【バレンタイン】迷子の生意気少女(はるた マスター)

プロローグ


 わたしはエリ。今日、生まれて初めてタブロスに来たの。
 ちょうど10歳の誕生日だから、素敵なお洋服を買ってあげるって、ママが言ってくれたのよ。
「迷子にならないでね」
 そう言って、ママはわたしの手をぎゅうっと握っていてくれた。
 お店の並ぶ大通りは、人、人、人。人の波!
 わたしは、ママとしっかり手を繋いで、でもきょろきょろしながら歩いてた。
 だって、お洋服を売っているお店がいっぱいあるんだもの。
「あ、あのレースのついたワンピースかわいい!」
 わたしはママの手をぱっと離して、通りの向こうのお店に駆け寄った。
 お店の中には花柄のスカートも、リボンのたくさんついたブラウスもあって、つい見とれてしまったんだけど。
「ねえ、ママ、どっちがいいかな?」
 振り返ったらママはいなかった。
「ママ? どこにいるの?」
 すぐにお店を出て道に出ると、ちょうど道の角に、ママのと同じブラウンのスカートが見えた。
 ママだって思って追っかけたわ。
 でもその人は、似ていたけどママじゃなかった。
「ママ?」
 辺りをぐるぐるしてるうちに裏通りに迷い込んで、私は自分のいる場所がわからなくなっちゃって……。  泣きそうになったけれど、我慢したわ。だって私、もう10歳よ。立派なレディよ。こういうときは、冷静に考えなくちゃいけないって、ママはいつも言っていたわ。
 私はママの言葉を思い出した。
「いい? もし迷子になってしまったら、最初にアイスクリームを食べたお店の前で待ち合わせをしましょう。屋根に大きなアイスの形の看板があったお店よ」
 そうだ、あのお店に行けばいいんだ!
 でも私は今の場所がわからない。お店は大通り沿いだったんだけど……。
 お店の名前は覚えてる。
『スウィートキャッスル』
 通り沿いの広いお店の中は、人でいっぱいだった。でも、それもそうだろうって思えたわ。ハート形の風船がたくさん浮かんでいて、すごくきれいだったんだもの。メニューはアイスのほかにケーキやコーヒー、紅茶もあったわ。
 今は、バレンタイン企画中とかでね、お店で飲食したお客様に、隣の劇場の割引券を配ってるってお店の人が言ってた。20ジュール割引きなんですって。
 隣の劇場には、お姫様と王子様のポスターが貼ってあった。ママが「シンデレラがモチーフの恋愛映画ね」って言ってたわ。わたしとママはお買い物をしたかったから見なかったけれど、外には人が並んでいたし、人気なんだと思う。
 人があまりいなかったけれど、小さな王子様が怪物退治に行くみたいなポスターもあったわよ。
 それと、お店の向かい側はちょっとした広場になっていたんだけど、大きなハート形の木があってね、好きな人の名前を緑のペン書いて枝に結ぶと、恋がかないますって書いてあったわ。紙もペンも、そこに置いてあるの。
 わたしが誰の名前を書いたかって?
 そんなことレディに聞かないで。失礼よ。
 そうそう、奥には小さなベンチがあってね、わたしとママはそこで、スウィートキャッスルで買ったアイスを食べたのよ。持ち出しもできるの。
 どうしてわざわざ外で食べたのかって?
 だって、蝶ネクタイをした大きなうさぎのぬいぐるみがおいでおいでしてたんですもの。もふもふうさぎのラピくんっていうんですって。
 中には人が入ってるんでしょう、とか言っちゃダメ! いいの、女の子はかわいいものが好きなのよ。

 わたしは、大通りに出ようとしているんだけど、なかなか出ることができないの。
 だって、この裏通り、道がとても入り組んでいるんだもの。
 たくさんの人がいるのに、独りぼっちな気がする。しかもおしゃれをして履いてきた靴は、指が痛くて、ああこんなことなら、いつもの履き慣れた、汚れた靴にすればよかったって、歩きながら、いつの間にか、ぽろぽろと涙が出てきた。
 そんなときに声をかけてくれたのがあなた達だったの。
 え、あなたたちも『スウィートキャッスル』に行く予定だったの?
 ここからなら、歩いて20分くらい? 本当?
 お願い、わたしをママのところまで連れて行って!

解説

 A.R.O.A.に依頼を受け、あなたはパートナーの精霊とともに、『スウィートキャッスル』に向かっています。
 その途中で会ったのが、エリ。エリは涙で顔がぐしゃぐしゃです。
 まずは彼女を泣きやませて、それから母親の待つお店まで連れて行ってあげてください。

 『スウィートキャッスル』はアイスとケーキ、紅茶の専門店。
 アイスは20ジュール、ケーキは、紅茶とセットで80ジュールかかります。紅茶だけだと40ジュールです。

メニューお勧め
ストロベリーチョコアイス(イチゴの酸味とチョコの甘さをお楽しみください)
フレッシュベリータルト(新鮮なベリー類を贅沢に用いたタルトです)
キャッスルオリジナルブレンド(甘いものに合わせるよう、少々渋めの味になっています)

その他ごく一般的なアイス(バニラ、ミント等)やケーキ(ショートケーキ、モンブラン等)紅茶(ダージリン、アッサム等)もあります。

 隣の劇場では名作シンデレラとおやゆびひめを合わせてアレンジした『スウィートリトルプリンセス』(意味・小さくてかわいいお姫様)という劇を見ることができます。甘く優しい王子様と、親指サイズのかわいらしいお姫様の恋愛のお話です。
 桃太郎と一寸法師を合わせてアレンジした『ブレイブリトルボーイ』(意味・勇敢な小さい男の子)もやっています。こちらはモンスターを退治する、親指サイズの王子様のお話です。
 劇は入場料が一人200ジュール。『スウィートキャッスル』で飲食をし、貰った割引券を使うと20ジュールの割引きとなります。

 なお、ハートの木に想いを託すイベントは無料です。この機会にお相手に思いを打ち明けてみてはいかがでしょうか。
 うさぎのラピくんと握手をすることもできますよ。

ゲームマスターより

初めての執筆になります。
よろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信楽・隆良(トウカ・クローネ)

  あーあ、顔ぐっちゃぐちゃ
笑って前にしゃがみ服の裾で拭おうと

おう、ちゃんと待ち合わせ場所に連れてってやるって!
だから泣き止めよな
レディだろ?
…よし、根性ある奴は好きだぜ
背中を優しく叩こうと
ついでに旋毛をぐりっとして怒らせたら楽しげに笑い
悔しかったら大きくなってやり返してみな!

飴貰ったら
やるじゃん、と呟いて
店までの腹止めいる人ー?
エリには問答無用で握らせて

よかったな、またな
遠ざかってから
誕生日おめでとー!手を振って

うおおケーキ!美味そうだなケーキ!
やっぱタルトかなぁ、お前は?
ブレンド?って何?
飲んでみたら苦さに悶絶
紅茶も渋いから苦手だ
あ、美味い

じゃああたしも
その苦い飲み物には甘いのだろ
とチョコ差出



シリア・フローラ(ディロ・サーガ)
  ●ディロ・サーガには「サーガ」と呼び捨て。敬語は使いません。弟に話すような口調になる。
●初めての依頼でちょっとそわそわ
●エリさんに会ったら「どうしました?何か悲しいことでもあったのかな?」と優しく接触。
お母さんとはぐれた事を知ったら「お姉ちゃん達もスウィートキャッスルに行くんですよ。一緒に行きましょう。」「お母さんの特徴を聞いてもいいですか?」と探すのを協力。
●スウィートキャッスルではちょっとテンションUP。
「きゃー、かわいい!あ、エリさんのお母さんを探さないとですね」見つかったら素直に喜ぶ。
注文するのは、もちろんお勧めのストロベリーチョコアイス!
「サーガにも一口分けてあげるね。はい、あーん」



秋月・雨音(マーロン・シャービー)
  泣いている女の子にポケットの飴をあげる
お母さんに会えるまでは、迷子は心細いと思うので迷子だという事を忘れられるくらいたわいもない話などして安心させる

解決したあとは、スイーツを食べる(お勧めの紅茶とケーキのセット)だけどうさぎのラピくんと握手できるというのも気になっていてその後は握手に向かうつもり
劇は甘いスイーツやラピくんのほうが気になり優先しもし余裕があった場合には行く
精霊ともめた場合じゃんけんで解決



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  ……ひとりぼっちは辛いよね
私も、記憶がなくてフラフラしてた時は怖くて仕方がなかった。
でもディエゴさんと出会って、そばにいてくれて凄く安心したのを覚えてる。
だから、私もそんな安心を女の子にあげたい
ぎこちないかもしれないけど、笑顔を浮かべて手をつないで
大丈夫だよって伝えなきゃ。

ハートの木のイベントでは、ディエゴさんに感謝と素直な気持ちを伝えたいな…
私の記憶が戻ったら、もしかしたら
ディエゴさん、安心してそのまま何処かに行っちゃうのかもしれない
そんなの嫌
ディエゴさんがいなかったら、きっと私は今でも路頭に迷ってたもの

「ディエゴさん、いつも見守ってくれてあ
りがとう。これからも一緒にいてくれると嬉しいな…」



「フローラ、ちょっとは落ちついたら?」
「だって初めての依頼だから……ううん、私は落ちついてます」
 ディロ・サーガにかけられた言葉に、シリア・フローラは緩く首を振った。初めての依頼だから緊張していることは自覚している。でも年下のサーガに指摘されるのはちょっと恥ずかしい。
 4組のウィンクルムで歩いているタブロスの裏道。その角を曲がったところに、少女はいた。
 顔は見えなかった。それでも泣いているとわかったのは、小さな靴で立つ足元の、舗装されていない地面の上に、水玉模様ができていたからだ。

「どうしました? なにか悲しいことでもあったのかな?」
 フローラは立ち止まり、少しだけ腰を曲げて、少女に微笑みかけた。その様子に、同行の仲間も何事かと足を止める。
 少女は突然自分を囲んだ大人たちに驚きながら、しかししっかりと顔を上げた。
「ママが、いなくなっちゃったの」
 見上げる瞳には大粒の涙が浮かび、ぽろりと頬を伝っていく。
「あーあ、顔ぐっちゃぐちゃ」
 少女の前に、信楽・隆良がしゃがみこんだ。目の前の濡れた顔を拭ってやろうとしたのだが、あいにく拭くものを持ち合わせていないことに気づく。仕方がないからこれで、と長袖の端を握ったところに、すっと白いハンカチが差し出された。誰がしたことかなど、確認するまでもない。隆良に倣って膝を折った、トウカ・クローネに決まっているからだ。
「トウカ、ありがとな」
 隆良が、受け取ったハンカチで少女の涙を拭う。瞳は未だうるんではいたが、ふっくら丸い頬の雫は消えた。少女は涙の残る声で、自分がエリという名前であることと、誕生日の今日、初めて母とタブロスに来たことを告げた。
「迷子になったら、スウィートキャッスルっていうお店で待ち合わせをしましょうってママと約束したの。でも場所がわからなくなってしまって……」
 ぽろりとまた、止まったはずの涙が流れる。再びうつむいてしまったエリに、フローラは優しく告げた。
「泣かなくても大丈夫。お姉ちゃんたちもスウィートキャッスルに行くんですよ」
「本当?」
 エリは顔を上げた。目の前の隆良を見、一度瞬きをする。ぽろん、と頬を滑る水滴は、顎を伝って地に落ちた。
「おう、ちゃんと待ち合わせ場所に連れてってやるって! だから泣きやめよな。レディだろ?」
 隆良は、わざと大げさににかりと笑った。エリは唇を噛みしめなんとか涙を止めようとしているが、なかなかうまくいかないようだ。震えるまつ毛に残る涙を今度こそ消してしまいたくて、隆良はトウカを振り返った。
「なんかいいもの持ってない?」
「いいもの、ですか?」
 なにかあっただろうか。トウカが探す傍らで、秋月・雨音がポケットに手を入れる。
「私持ってるよ、いいもの」
 どうぞ、雨音が差し出した色白の手。その真ん中には、大きな赤い飴がのっていた。
「悲しいときは甘いものを食べるといいよ」
 雨音はエリの手のひらに、そっと飴を握らせる。
「お勧めのさくらんぼ味なんだけど、さくらんぼ、食べれる?」
「うん、大丈夫。……ありがとう、お姉ちゃん」
 エリは勧められるまま、飴を口に入れた。
「甘い……」
 涙声、濡れそぼった瞳ではあるが、エリの顔にやっと笑顔が訪れる。飴で膨らんだ片頬が愛らしく、皆は顔を見合わせて、ほっと安堵の息をついた。
「じゃあ、お店まで一緒に行きましょう」
 フローラが声をかけ、しゃがんでいた隆良とクローネが立ち上がる。歩き始めようとしたとき、ハロルドがエリの手に触れた。
「今度ははぐれないようにしないとね。……独りぼっちは辛いから」
 私も、記憶がなくてぶらぶらしてたときは、怖くて仕方がなかったから。つぶやいた声はあまりにも小さくて、笑顔のエリには聞こえない。しかし隣にいたディエゴ・ルナ・クィンテロは、ハロルドの声にそっと目を伏せた。ひっそりと、楽しげなエリを見、優しく微笑むハロルドを見て、再びエリに視線を向ける。
「子供の面倒なんて、俺は見られない」
 ディエゴは眉を寄せたが、そう言いながらも、ハロルドの逆側で、エリを挟む場所に立った。裏道はまだいいが、店のある大通りでは人混みの中を歩くことになる。人避けをしてくれるということなのだろう。
 ハロルドは、エリの手をきゅっと握った。
 エリとハロルドを囲むように、一行は道を進んで行く。裏通りから大通りに出る直前、人の量のあまりの違いに、サーガの足が一瞬止まりかけたが、その背中を、並ぶフローラがトンと叩いた。ちゃんと一緒に来なさいよ。暗黙にそう伝えられている。そんなこと言われなくたって、僕がフローラについて行かない理由なんてないのに。まったく、子供扱いなんだから。歩調を早めるサーガをよそに、フローラはエリに問う。
「お母さんの特徴を聞いてもいいですか?」
「えっと、ブラウンの髪をしていて、同じ色のスカートをはいているの」
「エリちゃんのお洋服みたく、素敵なスカート?」
 少女の悲しみを消すように、雨音が明るい声で聞いた。
「そうよ。裾には葉っぱの刺繍があるの。私がママにならって縫ったのよ」
「ほう、エリ君はなかなか器用なんだな」
 マーロン・シャービーが言うと、エリは嬉しそうにうなずいた。
「ママも同じことを言ってくれたわ」
 そんなエリを後ろから、隆良は満足げに見つめる。
「よし、復活したな。 根性あるやつは好きだぜ」
 そう言って目の前下方にあるつむじを、拳で軽くぐりっと撫ぜた。小さなエリは振りかえり、ぷうっと頬を膨らめる。
「もう、いきなりレディの髪に触るなんて失礼よ」
「悔しかったら大きくなってやり返してみな!」
 隆良が胸を張る。そんな二人のやり取りに、トウカはひっそりと微笑んだ。

 ※

 人混みの中を歩いて二十分後。一行はスウィートキャッスルに到着した。店舗上空に浮かぶ大きなバルーンは、鮮やかな赤のハート形。店舗入り口は造花ではあるが、たくさんのバラの花に彩られ、店はまさに『キャッスル』の華やかさだ。
「きゃー、かわいい! バレンタイン仕様になってるのね」
 遠目からでもわかるにぎわいに、フローラが高い声を上げた。店の前は若い女性やカップルで溢れていたが「あれ?」とハロルドが、気づく。
「ブラウンの髪、ブラウンのスカート……あれってもしかして……」
 ハロルドが最後まで言う前に「ママ!」とエリが叫ぶ。
「エリ!」
 エリはハロルドと繋いでいた手を離し、まっすぐに母の元へと走って行った。たたた、と軽い足音に、さっきまでの涙の影はない。精一杯に大きく腕を広げ、エリは同じように駆け寄ってきた母親に抱きついた。
「よかった……」
 エリの温もりが残る手を握り、ハロルドはつぶやいた。記憶をなくし一人きりだった自分が安心して日々を過ごせるようになったのは、ディエゴと出会い、ディエゴが傍にいてくれたからだ。一人のさみしさがわかっているからこそ、エリが母に再会できたことがとても嬉しい。
 母親は愛娘を受けとめ、抱きしめた後、一行に顔を向けた。
「あなた方がエリをここまで連れてきてくれたんですね。ありがとうございます!」
「エリさんがお母様にちゃんと会えてよかったです、ね、エリさん」
 にっこり笑ったフローラに、エリも満面の笑みを見せる。
 簡単なあいさつを交わした後、エリは母とまたショッピングを楽しむことになった。
「よかったな、またな、エリ」
「うん、またね、お姉ちゃん」
 隆良が声をかけると、エリはぶんぶんと手を振った。遠ざかる途中、振り返り頭を下げて立ち去る母親と、そんな母の隣に並ぶエリに、隆良もまた、手を振り返した。
「そうだ、エリ、言うの忘れてた! 誕生日おめでとー!」
「ありがとう!」
 母親の横で、エリはこの日一番大きな声を上げた。

 ※

 入口や入口上空のみならず。スウィートキャッスル店内にも、赤やピンクのハートの風船が浮かび、あちこちにバラの花が飾られていた。チョコレートこそ置いてはいないが、さすがスウィートを扱う店、バレンタインを祝わない理由はないとでも言っているようである。
 ガスの量を調節しているのだろう。天井近くから、腰の高さまでを風船が舞う。その風船を手で押しやって、隆良は真っ先にケーキの並ぶカウンターに向かった。
「うおおケーキ!美味そうだなケーキ!やっぱタルトかなあ?お前は?」
 トウカを見上げる隆良の瞳は輝いている。

 賑やかに選ぶ隆良とトウカの横を通り過ぎ、フローラとサーガは席に着いた。アンティークを模した猫足の丸テーブル、その上に肘をついたフローラが手に持つのは、ピンク色のクリームの上にチョコレートがかけられた、ストロベリーチョコアイスだ。この店のアイス部門、人気一位の商品である。
「ストロベリーの酸味とチョコレートの濃厚な甘さが絶妙なんですって。いただきます!」
 さっそくアイスを、付属の小さなスプーンですくいって、ぱくりと一口。
「おいしーい」
 フローラは、普段より一段高い声を上げた。口の中でとろけるアイスに、とろける笑顔が眩しい。
「そんなにおいしい?」
 常より高いテンションに、サーガが尋ねた。もちろんよ、とうなずくフローラは、これ以上ないほどのご機嫌だ。
「本当に説明のとおりよ。酸っぱくて甘くてすごく美味しい。サーガにも一口分けてあげるね。はい、あーん」
「え?」
 まっすぐにためらいなく差し出されたスプーンに、サーガは思わず周囲を見回した。同行したメンバーはもちろん、他の客も自分のことにいっぱいで、いちいち他人のことを気にしてはいないようだ。
 この人は自分が好意を抱いていることを忘れてるんじゃないだろうか。弟と同じと思って……こんなこと、二人きりのときにしてほしいのに!
 そう思いながらも、口を開く。すぐさま舌の上に落とされた冷たい塊が、じんわりと熱に溶けていく。

「アイスと迷ったけど、こっちにしてよかった。 このタルト、本当に美味しい!」
 雨音はほうっと息を漏らした。お店自慢のフレッシュベリータルト。口の中は酸味あるベリーと、甘いカスタードでいっぱいだ。
「やっぱり甘いものっていいよね」
「そうかい」
 紅茶を飲みながら、本を読みながら、シャービーは相槌を打つ。
「私、この後はラピくんに会いに行きたいな。向かいの広場にいるんだって。もふもふうさぎのラピくん。握手もできるって書いてあるよ」
 テーブルの上にある宣伝を見、雨音が言う。しかしシャービーの態度は変わらない。さっきと変わらず同じ言葉を繰り返した。
「そうかい」
「ね、行こうね」
 ここで初めて、シャービーの顔が上がる。
「そんなぬいぐるみよりも、私はどちらかと言えば劇場の方が好みなのだが」
「ええ? ラピくんかわいいよ?」
「だが、どうせ中には人間が入っているんだろう」
「……わかった、じゃんけんで決めようよ」
 じゃーんけん、とリズムよく雨音が歌い出す。
 その声を打ち消す声が、すぐ隣のテーブルから上がった。

「苦い! このブレンドってなんだよ!」
「この店お勧めの紅茶、キャッスルオリジナルブレンドですよ。スウィーツに合うように渋めの味とは書かれていますが」
 メニューを眺め、悶絶する隆良を見、クローネは紅茶をすする。
「タルトはすっごい美味いのに! この紅茶、渋いから苦手だ」
「苦手……そうですか」
 ふむ、とクローネは考えた。口直しだとケーキをほおばる隆良は、年齢相応の笑顔で美味い美味いと繰り返した。チリン、と店員を呼ぶベルを鳴らし、やってきた店員に隆良のためのオーダーをする。
「アッサムティーを、ミルクで」
「アッサム?」
「紅茶の種類です。ミルクを入れたら飲みやすいですよ」
 クローネは、紅茶のカップに砂糖とミルクを注いで、隆良に差しだした。琥珀から白へと色を変えた水面を見、甘いにおいがする、と隆良が言う。そして、一口。
「あ、美味い」
「それはよかった」
 クローネが安堵したように微笑む。
「じゃああたしも」
 ごそごそと、隆良は荷物をあさる。
「お前はその苦い紅茶、美味そうに飲むけどさ。やっぱその苦い飲み物には甘いのだろ」

 そのテーブルの隣は、主に一人が賑やかである。
「あいこで、しょ! あ、また!」
 ラピくんに会いに行くか、劇場に足を運ぶか。雨音とシャービーのこの後の時間をかけたじゃんけんが、あいこの連続なのだ。
 何度目か数えるのも面倒なくらい続く結果の出ない勝負に、シャービーはため息をついた。
「いっそ別行動にするかい」
「別行動?」
「無理に一緒にいる必要もあるまい。やりたいことが違うなら行動を別にした方がいいだろう」
「そういう考えもありだけど……でも、じゃあその前に、受け取ってほしいものがあるの」

 ハートの木の近くのベンチは、小さな子供やカップルたちでにぎわっていた。子供はもふもふうさぎのぬいぐるみ、ラピくんが目当て。カップルは想いの通じる木が目当てだろう。
 ハロルドは上着のポケットの中にあるものを意識していた。目の前にあるハートの木には、小さな紙がたくさん結んである。その中には、ハロルドがたった今書いたものも並んでいる。緑のペンで好きな相手の名を書くと想いが叶う。ハロルドは当然、ディエゴの名を書いた。記憶をなくした自分を、まっとうな人間に育ててくれた大切な人だ。
 常々、不安に思っていることがある。それはたとえば、自分に記憶が戻ったらということ。
 そのときが来たとしても、ディエゴさんは傍にいてくれるのかな。もしかしたら、安心して、そのままどこかに行っちゃうのかもしれない。
 考えてもしかたのないこととはわかってはいるけれど、ときおりふっと考えてしまう。
「そんなの嫌……」
 幸せそうなカップルを見て、ハロルドは我知らず、そう口にしていた。
「どうかしたか」
 ハロルドの耳に、ディエゴの低い声が届く。
 ハロルドは小さく頭を振った。不安を口にするのは、ディエゴの今までの気持ちを捨てることだ。
 ……ディエゴさんがいなかったら、きっと私は今でも路頭に迷っていたもの。だから今、彼に感謝を伝えたい。
 ハロルドは顔を上げた。
「ディエゴさん」
 勇気を出して名を呼べば、なんだ、と短い声が返る。
「いつも見守ってくれてありがとう。これからも一緒にいてくれると嬉しいな……」
「突然何を言い出すんだ、ハルは……」
 ディエゴは小さく眼鏡を上げた。
「先のことを案じるより、あのウサギでも見ておけ。本物ではないが、動物、好きだろ?」
「そうだね、でもそれより……」

「ブレイブリトルボーイ、もうすぐ開幕です!」
 その看板を見ていたサーガは、ぱっと顔を上げた。激情の入口にぞろぞろと人が入っていく。
「いいなあ……」
 自然と口から漏れたつぶやきは、道の向こうのぬいぐるみを見ているフローラには聞こえなかっただろう。
 こんなのを見たいって言ったら、ますます弟扱いされてしまうかな。でも面白そうなんだよな。……見たいって言わなくても、どうせ弟扱いだしな……。
 しばしの逡巡、そして。
 サーガは意を決して、フローラの服の袖を引いた。つんつん、と引くその姿がもう弟なことには、本人は気づかない。
「どうしたの? サーガ」
「あ、あのさ……人形劇なんだけど」
 恥ずかしそうにうつむいたサーガと、入口に入っていく人たちに、ああ、とフローラは合点がいく。
「見よっか? ブレイブリトルボーイ。さっきアイス食べたときに貰った割引券があるし」
 フローラはポケットに手を入れ、はっと驚いたような顔をした。

 ※

 スウィートキャッスル一押しの美味しいケーキと、トウカが入れてくれたミルクティー。それをテーブルの端へよけて、隆良は取り出した小箱を、ずい、とトウカの方へ押した。

 向かい合う席で、雨音はすっと小さな袋をとりだした、赤い包装に、花を模した形の飾りがつけられたものだ。それをシャービーの前に置く。

 ハロルドは賑やかな広場の中で、ポケットの中の小さな包みを手に取った。リボンの結び目がほどけないように、ゆっくり丁寧に取り出して、ディエゴの前に差し出す。

 人が歩く劇場の前。フローラはポケットの中から手を出した。その手に握られていたのは劇の割引券ではない。ピンク色の小さな箱だ。

 隆良はトウカに、
 雨音はシャービーに
 ハロルドはディエゴに
 フローラはサーガに、
 伝える。
「カカオの精から、チョコレートが届いてたから」

「お前に渡すよ、トウカ」
「シャービーさん、受け取ってくれる?」
「ディエゴさんに、貰ってほしいの」
「サーガにあげる」

「ありがとうございます、タカラ」
 トウカはそう言って微かに笑んで、
「……雨音君がせっかく持ってきてくれたのだから、いただこう」
 シャービーは読んでいた本を閉じ、
「ハル……」
 ディエゴは静かに名前を呼んで、
「うわあ、ありがとう、フローラ!」
 サーガは大きく声を上げた後、満開の笑みを見せた。
  



依頼結果:大成功
MVP

名前:信楽・隆良
呼び名:タカラ
  名前:トウカ・クローネ
呼び名:トウカ

 

エピソード情報

マスター はるた
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月16日
出発日 02月23日 00:00
納品日 03月05日

 

参加者

会議室

  • [4]信楽・隆良

    2014/02/22-07:46

    よーっす。初めましてだな。
    あたしは信楽隆良っていうんだ、よろしく(にっ)

    そだなー、まずその迷子のレディをレディに戻してからだよな。
    そいつ気に入っちゃったから、あたしも声かけるわ。
    へへ、美味そうな店も楽しみだよな!劇も面白そうだけど、どうすっかなー。

  • [3]ハロルド

    2014/02/20-06:22 

    おっとと、ご挨拶が遅れてすみません
    初めまして、ハロルドと申します。
    とりま女の子を安心させてあげたいなーと

  • [2]秋月・雨音

    2014/02/19-22:31 

    初めまして私は秋月雨音。

    今回の依頼って名前から甘そうなお店にいくんだね!
    なんだか楽しみだなーみんなよろしくね。

  • [1]シリア・フローラ

    2014/02/19-22:03 

    初めまして、シリア・フローラです。

    初めての依頼が、スウィートキャッスルに行くことですね!
    よろしくお願いします。


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