プラン
アクションプラン
信城いつき (レーゲン) (ミカ) |
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1屋台 花火が始まるまで3人で色々屋台回ろう 射的、俺もやってみる!でもうまく当たらない 見てると二人ともなにげに張り合ってるね。 でも二人とも楽しそう。どっちも頑張れ(にこにこ) 二人って小さい頃から一緒って聞いたけど 昔から二人ともお祭りではこんな風だったの? 射的、やっぱり俺も1個でも当てたいから、もう一回やってくる! 二人ともちょっと休憩してて。 ……結局今度もダメだったけど二人が景品分けてくれた、ありがと。 人が増えてきたなと思ったら、レーゲンがそっと手を握ってくれた その優しさが嬉しくて、笑顔でぎゅっと握り返す あれ?ミカがいない。 探さないと! もうミカどこ行ってたの。え…? 俺、邪魔だなんて思ってないよ! レーゲンの代わりはいないけど、ミカの代わりもいないよ 3人でいられる時は一緒にいようよ どこかへ行ってしまわないよう手つなぐからねっ(ミカの手を引く) |
リザルトノベル
普段、とりわけ夜は森閑とした紅月ノ神社の境内が、このときばかりは一変していた。
笛、鐘、太鼓の生音に混じって、どこからかオールディーズのサマーソングが聞こえる。
参道を行き交う姿は老若男女さまざまだが、目立つのはやはり浴衣姿だ。そのほとんどが笑いあいながら歩いている。年に一度のこの夜を、存分に楽しんでいるのだろう。
そんな陽性の賑わいに満ちた祭のただなか、屋台のひとつにて、レーゲンは一人、真剣な眼差しをしていた。
澄んだ翠色の瞳で何丁ものライフル銃を眺め、ひとつ手に取っては戻し、ときに二丁を左右の手に取って比べ、やがて候補を絞ると、それぞれを立射の姿勢で構えて照準を確認している。
「ずいぶん手間をかけるんだな。『弘法筆を選ばず』って言わないか?」
そんなレーゲンを茶化すような口調でミカが呼びかけた。
しかしレーゲンは静かに、
「一応プレストガンナーなんでね。それに、『能書は必ず好筆を用う』って言葉もあるよ」
とだけ告げ、ふっと目元を緩めたのである。どうやら、どのライフルを使うか決めたらしい。選び抜いたライフルを両手で握り、ややおどけたように捧げ銃(つつ)の姿勢を取る。
「お待たせ。ミカは選ばないの?」
「俺はどれでもいいよ」
無造作にミカは一丁を片手でつかんだ。
なお、これはライフルといってもコルク銃である。先端に、ワインの栓のようなコルク弾が詰められたモデルガン、とはいえずっしりした持ちごたえもあって、玩具と呼ぶにはかなり本格的だ。
いまレーゲンとミカは、『射的ゲーム』と看板のさがった屋台にいるのだった。
そんな彼らのやりとりを見ていて、思わず信城いつきも声を上げている。
「射的、俺もやってみる!」
最初はレーゲンとミカの応援に徹しようかと思っていたのだが、見ているうちにうずうずしてきたのだ。
「どの銃がいいのかな?」
と言ういつきに、レーゲンは迷わず自分の銃を手渡した。
「これを使うといいよ。一番バランスが取れていて使いやすい」
「えっ、でもこれ、レーゲンが一生懸命選んだやつじゃないか?」
「いいんだ。私が、つい銃に真剣に対峙してしまうのは単なる職業病というやつさ」
言いながら別の銃を取ってレーゲンは笑った。
「さっきはああ言ったけど、やっぱりコルク銃、実はどれを選んでも大差ないから」
「なんだ。もうちょっと真面目に選んだほうがよかったかな……って心配になったじゃないか」
最初からそう言えよな、とミカも破顔して、一番手として銃にコルクを詰めたのである。
標的を前にしてミカも、思わず口を真一文字にしていた。
十分に狙って、ぐっと引き金を引く。
「よし!」
つい声がうわずっていた。ミカの放ったコルク弾は、ポンとキャラメルの箱を倒したのである。ミカはレーゲンの肩を叩いて、
「ほら本職、その腕前を見せてもらおうじゃないか」
「そう言われちゃうと外せないね」
くすり悠然と笑ったレーゲンであるが、銃を構えるとその姿勢は完璧だった。背筋は伸び、首と腕の角度も美しい。そのまま絵のモデルにしてみたいほどである。引き金の引き方も違う。ミカがカチッと音がするくらい力を込めていたのと比べると、レーゲンのそれはなめらかで、音もなくすうっと絞るような動きだった。
ごく当たり前のようにレーゲンの弾も、標的の人形を倒している。しかも人形の大きな頭に当ててバランスを崩し、自重で倒すようにしていた。
「すごいすごい! 二人とも上手だね」
やんやと手を叩くと、いつきは深呼吸してライフルを構えた。見よう見まねでやってみるも、いつきのコルク弾はターゲットをかすりもしなかった。
「う……やってみると結構難しい……」
「はは、ま、そのうち慣れるさ」
ミカはいつきと場所を変わった。
こうして一発ずつ交替で五回の射撃をおこなったのである。
コルク銃を構えるたび、ミカもレーゲンも真顔になる。いつきの番にはともに笑っているが、ミカはレーゲンの、レーゲンはミカの番だと、やはり固唾をのんで、じっとその弾の行方を見守っているようだった。
――二人とも、なにげに張り合ってるね。
といってもいつきの目に映る彼らは、火花を散らす仇敵同士には見えなかった。少年時代の良きライバル関係がつづいているような、どことなく楽しげな様子なのである。
どっちも頑張れ、といつきは呼びかけていた。
終わってみればレーゲンは全弾成功、ミカは三つの標的を倒した。そしていつきは……残念ながら成果ゼロだったのである。
「ま、チビちゃんはドンマイだ。それとレーゲン、残念ながら今回は負けを認めるとしよう。なるほど本職にはかなわないな」
「なんとか面目を保てた感じだよ。けどミカの最後の一回は惜しかったね。いつきも、コツはつかめてきたんじゃないかと思うよ」
「次は俺の本職、ライフビショップの技能を活かした屋台で勝負……と、いきたいがそういう屋台には心当たりがない」
快活に笑いあうミカとレーゲンの姿からは、幼い頃の姿が透けて見えるようだ。
「二人って小さい頃から一緒って聞いたけど、昔から二人ともお祭りではこんな風だったの?」
「昔?」
そうだね、とレーゲンは言った。追憶がもたらしたものか、長い睫毛をやや伏せている。
「母を亡くしてからは、ミカの両親がよく私も一緒に連れて行ってくれたよ」
「そうだったな」
ミカも応じた。
「子どもの頃、レーゲンはいま以上におっとりしてた。大人しいレーゲンを俺が引っ張り回してたって感じ……よくいたずらして、怒られたりもした」
「レーゲンがいたずらを?」
いつきが意外そうな顔をしたのでレーゲンは答える。
「うーん、まあ、いたずらを計画するのはミカで、私は付き合わされているってパターンだったかも。ミカの方が三ヶ月ほど早く生まれたせいか、当時はよく面倒みてもらってた感じだったからね」
「悪だくみは俺の担当、逃げ遅れて捕まるのはレーゲンの担当だったな」
ミカはニヤリとした。
「まったく、損な役割分担だよ」
レーゲンはわざとらしくむくれた声で腕組みしてみたりする。思わずいつきは吹きだした。
いつきが声を上げたのは、景品を入れたビニール袋を提げ、射的から離れてドリンクスタンドに並んでいたときのことだった。
「うーん! だめだ!」
ずっとふつふつ言っている圧力釜から、一気に熱い蒸気が噴き出したような口調だ。レーゲンは驚いて問い返す。
「どうしたの?」
「射的、やっぱり俺も一個でも当てたいから、もう一回やってくる!」
撃つたびにレーゲンから、銃の構えかたや姿勢をレクチャーされたというのに、とうとうひとつの成果もなかったことがどうしても我慢できなかったらしい。
「二人ともちょっと休憩してて」
と言い残すといつきは、巣穴に飛び込む子リスのように、ひゅっと射的屋の方向に駆け戻っていったのである。
「どうする?」
浴衣で懐手してミカが訊く。
仕方ない、とレーゲンは肩をすくめて、カップに注がれた生ビールを店員から受け取った。
「じゃあ、このあたりで待つことにしよう」
こんもり盛り上がった新雪色の泡が、シュワワとはじけるのが聞こえる。プラスチックのカップを通して冷たさと、気泡の躍る感触が指に伝わってくるではないか。一口含むと泡はやわらかく、その下にある琥珀色の液体は、さっぱりとした喉ごしだった。
ふう、と息を吐いてからミカは言った。
「……悪かったなあの頃は。無理矢理引っ張り回して」
このときミカの脳裏には、幼い日のレーゲンの顔が浮かんでいる。あの頃、祭といえばいつも、二人は手をつないで歩いていた。自分が前、レーゲンが、やや遅れて後方だった気がする。
けれどレーゲンは首を振ったのである。マリンブルーの髪が涼しげに揺れた。
「違うよミカ。無理矢理じゃない。楽しかったから一緒にいたんだ」
そうだろう? というようにレーゲンは目を細めていた。
「手を引いてもらってたんじゃない、私もちゃんと握り返してたんだ」
ミカの手に、かつての感触が蘇った。
確かにそうだった。ときとしてミカが握る以上の力で、幼き日のレーゲンはミカの手に応えていた。
無言でカップを口に運んだミカを見ながら、レーゲンも一口ビールを含んだ。
「分かってるよ。あの頃私を心配してくれてたってこと。悪戯して逃げるときも、ミカは絶対私を置いていくことはなかった」
レーゲンは忘れていない。あの当時、いたずらが露呈して捕まるのは大抵自分だったが、ミカは一人で逃げたりせず、必ず戻ってきて一緒に頭を下げたものだった。レーゲンがヘマをしたときに、「犯人は俺です! こいつは巻き込まれただけ」とかばってくれたこともある。
「……そばにいてくれたことに感謝してるよ」
「なんだ、今頃改まって」
「今頃だから言えるんだよ」
ミカはレーゲンから目を逸らした。遠くの星でも探しているような表情を作る。
「真面目に礼とか……よせよ」
――まったく。
気恥ずかしくて、どうしてもレーゲンの目を見ることができない。
「チビの前では絶っ対言うなよ」
「うん、いつきには聞かれたくないだろうなと思ったから、今お礼を言ったんだ」
今日はやられっぱなしだな――とミカは思う。眼鏡を拭う振りをして、ちょっと背を向けようか。
まもなくして、
「射撃、やってきたよ」
と、戻ったいつきの明るい声がして、ミカは救われた気持ちになった。あのままレーゲンとふたりきりでいたら、照れくさくて地面に埋まってしまいそうだったから。
「なんだ手ぶらか」
ぐっとビールを開けてカップをゴミ箱に入れると、ミカはいつきを上から下まで眺めからかった。
「ってことは、また全弾ミスだな」
「まあ、そうなんだけどさ」
とは言うものの、いつきは口を尖らせているわけではなかった。むしろ息を弾ませている。
「当たることは当たったんだよ、ラスト一発だけ。でも標的が倒れなかった。だからまあ、いいということにする!」
「頑張ったね」
レーゲンは教師のように優しく告げた。だったら私の賞品をわけてあげるよ、と袋を開けて中をいつきに見せる。
なんだか人が増えてきたな、とミカが言った。
「花火が近くなってきたからか」
そのようだ。きっちり数えたわけではないが、神社に来たばかりのときの倍ほどの人出に思える。
このときレーゲンはそっと、包み込むようにしていつきの手を取っていた。
いつきは笑顔をレーゲンに向け、ぎゅっと握り返している。
ミカはその様子を見た。
レーゲンといつきの視線が合わさっている。
ふたりとも言葉はなかった。けれどもこのとき彼らの間には、想い想われる者同士の『会話』が交わされていることをミカは知っていた。
かつてミカは、兄のような気持ちでレーゲンのことを心配していた。いつも周囲に遠慮ばかりして、何一つ自分の望みを言わない……レーゲンはそんな少年だった。そんなレーゲンが将来ずっと、独りぼっちのままではないかという不安すらミカは抱いていた。
だが、
――余計なお世話すぎたな。
いまのミカは、それが杞憂だったと知っている。
レーゲンはいつきと手を結んでいる。それも、レーゲンのほうから手を伸ばして。
いつきの存在が、遠慮ばかりしている少年を変えたのだろうか。
それともミカが、レーゲンの本質を見誤っていただけなのだろうか。
どちらであろうと、歓迎すべきことには違いない。
昔、ミカが手を引いていた三ヶ月下の『弟』は、いま、もう一人の『弟』と手をつないでいる。
ふたりが幸せそうに笑っているのなら、ミカとしては満足だ。
これを好機ととらえ、ミカは音もなく後じさると彼らの視界から消えるべく人混みに潜った。そろそろ退散するとしよう――。
ところが、
「あれ? ミカがいない。探さないと!」
ちょっと頓狂な口調でいつきが声を上げた。
「どこへ行くつもり?」
すぐにレーゲンがミカを見つけ、追いついて肩に手を置いた。
「いや、ビールのおかわりを」
と言いかけたミカだったが、すぐ諦めて苦笑いを浮かべた。
「せっかくお邪魔虫が空気読んでやったのになー」
ところがミカの予想に反し、いつきは怒ったようにこう返したのである。
「俺、邪魔だなんて思ってないよ!」
「いや、なんというか、むしろ気を使ったつもりだったんだが」
言いながらふと、ミカは懐かしさも覚えているのである。夏祭りで叱られるというシチュエーションは、幼い時分のいたずらの記憶と直結していた。
といってもいつきのほうに、そんなノスタルジーはないのだ。両手でわっしとミカの浴衣を捕まえる。
「駄目だよ! レーゲンの代わりはいないけど、ミカの代わりもいないんだから!」
どうしていつきは、これほど真剣に怒っているのか――ミカには少し、いや、かなり、意外だった。もっともミカは、その驚きを表には出さないのだけれど。
しかしレーゲンには、ミカの気持ちが手に取るようにわかるのである。いくら取り繕っても丸わかりだ。こんな風に戸惑っているミカを見るのは、ちょっと愉快だった。
「三人でいられる時は一緒にいようよ」
いつきは左手を出す。これをレーゲンが右手でつかんだ。
そしていつきは右手で、ミカの左手をしっかり捕まえるのだ。
「どこかへ行ってしまわないよう手つなぐからねっ」
「そうだね、こうやって三人、親子みたいにして歩こう」
「親子にしちゃ歳が近すぎだろ。ていうか誰が『母親』役……ああもう、わかったからそんな引っ張るな」
どうやら観念するしかない、ミカは悟っていた。
仕方がない、とミカは思う。
――仕方がないから、チビの手を握り返してやるとするか。
笛、鐘、太鼓の生音に混じって、どこからかオールディーズのサマーソングが聞こえる。
参道を行き交う姿は老若男女さまざまだが、目立つのはやはり浴衣姿だ。そのほとんどが笑いあいながら歩いている。年に一度のこの夜を、存分に楽しんでいるのだろう。
そんな陽性の賑わいに満ちた祭のただなか、屋台のひとつにて、レーゲンは一人、真剣な眼差しをしていた。
澄んだ翠色の瞳で何丁ものライフル銃を眺め、ひとつ手に取っては戻し、ときに二丁を左右の手に取って比べ、やがて候補を絞ると、それぞれを立射の姿勢で構えて照準を確認している。
「ずいぶん手間をかけるんだな。『弘法筆を選ばず』って言わないか?」
そんなレーゲンを茶化すような口調でミカが呼びかけた。
しかしレーゲンは静かに、
「一応プレストガンナーなんでね。それに、『能書は必ず好筆を用う』って言葉もあるよ」
とだけ告げ、ふっと目元を緩めたのである。どうやら、どのライフルを使うか決めたらしい。選び抜いたライフルを両手で握り、ややおどけたように捧げ銃(つつ)の姿勢を取る。
「お待たせ。ミカは選ばないの?」
「俺はどれでもいいよ」
無造作にミカは一丁を片手でつかんだ。
なお、これはライフルといってもコルク銃である。先端に、ワインの栓のようなコルク弾が詰められたモデルガン、とはいえずっしりした持ちごたえもあって、玩具と呼ぶにはかなり本格的だ。
いまレーゲンとミカは、『射的ゲーム』と看板のさがった屋台にいるのだった。
そんな彼らのやりとりを見ていて、思わず信城いつきも声を上げている。
「射的、俺もやってみる!」
最初はレーゲンとミカの応援に徹しようかと思っていたのだが、見ているうちにうずうずしてきたのだ。
「どの銃がいいのかな?」
と言ういつきに、レーゲンは迷わず自分の銃を手渡した。
「これを使うといいよ。一番バランスが取れていて使いやすい」
「えっ、でもこれ、レーゲンが一生懸命選んだやつじゃないか?」
「いいんだ。私が、つい銃に真剣に対峙してしまうのは単なる職業病というやつさ」
言いながら別の銃を取ってレーゲンは笑った。
「さっきはああ言ったけど、やっぱりコルク銃、実はどれを選んでも大差ないから」
「なんだ。もうちょっと真面目に選んだほうがよかったかな……って心配になったじゃないか」
最初からそう言えよな、とミカも破顔して、一番手として銃にコルクを詰めたのである。
標的を前にしてミカも、思わず口を真一文字にしていた。
十分に狙って、ぐっと引き金を引く。
「よし!」
つい声がうわずっていた。ミカの放ったコルク弾は、ポンとキャラメルの箱を倒したのである。ミカはレーゲンの肩を叩いて、
「ほら本職、その腕前を見せてもらおうじゃないか」
「そう言われちゃうと外せないね」
くすり悠然と笑ったレーゲンであるが、銃を構えるとその姿勢は完璧だった。背筋は伸び、首と腕の角度も美しい。そのまま絵のモデルにしてみたいほどである。引き金の引き方も違う。ミカがカチッと音がするくらい力を込めていたのと比べると、レーゲンのそれはなめらかで、音もなくすうっと絞るような動きだった。
ごく当たり前のようにレーゲンの弾も、標的の人形を倒している。しかも人形の大きな頭に当ててバランスを崩し、自重で倒すようにしていた。
「すごいすごい! 二人とも上手だね」
やんやと手を叩くと、いつきは深呼吸してライフルを構えた。見よう見まねでやってみるも、いつきのコルク弾はターゲットをかすりもしなかった。
「う……やってみると結構難しい……」
「はは、ま、そのうち慣れるさ」
ミカはいつきと場所を変わった。
こうして一発ずつ交替で五回の射撃をおこなったのである。
コルク銃を構えるたび、ミカもレーゲンも真顔になる。いつきの番にはともに笑っているが、ミカはレーゲンの、レーゲンはミカの番だと、やはり固唾をのんで、じっとその弾の行方を見守っているようだった。
――二人とも、なにげに張り合ってるね。
といってもいつきの目に映る彼らは、火花を散らす仇敵同士には見えなかった。少年時代の良きライバル関係がつづいているような、どことなく楽しげな様子なのである。
どっちも頑張れ、といつきは呼びかけていた。
終わってみればレーゲンは全弾成功、ミカは三つの標的を倒した。そしていつきは……残念ながら成果ゼロだったのである。
「ま、チビちゃんはドンマイだ。それとレーゲン、残念ながら今回は負けを認めるとしよう。なるほど本職にはかなわないな」
「なんとか面目を保てた感じだよ。けどミカの最後の一回は惜しかったね。いつきも、コツはつかめてきたんじゃないかと思うよ」
「次は俺の本職、ライフビショップの技能を活かした屋台で勝負……と、いきたいがそういう屋台には心当たりがない」
快活に笑いあうミカとレーゲンの姿からは、幼い頃の姿が透けて見えるようだ。
「二人って小さい頃から一緒って聞いたけど、昔から二人ともお祭りではこんな風だったの?」
「昔?」
そうだね、とレーゲンは言った。追憶がもたらしたものか、長い睫毛をやや伏せている。
「母を亡くしてからは、ミカの両親がよく私も一緒に連れて行ってくれたよ」
「そうだったな」
ミカも応じた。
「子どもの頃、レーゲンはいま以上におっとりしてた。大人しいレーゲンを俺が引っ張り回してたって感じ……よくいたずらして、怒られたりもした」
「レーゲンがいたずらを?」
いつきが意外そうな顔をしたのでレーゲンは答える。
「うーん、まあ、いたずらを計画するのはミカで、私は付き合わされているってパターンだったかも。ミカの方が三ヶ月ほど早く生まれたせいか、当時はよく面倒みてもらってた感じだったからね」
「悪だくみは俺の担当、逃げ遅れて捕まるのはレーゲンの担当だったな」
ミカはニヤリとした。
「まったく、損な役割分担だよ」
レーゲンはわざとらしくむくれた声で腕組みしてみたりする。思わずいつきは吹きだした。
いつきが声を上げたのは、景品を入れたビニール袋を提げ、射的から離れてドリンクスタンドに並んでいたときのことだった。
「うーん! だめだ!」
ずっとふつふつ言っている圧力釜から、一気に熱い蒸気が噴き出したような口調だ。レーゲンは驚いて問い返す。
「どうしたの?」
「射的、やっぱり俺も一個でも当てたいから、もう一回やってくる!」
撃つたびにレーゲンから、銃の構えかたや姿勢をレクチャーされたというのに、とうとうひとつの成果もなかったことがどうしても我慢できなかったらしい。
「二人ともちょっと休憩してて」
と言い残すといつきは、巣穴に飛び込む子リスのように、ひゅっと射的屋の方向に駆け戻っていったのである。
「どうする?」
浴衣で懐手してミカが訊く。
仕方ない、とレーゲンは肩をすくめて、カップに注がれた生ビールを店員から受け取った。
「じゃあ、このあたりで待つことにしよう」
こんもり盛り上がった新雪色の泡が、シュワワとはじけるのが聞こえる。プラスチックのカップを通して冷たさと、気泡の躍る感触が指に伝わってくるではないか。一口含むと泡はやわらかく、その下にある琥珀色の液体は、さっぱりとした喉ごしだった。
ふう、と息を吐いてからミカは言った。
「……悪かったなあの頃は。無理矢理引っ張り回して」
このときミカの脳裏には、幼い日のレーゲンの顔が浮かんでいる。あの頃、祭といえばいつも、二人は手をつないで歩いていた。自分が前、レーゲンが、やや遅れて後方だった気がする。
けれどレーゲンは首を振ったのである。マリンブルーの髪が涼しげに揺れた。
「違うよミカ。無理矢理じゃない。楽しかったから一緒にいたんだ」
そうだろう? というようにレーゲンは目を細めていた。
「手を引いてもらってたんじゃない、私もちゃんと握り返してたんだ」
ミカの手に、かつての感触が蘇った。
確かにそうだった。ときとしてミカが握る以上の力で、幼き日のレーゲンはミカの手に応えていた。
無言でカップを口に運んだミカを見ながら、レーゲンも一口ビールを含んだ。
「分かってるよ。あの頃私を心配してくれてたってこと。悪戯して逃げるときも、ミカは絶対私を置いていくことはなかった」
レーゲンは忘れていない。あの当時、いたずらが露呈して捕まるのは大抵自分だったが、ミカは一人で逃げたりせず、必ず戻ってきて一緒に頭を下げたものだった。レーゲンがヘマをしたときに、「犯人は俺です! こいつは巻き込まれただけ」とかばってくれたこともある。
「……そばにいてくれたことに感謝してるよ」
「なんだ、今頃改まって」
「今頃だから言えるんだよ」
ミカはレーゲンから目を逸らした。遠くの星でも探しているような表情を作る。
「真面目に礼とか……よせよ」
――まったく。
気恥ずかしくて、どうしてもレーゲンの目を見ることができない。
「チビの前では絶っ対言うなよ」
「うん、いつきには聞かれたくないだろうなと思ったから、今お礼を言ったんだ」
今日はやられっぱなしだな――とミカは思う。眼鏡を拭う振りをして、ちょっと背を向けようか。
まもなくして、
「射撃、やってきたよ」
と、戻ったいつきの明るい声がして、ミカは救われた気持ちになった。あのままレーゲンとふたりきりでいたら、照れくさくて地面に埋まってしまいそうだったから。
「なんだ手ぶらか」
ぐっとビールを開けてカップをゴミ箱に入れると、ミカはいつきを上から下まで眺めからかった。
「ってことは、また全弾ミスだな」
「まあ、そうなんだけどさ」
とは言うものの、いつきは口を尖らせているわけではなかった。むしろ息を弾ませている。
「当たることは当たったんだよ、ラスト一発だけ。でも標的が倒れなかった。だからまあ、いいということにする!」
「頑張ったね」
レーゲンは教師のように優しく告げた。だったら私の賞品をわけてあげるよ、と袋を開けて中をいつきに見せる。
なんだか人が増えてきたな、とミカが言った。
「花火が近くなってきたからか」
そのようだ。きっちり数えたわけではないが、神社に来たばかりのときの倍ほどの人出に思える。
このときレーゲンはそっと、包み込むようにしていつきの手を取っていた。
いつきは笑顔をレーゲンに向け、ぎゅっと握り返している。
ミカはその様子を見た。
レーゲンといつきの視線が合わさっている。
ふたりとも言葉はなかった。けれどもこのとき彼らの間には、想い想われる者同士の『会話』が交わされていることをミカは知っていた。
かつてミカは、兄のような気持ちでレーゲンのことを心配していた。いつも周囲に遠慮ばかりして、何一つ自分の望みを言わない……レーゲンはそんな少年だった。そんなレーゲンが将来ずっと、独りぼっちのままではないかという不安すらミカは抱いていた。
だが、
――余計なお世話すぎたな。
いまのミカは、それが杞憂だったと知っている。
レーゲンはいつきと手を結んでいる。それも、レーゲンのほうから手を伸ばして。
いつきの存在が、遠慮ばかりしている少年を変えたのだろうか。
それともミカが、レーゲンの本質を見誤っていただけなのだろうか。
どちらであろうと、歓迎すべきことには違いない。
昔、ミカが手を引いていた三ヶ月下の『弟』は、いま、もう一人の『弟』と手をつないでいる。
ふたりが幸せそうに笑っているのなら、ミカとしては満足だ。
これを好機ととらえ、ミカは音もなく後じさると彼らの視界から消えるべく人混みに潜った。そろそろ退散するとしよう――。
ところが、
「あれ? ミカがいない。探さないと!」
ちょっと頓狂な口調でいつきが声を上げた。
「どこへ行くつもり?」
すぐにレーゲンがミカを見つけ、追いついて肩に手を置いた。
「いや、ビールのおかわりを」
と言いかけたミカだったが、すぐ諦めて苦笑いを浮かべた。
「せっかくお邪魔虫が空気読んでやったのになー」
ところがミカの予想に反し、いつきは怒ったようにこう返したのである。
「俺、邪魔だなんて思ってないよ!」
「いや、なんというか、むしろ気を使ったつもりだったんだが」
言いながらふと、ミカは懐かしさも覚えているのである。夏祭りで叱られるというシチュエーションは、幼い時分のいたずらの記憶と直結していた。
といってもいつきのほうに、そんなノスタルジーはないのだ。両手でわっしとミカの浴衣を捕まえる。
「駄目だよ! レーゲンの代わりはいないけど、ミカの代わりもいないんだから!」
どうしていつきは、これほど真剣に怒っているのか――ミカには少し、いや、かなり、意外だった。もっともミカは、その驚きを表には出さないのだけれど。
しかしレーゲンには、ミカの気持ちが手に取るようにわかるのである。いくら取り繕っても丸わかりだ。こんな風に戸惑っているミカを見るのは、ちょっと愉快だった。
「三人でいられる時は一緒にいようよ」
いつきは左手を出す。これをレーゲンが右手でつかんだ。
そしていつきは右手で、ミカの左手をしっかり捕まえるのだ。
「どこかへ行ってしまわないよう手つなぐからねっ」
「そうだね、こうやって三人、親子みたいにして歩こう」
「親子にしちゃ歳が近すぎだろ。ていうか誰が『母親』役……ああもう、わかったからそんな引っ張るな」
どうやら観念するしかない、ミカは悟っていた。
仕方がない、とミカは思う。
――仕方がないから、チビの手を握り返してやるとするか。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 桂木京介 GM | 参加者一覧 | ||||||
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
|
||||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年8月30日 |