショッピングモールのフードコートは、今日も大変混雑している。子供に大人に女性に男性。商売繁盛、大いに結構。ああ場所を間違えたかもしれません。ネカットは一瞬ちらりと思った。同じ屋敷に暮らしているのだ。家に帰ってからゆっくりじっくりお願いすれば……いやいやこれでいてなかなか難しい彼である。
「トランスとキスは全く別物だっつーの。こんな人前で……」
 俊は下ろした視線を上げて、ネカットの表情をうかがい見た。なんだってこんなところで言いだした、と周囲から賑やかに聞こえる声にため息をつく。ったく、ネカだってここがどこだかわかってんだろ! と怒鳴ってやりたい。しないけど。
 とりあえずなんとかして無謀なことをやめさせなければ。そう思うからこそ相棒を睨み付けたのだが、ネカットはキラキラした瞳で俊を見つめていた。
「人前じゃなきゃいいです?」
 その表情に、ついさっき失言したことに気付く。あれは言葉のあやだからと説明するよりも早く、大きな声を出した。
「いや人前じゃなくてもしないけど!」
 なんとかこれで諦めてほしい。しかしネカットははっと小さく息を吐き、テーブルの上に置いた俊の手の上に、自らの手のひらを重ねる。
「……仕方ありません。ではこうしましょう。ディスペンサの練習です。そろそろシュンもスキルが使えそうな予感がします」
 ネカットはそう言ってにこりと微笑むと、開封したあと並べて置いてあったリップを手に取った。蓋を開けて中に入っているクリームを指ですくい、唇に載せて丁寧に伸ばしていく。
「ディスペンサ……」
 それは今練習することなのかと言いかけて、俊はそこで言葉を切った。スキルが使えるようになれば、もっとネカを助けてやれる。でも。
 スキル。
 その短い単語が、胸に引っかかった。
「お前は強くなりたいから仲良くなろうとしてるのか?」
 そんなわけはないとわかっているのに、聞いてしまう。案の定、ネカットはゆるりと首を、左右に振った。
「まさか、私はいつもシュンと仲良くしたいと思っていますよ?」
 首を傾げたネカットの髪が、さらりと揺れる。きっとすぐに微笑んでくれる、ああ馬鹿なことを聞いたと思っていたのに、ネカットはその唇に、穏やかな微笑を浮かべることはしなかった。
「必要だからと言い訳してキスしてるのはシュンの方じゃないですか」
 ……いつだってしていいのに。聞こえてしまったネカットの呟きに、俊の頬がかっと熱くなる。まるで自分が臆病者だと言われているみたいだ。だって、だって。今まで言えずにいたことが、思わず口から飛び出してしまう。
「言い訳って……しょうがないだろ! 意識したらトランスできなくな……!」
 俊はがたりと大きな音を立てて立ち上がった。途端、隣のテーブルにいた赤ん坊が、びっくりして泣き出してしまう。それをきっかけに、いつの間にか忘れていた周囲のざわめきが耳に届いた。たった今聞こえたはずのネカットの言葉は、頭の奥でリピートしている。
 ちょっと偏った性格ではあるけれど、いつだってまっすぐなネカット。望みのすべてを受け入れることはできないけれどと、彼が使っていないほうのリップクリームの蓋を開けた。
「……分かったよ。リップくらい試せばいいだろ」
「じゃあ」
 ネカットの顔に、ぱっと浮かぶ笑み。続く言葉を予期して、俊は彼より先にと口を動かした。
「でも顔は恥ずかしいからやめろ」
 俊はネカットの腕をとった。手の甲にある文様にクリームを塗っていく。
「この体勢はハイトランスですか……。私、たくさん魔法を打ちたいのでディスペンサがい……」
 そこまで言って、ネカットはぷっとふき出した。きっと、唇に塗るのが……正確には、唇にリップを塗って、その後ネカットの手の甲にキスをするのが恥ずかしかったのだろう。ネカットにリップを塗り終えた俊は、自分の鼻の頭にクリームをつけていたのだ。
 なんともかわいい姿ですね。言いませんけど。
 怪訝な顔をする俊に、いつも通りの笑みを向ける。
「ふふっ、何でもないです。まあ、シュンと並んで戦えるなら、そっちも素敵ですね」
 その言葉で、俊の気持ちは晴れた。
 ネカットと二人で戦うためにキスをするのなら悪くない。そのための練習ならば、恥ずかしくても我慢できる。
 俊はネカットの手の甲に、そっと鼻先を寄せた。ふわりと漂うのは――。
「花の香りだ、たぶん牡丹か?」
 言いながら、ネカットを見上げる。すると彼は、あろうことかぐいと頭を下げてきた。
「牡丹? 私その花好きです。シュンばっかりずるいですよ、私にも嗅がせてください」
「うわっ、急に顔近づけんな……!」
 吐息が唇に触れるほどの距離。俊の視界の全部が、ネカットの顔だ。
 ……こいつ、睫毛長いな、と思うくらいには動揺していて、動けない、と身をかためるくらいにはネカットを意識していることを、俊は身を持って実感したのだった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:俊・ブルックス
呼び名:シュン
  名前:ネカット・グラキエス
呼び名:ネカ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月25日
出発日 05月02日 00:00
予定納品日 05月12日

参加者

会議室

  • [9]蒼崎 海十

    2015/05/01-23:46 

  • [8]シグマ

    2015/05/01-20:47 

    改めてお久しぶり人はお久しぶりー!
    初めましての人は初めましてー!シグマだよっ!

    プランは提出完了してるよー!
    どんな香りかワクワクするなぁ〜皆、目一杯楽しもうねっ!

  • [7]ハティ

    2015/04/30-08:26 

    萌葱さんと蘇芳さんは初めまして。ハティとブリンドだ。よろしく。蒼崎さん達と俊さん達は少しぶりかな。
    五通りの変化がありそうだな。こういうものを買うのは初めてだが、変化が一定じゃなさそうなのが興味深い。
    香りが変化と書いてあるから、単品にもそれぞれ香りがあるのだろうか。楽しみだな。

  • [6]ハティ

    2015/04/30-08:13 

  • [5]俊・ブルックス

    2015/04/29-16:52 

    どうも、俊・ブルックスとパートナーのネカだ。
    皆今回もよろしくな。
    さて、リップ…俺は買ったつもりまったくなかったんだが、どうしたものか。

  • [4]蒼崎 海十

    2015/04/29-00:16 

    あらためまして、蒼崎海十です。パートナーはフィン。
    シグマさん、ハティさん、俊さんはお久しぶりです。
    萌葱さんははじめまして。
    皆様、宜しくお願いいたします!

    二つ合わさった香り、気になりますよね。
    どうやって試そうかな…(悩

  • [3]萌葱

    2015/04/28-20:33 

    こんにちはー
    駆け出し神人の萌葱と相方の蘇芳です、よろしくお願いしますー

    2つ合わせると香りが変わるって何だかおもしろい
    どんな風に変わるのかな~

  • [2]シグマ

    2015/04/28-00:35 

    どもども!海十ちんはお久しぶりだねー!
    改めて俺はシグマ、パートナーはオルガさんだよーよろしくね!

    一目に気をつける?
    俺、ただ単純にリップ試してみたいだけなんだけどなぁー。
    2つ合わせると香るなんて不思議ー!

  • [1]蒼崎 海十

    2015/04/28-00:22 


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