リザルトノベル

●コース2 リゾートホテルで大人な休日を。

 明るい店内は、静かで落ち着いた雰囲気。
 大きな窓からは、ゴールドビーチの絶景が広がっている。
 最上階からの眺めは、外で見る景色とは一味も二味も違って、贅沢な時間を与えてくれていた。
(彩夢ちゃんの水着姿、マジ天使)
 けれど、そんな景色よりも。
 紫月 咲姫の視線は、愛おしい妹に注がれている。
 こんな機会でもなければ、水着姿なんて滅多に拝めない。目に焼き付けておこう。心で誓う。
「たまにはあたしもお酒飲む」
 そんな咲姫の心の中を知ってか知らずか、紫月 彩夢はバーカウンターの奥を見据えてぽつりと言った。
「じゃあ、カウンターで一緒に飲む?」
「そうね」
 彩夢と咲姫は、並んでカウンターに座った。
 彩夢の前には、鮮やかな青色のカクテル。咲姫の前には、淡い紫色のカクテルが並ぶ。
「綺麗な色……」
「飲むのが少し勿体ないね」
 微笑み合って、軽くグラスを触れ合わせた。
 カクテルは甘くて、ほんのりほろ苦い味がする。
 暫く景色を眺めながらグラスを傾けた。
「咲姫はパーカー着てなさいよ」
「え?」
 不意に彩夢が口を開き、咲姫は目を丸くする。
「あんたナンパされやすいんだから、目立たないようにしてなさい」
「あ、はい、脱ぎません」
 びしっとパーカーの前を合わせて、咲姫は頷く。それから眉を下げた。
「一応男物着てるんだけど……」
「……変なのよりあたしに構ってよね」
「!」
 咲姫はぱちぱちと瞬きして、ほんのり赤くなっている彩夢の頬を見つめる。
「え、彩夢ちゃんどうしたの……?……酔ってる?」
「はいはい、酔っ払いですよーだ」
 グラスの淵を撫でながら、彩夢は小さく舌を出した。
「たまには甘えさせてよ」
 なんて可愛いんだろう。酔っての言葉でも、凄く嬉しい。
「ふふ、じゃあ目一杯甘えて」
 グラスを持つ彩夢の手に触れて、咲姫は微笑む。
「その方が、私も嬉しいし……変な目の牽制にもなるし、ね」
 仲睦まじくお酒を楽しむ二人の姿を、そっと撮影カメラが映していた。


 プールの水は冷たくて気持ち良い。
(少し身体が冷えちゃったわ)
 ニッカ=コットンはプールから上がると、濡れた髪をタオルで拭いた。長い金の髪が水滴にキラキラ光る。
「お嬢さん」
 ニッカがプールから上がった事に気付いた、ライト=ヒュージ=ファウンテンもプールサイドに上がってきた。
 こちらも濡れた身体をタオルで拭いて、パーカーを羽織る。
「ティータイムにするわ」
「では、ご一緒します」
 ニッカとライトは揃って、カフェ・バーへと向かった。
「紅茶もあるのね。このケーキセット美味しそうだわ」
 景色が良く見えるテーブル席を選んで、二人は向かい合わせに座る。メニューを眺めてニッカが微笑んだ。
「私はコーヒーにします」
 ライトが手を上げ、オーダーする。
 そこでライトは気付いた。ニッカの唇の色が紫っぽくなっている。プールで冷えたのだろう。
「お嬢さん」
「なぁに、ライト?」
「これを」
 ライトは立ち上がり、羽織っていたパーカーを脱ぐとニッカの肩に掛けた。
 もしかして、寒いと思っていたのに気付いて、気遣ってくれたのだろうか?
「あ、ありが……」
「これでない胸も隠せますね」
 にっこり。
「……」
 お礼を言い損ねて、ニッカは頬を膨らませた。
「まぁ、胸のない女性が好みの方もいますから」
 慰めているのかからかっているのか、判別不能な笑顔で、ライトは向かいに座り直す。
 そこへ、丁度、注文した品が運ばれてきた。
 温かい紅茶に口を付ければ、ほわりと身体が温もっていく。
 でも、温かいのは紅茶のお陰だけではなくて。
「ライトとゆっくり過ごすのって、初めてだけど居心地がいいわ」
 ぽつりと呟けば、ライトが少し驚いた顔でコーヒーカップから顔を上げる。
「時々口が悪いのに不思議ね」
 ふふっと微笑むニッカに、窓の外から太陽の光が降り注いで、ライトは無言で瞳を細めた。
 のんびりとしたティータイムの様子を、微笑ましく撮影カメラが見守っていた。
 

 足を踏み入れた店内は、落ち着いた照明で、明るいけれど何処か大人な世界。
 音無淺稀は、思わずキョロキョロと店内を見渡した。
「素敵なお店だね、オトナシ」
 その隣で、フェルド・レーゲンも珍しげにお酒が並ぶカウンターを見上げている。
「お二人様ですか?」
「はい、そうです」
 店員に声を掛けられ、二人は一際明るい窓際のテーブル席に付いた。
「わぁ……ここからも海が見えるんですね」
「いい眺め」
 二人は得したと顔を見合わせて笑う。
 お酒はまだ早いですが、スイーツとドリンクなら私達でも頂けますよね。
 そう思ってきたカフェ・バーだったけれど、予想外に別の楽しみも出来た。
「ドリンクバーがあるんですね。飲み物はそれにして……スイーツも種類が沢山ありますよ」
 淺稀がメニューを開けば、フェルドが覗き込んでくる。
「コレ、美味しそう」
 フェルドが指差したのは、クッキーの盛り合わせ。南国のフルーツが沢山トッピングされている。
 淺稀は早速そのクッキーを注文した。
「……美味しそう」
 お皿に盛られたクッキーが運ばれてくる。たっぷりのクリームと南国フルーツが実に豪華な印象だ。
「「いただきます」」
 二人で手を合わせて、早速クッキーを口に運ぶ。
 フェルドはウンウンと小さく頷いた。口元が緩んでいる。
「気に入ったらお家でも作ってみますから、言って下さいね?」
 その様子に微笑んで淺稀が言えば、フェルドは瞬きした。
「家でも作れるの? じゃあ、チョコのクッキーがいい……かも」
 クッキーを一つ摘まんでフェルドは淺稀を見つめる。
「作れる?これ、おいしい……と思う」
「ええ、任せてください。……ふふ、ほら、ほっぺにクリームついてますよ?」
 にっこり頷いて、淺稀は彼の頬に付いたクリームをハンカチで拭いた。ほんのりフェルドの頬が赤く染まる。
「オトナシも何か飲む? さっき紅茶なら見たから持って来ようか?」
 さっと立ち上がり、フェルドは淺稀を見下ろした。
「自分で持ってこれますよ?」
「……ん。いい、僕もオトナシの相棒だから」
 だから僕にさせて。
 真っ直ぐなフェルドの眼差しに、淺稀が微笑む。その様子を撮影カメラが微笑ましく映していた。


 サウナはじりじりと心地良い熱気に満ちている。
「はー癒されるー」
 カスミはうーんと大きく伸びをした。
 頬を伝う汗も気持ち良い。こうして身体の中の悪いものが全て出ていくような感覚。
(サウナって一回入ってみたかったから嬉しい!)
 ふふっと頬を緩めて、カスミは自分が着ている水着を見下ろした。
 ミラクル・トラベル・カンパニーが貸し出してくれた水着。
 少し胸元が開き過ぎている気もするけれど、可愛くってニヤけてしまう。
「……リクト?」
 ふと視線を感じて隣を見遣れば、こちらを見ていたパートナーを目が合った。
「どうかしました?」
「いえ……」
 リクトはコホンと咳払いする。
 水着、良く似合っています。
 なんて、照れ臭くて言えない。
「何処か、変だった?」
 水着の胸元を押さえ、カスミが心配げに瞳を揺らす。
「見られなくはないですよ」
 咄嗟にいつも通りな答えを返し、しまったと思うも、カスミはそっかぁと嬉しそうに笑った。
「あ……」
「何ですか!?」
 何かに気付いた顔をしたカスミの指が、突然顔に伸びてきて、リクトは思わず後退する。
「眼鏡に汗が飛んじゃってるから、取ってあげようと思って……」
「眼鏡……なるほど」
 リクトはふうと息を吐き出すと、眼鏡を取ってカスミへ差し出した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 カスミは持参していた柔らかいハンカチで、丁寧に眼鏡の水滴を拭き取る。
「はい、リクト」
 眼鏡を差し出した瞬間、カスミはリクトの瞳に見惚れた。
「リクトの目って……近くで見ると本当に綺麗な目……」
 黒曜石のように艶やかに輝く瞳をじっと見ていたら、吸い込まれそうなそんな気がする。
「ふふ、瞳の色を褒められて悪い気はしませんね」
 リクトは微笑んで、カスミから受け取った眼鏡を付けた。それから、おやと眉根を上げる。
「カメラが……」
「え? 撮影してたんですか?」
 いつの間にか来ていた撮影スタッフが、二人にカメラを向けていた。
「……えっと、今のでいいんですか?」
 戸惑いながら尋ねるカスミに、初々しくてOK!と、スタッフのアルバが拳を握っていた。


 絶対に負けられない戦い。その戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
「いいか。負けた方が一日、勝った相手に従うんだからな」
 プールのスタート台に立ち、油屋。は豊かなバストを強調するような(勿論、本人はそんなつもりはない)胸張りポーズで、ジロリとサマエルを睨んだ。
「望むところだ」
 スタート台に仁王立ちし、サマエルは笑う。手加減などする気は毛頭なかった。
(勝ったら、貴様は一日俺のモノだ!)
 目眩くデートプランを夢想しながら、サマエルは気合十分にプールを見据える。
「位置について」
 撮影スタッフが審判役だ。スタッフの一人、アルバが笛を咥えた。
 ピーッ!
 笛の合図で、油屋。とサマエルはプールへ飛び込む。
 先に出たのはサマエルだ。
 うおおおおおお! 気迫に満ちた泳ぎで前へ前へ。
 しかし、そこへ猛然と油屋。が追い上げてきた。
 驚くサマエル。
 油屋。は強烈なストロークでサマエルに追い付き、追い抜く。
「勝者、油屋。さん!」
 高らかにアルバが勝者の名を呼び、サマエルはがっくりと床に膝を付いた。
「俺がメスゴリラに負けただと!」
「サマエル、約束は守って貰うぜ?」
 サマエルを見下ろし、油屋。がニィと口の端を上げた。
 それから、30分後。
「サマエル、次のメニュー注文!」
 カフェ・バーで、油屋。はスイーツの皿の山を築いていた。
「本気で店内のスイーツを食い尽くすつもりか……この乳女」
 サマエルは店員に注文を追加し、どんよりと半眼で油屋。を見る。
「サマエルも食べたいのか?」
「……いや、俺はいい」
 見ているだけで胸やけがする。サマエルはハァと吐息を吐き出しながら、琥珀色の酒が入ったグラスを揺らした。
 勝負に勝ってさえいれば、今頃は甘いデートを楽しめたというのに。
 せめて酒が美味い事だけが救いだ。
「お酒、美味しそうに飲むね」
 ケーキを頬張り、油屋。が呆れた顔でこちらを見ている。サマエルはニッと口元を上げる。
「試してみるか?」
「は?」
 逃がさない。
 サマエルはぐいと油屋。を引き寄せると、その唇を奪った。
「!?」
 合さった唇から、アルコール特有の香り。
 口の中の甘いケーキの味を混じって、クラリと眩暈がする。
 サマエルは撮影クルーがしっかりこの場面を撮影している事を横目に確認してから、ようやく油屋。を開放した。
「どうだ美味かっただろう?」
 ニヤリと笑うサマエルに、油屋。の顔が一気に耳まで赤くなる。
「このエロ悪魔ーっ!!」
 油屋。の強烈な右ストレートに吹き飛ぶサマエルも、カメラが余さず映し出していた。


 店内を漂うのは、ゆったりとした時間。
 夕焼けの太陽の光が大きな窓から降り注ぎ、かのんの黒髪を輝かせている。
 天藍は瞳を細め、隣に座るかのんの横顔を見つめていた。
 カフェ・バーの大きな窓を臨むカウンター席に、二人は並んで腰を掛けている。
 眼前に広がるゴールドビーチの景色は素晴らしかったけれど、どんな景色よりも、かのんを見つめていたい。
 艶やかな黒髪、きめ細やかな白い肌。凛とした眼差し。
 そんな事を告げれば、きっと彼女は困った顔をするんだろうけれど──。
「天藍?」
 自分を呼ぶ彼女の声に、天藍は思考を切り替えた。
「ん?」
 瞳を細め首を傾ければ、ほんのりかのんの頬が染まる。天藍だけが知っている彼女の表情だ。
「このカクテル、美味しいですね」
 かのんがカクテルグラスにそっと触れる。
 南国の花が飾られたカクテルは、青い空と夕焼けのグラデーション。彼女に似合っていると思う。
「緊張してる?」
 グラスに触れる指が微かに震えたのに気付き、耳元に天藍が囁くと、かのんは小さく頷いた。
 先ほどから、テレビ撮影のカメラがずっとこちらを向いている。
(やっぱり撮影は少し恥ずかしいかも……)
 無料で招待して貰ったお礼にと了解したものの、かのんはそっと吐息を吐き出した。
(やっぱり少し躊躇ってるな)
 天藍は僅か口の端を上げると、かのんの肩へ手を回す。
「え?」
「こうしていれば、かのんは俺の影になるから」
 肩を引き寄せられ、先程より更に近くなった天藍の顔。
「嫌か?」
「い、嫌じゃないです」
 ふるっと首を振って、かのんは顔が熱くなるのを感じる。心臓が早鐘のようだ。
 触れ合った天藍の肌。逞しい彼の身体を直に感じる。
「俺としては……かのんの水着姿を他の奴が見るかと思うと、気が進まないんだが」
 ぽつり天藍が呟いた。思わず彼の顔を見上げる。
「ま、虫除けだと思えばな」
 一緒に映れば、かのんには俺が居ると主張できる。
 瞳を細め言い切る天藍に、かのんは耐え切れず視線をカクテルに落とした。
「……それは、私もです」
 小さな小さな呟きは確かに天藍の耳に届いて、彼は幸せそうに笑う。撮影カメラはその瞬間を逃さず映していたのだった。


 きめ細かな泡が浴槽を満たしていた。
 水流がマッサージのように身体を撫でて、肌に当って弾ける泡も心地良い。
 大きな窓からは、ゴールドビーチの絶景も目に優しく鮮やかだ。
「リゾートのジャグジーなんて素敵ね~」
 ヴィルヘルムは大きく伸びをして、隣のエリザベータを見遣る。
「可愛い水着姿も見られて一石二鳥☆」
「あ、あまりジロジロ見るなよ……」
 パチンとウインクしているヴィルヘルムの視線に、エリザベータは居心地悪そうに視線を逸らした。
「いーじゃない、減るものではないんだし♪」
 水着の上のショートパンツを着用したとはいえ、こんなに肌を晒すことなんて滅多にない。
 全然良くない。
 言い返そうと再び視線を横に向けて、エリザベータは固まった。
 視界に映るのは、服の上からでは分からなかったヴィルヘルムの鍛えられた身体。
(ガタイは良いと思ってたけど、こんなマッチョだったのか!?)
 目の前の上腕二頭筋から浮き出る筋肉。彼が男性だと否が応でも意識せざるを得ない。
「細くて綺麗な体してるわね♪ お腹も引き締まって……」
 じーっとこちらを観察している瞳と目が合えば、一気に顔が熱くなった。
(なんか、恥ずかしくて直視出来ねぇ……!)
 エリザベータはくるっと彼に背を向けた。
 彼を見ないように。彼の視線から逃れる為に。
「なんで背中向けんのよっ……
具合が悪いの?」
 ハッとした様子のヴィルヘルムが、こちらに身を乗り出してくる。
「──バカ、顔見んな……!」
 近過ぎる!と、エリザベータは浴槽の端まで逃げた。
「エルザちゃん? 大丈夫?」
「物凄く恥ずかしいんだよ……体だけ男らしくしやがって……」
 俯いて震えている彼女から聞こえた、小さな声。彼女の顔も赤くなっていて。
「……そんな顔されたらアタシも照れちゃうわ……」
 ヴィルヘルムは眉を下げて微笑む。きっと二人とも心臓が早鐘のようになっている。それでも──。
「折角なんだし、傍に行ってもいい?」
 ヴィルヘルムが尋ねれば、エリザベータは小さく小さく頷いたのだった。


 プールサイドと、このカフェ・バーの内では、流れている時間が違って見える。
 青紫色のパレオを身に纏った七草・シエテ・イルゴは、軽く店内を見渡しながらカウンター席に座った。
「静かだな」
 シエテの隣に、黒のサーフパンツに身を包んだ翡翠・フェイツィが腰を下ろす。
 少し控えめな翡翠の声に、ええとシエテは頷いた。
 店内は決して客が少ない訳ではないのだが、交される会話の声はどこか密やかで、流れる抑え目の音楽が心地良い。
「エメラルド・ミストをお願いします」
「俺はエメラルド・シティ・マティーニを」
 二人の注文にバーテンダーが畏まりましたと頷き、ミキシング・グラスに氷と材料を入れバー・スプーンで丁寧にかき混ぜる。
 クラッシュド・アイスが詰まったオールド・ファッションド・グラスに、美しい碧が注がれると、グラスの表面が冷えて霧で覆われたようになった。
 エメラルド・ミストの名前の語源は、ここから来ている。
 最後に、レモン・ピールを絞りかけグラスの中に落とし、ストローを添えて、シエテの前にグラスが置かれた。
 続けて、バーテンダーはシェーカーに氷を入れて、軽くかき混ぜて水を切る。それから材料をシェーカーに投入すると、シェークする。
 滑らかに流れるように、徐々にスピードを上げ、手首のスナップを利かせてリズミカルに振れば、独特の音が響いた。
 良く冷やされたカクテル・グラスに、鮮やかな緑が注がれる。仕上げにレッドチェリーを乗せ、
「お待たせいたしました」
 そっとカウンターにグラスが置かれた。
「翡翠さん、どうぞ」
 シエテは、緑のカクテルが揺れるカクテル・グラスを翡翠に差し出す。彼の緑の瞳と目が合った。
 カクテルに似た、とても綺麗な瞳だと思う。翡翠もまた、シエテの眼差しに暫し時を忘れる。
(シエの瞳……綺麗な青だ)
 翡翠はグラスを受け取ると微笑み、軽く彼女のグラスと触れ合わせて乾杯した。
「今日の一時を有意義に過ごしましょう」
「乾杯」
 ゆっくりと、甘口で飲みやすい、けれどアルコール度数は高めの口当たりを暫し楽しむ。
 ほんのりと酔いが回ってくるのを感じながら、翡翠は視界の端に撮影カメラを捉えた。こちらを映している。
「シエ」
 声を掛けると、シエテが少し紅潮した頬で翡翠を見上げた。
「お互いのカクテルを交換して飲まないか?」
 翡翠の提案に、シエテは大きく瞬きする。
「……少し恥ずかしい、です」
「いいじゃない、今更恥ずかしがる事ないんだから」
 身を寄せて耳元で囁けば、シエテは小さく震えてから頷いた。
「仕方ないですね……」
 グラスを交換してカクテルを飲む。甘い痺れのような味が広がり、二人は同時に感想を言い合った。
「甘い」「甘いです」
 撮影カメラはじっくりとその様子を映していたのだった。


 お酒は飲まなくても、雰囲気だけで酔える時がある。
 黒統にとって、今が正にその状態だった。
「……」
 バーのテーブル席で、希月は紅茶のカップを手に、目の前でニコニコしているパートナーを見た。
「あーもう、この餡蜜、美味しくて蕩けます……!」
 もぐもぐと栗鼠のように頬を膨らませ、黒統は幸せいっぱいに笑っている。
「和のスイーツも揃っているなんて、やりますね……! あ、このお団子も頼んでいいですか?」
 ハイテンションにぺろりとスイーツを平らげては、次のスイーツに食い付く。
 明らかにいつも以上に笑っていて、まるで酔っているみたいだと希月は思った。
(確かに、この雰囲気に飲まれてしまう気持ちは分かるが……)
「……程ほどにしないと、腹を壊すぞ?」
 希月は心配してそう声を掛けるが、
「へーきへーき! スイーツは別腹ですからっ」
 いえーい☆とVサインをして、黒統は幸せそうに黒ごま団子を頬張った。
(幸せそうだ……)
 黒統の満面の笑みに、希月はふっと息を吐き出す。
 これ以上何か言って水を差すのも、勿体ない気がした。だって、こんなに嬉しそうなのだから。
「ね、希月」
 ずいっと黒統が身を乗り出してくる。
「な、何だ?」
 距離が近い。
 やっぱり確実に酔っ払っているんだろう。希月は極力意識しないよう努めながら、彼を見返した。
 気付けば、撮影カメラがこちらも向いている。少しばかり協力もしなければという思いもあった。
「あのね、今日はとても楽しいです!」
「そうか。それは良かった」
「スイーツは美味しいし、いつも男の子みたいな恰好してる希月の水着姿も見れたし」
「!?」
 いきなり何を言い出すんだ。
 希月が上手く反応を返せないでいる間に、黒統は黒ごま団子を彼女の口元に運ぶ。
「はい、あーん♪」
「…………」
 希月は無言で団子を口に入れた。口いっぱいに広がる団子は、ひたすら甘かった。
 撮影カメラもバッチリと回っていた。


 水泳はダイエットの王様!
「水泳のカロリー消費量は、その他のスポーツをぶっちぎって一位なんですよ」
 ぐっと拳を握ってそう言ったペシェに、フランペティルは大きく瞬きした。
 何だか嫌な予感がする。
「そんな訳で泳ぎます!」
 ペシェは豊満な水着の胸をたゆんと揺らすと、フランペティルに背を向けてプールに飛び込んだ。
「お、おい、ちょっと待……」
 フランペティルの手が虚空を掴む間も、泳ぐペシェの身体は遠く離れていく。
 置いて行かれた。
「……」
 ハイペースで泳ぐペシェを眺めながら、フランペティルはプールサイドの片隅で体育座りをする。
 思い切りどよんとした瞳でペシェを見つめるも、彼女は一向にこちらに気付いてはくれなかった。
 暫く経って。
 漸くペシェがプールから上がってきてから、二人はカフェ・バーへ入った。
「運動した後のスイーツは最高ですね!」
 パフェにケーキに、アイスクリーム。二人でシェアしながら、カフェ内のメニューを余すことなく楽しむ。
 ニコニコと嬉しそうにスイーツを頬張るペシェを眺め、フランペティルは半眼になる。
「運動した意味が無くなっているではないか。ブタになるぞ」
「食べた分は、また運動しますから」
 ペシェはフランペティルの嫌味にもにっこりと笑って、アイスクリームを一口分スプーンに掬うと、彼の口元に運んだ。
「はい、あーん」
「!?」
 フランペティルの頬が紅潮する。
「撮影されてますから、これくらいは」
「む」
 それを言われては逃げる訳にもいかないではないか。フランペティルは恐る恐る口を開けて、アイスクリームの甘さを感じた。
 お腹が満たされた後は、ジャグジーでリラックスタイム。
 二人は泡に包まれて、ほーっと息を吐き出す。
「……フラン、本当に肌が綺麗ですよね」
 ぺたぺた。
 ペシェの指が、きめの細かいフランペティルの肌を撫でた。
「美肌の秘訣は、日焼けしないこと」
 ふふんと得意げに言えば、ペシェが成程と頷く。
 ぺたぺたぺたぺた。
 更にペシェは彼のつるつる肌を撫で回す。
 何だかむずむずする。というか、少し触り過ぎではないか!?
「え、えっち!」
 フランペティルが赤くなった所を、撮影カメラがアップで映していた。


 カフェ・バーのカウンターの後ろには、ピカピカに磨かれた酒のボトル達が綺麗に並んでいる。
 ボトルラックに並ぶ酒瓶は、どうしてあんなに美しく見えるのだろう。
 ミオン・キャロルは、瞳を細めカウンターの奥を眺めながら、パートナーと共にカウンター席に腰を下ろした。
「何を飲む?」
 隣に座ったアルヴィン・ブラッドローが、少し控えめな声音で尋ねてくる。
「そうね……」
 ミオンもまた声を抑えてしまうのを自覚しながら、ボトルラックを見つめた。ここにはそうさせる魔力のようなものがある。
「カクテルにしようかしら」
「カクテルか。俺もそうしようかな」
 ミオンはピニャカラーダ、アルヴィンはワインクーラーを注文した。
 ピニャカラーダは、ラムベースでパインジュースをメインに、ココナッツを使ったトロピカルカクテルだ。
 黄白色と、グラスに刺されたカットパイナップルとマラスキーノチェリーが、南国をイメージさせる。
 一方、ワインクーラーは、赤ワインとオレンジジュースを使ったロングカクテル。
 鮮やかな赤の色にオレンジが飾られて、実に夏らしい。
「綺麗な色のカクテル……」
「飲むのが少し勿体ないな」
 二人はじっくりとカクテルの色を眺めてから、グラスを手に取った。
「かんぱーい」
「乾杯」
 グラスの触れ合う涼やかな音。
 二人は、ゆっくりとグラスに口を付けた。
 舌に広がるのは、フルーティで甘く優しい口当たり。
「「美味しい」」
 二人同時に感想を言って、思わず顔を見遣る。何だかおかしくて、笑い合う。
「あ」
 そこでミオンは、いつの間にか近くに撮影カメラが来ているのに気が付いた。
 ひらっと手を振って応えると、スタッフの一人がペラッとカンペを出してくる。
『もっと二人、近寄って!』
「え、近づくの? もっと!?」
 今でも結構近くてドキドキしているのに、まだ足りないというのか。
「……」
 ミオンはアルヴィンの方を極力見ないようにしつつ、ずずずと彼に身を寄せてみる。
「あれ?」
 グラリと、ミオンの身体が傾いた。明後日の方向を向いていたせいで、椅子からはみ出てしまったらしい。
「ミオン!」
 どさっと身体が倒れたけれど、背中に当たるのは固い床ではなくて。
「大丈夫か?」
 にこっと優しく微笑むアルヴィンの顔が凄く近い。
「!!?」
 彼の身体に寄りかかるような姿勢で、アルヴィンに抱き留められている!
 気付いた瞬間、ミオンの顔がみるみる赤くなった。がばっと慌てて身を起こす様子に、アルヴィンは気付かれないよう小さく笑う。
「それは撮らなくていいわよっ!」
 じーっとこちらを向くカメラにミオンが吼えた。アルヴィンは静かにグラスを傾け、肩を怒らせるミオンを横目に見ていたのだった。


 色とりどりのスイーツは、見ているだけで華やかな気持ちになる。
「凄くカラフルで可愛らしいですね」
 テーブルいっぱいに広がるスイーツを眺め、香我美は瞳を輝かせた。
 セパレートの水着に、ロング丈のパレオとパーカーで露出を抑えた姿の彼女の正面には、笑顔のパートナーが居る。
「凄く凝ってるよ」
 宝石のようなカラフルなゼリー、虎の形をしたマドレーヌに、七色のいもようかん。
「このクッキーも凄く可愛いね」
 虎を象ったクッキーを摘まみ、聖が微笑む。
「紅茶も、色々フレーバーがあって……全部飲んでみたくなります」
「何を飲むか迷っちゃうよね」
 オレンジ・レモン・アップルなどの柑橘系のフレーバーは、フルーティで美味しそう。
 ローズ・サクラ・ジャスミンといった花の香りのフレーバーは、優しく癒してくれそうだ。
 キャラメル・アーモンド・バニラ・ミントのフレーバーも、香りと味のハーモニーが気になる。
 紅茶以外にも、グリーンティに緑茶、抹茶まで揃っていた。
 二人は楽しく迷いながら、美味しいお茶とスイーツを楽しんだ。
「食べきれなかった分は、お土産ですね」
「うん、家で食べるのも楽しみだ」
 自宅で楽しむ味も、きっとまた格別だろう。
 二人は大満足でカフェ・バーを後にした。
 お土産をロッカーに預けてから、次に二人がやって来たのは、ジャグジーとサウナ。
 サウナで汗をたっぷり流す。
「汗を掻くのが心地良いって、少し不思議です」
「汗と一緒に疲れが抜けていくみたいだね」
 シャワーで汗を流してから、大きな湯船に二人で浸かった。
「泡が気持ち良いですね」
「癒される」
 ほーっと二人で息を吐き出せば、眼前には大きな窓から見えるゴールドビーチの絶景が広がっている。
 贅沢な時間が二人を包んだのだった。


 新しい水着は、勿論彼の為に。
「じゃーん☆」
 プールの更衣室で、吉坂心優音は真新しい水着を取り出した。


(今日の為に新しい水着買っちゃった♪)
 リボンとフリルが可愛らしいけれども、ちょっぴり大胆な翠色のビキニ。
(晃ちゃん、似合うって言ってくれるかな?)
 心優音はドキドキと高鳴る胸を押さえ、ビキニに腕を通す。
 髪を整えて、鏡を睨めっこ。
 うん、おかしな所はない筈。
 ぺちぺちと小さく頬を叩き、緊張を解す&気合を入れて、心優音は更衣室を出た。
 一方、五十嵐晃太は黒のサーフパンツに身を包んで、更衣室から出てきた所だった。
(ぎょーさん人がおるな。みゆと逸れんよう、気を付けなアカンな……)
 可愛い心優音から、一瞬たりとも目を離す訳にはいかない。ぐっと拳を握ってから、晃太はきょろきょろと辺りを見渡す。
(さてさて、みゆは何処に……)
「あっ、晃ちゃん! こっちだよぉ!」
「おお、みゆ!」
 愛おしい声に晃太は光の速さで振り向いて……目を見開いた。
 そこには天使が居た。
(……ってビキニ!?)
 すらりと伸びる手足。大きく開いた胸元は、谷間もくっきりと見えて。ショーツの両サイドで華奢なリボンが揺れているのも何とも艶やかで。
(アカン! 鼻血出そうや……!)
 晃太は一回心優音に背を向け、口元を押さえる。物凄い破壊力だった。
(撮影断っといて良かったっ!)
 心の中でガッツポーズ。
 あの時の自分を全力で褒めたい。
 すーはーと深呼吸して、晃太は心優音の元へ駆け寄った。天使は近付いても天使過ぎる。
「みゆ、可愛えぇ水着やん
 よぉ。似合っとるで」
 晃太は微笑んで、心優音の手を取った。
「えへへ……」
 ふにゃりと心優音が嬉しそうに破顔した。
 晃太の水着姿、鍛えられた身体が眩しい。
「でも晃ちゃん」
 心優音はきゅっと晃太の手を握り返し、反対側のプールサイドを見た。撮影スタッフが、他のウィンクルム達の様子を撮影している。
「撮影、断って良かったの?」
 心配そうに首を傾ける心優音に、晃太は白い歯を見せて笑った。
「おん、みゆの可愛えぇ姿は俺だけが知っとけばえぇんや」
「っ!」
 胸が熱い。心優音は胸元を押さえながら、恥ずかしくて晃太から視線を逸らした。ドキドキする。
「ちゅう訳で早速行こか!」
 優しく晃太が心優音の手を引く。
「うん!行こう!」
 輝く笑顔で心優音は彼を一緒に歩き出した。二人の夏休みは、ここから始めるのだ。


 大きな窓から入る太陽の光は、柔らかくキラキラしている。
 アマリリスはその光に瞳を細めてから、プールへと視線を向けた。
 プールの水も、陽の光に美しく輝いている。冷たくて気持ち良さそうだ。
「アマリリス」
 自分を呼ぶ声にアマリリスが振り向くと、真っ直ぐにこちらを見てくるパートナーと目が合った。
 当たり前だが、彼も水着姿な訳で。
 鍛えられた身体を正面からまともに見るのは、無理だった。破壊力が有り過ぎる。
 ぎこちなく逸らされたアマリリスの視線を追って僅か首が傾くも、ヴェルナーはそれよりもと口を開いた。
「準備運動をしましょう。準備運動をしなければ、足が攣ってしまったり、心臓に負荷が掛かります」
 何かあってからでは遅い。
 生真面目な彼らしい言葉に、アマリリスは頷いた。
「……ええ、準備運動は大切だわ」
「はい」
 ヴェルナーが笑みを見せる。そうして二人は並んで準備運動を始める。
 まずは動かす部分、足首と手首、膝と肘をゆっくり回して解す運動から。
「…………」
 当然ながら、無言で黙々とストレッチをする時間が過ぎていく。周囲からは、楽しそうなカップルのイチャイチャした声が聞こえた。
(通常運行ですわね)
 しっかり屈伸をしているヴェルナーを見遣り、アマリリスは心の中で吐息を吐き出す。
(水着、なんですし……少しくらいは……)
 期待してなかったといえば、嘘になる。
 水着だってとても悩んで選んだのだ。一言くらい感想くらいくれても……。
 アマリリスが尋ねれば、きっと似合うと答えてくれるのは分かっているけども、彼から自発的に言葉が欲しかった。
「アマリリス。少しいいですか?」
「えっ?」
 考えていた所に声を掛けられ、アマリリスの肩が僅か跳ねた。
「肩の回し方が良くないです」
 いつの間にか近くまで来ていたヴェルナーが、アマリリスの腕に触れる。
「肘は耳の高さまで上げて下さい」
 ぐいと腕が引き上げられ、
「視線は下向かず、やや上を向くのが良いです」
 顎に手が添えられ、上を向かされる。
「……!……!」
 アマリリスは絶句した。何て事をしてくれているのだろう、ヴェルナーは。
「ああ、また少し俯きました。少し上です、アマリリス」
 両頬に手を宛がわれ上を向かされたら、真剣に覗き込んでくる彼の青い瞳。
(泳ぐ前に心臓がどうにかなりそうですわ……)
 眩暈にも似た熱さに、アマリリスは思う。
 いつも通りの方が、心臓には優しいと。


 美味しいお酒と、貴方の笑顔があれば、それで幸せ。
「乾杯!」
 カフェ・バーのカウンター席で、クラリスは微笑み、グラスを隣のソルティに向けた。
「乾杯」
 ソフティは微笑んで、彼女のグラスに自分のグラスを合わせる。
 澄んだ音が響いて、二人はグラスに口を付けた。
「んー美味しいっ!」
 クラリスは翠の瞳を輝かせ、グラスの中で揺れる琥珀色を眺めた。
 芳醇な香りと独特の甘み、そして苦味。これは美味いウイスキーだと思う。
(お酒は大好きよ)
 更に一口ぐいっと飲めば、心地良い酔いが回っていく。
「おかわりしちゃおうかな♪」
 ぺろりとグラスを空にして、クラリスは追加オーダーをし、パスタフリットを摘まんで口に運んだ。
「ソル、これ美味しいわよ」
 パスタをカリッと揚げたつまみは、スパイシーでお酒に実に合う。
 食感を楽しみながら、ソルティを見遣ったクラリスは、大きく瞬きした。
 ウイスキーのグラスを片手に、ソルティはぼんやりと頬杖を付いている。
「あ、ゴメン。何か言った?」
 こちらを見ているクラリスに気付き、青い瞳が彼女の方を向いた。
「なに格好つけて無理してんのよ」
 クラリスはふっと息を吐き出すと、彼が持っているグラスを取り上げる。中身は僅かだけど残っていて、彼が落としてしまわないか心配になったから。
「お酒強くない癖に」
「心配しなくても大丈夫だよ」
 ソルティはふにゃりと微笑んで、じーっとクラリスを見つめた。
「? 何?」
「水着、似合ってるね。凄く可愛い」
 一瞬でクラリスの頭が沸騰した。
「ふっ、普段はそんなこと言わないじゃない!」
 絶対酔ってる!
 クラリスは指差して、少しグラグラしている彼の肩を掴んだ。
「ほら、肩貸してあげるわよ」
「……ありがと」
 ぽふっとソルティの頭がクラリスの肩に乗る。その瞬間、目敏く撮影カメラがこちらを映し始めた。
 ソルティはクラリスにより身を寄せ、ゆっくりと瞳を閉じる。
(彼女の水着姿、本当は誰にも見せたくない……お兄ちゃん失格かな)
(このタイミングで撮影なんて……あぁもうっドキドキうるさいわねっ)
 速くなる鼓動。
 二人は気付いてなかった。お互いが同じリズムで速い鼓動を打っていた事を。


 カフェ・バーの中は、外よりもひんやりとして涼しい。
 静かな店内に入ると、その涼やかな空気に出石 香奈は瞳を細めた。
 ここからゆっくり休憩出来そうだ。
「レム、こっち」
 物珍しげに店内を見渡すレムレース・エーヴィヒカイトの腕を引いて、奥のカウンター席に腰を掛けた。
 ここからだと、大きな窓からゴールドビーチの絶景を見下ろす事が出来る。
「へぇ……可愛い名前ね。『シンデレラ』をお願いするわ」
 香奈の言葉にバーテンダーが畏まりましたと頷いた。
 シェーカーに氷を入れ、軽くかき混ぜて水を切ってから、材料をシェーカーに投入する。
 リズミカルなシェークが始めると、レムレースの眉間に僅か皺が寄った。
 キンキンに冷やされたカクテル・グラスに、目に鮮やかな橙色が注がれる。
 レモンとオレンジの輪切りをグラスに刺して、香奈の前にグラスが置かれた。
「見た目も可愛くて美味しそう♪」
 グラスを手に取る香奈に、レムレースの眉間の皺が増える。
 くいっと一口飲んで、香奈の口元に笑みが広がった。
「昼間から酒など飲んで……」
「ノンアルコールのカクテルよ。お酒は一滴も入ってないわ」
 香奈はクスッと笑ってグラスを揺らした。
「……酒ではないのか?」
「レモンジュースとオレンジジュース、パイナップルジュースをシェークしたノンアルコールカクテルです」
 バーテンダーが控えめな声で解説を入れれば、レムレースは大きく瞬きした。
「ノンアルコール……」
「これならレムも飲めるんじゃない?」
 香奈はレムレースにグラスを差し出す。その時、店内に居た撮影カメラが二人の所へとやって来た。
「あら? 撮影? それじゃ……ここは必殺のセクシーショット!」
 香奈は微笑むと、カメラに映る角度を計算して、レムレースに身を寄せながら胸の谷間を強調しようとする。
「いや待て」
 レムレースはカメラを片手で塞ぐと、着ていたパーカーを脱いだ。
 逞しい身体に香奈が胸を高鳴らせていると、その彼女に脱いだパーカーがふわりと掛けられる。
 それから、レムレースは香奈をカメラから庇うように彼女の前に立った。
「このままだと刺激が強すぎる。
撮るならこれで撮ってくれ」
「ちょ、ちょっとレム?」
 羽織ったパーカーからは、彼の温もりと香りがした。
(カメラに映らないでよかったかも……ね)
 きっと林檎のように赤くなってしまっているから。


 切欠は無理矢理だけど、気持ち良いものは気持ち良い。
「……」
 アメリア・ジョーンズは、ひたすら流れる沈黙に、流れる汗を拭う事もせず、俯いていた。
 サウナには今、彼女とパートナーのユークレースしか居ない。
 いつものように彼に無理矢理手を引かれて、気付けばここに居た。
(どうしてコイツは、あたしをまた連れ出したんだろ?)
 彼の言葉に傷付いて、けれど彼は身体を張ってアメリアを守ってくれて、それからどうしていいか……アメリア自身、はっきりと答えは出ていない。
 唯一つ分かるのは、それでも、ユークレースがアメリアにとって相棒であるという事。
「……」
 ユークレースは、無言で俯くアメリアをちらりと横目で見た。
 アメリアの水着姿。見るのは初めてではない。
(あの時は可愛いとしか思わなかったけど、今は少しだけ違う気持ちが混じってる……)
 それが何なのか、考えたら……自嘲の笑みが口元に浮かんだ。
(下心ってやつかな?)
 こんな事、彼女に知られたら……今度はどんな顔で怒るだろうか。否、知られてはいけない。
 脳裏に、己と同じ顔をした弟が浮かんだ。
「エイミーさん」
 沈みかけた思考を切り替えるように、ユークレースは首を振って立ち上がった。
「そろそろ出ましょうか。のぼせる前に」
 アメリアは無言で立ち上がり、二人はサウナを出た。
 シャワーで汗を流してから、ジャグジーに移動する。
 大きな浴槽に二人並んで入れば、再び沈黙が場を支配した。
「……」
 泡が優しく身体をマッサージしてくれて、アメリアは瞳を閉じる。
「気持ちいい……」
 小さな呟きに、ユークレースは少し目を見開いてから、微笑んだ。
「気持ち良いですね」
(これはこれで結構いい。悔しいけど……)
 そう心で呟き、瞳を開けて、アメリアは小さく息を飲む。ユークレースが優しい目でこちらを見ていた。
 恥ずかしい。
 急に感情が湧き上がってきて、アメリアは慌てて彼に背を向けた。
「絶対、こっち向かないでよ」
 そうだ。何で一緒に入ってるのよ。そんなの全然聞いてなかった。
「はいはい」
 いつものように返事を返して。
(我ながら、喧嘩してる時にこう思うのは間違ってるかもしれないけど……でも)
 ユークレースは彼女の白い背中をじっと見つめる。
(あぁ、抱きしめたいな……)
 ぎこちない二人の様子を、撮影カメラが静かに映していた。


 女の子は美味しいスイーツの為ならば、頑張れるのだ。
「わぁ……」
 和泉 羽海は、目の前に広がる煌びやかなスイーツ達に、瞳を輝かせた。
 チーズケーキに、オペラとザッハトルテ。ミルクレープ、プリンアラモード。
 どれも美味しそうで、胸が高鳴る。
 スイーツを食べられるなら……と、我慢して水着を着てきた甲斐があった。
 このカフェ・バーに来て良かったと、しみじみ思う。
「やっぱり女の子とスイーツって最強だよね~、かわいい!」
 羽海の向かい側では、セララがにこにこと羽海を見つめていた。
「あ~カメラ持ってくればよかったな~! あ、でも撮影されるから、後で録画しようっと」
「撮影……」
 羽海の肩が小さく揺れる。
 なるべく視界に入れないようにしていたが、店内では撮影カメラがあちこち映していて、勿論羽海達の姿も撮影しているようだった。
「お任せしましたー!」
「!」
 どんと置かれたトロピカルフルーツがふんだんに盛られたパフェに、羽海は目を見開いた。
 これが噂の限定パフェ! その名も常夏パフェ。
 二人用と一人用があるらしいが、これは一人用だ。
「豪華なパフェだね~♪」
 羽海はスプーンを刺し入れ、早速一口食べてみた。
「美味しい……」
 ほんわりと羽海に笑顔が広がる。
(羽海ちゃん、可愛い!)
 セララは頬杖を付いて、幸せそうに彼女を見守った。暫く幸せな時間が続く。
(けど、やっぱり見られながら食べるのは落ち着かない……さっさと食べちゃおう……)
 カメラがこちらを向いているのが気になった羽海は、スプーンを操る速度を上げた。
 もぐもぐごっこん。急いで咀嚼し、パフェを平らげていく。
「そんなに急がなくていいのに……喉詰まらせちゃうよ?」
 セララの心配げな瞳に、羽海は大丈夫と首を振った。
「ほら、ついてるよ」
 すっとセララの手が伸びて、羽海の口元に触れる。突然の事だったので、避ける事も咎める事も出来なかった。
「うん、美味しい♪」
 指に付いたクリームをペロリと舐め取ってセララが笑った。それから、こちらに向いているカメラにパチンとウインク。
「ねぇ、ちゃんと撮れた?」
 そこで羽海の思考がパンクした。みるみる顔が真っ赤になると同時、羽海はガタッと立ち上がる。
(舐められた……撮られた……!!)
 脱兎の勢いでその場を逃げ出す羽海。
「どこ行くの羽海ちゃぁん!?」
 その背中を追って、セララも走ったのだった。


 見つめていたいけど、じっと見るのも恥ずかしい。
 この矛盾する感情に、どういった名前を付けようか。
 ピンク色の可愛らしいビキニに身を包んで、織田 聖はパートナーに視線が合わせられないでいた。
 自分の姿を見られることもちょっと恥ずかしい。
 けど、それ以上に目のやり場に困るなんて……。
 一方、恥ずかしそうに視線を彷徨わせる聖を見下ろし、青いサーフパンツを身に着けた亞緒も、緊張に小さく息を飲んでいた。
(足湯はあったけど、水着姿は初めて……少し緊張しますね)
 聖の身体は思った以上に『女性』で、豊かな胸も細い腰も、触れたくなるような白い肌も、全てにドキッとさせられる。
「「あの」」
 二人同時に口を開けば、バチッと目が合った。
 思わず二人で顔を見合って笑って、
「行きましょうか」
「そうですね」
 亞緒の言葉に聖が頷き、二人はプールサイドのカフェ・バーへと入る。
 大きな窓から、ゴールドビーチの絶景が見えるテーブル席を選び、二人は向かい合って座った。
「わぁ、限定パフェですって」
「常夏パフェですか……美味しそうですね」
「二人用がお得みたいですし、これ頼んでみましょう」
 聖は店員を呼び、早速常夏パフェと、コーヒーを二人分注文した。
 二人でゴールドビーチの景色を眺めていると、程なくして大きなパフェとコーヒーが運ばれてくる。
 トロピカルフルーツが沢山乗っている豪華なパフェに、聖の瞳が輝いた。
「美味しそうです……!」
「頂きましょう」
 二人それぞれスプーンを持ち、一口づつ食べてみる。甘くフルーティな味が口いっぱいに広がった。
「美味しい……」
 ほうっと吐息を吐いて聖が頬を染める。
 亞緒がその様子に瞳を細めた時、店内を撮影していたカメラがこちらにもやって来た。
「聖さん」
 亞緒は笑顔でパフェのアイスクリーム部分を一口分スプーンに掬うと、聖の口元へ差し出す。
「え……? あ、あーん……」
 一瞬戸惑うも、亞緒の意図を理解した聖は、小さく口を開けて亞緒のスプーンを受け入れた。甘い甘い味が広がる。
(恥ずかしい、ですけど……嬉しい)
 聖は頬を染めながら、自分もパフェのアイスクリーム部分を一口分スプーンに掬って、彼の口元へ運んだ。
「亞緒さんも、はい」
 嬉しそうに微笑んだ亞緒がぱくりと一口。
 カメラは仲睦まじい二人の様子を、微笑ましく映していた。


 泳げない者にとっては、海もプールもはっきり言って同じだし、ぶっちゃけ行きたくはない。
「海ー海で泳ぎたかった!」
 カフェ・バーのテーブル席で、大きな窓から見えるゴールドビーチを眺めながら、ファルファッラは不服そうに唇を尖らせた。
「プールと海は違うんでしょ? しょっぱいって聞いた」
「あーまぁ、そうだろうな。海水は塩が溶け込んだ水だからな」
 手元の本から顔を上げず、レオナルド・グリムはそう答える。
「折角海に来たのに、なんでプールサイドでお酒なのー?」
 ファルファッラは、レオナルドの手元にある琥珀色の液体を睨んだ。確か『ブランデー』と言ってレオナルドは注文していた。
「私はジュースだし」
 ファルファッラはグラスに刺さったストローをくるくると回す。中で氷とオレンジジュースが混ざって、カランと音を立てた。
「レオはお酒片手に読書?」
 むーっと向かいに座るレオナルドを睨むも、レオナルドはやはり本から顔を上げない。
「つまらない……かまってよ」
 ファルファッラは我慢出来ず、身を乗り出してを見た。
「レオのバカーカナヅチー」
「……」
 そこで漸くレオナルドが本から顔を上げた。栞を挟みパタンと一旦本を閉じると、ファルファッラを真剣な眼差しで見返す。
「この間判明したと思うが、俺はカナヅチだ……!」
 キラリと光る眼鏡の奥の金色の瞳に、ファルファッラはコクコクと頷いた。
「プール。ましてや海でなど泳げるわけないだろう」
 ハッとレオナルドは自嘲気味に肩を竦める。
「そんな訳でだ。俺的にはこれがリゾートでの正しい過ごし方だ」
 以上。
 再び本を開こうとするレオナルドに、ファルファッラは再度身を乗り出す。
「じゃあ、一人で行く」
「海は危険だ。一人で行くな」
 ぴしゃっと即答してから、眉を下げるファルファッラを見て、レオナルドはくいっと眼鏡を上げた。
「まぁ、海辺を歩くくらいなら、連れてってやらなくもない」
「本当?」
「これを読み終わったらな」
「うん!」
 ファルファッラは頬杖を付いて、レオナルドの読書の様子を見守る。
 そんな二人を、こっそり撮影カメラが映していたのだった。


 神よ、僕は美しい。
「ふ、はーっはっはっは! さぁ、僕のこの美しい水着姿を好きなだけ見るといい! はーっはっはっは!」
 ぴっちぴちのカラフルビキニを身に纏い、両手を頭の後ろに組み、股間を突き出す怪しげな決めポーズ。
「……」
 哀川カオルは、更衣室を出るなり、プールサイドで目立ちまくるパートナーを見て、軽い頭痛を感じた。
 彼の周囲には人だかり……ではなく、スペースが出来ている。所謂遠巻きにされている状態。
「カールちゃん。皆の迷惑になるから、向こう行こか」
 ずかずかと歩み寄ると、カオルは笑顔で彼──カール三世の腕を掴んで、ぐいぐい引き摺るようにその場を脱兎した。
「もう、テンション高すぎやで、カールちゃん」
「しかし、カオルくん! 僕の美しさは皆に見て貰うべきだと……」
「江頭さん?」
 にっこりとカオルが微笑む。妙な迫力を感じ、カールは一歩下がった。
「そ、その名前で呼ばないでくれたまえっ」
 江頭 則夫。それがカールの本名だが、彼はその名前をひた隠しにしている。
「だったら、勝手に一人で行動したらアカン。ええな?」
「……うぐ、わかったよ。カオルくん」
 今日はテレビ撮影があるという。そんな状況で本名で呼ばれる事は、絶対に避けなくてはならない。
「エエ返事♪ で、これからどないしよ? カールちゃんは何かしたい事ある?」
「僕はジャグジーに入りたい!」
 キラッと瞳を輝かせ、カールはハイ!と手を上げる。
「ジャグジーかぁ……うちはスイーツ食べたかったねんけど……
 とりあえずカールちゃんに付き合うたるわあー」
「そうこなくては、カオルくん!」
 二人はジャグジーへといそいそと移動した。
「うわ、すっごい泡やなぁ」
 カオルは大きな浴槽に入ると、うーんと伸びをする。
「気持ちえぇなぁ……」
「ふむ、ますます僕が美肌になってしまうな」
 カールも泡が気に入ったらしく、うんうんと大きく頷いたその時、テレビの撮影クルーがカメラを手に二人の元へと歩み寄って来た。
「ふ、はーっはっはっは!」
 カメラを見るや否や、カールの金色の瞳が輝く。
「僕がジャグジーで癒され、美しく輝いていく姿を存分に撮影するといいよ!」
 さぁ、さぁ、さぁ!
 カモン!とカメラを手招きし、ジャグジーの中で脚を組み、悩ましげなポーズを披露した。
「美しい僕の水着姿を!特別だよ!なんならシャツを着て濡れ透けを……」
「…

…カールちゃん、うるさい」
 バシャア!
 カオルが放った水がカールの顔面にヒット! しかし、カールは挫けなかった。
「カオルくん! カオルくんもこっちに来てカメラに映りたまえ! 君のその美しいピンクのワンピース水着姿を、是非お茶の間に!」
「だーかーらー、勝手な行動するなって言うたやろ? エーガーちゃーん?」
「のわーっ!! その名で呼ばないでくれって言ったのにぃい!」
 夫婦漫才のような二人の姿は、意外と好評だったとか。


 パフェには沢山の甘さと楽しさが詰まっている。
「ダイブツくんっ! 大きなパフェですよ、凄くないですか?」
 カフェ・バーのテーブル席で、メニューを広げた言堀 すずめは、華やいだ声を上げた。
「常夏パフェですって。へぇ、一人用と二人用があるのね……でも、断然二人用がお得みたい!」
 頬を染め楽しそうにするすずめを、大佛 駆は見たり、見なかったりしている。
 正確には、視線のやり場に困って、その結果落ち着きなく視線を彷徨わせている状態だ。
 原因は、すずめの水着姿。
 普段幼げな印象の彼女も、女性なんだなと意識してしまっていけない。
「二人用で頼んじゃいましょう♪」
 駆が思考をぐるぐるさせている間に、すずめはパフェを注文した。
「ゴールドビーチ、ここからでも良く見えるんですね」
 わくわくパフェを待ちながら、すずめの視線は窓の外の絶景へと向けられる。
「ふふっ……波の色が綺麗です。ね? ダイブツくん」
「……」
「ダイブツくーん?」
 ひらひら。
 すずめが駆の顔の前で手を振ると、彼はハッとした様子ですずめを見た。
「え、はッ!? お呼びになられましたか大佐殿ッ!?」
 びしっと敬礼。
「……大佐……。いや、ただの幼馴染みですけど……」
 すずめが大きく瞬きする。
 駆は我に返り、慌てて敬礼を解いた。
「あ……ああ。ごめんね……ボーっとしてた」
 バツが悪そうに視線を逸らす駆に、すずめの首が傾く。
「お待たせしました」
 そんな二人の前に、大きなパフェが運ばれてきた。
「わぁ、美味しそう♪」
「大きなパフェだな……」
 トロピカルフルーツがてんこ盛りの豪華なパフェを、二人はしげしげと見つめる。
「これ二人用なんですよ」
「ええと……二人で食えと……?」
 二人で突くのは、何だか凄く恥ずかしくないか?
 駆は再び思考がぐるぐるなる己を感じた。
(ただでさえ水着とか見慣れてないのに、これ以上俺にどうしろと……!?)

「……あ、そうだ。食べさせ合いしましょうよ」
 すずめが名案とばかりに両手を合わせる。
「食べさせ……!?」
 一瞬にして、駆の顔が赤く染まった。
「しないからッ!?」
「真っ赤になってます、駆くん」
 クスクスと笑って、すずめはスプーンで、フルーツが乗っている部分を一口分掬う。
「はい、あーん」
「!!?」
 差し出されたスプーンと、すずめの笑顔と。
 駆は両方見比べた後、観念したように瞳を閉じ、スプーンを受け入れた。
 その様子が撮影カメラに収められたと彼が知るのは、後日の事。



シナリオ:雪花菜 凛 GM


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