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【ラストフェスティバルイベント】
―― 究極 の 愛 の 舞台 ――

リザルトノベル【男性側】VS 旧神イシス:【交戦】

VS 旧神イシス:【交戦】

VS 旧神イシス:【交戦】 メンバー一覧

神人:ヴァレリアーノ・アレンスキー
精霊:アレクサンドル
神人:蒼崎 海十
精霊:フィン・ブラーシュ
神人:ルゥ・ラーン
精霊:コーディ
神人:俊・ブルックス
精霊:ネカット・グラキエス
神人:天原 秋乃
精霊:イチカ・ククル
神人:ユズリノ
精霊:シャーマイン
神人:セイリュー・グラシア
精霊:ラキア・ジェイドバイン
神人:瑪瑙 瑠璃
精霊:瑪瑙 珊瑚
神人:柳 大樹
精霊:クラウディオ

VS 旧神イシス:【援護】 メンバー一覧

神人:新月・やよい
精霊:バルト
神人:初瀬=秀
精霊:イグニス=アルデバラン
神人:信城いつき
精霊:レーゲン
神人:テオドア・バークリー
精霊:ハルト
神人:鳥飼
精霊:鴉
神人:柊崎 直香
精霊:ゼク=ファル
神人:ハティ
精霊:ブリンド

VS グノーシス・ヤルダバオート メンバー一覧

神人:暁 千尋
精霊:ジルヴェール・シフォン
神人:歩隆 翠雨
精霊:王生 那音
神人:柳 恭樹
精霊:ハーランド
神人:ラティオ・ウィーウェレ
精霊:ノクス
神人:スコール
精霊:ネロ
神人:シムレス
精霊:ロックリーン
神人:萌葱
精霊:蘇芳
神人:李月
精霊:ゼノアス・グールン

リザルトノベル


●VSグノーシス・ヤルダバオート 戦いの前に

 ぶつかり合ったギルティたちの力は、ウィンクルムが立つ大地を、焦土と変えていた。
 焼けた土地は黒々とえぐれ、ごつごつとした岩が転がっている。
「この争いを放っておけば、ほかの土地もどうなるか、わからない……」
 ギルティが睨みあっている間に、戦いの準備を整えなくてはならない。

 ※

 暁 千尋は、傍らに立つジルヴェール・シフォンを見上げた。
(先生と生きていくためには、今、戦わないといけないんだ)
 これまでとは格が違う敵を前に、千尋は体をこわばらせ、唇をかみしめる。
 が、ジルは。
「チヒロちゃん、そんなに緊張していたら、体が動かないわよ」
 言って、ふわり、微笑んだ。
 燃えた土地の埃をあび、戦いの衣装に身を包んでも、その笑顔は美しい。
(いつかは、対等なパートナーになりたい……)
 強く思い、大切な人を護るため。千尋は、インスパイアスペルを口にする。
「アレルヤ」


 タブロス郊外に住む柳 恭樹にとって、ギルティの争いは腹立たしいものであった。
 もし彼らの力がぶつかり合った場所が、もう少しずれていたら、自宅も弟妹も、いや、自分ですら、どうなっていたことか。
 正直、ハーランドのことは、まだよくわからない。
 恭樹をからかい、反応を楽しんでいるあたりは、いけ好かないの一言に尽きる。
(でも今は、協力しなくては)
 意を決し、彼を見やって。恭樹は唇を動かした。
「地を払う」


 もとA.R.O.A.の研究職員であるラティオ・ウィーウェレは、ため息をついた。
「まさかこんな秘密があったなんてね。でもまあ、A.R.O.A.にはずいぶんいろいろなことを学んだからさ」
 だからこそ、創始者が敵と言われれば複雑な気もするのだけれど。
 A.R.O.A.に使われる立場としては、やはり戦わねばならないだろう。
「とは言っても、祈る神は、どこにいるのかね」
 わからないが、インスパイアスペルはこれだ。
「加護ぞあれ」


「A.R.O.A.の創始者が神で、オーガを生んだ元凶……?」
 なかなか面倒なことになっている、とスコールは思う。
 本当ならば、こんな厄介ごとは放っておきたいところだ。
(でもまあ、これが終わったらネロさんと飯でも食いに行くと思えば……)
 流されて、行きついたA.R.O.A.で得た、ウィンクルムという立場。
 ここまで来てしまったからには戦うしかない。
 スコールは黙ったままのネロを見やった。
「すべてを呪う前に」


(虚弱だった俺が、こんな戦いに参加することになるとはな)
 シムレスは、正面に立つロックリーンを見上げた。
 彼はもしかしたら、シムレスの顔に不安の陰でも見たのか。
 にこり、微笑んだ。
「大丈夫だよ、シムさん。僕がいるから。案外強いんだよ、僕」
「……知っている」
 真顔のまま、シムレスは静かに呟く。
「深淵に刻む戒めの環」


 萌葱は深呼吸をした。
 なんとかなるさの精神で、いろいろ乗り越えてきたけれど、今回はなかなか大変な状況だ。
(でも、頑張らないとね)
 目の前で、渋面をしている蘇芳とは、友人になりたいと思っている。
 そのための時間はきっと、この戦いの後にあるのだろう。
「きっと大丈夫」
 自らに言い聞かせるつもりで言って、萌葱は、インスパイアスペルを口にした。
「根源に還る」


 歩隆 翠雨は、体の横に垂らした手のひらを、ぎゅっと握りしめた。
 独占したいと言われ、独り占めしたいと返し。
 家族になったパートナー、王生 那音とともに生き続けるためには、この戦いに勝たねばならない。
(絶対に幸せにしてやると言ったからには、約束を守らなくてな)
「Fortes fortuna juvat」
 翠雨は、ウィンクルムとして力を得るためのインスパイアスペルを、口にした。
 ……運は勇気ある者に味方する。
(それを信じて、挑む)
 顔を上げた先では、那音がまっすぐに、こちらを向いていた。


「行くぞゼノ!」
「おう! やるぜ!」
 パートナーのゼノアス・グールンと。
 ぱあん! とハイタッチをして、李月は声を張り上げる。
 大工見習としての復興作業も大事だが、今はそれ以上に大切なことがある。
「終わりなき栄光のロードを共に!」
 難しいことは考えない。戦いが必要なら、ウィンクルムとして、戦うまでだ。
 ただただ、自分達の未来のために。


 神人が、精霊の頬にキスをして。
 さらには神人が、精霊の手の甲に、唇を落として。
 それぞれの、戦闘準備は完了だ。


●イヌティリ・ボッカとの共闘

「かつての敵は今日の友ってね。感慨深いわねぇ。初めて出会った時の衝撃を思い出すわ」
 とジルが言えば。
 千尋が「……今回は全裸ではないんですね」と呟いた。
「なに、俺様ってお前らの中で、そんなイメージなわけ? こんなかっこいいマントしてるのに?」
 ボッカが腕を広げ、ばさっ! とその『かっこいいマント』を翻す。
「いえ」
 千尋は真顔で首を振った。
「あの印象が強かっただけで、別に他意はないです」
「そうよ。それにあなたは今でも十分素敵よ。あとでサインもらえるかしら?」
 にこにこと微笑むジルに見つめられ、ボッカはすっかりご機嫌だ。
「俺様って、サインほしくなっちゃうほど最高?」
「うん、最高だよ!」
 ラティオが頷いた。
「見て来た中でも群を抜いて洗練された佇まい! 指先から髪一筋に至るまで麗しくて、直視するのも憚られるね!」
 語る顔には満面の笑み。言っていることもほぼ本音。その情熱に、ボッカがふん、と胸を張った。
「お前、なかなかいい目してるじゃねえか!」
 へへ、とはにかむラティオの横から、ひょこりと萌葱が、顔を出す。
「ボッカさん……様! こうなったら一蓮托生! 援護するので、あの辛気くさいオーラ吹き飛ばせませんか?!」
「おうおう、いいぜっ! あんなインテリ眼鏡、俺様には楽勝だぜ」
 ボッカが満開の笑顔で、返事をする。その肩を、翠雨が、ぱん! と叩いた。
「その強さ、信頼してるぜ!」
「ああ、まかせろ!」

 笑うボッカの横顔を見、シムレスはため息をついた。
 これまでボッカとは、敵として対峙してきた。被害も受けてきた身としては、共闘は複雑だ。だが、今のウィンクルムにとって、ボッカの戦闘力が大きな助けになるのは事実――。
 ボッカはインテリ眼鏡……もとい、グノーシス・ヤルダバオートを睨みつけている。
「……まあ、生還できたら考えるさ」
 言ってシムレスは、懐中電灯『マグナライト』を取り出した。

「くだらない茶番は終わりましたか。そんな男と手を組むなんて、ウィンクルムも落ちたものですね。それとも、ウィンクルムなぞと共闘するあなたの方が、地に落ちたのか」
 グノーシスは、能面のような顔で、唇だけを歪めて言った。
「はっ、ばっかじゃねえの!」
 吐き捨て、ボッカがグノーシスを指さす。
「お前は! もともと俺様のことなんてなんとも思ってねえだろうが! それにな、そういうのは俺様たちに勝ってから言うことなんだよっ!」
 ボッカは大きく手を振り上げた。
 ――直後。
 グノーシスが、地を蹴った。
「逃げるのかっ!」
 追いかけようとしたボッカの視線の先。きらりと煌めいたのは、マグナライトの光。
 シムレスと、ロックリーンだ。
「オーラがあっても、これなら効果があるだろう」
 懐中電灯が生んだ輝きに目を焼かれ、グノーシスが、眼鏡の奥の目を細める。その前を『閃光ノ白外套』をまとった李月が駆け抜けると――。
「くっ……」
 呻き、グノーシスは目を閉じた。その間に、ボッカが大きく手を振り上げる。
 が、グノーシスとて、ギルティだ。彼はボッカの攻撃の気配を察知すると、その場を高く飛んだ。ここならば、マグナライトや外套の光は追っては来られない。

(あんなところにっ……)
 ジルは、岩陰から、グノーシスの行動を目で追いつつ、呪文を詠唱していた。
 その前には、彼を守るようにして、千尋が立っている。
(ここなら気づかれないとは思いますが……)
 詠唱中、ジルは全くの無防備だ。万が一の場合には、千尋が前に出る必要がある。
 ちらり、目線だけで振り返ると、ジルは両手杖『祝福の桜』を両手に握り、素早く紅唇を動かしていた。
(それに……僕がちゃんと先生を守ることができれば、対等になれる気がするんです)
 片手剣『トランスソード』の柄を握り、しっかりと盾を構え、千尋は前を向いた。

 高く飛んだグノーシスは、数メートルも先に着地した。同じ位置にいれば、ボッカに狙われると承知しているのだろう。
 似合わぬスピードで走りながら、自分と同じ『絶望色のオーラ』をまとったボッカを、どうしたものかと思案しているようにも見える。
 その彼の前に、那音は走り込んだ。
「お前の敵は、ボッカだけではない」
 言うなり、気合いのオーラを放つ。
「あなたなど、敵の内に入りませんよ!」
 そう言うくせに、グノーシスの注意は、那音を向いた。
 その横顔を、萌葱の鉱弓『クリアレイン』が狙う。目くらましを狙ってのことだ、が。
「ワンパターンですね」
 その矢は、グノーシスによりあっさりはじかれた。
 だがギルティの目が、萌葱を探して動いた一瞬を、ボッカは見逃さない。
「はっ、なにがインテリだか! 動き止められて? 意識とられて? ウィンクルムの策略にはまってるじゃねえか!」
 ボッカは叫び、腕を振り上げた。
 パートナーを注視していた翠雨が、鋭い声を出す。
「那音、離れろ!」
 その声が響くのと、ボッカの瘴気を含んだ閃光を放つのが、同時。
「おらっ、俺様の『モテ☆ビーム』だっ!」

 鮮やかな光は、数瞬立ち止まったグノーシスに、まっすぐ向かって行った。
 ボッカはさらに腕を振るい、風の刃を生み出す。
「次は、『俺様を引き立てる罪な風』だっ! 行っけえええ!」
「あ、あああっ……!」
 強烈なエネルギーが、グノーシスの絶望色のオーラを打ち砕く。

 それこそが、ゼノアスにとってのチャンスであった。
「待ってたぜ、このときを!」
 ゼノアスは、体にシンクロしていたエネルギーを、いっきに放出した。
 弾ける圧倒的な力は、『コスモ・ノバ』。

「ぐうううっ……」
 爆風となった力が、グノーシスに絡みつく。
 彼の長髪は乱れ、眼鏡は嵐に吹き飛んだ。そして体には、細かな傷。

 そのタイミングで、シムレスは再び、インスパイアスペルを唱えた。
「深淵に刻む戒めの環」
 ロックリーンの手を取り、ウィンクルムの証である紋章に唇を落とす。
 二人の力を、二人で分けて、戦うために。


●改造オーガ、襲来

「くそ、せめてウィンクルムをっ……」
 エネルギーを受けながら、グノーシスはぱちりと指を鳴らした。
 その音が消えるや否や、焼けた土の中から、十体のオーガが現れる。
「オーガが!?」
 ノクスはすぐさま、自身を中心に、周囲に聖域を造りだした。
 彼の背後に立ち、ラティオが、片手剣『トランスソード』を構える。
「来るぞ、ラティオ!」
 ノクスは視線だけで、ラティオを振り返った。
 オーガたちはウィンクルムに向かって、迷うことなく進んでいる。そのうちの一体が、ノクスの前までやって来た。
 すかさず、片手斧『バッドエクゼキュータ』を振り上げる。オーガの胡乱な眼差しが、大きな刃を見上げた、そのとき。
「こっちだっ!」
 ノクスの背後から現れたラティオが、オーガを袈裟懸けに切りつけた。
 が、攻撃は敵の黒いオーラに阻まれ、届かない。
 相手はBスケールのオーガ。どこかに、金の鱗があるはずだ。
「それならこれはどうだっ!」
 ノクスは振り上げた斧を、渾身の力を込めて、振り下ろした。

 ガキィッ!

 鈍い音とともに、刃が数センチ、オーガの頭蓋に食い込む。傷からは、はらはらと金色の欠片が零れ落ちた。
「頭が弱点!」
 ラティオが嬉々として叫ぶ。

「……頭か」
 呟き、スコールは、鉱弓『クリアレイン』を引き絞った。だが狙うのは、オーガの頭ではない。彼らの頭上だ。
「まずは、敵の動きを止める!」
 クリアレインの矢は、太陽の光を反射しながら、中空を飛んでいった。その眩しさに、何体かのオーガが目を閉じる。
 その頭の上に、バトルハンマー『ルグドラ』による一撃が落ちた。ネロだ。
「これで、鱗が砕けるだろう!」
 パリン! と小さく甲高い音を上げて、狙い通り金の鱗が壊れる。
「やったぜ!」
 スコールが叫ぶ。
 オーラが消えれば、あとは攻撃するだけだ。

 その背後では、ハーランドが持つ片手銃『ジャックオーリボルバー』が、オーガの頭を撃ち抜いていた。
 金の欠片と血しぶきが同時に飛び散る中、恭樹が槍『ピースメイカー』で、敵を突く。
 だが、それだけでは敵はまだ、倒れない。
「ハーランド!」
 相棒を呼んで、飛びのく恭樹。そこに、ハーランドの追撃が。
 同じオーガに、翠雨の両手弓『フェアリーボウ』から放たれた矢が、突き刺さった。
 那音が駆け寄り、ショートソード『ゲートガーディアン』で斬りつけようとする。
 が。
 剣先が届く前、別のオーガが現れた。
 敵は血にまみれ、動かぬオーガをかばうように、那音の前に立ちふさがる。
 まだ、黒いオーラをまとった敵だ。こちらの攻撃は、届かない。
「……弱点は頭、だったな」
 那音はいったん下ろした剣の柄を握りしめ……それを、振り上げた。

 千尋もまた、剣を振るっている。
 オーガはなぜか、ろくに攻撃はしてこない。だが嫌がらせのように、ウィンクルムの前をうろうろ動くのだ。
「……まるで先生の集中を邪魔しようとしているみたいじゃないですか」
 エンドウィザードの攻撃は強力だが、スキル発動までに時間がかかるのが、辛いところ。
 千尋は正面にやって来たオーガの頭部に向かって、思い切り、剣を振り下ろした。
 金の欠片がきらきらと舞い、敵の黒いオーラが消える。
 そこに、片手剣『スプーンオブシュガー』を持ったシムレスが突撃した。
「協力する!」
 シムレスは、スプーンを振り上げた。それが当たると同時、オーガが甘い砂糖に包まれる。なんとも似合わない光景だ。
「あっ……!」
 攻撃を受けたオーガは、こちらに背を向け逃げていく。
「後は任せろ」
 すかさず踵を返したシムレスの背に、千尋が声を投げる。
「……ありがとうございます!」
 ここには、千尋が守るべき人がいる。だからシムレスは、千尋に代わり、動いてくれたのだ。

 ――と。
 周囲に、霧が生まれ始めた。
「先生……!」
 千尋が振り返る。
 ジルの『朝霧の戸惑い』が完成したのだ。

「なあんか、いい感じに霧が出てきたな!」
 グノーシスに対峙していたボッカが、にやりと口角を上げる。
 反対に、グノーシスは眉間にしわを寄せた。これでは呼び出したオーガが見えなくなってしまう。
「残念だな、オーガ、いいところで爆発させようとしてたんだろ?」
「……あなたにそんなこと、指摘されたくありません」
 グノーシスは手の内にあるスイッチを、きゅっと握った。
「どうせ見えないのならば、オーガが霧にまぎれて殺される前に、今すぐにでも爆発させてしまいましょうか」
 ぴくり、ボッカの眉が持ち上がり。
「まずいだろうよ、それは!」
 彼はグノーシスに背を向け、走り出した。

 ※

 その、少し前。
 ふと顔を上げたハーランドは、敵の指先が、何やら小さなものを持っていることに、気がついた。
「恭樹! やばい! グノーシスがなにかしようとしている!」
 オーガを斬りつけていた恭樹が振り返る。

 同時に蘇芳が、グノーシスを見やった。
「……なにかって……だめだっ! 萌葱、行くぞっ!」
「えっ!?」
 突然呼ばれても、オーガと戦っていた萌葱には、意味がわからない。
 それでも、切羽詰った声の響きに、彼は迷わず、蘇芳を追った。
 その後には、ラティオとノクス、李月とゼノアスが続く。
 途中、こちらにやってくるボッカと目が合った。
「スイッチを押させるな。オーガが爆発する」
 すれ違いざまの言葉に、一同が目を見開く。
 それは絶対に、阻止しなくては。

 ※

 オーガの群れの中、彼らがいたあたりでは。
「おい、こいつらなんかおかしくないか?」
 ネロが、金の鱗を砕かれ、瀕死となっているオーガを覗き込んでいた。
 耳を澄ますと、敵の体から、ジジジと音が聞こえるような気がする。
「これ、まずいんじゃないか……」
 呟きながら思うのは、このオーガを、なんとかしなくては、ということ。
 だがおそらく、考えている時間はない。
 それなら行動あるのみと。
「ええいっ!」
 ネロはスコールともに、オーガに体当たりを食らわせた。
 男二人、力いっぱいの勢いで、オーガが数メートルも吹っ飛ぶ。
 が、別の一体が、スコールに襲い掛かった。
「スコール!」
 ネロは、ワームの力を憑依し、白蛇の姿と化した斧を、オーガの頭に叩き込んだ。

 ――グアシャッ!

 何とも言えない音とともに、敵の頭蓋がえぐれ、血が噴き出す。
 それでもまだ、オーガは制止せず。スコールがさらなる一撃を加えても、敵が倒れることはない。
(……力が足りない)
 スコールは、ぎりりと唇を噛んだ。

 ※

 一方、グノーシスと対峙しているノクスもまた、歯噛みしていた。
 敵を狙った片手斧が、あっさり空を斬ったからだ。
 が、表情含め、これも作戦。
 すぐに背後から、片手剣『トランスソード』を持ったラティオが飛び出した。
 ノクスを盾の代わりとし、真っすぐ剣を突きだすラティオ。
 しかしその切っ先は、グノーシスの腕を、わずかに切り裂いたのみだった。
「ちょっと惜しかったですねぇ」
 グノーシスが、喉の奥でくつくつ笑う。
「このスイッチを押さないように、邪魔をしに来たんでしょう? どうせあの俺様ギルディに聞いたのでしょうね」
 馬鹿にするような口調に、ラティオもノクスも、無言を返した。
 それでもグノーシスは続ける。
「これ、押そうと思ったんですけど。霧で見えないのもつまらないので、考えていたところです」
 ギルティを睨みつつ、ノクスがふっと息を吐きだした。
(その余裕が、命取りだ)。
「どけ、ラティオ!」
 パートナーを下がらせて放つのは、渾身の想いを込めた、気合いのオーラ。
 グノーシスがはっとしたように、ノクスに意識を向ける。
 もちろん、本人が望んでのことではない。ノクスの力だ。
「余計な話をしている時間など、あったのか?」
 にやり、ノクスが口角を上げた。
 そのときラティオは、片手剣を振り上げている。

 ※

 ノクスが『アプローチ』でグノーシスを惹きつけている間に。
 萌葱は、蘇芳の頭をぽんぽんと叩いた。
「これで蘇芳が強くなる」
「ああ」
 頷き、蘇芳は背筋を伸ばす。
「行くぞ萌葱!」
 彼は走りながら、食人植物の力を、自らの防具に憑依させた。吸血バラに似た形に変形したそれは、蘇芳を今まで以上の力で、守ってくれるはずだ。

「おおおおっ!」
 蘇芳は両手剣『ウィーゼル』で、背後から襲い掛かった。
 敵は身を翻そうとするが、正面には、ラティオとノクスが控えている。
 しかも彼らには、先ほど斬りかかられたばかりだ。
「フェアではありませんね、あなたたちは……!」
 グノーシスが手刀を作る。狙うのは、当然目の前の蘇芳。
 が、その攻撃は、当たらない。攻撃の予感を察知したゼノアスが、横から強烈な一撃を繰り出したからだ。
「させねえよっ!」
「こちらだって、当たりませんよ!」
 瞬時に下がろうとするグノーシス。
 その目を、きらり。これまで陰に隠れていた、李月の『閃光ノ白外套』の光がくらませた。
「ぐっ……!」
 知略に長けた、と聞いていた男も、余裕と自信で、これほど崩れる。
 ゼノアスが生み出したエネルギーは、蘇芳とノクスの間を通り抜け、見事グノーシスを撃ち抜いた。
「あ、ああ……!」

 ……カラリ。

 グノーシスの手から、小さなスイッチが滑り落ちる。

 ※

 その頃、オーガに対峙していたウィンクルムたちは、ボッカと共に敵を倒した後、彼を囲んでいた。
「来てくれて助かったけど、なんで来たんだ? お前の敵はグノーシスだろ?」
 スコールの言葉に、ボッカの頬が、わずかに染まる。
 彼はまるで、吐き捨てるように言った。。
「お前らがっ! オーガの爆発で死ぬと思ったら、守ってやらなきゃって、体が動いてたんだよっ!」
(いい人だ……)
 ロックリーンが思わず、ボッカを見つめる。だが彼はすぐにふん! と顔を背けて、髪をかき上げた。
「ったく、ぎりぎりのとこに飛び込むかっこいい俺様を見せてやろうとしたのによぉ。爆発したって俺様なら、お前らに傷ひとつつけずに護れるんだからさ、オーガなんてふっとびゃよかったのに」
(……すねてるのか? よくわからない男だな……)
 シムレスは、ボッカにわからぬよう目をそらし、首をかしげる。
 なにせ彼は気分屋だ。変な態度を見られたら、やる気をなくされる可能性がある。
 今だって、すでにそっぽを向いている――。

 が、そこに、ハーランドの声が響いた。
「いや、ボッカは流石洗練されている。他と比べても、オーラが違う」
「そうか?」
 瞬時にきらりと輝くボッカの目。
 ハーランドはそれを見逃さず「ああそうだ」と頷いて見せた。
(ウィンクルムである私が、自由気ままなギルティをおだてて機嫌をとっているというのは、なんとも変なものだが……)
 それでも今は、ボッカの力が欲しい。

「しょうがねえなあ!」
 ボッカは満面の笑みで、ウィンクルムを見回した。
「そんなに言うなら、洗練された俺様が参戦してやるよ!」
 言って、足取り軽やかに、グノーシスと戦うウィンクルムたちのもとに向かって行く。
 その姿に、ハーランドはふっと息を吐いた。
「単純で扱いやすい男だな」
 もちろん、それは顔には出さず。恭樹と共に、ボッカに続く。

 先頭のボッカを見、自らも足を進めながら、シムレスは口の端を上げた。
(……味方なのが頼もしいのは確かだ。にしても、興味深い)
 ただの敵だと思っていた頃は、彼がこんな人間味あふれる性格だとは、わからなかった。
 いや、知る必要もなかったというべきか。
(ギルティにも、いろいろあるのだな)
 シムレスに並んでいたロックリーンは、横目に見た彼の表情に、目を見開いた。
「シムさんが笑ってる……!」
 この経験を楽しんでいるのだろうか。だとしたら、心強い。辛い思いをして戦うよりは、よほど体も気持ちも、軽くなる――。

 ※

 オーガと戦っていた辺りの物陰から。
(そろそろ、先生の詠唱が終わる……)
 千尋は目を凝らし、グノーシスと戦う仲間たちを見つめていた。
 仲間たちの活躍のおかげで、こちらにはオーガの一匹もいない。
 おかげでジルは、次に発動する魔法に、集中できている。
(でも……みんなは大丈夫だろうか)
 言えば、ジルが負担に思うかもしれない。だからこそ千尋は黙ったまま、武器の柄を握る手に、力を込めた。

 ※

 そしてこちらは、グノーシス戦である。
「ゼノ!」
 李月の放った矢が、輝くのと同時。彼はゼノアスを振り返った。
「おう!」
 ゼノアスが、グノーシスに両手斧『ローエングリンの斧』を振り上げる。
「そう何度も、同じ方法が通用すると思いますかっ」
 グノーシスが叫ぶも、その目は眩し気に、細められていた。
(ゼノの攻撃を避けるのは、難しいだろうな)
 並び戦っていた李月は思う。が、彼の手がふわりと上がるのを見、血の気が引いた。
「ゼノッ!」
 再び叫び、ゼノアスの前に飛び出す。
 グノーシスに向けて盾を突きだすも、それは敵の攻撃に、あっさり弾き飛ばされた。
「ああっ……!」
 手刀の先が、李月の額に触れる。
 この手が頭蓋を砕いたら、当然命は、ない。
(ごめん、ゼノ……!)
 死を意識し、守れなかった思い出の数々が、李月の脳裏に浮かんだ。
「終わりですよ」
 グノーシスの、冷酷な一言が鼓膜を揺らす。

 ――しかし。


●グノーシスの最期

「えっ……?」
 李月は声を上げた。
 突然、胸につけていたブローチ『プロテクトアメイズ』が輝き始めたからだ。
 それは柔らかな光で、李月の全身を包み込んだ。
 余裕を見せていたグノーシスの顔に、動揺が生まれる。
「手刀が、通らない……」
 その隙に。
「リツキ!」
 走り込んだゼノアスが、李月を抱えるようにして、グノーシスから引き離した。
 勢いあまってともに地面に転がることになったが、気にせず、体勢を立て直す。
「ゼノ、ありが……」
 言いかけ李月は、口を閉じた。目の前のゼノアスが、その背に、白と黒の羽をはやしていたからだ。
 こうなれば、彼はもう目の前にいる敵――すなわち、グノーシスしか見えない。
「行くぜっ!」
 ゼノアスが地面を蹴って、グノーシスに飛びかかる。
 ボッカのこぶしがグノーシスを襲ったのは、そのときだった。

「登場と同時に敵を殴りつける俺様! 速攻だぜ!」
「は、ああああっ……」
 まさに乱撃と呼ぶにふさわしい勢いに、クールな男の顔は、苦痛に歪み切っていた。その背に、ゼノアスの刃が襲い掛かる。

 さらには遠方から、ハーランドの銃弾が、グノーシスを撃ち抜いた。
 恭樹は隣で『逢魔鏡ショコラント』に、グノーシスの姿を映している。
 近付いて戦おうとしたが、ボッカの勢いに押され、後方支援に徹することにしたのだ。
(でもこれでよかった)
 ボッカはともかく、ウィンクルムの仲間は、多少なりともこの魔鏡の力に救われているはずだ。

「よくも……裏切り者の、あなたのせいでっ……」
 グノーシスが血走った眼で、ボッカを睨みつける。
 彼はどこからか注射器を取り出すと、それを無造作に、自らの前腕に突き立てた。
「くっ……」
 途端、彼の全身の筋肉が、まるで生き物になったかのように、ぼこぼこと動きだす。
「あー、何やってんだよ、お前はっ!」
「なにって、こういうことですよ……!」
 腕は、これまでの倍ほどの太さになっただろうか。
 グノーシスは、これまでとは比べ物にならないスピードで、手刀を繰り出した。
 狙いは、ボッカの首筋だ。
「やっば……!」
 慌てて身を引くボッカ。通常通りのグノーシスであれば、もやしインテリ眼鏡と罵ることもできようが、あの筋肉は、はっきり言って一段上だ。
 手刀が当たれば、万が一にも、オーラを突き破られるかもしれない。
 グノーシスと、ボッカの距離は、数十センチ。
 その、敵の手の甲に。
 翠雨が放った矢が、突き刺さった。同じタイミングで、那音が、グノーシスの腕を斬りつける。
 そのすぐ後には、ラティオの剣とスコールの放った矢が、彼の両足を貫いた。
 筋肉で力は強くなったしても、肌が鋼鉄になるわけではない。刃は刺さるのだ。

 ――それでも。
 グノーシスは、倒れない。
 彼は、腕から足から血を流してなお、また手を持ち上げようとした。
「ボクは、負けるわけにはいかないんですよ……!」
「そりゃ奇遇だな。俺様たちも、負けるわけにはいかねえんだ」
 唇を噛みしめたギルティと。
 にやり、片頬を上げ、嗤うギルティが睨みあう。

 そのわずかな沈黙を奪うようにして、千尋の声が響いた。
「みなさん、離れてくださいっ!」
 はっと振り向くウィンクルムが見たものは、魔法によって生み出された、大きな力。
 ジルが生み出した一撃だ。
「行くわよっ!」
 仲間が飛びのくと同時、ジルは、炎のように熱いエナジーを照射した。
 それは、足を怪我して動けぬグノーシスの、胸の中心を撃ち抜いた。

「ぐあああっ……」
 グノーシスの、断末魔の叫びが響き渡った。
 体中の水分が沸騰し、内臓が、燃える。
 しかも熱は、攻撃が当たった当初から、じわじわと温度を上げていった。
「こ、こんなところでっ……」
 体の傷から溢れるはずの血が、乾ききって肌にこびりつく。
 傷を負ってなお、無理やり動かしていた手足が、一気に重くなった。
 がくり、いったん膝をつけば、崩れ落ちるのは、あっという間だ。

 ――果たして、グノーシスは倒れた。
 ボッカが仰向けになったグノーシスの胸を、ぎりと踏みつける。
「俺様とリヴェラと。ここにいるウィンクルムたちと。まあ付け加えてやるならハインリヒとヴェロニカも? お前は見下して馬鹿にしてたんだよな。こうやって踏みつけにしてたってわけだ」
「ぐっ……はっ」
 グノーシスの眉間に、深いしわが寄った。が、彼は口元に笑みを浮かべる。
「……そうやって、憤っていられるのは今の内だけですよ。ボクが消えても、世界は壊れます。イシスの、ジェンマに向けた愛によって……」
 グノーシスの顔から、表情が、命が、消えていく。
「……壊れねえよ。こいつらの仲間が、イシスを殺すからな」
 ボッカは呟き、ウィンクルムを振り返った。
「俺様はいつだって正しい。お前らの仲間はイシスをぶっ殺す」


●VS イシス 戦いの前に

 周囲の土地は、焦土と化している。
 しかもこれから待つのは、命がけの戦いだ。
 にもかかわらず、ネカット・グラキエスは、顔を上げて高らかに断言した。
「私とシュンの仲は、誰にも邪魔させませんっ!」
「なんだよそれ」
 俊・ブルックスが苦笑する。
(それが戦いの前に言うことなのかよ)
 でもこの明るさと素直さがあるからこそ、いつだって二人で、前を向いてこられたのは事実でもあった。
「輝け、凍てつく虹光」
 言い慣れたインスパイアスペルを唱え、俊はネカットの頬に、唇を寄せた。


「こんなところで負けられないよね! シャミィ」
「ああ、リノの……いや、俺らの夢を、叶えないといけないからな!」
 よし頑張るぞ! と願いを込めて。
 ユズリノとシャーマインは、向かいあった。
 いつか、シャーマインが運転する、おもちゃのようにかわいい車で、海岸線を走って。
 たどり着いた街で、ユズリノが作ったお菓子を売るのが夢だ。
 その日のために、今は戦いに身を投じよう。
「女神リンゴのご加護を」


「今回は無傷で帰らないとな! 前のときみたいに、猫たちに驚かれたら困る」
 セイリュー・グラシアの隣で、ラキア・ジェイドバインが深く頷いた。
「あのときはみんな、俺たちを心配して、ずっとくっついていたものね」
 わが子も同然の子らが寄ってくるのはかわいらしいが、心配をさせてしまったのは、申し訳なかった。
 だからこそ、今回の二人の目標は、「元気に戦いに勝とう!」なのである。
「滅せよ」
 声高らかに、セイリューはインスパイアスペルを唱えた。
 イシスも、オーガも、人々の幸福を邪魔する者は、みんな、消えてしまえ。


「まあラストバトルらしいし? 気合い入れて戦わないとね。あきのん」
「今? それ呼ぶか!?」
 眉を吊り上げた天原 秋乃に、イチカ・ククルはけらけらと笑った。
 でも、このくらいの軽さがいいと、秋乃は思う。
 誰かではなく、敵でもなく。
(イチカがいつか、俺だけを見てくれたら……なんてな。それこそ今考えることじゃない)
 今はただ、勝利を目指して。秋乃はこの言葉を口にする。
「力よ集え」


 ハインリヒとヴェロニカを苦戦の末に倒した今。
「残るは、イシス……」
 ヴァレリアーノ・アレンスキーは呟いた。
 右瞼から頬へ伸びた傷に、指先で触れる。
「アーノ」
 アレクサンドルの、たった一言が、ヴァレリアーノの闘志を増幅させる。
 彼は呟く。
「委ねよ、夜の帳に紛れし契約の名の元に」


「俺は、俺に出来る事を、やり抜くまでだ」
 何度となく自らに言い聞かせてきた言葉を口にして。
 蒼崎 海十は、こぶしを握り、フィン・ブラーシュを見上げた。
 戦うのは、誰かのためではない。自分自身の未来のためだ。
 願いは、イシスを倒し、日々の中で夢をかなえていくこと。
 目の前のフィンと――。
「共に往く、共に生きる。」こと。


 古代の森に張ったテントの前で、並んで星空を見上げたのは、つい最近のことだ。
(あんときの星も綺麗だったけど、きっと、他のとこには、もっと星が見えるとこもあるべさ)
 瑪瑙 瑠璃は、目の前にいる瑪瑙 珊瑚をじいと見つめた。
 大学院を卒業したら、珊瑚と二人、ミッドランド大陸を周遊することが、目下の夢。
 その夢を叶えるためには。
 いや、来年の冬、スノーボードに行く約束のためにだって、イシスは倒さなくてはならない。
(おれ達は、出会うべくして出会った……そう思ったのは、間違いじゃない)
 力を合わせれば、勝てる。
 そう信じて、瑠璃はインスパイアスペルを唱えた。
「ラピスアトゥイ・ウルマヌナダグァ」


 ハインリヒとヴェロニカ。二人のギルティを相手にしたギルディガルデンでの戦いでは、みながなかなかに、痛い思いをした。
 それでも生還し、また、命を賭した戦いに出る。
「ほんと、毎回毎回……死ぬかも死ぬかもって」
 柳 大樹は苦笑した。
 いったいいつになったら、クラウディオとしっかり話す時間がとれるのか。
 ――否、その時間を作りだすためにも。
「在るがままに在れ」
 大樹は、命の駆け引きをするたびに、口にしてきたインスパイアスペルをまた、唱えた。


 パートナーのコーディと、共に暮らし、指輪の交換をし、彼の両親にも会った。
 今後の道筋は、すっかりできている。
 それなのに、神の愛のもつれによって未来が消えるなんて、おかしなことだ。
「そんな将来、私の占いでは見えませんからね」
 ひとりごち、ルゥ・ラーンは、インスパイアスペルを口にした。
「心の赴くままに往きましょう」
 そう、何事も気の向くまま、意識の向くまま。
 今はそれが、目の前の戦いであるというだけだ。


 神人が、精霊の頬にキスをして。
 さらには神人が、精霊の手の甲に、唇を落として。
 あるいは精霊が、神人の頬に口づけて。
 それぞれの準備は完成だ。


●陽動、開始

「ミラスは『フォトンサークル』を頼む。リーガルドは援護射撃だ。ユウキとセナは適宜支援を!」
 ヴァレリアーノは、自らの片手剣を引き抜きながら、大きな声を出した。
「了解!」
 重なった四人の声。彼らはすぐに、適所へと散っていく。
 だが、この焦土にいるはずのイシスの姿を、ウィンクルムはまだ見つけられていなかった。
「まさか、どこかに隠れてるなんてことないよな」
 『無殺印』をつけ『叛逆ノ黒外套』をまとった俊が、周囲に目を凝らす。
 転がっている大きな岩以外に、身を隠すようなものはない。――が。
「……来た!」
 俊の声に、シャーマインがすぐに、自身を中心とした聖域を造りだした。
 だが彼の力だけで、ここにいる全員をカバーするのは到底無理だ。
「こっちは任せて!」
 ミラスもまた、シャーマインの力が届かぬ場所に『フォトンサークル』を展開した。
 そして、さらに。
「セイリュー、行くよ」
 ラキアの生み出す光輪が、セイリューの体を守護すべく、その周囲で光り輝く。


「そんなもので、私の攻撃に耐えられると思うのか」
 イシスは、闇色に染まった瞳で、一同を見回した。
「さあ、どうでしょうね」
 言うなりネカットの周囲から、深い霧が発生する。
 ミラスとシャーマインの聖域プラス、この霧があれば、仲間はそれなりに、護られるはずだ。
「……こざかしい」
 眉を寄せ、不快を露わにするイシス。
 彼にとってみれば、この程度のものならば、吹き飛ばすことができるという自負があるのだろう。迷わず、右手を持ち上げる。
 しかしそのイシスの頭上に、きらり、ラキアが生んだ鮮やかな光が輝いた。
「念には念を入れないとね」
 さらには、ユズリノの『マグナライト』も、イシスの目を狙う。
 そうなると、まるでスポットライトでも浴びているかのような眩しさだ。
 これにはイシスも、目を細めた。
 そこに、チャンスを見逃さず、セイリューが走り込んでいく。
「覚悟しろ、イシスッ!」
 調律剣『シンフォニア』の、美しい曲が鳴り響く。イシスはその音楽に、顔をしかめた。
「先に殺してほしいというなら、してやるが?」
 さきほど振り上げたままの手が、真っすぐセイリューに向く。
(来るかっ!)
 ラキアの光輪をまといながらも、それだけを頼りにすることはなく。
 セイリューは、『エレガンスパラソル』をぱっと開いた。
「そんな傘など……」
 言いかけたイシスの言葉が、止まる。レースに彩られた美しい傘の向こうから、イチカが飛び出したからだ。
「見えなかったでしょ?」
 にこりと笑ったイチカは、つま先で大地を踏んで、素早くステップを踏んだ。
 双刀『カイン&アベル』をきらめかせ、押しては引き、ひいては押して、イシスにつかず離れずの距離を保つ。まるで、剣舞を見ているかのような、軽やかさだ。
 それもそのはず、イチカは、攻撃はすべて、『絶望色のオーラ』ではじかれるとわかっている。
 だからあえて、イシスに纏わりつくように大仰に動き、注意を引いているのだ。

 その隙に、ヴァレリアーノが武器を振り上げた。
 片手剣『スプーンオブシュガー』……粉砂糖が、イシスの眼前に舞い散る。
「ジェンマが今のお前を見たら、どう思うだろうか」
 甘い香りと細かな白、そしてヴァレリアーノの言葉に、イシスは眉をひそめた。
 ヴァレリアーノは、さらに続ける。
「きっと、良い顔はしないだろうな。だからこそ、彼女はウィンクルムを遣わしたんだ」
 イシスは黒い瞳で、ヴァレリアーノを睨みつけた。
「だとしたら、なんだ? そもそもお前のような子供に、なにがわかる。私はジェンマを、迎えに来たにすぎない」
「それなのに、出てこないのならば、ジェンマはお前を拒否しているということだろう」
 アレクサンドルが、冷静に言い放った。
 手に握るは、ウルフの力が乗り移った両手斧の『ゴシックチャペル』。
 それは狼の牙を見せつけ、威嚇するように、があっ! と大きく口を開いた。
「貴様らに、何がわかるっ……こんな、ウィンクルムなんかに……!」
 斧の刃を、身をよじることで避け、イシスは右手を突きだした。
 瘴気をまとった手のひらが狙うのは、アレクサンドルの心臓のあたり。
(くるか)
 アレクサンドルが、とっさに背後に飛ぶも、イシスは驚異的なスピードで、距離を詰めてくる。
 先ほどの指摘によほど動揺したのか。神であるギルティの顔は、すっかり血の気をなくしていた。

 その、イシスの周りに。
 彼の歩みを邪魔するように、コーディが、等身大の鏡を出現させた。
 オーラをまとっているイシスでは、たとえ自らの攻撃が反射されたとしても、実害はないだろう。
 だが今回の狙いは、そこではない。
「一度、自分の胸に手を当てて考えてみたら? 自分のジェンマへの想いが、本当に愛か。ただの執着じゃないのかってね」
「……だから、やかましいと言っている!」
 イシスは、鏡を割り砕いた。明らかなる怒りが、コーディに向く前に、ルゥが大きな声をだす。
「だって、ジェンマ様のチャームポイントとかっ! 言えるんですか!?」
 この場にそぐわぬ問いだという自覚はある。でもしかたがない。イシスの意識をコーディからそらすために思いついたのが、これだったのだ。
 それにイシスも――。
「チャーム、ポイント……?」
 まるで言い慣れぬ単語を初めて口にしたときのように、不思議そうな顔をしているではないか。
「そうですよ、大好きなところです!」
 これ幸いと、ルゥが続ける。
 イシスは一瞬、ふむと考えるそぶりを見せ――その頬を、赤く染めた。
「それこそ、貴様らには関係ないだろう!」

 そのイシスの左右から。
 セナ・ユスティーナと、ユウキ・ミツルギが、斬りかかった。
「関係はないけどさっ! 好きな人の好きなところ一つも言えないって、悲しくない?」
「そうそう、多分、ここにいるウィンクルムはみんな言えるぜ! 言わないだけでっ」
 セナの剣は上腕を、ユウキの鎌は首を狙う。
 それを避けもせず、イシスは声を張り上げた。
「私だって言える!」
「なら言ってみなよ!」
「そんなことは、人前で言うことではない!」
 セナとユウキ、二人の言葉はイシスを混乱させることができた。
 が、刃は、敵の体には当たらない。
 剣はオーラがはじいたし、鎌はイシスが、手のひらで遮った。
 ――にもかかわらず。
「ぐっ……」
 遠方から飛んできた、リーガルド・ベルトレッドの銃弾は、イシスの太腿をかすめた。

「攻撃が、通じた?」
 身を隠し、イシスの様子をうかがっていた秋乃が呟く。
 イシスは今、リーガルドの弾で傷ついた腿を、手のひらで拭っている。
 その手は、先ほどユウキの鎌を受け止めたものだ。
「ということは、鎌はオーラではじいて、銃弾は弾けなかったと考えるべきだな。オーラが不安定になっているのか……?」
(試す価値は、ある)
 秋乃は、片手杖『封樹の杖』を手に、その場を飛び出した。
 一時的に、植物が協力的な行動をとってくれるという、不思議な杖だ。
 だが、焦土にある植物らしいものといえば、枯れ木状態の樹木のみ。
(あれでも大丈夫か?)

(……秋乃!)
 ひらひらとイシスの周囲を舞いながら、イチカは秋乃が走ってくることに気がついていた。
(何してるの、身を隠して警戒を呼びかけるって言ってたのに)
 よそ見をしている間にも狙われないのは、イシスに対峙する仲間が多いからである。
 とくにシャーマインは、気合いのオーラを放ち、イシスを引きつけている。
 ユズリノはその隣で、片手剣『スプーンオブシュガー』を振るっていた。
 シャーマインの、何度目かのフォトンサークル内から出ないよう注意しているとはいえ、敵全面、前衛での攻撃役である。
「まったく、貴様らはちょろちょろと……まとわりつくしか能がないのか」
 イシスの目が、ぎろりとユズリノを向く。
 その殺気を、式占盾『六壬式盤』は、ユズリノにしっかりと伝えた。
(近付きすぎた……!)
 ユズリノがすぐ、背後に下がろうとする。
 ――が、彼が去るより早く。
 イシスが、ユズリノに向けて、一歩を踏み出した。
「遅い!」

 秋乃は『封樹の杖』を握る手に、力を込める。
(イチカの目の前で、誰も失いさせはしない!)
 だからどうか、と願いを込めて。
 命失いかけし、枯れ木に杖を向けた。

 ――イシスが、瞠目する。
「なんだこれは、なぜっ」
 ユズリノを追い進む足首に、突如、ぐるり、枯れ木の枝が絡みついたのだ。
(やった!)
 秋乃の口角が、一瞬上がる。だが喜んだのもつかの間、イシスは瞬時に枝を踏みつぶすと、杖を持つ秋乃に向けて、手を振り上げた。
 五指に集約していく瘴気。小さな刃が生み出され、それが――秋乃を狙う。
「生意気な神人めっ!」
「秋乃っ!」
 イシスに対峙していたイチカは、とっさに踵を返した。
 考えるより先に体が動き、正面から秋乃を抱え、地を蹴った。
 双刀使いは、盾を持てない。身を守る術が、少ないのだ。
「ちょ、イチカッ!」
 それでも衝撃は抑えきれず、二人の体は、焦土の上を吹き飛ばされた。

 黒く焦げた大地に、秋乃とイチカの背が落ちる。
「俺の出番は、なくてよかったんだけどね!」
 ラキアはすぐに、頭上に、疑似的な太陽を作りだした。生命力に満ちた光が、ウィンクルムたちの周囲一帯に、降り注ぐ。
 戦う仲間や敵と一定の距離を置いているのは、自身が守りの要と自覚しているからだ。
(それに、俺が前に出なくても、セイリューが動いてくれるから)
 ウィンクルムになった当初は、困っている人を放っておけず、勢いで前に出がちな彼を、心配したこともある。
 でも今は、それがセイリューなのだとわかっているし、信頼してもいた。
(セイリューなら大丈夫、そう思わせてくれる、不思議な力があるよね)

 そして、予想通り。
「大丈夫か?」
 セイリューは、秋乃とイチカに駆け寄った。
「ラキアが回復してくれてるから……体力が戻るまで、ちょっと休んだほうがいいぞ」
「あ……ああ」
 秋乃が小さく、声を返す。
 イチカもまた、ゆっくりと目を開けた。
 二人が無事であったことに、セイリューがほっと息を吐く。

 一方で。
 シャーマインの斧が、イシスに落ちた。
 彼は叫ぶ。
「イシス、お前は本当に、これでいいのか!?」
 普段ののんびりした笑顔からは想像できない、真剣な表情。
 力を込めて振り落とした刃は、数センチほどの深さ分、イシスの肩の肉をえぐっていた。
 イシスが失笑する。
「いいもなにも、この道しかなかったのだ、私には」

「そんなはず、ないと思うけどね」
 そう言ったのは、大樹だ。
 彼は、敵のオーラが不安定になっていることに、気づいている。
(でも今は、攻撃を当てることより、イシスをこの場にとどめることが肝心だ)
『愛の花弁』を持つウィンクルムは、それぞれの場所に待機しているはず。
 それなのに、イシスが動き続けているのは、発動のチャンスがないということだ。
 大樹は、両手槍『氷瀑の龍槍-トリシューラ-』の先端を、イシスに向けた。
 敵に当たるぎりぎりを狙って突けば、イシスは明らかなる渋面。
(怒ればいい。冷静さを欠いて、弱点を見せればいい)

 その大樹の前に。
 クラウディオが作りだした、彼自身の分身が現れた。
 四人の幻影が、イシスを四方から取り囲み、八つの青い瞳が、射抜くようにイシスを睨みつける。
「ふっ……」
 無言の圧に、イシスが息を止めたのは一瞬。
 間から、本物のクラウディオが、手裏剣『シャドウミスト』を放った。
 武器はオーラにはじかれず、刃は、見事イシスの肩に突き刺さり――。

 パリィン……と何かが割れる音が響いた。
 シャーマインとクラウディオ。二人の攻撃が同じ場所を突いたことにより。

「オーラが、壊れた?」
 いよいよ本当に、全部クリアになったのか。
 大樹が呟く声を聞き、イシスの背後で息をひそめていた、瑪瑙と珊瑚が頷きあった。
(だったら……狙うのは、今!)
 瑪瑙は声を発さぬまま、希望の光『スヴィルカーチ』を構えた。両手銃の銃口を向けるのは、イシスの右脚だ。そして珊瑚は、イシスの背を的に、双剣『ポトリーダブルナイフ』を強く握る。
(行くぞ!)
 どちらともなく頷きあって、まずは、ガウン、と一発。
 走り込んだ珊瑚の刃が、イシスの肩から腰に掛け、大きく裂く。
「……はっ」
 気づかないまま受けた攻撃に、イシスはうめき声を上げた。銃弾が命中した腿からは、どろりと血が流れ落ちている。背も同様に、赤いものがしみ出した。
「伏兵がいたとはな」
 イシスが振り返る。彼は近く、双剣を構えた珊瑚に向けて、手を振りあげた。
「珊瑚っ!」
 瑪瑙の銃口が、イシスの眉間に向けられる。珊瑚は体を低くし、両手の剣を構えた。そのまま地面を蹴れば、イシスの胸を狙うことができる。
 が、実際に動く直前。イシスの瞳に、きらと輝く光が直撃した。
「な、んだっ……!」
 目を細めたイシスの前に、『閃光ノ白外套』を羽織り、短剣『クリアライト』を持った海十が走り抜けたのだ。
 その彼と並走するのが、フィン。両手には、正邪の力をもたらす魔銃『ディバイン・オーミナス』が握られていた。
 フィンは走り抜けざま、左右のトリガーを引いた。
 蒼と紫の銃口から飛び出た銃弾は、真っすぐイシスの胸の中央へ。背をそらし、ぎりぎり避けるも、イシスの体勢は大きく崩れた。
(まずはここから、離れるか)
 狙いを定めてウィンクルムに攻撃しようにも、こう続けて狙われては、厄介だ。
 イシスはぎりと唇を噛みつつ、周囲を探った。
 が。
「……行かせない!」
 背後には、両手槍『チエーニ軍専用槍』を持った俊が、構えていた。
「どけっ!」
 神人ならば、精霊よりはいささかましだ、とでも考えたか。
 槍の届かぬ距離を、イシスは走り抜けようとする。だがそれを、回り込んだフィンが遮った。
「残念だったね! 君はもう、逃げられない」
 今度こそ、銃弾はイシスの胸をえぐる!
「はっ……」
 瞬時に体をねじるイシス。弾はなんとか急所をそれたが、肌肉には食い込んだ。血が溢れ、イシスの体を朱に染める。
 俊が退いたところには、アレクサンドルが突っ込んできた。ウルフの形をした武器が、イシスの低いところをあえて狙う。避けようとした腰を切り裂かれ、イシスは苦痛の声を上げた。

 だが、攻撃はそれだけでは終わらない。
 これまで詠唱を続けていたネカットが、燃え上がらんばかりに熱い力が生んだのだ。
 イシスのオーラが消え、怪我を負った今なら、狙いが外れることはない。
「行きますよっ!」
 ネカットは、焼け付くエナジーを、イシスに向けて真っすぐに放った。
 体の芯から燃え上がり、全身の水分がすべて蒸発しそうな熱が、イシスに襲い掛かる。
「あっ、あああ……」
 イシスはがくりと膝を折り、両の手を地につけた。


●祈りの前に

「そろそろか……」
 仲間の戦いを見、テオドア・バークリーは呟いた。
「トランスだよね」
 ハルトが、この場にそぐわぬ満面の笑みを見せる。
「俺達の愛の力で、ぜーったいに、花弁の力を発動させようぜ!」
 この大きな戦いを前にしても、彼の明るさは相変わらずだ。
 テオドアは半ば尊敬しながら、抱き着くべく伸ばされた手を払いのけた。
「え~? だめ?」
 見えないわんこの耳を垂らし、こてりと首をかしげるハルトに「今はそういうときじゃないから」と言ってやる。
 くっつくのを拒否はしても、嫌いじゃないし、むしろ好きだし――。
「信じてるぜ」
 決められた言葉に重なる想いは、心の底からの本音だ。


「鴉さん、今回もよろしくお願いしますね」
 鳥飼は、黒きパートナーに微笑みかけた。
「主殿、どうされたんですか?」
 突然の挨拶に、鴉はそう言いつつも、同じく笑みを返してくる。
 花弁発動のために、どれほど想いが必要か。
 わからないが、今感じている幸福をそのままのせれば、大丈夫だろうと、鳥飼は信じている。すべては。
「この先の為に」


「僕にはゼクのいる世界が必要だから、キミ一人の我儘には付き合ってられないな」
 柊埼 直香はそう言って、ちらり、イシスに目を向けた。
 ゼク=ファルもまた、神たる男を一瞥する。
 言わぬ言葉は。
(捻くれ者から漸く言葉を引き出したんだ。これまでの努力を無にするな)
 だが無口な彼のその心情を、直香はしっかり察していた。
(……ゼクは、地の底でもどこへでもついてくると言った)
 なればこれから、戦いへ。
「事、総て、成る。」


 おそらく、この戦いが終わったら、この世からウィンクルムという関係はなくなるだろう。
(神人なんて、体質みたいなものだと思っていたのに)
 ハティはぼんやりと、足元を見下ろした。
 選んだ武器は、自分には似合うはずもない、女神の力がこもった杖。
 まるで魔法少女が扱うような愛らしいそれを、ハティは握りしめる。
(いいんだこれで)
「Baleygr」
 今回は、パートナーを守るために。彼にすべてを託す。
 五年、十年.彼と添うために。


 初瀬=秀は、イグニス=アルデバランの顔を見上げ、嘆息した。
「イシスもお前くらい、まっすぐだったらなあ……。こんなことにはならなかったろうに」
「ふふ、お褒めいただきありがとうございます」
 にこりと笑ったイグニスに、秀は、そういうところだよ、と思う。
 愛を誓った相手に、秀は夢想花の花畑の中で告げた言葉を、もう一度口にする。
「勝ちに行くぞ、『騎士様』?」
「私たちの愛の力をお見せしましょうね、『お姫様』!」
 再度の台詞を返すイグニスに微笑み、秀はインスパイアスペルを唱えた。
「顕現せよ、天球の焔!」


 小説家として活動する新月・やよいのモットーは『物語はハッピーエンドで』である。
 生きる世は、フィクションではない。
 だが幸福を求めるのは、本の登場人物も、現実の人も同じこと。
「だから、この戦いも、ハッピーエンドで終わらないといけないんです」
 バルトと二人、命を賭して、それを捨てることもいとわないけれど。
 本当は、彼と肩を並べられるか、不安もあって。
 でも、この言葉は、そんな新月に力を与えてくれる。
「独りじゃない」
 力を得るための言葉を口にして、新月は細く、息を吐いた。


 戦いに赴く前。
 信城いつきは、レーゲンやミカと共に、これから開くアクセサリーショップの名を決めた。
『手の中の花火』
 一人一人の手の中で、輝く大切なもの。
(僕にとっては、レーゲンとミカは、花火だ)
 誰もが大事なものを失わなくてすむように。未来を生きていけるように。
 いつきはインスパイアスペルを口にした。
「解放!」

 神人が、精霊の頬にキスをして。
 さらには神人が、精霊の手の甲に、唇を落として。
 あるいは神人が、精霊の頭をとんとん、と撫ぜて。
 唇と唇を、重ねて。

 イグニス、いつき、レーゲン、テオドア、鳥飼は、女神ジェンマより授かった花弁を取り出した。
 あとは、イシスと仲間の戦いを見守り、発動のタイミングをはかればいい。

 ――だが、それは、いつ。


●イシスの怒り

 ウィンクルムの猛攻に、イシスは小さく舌を打った。
 もはや、彼らを相手にしていることが面倒になっていた。
 ただジェンマへの愛を貫き、彼女とともにありたいだけなのに、どうしてこうも邪魔されなくてはならないのか。
(最初に私を切り捨てたのは、神ではないのか。加担するウィンクルムなど――)
「次元に、飲み込まれるがいい!」
 よろり、立ち上がったイシスの両手が、ゆっくり持ち上がる。それは彼の胸の前で、ぴったりと合わさった。

 おそらくあれは、話に聞いていた、『次元融合』の仕種。
「まずいっ」
 秋乃は、再び『封樹の杖』を手に、飛び出した。
 さっきはうまくいったのだからと、杖にシンクロし、朽ちかけた枯れ木にまた、協力を願う。
 だが枯れ木は先ほど、イシスに踏みつぶされたものだ。今度はなかなか、いうことを聞いてくれない。

 平坦な荒れ地、周囲に仲間はいても、攻撃を避けるものはなく。
 イシスは、大きな攻撃を繰り出す最中。

「秋乃っ! なにやってるの!」
 イチカが秋乃の前に出る。彼はそのまま、イシスを攻撃した。
 『次元融合』に力を使っている彼は、いったん消えた『絶望色のオーラ』を、再度生み出す気はないらしい。腕に、見事狙った通りの傷がつく。
 ヴァレリアーノとアレクサンドルも、それぞれの武器を振るい、イシスに飛びかかった。
 クラウディオは、イシスの集中をそらすべく、大地に伸びた影へと手裏剣を放つ。
 その横を通り抜け、大樹は敵に、斬りかかった。

(なんとしても、あの技が完成するのは、阻止しなくては!)

 一同の目標は同じ。
 しかし、その願いは届かず。
 イシスの前に、瘴気が凝縮されたような、小さな黒い球が生まれた。

(あの、体の前で合わさっている手を離すことができれば……攻撃は中断されるかもしれない)
 海十は、神符『詠鬼零称』を取り出した。ほのかに淡い光を放つそれは、強大な闇を払う力を持つと言われている。
 が、このままイシスの動きを止めても仕方がない――。
「フィン!」
 振り返り、名を呼ぶ。それだけで、彼には伝わったようだ。
「任せて!」
 フィンがすぐさま、狙いを定めて、トリガーを引く。
 ドウ! と放たれた銃弾は、見事イシスの手首を撃ち抜いた。
「くっ……」
 痛みにイシスの手から、力が抜ける。離れたのは、おそらくは指先のわずか数ミリだけ。
 でも、全部がくっついているよりは、ましだ。
(……効くと、信じて!)
 海十が、神符に願いを込める。

 ――と。
 イシスの両手が、両手だけが、そのままの形で、石のように固まった。

 そのイシスの周囲を、コーディのタロットカードの幻影が囲む。
 カードの絵図は、彼が切望している女神ジェンマ。
 それに隠れて詠唱するのは、ジェンマの慈悲と恩恵、奇跡について書かれたバイブルだ。

「ぐ、あああっ……」
 わずかに離れた指先を震わせ、イシスが低く、呻き始める。
 バイブルの甘美な描写は、悪しき思いにそまったイシスの心を震わせるには、十分なものだった。
「くそう、ジェンマ……なぜ、私を苦しめる……。なぜ、受け入れてくれない……」
 全身に力を込め、脂汗を流しながら、イシスが震える声を出す。

 ※

(あれが発動したら……)
 瘴気が集まった黒き球を、星の形を作るウィンクルムたちは、緊張の面持ちで、見つめていた。
 でも、イシスが止まっているのは、五芒星の中央。
 ある意味、花弁発動のチャンス、かもしれない。


●『愛の花弁』発動

 周囲には、霧がかかっていた。
 イシスから姿を隠し、少しでも仲間を守るためにと、ゼク=ファルが生み出したのだ。

「おそらくは……今が好機です、主殿」
 花弁を握り、鳥飼は頷いた。今彼が立っている場所は、鴉が五芒星の一角として、的確なところを探してくれたものだ。
 冷静な彼は、いつだってこうして、鳥飼をサポートしてくれてきた。
(ああ、隼さんも……ですね)
 神人を護るため、厳しい修行の中で育てられた彼もまた、鳥飼を守ってきてくれた――。
 そんな隼と、『恋の花』に息を吹きかけ色をつけたのは、懐かしい思い出だ。
(鴉さんとも、いろいろなことをしてきましたね)
 廃病院の肝試し、天空塔で、不思議な花火を上げたりもした。
 もちろんオーガ討伐にも出かけたし、仲間を助けに行ったこともある。
 人を信じることを得意としない彼が、寄り添ってくれたこと。
 そして今もなお、隣にいてくれることが嬉しい。
 しかも彼は、今後の関係についても、鳥飼次第と言ってくれたのだ。
「鴉さんや隼さんに出会えたことが幸せです。この先、ウィンクルムでなくなったとしても一緒に楽しく過ごしたい。いえ、きっと過ごせるはずです!」
 鳥飼は、手の内にある花弁に、想いを告げた。
 その言葉は、当然傍らに立つ、鴉の耳にも届く。
 が、彼は何も言わず。ただその口角は、ひっそりと笑みの形を作っていた。

 ※

 いつきは、星の一角で、花弁を抱くように、胸に押し当てていた。
 想うのは、これまで寄り添い支えてくれた二人の精霊、レーゲンとミカのことだ。
 記憶をなくしている間も、取り戻してからも同じように接してくれるレーゲンも。
 いつきを励まし褒めて、見守ってくれるミカも。
(両方、大好きなんだ。これから開くお店だって、二人がいるから、うまくいくって思える……)
 戦いの前。レーゲンが作ってくれたサンドイッチを食べながら、みんなで店について話した夜は、今後、これからのいつきを導く道しるべとなるだろう。
「ここまでずっと、支えてくれた二人の気持ちが嬉しかった。辛い時も、幸せだった。それなのに、なかった事にしたくないよ」
 うつむいていた顔を上げ、いつきははっきりと告げる。
「この世界が愛だけの、幸せだけの世界でなくてもいいよ。俺達は一緒に幸せに『なる』んだ」


 レーゲンは、花弁の一枚を手に、ふっと息を吐いた。
 かつての自分ならば、いつきの傍に寄り添うことを望み、離れて花弁を持とうとはしなかっただろう。
 でも、今は違う。
(いつきは、強くなった)
 その成長を、ずっと見守ってきたからこそ、よくわかる。
(イシスは、ジェンマと育てていた愛を、信頼できなかったのか‥‥‥)
 レーゲンの視線が、星の中央にいるイシスに移った。
 A.R.O.A.は彼が発足したらしい、が。
(いつきを選んだのは自分の意思だ。それは自信を持って言える)
 いつきはきっと『みんなで助かる』ことを望むだろう。
(もし敵を倒さずに世界を守れるのならば……いつきは、イシスとジェンマの愛ですら、応援するかもしれないな)
 気づけばレーゲンは、とても穏やかな気持ちで、微笑んでいた。
(願わくば、いつきの望みが叶うような世界になるといい)
 それはきっと、万人が幸福であり得る場所だろうから。


●次元融合

 イシスの生み出した黒球が、ごうごうと音を立てていた。
 その風は、荒れた地面をえぐり、転がる石を、吹き飛ばす。

「花弁持つ子たちは護るよ、ゼク!」
 直香は『エレガンスパラソル』を開いた。
 これであの黒い球の力が遮られるとは思わない。
 でもこうするしか手はない――。
 宝玉『伊焚荷ノ勾玉』を持ってきたのが、救いになるか。
 周囲はだんだん、嵐のようになっている。
「こんなものまでっ!」
 直香は、跳んできた岩石を、パラソルではじいた。

 ゼクが、先ほどから詠唱していた呪文を解き放つ。
 こぶしほどのプラズマ球が、放物線を描いて、イシスに当たった。
 ――が、ウィンクルムの攻撃を受けてなお、イシスの瘴気は、増大するばかり。

 ※

(少しでもあの軌道をそらせたら)
 ハティは、星を位置どる仲間を前に、中型盾『リュングベル・フォース』を構えた。
 意志を込め、魔法陣を作動させる。
 生きることと戦うことは、ハティにとってもはや当たり前のことであった。
 それは、神人として顕現する以前、奴隷だった頃から、ずっと続いてきたことだ。
(とはいえ、今の生活も、嫌いではない)
 ハティを守ろうとする口の悪い精霊は、今、傍らで、銃をとっている。

(こりゃ、あの球がはじける前にアイツをやれるかどうか、だな)
 ブリンドは、五芒星の中央、イシスに狙いを定めた。
 が、ごうごうと暴れる瘴気が邪魔だ。
(さて、どうするか)
 背後には、花弁に祈りを込めるウィンクルム。
 瘴気にのって飛んでくるあれやこれやを銃で撃ちぬいて、ブリンドはイシスに向けて、駆けるべきか迷っている。

 ハティはちらと、彼を見やった。
 いままで数々の戦いを乗り越えてきた、ブリンドの力をもってしても、この状況を打破するのは難しいだろう。
 ――それでも。
 ジェンマの力を宿した杖。パートナーに力を与える女神のワンドに、ハティは祈りを込める。
(立ち向かう皆の……リンの)
「……あんたの天邪鬼は信頼してるんだ」

 ブリンドは、ハティを一瞥して、舌を打った。
(俺が奮起した理由はこの状況だけじゃねえ。強さを求めやっと手にした攻撃手段を、最後の最後で、俺に託したこいつだ)
 ――ハティの祈りを、信頼を、受け取らぬわけにはいかない。
「ったく!」
 ブリンドは、同じくウィンクルムを守る、新月とバルトに向かって叫ぶ。
「こいつを見ててくれ!」
「えっ、あの、はいっ!」
 訳も分からぬまま、新月は答えた。
「リン!」
 ハティの呼び声も無視して、ブリンドは星の中央に向けて走っていく。


(しかし……この状況)
「抑えられるか……」
 新月とバルトは、花弁を持つウィンクルムを守るべく、盾となっている。
「新月、いいな」
「ええ」
 未来のために、互いに命は捨てる覚悟。
 その気持ちで、祈りを込める仲間を鼓舞する。
 新月とバルトは、声を張り上げた。
「どうか思い出して。今まで乗り越えてきた事を。人々の笑顔を。僕達は先に進まねばなりません」
「希望と共に進んでくれ、絶対に」

「お前たちも、一緒に進むんだ」
 ブリンドを目で追いながら、ハティが告げる。
 二人ははっと、顔を上げた。

 ――強いて言うなら……楽しむ事。
 かつて自らが言った言葉を、新月は唐突に思い出した。
 バルトにとって初めての花見を、一緒にしたときのことだ。
 いつきやセイリュー、直香も一緒に、お弁当を食べて、桜の下で談笑した。
(あのとき、バルトはカチコチに緊張していましたね。他のみなさんも、楽しそうで)

 戦いに向け、覚悟を決めるのは大事。
 命も、必要なら賭ける。
 でも、あの日は忘れたくはない。

「みんなで一緒に、勝ちましょう!」
 新月は、高らかに声を上げた。
 黒球が、大きくなっていく。


●祈りの続き

「ふふんウィンクルム随一のポジティブ思考を舐めないで頂きたい!」
 この状況にあってなお、イグニスの自信満々の発言に。
(ことこういう愛を試す系のギミックには滅法強いんだようちの騎士様はな)
 秀は深く深く、それは深く納得した。
 これがもし音になっていれば、イグニスはきらきら輝く笑顔をより鮮やかに染めたことだろう。
(うちの! うちのって言いましたよね? 秀様! ……とか言ってな)
 その様子がありありと思い浮かび、秀の唇に笑みが浮かぶ。
(花弁発動の想い、云々については、こいつなら大丈夫だろ)
 そう信じる秀の手には、しっかり武器が握られている。
 方陣を組んでいる間動けないイグニスを、守るためだ。
(いつも、俺のことお姫様扱いするけどな、最後くらい、俺がお前を守って見せるさ)

 その間、イグニスの胸を占めるのは、これまで秀と、過ごしてきた日々のことだ。
 チョコを貰ったりドーナツを食べたり、子犬と戯れたり。
 星祭りは、リボンで手を結んで。
 ともに過ごした夏休みでは、秀は水着を着てくれなかった。
(でもチャペルでは、ウエディングドレスを着てくれました!)
 クリスマスには、秀お手製のディナーを食べて。
(次のクリスマスには、愛鍵を貰って、夏は水着姿も……!)
 そして先日の、夢想花の花畑。
(ああ、素敵な秀様しか思いつきませんね……!)
 こうして積み重ねたこれまでと、未来へ続くこれからがあるから。
「私の秀様への想いは揺るぎませんよ!」
 イグニスの高らかの宣言に、秀は苦笑するしかない。
 とはいえ。
(終わったら……好きなもん食わせてやるか。あの黒い球を、何とかできたら)


 花弁を手にした者は、その胸に、穏やかにパートナーへの愛を抱くのが、本来のありかたなのかもしれない。
 ――が、テオドアの場合は違った。
「いやいや、ここまでくっつかなくても!」
「なんで!? あの黒い球とイシスどうにかしないといけないんだよ? これじゃ足りないくらいだよ! もう俺の分の愛こめるよ! 十年培った愛こめるよ!」
 背中から抱き着いて、ぐいぐい抱きしめてくるハルトを、なんとか引きはがそうと、もがいていたからだ。
「ちょっと近すぎるだろ!」
「そんなことないって全然、もっとくっついたって大丈夫!」
「これ以上どうくっつくんだよっ!」
 背中にぴったり張り付く、ハルトの胸。
 しがみつくように回された腕は、しっかりテオドアを抱いている。
 しかも彼は、頬に頬を貼り付ける勢いで、肩越しに顔を寄せているのだ。
「世界に終わってもらっちゃ困る! 俺はテオ君と二人っきりの卒業旅行するんじゃー!」
 肩口にぐいぐいと額を押し付けて、ハルトは子供のように、いやいやと首を振った。
 小学生のときから一緒に過ごし、ウィンクルムという関係になってから早何年。
「あーもう! いつも通りで逆に安心する! 行くなら星の綺麗なトコ、行きたい……」
 友情、親愛、情愛。
 なんでもいいが、ともかく傍らに互いがいるという慣れは恐ろしいもので、気づけばテオドアは、そう口走っていた。
「えっ!? テオ君行きたいって言った? どこどこ、どこがいいの!?」
 聞き逃さず、ぐいぐい顔を寄せてくるハルト。
「な、何でもない!」
 顔を背けて、テオドアは愛の花弁をぎゅっと握る。
(バカだけど、守りたい大事な奴なんだ、だから負けないでくれよ)

 ウィンクルムの想いの力を糧として。
 5人が持つ、5枚の花弁が、きらきらと輝き始める。

 ――と。
 輝く花弁が、倍の数に増えた気がして、ウィンクルムは、目を瞬いた。
 増えた5枚を持つのは、ここにはいないはずの、女性の神人。
(これは……)
 思わず花弁を凝視して、息を詰める。

 ※

 五芒星の中央では。
「がっ……」
 イシスの四肢が、震え始めていた。
「な、なんだ……? ジェンマ……?」
 なぜ彼がそう呟いたのか、ウィンクルムにはわからない。だが彼は確かに愛する者の名を呼んだ。体はその場に貼り付けになったかのように、動かない。

 ※

 黒い球は消えぬまま。
 でもイシスは、花弁によって動きを止めた。これは明らかにチャンスだ。

 ルゥは、大鎌『斬月』を手に、イシスに特攻した。
 走り込んだブリンドは、銃撃。片手銃『ナイト・リボルバー』で、イシスの上腕を撃つ。

 ユズリノとシャーマインは、脚を狙った。
 花弁の力がイシスを拘束できるのはわずかな間。
 その後、彼の動きを制限するためだ。
 イシスの脛に、『スプーンオブシュガー』が当たり、片手斧『氷花の舞』が突きささる。

「ぐあっ……」
 呻く、イシス。
「これでもまだ、世界を破壊するつもりか」
 シャーマインが問いかけるも、イシスは言葉を返さない。

「愛の形は様々だが、汝のはなんと醜きことか」
 駆けだそうとするアレクサンドルに、声をかけたのはセイリューだ。
「この力も、使ってくれ!」
 そう言って、調律剣『シンフォニア』を振り上げる。
 分け与えられた力は、勝利への祈り。
 シャラシャラと煌めく音を聞きながら、アレクサンドルはイシスに向かって行く。
 その背には、純白と漆黒。天使と悪魔に似た翼。
 胸に浮かぶは、長くパートナーを務めている、少年の顔。
「A.R.O.A.がアーノと惹き合わせた事は感謝しているのだよ」
 両手斧を横なぎに、アレクサンドルは、呟いた。
「眠れ」

「ぐ、あああっ」
 アレクサンドルの猛攻が、イシスの腕を切り落とした。
 これで黒球が――。
「消えない……!」
 限界を超えた風船が割れるように、あの球もいずれは弾けるのは確か。
「終わりだ……」
 そう吐き捨てるイシスの頭上に。
「それは、あなたですよっ!」
 ネカットの攻撃が、さく裂した。
 黒球ばかりに気を取られ、誰もが気づかなかったエネルギー弾が、イシスに向かって、真っすぐ落ちる。

 ――同時に、黒き球が爆発した。
 焦土を、轟音と爆風が、満たし、地についていたはずの足は宙に浮かぶ。声はすべて、それを凌駕する音に飲み込まれた。
 目などとうてい開けられるはずはなく、息を吸うことすらできない。

(魔法が、黒球を相殺した……?)
(それとも、世界が、終わる……?)


●愛の邂逅

 ――と。
 なぜか、鼻腔に甘い香りが届いた。
 そして脳の奥には、どこかで聞いた声。
「ウィンクルムが、世界のために戦っているらしいぜ」
「……祈れば、想いは通じるでしょうか」
「無事、世界の危機を乗り越えたら、たくさんのお菓子を贈ろうよ」
 ショコランドの、ジャック、アーサー、ヘイドリックの三王子。
 急きょ集まった彼らの言葉に、妖精たちが「そうね」「そうよ」「もちろんよ」とあわただしく動き出した。
 彼女たちは、ウィンクルムが負けるとは思っていない。
 すぐにだって、お菓子を用意しだすに決まっている。

 妖狐たちは、紅月ノ神社の境内に座っていた。
「遠き我らの仲間が無事であるように、みんな、全身全霊を込めて祈るのじゃ!」
 号令と共に、テンコのもふもふ尻尾がぴん! と跳ねあがる。
 かつて、神社周囲に広がる森を守ってくれた、ウィンクルムたち。
 彼らにだけ、平和を任せるわけにはいかないのだ。
「ウィンクルムよ、頼むぞ。ムスビヨミ様と甕星香々屋姫様も、お主らと世界の無事を、祈っているはずじゃ」

 空に浮かぶ二つの月、ルーメンとテネブラでも、祈りは捧げられていた。
 ラビット・エデンの倉庫や、つきうさ農区を荒らしていたモンスター・ヴァーミンを退治してくれたウィンクルムが大変だと聞けば、関係ないとはけして言えない。
「僕たちの祈りがどれほど届くかわかりませんが……皆さんには無事でいてほしいのです」
 ロップはまるで、タブロス近郊を見下ろすかのように、うつむいた。
 その頭に、アーテルの手がぽんとのる。
「届くと思えば届くさ。祈ろうぜ、ロップ。フィフス様もそうしろって言ってたし」

「まだ、クリスマスの準備には早いからな。いや、ここでウィンクルムが負けたら、クリスマス自体、来ねえのか」
 レッドニス・サンタクロースは呟いた。
 過去、ウィンクルムには、弟のダークニスのことで、多大な世話をかけている。
 いや、そうでなくても、自分たちが住む世界のことだ。
「しっかりしろよ、ウィンクルム……。世界が無事護られたら、クリスマスには特別プレゼント、用意してやるからな」

 ※

「これは……」
 懐かしい声の数々。
 彼らから、そして名も知らぬ多くの人から届く想いに、ウィンクルムの体が、温かいものに包まれていく。
 五枚の花弁は、その力を発動したときのように、またきらきらと輝き始めた。
 そこに――。
「……イシス」
 女神ジェンマの声が、響いた。

「ジェンマッ……?」
 イシスは顔を上げた。
 濡れたもので赤く染まったそれは、もはやかつての面影はない。
 しかしその顔には、確かに安堵が浮かんでいた。
 もう声を聞くこともかなわぬと思っていた、愛する人の声。それが彼の心を、生かしたのだ。
 ジェンマは告げる。
「イシス……あなたの次元を融合する力を、私に貸してください。その力を使い、あなたを私のもとへ、引き寄せます」
「この、力で……?」
 イシスは怪訝な顔で、宙空を――おそらく、ジェンマの幻が見えているであろう場所を、見つめた。
 だがその表情は、すぐに満面の笑みに変わる。
「ああ、君の傍に行けるなら、もちろん、使ってくれてかまわない」
「そうですか……」
 イシスはもはや、無邪気な子供のようだった。
 ただジェンマの幻に向かい、手を持ち上げる。
 そこには、苦痛も苦渋も、存在しない。
 黒き球が、イシスに向けて、凝縮を始める。

 それと同時、ジェンマは、ウィンクルムに向けて、こう言った。
 ご迷惑をおかけしました、と。
「イシスは、希望の樹に融合している私と、融合させます。永遠にともにあり続ける……彼の望みをかなえれば、今後ギルティが生まれることはなくなり、高位の者から、消えていくはずです」
 ジェンマの言葉が終わるや否や、黒球が、薄い皮膜となって、イシスの体を包み込んだ。
「こちらに来て、イシス……。私と二人、生きてゆくために」
「ああ、ジェンマ……やっと、私を受け入れてくれるのか」

 イシスの体が、ふわりと浮かび――消える。
 これが、神であったイシスの最期となった。


●神が消えた後に

 あまりに唐突な結末に、ウィンクルムはしばし呆然と、イシスが消えた場所を、見つめていた。
 だが、呆けていても仕方はない。納得がいかずとも、これが戦いの終焉だ。

「あとは残党狩りということか。ならば、たやすいことだ」
「……ああ」
 アレクサンドルの言葉に、ヴァレリアーノは頷いた。
 オーガ撲滅のためにA.R.O.A.に所属したのだ。最後の一匹を倒すまで、ウィンクルムとして戦い続けたい。
(でも……そのあとは……どうするんだ?)
 未来は見えずとも、道は明るい。
 少年は、まだそのことが、わからない。


「これでまた海十のために食事を作れるよ」
 フィンは海十に微笑みかけた。
「なんだよそれは」
 この戦いの直後に言うことなのかと、海十が呆れ顔を見せる。
 だが、大事な人を失った過去を持つ二人にとって、日常の価値は、わかっていた。
 だから、告げる。
「そんなの、ずっとできるじゃないか。俺たちは、婚約だってしてるんだし」
 願わくば、願う限り、共に。
「海十……」
 フィンは、恥ずかし気に目をそらした海十を、力いっぱい抱きしめた。


「コーディ、無事ですね? ケガはありませんね」
 戦いが終わるなり、ルゥはコーディのもとに駆け寄った。
「それはルゥの方だよ。僕の力を使って、戦ったんだから」
「ふふ、心配ありがとうございます」
 穏やかに微笑むルゥの元気そうな姿に、コーディはほっと安堵の息を吐いた。
 前は、まだ時期じゃないと思って、諦めたけれど。
 彼については知りたいこともいっぱいある。
(いつかちゃんと聞いてみよう。うん、勇気が出たら……)


「これでまた、シュンとウォーシミュレーションゲームをやったり、ネガザイルにチャレンジしたりできますね」
 戦いの前の発言もどうかと思ったが、こう言って笑うネカットに、シュンはいよいよさすがに突っ込んだ。
「なんだよそれは! もっとなにかないのかよ!」
「なにかって……言っていいんですか? ここで? 今?」
 ネカットの目が、きらりと輝く。
「じゃあ言いますよ? 私はシュンとっ……」
「あーだめだやっぱりやめろっ! 恥ずかしい」
 俊は慌てて、両手でネカットの口を押さえた。
 ――恥ずかしいことを想像したんですね。してほしいんですか? シュンかわいいですね。
 ネカットにそう指摘されるのは、家に戻り、二人きりになったときのこと。


「……やったな」
「やったね」
「なんか、イシスってすごいな……」
 一人の女を想い続け、世界まで壊そうとしてしまうところが。
 思ったけれど、秋乃はあえて、言わなかった。
 そこまでの力はなくても、想い続けているのは、自分も彼も同じこと。
 とはいえ。
(焦っても仕方無いし、時間もできたわけだし)
「ま、今回はみんなボロボロでもないし。良かったよな」
「そうだね~前は散々だった」
 秋乃とイチカは並んで、タブロスへ向かい、歩き始めた。


「リノ! よくやった!」
 勢いよく抱き着いてくるシャーマインに、ユズリノははにかんだ。
「そんなの、みんながだよ。みんなで、頑張ったんだ」
 ごく近い距離から、シャーマインを見上げる。
 が、彼は聞いているのかいないのか、ユズリノを見て、にこにこと微笑むばかりだ。
 恥ずかしくて、照れくさくて。
 他のウィンクルムは、これほどくっついている人はいないよと、突っ込みたい気持ちもある。
 でも、ユズリノもまた、思ってしまうのだ。
(この表情を、また見れてよかったな)
 と。


「今回は怪我もあまりしてないし、着ているものもボロボロじゃないし! クロウリーたちも、心配しないぞ」
「そうだね、帰ってゆっくり、紅茶が飲めそう」
 セイリューとラキアは、互いの体を見、微笑みあった。
「残ったオーガも、早く倒さないといけないしな!」
 セイリューは、さも当然と言うように、そう口にする。
 できれば少し、体を休めてからにしてほしい……なんて。
(言っても無駄だろうな)
 苦笑し、ラキアはセイリューの肩に手を置いた。
「最後の一匹がいなくなるまで、頑張ろうね。セイリュー」
 本当の平和は、そこから始まるのだから。


「これで、来年の冬はスノーボード三昧! 約束やさ!」
 古代の森での約束を再度重ね、珊瑚が瑠璃の手を握った。
 ご機嫌にぶんぶんと触られて、瑠璃は苦笑するしかない。
「そんなに行きたかったのか?」
「それもあるけど、約束があることが嬉しいのさ。未来があるっていいよなって」
 笑う珊瑚に、瑠璃は言葉を失う。
(そんなこと、考えてたのか)
 わからないこと、知らないことはまだある。
 でもそれは、これから知っていけばいいのだ。時間はたっぷりあるのだから。


「やーっと、これで本当の終わりか!」
 大樹は天に向け、うーんと両手を伸ばした。
 全部が終わったら……なんて約束は、死亡フラグかとも思ったけれど、どうやらそれは、ぽっきり折れたようだ。
 対して、クラウディオは無言である。
(もう護衛はいらないだろうとか言い出しそう)
 だとしたら自分は――と考え、大樹はふるりと頭を振った。
「ほらクロちゃん。お家に帰るまでが遠足って、知ってる?」
 今はまだ、クラウディオととともに『帰る』だけ。
 大事な話は、また今度。


 バルトのモットーは、『弱い者を守る』ことだ。
 だからずっと、新月を守ってきた。
 ――が。
(もう、新月は弱くないな)
 これだけの戦いを乗り越えた彼は、しっかり望むハッピーエンドを掴んでいる気がする。
 そう思い、彼はすぐにそれを否定した。
(いや、終わるのはまだか。これからも生きていくのだから)
 願わくば、そこに自分がいられるように。
「どうしたんですか? 黙り込んで。せっかくみんな、無事に生き残れたのに」
 笑う新月を見ながら、バルトはそんなことを思った。


「秀様! 勝ちましたね! やっぱりやればできるんですっ!」
 イグニスは満面の笑みで、秀を振り返った。
「これで、来年もピクニックできますね。秀様のお手製サンドイッチ、楽しみです!」
「って、いきなりそれかよ」
 秀が、苦笑する。
 ――だが。
(そうだよな、来年もその先も、ずっと暮らしてくんだ。こいつと……)
 病めるときも健やかなるときも、いや、死すらぶち壊し、乗り越えそうな、イグニスと。
 そう思うと、秀には、何やら笑いすら込み上げてくるのだった。


「いつき、大丈夫? けがはないよね?」
「うん、大丈夫」
 いつきはレーゲンを見上げ、にっこりと微笑んだ。
 レーゲンの背中越しには、イシスが消えた場所が見える。
「……やっぱり、大好きな人と一緒にいたいと思うのは、みんな一緒なんだ……」
 ぽつり、呟いた言葉に、レーゲンが頷いた。
「そうだよ。だから私は、いつきとずっと一緒にいる。……ミカも」
「僕も、二人といるのが一番楽しいし、安心するよ」
 いつきはそう言って、レーゲンの手を握った。


「テオ君! 俺らやっぱすごすぎだろ!」
 わああ、と走り寄り、抱き着いてきたハルトに、テオドアは嘆息した。
「どうにかしてくっつかないと気が済まないんだね、ハルは」
「チャンスは逃さないぜ!」
 そこで、きらりん! と笑われても、と思いつつ、テオドアもまた、つられて笑う。
 これで、ハルトとのウィンクルムとしての関係に、終わりができた。
(でも、そのあとも一緒にいるんだろうけど)
 変わらぬ日常は、そのまま続く。ハルトの笑顔は、それを当たり前のことと感じさせてくれた。


 神々の心の奥底まではわからないが、なんとも不思議な結末だと思う。
 だが、大事なのはもう、そこではない。
 鳥飼は、鴉に視線を向けた。
「鴉さん、僕のお願い、覚えていますか?」
「主殿次第、とお返ししたものですね」
「ええ。気持ちに変わりは……」
「あるはずがありません」
 それならば。ウィンクルムではなくなっても、喜びに満ちた日々が続くのは、間違いがないだろう。
 鳥飼は、短いけれどはっきりとした鴉の返答に、嬉し気に目を細めた。


「あ~、これで終わりか」
 直香はその場に座り込んだ。
 人魚姫は愛する王子を殺せずに、泡となって消えたけれど。
 女神ジェンマは、自分を愛したイシスを攫って、消してしまった。
「神様って怖いなー。ねえ、ゼク」
「そんな棒読みで言われてもな」
 ゼクはそう言って、直香の腕をとり、引っ張り上げる。
「帰ったら、お菓子作ってくれる?」
 立ち上がり、直香が問う。ゼクは無言のまま、直香から手を引いた。


「これで十年か……」
 言葉の足りないハティが突然、意味不明なことを言い出すのはいつものことだ。
 でも今回ブリンドには、彼の言いたいことがわかった。
(この一連の戦いの前に、そんな話をしたからな)
 だから、こう言ってやる。
「その後、二十年、三十年……。お前は無愛想な爺さんになるだろうな」
 だが、からかうつもりの言葉は、あっさり返り討ちにされた。
「……リンは、白髪が目立たなそうでいいな」
 ――おそらく、ハティにしては渾身のギャグに、ブリンドは目を瞬いたのだった。

 それぞれの想いを胸に、ウィンクルムは空を見上げる。
 焼けた大地の上に広がる青は美しく、人々の未来を映しているかのようであった。


●ボッカの最期

 とはいえ、ギルティに関わる話は、ここで終わりではない。
 ジェンマがイシスと融合し、二人は永遠に離れることがなくなったと言えば、物語はうまく決着がつけられたように思える。
 が、ボッカにとっては、これは必ずしも、予想していた結末とは言えなかった。

「おっ……? これ、やばいやつだな?」
 彼は、イシスが消えると同時に、透き通り始めた自身の体を見下ろした。
 うるさく憎たらしいインテリ眼鏡、グノーシスを倒し、ウィンクルムと勝利の喜びを分かち合い、さあこれからどうしようか、彼らと共に進もうか、などと思っていたけれど。
「そうはいかねえってか」
 ボッカは、周囲に集まるウィンクルムを見やった。
 これまでいろいろあったとはいえ、今回共闘したことで、親しみを持ってくれている者もいる。
「ま、こういうことだから。お前らは頑張って生きろよ!」
 笑顔でひらりと手を振るも。
「ボッカ!」
 切なげな声に、名を呼ばれた。
「……ありがとう」
 声の主は、半分泣きそうな顔で、そう一言。
 ボッカはトレードマークとも言えるマントの端を握り、ひらりと翻した。
「おう! じゃあなっ!」
 ひらり、持ち上げ揺らす手のひらの先、指はもうすっかり消えている。
(ま、痛くもかゆくもないってのはいいな。グノーシスみたいなラストじゃ、さすがの俺様も世の不条理を嘆きたくなっちまうぜ……)
 足元の地面は黒く焼けているが、最後になるだろう、見上げる空は、爽やかな白。
「リヴェラ……またな」
 機会はないと知りつつも、ボッカはそう呟き、消えた。


●未来への道

「チヒロちゃん、ボッカが……まだ、サインを貰ってないのに……」
 この場に似合わぬ言葉は、おそらく複雑な心境を隠してのもの。
 千尋はそっと、ジルの手に触れた。
(僕がいます、なんて……)
 言っても、今のジルの困惑を、どうにもすることはできないだろう。
 でも。
(僕は、いますから……。先生の傍に)
 俯いていた千尋には、ジルの瞳が彼を見、その唇が弧を描いたことは、わからない。


 イシスがジェンマのもとに消え、共闘したボッカも消えた。
「……俺らは一体、何だったんだろうな」
 ジェンマの力でどうにかなるのであれば、こんな戦いは無意味だったのではないか。
 そんなことが、恭樹の頭を、ちらと頭をよぎる。
 が、ハーランドは口角を上げる。
「なんだ?」
「いや、まだ共にいられるのだと思ってな」
 その言葉に、恭樹は複雑な気持ちで、ハーランドを見つめたのだった。


「ボッカは別に、消えなくてもよかったのに」
 彼が立っていた場所を見やり、ラティオはぽつりと呟いた。
「共に戦った相手がいなくなるっていうのもな……」
 ノクスも微妙な表情で、同じ場所を見やっている。
 それでも、ボッカが笑顔だったのが、せめてもの救いか。
「オーガも消えていくなら、A.R.O.A.はどうなるんだろうね」
 戦いに勝ったと言っても、未来はいまだ、霧の中。
 ラティオはぼんやりと空を見上げた。


「不可解だな、イシスも、ジェンマも……ボッカも」
 ネロの言葉を、そのとおりだ、とスコールは思った。
 三人が望んだのは、愛。
 そこまで思いつめるほどのものがあるというのは、どういう気持ちか。
 強いこだわりなく生きてきたスコールは、不思議に思ってしまう。
(でも、もう関係ないよな)
 ネロの肩に手を置いて、スコールはそれを引き寄せる。
「難しい話はやめにして、さっさと帰って飯でも食おうぜ、ネロさん。とりあえず、タンパク質と炭水化物!」


(ボッカがいたから、勝てたんだがな)
 シムレスは、ほっと息を吐いた。
 力を合わせて戦った相手が、あっさり消えていったのは、なんとなく複雑だ。
 そこに。
「どうしたのシムさん。さっきは楽しそうだったのに」
 ロックリーンが、怪訝な顔で声をかけてくる。
「いや……」
 シムレスはゆるく、首を振った。
(これでよかったんだ。ウィンクルムをめぐる環は破壊されたんだからな)
 今はそう、思うしかない。


「良かった、やっぱり何とかなった! ね、蘇芳!」
「まあ……そうだな」
 笑顔の萌葱に対し、蘇芳の顔は不機嫌そのもの。
 戦いに参加したわりに、敵を連れ去ったのは女神という、なかなかの結末だ。
(ったく、結局俺たちは、神に振り回されただけじゃないか)
 いかにせん、すっきりしない。が。
「ほんと、みんなにも蘇芳にも、大きなけががなくて良かったよ」
 そう萌葱に微笑まれると、これはこれで良い結果に思えるのが、不思議だった。


「……写真を、撮れなかったな」
 そう言う翠雨の唇は、震えているようだった。
 たしかに、こんな結果になるとは思わなかった。
 が、相手はギルティなのだ。
 那音は、うつむいた翠雨の肩を抱きよせた。
「翠雨さん」
 耳元で名を呼べば、彼はゆるりと顔を上げ――。
「そうか、幸せにしてやらないといけない相手が、ここにいるんだった」
「こちらはもう覚悟を決めているというのに、忘れていたのか?」
 那音が、わざとらしく問いかける。笑う翠雨の目には、いつもの優しさが映っていた。


「リツキ! これでやっと……」
「うん、終わったね!」
 李月とゼノアスは、満面の笑みで、向かいあった。
 もちろん、この後も戦いは続くし、復興作業だって続く。
 でも今以上にオーガが生まれないのならば、それだっていつかは終わるはずだ。
(その頃には、僕たちは立派な大工になっているのかな)
「……ゼノと住む家を、建てていたりして」
「俺と住む家?」
 突然の李月のつぶやきに、ゼノアスが不思議そうに、それでいて照れくさそうに笑った。

 戦い終えて、寄り添って。
 ウィンクルムは、タブロスに向かって歩き始める。
 未来のありようは、それぞれ。
 自らが選んだ道が、すべてなのだ。





(執筆GM:瀬田一稀 GM)


戦闘判定:大成功
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