リザルトノベル

●コース3 泳がなくてもいいじゃない!

 砂浜を踏み締める音が、夜の静寂の中ではとても大きく聞こえる。
 サクサク。
 叶はふと足を止めて、後ろを振り返った。
 キラッとこちらを向いている照明が光る。撮影スタッフ達も同時に足を止めて、こちらを見る叶の姿をカメラに映した。
 その中に、パートナーが居ない事を確認した叶は、ふむと頷くと再び歩き始める。
(桐華さんを撒いてきちゃったけど、流石に可愛そうだったかな)
 夜空を見上げて、きっと怒っているであろう桐華の顔を思い浮かべた。
(あと、道にも迷ったみたい)
 これは、撮影スタッフが居るから大丈夫だろう。それにしても星が綺麗だ。キラキラ宝石箱みたいな夜空。
「まぁ、いいや」
 叶は一つ頷くと、再び後ろの撮影スタッフを振り返った。
「クルーさんクルーさん、折角だからムーングロウの紹介しようよ」
 笑顔で提案すれば、スタッフ達はいいね!と頷く。
 叶はコホンと咳払いすると、足元を見遣った。
 足元にはぼんやりと光の道。
 月が出た時に、道がぼんやりと輝く──『月明かりの散歩道』の名を持つムーングロウの特徴だ。
 さて、どんな風に紹介しようかな。
 叶が菫色の瞳を細め、考えている時──桐華は、ハァと溜息を吐き出していた。
「撮影協力するっつって精霊撒くとか何なの?」
 彼の呟きに応えるものはない。叶は撮影クルーを連れ立って何処かに行ってしまったから。
「たまにはデートらしいデートしろよ……はぁ」
 もう一度溜息を吐き出して、桐華は空を見上げた。月が大きくて明るい。
(居場所なんて大体分かる。月が仰げる場所)
 月を見上げながら、歩き出した。
(それでいて暗い場所)
 ヤシ林を抜けて行けば──。
「一度きりの道、ほらキレイ」
 聞こえてくるのは、耳慣れた声。
「君の道はどんな景色だろうね?」
 カメラの前、光る道の真ん中に立ち、両手を広げているのは──叶だ。
「ほら、居た」
「あ、桐華さん」
 叶の瞳がこちらを向いて、嬉しそうに笑う。そんな彼にずかずかと近付いて、桐華は手を差し出した。
「手、よこせ。はぐれんな」
「えーはぐれたのは桐華さんの方でしょ」
「迷子ごっこも、そろそろ諦めろよな」
 桐華はぎゅっと叶の手を握る。今この時だけでも繋ぎ止めておきたい。
「別に迷子にはなってないよ」
 笑いながら、叶は桐華と一緒に歩き出す。
 二人と、二人の後ろに続く道を、カメラは穏やかに映し出していた。


 酒場の中は、海の男の匂い。
 どーんと並ぶ酒樽や、壁に飾られた古びた錨。店員は皆、海賊風の衣装を身に纏っている。
「水着じゃなくても楽しめる場所があるのはありがたいな」
 カウンター席の木製の椅子に腰を掛け、初瀬=秀は興味深く店内を見渡した。
「もっとこう、アウトドア全開! ワイルド!!って感じかと思ったら、
意外に秘密のアジトっぽいですねえ」
 秀の隣に座るイグニス=アルデバランも、好奇心に瞳を輝かせ酒樽を突いてみている。
 イグニスの言う通り、海賊が集う秘密の酒場といった言葉が似合う気がした。
 ミステリアスで落ち着いた雰囲気の店内は、決して居心地は悪くない。
「お待たせしました」
 『船長』と胸に名札を付けた、ワイルドな風貌の店員が、二人の前にコーヒーと牛タンのワイン煮込み、ジャークチキン、クレープを置いた。
「美味しそうです!」
 キラキラと瞳を輝かせるイグニスに秀は笑って、コーヒーのカップを掲げた。
「乾杯、するか? コーヒーだが」
「します!」
 二人はカチンとカップを合わせ、早速料理を口に運ぶ。
「このチキン、スパイスが沁み込んでいて美味いな」
「クレープも甘々フルーティですっ!」
 感想を言い合いながら、のんびりと食事を楽しんでいると、店内を撮影していたカメラが二人の元へとやって来た。
「ん? あぁテレビの撮影か……」
「わ、テレビ撮影ですか!? 何話せばいいですかね?」
 口元をナプキンで押さえて、秀がカメラを見遣り、イグニスはピンと姿勢を正す。
 そこへ、スタッフがカンペをさっと上げた。
「……は、宣伝?」
『宣伝をお願いします!』
 クッキリ油性ペンで書かれた文字を見て、秀の眉根が僅かに寄る。
「宣伝?」
 きょとんと首を傾けてから、イグニスはにっこりと微笑んだ。
 秀は少し悩んだ後、コホンと小さく咳払いをし、意を決してカメラを見据える。
「酒場「シャーク船長」、二人だけの宝を……」
 そこで、イグニスがぬっと秀の横に顔を出す。さっと秀を両手で示し、
「あ、こちら私のお姫様で……」
「……ってお前は黙ってろ!」
 慌てた秀は、咄嗟にジャークチキンをイグニスの口の中に突っ込み、その言葉を奪った。
「むがー」
 口をもごもごさせながら、イグニスが不満いっぱいをジェスチャーと表情で示す。
 そんな彼を背中に隠しながら、秀は精いっぱいの笑みをカメラに向けた。
「このように料理が美味しすぎて、つい頬張ってしまうかも。二人だけの宝の時間を、貴方も」


 夜の海は、昼間の賑やかさとは全く違う顔を見せる。
 静かな波音を聞きながら、ハティは浜辺を歩いていた。夜風が心地良く、燃えるような赤毛を揺らす。水面も月明かりにゆらゆら揺れていた。
「てっきり光る道へ向かうのかと思えば」
 呆れたような声に、ハティは歩みを止めて隣を見遣る。
 眉間に皺を寄せて、ブリンドが彼を見ていた。銀灰の目とぶつかる。
「目の前の道が見えねーのか?」
 ブリンドが指差す先、先程まで歩いてきた所……ヤシ林の方向に、ぼんやりと光る道があるのがここからも見えた。
「いや、間違いじゃない」
 ハティはふるっと首を振ると、空を見上げた。
 ルーメンとテネブラ、二つの月が見える。今はルーメンは丸く強い輝きを放ち、テネブラは濃紺色に染まっていた。
「その月の方を見に来た」
「ここまで来て月ってなァ……」
 月なら何時でも何処でも見れるではないか。
 そう言いたげなブリンドを横目に、ハティは小さく微笑んだ。
「ミもフタもないやつだ。……月、綺麗だろ?」
 手を伸ばす。掴めそうだと錯覚するくらい、今日は月も星も近く感じる。
「……そーだな人がいなけりゃ、もっとキレイだな」
「? ああ、撮影か……」
 すっかり忘れてたと、ハティはチラリと後ろを振り返った。撮影スタッフがカメラを二人に向けている。
 彼らは無口になるべく静かに付いてきていたから、いつの間にかハティの意識の外に出ていた。
(早く上がれ)
 ブリンドは振り返らず、そう念じる。
 ハティは視線を前に戻してから、あれ?と伸びる影を見た。
 撮影のライトと月明かりで、ハティとブリンドの影が並んで浜辺に伸びていた。その影の指先が、偶然にも重なっている。
 そう、まるで手を繋いでいるように──。
「……」
 ブリンドはハティの視線の先を追って、同じく自分達の影を見た。すると、指先を伸ばしてハティの手を掴む。
「……撮影だからか?」
「どうだかな」
 ブリンドは口元を微かに上げた。
「悪い画じゃねぇと思っただけだ」
 伸びる影と、手を繋ぐ二人と、二人を照らす夜空、穏やかな海。カメラは暫しこの光景を見惚れるように映し出していた。


 月夜のお散歩は、何だかワクワクする。
 神居は、ザクザクと砂浜を踏み締めて、波辺を歩いていた。
 夜風が気持ち良くて、星が映る海も綺麗で、彼の顔には満面の笑み。
「足元、気を付けるのだよ」
 そんな姿を微笑ましく見つめ、夢霧が微笑む。綺麗にメイクされた目元は緩みっぱなしだ。
 テレビ撮影もあるし、この機会に神居にも化粧を施したかったのだけども、今日も神居は逃げ出してしまい、失敗。
 けれど、それは置いておいても、今夜は本当に気持ち良い夜だった。
「ねーねー、これでいいのかな?」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、こちらを向くカメラにポーズを決める神居。
「元気がよくていいのだよ」
 夢霧はポンポンと神居の頭を撫でる。
 スタッフもOKと指を立てていた。
 二人の仲睦まじい散歩の様子を、撮影カメラは楽しく映し出していた。


 月明かりの道は、静寂の道。
 ヤシの木が風に揺れて、ザァザァと音を立てる。踏み締める砂の音も何処か密やかな雰囲気で。
「静かだね……」
 自然と小さくなる声で、信城いつきは隣のパートナーを見上げた。
「うん、それに、道が月光に照らされてきれいだね」
 レーゲンは青い髪を揺らして微笑んだ。
 夜風に揺れる髪を綺麗だなといつきは思い、口元が緩む己を感じる。
 しんとした夜の空気が心地良くて、月明かりの下、レーゲンはいつも以上にキラキラして見えた。
 ムーングロウでの散歩道。後ろに撮影スタッフが居るけれど、静かでのんびりとした時間が流れている。
(あんまり騒いじゃだめかな)
 他に散歩している人が居たら、邪魔をしてはいけない。それに、この空気を壊したくなかった。
(よいしょ)
 いつきは背伸びして、レーゲンの耳元に唇を寄せる。
「ね、月明かりの道、毎日違うってことは……明日はもうこの道はないんだよね」
 囁いてくるいつきの顔が近い。
 レーゲンは緩む頬を自覚しつつ、自らもいつきに顔を近付ける。
(静かに話すのに必要だから……仕方ないよね?)
 なんて完全な口実だけど。
「月の満ち欠けで変化して、毎日違う道が出来るって話だったね。明日は違う道になるんだろうね」
「明日にはもうない道……ちゃんと覚えておきたいな」
 光る足元を眺めるいつきに、レーゲンは瞳を細める。この瞬間のいつきの姿も、ずっと覚えておきたい。
 愛しい君。
 もう直ぐ出口に出てしまうのが、淋しいと思う。
「こっちの道行こうよ」
 不意にいつきがぐいっとレーゲンの手を引っ張った。
「え?出口はそこ……」
「きっと道に迷ったんだよ」
 レーゲンの声を遮るように、いつきはきっぱりと言う。
「だからまだ出口は見えないよ。
ねぇ、もう少し歩こうよ」
 両手を広げて、いつきが微笑んだ。
「あぁ、そうだね、道に迷ったみたいだね」
 いつきの笑顔が眩しくて、レーゲンはぎゅっとその手を握り返した。
「もう少し二人で歩こうか」
「うん!」
 二人で歩く月夜の散歩道。もう少しだけ、もう少しだけ──。
 月と共に歩く二人を、撮影カメラはゆっくりと追い掛けた。


 頬を撫でる夜風が、火照った身体を冷やしてくれる。
「食ったし飲んだし、最高の休日だ」
 ヴェルトール・ランスが気持ちよさそうに伸びをするのを、アキ・セイジは穏やかに見守った。
 ランスの言う通り、心も身体も満たされて、心地良さに自然と表情が緩む。
「腹ごなしを兼て、ムーングロウに行ってみないか?」
 だから、ランスがそう誘ってくれて、断る理由は無かった。
「夜風に当たるのも悪くない」
 もう少し、今日という日を彼と過ごしたかったから──。
 ムーングロウは、ヤシ林の中にある散歩コース。
 月光が照らし出し出来る不思議な道のお陰で、視界は驚くほど明るい。
 少しだけ足元がふらつくのを自覚しながら、セイジはランスと並んで月明かりが示す道を歩く。
(ああ、心地良いな)
 少しふわふわする足元が、景色と相まって夢の中に居るような錯覚すら覚えた。
「セイジ」
 温かい手がセイジの手を掴んだ。優しく支えてくれるこの手は、ランスだ。
 視線を隣に向ければ、ランスの優しい眼差しと目が合う。
「有難う」
 ふわり微笑めば、ランスの指に少し力が入った。
 光の道は、続いている。ふわふわした意識が、少しずつ不思議と冴えていくのをセイジは感じた。
 風が髪を揺らす。遠くで波の音が微かに聞こえる。
 会話なく歩けば、静寂が辺りを支配していた。
「嗚呼……静かだ」
 歩みを止めて、セイジはゆっくりと瞳を閉じた。感じるのは繋ぎ止める手の温かさ。
「時が止まってる」
 瞳を開き、上を見上げれば、零れ落ちそうに星々が煌めいている。
「……うん……静かだ」
 月明かりに照らされたセイジは、まるで一つの彫刻のように美しくて、ランスは息を飲んだ。
 抱き締めたい。触れたい。
 けれど、後ろで撮影カメラがこちらを映している事を思い出して、ランスは手を強く握り返す事で耐える。
 それに、セイジのこの姿を、目に焼き付けたかった。
 誰よりも大切な、俺だけの──。
「セイジ、見て」
 セイジの瞳が自分を捉えると、ランスは微笑んだ。彼の瞳に映る事が、こんなにも嬉しい。
「足跡が光に浮んでる」
 手を繋いだまま、後ろを振り返る。光の道に、二人が歩いてきた足跡が浮かんでいた。
「俺達だけしか居ないようだ」
 貴方が居れば、それだけで満たされる。
「不思議だな」
「うん、不思議だ」
 二人はしっかりと手を繋ぎ直し、再び歩き始める。月明かりが導く道を。
 光に包まれた二人の姿を、撮影カメラが静かに追い掛けていた。


 涼しく過ごせる所。それは間違ってはいなかった。
「ここ、カップルばっかだわ!」
 ルイード・エスピナルは思わずそう口に出して、周囲を見渡した。
 イチャイチャイチャ。
 そんな擬音が聞こえそうなくらい、周囲は愛に満ちている。
 ここはムーングロウ。月明かりの散歩道は、その静かな美しさで恋人達に大人気だったという訳だ。
(珍しくデートのお誘いとか積極的……と思ったら)
 ドルチェ・ヴィータは、居心地悪そうにキョロキョロしているルイードを眺め、小さく溜息を吐き出す。
(そんなことだろうと思った)
 ええ、そう思ってましたとも!
 僅かながらの期待なんて、なかったし。なかったし!
「浮いてたらどうしよう」
 ぼそっと呟くルイードに、ドルチェは意地悪く口の端を上げる。
「浮いたら困る?」
 ずいっと顔を近付け、耳元へと囁いた。
「じゃあカップルらしく振舞おうか」
「な……!」
 ルイードが目を丸くする。これくらいの反撃は許されると思う。
 そこへ、色々なカップル達を撮影していたカメラが、こちらにもやって来た。
「えっ、撮影?」
 ルイードはぴしっと背筋を伸ばして、こちらを映してくるカメラを見遣る。こうなったら開き直るしかない。
「どーも仲良しウィンクルムでーす!」
 ルイードの腕に自らの腕を絡めて、にっこりとカメラに笑顔を振りまく。
「……って思ってるの、オレだけじゃない、よな?」
 ぼそっと呟かれたルイードの声に、ドルチェは眉を上げた。
「仲良し、ね」
 ふっと口元に笑みが浮かぶ。
「今の所はそんな感じなんじゃない?
 ……まだまだ先はありそうだけど」
「えっ?」
 ドルチェを見上げてルイードの頬が紅潮する。
 その様子も、カメラはしっかりと捉えていたのだった。


 海賊な酒場は、少しミステリアスで洒落た雰囲気。
 琥珀・アンブラーは、緊張の眼差しで、カウンターの向こうに居る『船長』の名札を付けたダンディな海賊を見つめた。
 ふるふると震える琥珀を、鹿鳴館・リュウ・凛玖義が後ろからにこやかに見守っている。
「あの、お、オレンジジュースと、ち、チーズくださいっ」
 意を決して言えば、船長は『毎度』と白い歯を見せて笑った。
「俺は生ビールとサラミね」
 凛玖義が、琥珀の頭を撫でながら続けて注文すれば、船長は『あいよ』と愛想良く頷く。
「琥珀ちゃん、上手に注文できたね!」
 凛玖義はにこにこと琥珀の頭を撫で続けながら、彼を連れてテーブル席へと移動した。
 カウンター席は少しばかり琥珀の身長的に高すぎる。
「はく、がんばった!」
 琥珀はまだ興奮冷めやらぬ様子で頬を赤く染め、コクコクと頷いた。
 厳つい顔の船長、店の雰囲気、どれも琥珀にとっては未知の世界で、キョロキョロ店内を見渡す視線が止まらない。
「お待たせしました」
 『副船長』の名札を付けた店員が、注文の品を運んできた。
 自家燻製サラミに、チーズ盛り合わせ、ジョッキに入った生ビールと、オレンジジュースがテーブルに並ぶ。
「りく、おいしそう!」
「早速いただこうか、琥珀ちゃん」
 二人はいただきますと両手を合わせてから、早速料理に手を付けた。
「このチーズ、おいしい……!」
 ラズベリークリームチーズを頬張り、琥珀に笑顔が溢れる。チーズの濃厚さとベリーのさっぱり感が堪らない。
「うん、このサラミもスパイスの風味が実にいいね!」
 ビールが進むなぁと凛玖義の手が止まらない。
「あっ!」
 その時、店内をこちらに向かってくる撮影カメラに気付いて、凛玖義は大きく手を上げた。
「カメラマンさん、ここ撮って撮って! 
今から琥珀ちゃんにサラミあげるから!」
「えっ?」
 オレンジジュースを手に琥珀が目を丸くする。
 やって来たカメラは、じーっと凛玖義と琥珀を映し出した。
「さあさっ、琥珀ちゃん、ほら、あーんして」
 満面の笑みで、凛玖義が箸で摘まんだサラミを琥珀の口元へ運ぶ。
「……あーん……」
 戸惑いながらも琥珀は口を開き、サラミをパクッと一口。香ばしい肉の味が口の中に広がった。美味しい。
(でもカメラの前は恥ずかしいよぅ)
 赤くなる琥珀と、いい笑顔の凛玖義の様子を、カメラがしっかりと映していた。


 夏を刺激する妖精、カプカプビーチに降臨!
「さあ、今年の夏は踊りますよ!」
 ふあさっとパーカーを脱ぎ捨てたネカット・グラキエスに、俊・ブルックスの中で色んなツッコミの台詞が駆け抜けていく。
 取り敢えず……。
「そのガムテープみたいな水着を本当に着るなんて……」
 指差した手も震える。
「格好良いでしょう?」
 フフンとネカットは胸を張った。
 ある意味、裸よりも恥ずかしいのではないか?と俊は思う。
 俊がガムテープみたいなと表現をしたが、『ガムテープをぐるぐる全身に巻いた』それ以外に上手く説明が付かない奇抜な衣装である。
 むやみやたらに露出度が高く、そのまま日焼けしたら悲惨な事になるんじゃ?と、余計な心配までしてしまう。
「頼むから普通のにしてくれ……恥ずかしいから」
「何を言うんですか、シュン! シュンも生足魅惑の妖精になりましょう」
 両手を上で組んで謎のポーズを取るネカットに、俊は説得は無理だと悟った。うん、分かってた。
 ネカットは持参したラジカセのスイッチを押すと、流れる音楽に乗せて、ノリノリなステップを踏み始める。
(付き合うしか、ないか……)
 ハァと溜息を吐き出し、俊も踊り出した時だった。
「あっ、ギャラリー発見!」
「え?」
 ネカットの華やいだ声に、俊は我が目を疑った。
「男の子?」
 岩陰から、やけに白い男の子がこちらを伺っている。
「さあさ、君も一緒に踊りましょう!」
 ぽーんぽーんとステップを踏んで男の子に一瞬で近寄ると、ネカットはがしっとその手を取った。
「お、おい?」
「さあ、革命を起こしますよー!」
 びしっとネカットがポーズを決めれば、男の子も真似してポーズを取った。
「あ、普通に上手い」
「シュンも油断できませんね!」
 三人で踊れば、いつの間にかギャラリーも増えて、撮影カメラも光っている。
 最後のステップを決め、ポーズが決まれば、拍手が鳴り響いた。
「やった! 君たちは最高です!」
 むぎゅうと、ネカットが男の子を抱き締める。
「ほらシュンも、ぎゅーっ!」
「あ、ああ……」
 三人が抱き合う姿に、ギャラリーから再び拍手が上がった。
 男の子は拍手が収まると、ニコッと笑った後、手を振って浜辺を走って去っていく。
「誰だったんでしょうね、あの子?」
 背中を見送って、ネカットが首を傾ける。知らずに誘ったのかというツッコミを入れかけて、俊はハッとした。
「もしかしてカプカプ様だったんじゃ……」


 ガコンと酒樽が一周すると、ガイコツの海賊が飛び出して、高笑いをする。
「……驚きました」
 酒場に入るなり、出迎えた仕掛けに、鳥飼は目を丸くしてから微笑んだ。
「早速海賊気分が味わえましたね」
 くるっと振り向き同意を求めれば、鴉はクスッと笑みを漏らす。
「海賊というより、遊園地みたいです」
「あ」
 言われてみればと鳥飼も笑い、二人は奥のカウンター席に移動した。
「けれど、折角海に来たというのに」
 メニューを眺める鳥飼の横顔を見つめ、鴉が可笑しげに言えば、鳥飼ははにかんだ。
「海賊気分が味わえる酒場らしいですので、
気になってしまって」
「まあ、私も泳ぐ事はそれ程好きではありませんし。構いませんがね」
「それなら良かったです」
 二人で楽しみたいから。鳥飼はホッと安堵の吐息を吐きだして、カウンターの向こうに居る海賊衣装の店員に声を掛けた。
「スペシャルカクテル『シャーク船長』をお願いします」
「昼間からアルコールとは」
 その注文に鴉が瞬きする。
「海賊気分ですから、問題無しです!」
 ぐっと鳥飼が拳を握って主張する。
「まあ、ツアーですし。よろしいのではないですか」
 鴉は笑うと、
「私はシャーク・オランジュを」
 ノンアルコールカクテルを注文した。
 程なくして、二人の前に、二つのカクテルが並べられる。
「わあ、爽やかですね」
 鳥飼の前に置かれたカクテルは、数枚のミントの葉を添えられた透明な色。炭酸水が入っているらしく、パチパチと泡が弾けている。
「こちらはネーブルオレンジですか。こちらも涼しげですね」
 鴉のカクテルは、炭酸水の中でオレンジの橙色が揺れていた。
「では、乾杯しましょう」
「乾杯」
 二人は軽くグラスを触れ合わせてから、ゆっくりとカクテルを味わう。
「清涼感が心地良いです……凄く美味しい」
「こちらもオレンジの甘さが心地良く美味しいですね」
 二人は暫く無言でカクテルを楽しんだ。つまみのチーズとササミを食べながら、ゆったりとした時間が流れる。
「主殿?」
 不意に鳥飼の頭が揺れて、鴉は視線を横に向けた。にこにこと笑顔の鳥飼が視界に入る。
「偶には昼間からお酒飲んだって良いじゃないですか」
 にっこり笑うと、鳥飼は鴉に身を寄せてきた。鴉の眉が上がる。
「……主殿、酔ってますね?」
「酔ってませんー」
 ぎゅーっと鴉の抱き着くと、鳥飼は幸せそうに頬を緩めた。
(酔うと甘える人でしたか)
 鴉はクスッと笑みを零すと、ぽんぽんと鳥飼の髪を撫でる。鳥飼が幸せそうに身動ぎすれば、撮影カメラがこちらに向かって光っていた。


 カクテルは色んな種類があるらしい。
「そんなに度が高くないものでオススメのお酒はありますか?」
 フラルがカウンター越しに尋ねれば、『船長』の名札を付けた厳つい店員は白い歯を見せて頷いた。
「度が高くないのなら、シャーク・パッションがおススメだよ。ジンを炭酸水で割って、パッションプルーツを入れたカクテルだ」
「へぇ……パッションプルーツ。サウセ、頼んでみる?」
 隣に座るサウセに尋ねれば、彼は一つ頷いた。
「では、シャーク・パッションを二つ」
「あいよ」
 店員はニカッと笑って、炭酸水の瓶を手に取る。
「フラルさん、何か食べるものを頼みませんか?」
 サウセはメニューをフラルに差し出した。
「海賊風ピッツァだって。美味しそうだね」
「スペイン風オムレツも美味しそうです」
「わ、スイーツも結構あるんだ」
「ティラミスが気になります」
 気になるメニューが沢山あって、どれを注文するか悩んでしまう。
 二人はシェアして食べることにして、気になったものはすべて頼んでしまう事にした。
 やがて、二人の前にはカクテルと注文した料理がずらっと並ぶ。
「これ、パッションフルーツの種? 凄く綺麗だね」
 カクテルグラスの中では、鮮やかなビタミンカラーの中にパッションフルーツの種が飛び散って美しい模様を描いていた。
「サウセ、乾杯しよう」
「はい、フラルさん」
 グラスを掲げて合わせたら、澄んだ音が二人のグラスを繋ぐ。
「ん、飲みやすい。炭酸が効いていて……夏っぽいね」
「この味、好きです」
 二人に笑顔が広がれば、カウンターの向こうの店員が嬉しそうに笑った。
 海賊風ピッツァは食べやすいようにカットして、一切れずつ口に運ぶ。
「バジルとトマトの酸味が凄くいいね」
「バジルが甘くて、良い香りです」
 続けて、オムレツも切り分けて分け合った。
「オムレツのふんわりした食感、最高だ」
「ジャガイモとハムの組み合わせ、好きです」
 デザートにはティラミス。こちらは二個頼んだ。
「ティラミスのこの苦みとコク、癖になりそうだ……」
「香りと酸味も絶妙です」
 感想を言い合いながら、美味しい一時を過ごす。贅沢で、得難い時間だとサウセは思う。
「今日は……本当に楽しいです」
 グラスを傾け、ぽつりと呟けば、フラルがにっこりを微笑んだ。
「オレもだよ」
(またこういう時間を楽しめたら……)
 フラルの笑顔に胸が温かくなりながら、サウセは祈るように思った。


 酒場のメニューをすべて食べ尽すつもりで挑む。
 そんな気迫すら感じて、月岡 尊は呆れ気味にパートナーを見た。ここは酒場「シャーク船長」の、奥まったテーブル席。
「あーこのミートソース、麺がもっちもっちでマジうめぇ!」
 アルフレド=リィンはパスタを掻き込みながら、瞳を輝かせている。
「ミートソースが美味いなら、カルボナーラもきっと美味いに違いない! すんませーん! オーダー追加でー!」
 まだ頼む気か。
 尊はげんなりとテーブルの上の料理の皿を見て、手元のグラスを口元に運んだ。
 エールの甘味と香ばしい旨みが口に広がる。
「食ってばっかだな、お前は……」
 やれやれと溜息混じりに言えば、アルフレドの金の瞳がキラリと光り、抗議の眼差しを向ける。
「ミコトさんが『水着なぞ着ない』ってきかないんだから、仕方ないじゃねえっスか」
 オレは泳ぎたかったのにー!

 子供のように唇を尖らせるアルフレドに、尊はフンと鼻を鳴らす。
「だから、せめて美味しい飯くらい食べないとやってらんないっス!」
 運ばれたカルボナーラを嬉しそうに受け取り、アルフレドは忙しそうにフォークを動かした。
(まぁ、そんな気分でやけ食い……じゃなく食いたいだけだけど)
 濃厚ソースにカリッとベーコンを咀嚼し、アルフレドはふにゃあと口元を緩める。美味しい。
「つーか、尊さん、酒飲んでばっかで、全然食べてないじゃないっスか」
 びしっとフォークを指して指摘すれば、尊はくいっとエールを飲み込む。
「ほっとけ」
「そういう訳にはいかないっス。見られてるだけは癪なんで」
 アルフレドはパスタをクルクルとフォークに巻くと、尊の口元へと差し出した。
「はい、あーんっとな♪」
「調子に乗るな」
 笑顔のアルフレドの腕を押し遣り、尊は口の端をニヤリと上げる。
「俺は見てるだけで楽しいんだ。いいだろう?」
「えっ?」
 アルフレドがきょとんと停止した。
「だから、お前が食ってろ」
 一言言い切って、尊は深々と椅子に座り直す。
「……うっス」
 微妙な顔でアルフレドが頷いた瞬間を、撮影カメラが捉えているのを見て、尊は小さく笑ったのだった。


 カプカプビーチは、のんびりとした時間が流れている。
(……珍しい。 珠樹のことだから撮影に映りたがると思ったけど)
 テレビ撮影を断ってカプカプビーチにやって来た明智珠樹を、千亞は意外そうに見つめた。
 いつもなら、無駄に張り切って、褌姿を水着と言い張って、カメラの前ではしゃぐだろうに。
(水着も見たがると思ったんだけど……)
 ツアーに参加を決めた時から、覚悟は色々していたのに、少し拍子抜けした気分だ。
「カプカプさんは、どちらにいらっしゃるんでしょうね?」
 キョロキョロと辺りを見渡し珠樹が言うのに、千亞はハッと我に返った。
(兎に角、カプカプさんを探そう)
「ああ、カプカプさんと出会えたら、是非とも熱い抱擁を……!」
「……くれぐれもカプカプさんに妙な真似をするなよ?」
 じとーっと千亞が見つめれば、珠樹は爽やかに微笑んだ。
「熱いベーゼはOKですよね?」
「邪念は消せド変態!」
 ずびし!
 珠樹の脇腹に捻りの効いたコークスクリューパンチが炸裂。
「愛が痛い……!」
 嬉しそうに転がる珠樹を無視して、千亞は辺りを観察する。
「あれ?」
 ひょこっと岩陰から、こちらを見ている白い男の子。
「もしかして……カプカプさん?」
 千亞が声を掛ければ、白い男の子は頷いて、てててとこちらに小走りにやって来た。にこっと微笑む。
「うわぁ、可愛い……! 僕は千亞だよ、よろしくね」
 千亞は瞳を輝かせ、小さなカプカプの手を取る。
「ふ、ふふ……! お会いできて嬉しいです! 私は明智珠樹です。以後お見知りおきを」
 何時の間にか立ち上がっていた珠樹の手が、がしぃと千亞とカプカプの手を握った。
「さあ、さあ、さあ! 是非恒例のアレを!」
「もう嫌だこんな神人」
 千亞は死んだ魚のような目をした後、カプカプに優しく尋ねた。
「あのね、ハグしても大丈夫?」
 コクンと小さくカプカプが頷けば、
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
 ぎゅー。
 カプカプを真ん中に、千亞と珠樹、カプカプは抱き合った。
「ハーレムを……!」
「だから、邪念は消せド変態!」
 とんでもない単語を叫ぶ珠樹を睨んでから、千亞はカプカプに頬ずりする。
「可愛くて幸せ……!」
 ふにゃあと緩む千亞の顔を微笑ましく見つめてから、珠樹はそっとカプカプに囁いた。千亞に聞こえないように。
「海難事故にあった千亞さんのお兄様が見つかりますように」
 カプカプの円らな瞳が珠樹を見る。
「カプカプさん、よろしくお願いします」
 穏やかな珠樹の笑みに、カプカプもふんわりと笑みを返した。


 煌々と月が、海を照らしている。
「月が綺麗だな……」
 ロキ・メティスは、澄んだ空に光る月を見上げ、片手を伸ばした。月の光がこちらに零れ落ちてくるような感覚。
「ふふ、ここは君の方が綺麗だよって……言った方がいいのかな」
 隣で小さくパートナーが笑う。
 その気配と言葉に、ロキは半眼になって隣に視線を移した。
「そういうのは、気に入った女の子にでも言えよ」
 きょとんと不思議そうに、ローレンツ・クーデルベルは首を傾ける。
「茶化してるわけじゃないよ」
 笑って首を振り、月光に光るロキの金の髪に瞳を細めた。
「君の金髪はお月様の光みたいだ」
「…………」
 ロキはムッと眉を寄せると、視線を月へと戻す。
「俺で練習するのは止めておくんだな」
「練習?」
「いつか気になる子が出来た時の為の、予行練習」
 それ以外に何があるというのだ。
 チラッと横目でローレンツを見れば、彼は困ったように眉を下げた。
「練習とかじゃなくて本当に思ってるんだけど」
「……」
 沈黙。
 どうしてそんな事を言えてしまうんだろう、コイツは。
 ふぅと吐息を吐きだして、ロキはローレンツと向かい合う。
「お前は素で、結構恥ずかしい事言うからな」
「恥ずかしい?」
「ちゃんとしてたらモテるから。
早く、いい子を見つけろよ」
 ロキは、ずばっと言って海に視線を投げる。素直な感想だった。
「……俺はね」
 少しの沈黙の後、ローレンツがゆっくりと口を開く。
「男とか女の子だとか関係なく、ありのままを言ってるだけ」
 波の音が響いた。
 何を言っているんだろう? ロキは視線を合わせず、揺れる水面を見た。月が水面で揺れている。
 それだとまるで──。
(口説いてるみたいじゃないか)
 浜辺に佇む二人を、撮影カメラが静かに映し出していた。


 月光が示す道は、幻想的で儚い。
(こういう幻想的な景色、先生にはよく似合う……)
 ムーングロウの月明かりが示す道を歩きながら、暁 千尋は隣を歩くパートナーを見た。
 紫から赤に変わる不思議な髪色が、月光にキラキラ光っている。
 月を映す桜色の瞳も、息を飲む程に美しかった。
「ねぇ、チヒロちゃん」
 不意に名前を呼ばれて、千尋は跳ねる心臓を押さえ、彼に向き合う。
「はい、先生」
「ここから見ると、まるで道が月に繋がるみたいになるわ」
 ジルヴェール・シフォンは微笑むと、長い指先で天上の月と月光の道を繋ぐように空気を撫でた。
「このまま月まで歩いて行けちゃいそうね」
 ふふっと笑うジルヴェールに、千尋の中に正体不明の焦燥感が込み上げる。
「先生」
「チヒロちゃん……?」
 気付けば、千尋はジルヴェールの手を掴んでいた。強く。
「どうしたの?」
「あ……」
 目を丸くしてこちらを見るジルヴェールに、千尋は慌てて握る手を緩めた。
「すみません。 なんだか先生が月に還ってしまうような気がして……」
 だから、掴まえておかないととそう思った。
「まぁ……さしずめワタシはかぐや姫ってところかしら」
 きょとんとしてから、ジルヴェールはクスクスと笑う。
「……行かないでくださいよ」
 再び、指先を掴む千尋の手に力が籠った。
 金の瞳が、真っ直ぐにジルヴェールを見つめる。
「どうしてもというなら、どうか僕も一緒に」
 貴方と居られるなら、何処にだって付いていく。
 その真っ直ぐさが、眩しい。
 ジルヴェールはゆっくりと瞳を細めた。
「ふふ、わかってるわよ」
 だから。
「その手は離さないで、ね?」
「はい。決して離しません」
 二人は手を繋いで歩き始める。行き先が何処であろうと、二人で歩いていく。
 撮影カメラは、月明かりに照らされる二人の背中を、静かに映していた。


 カプカプビーチは、和やかに明るい陽射しに包まれている。
 レン・ユリカワは、わくわくした眼差しで、注意深く辺りを見渡した。
 恋人達を見つけると好奇心から近寄ってくるという、神様の使い『カプカプ』。
(恋人同士じゃなくても会えたらいいな)
 チラリと隣を見上げれば、パートナーの魔魅也が笑みを返してくれた。
「ふふ、坊っちゃんと砂浜を散歩……粋さァね」
 彼も楽しんでくれている。その言葉にレンは笑顔になる。
「カプカプさん……神の使いだなんて……ぜひ会ってみたいです、ね」
「ほぅ、神の使いか……ぜひ会ってみたいもんさね」
 魔魅也もカプカプに会ってみたいと言ってくれた。レンは緩む頬が抑えられない。
(あとはカプカプさんに会えたら最高なんだけど……)
「坊っちゃん。アレは何だろうね?」
 トントンと魔魅也に肩を叩かれ、レンは視線を前に向けた。
 岩陰から、こちらを窺っている白い小さな男の子。
「もしかして……」
 レンと魔魅也は恐る恐る近寄ってみる。
 男の子はじーっと二人を方を見つめ、逃げる事はなかった。
「カプカプさん、ですか?」
 レンが尋ねると、男の子はコクコクと頷く。
「わ……会えて嬉しいです!」
 パァとレンの顔が満面の笑みに輝いた。
「あの……魔魅也さんとギュッとしていいですか?」
 カプカプを抱きしめると良いことが起こると言われている。レンのお願いに、カプカプは快く頷いた。
「ありがとうございます!」
「それじゃ、ちょいと失礼して……」
 カプカプを真ん中に、レンと魔魅也は腕を伸ばす。
「ちょっと煙草臭いかもしれないが、少しだけ我慢してくれると嬉しい」
 カプカプは笑顔で頷いて、二人に身を任せた。
(魔魅也の手が……温かい。ドキドキします……)
 頬を染め、嬉しそうに笑うレンに、魔魅也の口元にも笑みが浮かんだ。
 その様子を、撮影カメラは微笑ましく映し出していたのだった。


 カプカプビーチは、砂遊び向きな浜辺である。
 引っ切り無しに人が通るゴールドビーチとは異なり、散歩向きの穏やかな浜辺であるからだ。
「……」
 せっせせっせと砂を積み上げるイレイスを、終夜 望は見守っていた。
 イレイスは今、砂像を作っている。
 何故砂像なのか。
 ツッコミ所は沢山あったが、取り敢えず砂像なんて作った事もない望は手伝えない。なので、見守るしかない。
 イレイスは丁寧に砂を水で固めてから、キラリと瞳を輝かせ、出来上がった砂の塊を彫り始めた。
(何を作ってるんだか)
 どうやら丸くてふわっとしたもののようだが、今の段階では何とも言えない。
「兄貴、それは何を作ってるんだ?」
「出来上がってからのお楽しみだ」
 尋ねても、イレイスはひらっと手を振るだけで、決して答えようとはしなかった。
(何かちょっと嫌な予感がするけど、気のせいだよな)
 そうに違いない。望は無理矢理自分を納得させ、通りがかったアイスキャンディー売りから、豆バーを買った。
「よし……」
 望が豆バーを食べ終えリラックスしている間に、砂像はその姿を顕わにしようとしていた。
 もこもこしたボディ。円らな瞳。そして、背中から飛び出すナニカ。
「!?」
 望は目を擦った。見てはいけないナニカが、イレイスの手で完成しようとしている。
「我ながら、良い出来だ……」
 ふふ、ふふふふふ。イレイスが肩を揺らして笑う。
 偽装とフェイク技能を全力で活かして、無駄にリアルな、ともすれば年齢制限に引っかかりそうな奴を作ったのだ。
「……これがカメラに収められた時、果たしてどうなるかな!」
「!?」
 望は反射的に飛び出した。
「カメラ映すな! これ駄目な奴!」
 何時の間にかやって来ていた撮影カメラから石像を隠すようにし、ジャンプする。
「これで、完成だ……!」
「やらせるかよ! うおおお全年齢キーックッ!!」
 ぐわしゃ!
 望のジャンプからのキックが、イレイスの砂像を蹴り崩した。
「ああ、俺の傑作そらめぇが……!!」
 らめぇええええ!
 幻聴が、聞こえた気がした。
 イレイス作の『わさびクリームを怪しく噴き出すそらめぇ』は、ただの砂の塊に戻ったのだった。


 月がとっても綺麗だから。
 隣を歩く川内 國孝を、月明かりが照らしている。
「月がでると道がぼんやり輝くなんて、不思議な場所もあるのだな」
 ぽつり呟く彼の声も、月の光に跳ねているようで。
(やはり國孝と出かけると歌を作りたくなるなぁ)
 四季 雅近は、ごそごそと懐から短冊と筆を取り出した。
 今この瞬間を、書き留めておきたい。
 溢れる言の葉を、丁寧に文字に認めていく。
「……おい?」
 急に足を止めた雅近に、國孝は振り返る。筆を動かす彼に、國孝は呆れたように息を吐いた。
「あんたはまた歌を書いているのか、暢気なものだ」
「出来た。ほれ、國孝。見てくれ」
 にこにこと笑顔で、雅近は出来たばかりの歌を彼へ差し出す。
 そっとそれを受け取って、國孝は視線を落とした。
 月明かりのお陰で、雅近の書いた文字ははっきりと見える。

『短夜(みじかよ)の
 月光照らす
 散歩道』

「今回は五七五で考えてみたぞ」
 顔を上げれば、どうだ?とばかりに瞳を輝かせ、雅近がこちらを見ている。
「嫌いではないだろう?」
「……まぁ、悪くはない、が」
 短冊を彼に返しながら、國孝は口元に微か笑みを浮かべた。
「全く……あんたの陽気さには頭が上がらない」
「それは良かった」
 雅近は短冊を受け取り、大事そうに懐に入れると、にっこりと笑う。
「國孝の笑みが見れるのであれば、何時でも陽気でいよう」
「……」
 月光に照らされて笑う綺麗な男。
 どうして、アンタはいつも……。
 出掛けた言葉を飲み込んで、國孝は踵を返す。
「行くぞ」
「ああ、行こう」
 二人の前に、月明かりが作った道が、真っ直ぐ伸びていた。


 カプカプビーチは、明るい空気と美味しい空気に満ちている。
「空気が美味しくて、景色も綺麗で、来てよかったね」
 新月・やよいは、のんびりと海を眺めながら、隣に座るパートナーを見つめた。
 潮風に、彼の金色の髪と狼の耳が揺れている。
「日陰に居れば、涼しいしな」
 バルトは小さく頷いてから、自嘲の笑みが口元に浮かぶのを感じていた。
 新月にはあまり肌を焼いて欲しくない。そんなエゴ、彼には決して見せないけれど。
「ふふ、日差しは強いけど、風は心地良いもんね」
「助かった。俺は暑さが苦手でな」
 バルトは暑さが苦手。
 初めて知った彼の事を、やよいは心のメモにしっかりと書き留める。
「そういえば、さっきアイスキャンディー屋さんが居たよね」
「後で寄ってみるか?」
「是非」
 そんな会話をしていると、撮影カメラが被写体を探してぬっと姿を現した。
 岩陰に並んで座る二人に気付くと、スタッフがカメラをこちらに向けて──。
「!」
 気付くや否や、バルトは反射的にやよいを抱き寄せ、自分の身体ですっぽりと隠した。カメラが彼の姿を捉えないように。
 心臓が痛い。
「バ、バルト……?」
 カメラが去っていったのを確認して、バルトはやよいを解放する。
 頬を染めるやよいに、バルトは視線を逸らしながらぼそりと呟いた。
「これでも作家の卵だしさ」
「そ、そっか……ありがとう」
 バルトの心遣いが嬉しくて、やよいは微笑む。まだ胸はドキドキと早鐘を打っていた。
「あっ……あの子はカプカプさんかな?」
 そこへ、白い男の子が岩陰からこちらを窺っているのに気付き、やよいはぱっと立ち上がる。
 白い男の子──カプカプは直ぐにこちらに歩み寄って来た。
「バルト、カプカプさん、可愛いよ」
 胸の早鐘を誤魔化すように、やよいはぎゅっとカプカプを抱き締めた。
「カプ……?」
「カプカプさんを抱きしめると良いことが起こるんだって。バルトも、ほら!」
 やよいに促され、バルトもカプカプを一緒に抱き締める。
「えへへ……お互い良いことありますように」
「ああ……」
 微笑み合う二人を、カプカプの丸い瞳が嬉しそうに見つめていた。


 グラスを軽く触れ合わせれば、小気味のよい音が余韻を持って響く。
 酒場「シャーク船長」では、あちらこちらから、グラスが触れ合う澄んだ音が聞こえていた。
(夏休みって年齢でもねぇけど……)
 手元のグラスで揺れる琥珀色の液体を見つめてから、カイン・モーントズィッヒェルは向かいに座るパートナーを見る。
「俺は楽しんでるが、てめぇはどうだ?」
 ゆっくりとした口調で尋ねれば、イェルク・グリューンは食事の手を止めてカインを見返した。
「それなりには」
 一言、そう答えるとパプリカをディップソースに浸してから口に運ぶ。
 口の中に、ソースの旨味とパプリカの苦味が心地良く広がった。
 半分嘘、半分本当。
 尤も、それを目の前のこの人に告げる気はない。
「少しでも楽しけりゃいい」
 そう笑って、カインは手に持ったグラスをぐいっと呷った。
「そういえば、お酒……あまり呑まないのですね」
「酒?」
 グラスを指差し指摘すれば、カインは大きく瞬きする。彼が飲んでいるのはウーロン茶。
 最初にエールで乾杯して以降、酒は頼んでいない。
「得意ではないのですか?」
 重ねてイェルクが尋ねれば、カインは喉を鳴らして笑った。
「弱くはねぇが、いつも呑む必要なくね?」
 それよりもと、彼はサラミを摘まんで口に入れる。
「そんなことより美味い飯食え」
 美味そうに食べるものだと、イェルクは口の端を上げた。
 この人は、粗野で強引で自分勝手で……少し狡い。
「そう言われたら、遠慮出来ませんね」
「ああ、遠慮するな」
「なら、とことん付き合って下さい」
 グラスを掲げそう言えば、カインはいいぜと笑った。
 二回目の乾杯は、ウーロン茶とエールで。
 さて、何を頼もうか。
 イェルクは瞳を細め、カインを見つめたのだった。



シナリオ:雪花菜 凛 GM


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