リザルトノベル

●コース1 ゴールドビーチでエンジョイ☆

 穏やかな波音が響いていた。
 眩しい太陽、キラキラした光が、砂浜と透明な海に降り注いでいる。
 そんな中にある海の家は、真っ白な建物だった。
 陽の光に白さが眩しい。
『……着替えはしたが泳がんぞ』
 そんなオーラを全面に出していたラセルタ=ブラドッツを誘って、羽瀬川 千代は浜辺に立つ海の家にやって来たのだ。
「海の家……というか、カフェっぽい外観だね」
「悪くはないな」
 ウッドデッキのテラスも白、テーブルやソファも白。清潔感のある開放的な空間に、ラセルタはふむと頷く。
「メニューはきちんと海の家になってる」
 千代は早速メニュー表を開いて微笑んだ。
「海の家、ならではのメニューという事か」
「うん。海の家ってカンジがするよ」
 千代の指がメニューを差せば、ラセルタは興味深げに覗き込んだ。
「取り敢えず、頼んでみようよ」
 千代は店員に注文をし、テラスから見えるゴールドビーチの絶景に瞳を細める。
 ここなら日陰だし、太陽光線の苦手なラセルタも海を見る事が出来て過ごしやすいだろう。
 潮風も心地良い。
 暫く景色を眺めながら待っていると、二人の前に注文した料理が届いた。
「……買い過ぎかな?」
 かき氷に焼きそば、焼きもろこし、いか焼き。千代が少し恥ずかしそうに言えば、ラセルタは構わんと焼きもろこしを掴んだ。
「いただこう」
「いただきます」
 千代はいか焼きを手に取り、口に運ぶ。
「ん、美味しい」
「甘くて美味い」
 何処か懐かしいような味に、二人の頬は緩んだ。
「ラセルタさん、かき氷、溶けちゃうよ」
「焼きそばも冷めたら不味くなる。忙しいな」
 二人はシェアしながら、料理を味わっていく。
「千代は……海が好きなのか?」
 ふと尋ねてきたラセルタに、千代は瞬きした。
「……随分と機嫌が良いようだからな」
 ラセルタは海を見遣り、僅か拗ねたような瞳で千代を見た。
「俺様を置いて一泳ぎしてきても構わんぞ」
 その表情が、口振りが可愛くて、千代は破顔した。
「貴方と一緒だから、楽しいんだよ」
 手を伸ばし、千代の指がラセルタの銀の髪をやわやわと撫でる。
 ラセルタは千代から視線を外し、指が差し伸べると、千代の頬をふにふにと突き返した。
 勿論、抜け目のないスタッフにより、その様子は撮影されていた。


 どーんと大きな果実。その大きさは一体何キロあるのだろう?
「ゼク、スイカ割りしようよ!」
 太陽に照らされて光るスイカを重そうに抱えて、柊崎 直香はにっこりと笑った。
「……」
 ゼク=ファルは眉間に皺を寄せて、直香を見つめ返す。
「……水辺は駄目だ」
 少し間を空けて返って来た答えに、直香は瞬きした。
「……む、警戒してる?」
「前科何犯だと思ってやがる」
 ゼクは腕組みして直香を見下ろす。思い切り警戒されている。
「海に突き飛ばされるつもりはない」
「さすがにもう突き飛ばしたりしないよ」
 やだなぁと朗らかに笑って、直香はよいしょとレジャーシートの上にスイカを置いた。
「はい、目隠し」
 邪気のない笑顔で、ゼクに向かって手ぬぐいを差し出してきた。
「……まあ、遊びに付き合うぐらいは」
 付き合ってやるさと、ゼクは手ぬぐいを受け取る。
 目隠しされる側。一抹不安は浮かぶものの、しっかり警戒しているこの状態で、何か出来るとは考え憎い。
 貰った手ぬぐいも至って普通で、何の仕掛けも無いようだった。
「ね、大丈夫でしょ?」
 直香は微笑むと、ゼクから手ぬぐいを取り上げて彼の後ろへ回った。
「目隠しするから、しゃがんでしゃがんで」
 ゼクが慎重に身を屈めると、直香はてきぱきと彼の両目を手ぬぐいで覆う。
「はい、出来た。棒はコレね。さぁ、回って回って」
 木の棒らしきものを握らされ、ゼクは言われるままクルクルとその場を回った。グラリと平衡感覚がおかしくなる感覚。
「スイカはあっちー」
「……」
 直香の声に従い、少し頼りない足元を踏み締めてスイカのある場所を探る。
「いいカンジーそこそこ!」
「ここ……か?」
 直香の指示と己の勘に任せ、ゼクは棒を振り下ろした。
 パッカーン!
「お見事!」
 拍手と手応えに、スイカに命中したのだと分かる。
「ね、普通に遊ぶだけでしょ?」
 直香の声が近付いて来る。
「たしかに普通のスイカ割りだな」
 ゼクがそう返事した時だった。むんずと手を掴まれる。
「何だ、急に手を取っ……!?」
「そぉい!」
 ザッパァーン!!
 ぐらっと身体が回る感覚と共に、水飛沫を派手に上げて、ゼクは海の中へと落ちていた。
「……俺も懲りないな……」
 ざぱぁと海水から身を起こせば、悪戯成功にVサインをする直香の笑顔が映った。あと、しっかりこちらを映しているカメラも。


 良いスイカは音が違う。
「セラ、見てみろよ、でっかいスイカ!」
 ツヤツヤと輝く大きな果実をコンコンと叩いて、火山 タイガは瞳をキラキラさせた。
「本当、立派だ……」
 セラフィム・ロイスは、タイガの後ろからスイカを覗き込み、目を丸くさせる。ここまで大きなスイカは初めて見た。
「割ったら、きっともっといい音がするぜ」
 確かに、良いスイカを割る時はいい音するとか聞くよね……と、セラフィムは思ってから、ハッとした。
「もしかして……ドラマやお話であるスイカ割りをするのか!?」
 タイガはニィと口の端を上げる。
「やってみようぜ! 現実でもするって」
 タイガは戸惑うセラフィムの手を引いて、売店で目隠しの手ぬぐいと木の棒、レジャーシートを貰った。
「割った後、砂まみれになったらいけないからな」
 丁寧にレジャーシートを敷いて、スイカを乗せる。
「じゃあ、これ」
「え? 僕が……やるの?」
 タイガから木の棒を渡されて、セラは瞬きした。
「セラ、やった事ないだろ? 面白いから、やってみろよ」
 タイガは笑顔で、セラフィムの後ろに回ると手ぬぐいで目隠しをする。
(真っ暗だ……見えない中でよく叩けるな)
 何とも頼りない感覚に、セラフィムはぎゅっと棒を握り締めた。
「俺が指示するから、セラはその通り進めばいいぜ!」
 明るいタイガの声にコクコク頷く。
「まずは右だ!」
 恐る恐る砂を踏み締めて、セラフィムは進む。
「いいカンジ! がんばれー! もっともっと!」
(タイガの声が、温かい……)
「もうちょい右だ
! がんばれ、セラ!」
(タイガ……頑張るよ)
 彼の声が力をくれる。見えなくても顔が浮かぶ。
「セラ、今だ!」
「そこだ!」
 ぱっかーん!
 豪快な音と、伝わる振動と。
「できた……?」
 目隠しを取れば、見事二つに割れたスイカと、とびっきりのタイガの笑顔が視界に映った。
「やったな!」
「タイガのおかげだよ」
 高らかにハイタッチして喜び合う二人を、撮影カメラがじーっと見ていた。


 やはり、水泳のカロリー消費を舐めてはいけないのだ!
「海と言えば、海の家は外せないだろ」
 だから、セイリュー・グラシアは、真っ白でお洒落なビーチハウスを見上げて仁王立ちしているのである。
「まあ、確かにお腹は減ったよね」
 そんなセイリューを見つめ、隣でラキア・ジェイドバインがクスッと笑った。
「だろ? 泳ぐと腹が減るからな!」
 ラキアの同意の言葉に、セイリューはキラリと瞳を輝かせる。
「行こうぜ、ラキア」
 セイリューはラキアの手を取ると、真っ白な建物の中へと足を踏み入れた。
 店内奥、扇風機のあるテーブル席を確保して、二人は早速メニューを開く。
「目移りするなぁ~」
「ふふ、美味しそうなメニューだらけだね」
 うーんと大真面目な顔で悩んでから、セイリューはよしと頷いて、手を上げて店員を呼んだ。
「カレーと焼きそばで!」
「セイリュー、そのメニュー選択……」
 ラキアの碧の瞳が呆れた様子で細められる。
「炭水化物ばかりだね」
「俺、食べ盛りだし!」
「言い訳にしか聞こえないよ」
 ぐっと指を立てるセイリューにぴしゃりと言い返すと、ラキアはメニューをパタンと閉めた。
「俺はピラフで。
冷たいお茶を二つお願いします」
 畏まりましたと去っていく店員を見送って、セイリューはテーブルに頬杖を付く。
 扇風機の風が心地良く、火照った身体を冷やしてくれた。
 暫く扇風機の風に癒されていると、注文した料理が運ばれてくる。
「美味そうっ」
「ふふ、セイリュー、ちゃんと良く噛んで食べなきゃダメだよ」
 ラキアに釘を刺され、うっとなりながら、セイリューはよく噛んでカレーを口に運んだ。
「辛ウマッ!」
「ちゃんと水分取ろうね」
 ラキアが差し出してくれた冷たいお茶も美味しい。
(ラキアの水着姿も見れたし、ご飯も美味しいし、海は綺麗だし、良い日だな)
 料理を平らげると、心地良い満腹感がセイリューを満たす。
 扇風機の風にもっと当たろうと身を乗り出して、セイリューはニィと口元を上げた。
「あ゛あ゛~」
 扇風機に顔を近付け発音する。震えて聞こえる声が面白くて、夏ならではの遊びだと思う。
「扇風機で楽しそうだね、君」
 クスクスとラキアが肩を震わせて笑った。子供みたいな仕草が可愛い。
「いいじゃん。やりたくなるだろ、これ?」
「うん、いいんだけど……テレビの撮影、忘れてるでしょ?」
「あ」
 微笑むラキアの隣で、カメラが真っ直ぐにセイリューを向いていた。


 広い海は、喧噪を逃れてゆっくり過ごすのには最適だ。
 浅瀬の緩やかな波に揺られ、浮き輪で浪間をゆらゆらと漂う。
 ヴァレリアーノ・アレンスキーは、黒い水着に身を包み、一人、そんな穏やかな時間を過ごしていた。
 過ぎる時間も穏やかで、静寂が心地良い。
 照り付ける真夏の太陽も、透明な海に吸い込まれているようで、不快感は感じなかった。
 銀の睫毛を揺らし、ゆっくりと瞼を閉じれば、一層世界は静かで──。
 ツン。
「!?」
 静寂を破ったのは、脇腹への刺激。
 ツーッと白磁の肌を滑るソレに、ゾワッと肌が泡立つのと同時、バランスを崩したヴァレリアーノは海の中に沈んでいた。
「アーノ、大丈夫かね?」
 しれっとした響きの声と共に、ぐいっと腕を掴まれて、ヴァレリアーノは水面に顔を出す事が出来た。
「……ッ……」
 少し海水を飲んでしまった。咳き込みながら前方を睨めば、にこやかに微笑むパートナーの顔。
「そんなに驚くとは思わなかったのだよ」
 アレクサンドルはニコニコと笑みを浮かべ、悪かったのだよと頭を下げる。
 けれど、ヴァレリアーノは分かっているのだ。絶対悪いだなんて思っていない事を。
 せめてもの仕返しに、思い切り彼の顔に水を掛けて、ヴァレリアーノは泳いで浅瀬を出た。
「アーノ」
 その後ろをアレクサンドルが追ってくる。ついでに何故か撮影カメラも。
「撮影もあるのだから、勝手に一人で行かれては困るのだよ」
「……撮影は嫌だ」
 上着を着込みながら、ヴァレリアーノはアレクサンドルを盾にカメラを避ける。
「そんな事を言うものでは無いのだよ。ここでタダで遊ばせて貰う分、撮影には協力すべきなのだよ」
 アレクサンドルは、ヴァレリアーノの濡れた銀の髪を撫でて、カメラに笑顔を向けた。
「ほら、アーノも笑うのだよ」
 笑顔のアレクサンドルと、仏頂面のヴァレリアーノがカメラに収められる。
「……勝負しろ」
 トンとアレクサンドルの胸に指を突き付け、ヴァレリアーノは彼を睨んだ。
「勝負……かね?」
 アレクサンドルが首を傾けると、ビーチボールを手にヴァレリアーノが頷く。
「勝者がかき氷と焼きそばを奢る事」
「……面白い、受けて立つのだよ」
「やるからには、俺が勝つ」
 かくして、ヴァレリアーノVSアレクサンドルの、ビーチバレー対決が始まった。
 容赦なく打ち込まれるスパイク。果敢なダイビングボレー。
 白熱した勝負の様子も、勿論きっちり撮影されていた。最後、アレクサンドルがかき氷と焼きそばを奢る様子も。
「まぁまぁ。今日の記念になるのだよ」
 仏頂面を崩さないヴァレリアーノに、アレクサンドルはクスクスと笑ったのだった。


 絶対に負けられない戦いが、始まろうとしている。
 薄い灰色のラッシュガードと黒の水着に身を包んだ二人の青年が、睨み合っていた。
「……」
「……」
 ビーチボールを手に、瑪瑙 珊瑚が不敵に笑う。
「瑠璃! オレが勝ったら、コーラとスイカ!一緒に食べような!?」
「おれが勝ったら、ラムネとイカの串焼きを奢ってもらう」
 瑪瑙 瑠璃は、涼やかに微笑んだ。
 バチバチと二人の視線の間に火花が散る。
「先攻と後攻はジャンケンで決めようぜ、勝った奴が先攻やさ!」
 ぐっと珊瑚が拳を握った。
 瑠璃も頷いて拳を出す。
「じゃーんけーん」
 ポン!
「よし!」
「負けたか」
 チョキを出した珊瑚がガッツポーズを取り、瑠璃が少し残念そうに開いた手をワキワキさせた。
「マキラン!(負けない)」
 珊瑚がビーチボールを掲げた。瑠璃が身構える。撮影カメラが光る。
「フッ……!」
 珊瑚の鋭いスパイクが放たれ、瑠璃はタイミングを合わせて飛び込んだ。
「くっ……」
 勢いに押されながらも、何とかボールは上がったのだが、
「クワッチーサビラ!(いただき!)」
 ビシィ!
 弱々しく返されたボールは、珊瑚によって振り抜かれ、コートに突き刺さった。
 ドヤァと、珊瑚がVサインをする。瑠璃は舞い上がった砂の付いた顔を拭った。
「まだまだ……!」
 珊瑚が決めれば、瑠璃が返す。瑠璃が攻めれば、珊瑚が逆襲する。
 ゲームは完全なシーソーゲームとなり……。
「ぜぇぜぇ」「はぁはぁ」
 勝負の付かないまま、二人は体力の限界を感じた。
「……腹が減ったな……」
「……だな」
 ぐったりした二人は目を合わせる。瑠璃が人差し指を立てた。
「良い考えがある」
「ヌー?(何?)」
「引き分けとして、奢り合おう」
「イーカンゲー(名案)……仕方ねぇな、奢り合うか」
 二人は笑い合い、健闘を称え合って握手した。
「その前に、さっきレシーブで転んだ時の擦り傷、手当しておこう」
 瑠璃が持参した救急セットを取り出し、珊瑚の膝に消毒薬を振り掛け、絆創膏、包帯を巻いて手当する様子も、撮影カメラは余さず記録していた。


 負けられないというか、ただ単純に勝ちたくて。
 ビーチボールが、太陽の光にキラッと光る。
 ──なんて観察する余裕もなく、鋭い打球は天原 秋乃の手をすり抜けて、コートに突き刺さった。
「~ッ……」
 後少しが届かない。
 秋乃は悔しそうに眉根を寄せて、砂の上のボールを手に取る。
 向こう側のコートでは、イチカ・ククルがニコニコとこちらを見ていた。
「負けねぇからな、イチカ!」
 キッと睨み付けて宣言すれば、
「僕だって負けないよ~」
 ぐっと拳を握って、イチカが笑顔を返してくる。
(クソ、余裕だな……)
 舌打ちしそうになるのを耐えて、秋乃は深呼吸した。
 まだ勝負は始まったばかり。焦るな。絶対取り返せる。次は俺のサーブだ。
「……喰らい、やがれッ!!」
 全身を鞭のようにしならせ、ボールへ叩き込む。ボールは弾丸のようにイチカ側のコート端、ギリギリへと飛び込んだ。
「うわッ……良いサーブ!」
(けど、テンペストダンサーの速さを甘く見ないほうがいいよ!)
 舞うような動作で、イチカは素早くボールの下へ回り込んでいた。
「セイ!」
 回転レシーブ。
 ポーン!
 ボールは見事に返ってくる。
(これも返すのか!)
 秋乃は舌を巻きながら、返って来たボールへジャンプする。
(けど、俺がブレイクする!)
 チャンスボールを、秋乃は力いっぱい打ち抜こうとした。
「甘いよ!」
「何ッ……!?」
 打ったボールは、イチカの手で跳ね返り、秋乃側のコートへと落下する。
(なんであいつこんなに強いんだよ……)
 秋乃は目を丸くして、落ちたボールを見つめた。あのレシーブから、ブロックに来るまでの速さ、有り得ない。
 でも。
 秋乃はぎゅっと唇を引き結び、ボールを拾った。
(あきらめない)
「まだまだ、もう一本!」
 向こう側コートに強い眼差しを向ければ、イチカが白い歯を見せる。
「まだまだ遊ぼうねっ!」
 向けられる闘志は心地良い。
(秋乃が本気みたいだから、僕もそれに応えてあげないとだね)
 手加減する気は毛頭ない。
 秋乃とイチカ、二人の白熱したビーチバレー対決の様子の一部始終を、撮影カメラは静かに熱く映していた。


 透明な海は、陽の光に煌めいて、何処までも続いているように見えた。
「海って、こんなに綺麗だったんだ、ね……!」
 ユフィニエは、紫水晶のような瞳を輝かせ、目の前に広がる海を見つめた。
「わああ、すごいな、フィニっ!」
 隣では、銀の双眸を星のように煌めかせて、アッシュが拳を握る。
 潮風が、二人の緑色と桃色の髪を爽やかに揺らした。
「うん、すごい、ねっ」
 嬉しそうなアッシュの巨躯を見上げ、ユフィニエはふにゃっと瞳を細める。
 彼が嬉しいと幸せで、もっともっと嬉しくなるのだ。
「えへへ、アッシュと一緒にここに来られて、嬉しい」
 頬を紅潮させて、ユフィニエは両手を広げる。潮風がこんなに心地良いなんて知らなかった。
「僕、海って初めて」
「俺も海は初めてだ!」
 アッシュはユフィニエに倣って両手を広げると、にこっと笑う。
「ふふ、お揃いだね」
 笑みを返してから、でも……とユフィニエの瞳が僅か曇った。
「ちょっと怖い、かも」
 果ての無い海。透明な水は綺麗だけども──飲み込まれそうで。
「フィニ、怖いのか?」
 アッシュは身を屈め、ユフィニエを覗き込んだ。何処か切ない瞳に胸が痛む。
「じゃあ俺、魔法かけるなっ」
 にっと笑うと、アッシュは優しくユフィニエの手を掴んだ。
「……アッシュ?」
「こうしたら怖いのなんか消えちゃうんだって!」
 ぎゅっと握られた手から、温かなアッシュの体温を感じる。ユフィニエは自然と笑顔になる自分を感じていた。
「ありがとう、アッシュ」
 手を握り返せば、アッシュも笑みが溢れる。
「効くね、このおまじない!……
誰が教えてくれたんだっけ?」
 はて?とアッシュは首を傾けた。
 頭の奥がざわざわする。深く考えてはいけない。誰かがそう囁いた気がした。
「まあ、いいや」
 ふるっと首を振って、アッシュはユフィニエの手を引く。
「いっぱい遊ぼ!」
「うん……! アッシュ
 楽しもう、ね」
 バシャバシャと浅瀬に入ると、二人は水を掛けあって遊び始めた。
 キラキラ光る水滴に囲まれる二人を、撮影カメラが微笑ましく映していた。


 ザザーンと、打ち寄せる波の音にも心が弾む。
「雅ちゃん! 夏だぜ! 海だぜ! 泳ごうぜー!」
 不束 奏戯は、キラッと紅の瞳を輝かせ、パートナーを期待に満ちた眼差しで見つめた。
 それから、徐にがしっと両手を掴む。
「大丈夫、どんなに泳げなくても浅瀬だから! そんな危険なとこないと思うし!」
「……」
 艶村 雅は、掴まれた両手と、こちらを真っ直ぐ見てくる奏戯を交互に見た。
「いざとなったら、俺もちゃんと助けるから!」
「……」
「一緒に行って下さいませんか?」
「……」
 ハァと雅の唇から吐息が零れた。何をそんなに必死になっているんだか。
「別にまだ何も言ってないから」
「雅ちゃ~ん!!」
 一人寂しいデス!!
 瞳をうるうるさせる奏戯を見て、雅は口元を緩める。
「かなちゃんが行きたいなら、別に行くのはいいよ」
「!!? マジで!?」
 ヤッター!と、飛び跳ねる奏戯に、雅は妖しく微笑んだ。
「せっかくだし泳ごうか。 ふふ、泳ぐのは嫌いじゃないしね……」
 ドキーン☆
 奏戯の胸が跳ねた。雅ちゃんの水着! 初水着! 水着!水着!水着!
「行こう! 行こう! 今すぐ行こう!」
 奏戯は雅の手を引っ張り、更衣室へと走ったのだった。
「──で、海パン履いてるのを見て落胆してるの?」
 20分後、浜辺にて。
 奏戯は体育座りで、砂浜にのの字を書いていた。雅の突き刺さる視線が冷たい。
「男なんだから当たり前だよね?」
 まさか、女物の水着を着るとでも思ってたの?
「うう……」
 弁解の言葉もゴザイマセン。
 どうして雅ちゃんの性別を忘れちゃってたんだ、俺!
「罰として……砂浜に埋まっとく?」
「ぎゃーやめてー!」
 奏戯がどうなったのかは、『ミラクル・トラベル・夢気分』を楽しみに♪


 夏の海と言ったら、筋肉!
 お日様に照らされた広背筋。
 砂に汚れた脹脛の筋。
 汗の浮かんだ大胸筋。
 海水に濡れた腹直筋。etc.etc.
(ああ、もう、ベルたんの為にあるような季節ではないですか!!)
 ぐっと拳を握り締めて、アルクトゥルスは鼻血が出そうだと首を後ろをトントンと叩いた。
 それから、思い切り目尻を下げながら、パートナーを再び振り返る。
「ベルたんの肉体美見せつけよう! さぁさ、浜辺へ繰り出しましょう!」
「……ッス」
 少し居心地悪そうに、ビキニタイプの競泳水着に身を包んだベテルギウスは頷いた。
 良くわからないけれど、アルクトゥルスが行くならば、付き合うのみである。
 二人で浜辺に出れば、真夏の太陽が燦々と照り付けていた。
(ああ、ベルたんが眩しい……!)
 艶々と光る筋肉にアルクトゥルスは眩暈を覚える。
 トン!
 その時、丁度通りがかった水着姿の女性とアルクトゥルスはぶつかってしまった。
「失礼しましたお嬢様、お怪我は?」
 すぐさま執事モードにチェンジしたアルクトゥルスは、女性の身体を支える。
 キラキラとアルクトゥルスから溢れ出る紳士オーラに、女性の瞳がハートマークになるのは一瞬だった。
「…………」
 その光景を、ベテルギウスは所在無げに見つめていた。
 更にアルクトゥルスを映している撮影カメラの存在にも気付き、落ち着かない気持ちになる。
 自分はここに居てもいいのだろうか?
 視線を落とすと、浜辺に転がっているバレーボールに気付いた。
 ぽつんと忘れ去られたボールと、己の姿が重なってみえて。
「……」
 ベテルギウスは大きな角ばった手でバレーボールを掴んだ。
 白く光るボールが打ってくれ!と誘っているように見える。
「……ッ……」
 大きくボールをトスすると、ベテルギウスは誰も居ない方向へ思い切り白球をスパイクした。
「ご無事でなによりで……」
 女性を助け起こして、アルクトゥルスは停止する。
 視界に映るのは、力強いスパイクのフォーム。
「あっ!あっ!!」
 女性を置き去りに、アルクトゥルスの目尻が限界まで下がり、鼻の下が伸びた。
「ベルたんの今の筋肉の動きが! ボクのハートにスパイクはいりましたぁァッ!!」
「……ッ!?」
 アルクトゥルスの叫びに、ベテルギウスはびくっと肩を跳ね上げる。
「さすがベルたん! 今の背筋の動きも堪らないよぅうう!」
 しゅばっと駆け寄って来たアルクトゥルスが、ベテルギウスの上腕二頭筋を撫で上げた。
「ベルたん! オイル塗ってあげるから、甲羅干ししよう!」
「……ッス……」
 ベテルギウスの背中を押して、去っていくアルクトゥルスを、女性とカメラが呆然と見ていた。
 その後も、オイルを塗る様子も甲羅干しする様子も、何時だって撮影カメラが撮っていた。
 何だかスタッフの目が血走っていたような気がした。
(取材のカメラが無ければまったり過ごせたのかな……)
 隣でにこにこしているアルクトゥルスをチラリと見て、ベテルギウスは小さな溜息を吐いたのだった。


 胸元のリボンが潮風に揺れる。
「るーかーさーまー! 海! 海なのだよー!」
 西園寺優純絆は、女児用のワンピースに身を包んで浜辺へと飛び出した。
 胸迄あるふわふわの金の髪、好奇心いっぱいの青い瞳は、何処からどう見ても女の子だが、優純絆は立派な男の子である。
「こら、ユズ」
 優純絆の背後から、落ち着いた柔らかな声がした。
「海に入る前に準備体操ですよ」
 黒のサーフパンツを身に付けたルーカス・ウェル・ファブレが、ポンと優純絆の肩を叩く。
「怪我をしたら危ないですからねぇ」
「あっ、そうだった!」
 優しいルーカスのダークブルーの瞳に見つめられ、優純絆はコクコクを頷いた。
「それじゃ、ルカさま、一緒に体操しよう!」
「えぇ、勿論です」
 二人は波打ち際で、準備体操を始める。
「いっちにー、さんしー」
「ここは大きく手を回すんですよ」
 時折ルーカスの教えが入りつつ、二人は身体を十分に解した。
「いいですか、ユズ。足先からゆっくりと水に馴染んで下さいね。いきなり飛び込んではいけません。心臓がびっくりしますからね」
「うん、ルカさま!」
 足先から少しづつ水に入っていく。透明な水は冷たくて気持ち良かった。
「ユズ、初めて海に来たのだよ!」
 浮き輪でプカプカと浮きながら、優純絆はキラキラ瞳を輝かせ、透明な海の底を見つめる。
「そうなのですか? 
来れて良かったですねぇ」
 優純絆の隣をゆったり泳ぎながら、ルーカスは瞳を細めた。優純絆には色々な経験をして貰いたい。
「うん! だからね?」
 そこで少し優純絆は寂しそうに瞳を揺らした。
「次来る時は、姉様と一緒に、来たいのだよ……」
 チャプン。
 透き通る水を指で撫でて、優純絆は微笑む。
「……」
 ルーカスは手を伸ばし、優純絆の頭を優しく撫でた。
「えぇ。次はお姉さん達も一緒に来ましょう」
 ルカさまの笑顔は不思議だと、
優純絆は思う。
 ルカさまが笑顔でそう言ってくれたら、それは絶対に叶うって思える。
「うん……!」
 笑い合う二人の姿を、撮影カメラが優しく見守っていた。


 世界はこんなに夏色に輝いているのに、彼の表情は沈んでいる。
「……」
 砂浜を歩きながら、アリスはパートナーの顔をじーっと覗き込んだ。
 ギギギ。
 パートナーのティーダは不自然に視線を逸らす。
「……」
 だから、アリスは更に彼の前に回り込んだ。歩みが止まる。見つめ合う事、暫し。
 無表情のアリスに、先に根負けしたのはティーダだった。
 視線を彷徨わせ、ぷるぷると震える。
 そんな彼を見つめ、アリスはずばっと尋ねた。
「どうしたの? 何故今にも泣きそうな顔をしてるの?」
「……ある一説によれば」
 ゆっくりとティーダが口を開く。
「人類の祖は海からやって来たというではないか」
「そうなの?」
「そうなのだ!」
 ティーダはキッとアリスを睨んだ。
「長い年月を経てようやく陸へ上がったというのに、何故また戻る!?」
「ああ」
 アリスはポンと手を打った。
「泳げないのか」
 ギクゥ! ティーダの動きが停止した。
「仕方ないな。ほら、怖くないよ」
 アリスがティーダの手を取り、波打ち際へと誘導する。
「や、止めんか! 俺は絶対に入らんぞ!」
 ずざざざざ。ティーダは踏ん張って、海に入るのを嫌がった。
 ピタとアリスは止まり、手を握ったまま、じーっとティーダを見つめる。
「僕、ティーダと一緒に泳いでみたいのだけれど……駄目かな?」
 上目遣いで言えば、ティーダの頬が僅かに染まった。
「フン! お前が言うから仕方ない。入ってやってもいい」
(単純で扱いやすい……)
 アリスは心の内で笑いながら、真顔のままティーダの手を引いて、海の中へと入っていく。
「て、てててて手を絶対に離すなよ!?」
「はいはい」
 二人がのんびりと浅瀬を泳ぐ様子を、撮影カメラはしっかりと記録していた。


 スマイル0円とは言うけども。
「撮影? 僕たちで良ければ、お好きなだけどーぞっ!」
 笑顔で言い切った萌葱を見て、蘇芳は眉間に皺が寄るのを感じていた。
 俺の意見は訊かないのか。いや、それよりも……。
「撮影クルーも選ぶ権利があるだろう」
「えー?」
 渋い声で言えば、萌葱は大きく瞬きした。
「どうして?」
「俺達は撮影主旨と随分ずれるんじゃないか」
 カップル特集だぞ、カップル特集。
 呆れたように呟くと、萌葱はなーんだそんな事かぁと笑った。
「カップルに見えたら問題ないでしょ?」
「まぁ、そうだが……って、ハァ?」
「時間が勿体ないから、早く行こー!」
 戸惑う蘇芳の手を引いて、萌葱は浜辺へと飛び出した。
「海だーっっ!
 目一杯遊ぼーね!」
 撮影カメラも全く気にしていない様子で、何時も通りの萌葱の笑顔。蘇芳は、考え過ぎた方が負けだろうかと思う。
 二人は波打ち際まで来ると、浜辺に座って景色を眺める事にした。
「うん、ここはお約束だよね」
 ぴっとり隣に萌葱が座り、蘇芳は腰を浮かせかけたが、
「ま、あんたが楽しいなら良いが……」
 そう言って座り直した。
 ザザーン……。波の音が柔らかく響く。
(眠くなるな……)
 照り付ける太陽も不快な光ではなくて、蘇芳は瞼が下がるのを感じる。
 その様子に、萌葱の瞳がキラリと光った。
「蘇芳、お約束のアレ、しない?」
「……は?」
 寝惚けている蘇芳の返事を待たず、萌葱は彼を押し倒すとその身体に砂を掛け始めた。
「ッ……こら止めろ!」
「はいはい、暴れない暴れない♪」
 あっという間に彼の身体を砂に埋めてしまうと、その胸の当たりに大きな山を二つ作る。
「あはは、グラマーになったね!」
「あんたな、後で覚えてろよ……」
 蘇芳が睨めば、萌葱はストローの刺さったラムネを彼に差し出した。
「とりあえず水分補給、はい♪」
「……」
 蘇芳はがじっとストローに噛み付いた。ラムネは良く冷えていて美味しかった。
 本気で抵抗出来なかったのは何故なのかは、今は考えない事にする。後、カメラの存在も。


 砂浜にはお宝が埋まっている。
「ここ掘れ、わんわん!」
 スコット・アラガキは、持参したスコップ片手に、砂浜を探索していた。
 ざっくざっくと掘り返せば、ざっくざっくとお宝が現れる。
「うわぁ、綺麗な貝だ!」
 大きな貝殻は耳に当てれば波の音がする。スコットはこれまた持参した麻袋に貝殻を入れた。
「これはクラゲかな?」
 ぷるるんとした干からびたナニカ。これも麻袋にインする。
「わぁ、このワカメ、カツラみたい!」
 遠目で見れば(重要)、立派なカツラに見える海藻も、麻袋の中に入った。
 その他も、出るわ出るわお宝が!
「みすとー!」
 いっぱいになった麻袋を持って、スコットはパートナーの元へと戻る。
「んあ?」
 ビーチチェアに寝っ転がっていたミステリア=ミストは、眠い瞼を擦って、やって来た神人を見上げた。
「見て見て! 砂浜にお宝が沢山あったよー!」
 スコットが麻袋を逆さまにすれば、どさどさどさ!とミストの足元に色々なものが降って来る。
「……」
 日焼けが嫌でビーチパラソルの下で昼寝をしていたら、神人がガラクタを大量に拾ってきました。
 頭痛い。
「貝殻にーこれはたぶんクラゲの干物だね! で、カツラなワカメにー海水パンツ!」
 『3年2組 きらず』と書かれているスクール水着を広げるスコットに、ミストは何処から突っ込めばいいのか分からない。
「褌もあったよ」
「……下着を拾うのはトレジャーサーチの時だけにしてくれ」
 ただでさえ、タブロス市内のコインランドリーでいつもツッコミたくて堪らないのだ。
 新品同様とはいえ、誰のものかも分からないふんどしを持って帰るのかよ!と。
「てへ☆」
 ぺろっと舌を出して笑うスコットに、ミストは溜息を吐いた
「折角海に来てるんだし、俺のことはいいから泳いでこいよ」
 その瞬間、スコットの大きな身体が縮んだ。
「……筋肉が重くて水に浮けないんだ」
 悲しそうに項垂れるスコットを見て、ミストは己の失言にあちゃーと額を押さえてから、立ち上がった。
「よ、よーし!俺も宝探しがんばっちゃおうかなー!」
「ホント? 一緒に財宝を掘り出そう!」
 それから二人は、陽が沈むまで、ひたすら浜辺を掘り返していたのだった。
 心なしか綺麗になった砂浜を前に、ミストがぽつりと呟く。
「俺達、何しに来たんだっけ……」
「ボランティア……かな……」
 スコットの持つ麻袋には、所謂『ゴミ』と呼ばれるお宝が沢山詰まっていた。
 後日、放送された番組を見て、砂浜のゴミ拾いのボランティアが流行ったとか、流行らなかったとか。


 照り付ける太陽が眩しくて、クラクラする。
 いや、太陽のせいだけではない気がするけれども。
「うふふ、かんっぺきね!」
 黒のビキニに身を包んだラム・レイガードは、浜辺に仁王立ちした。
 ふんわりとしたセミロングの金髪が、潮風に揺れる。
 整った中世的な顔立ちは、黙って言えば美人なお姉さんに見えない事もない。
 けれど……。
「……なんでぺったんこの胸にビキニなんスか」
 気付けば、芹澤 奏は素直な感想を述べていた。
 微乳とかそういう問題ではない。真っ平らな胸板。何故なら、ラムはれっきとした男性なのだから。
「大丈夫よ、ムダ毛処理もしたわ☆」
 無い胸を張るラムに、奏はへぇと僅か眉を上げた。
「今日はちゃんとムダ毛処理してるんスね」
「今日この日の為にね! さぁ、行きましょ♪」
 ラムは嬉しそうに奏の手を引くと、甲羅干し用に敷かれているレジャーシートの上へと移動した。
 隣同士で寝ころべば、眼前に透明な海の絶景が広がる。
「普段こんな海なんて来ないスから新鮮ス」
「潮風も気持ち良いし、最高よね☆」
 景色に見惚れる奏の横顔を見つめながら、ラムはこっそり彼との距離を詰める。
「ねぇ、カナちゃん」
 剥き出しの奏の肩を撫でて、身を乗り出す。谷間(ないけど)を見せつけるように。
「アタシ……綺麗?」
「あ、鳥が飛んでるッスよ」
「ガン無視するんじゃないわよ~!」
「? どうかしたんスか?」
「もう、カナちゃんてば……」
 他愛ない会話と絶景を楽しんでいる内に、奏は瞼が重くなるのを感じていた。
 心地良い空気と、きっとラムの存在も、奏を無防備させるには十分で。
「カナちゃん?」
 ふと口数の減った奏を見れば、彼は穏やかな寝息を立てている。
「ふふ、カナちゃんてば寝ちゃってる、可愛い!」
 無防備な頬を突いてから、むくむくとラムの中に悪戯心が芽生えた。
 そっと奏の肩を押してレジャーシートの外に出すと、その身体に砂を掛けていく。
「カナちゃんを砂の中に閉じ込めちゃった♪」
 顔だけだして、すっぽり砂に埋まった奏を眺め、ラムはニヤニヤした。
「……?」
「あ、カナちゃん、起きた?」
「動けないっス」
「でしょうねぇ♪」
 不本意そうな奏と楽しそうなラムを、撮影カメラはじーっと見つめていた。


 海か山かと聞かれたら。
 答えよう、両方好きだと!
「海は大好きだぜ。
山と同じくらい! 夏ならではの自然を感じれるからな」
 ニカッと笑うヴィルマー・タウアを、レオナルド・エリクソンは心底理解できないと言った眼差しで見つめた。
(なんでヴィルはあんなにハイテンションなんだろう……)
「レオもたまには外に出て日焼けでもしたらいいじゃないか。
日陰に篭ってばかりじゃ勿体無い」
 色白なレオナルドを眺め、ヴィルマーは眉を下げてそう言う。
「日焼けする……紫外線は体に悪いって知らないの?」
 ジロリと睨めば、ヴィルマーは参ったなと空を仰いだ。
「でもさ、折角の海なんだし……」
「一人で入ってくれば。ボクは日陰に居る」
 レオナルドはヴィルマーに背を向けて、早々に岩陰の下へ行ってしまった。
(まぁ、一人で帰らずに居てくれるだけでも……)
 ヴィルマーは一人海の中へと入る。
 透明な水はキラキラしていて、冷たくて気持ち良い。
(海の底がこんなにクリアに見えるとは……凄いな!)
 瞳を輝かせてから、ヴィルマーは俯いた。
 こんなに気持ち良くて綺麗なものを、どうしてレオは避けるんだろう?
 勿体ないと心底思う。
(撮影が嫌だって言ってたしな……)
 撮影カメラは、今はヴィルマーだけを捉えている。
(けど、少しくらいはレオにも味わって欲しい)
 うんと頷いて、ヴィルマーは両手に海水を掬った。太陽の光に輝いて綺麗だ。
 レオナルドの方を見遣れば、彼はスケッチブックに鉛筆を走らせている。風景をスケッチしているのだろう。
「レオー!」
 大声で呼べば、レオナルドはスケッチブックを閉じて、紫色の瞳を半眼にする。
「何?」
「やっぱり一緒に入らないかー!」
「嫌」
「……」
 ヴィルマーはレオナルドの方へ歩み寄ると、思い切り彼に向って海水を浴びせ掛けた。
「!?」
 レオナルドは驚きに目を見開いた後、キッとヴィルマーを睨む。
「……ヴィル、こっちに水飛ばさないでよ! 
あっち行って……!」
「でもほら、海水は冷たくて気持ちいいだろ?」
「……」
 太陽の下、キラキラと輝く海にヴィルマーの笑顔。
「……もの好き……」
 レオナルドは再びスケッチブックを開く。今の風景を描きとめて置きたいと、そう思った。


 此処で会ったが百年目。
「相棒、今日こそ決着つけてやるぜ、勝負だ!

 カイル・F・デュライドは、ビーチボールを手にパートナーをびしっと指差した。
「……」
 ダシュク・ベルフェルは、カイルの指と、ビーチボールと、カイルの顔を順番に見て、口の端を上げる。
「ほう?」
「ビーチバレーで、勝負だ!」
 更に拳を握れば、ダシュクは紅い髪をふぁさりと後ろに流して笑った。
「いいだろう、受けて立つ」
「そうこなくっちゃ!」
 背後に炎を燃やしているような勢いを見せるパートナーを見て、ダシュクは瞳を細める。
(どうせ安い勝利に酔うだろうし、たまには花を持たせてやるか)
 ジャンケンで決めた結果、先攻はカイルとなった。
(ぎゃふんと言わせてやるぜ)
 撮影カメラもばっちり映してくれている。ここで勝たなきゃ、男じゃない!
 にやっと笑うと、カイルは高くトスを上げる。
「アターック!」
 ビシィ!
 勢いはあるが、コースは甘め。
 取れないボールではないが……敢えてダシュクは取れない振りをした。
「よっしゃー!」
 まずは一点。ガッツポーズするカイルを見つめ、ダシュクは上がる口元を腕で隠す。
「どぉりゃああ!」
 続いてのチャンスボールからのアタックも、ダシュクがわざとホームランしてアウト。
「ッシ!」
 ぐぐっと拳を握って喜ぶ姿は子供のようだ。
(まったく……単純だな)
 それからも、ダシュクはわざとボールを落としたり、緩く打ち返してやるなどで、カイルに花を持たせ続けた。
「俺、完全勝利ッ!」
 最後のポイントが決まって、カイルが拳を突き上げて喜ぶ。
(にやにやしちまう!)
 パチパチパチ。
 ダシュクは拍手で彼の健闘を称えた。
「……まぁ、手加減してやったんだがな」
「え?」
 ダシュクの言葉に、カイルが停止する。
「手加減してやったんだ、喜べ」
 きっぱりダショクが告げると、カイルはへなへなとその場に崩れ落ちた。
「て、手加減した!?」
 ガーンと肩を落とすカイルの様子に、ダシュクは緩む口元を抑えられない。
「む、むぐぐ……悔しい」
 ふるふると震えながら、
カイルはダシュクが笑っている事に気付いた。
「ニ、ニヤニヤすんな! 笑うなー!」
 ダーッと拳を振り上げるカイルに、ダショクは微笑む。
(そういう姿に励まされるが、絶対言ってやらない)
「別に笑ってなどいない」
「笑ってるじゃないかー!」
 撮影カメラの存在を忘れているカイルは、後ほど更に羞恥に頭を抱える事になったのだった。



シナリオ:雪花菜 凛 GM


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